第3話 目覚めた少女
(おいおい……まさか、こいつと関係あるのか?)
ガラスの中の少女を振り返る。静寂に包まれた冷却層で、彼の心臓だけが、警鐘のように激しく鳴り響いていた。
『ご主人様!? 聞いてるですぅか!? ディープワンのコアが暴走しますぅ!』
通信機からミリィの悲鳴が聞こえ、カイルは我に返った。
「落ち着け、ミリィ! こっちは……こっちも異常事態だ!」
そう叫びながらも、カイルの視線はガラス張りのカプセルに釘付けになっていた。
先ほど、かすかに動いただけだった少女の瞼が、今、ゆっくりと持ち上がっていく。
そして――現れた双眸と、視線が絡み合った。
吸い込まれそうなほど、深く澄んだ青い瞳だった。
少女はカイルをじっと見つめると、何かを伝えようとするかのように、か細い唇を必死に動かそうとした。だが、そこから音が紡がれることはない。
その代わり、カプセルの内側、少女の顔の横の空間に、淡い光が集まって一つの半透明な板を形作った。空中に浮かび上がったディスプレイに、文字が流れていく。
『起こしてくださってありがとうございます。あの、すみませんが服を取っていただけませんか?』
「……え?」
表示されたメッセージの意味を理解し、カイルは改めてガラスの中の少女を見た。白いワンピースのようなものを着ていると思っていたが、それは体を固定している医療用の保護材か何かだったらしい。その下には、何も身に着けていなかった。
(うわっ!?)
慌てて視線を逸らし、カイルは通信機に向かって叫んだ。
「ミリィ! 今すぐ毛布か何か持って、ZONE-Kまで来い! 大至急だ!」
『はぁ!? ディープワンが大変な時に、毛布ですって!? ご主人様は、とうとう頭までおかしくなったですぅか!』
「いいから早くしろ! 説明は後だ!」
訳も分からず怒鳴り散らすミリィの通信を一方的に切り、カイルは気まずさからカプセルに背を向けた。やがて、ドタドタという慌ただしい足音が響き、息を切らしたミリィが駆け込んでくる。
「ご主人様! 一体何が……って、えええ!?」
カプセルの中の光景に気づいたミリィが、素っ頓狂な声を上げる。
「な、な、裸の女の子が……! ご、ご主人様の趣味は、とうとうそういう領域に……!」
「ちがうわ! いいから、その毛布を上からかけてやれ!」
カイルはミリィから毛布をひったくると、バサリとカプセルのガラスの上に被せた。これで、ひとまずは安心だ。
再び、空中のディスプレイに文字が浮かび上がる。
『ありがとう』
短い礼の言葉だった。
カイルとミリィは顔を見合わせ、それから恐る恐るカプセルの前に向き直った。状況を飲み込めないまま、カイルが今分かっている限りのこと――ここが旧文明時代の遺跡であること、そして自分たちが何者であるかを、かいつまんで説明する。
ディスプレイの少女は、静かにその言葉を読んでいたが、やがて新たなテキストを表示した。
『なるほど、もうあれから五百年もたってしまったのですね』
「ご、五百年……?」
ミリィが息を呑む。目の前の少女が、途方もない時間を眠り続けていたことを知り、二人は絶句した。
『グランツ帝国……なるほど、あの帝国はまだあるのですね……』
「知ってるのか!? グランツ帝国のことを!」
カイルが思わず声を上げる。グランツ帝国は、カイルたちが今まさに戦っている敵国の名だ。少女がその名を知っているという事実は、彼女がただの旧時代の人間ではないことを示唆していた。
少女はカイルの問いには答えず、ただ静かに次の言葉を紡いだ。
『この都市の地下には、まだまだ住人が眠っています。一緒に起こしていきましょう』
それは、どこか当たり前のことのように、何のてらいもなく表示された言葉だった。
(……おいおい、マジかよ)
戦って、帰ってきて、休む間もなく謎の少女を発見し、いきなり五百年前の住人の集団覚醒を手伝えと言われる。
(いろいろと、やるべき事が増えてしまった気がする……)
カイルが頭を抱えた、その時だった。
プシュゥゥゥ……という長い排気音と共に、少女を閉じ込めていたカプセルがゆっくりと開き始めた。隙間から、凍てつくような白い冷気が一気に部屋へと満ちていく。
五百年の眠りから覚めた少女が、現代にその姿を現そうとしていた。
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