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第1話 火の戦場

 地鳴りが響いていた。


 それは大地の怒りでもなければ、ましてや雷鳴などという生易しいものでもない。ただ一機の鋼鉄の巨人が、その手に握る大剣を振るう音。そして、無数の砲弾が大地を叩き、空を焼く音だった。


 見渡す限りの、灰色の空。絶え間なく降り注ぐ火の雨。赤黒い土くれと鉄屑が混じり合う大地。

 かつて堅牢を誇ったであろう砦の残骸を踏み砕き、一機の人型機動兵器が戦場を疾駆する。


 その名は――レガリア。


 遥か昔、神代と呼ばれた時代より遺されし、人の叡智を超えた戦争のための機械。


 中でもその漆黒の機体は、一際異彩を放っていた。まるで、戦場の死を全てその身に吸い込むかのような、禍々しいまでの黒。若き騎士、カイル・アーヴィンはそのコックピットの中で、操縦桿を握りしめていた。彼は所属する第七騎士団の誰よりも速く、そして誰よりも深く、敵陣の懐へと切り込んでいる。


「カイル! 突出するなと言ったはずだ! 右翼から敵性反応、三機!」


 インカムから響く、切羽詰まった声。幼馴染であり、この部隊の管制を担うフィーネの声だ。


「わかってる! けど、あそこを叩かなきゃ、後続がマトになる!」


 カイルは怒声で返し、レガリアの膝を折った。崩れかけた砲台跡を蹴り、その巨躯が重力に逆らって宙を舞う。空中で機体を反転させると、眼下に迫る三つの影を捉えた。


 迎え撃つは、三機の敵性レガリア。いずれも旧グランツ帝国が遺した量産機、『エンゲル・タイプ』だ。パイロットの脳神経と機体を直接つなぐ神経接続の精度が低く、その動きは鈍重。だが、有り余るほどの魔力炉心を搭載しており、出力だけは一級品の厄介な相手だった。


 だが、カイルの駆る『レガリア・ディープワン』は違う。神代の遺産の中でも、たった一機しか現存が確認されていない、特別な機体。


(悪いが、お前らみたいな出来損ないの亡霊と、俺のディープワンを一緒にするなよ!)


 心の中で叫び、カイルはコンソールを叩く。


「重力圧縮、五十パーセント……!」


 その声に呼応するように、ディープワンの胸部にあるコアが青白い光を脈動させる。機体の左腕に幾重もの光のリングが収束し、空間そのものが軋むような音を立てた。


 次の瞬間――。


「『グラビティ・ランス』!」


 放たれたのは、槍の形をした重力の塊。それは不可視の質量となって空間ごと敵機をえぐり、先頭の一機を真正面から貫いた。装甲が紙屑のようにねじれ、分厚い胸部が内側から破裂するようにして砕け散る。一瞬の出来事だった。


「まず一機!」


 残るは二機。カイルは続けざまに、左肩にマウントされていた追加装甲をパージする。軽量化された機体が俊敏さを取り戻し、右手には蒼い光の粒子が集束していく。光はたちまち剣の形をとり、確かな実体を持った。


 魔導剣『ルシリオン』。レガリア・ディープワンが生み出す、最強の白兵戦武装。


「来いよ、錆びついた亡霊どもが!」


 カイルの挑発に応じるかのように、二機目のエンゲル・タイプが距離を詰めてくる。その片腕が変形し、大口径の砲門が火を噴いた。灼熱の火線が幾筋も、ディープワンに向かって閃く。


 だが、ディープワンはそれを紙一重で躱す。マントのように背部を覆っていた装甲片が、掠めた熱線によって焼け焦げ、宙に吹き飛んだ。爆風を切り裂き、爆煙の中を一直線に突っ切って、ディープワンは敵機の懐へと肉薄する。


「ォオオオオオッッ!!」


 咆哮。


 それはカイルの声か、あるいはディープワンという機械自身の雄叫びか。神経接続を通じて高揚した精神が、機体と一体になったかのような錯覚を覚える。


 振り下ろされたルシリオンの青い閃光が、エンゲル・タイプの首を刎ね飛ばした。勢い余って胴体までをも両断し、それは明らかにオーバーキルだった。


(あと一機……!)


