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ロベール

代わりに婿入りしにいったロベール視点のお話です。


引き摺られながらも尚、悲痛な声で番を求めるエリアス・ヴァレットを見送りながら、王太子殿下がロベールを見る。

「叔父上がそのような物をお持ちだと知っていたならば、問題が起きる前にお借りしたのですが」

「これは大切な形見ですし、この国で使う必要は今までありませんでしたから。

それに今回の件が内密にされていたことから、アルエット王女殿下と番の仲が拗れているとは知らなかったですし、今のを見てわかるように純粋な人間はあの感情に翻弄されてしまう」

掌で転がるシンプルな銀環は、ロベールの番であった少女が用意してくれたものだ。

「王太子殿下も試されたらご理解できるかもしれませんよ?」

「いえ結構です。

私は婚約者との円満な関係を壊すつもりはないので」

即答で返ってくる声音には、王太子らしさがややも失せている。

小さく笑ってから、耳環をポケットにしまった。

断って正解だ。

生まれた時から備わった感覚である竜人や獣人と違い、番を感じることに疎い人間には耳環によって与えられる刺激は強すぎる。

まだ未熟な少年時代のロベールは強制的に呼び起こされた番への本能によって、狂うかと思う程の衝撃しか感じなかった。

あの時は番を見つけた喜びとは別に、その番によって心を壊されかけた怒りから複雑な感情を抱く羽目になったのは忘れてなどいない。

唐突に現れ、瞬く間に消え去った番は、今もロベールの心に鮮烈な記憶として焼き付いたままだ。

それでも思い出として片付けられるようになったのは、最愛であるはずの番を喪って二十年も経過した頃だった。

それだけ番という存在は深い部分に根差しているのだ。




 * * *




「ロベール様の番様は獣人だそうですね」

ブランシュフォールの王城内、婚約者との交流として城内の庭園を案内してくれているアルエット王女殿下に問われたのはロベールの番のことである。

「ええ、彼女は私が初めて会った獣人でした。

ですので自由奔放さは彼女の性格なだけではなく、失礼ながら獣人の人々の気質だと思っていました。」

「そうでしたの」

アルエット王女殿下はロベールの言葉を咎めることなく笑ってくれる。

「確かに獣人は元となる獣の性質の影響も受けますわ。

それでも人にも近いですから、成長につれて落ち着くものです。

ロベール様の番様は幼さゆえの無邪気さからだと思います」

「ええ、もっと多くの獣人達に会うにつれ、彼女の性格だったのだと今では理解しています」

優雅な足取りで進む先、薔薇に囲まれたガゼボにはお茶の準備がされていた。

主の為にと引かれた椅子へとアルエット王女殿下を先導し、そうしてから向かいにロベールも座る。

すぐに温かいお茶が供され、テーブルの上に軽食とお菓子が並べられていく。

この国では獣人によって体質が大きく異なることから温度への耐性が人それぞれの為、お茶会であっても並べられる飲み物の種類が多い。

温かいお茶と共に冷たい果実水が添えられるし、夏を過ぎれば温かいお茶と一緒に小さな器でスープが添えられる。

軽食のサンドイッチにしても冷えたフルーツとクリームが挟まったものから、カリッと焼いた薄いトーストに魚や肉のフライが載せられたものと種類も様々だ。

デザートも夏の間は氷菓が添えられ、冬になると石窯から出したばかりの熱々のクラフティが提供されることもあるらしい。

今は秋の始まりということで、飲み物も三種揃っている。

用意を終わらせた侍女と護衛達は視界に入りながらも、声が届かぬ程に距離を置いて控えていた。

果実水を喉に流し込めば、爽やかな柑橘とミントの味が広がっていく。


向かいではアルエット王女殿下がお茶を口にし、音も無くカップをテーブルに戻してから口を開いた。

「これは推測の域を出ないので確認したかったのですが、ロベール様の番様は白豹の獣人だったのでしょうか?」

真っ直ぐな瞳は逸らされることなくロベールを見ている。

「王太子殿下に聞かれましたか?」

「いえ、けれど急なお話を抵抗なく受け入れておられたので、それが可能な理由というものを考えていたのです。

それに、どことなく懐かしそうに私を見ていた気がしましたから。

あの国で私を好意的な目で見る方は少ないのです」

聡いお方だ。

きっと彼女はエリアス・ヴァレット伯爵令息から拒否されたとき、令嬢を同伴されていたことを見てロシュフォルクローにおける獣人への扱いをある程度は把握していたことだろう。

アルエット王女殿下の来訪目的は、誓約書の意味すら知らない愚鈍な伯爵令息によって、下位貴族達から徐々に広まり始めていた。

このまま彼女が誰も連れずに帰ったら、純血主義にも似た選民意識の高いロシュフォルクローの貴族達によって侮られるだろうし、そうなれば差別を助長する振る舞いをする国だと他国からは距離を置かれてしまう。

