文学作家
作家が死んだ。丁度、一年前のことである。
作家はいつも自らを卑下していた。私はこのような会話を、まだ覚えている。
作家は手を広げ、帯の方をみていた。
「またしてしまった。」
「どうした。」
「原稿を忘れた。またしてしまった。」
そして、付け足すように「僕は馬鹿だ。」と作家は笑顔で言った。
その断片は、私に聞かすようではなかったので、私はそのまま聞き流した。まさか、作家が死ぬなど思っても見なかったのである。
私と作家は、友人ではなかった。私は、新聞社に勤めていた。作家は、短編を新聞に載せるため、平生、〆切に追われていた。
いつかは忘れたが、私は作家と海辺を歩いていた。帰路であったような気がする。
「海はきれい。」
「おい、そのように海へ近付くと歯がしみるぞ。」
私は作家に注意をした。
「この下駄は、もう時期買い替えるからいいのだ。冷たい。波が足にかかった。」
親しい間柄でもなかったので、私は会話を進んでしようとはしなかった。しかしこの作家は、愛嬌があった。
「海は不思議だな。」
私は無言で歩いた。
「向う側には、文化も言語も違う国があるのだ。浪漫だ。僕は海に恋をしている。」
「ギザな事を。」
それだけで会話は終わった。もう少し、話せばよかったと今になって後悔している。
無論、この作家は人気ではなかった。
私は作家に会うたびに問うた。
「なぜ、大衆向けの小説を書かぬのか。」
「僕は文学が好きなのです。」
決まって作家はそう答えた。
「文学など、人の心を動かさないのなら、それはただ話をしただけである。」
「少しの人を動かせたのなら、僕は文学を書くのだ。」
「けれどもなあ……」
この作家はしばらくすれば、降板させらるることは目に見えていた。
「分かりました。僕の文学が多くの一番でなければ、僕は大衆向けの小説を書きます。」
作家の目は、覚悟をきめていた。そのような目が見れて安堵した。小説が、根から好きなのだと安堵した。
もう一度、作家の原稿に目を通した。何度も書き直しした後が残っていた。しかし、皮肉にも、私には理解できなかった。何かしら、偉大なることを、記されている事は分かるが、肝心の共感がなかったのである。この作家は、少数派の経験を書いていた。
「人は共感されなければ、食っていけぬのだ。ましてや、文字の世界だと想像だけであって、得にくいのだ。目には変化が大切だ。蛇口から水が一滴一滴、落つるように、最初はみていて面白いが、なんの変化がない。突然、水が出なくなったらまた興味をもつ。人とはそう言うものさ。君、その世界で生きていけますか。書けていけますか。」
作家は「ええ。」と言う代わりに笑った。
数週間後、作家は売れた。大衆小説で売れたのだ。作家に長編の申し出も数々きた。
私は、作家の大衆小説は、面白いと思った。話の軸がよくできている。私への反発なのか、少し、文学じみた人物を創っていた。
そして作家はこう言った。
「僕は常に思う。本屋に行くと、皆を楽しませるような小説が、沢山並べてある。それなら良かった。けれども内容は、全て似たようなものばかりであった。その本は、いくつもの本棚にずらりと並べてあった。僕は思った。この作者らは、本当に自分の書きたいものを書いているのかと。そして僕は彼らに問う。なぜそうなのか、と。」
「彼らも食うために書いているのだ。」
「僕と同じか。」
三日後、作家は死んだ。第一発見者は私である。自室で死んでいた。
遺書にはこう書いていた。
「私は文学が好きであった。小説が好きであった。
第一発見者は、編集者―半田川―であろう。私は独り身なので、そう悲しんでくれる人はいない。
私が死ぬ理由は、私が生きていると、文学で人を動かせない、そう悟ったからである。私は、最近書きました小説にて売れ出したので、その波に乗り死んで、皆が、私の文学に触れることを願う。
追記
遺産は大した銭ではないので、全て遺品の処理に使ってください。墓はいりません。」
私は骨を海に流した。
それから、ありありと作家の死が新聞に載った。大きな見出しだった。話題になって、まだ一週間と経つ前に死んだので、報道陣が大声をあげて、作家の美しい死に様を綴ったのである。
作家が生前、書いた文学小説も売れた。フアンが「素晴らしい文学だ。」と喝采をあげた。作家には一銭も儲けておらぬ。
私は作家の死について、たくさん取材が来たが、すべて断った。
私は作家の死を、不満に思っているからである。本当にこれで良かったのか、人気になって、余暇ができればその時分に、文学を書けば良かったではないか。いや、作家は生半可な心持ちで文学は書かぬ。文学とは、共感がなければ食ってはいけぬ。だから私は、小説家になる夢を諦めた。
作家は文学が好きであった。しかし作家は文学によって死んだ。




