第七十七話 共鳴
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
俺と『連撃の剣』と『魅惑の炎』の一行は、危険地域を出て、狩場となっている森から街道へと出た。そこは視界の開けた草原地帯なので、一休みとなった。
日暮れまでは一刻(約2時間)といったところだ。街に到着する頃にはちょうど日没を迎えるだろう。
俺たちは街道脇の空き地を休憩場所にした。
気絶している女性、アンレーヴァンはまだ意識を取り戻さないので、地面に運搬袋を敷いてそこに寝かせる。
その内、目を覚ますだろうと思っていた仲間の女性たちも心配し始めた。
危険地域を出発する前に、簡単にだけど仲間たちがアンレーヴァンの身体をチェックしているので、表面上の怪我はないはずだ。
もっとも、残飯漁りが迫っていたので、時間がなくて細かくは見ていないらしいが。
ホブゴブリンに連れ去られた時に、岩か何かに体の一部を小さく打ちつけていて、内臓が損傷している可能性もあるので、もう一度確認する事になった。
一応、呼吸も安定してるので大丈夫だと思うが、ここから街まではまだ距離があるので、容態が安定しているうちに確認しておいた方が良いという判断だ。
野営用のテントを広げて、その中にアンレーヴァンを運び込み、女性たちも中に入っていく。
男たちは休憩がてら、見張りをする。
衣擦れの音がして、アンレーヴァンの服を脱がせているのが判る。
「胸や脇腹は何ともないな。」
「首回りや肩周辺もなんともないわ。」
「鳩尾に少し擦り傷があるけど大した事ないわ。お腹周りも大丈夫よ。」
「背中からお尻にかけても問題ないな。小さな青痣が幾つかあるだけだ。」
「股間も大丈夫よ。乱暴された様子もないしね。」
この言葉に反応して、男たちは下を向いたり上を向いたりして、視線をさ迷わせる。何を想像しているのかはお察しだ。バゲージスは真っ赤になって股間を抑えている。思春期だねぇ。
もっとも、俺も人の事は言えない。さっきから昂り続けている性欲が、我慢の限界近くまで来ている。
「やっぱり、問題はないみたいね。ただ気を失ってるだけだわ。」
「じゃあ、なんでこんなに長い時間、目を覚まさないんだろう。」
「だよねぇ。」
やはり、俺の《プレッシャー》による影響だろうな。
ホブゴブリンが相手だと思って、思いっ切り憎しみの《プレッシャー》をぶつけてしまったからな。
《プレッシャー》をぶつける前からアンレーヴァンは気絶していたけど、影響は相当あったのだろう。なんせ、物理的に圧迫して縛り付けるのと一緒だからな。
介抱している彼女たちには知らせてないから、疑問に思うのは無理ないか。
「意外と、お尻でも引っ叩けば起きるんじゃないか。」
「かもねぇ。」
「う~ん、試してみようよ。」
パチ――――――――――ンっ!!!
弾けるような小気味良い音が大きく鳴り響いた。
おいおい、何するんだよ!
と思ったが、本当に効果があった。
「痛~~~~い……」
「あ、目覚めた!」
「やったじゃん!」
「良かった良かった。」
が、喜んだのは束の間だった。
「イヤ――ッッッ!!! やめてっ! やめてお願いっ! 助けて―――――っっっ!!!」
突然、女性の悲痛な悲鳴が響き渡った。
目を覚ますと、ホブゴブリンに襲われた時の記憶がフラッシュバックしたようだ。パニック症状を起こしている。
「アン!アンレーヴァン、大丈夫だ!しっかりしろ!」
「アン、わたしたちだよ!アン、マーロウンだよ!」
「アン、コリンコルよ!大丈夫!もう大丈夫だから!」
「イヤァァァ――――――――――ッッッ!!!」
テントの中でバタバタと暴れたと思ったら、ほぼ全裸のアンレーヴァンがテントから出て走り出した。
一瞬、リュジニィがゴブリンの住処から走り出て来たシーンが脳裏を過った。
カーっと全身が熱くなって血が逆流した。
俺は咄嗟に走り出してアンレーヴァンを追い越し、正面から受け止めた。
アンレーヴァンは暴れようとするが、俺はがっしりと抱き締めて動きを封じる。
「イヤ―――――っ!」
「大丈夫だ。大丈夫…落ち着いて…もう君は安全だ…落ち着いて…ゆっくり深呼吸するんだ。君は安全だ…誰も君を傷付けない…何もしないよ……落ち着いて……」
ゆっくりと言い聞かせるように、優しく話しかける。
この時、微弱だけどアンレーヴァンの乱れた《フィールド》を感じた。
正確には、《フィールド》にシンクロする感情の波のような圧力だ。
それが、リズムの狂った太鼓のように、俺の《フィールド》にぶつかってくる。
ガン! ドガン! バンバン! ガツン! バシッ! ドドン! ドン!
