俺の幼馴染
女の子で、朝一緒に学校へ行って、少しいじわるで、みんなに優しくて、俺にだけ弱音を吐いてくれる、そんな幼馴染。俺の理想の幼馴染。妄想して夜が更けた。
毎日一緒に学校へ行っている幼馴染は、男の子で、頭が良くて、空気が読めて、友だちがたくさんいて、弱音なんて吐かない、そんな幼馴染。小学校低学年の頃は二人でよく遊んでいたが、学年が上がるにつれて趣味やつるむ友だちが変わっていった。それでも、近所に住む幼馴染という理由で、二人きりで中学校までの道を15分かけて歩く。別に、仲が悪い訳でもなかったから。ただ、一年生の頃は何かと話していたけれど、二年生、赤い落葉が通学路を彩る頃には話す話題もなくなって、無言で歩く15分はもはや日常になってしまって、そんな日常に苦痛すら覚えなくなった頃、俺はただの棒人間だと気づいた。
いつでも話し出すのは幼馴染の方だった。俺はただただ相槌を打つだけだった。優秀なサッカー少年の君に話せるような、得意な話は何もなかった。そんな俺に合わせて君が話題を選んでいることに気づいて、虚しくなった。性格の曲がった俺は逆張って話題に乗っからなかった。というのは半分正解、半分間違い。単純にコミュニケーション能力が欠如しすぎていて、平々凡々な日常の話題に上手く乗れなかった。小学生の頃は話していたのに。どうしてこうなった?あの頃はたまたま趣味が合っていたのだろうか。そんな気がする。二人でドラゴンボールの格ゲーをよくやっていた。Wiiだ。熱中していた。君は一星龍をよく使っていて、コンボ技が上手かった。俺はタピオンをよく使っていて、速攻が上手かった。思い出のゲームディスクも、棚の奥に眠って4,5年といったところか。
君はFPSにハマって、俺はソシャゲにハマった。君はサッカー部に入り、俺は文芸部に入った。君は少年ジャンプを読んで、俺はMF文庫を読んだ。君は友だちがたくさんできて、俺はいつしか一人になった。
今の俺が饒舌に話せるのは最近ホットなラノベについてなのだが、ラノベというものは、得てしてタイトルを言っただけで引かれてしまうものなので言えない。一度、君にポロッと話したことがあったけれど、その時も一瞬の沈黙が訪れて、もう一回言って?と言われて恥ずかしくなった。そこには一切の邪気がなかったから、俺は素直にもう一度言わざるを得ず、モザイクを300%ほど掛けてあらすじを語った。
明確に幼馴染は優しくて、俺とは違う天高い世界に移住したのだと思った。いや、俺が地底に堕ちただけか。俺に構うな。君が流行りのジャンプを読むなら、俺はとことんラノベを読んでやると思った。
クラスの中には俺みたいなラノベオタクもいるみたいだが、レンズの曇った四角い銀メガネをかけたオタクどもとつるむつもりもない。というのは半分正解で、半分間違い。これ以上は書きたくない。画面の前の読者様なら、なぜ間違いなのかくらいもう分かっているだろう?