ただでさえ大陸一の信者数を持つ創世神教団からは、種族による差別主義を非難する声明が発信されたばかりだ。

この婚姻は互いに損益を生み出さぬよう、平和的に解決して終わらせる必要があった。

そんな事情から王家の血を継いだロベールが婿入りするのは適任だったのだ。

とはいえ番の存在を得たことのある者が、簡単に首を縦に振れる話でもない。

アルエット王女殿下に彼女の面影を見い出せなかったら、最愛の墓前に花を捧げ続けたいとして断っていた。

だからこそ王太子はロベールの番のことを聞き及んでいたから話を持ってきたのだろうし、実際アルエット王女殿下を初めてお見掛けした時には目を奪われた。

自分の番も成長していたら、きっと彼女のように美しかったのだろう。

私の思い出の中にいる、もう一人のアルエット。

けれど、その気持ちを見透かされていたのだとしたら、彼女には随分と失礼だったのは間違いない。

「勝手に面影を重ねられて、お怒りになりましたでしょうか」

ロベールが問えば、アルエット王女殿下は苦笑するに留めた。

「正直に申し上げましたら、少し傷ついたかもしれません。

なにせ私は、番に拒否されたばかりで自信を喪失していましたから」

そうしてから想いを振り払うかのように首を振る。

「けれどロベール様同様に、状況はどうであれ自分で選んだのです。

エリアス・ヴァレット伯爵令息に断られた王女としての矜持を守り、より良い相手を選んで帰らなければならない。

当時の私には必要なことでしたから、ロシュフォルクローの王太子からの申し出は大変都合が良かった」

だから怒る立場では無いのだと語るアルエット王女殿下は、近くにある淡い色合いの菓子を勧めてくれた。

すりガラスのように半透明な菓子は摘むと脆い硬質さを指に伝え、口に入れればくしゃりとした感触の内側にゼリーのねっとりとした食感が姿を見せる。

飴だと思っていたら全く違ったことに、ついつい手にある食べかけの菓子を見つめる。

「これは」

「竜人が多く住まう東の国でのみ流行っているお菓子です。

おそらくロシュフォルクローでは輸入されていないのではないかと思います」

言われた言葉の意味に思わず眉間へと眉を寄せたが、アルエット王女殿下は涼やかな顔でやり過ごす。


「不平や不満を言いたいわけではないのです。

人の心はそうそう変えられないもの。その難しさは誰もが知っていることですから、ロシュフォルクローが我が国と同盟を継続させる意志があることを知れたのは成果として上々でした。

王太子が国に蔓延する問題をきちんと把握されていることも」

アルエット王女殿下も菓子を手にする。

「こうして食べてみなければわからないように、世の中には触れて初めてわかることが多いのだということは知っています」

しゃり、と軽い音が立つ。

「ロシュフォルクローは確かに我々獣人や竜人に対して差別意識が強いですが、悪い事ばかりではありません。

人間を見ていると、番という縛りに囚われることなく互いを想うことはできるのだと、また違う愛を構築できるのだと諭された気持ちになりました」

アルエット王女殿下が手にした菓子は柔らかな橙だった。

あれはオレンジか。それともアプリコットだろうか。

ロベールの番は林檎が好きだった。

頬を赤く染め、自身も林檎みたいだと笑った彼女とは違うのだ。

「ロベール様が番でなくとも、私は良い関係を作っていけたらと考えております。

貴方が私を受け入れるきっかけがどうであれ、せっかく敬愛と誠実を捧げてくださると誓ってくださったのですから、それに報いるために私は認識阻害の装飾を生涯外さず、唯一として貴方を傍に置くことをお約束しましょう」

笑い方も違う。

番であった少女は夏の太陽にように笑ったけれど、彼女は水彩画にも似た繊細な笑みを浮かべている。

ロベールの目の前にいるのは最愛だった番ではない。

他の誰でもない、アルエット・ブランシュフォール。

美しい白豹の乙女だ。


「アルエット王女殿下」

掠れた声に気づいているだろうか。気づかぬ振りをしてくれてるのか。

「どうか、彼女とは違う愛称でお呼びする許可を頂けますか。

貴女は彼女と違うのだと、正しく誠実であれと戒められるように」

そして過去を想いながらも、目の前の彼女を愛せるために。

ロベールを見てアルエット王女殿下がふわりと笑みを浮かべる。

「お好きにお呼びください」

視線を彷徨わせながら少し考え、ルエットという名を口にする。

どうだろうとアルエット王女殿下へと視線を戻せば、少しだけ照れたように微笑む姿があった。

伏せられたことで白くけぶる睫毛が黄金を溶かした瞳を隠す。

「それでは、ルエット様とお呼び致します」

途端にロベール自身が驚くほどに、落ち着きを失ってしまったのはどういうことなのだろうか。

アルエット王女殿下を正面から見ることができなくなって、思わず目を泳がせる。これでは、まるで自分は単純な性格しているのだと言っているようなものだ。

無意識に口元を隠す手。

「……もしかしたら、私達は上手くやっていけるのかもしれない」

口の中でモゴモゴと呟かれた言葉が届いたかはわからない。

彼女の手から菓子が落ちたことが答かもしれないと、ただただ視界の端にある橙を見ながら果実水を飲み干した。




件のお茶会から少しして発表された婚約は、初心な雰囲気を漂わせた二人に対して誰もが温かい目を向けていたという。

そしてアルエットが女王になってからも、ロベールは唯一の王配として生涯に渡って女王を支え続けた。


これでおしまい。

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― 新着の感想 ―
番を喪った同士(アイツも喪ったでいいよね?w)国益も考えて動ける2人は流石王族で立派だと思いました。 ちょっと気になったのは王弟殿下の元番も同じ名前だったの?
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