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エリアス

エリアス視点。

拒否った側の言い分と末路です。

獣人や竜人は偏った能力しか得られない、人間の下位互換でしかない種族だ。

幼い頃からそう聞かされていたエリアスは、国民の大半が純粋な人間であるロシュフォルクローの貴族として、同じように優秀な人間と結婚すると思っていた。

白銀の髪と菫よりも薄い瞳の色、儚げな風貌を持ち、学園に在籍中には「春待ちの君」と呼ばれ、婚約者のいない令嬢からのアプローチを躱す日々に追われるばかりだったことから殊更に。

そんな中で出会ったのが一つ下のリリュ・ラトゥールだ。

ふわふわと波打つ栗色の髪と、芽吹いたばかりの双葉のように目を惹く緑色の瞳。

小柄で華奢な体と愛らしい顔の持ち主で、学園内で誰もが振り返るほど。

高位貴族では釣り合わぬ身分だからか、高位貴族の令息達は好奇心から話しかけはするものの、それ以上の関係になるほどには親し気な素振りは見せずにいた。

泣く姿ですら儚げで美しいという彼女を一目見た時から気に入り、身分も釣り合いが取れているから問題ないだろうと追い求めた彼女に、エリアスの愛を受け入れてもらったのは最高学年に入ってからのこと。

両親からもたらされる縁談を全て蹴ってきた甲斐があったと、仕事が安定したらリリュを紹介して婚約を進めようと思った矢先に、それが覆りそうな命が王家より下されたのだ。


番の説明をされて引き合わされたのは、エリアスより身長が高い白豹を交ぜた獣人モドキだった。

王家の命だから出会った獣人モドキは隣国の王女を名乗ったが、既にリリュという恋人がいるエリアスには迷惑でしかなかった。

何より横に立つ家族の視線が侮蔑に満ちていないかと恐ろしく、何を話したかすら覚えていない。

家に帰ってから興奮気味の家族に色々と声を掛けられたが、何も聞きたくなくて気分が悪いことを理由に部屋に引き籠る。

このままだと人間より劣る獣人と結婚させられる。

それはこの国で生きるエリアスには不幸でしかなかった。

周囲の貴族で獣人の血を引く者は存在しない。

決して婚姻しないわけではないが、異種族が限りなく少ないロシュフォルクローでは、伴侶が異種族なのは生きるのにハンデを負ったに等しい。

勿論、異種族を迎える者もいるし、その多くが政略結婚目的のためなので王家が多いが、王家とて正妃に据えたりはしない。

王弟殿下が僅かにだけ竜人の血を引くが、彼が迷わず臣籍降下しているのは、やはり人間より劣ることの証左なのだと思っている。誰も口にしないだけだ。

このままでは劣った獣人達ばかりが住まう国に連れていかれ、きっとロシュフォルクローに住まう貴族達はエリアスに同情だけ垂れ流すか、もしくは馬鹿にするに違いない。

王家からは口外しないようにと言われていることから、周囲の貴族達がまだ誰も知らないのが救いだ。

けれど、それも時間の問題だろう。

まるで宝物を見つけた子どものように、あの二本足で立つ獣がエリアスを連れ去ってしまうことになってしまう。


冗談ではない。

獣ばかりの国だなんて、ロシュフォルクローと比べて格段に文明が低い場所で、今と同じ生活など送れるはずがない。

他国との流通が多いことによって人々の出入りが多いと聞くから治安も良くないだろうし、獣ばかりだから行儀作法だってなっていないに決まっている。

獣ゆえに教育の水準も低くて知性と品性は育てることなど出来るはずもなく、特に外見が我慢できなかった。

番という本能に踊らされるままに、自分好みの人間を見つけようとする執念も気持ち悪い。

エリアスにはリリュがいる。

想い合う二人を見れば、あの獣も身の程を弁えるはずだ。

だからリリュにだけ自身に起きていることを伝えれば、彼女は喜んで協力を申し出てくれる。

王家に叱られるかもしれないというのに、エリアスの為に身を挺して守ろうとする健気さに感動した。

やはり自分にはリリュこそが最愛であり運命なのだと王宮でのお茶会に彼女を密かに紛れ込ませたのだが、思いのほか白豹の獣人モドキは冷静な態度でエリアスの言葉を受け入れたのだ。