 そう思った瞬間、背筋に悪寒が走った。


 三機目の敵は、仲間が撃破されるのをただ見ていたわけではなかった。巧みな連携で、ディープワンの死角――背後へと回り込んでいたのだ。


 気配に気づき、振り返ろうとした時には、もう遅い。


 ドン――。


 耳を裂くような、鈍い爆音。凄まじい衝撃が、レガリア・ディープワンの背部を抉った。


 メインフレームが軋む嫌な音が響き渡り、コックピット内の警告音がけたたましく鳴り響く。


「……っくそ!」


 衝撃で計器盤に額を打ち付け、カイルの視界に赤い血が滲む。直撃こそ免れたが、高熱が壁を伝い、コックピットの温度が急上昇していた。


『カイル! 被弾!? 状況を報告して!』


 フィーネの悲鳴に近い声が聞こえる。


「背部ブースターをやられた……! くそ、動け……動けよ!」


 片膝をつき、ディープワンが戦場で動きを止める。致命的な隙だった。

 好機と見た敵レガリアが、その両肩に備え付けられたミサイルポッドを、ゆっくりと展開する。無数の弾頭が、こちらを向いている。


 ――やられる!


 絶望的な光景を前に、カイルの呼吸が荒くなる。


「終わりだぁッッ!!」


 勝利を確信した敵パイロットの、歪んだ歓声がヘッドスピーカーを通して響き渡った。


 だが、その声を聞きながら、カイルは血に濡れた口の端を、不敵に吊り上げた。


「甘いんだよ、バーカ」


 彼の足元で、いつの間にか紅蓮の魔法陣が展開されていた。それはディープワンの足元から機体全体へと広がり、複雑な紋様を浮かび上がらせる。


「『ディープワン深淵を見せよ』――!」


 カイルがそう叫んだ瞬間、機体全体が黒い光に包まれた。


 それは、自らの魔力炉心からエネルギーを過剰に吸い上げ、機体の性能を限界以上に引き出す禁忌の技術。パイロットの生命力をも燃料とする、諸刃の剣。本来ならば、一度でも使用すれば機体は廃棄処分を免れない、最後の切り札。


 けれど、カイルのディープワンは、壊れながらも再び立ち上がった。



 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン――



 ミシミシと悲鳴を上げるフレーム。スパークを散らす関節部。それでも、その手に握られた魔導剣『ルシリオン』だけが、先ほどよりも強く、激しい光を放って再起動した。


 無数のミサイルが発射される、その直前。

 レガリア・ゼロは、もはや飛翔と呼ぶのもおこがましい、半ば跳ねるような動きで宙に躍り出た。


 そして――斬った。


 分厚い鋼鉄の胴を。その中枢にある魔力炉心を。そして、勝利を夢見たであろうパイロットの未来を。


 そのすべてを、一刀のもとに。


「はぁ……はぁ……やった……ッ!」


 カイルの荒い息遣いだけが、コックピットに響く。

 真っ二つにされた敵機が、背後で崩れ落ち、やがて巨大な爆炎となって燃え上がった。


 戦場が、ほんの一瞬だけ静かになる。


 だが、勝利の代償は大きかった。


「……ッ!?」


 ガキン、と鈍い音がして、ディープワンの右膝の関節が完全に折れた。それと同時に、機体内部から激しいスパークが走り、左腕がだらりと垂れ下がって完全に沈黙する。全身の力が、抜けていく。


(まずい……本当に、限界か……)


 燃え盛る敵機の残骸を背に、ディープワンはゆっくりと前のめりに倒れ込み、大地に縫い付けられた。カイルの揺らぐ視界が、火の粉の舞う灰色の空を映し出す。


 途切れ途切れの通信ノイズの向こうから、必死な声が聞こえた。


『……カイル!? 聞こえるか、カイル! 応答しろ!』


 フィーネの声だ。その声を聞いて、張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れるのを感じた。


「……ああ、聞こえてるよ、フィーネ」


 カイルは熱のこもったコックピットの天井を仰ぎながら、力なく微笑んだ。


「やったぞ。三機……全部、俺が沈めた」


『バカ! この大バカ! 無茶しすぎなんだよ、あんたは!! 今すぐ回収部隊をそっちに向かわせる! だから、絶対に動くんじゃないよ!?』


 叱責の中に混じる、震える声。彼女が泣きそうなのを、カイルは悟った。


「はは……悪かったって。でも、もう動けねぇよ……っと……」


 言い終えると同時に、どっと疲労が押し寄せる。レガリア・ディープワンの機内で、カイルは静かに目を閉じた。


 遠くでは、まだ砲撃の音が鳴り響いている。戦争は、まだ終わってはいない。


 だが、この一角だけは――この一瞬だけは、確かに勝ったのだ。

 その事実だけを胸に、カイルの意識は深い闇へと沈んでいった。


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