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第4話 市場のざわめきと青龍の台所

 昼下がりの温室は、光と湿気の狭間にあった。

 芽吹き始めたトマトの葉が青く香り、地面には細い水脈が走る。

 菜結はゴム手袋を外して、ポータルの通知を確認した。


《青龍党:収穫祭準備アルバイト募集》

《報酬:時給2000G/交通補助あり/推薦枠あり》


 “推薦枠”――その文字が引っかかった。

 推薦とはつまり、派閥の票。


「やっぱ来たか」

 後ろから声をかけてきたのは犬伏 慎一郎、青龍の運営班リーダー。

 頬に泥の跡をつけたまま笑っている。

白居しらい党の連中がまた『購買の値上げは青龍のせいだ』って言い出した。

 だから“祭”で支持率を取り戻す」


「白居党……」

 菜結の眉がわずかに動く。

 白居 秋山 連合――商業系を握る対立陣営。

 G(学園通貨)を実質支配する。

 御荘党首の穏やかな顔からは想像できないが、

 この学園では経済戦争が日常だ。


 午後、収穫班のテントにはいつになく人が集まっていた。

 青龍党の藤崎 璃音が計量器を見つめながら言う。

「Gの値、下がってる。昨日より単価2%マイナス」

「白居党が意図的に穀物市場へ“売り浴びせ”したんだ」

 犬伏が端末を叩きながら答える。

「裏で仕切ってるのは越智と真鍋。金融委員会のやつら」


 言葉が交わされるたびに、菜結の胸の奥で熱が生まれた。

 “畑の成果”が、数字の遊びで軽くされていく。

 手で掘った土の重みが、データの波で消される。


「菜結ちゃん、気にしすぎよ」

 隣の豊栖 美琴が笑いながら言った。

 ゆるい三つ編みを揺らして、青龍の看板を描いている。

「政治って、泥遊びみたいなもん。

 でも、泥の中でしか苗は育たない」


 調理場では、凛花が包丁を研いでいた。

 包丁の音が会話よりも鋭い。

「秋山がまた文句つけてきた。

 “青龍は肉中心で、白居党の野菜を買わない”って」

「じゃあ逆に、うちで無償提供すればいい」

 藤崎が言う。

「“寄附”の名目でな」


「寄附って言っても、結局票稼ぎになるんじゃ」

 豊栖が首をかしげる。

 そこへ、白衣姿のエリヤ・ローゼンが歩いてきた。

 淡々と体温計を掲げながら言う。

「寄附でも、祈りでも、結果は同じ。

 “誰かが救われる”なら、貨幣の形は問わない」


 柔らかく言いながら、手袋越しに温度を確認する。

 衛生管理班の後ろには、麒麟党所属の鎌田 瑞樹が控えていた。

「学園全体がこの時期、熱を持ってる。

 どこも“感染”みたいに経済が広がってるんです」


 夕方になると、祭の準備で港の広場が賑わい始めた。

 青龍の屋台には姫路 はるかが立ち、スマホで呼び込みをしている。

 対面の白居ブースでは河野 龍司がスーツ姿で視察。

 同じ学生とは思えないほど洗練されている。


「青龍、だいぶ頑張ってるみたいだな」

 河野が笑みを浮かべ、凛花を横目に見た。

「でも、G相場が下落した今、

 どれだけ売っても利益率はゼロだ。

 “ボランティア政党”としては立派だよ」


 挑発。

 凛花は包丁を握り直し、笑い返した。

「利益率ゼロでも、支持率は上がる。

 それに――人の胃袋は、株価に連動しない」


 その瞬間、白居ブースの端末が一斉に鳴った。


《市場異常検知:取引量過多/食材価格急騰》


「……また上げたな、白居党」

 犬伏が低く呟く。

 星川がドローンを飛ばし、データを転送する。

「越智グループがストレージ農場を一括買い占め。

 菜結、見ろ。

 水菜一束が600Gになってる」


「……そんな」

 菜結の喉が乾いた。

 昼に掴んだ1000Gの価値が、もう形を変えて消えていく。

 作物は同じなのに、値段だけが肥大していく。


 夜。青龍の本部で、御荘 悠真が静かに言った。

「これは単なる物価変動じゃない。

 市場戦争の第一撃だ」


 部屋に集まった顔ぶれ――

 犬伏、藤崎、豊栖、姫路、星川、凛花、鎌田。

 全員が端末を開いていた。

 スクリーンには、学園通貨Gの相場グラフが波を描いている。


 御荘はゆっくり立ち上がる。

「白居・河野・秋山連合が、内部システムに干渉している可能性が高い。

 ――菜結」

「はい」

「君に任せたい。玄武党のデータ班と連携して、

 “本当の相場”を探れ」


 菜結は息を呑んだ。

「私が……?」

「そう。君の端末はまだ中立認証だ。

 青龍と白居、どちらの監査にも引っかからない。

 “風の目”を持つ人間じゃないと、この戦いは見抜けない」


 星川が短く頷いた。

「俺も行く。玄武の解析室まで、今夜のうちに」


 御荘は手を上げ、短く告げた。

「市場のざわめきを止めろ。

 “神の手”ではなく――

 人の手で」


 窓の外、港の風が夜気を運ぶ。

 黒い雲の切れ間から、月がひとすじ。

 光の筋が温室のガラスに落ちて、

 青龍の旗が静かに揺れた。

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