それはそれでつまらない。

リリュも肩透かしを食らったようで、エリアスの外見を気に入っただけではないのかと言い始め、それでも変わる様子の無い姿に見切りをつけてお茶会の場を二人で離れたが、帰って早々に王城から招致の手紙が送られてきた。

内容を確認すれば、二日後に登城する旨だけが簡潔に記されている。

既に話は片付いたのにまだ何か用があるのだというのか。

もしかしたら獣人モドキの王女が不満を王家に言い出したのかもしれない。

苛々しながら了承の意を使いの者に伝え、こんなことにならぬように王家がエリアスをきちんと守るべきではないのかと、近くにあるソファの脚を蹴る。

どちらにせよ、この話は無かったことになったと王家に報告する必要があったから、遅いより早いにこしたことはない。

この件以来、家族は異種族の話を一切しなくなったことから、口にするのも嫌になったのだろう。

明後日の報告を済ませたら、獣人モドキの王女との話は無くなったのだと安心させなければ。

あわせてリリュを紹介すれば、きっと喜んで婚約も認めてくれるはずだ。




 * * *




「エリアス・ヴァレット伯爵令息、そなたはアルエット王女の番では無かったと判明した。

王女からは間違えたことに対しての謝罪を頂いている」

あの時と同じように、謁見の間に人は少ない。

国王陛下と王太子殿下、宰相閣下と僅かな護衛騎士達だけ。

けれど、あの獣人モドキはいなかった。

「ゆえにヴァレット伯爵令息のアルエット王女に対する不敬な態度は許して頂けるとのことだ。

王女の寛容さに感謝するといい」

どういうことだ。

王太子殿下の言葉に驚くも、目の前の殿下の笑みはエリアスに圧迫感を感じさせるものであり、疑問を投げかけることも許してくれ無さそうな雰囲気を醸し出している。

「アルエット王女は獣人と人間の血を引く故、近くにいた本来の番に気がつかなかったそうだ」

要はそういう話に落ち着いたということなのかとエリアスは合点し、これは思いのほか自分の思い描く方向に未来へと進めるのだと安堵する。

「また、王女からはラトゥール子爵令嬢との仲を祝福するという言葉まで頂いた」

国王陛下に代わって取り仕切る、王太子殿下の言葉に得体のしれない不安が湧く。

何もかも上手くいきすぎてないか?

本当にあの獣人モドキは自分を許したのか?

ぐるりぐるりと渦巻くエリアスの心中など気にすることなく、謁見の間の扉が叩かれた。

一瞬、あの王女が押しかけて来たのかと思ったが、エリアスの目に飛び込んできたのは意外な人物だった。

王城の侍女に伴われ、姿を見せたのはリリュだ。

彼女はキラキラした瞳に好奇心を隠すことなく入室し、そうしてエリアスを見つけると顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