こんな俺だから、幻想の幼馴染にはすぐに見捨てられるだろうし、そもそも頭の中にいるあなたは、紺に近い黒髪を太ももまで伸ばしているし、折られたスカートの丈はお辞儀をすれば見せられないし、目は大きく鼻が点、口は唇がほとんどない、そう、まさにラノベの挿絵だ。あなたはイラストだった。
幻想を補うのもまた幻想で、三次元を創作することはできない。
***
七月二十五日、灼熱の初夏、終業式。担任の挨拶が終わると俺はすぐにリュックを背負って教室を飛び出した。廊下には茹だるような夏の熱気が充満していたが、そんなものに構う暇はない。今日は中学最後の夏休みの始まりで、新刊の発売日で、心はどこまでも涼やかで、汗がひとすじ頬を伝った。
帰り道の途中、遠回りをして三洋堂書店へと向かった。三ヶ月に一度のペースでその月の二十五日に発売されるのは俺の一番推しているラノベ、「Re:ゼロから始める異世界生活」だ。
リゼロは外伝(ex)が至高である。1巻で綺麗にまとまった構成、本編を知らなくても分かる設定、しかし読んでいればより楽しめるキャラクターの過去、本編とのギャップ。ヴィルヘルムの外伝は特に好きだ。あんなに美しい話をほかに知らない。心を射抜かれた。テレシア......。
この外伝の素晴らしさを、クラスの曇りメガネどもは理解しているのだろうか。いや、理解していないに違いない。ああいう奴らは本編だけを薄く読んで、キリの良い章まで読んだらしばらく続きを読みやがらない。外伝なんてもってのほかだろう。と、意味もなくリュックをまさぐっていた休み時間、奴らから聞こえてきた会話から推測してみる。本当は読んでいるかもしれない。
という訳で三洋堂にやってきた。ラノベ新刊コーナーに早足で向かう。目をぐるぐると動かしてリゼロを探していると、ふと、誰かと目が合った気がした。
「あ、今、目合ったよね?」
「え、あ、」
俺に話しかけられたのかどうか分からなくて、変な声が出た。しかし不思議なことに、周りには人が居ない。声のした方向には、一冊のラノベ。もう一度、目が合った。
「私の幼馴染はコミュ障の社会不適合者でした。15」というタイトルのラノベには、俺の妄想した通りの女の子が表紙に描かれていて、こちらを見ていた。くらくらしてきた。世界が白く剥がれてきて、主人公が死んで転生する時に神様と話す空間、みたいな場所に来た。目の前には、先ほどまで表紙に囚われていた女の子がいる。そんな錯覚......?頭がおかしくなった。幻聴と幻覚の症状。俺に病名がつくのか。三割くらい嬉しい。
女の子は話し出した。
「君はそうやって、一人で生きていくんだね」
「遠くから誰かを見下して、誰のことも分かろうとせず、一人で生きていくんだね」
急に何を言い出すのかと思えば、あまりにも突拍子で核心めいたことを言い放ちやがる。やめろ。俺の理想の幼馴染は、そんなことを言わない。
「ラノベを読んで、拙い短歌を詠んで、毎月千円ずつソシャゲのバトルパスに課金して、現実逃避するんだね」
俺の生活を否定するな。
「本当は、高木君や白石君とラノベの話をしたいのにね」
言葉が出なくなってきた。
「本当は、幼馴染とまた一緒に遊びたいのにね。楽しく学校行きたいのにね」
......。
「君の理想の幼馴染は、ずっとそばにいるのにね」
***
白い世界はゆっくりと色を取り戻し始めた。彼女は「私の幼馴染はコミュ障の社会不適合者でした。15」とともに姿を消していた。ラノベ新刊コーナーの一角で立ち尽くし、彼女の言葉を反芻する。
ふと、小学校の頃の記憶が蘇った。
ドラゴンボールの格ゲー、夏休み恒例の川遊び、近所のおじさんの芋掘り手伝い。妖怪ウォッチのバスターズ、公民館でかくれんぼ、天井のないかまくら。
どれも小学二,三年生の頃までの記憶だったけれど、たしかに楽しい思い出だった。
僕は、虚勢の一人称を捨てながら少年ジャンプコーナーへ向かった。財布に入れてきた700円は、いつの日か君が話してくれた、「鬼滅の刃 1」に費やしていた。
***
結局、僕は次の日にはリゼロの新刊を買いに行ったし、部活に行って短歌を詠んだし、ソシャゲの課金もやめていない。高木や白石とも、いまさら話しかけるつもりはないし、話したとて仲良くなれる自信もない。
それでも、夏休み明けの今日、君に善逸のかっこよさを語れたことが嬉しくて、君がエミリアの可愛さを語ってくれたことが嬉しくて、僕は夜更かしをしなくなったから、僕の理想の幼馴染には感謝しないといけないな、なんて、そんなふうに思う、中学三年生の夏だった。




