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第2話 深淵の拠点と、眠れる少女

 ゆっくりと意識が浮上する。最初に感じたのは、体全体を包むような鈍い振動と、鉄の匂いだった。ぼやける視界に、見慣れたコックピットの天井が映る。


(……俺は……生きているのか……)


 最後の記憶は、三機目の敵レガリアを斬り伏せ、燃え盛る残骸を背にディープワンが崩れ落ちていく光景だった。あの状況から、よくぞ無事だったものだと思う。


「……ん」


 身じろぎしようとして、全身に走る軋むような痛みに顔をしかめた。どうやら、フィーネが言っていた通り、回収部隊が間に合ったらしい。


 そのとき、コックピットのハッチが外側からこじ開けられ、逆光の中に小さな人影が現れた。


「……あ」


 カイルが声を出すより先に、その人影――亜麻色の髪をツインテールにした少女が、身軽に機内へ飛び降りてきた。作業着に身を包んだ彼女は、カイルの顔を覗き込むと、ぷくりと頬を膨らませる。


「ご主人様!」


 凛とした声が、狭いコックピットによく響いた。


「よかった、やっと目覚めたですぅ。ご気分はどうですか? ……なんて、聞くまでもないですね。全身ボロボロじゃないですか!」


「ミリィ……か」


 彼女の名は、ミリィ・フィセル。このオンボロ拠点に住まう、カイル専属のメカニック兼、レガリア回収のために作られたホムンクルスだ。


「ご主人様は死にかけたですぅ! 体は一つしかないんですから! もっと自分を大事にするですぅ!」


 金切り声に近い勢いで捲し立てるミリィ。その瞳が心配で潤んでいることに、カイルは気づいていた。いつもそうだ。彼女は怒りながら、誰よりもカイルの身を案じている。


「……悪かった。けど、お前が回収してくれたんだろ」


 カイルは痛む体でゆっくりと手を伸ばし、わしゃわしゃとミリィの頭を撫でた。


「ありがとな」


「……!?」


 不意打ちの感謝とスキンシップに、ミリィの言葉が止まる。みるみるうちに顔を赤く染め、俯いてしまった。


「……べ、別に、ご主人様のためじゃないですぅ。ディープワンが壊れたら、ミリィの仕事がなくなるから……ただそれだけですぅ……」


 消え入りそうな声で言い訳する姿に、カイルは思わず苦笑を漏らした。


 重機型レガリア『ブルート・ボア』に吊り下げられたディープワンは、やがて巨大な地下施設へと運び込まれていく。そこが、カイルとミリィの住処であり、ディープワンの格納庫だった。



 カイルたちの拠点は、かつて旧文明時代に建造された、巨大な地下ダンジョンの最下層区画を改造したものだった。第七騎士団にも存在を明かしていない、カイルだけの秘密基地。その広大な空間は『セクターG』と呼ばれている。


 ディープワンは中央に設置された巨大な円形の格納槽へと降ろされると、ミリィの操作によってアームで固定された。


「それじゃ、修復を開始するですぅ。ご主人様は、ちゃんと自分の手当てをしてくださいね」


 ミリィがコンソールを操作すると、格納槽の底から、ぬるり、と何本もの黒い触手のようなものが伸びてきた。それはまるで生き物のように蠢き、ディープワンの損傷した機体にまとわりついていく。


 焼け焦げた装甲の裂け目に、折れた関節に、その触手が吸い付き、融合していく。ジジジ……と音を立てながら、傷口がみるみるうちに塞がっていく光景は、何度見ても異様だった。


「……気持ち悪いけど、あいつにとっては正常なんだな」


 カイルは壁に寄りかかり、その光景を眺めながら呟いた。


「ご主人様も、触手で修理すればよかったのにですぅ」


「遠慮するわ」


 真顔でとんでもないことを言うミリィに、カイルは即答した。ホムンクルスである彼女には、人間と機械の修理の区別が、時々わからなくなるらしい。



 数時間後。シャワーを浴びて応急手当を済ませたカイルは、レーションを口に放り込みながら、拠点のマップデータを眺めていた。自身の無茶で溜まった疲労と、最後の切り札を使った代償で、体は鉛のように重い。


 ふと隣の自室を覗くと、ミリィがベッドですうすうと寝息を立てていた。連日の戦闘と、今回の緊急出動で、彼女にも疲れが溜まっていたのだろう。


(少しだけ……見てくるか)


 じっとしているのが苦手な性分だった。カイルは足音を忍ばせ、拠点のさらに奥へと続くゲートを一人で開けた。


 そこは、まだカイル自身も完全に踏破していない、未踏の領域。ゲートの先は、空気が一変して凍てつくように冷たかった。壁も床も、薄い氷の膜で覆われている。


『ZONE-K:冷却層』


 エリアを示すプレートが、青白い非常灯に照らされていた。


 吐く息が白くなる。カイルは警戒しながら、慎重に奥へと進んだ。どれくらい歩いただろうか。凍結した太いパイプラインが複雑に絡み合う広間の中央で、彼は『それ』を発見した。


 巨大な、ガラス張りのカプセル。

 そしてその中には――人がいた。


 銀色の長い髪を持つ、一人の少女。見たところ、十六、七歳くらいだろうか。白いワンピースのような服を身にまとい、まるで眠っているかのように安らかな表情で、体を機械に固定されている。


(コールドスリープ……か? こんな場所に、どうして……)


 カイルは、まるで時間が止まったかのような光景に、息を呑んだ。



 何かに引き寄せられるように、カイルはカプセルへと近づき、その分厚いガラスにそっと手を触れた。


 その瞬間だった。


 ピ……という電子音と共に、カプセルの内部で淡い光が点滅を始める。何らかのセンサーが、カイルの接触に反応したのだ。


 そして――。


 ガラスの向こう、眠れる少女の閉ざされた瞼が、かすかに、ぴくりと動いた。


「!?」


 カイルが驚きに目を見開いた、その直後。懐の通信機が、けたたましい警告音を鳴らした。


『ご、ご主人様! 大変ですぅ!』


 叩き起こされたのか、ミリィの焦った声が響く。


『格納槽のディープワンが、急に……! コアのエネルギー出力が、異常な数値を叩き出してますぅ!』


「なんだって!?」


 ディープワンの異常反応。そして、目の前で起きた、眠れる少女の微かな変化。

 二つの無関係のはずの出来事が、カイルの頭の中で一本の線で結びつく。


(おいおい……まさか、こいつと関係あるのか?)


 カイルはガラスの中の少女を振り返る。

 静寂に包まれた冷却層で、彼の心臓だけが、警鐘のように激しく鳴り響いていた。

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