「エリアス様!」

「リ、リリュ」

彼女を城に招き入れたことを思い出し、自然と顔が強張る。

「私、初めてお城に招待されましたの!先日みたいにナイショで入ったのではなくて、ちゃんと招待状付きで!」

余程嬉しかったのか、招待状を見せてくれる。

そこには確かに王家の紋で封蝋された跡の残る封筒と一緒だった。

一体を何を考えているのかと王太子殿下を見るも、薄い笑みを浮かべた未来の王は、優し気な形を施した唇を開く。

「一国の王女からの祝福だ。

ゆえに二人の婚姻を王命とし、今すぐに書類に署名をするよう命じる」


これには天真爛漫なリリュも狼狽え、眉を寄せて王太子殿下へと不満そうな顔を向けた。

「で、ですが、結婚は一生に一度の晴れ舞台なのです。

両親も友人もいない所でなんて」

「ラトゥール子爵令嬢の意見は聞く気はない。

今すぐ婚姻するよう、これは王命だ」

厳しい声に身を竦ませたリリュを見て、王太子殿下が穏やかな笑みへと表情を変える。

「安心したまえ、別に婚姻届けに名前を書くだけだ。

結婚式は両家で相談した後ででも行えばいい。書類上の届けが早くなっただけだし、こうして婚姻してしまえば他の者から横恋慕されることもないだろう?」

その言葉にリリュも納得したらしく、豊かに変わる表情を安堵へと変えて首を縦に振った。

エリアスはまだ返事もしていないが、既に言質をとったかのように簡易台が用意され、準備していたのか婚姻届けが用意されていた。

二人はまだ成人していないことから後見人の名前が必要だったはずだと確認すれば、王家とアルエットの名前が連名で記載されている。

どうやら本当にエリアス達の仲を認めてくれるらしい。

ならば、気の変わらぬ内に署名したほうがいい。

「リリュが学園を卒業する時には、二人の瞳の色をした宝石が付いた指輪を持って、卒業パーティーの中で改めてプロポーズするよ」

卒業パーティーでプロポーズするカップルは多い。

エリアスは卒業しているが、リリュの卒業時にはエスコート役として参加する予定だったから、エリアスの卒業のときにできなかったことをするだけだ。

その頃には獣人モドキの王女のことも忘れられているだろう。

喜びで輝くばかりの笑顔を見せたリリュがペンを取って名前を書く。

続けてエリアスが書けば、すぐに近くにいた近衛が確認して「では提出して参ります」と立ち去っていく。

これで用事も済んだだろうと、リリュを誘って王都で人気のカフェにでも向かうかと思案している中、扉が閉まる音と共に全員の視線がエリアスに向けられた。


急激な空気の変わりように何事かと周囲を見渡せば、表情をすとんと落とした王太子殿下が一歩踏み出してくる。

「まさかこれで用件が済んだとでも思ったか?

アルエット王女が不問とすると判断したのでヴァレット伯爵令息には不敬罪による処罰は与えぬが、口外をせぬよう誓約書に署名したというのに破ったことは別。

この事については王家として見過ごせぬ」

「口外などと、そこまで大層なことは、」

「黙れ。一昨日のアルエット王女とのお茶会で、ラトゥール子爵令嬢を伴っていたのは報告を受けているし、本人からも事前の聴き取りは終わっている。

門番には王女に紹介するよう頼まれた、滞在時の友人候補だと言ったことの調べがついているのに、よくもぬけぬけと王家に対し嘘を言えるものだ」

横にいたリリュを見れば、だって、と顔を蒼褪めさせている。きっとエリアスも同じ顔をしているだろう。

「安心するがよい。アルエット王女はヴァレット伯爵令息に厳しい罰を与えることは望まれなかったので、降爵や領地の一部返還、高額な慰謝料の支払いなどで罰するつもりはない。

無論、修道院に入れるなどといったことや一時的な労働者として就労させることもしない」

よかった、あの獣人モドキも気が遣えるじゃないか。

そう安堵したエリアスだったが、次の言葉に動きが止まった。

「アルエット王女は大切な番を探し、けれど強要するつもりなど一切無かった。

お前が誠実に対応すれば大事にならずに済んだ。

傲慢なヴァレット伯爵令息には、自身の心を抑える辛さを体験してもらうことで処罰とする」

何を、と言いかける一瞬の間に腕を捩じられながら床へと座らされる。

横からリリュの悲鳴が上がったが、押さえられた腕の痛みでそれどころではない。

涙目になりながら視線を上げれば、他の近衛とは違う色の制服を身に纏った男が、月の無い夜のような黒い瞳でエリアスを見下ろしていた。

無造作に制服のポケットから出されたのは、装飾としての価値など無さそうな耳飾りだ。

銀の輪っかに小さな石が一つだけ埋め込まれている。よく見れば銀の部分に繊細な模様が彫り込まれているようではあったが。

「これは番を感知できるように作られた魔術式を組み込んだ装飾具だ。

番だと認識してもらえるようにと竜人の民が作り出したもので、これを身に着ければ人間でも番をはっきりと感じることができる」

淡々と説明された内容にぞっとする。

つまりは人間より劣る獣人や竜人と同じ感覚に落とされることではないか。

冗談じゃないと近衛の腕を振りほどこうとするが、腕力と人数の差からか身動き一つできない。

「これは私が幼少期に番から貰ったものだ。効果は保証しよう。

お前のような者に与えるつもりはないから安心しろ。

今この場で少し、番という縛りを体験するだけだ」

掛けられる言葉に感情の色はなく、いっそ事務的なまでの対応にエリアスはすっかり怯えていた。


首を振って逃れようとすれば、頭ごと押さえられてしまう。

耳たぶに触れる冷たい金属の感触。

その瞬間、一体どこに隠れていたのかと思えるほどの感情が、堰を切って溢れ出てきた。

焼けつきそうなまでの焦燥。名前を付けられぬ不安と追い立てる感傷。

理性を食い破って届けられる愛しい者の名前。

そうだ、エリアスの番は。

「……アルエット!」

美しい白豹の乙女。

「アルエット!アルエット!

私の美しい唯一!君が私の番なんだ!」

途端に耳飾りを外されて、今在ったはずの激情が霧散していく。

まるで始めから無かったかのように、それなのに確かに自分の中に眠っていたのだという爪痕だけ残して。

逃がさぬように手を伸ばしても掴めない雲のような感情。

甘美なまでの痛みに蝕まれるようだ。

「アルエットに会わせてください!

きっと彼女も私に会うことを望んでいるはず!」

だって番のエリアスがそうなのだ。彼女も会いたくて仕方がないはず。

耳飾りを外しても、あの心の奥深く、エリアス自身でも見つけることのできない隠れていた感情が収まった今でも、熱に浮かされたように心がアルエットを求めてしまう。


「ヴァレット伯爵令息、アルエット王女殿下と呼べ。

やはり不敬罪でも処されたいか」

冷えた眼差しがエリアスの中で膨れ上がった愛を睨みつける。

「アルエット王女がヴァレット伯爵令息を選ぶことは、もう二度とない。

彼女は昨日無事に番を見つけられた。

そしてヴァレット伯爵令息、お前は既に婚姻した身であることを忘れるな」

「そんな!私が愛するのはアルエットだけなのに!」

「エリアス様!」

先程まで最愛であったはずのリリュによる悲痛な声が耳朶を叩くが、もはやエリアスの中で有象無象の一人と化していてどうでもよくなっていた。

二日前に酷い言葉を浴びせた大切な番に謝罪したい。そして愛を請うのだ。

今のエリアスならば献身的に彼女を支えることは、忌避するものではなく大きな喜びでしかない。

それなのに罪人を扱うかのように近衛達はエリアスの両腕を掴んで、長い廊下へ出たかと思えば歩き出し、城の外へと連行していく。

気づけば泣いているリリュと一緒に馬車へと押し込まれ、勢いよく扉が閉まると同時に馬車が動き出していた。

窓の外で王城が小さくなっていく。

アルエット。アルエット。アルエット。アルエット。アルエット。

口から零れる言葉は二度と本人に伝わることなく周囲へと溶けて消える。


アルエットは高貴な身。

もう二度と会えないのだろうか。

いや、そんな筈はない。

エリアスが身を焦がすかと思う程の感情程でなくとも、彼女は番を求める心のままにロシュフォルクローを訪れたのだ。

きっとエリアスが反省したとわかれば迎えにきてくれるはず。

今度こそ愛を受け入れ、彼女の前で跪いて愛を請うのだ。

それにしても目の前で泣き続けるリリュが実に鬱陶しい。エリアスの番はアルエットなのに、どうしてこうも非難めいた言葉を投げかけられなければならないのだ。

苛立ち紛れで扉を殴れば、ビクリと体を震わせたかと思うと蒼褪めた顔で座席の隅へと体をズラす。

狭い馬車内で視界に入らないならば我慢できると、愛しいアルエットに捧げる言葉をつらつらと思い浮かべながら、既に見えなくなった王城のある方向へと何度も視線を向けた。




アルエットが番を見つけたと発表されたのを聞き、エリアスが首を長くして迎えを待つ間に、彼女が全く違う相手を連れて帰ったと聞いて膝から崩れ落ちたのは、騒動から随分経った後だった。

そしてアルエットの住まうブランシュフォールへの入国は禁止され、リリュと共に伯爵領の片隅へと押し込められたエリアスが、そこから出ることは二度と叶わなかった。


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