感情が物理的痛みを伴うとしたら、こんな感じなのかと思った。
それはなんなのか疑問に思ったが、一瞬だけディケードの記憶が垣間見えた。
ゲーム内で、死にかけたトモウェイを救い出したシーンだ。
単なるビジョンだけで、前後の経緯がなく、どうしてそうなって、その後どうなったのかは判らない。
ただ、《フィールド》とシンクロした感情の乱れを正すには、俺の《フィールド》に感情を乗せて、アンレーヴァンの《フィールド》と重ねるのが良いと理解した。
俺は自身の《フィールド》を広げて、アンレーヴァンの《フィールド》を包み込んでいく。
アンレーヴァンのパニックを表す刺々しい《フィールド》が俺のフィールド内で暴れるが、俺は宥めながら圧力をかけて、アンレーヴァンの《フィールド》を平らに、滑らかに解していく。
そうして、アンレーヴァンの《フィールド》の乱れを一通り治すと、アンレーヴァンが持つと思われる本来の《フィールド》に戻っていった。
「ああっ!あ…あ………」
「大丈夫。大丈夫だ。落ち着いて、大きく息を吸って…ゆっくり吐き出すんだ。」
「………」
俺が見本を示すように大きく息を吸って、それからゆっくりと吐き出すと、それに倣うように深呼吸をし始める。
ス―――ハ―――、ス―――ハ―――、ス―――ハ―――………
10回程繰り返してる内に、徐々にアンレーヴァンの瞳に光が戻って焦点が合い始めた。
「あ、わたし……」
「良かった。ちゃんと意識が戻ったね。気分はどうかな。どこか痛い所とかあるかな?」
「………大丈夫みたい…心臓がドクドクしてるけど、痛みはないわ。」
「そうか、良かったよ。無事で。」
「ねえ、あなた誰なの? 気のせいかもしれないけど、なんていうか、心に触られたような感じがしたんだけど……」
「………えっと、何を言っているのか解らないな…」
俺が白を切ると、アンレーヴァンは考えるそぶりを見せた。
自分で自分に疑問を抱いている。そんな感じだ。
「…あ、そうね、ごめんなさい…わたしったら、何を言ってるのかしら…?」
「パニック症状を起こしていたから、夢でも見てたんじゃないか。」
「夢…そうね、そうなの…かもしれない………」
アンレーヴァンは腑に落ちないという仕草をしながらも、自分を納得させようとしていた。
「あっ、そういえば、ホブゴブリンはどうしたの?」
「ホブゴブリンはその人、ディケード君が倒したよ。アンは無事だよ。」
「そうそう。」「良かったよぉ。」
「イオンテ。マーロ、コリン…」
アンレーヴァンを追いかけて来て、様子を見ていたイオンテたちが声をかける。
仲間の姿を見て、アンレーヴァンはいっそう落ち着きを取り戻す。
「それじゃあ、あなたがわたしを助けてくれたのね。」
「そうだね。…一応そういう事になるかな。」
助けたのは確かだけど、長い時間気を失っていたのも俺のせいだろう。そっちの方に責任を感じてしまう。
「ああ、ありがとう。あなたは命の恩人だわ!」
アンレーヴァンが俺を強く抱き締めて涙を流す。
ここにきて、ようやく自分が助かったと実感したのだろう。
女性の柔らかさと刺激的な匂いが俺を包み込む。
できるなら、リュジニィにもこうして無事を喜んで欲しかった……
生きている悦びを噛み締めながら俺に抱きつくアンレーヴァンに、イオンテは気まずそうに声を掛ける。
「あ、あのさ…アンレーヴァン。感動に浸っているところ悪いんだけど…そろそろ、服を着た方が良いと思うんだよね…」
「そうそう。風邪、ひいちゃうよ…」
「だよねぇ…」
「え、服? どういう事……」
仲間に指摘されて、アンレーヴァンは自分の身体を見る。
ブーツを履いている以外は、何も身に着けてないと気づいてしまう。
「いぃやあああぁぁぁ――――――――――っっっ!!!」
アンレーヴァンは俺を突き放すと、その場にしゃがみこんだ。
すぐさま、イオンテたちが自分のマントを外してアンレーヴァンにかけて身体を隠す。
俺は咄嗟に後ろを向くが、アンレーヴァンに突き放された瞬間に、その身体が目に焼き付いてしまった。しかも、俺の発達した動体視力は、アンレーヴァンがしゃがむ瞬間の巨乳の揺れる様をスローモーションのように捉えていた。
お陰で、シリアスな場面を迎えて収まりかけていた性欲が、また一気にボルテージアップしてしまった。
やばい、やばい、やばい!
一か所に血液が集中して流れ込んでいく。
ギンギン坊主となった状態で、俺は必死に素数を数える。
1、2、3、5、7、11、13、17、19、23、28…あれ?
29、31、33、35、え〜と、え~~と……ありぃ…?
だ、だめだ、まともに思考できない!!
俺が必死に素数と戦っている間に、イオンテたちがアンレーヴァンをテントに連れて行き、慰めながら服を着せていた。
その間、フレィたちはというと、荷車を衝立代わりにして、街道を行く人々の視線からアンレーヴァンを守っていた。
彼らの紳士的な振る舞いに、ちょっと感動してしまった。
もっとも、フレィが居なければ、他の男どもはただじっと見ていただけだと思うが。
☆ ☆ ☆
アンレーヴァンが羞恥地獄から幾分立ち直ったので、俺たちは街へと向けて出発した。
一応、大事を取ってアンレーヴァンを荷車に乗せて運び、その車引きを誰がするのかで、また男同士で揉めた。
結果的にまた順番となったのだが、フレィと妻帯者のビラーインを除く男たちがアンレーヴァンに本気で逆上せ上がっていた。
服を着て、テントから出て来たアンレーヴァンはひたすら恥ずかしがっていた。真っ赤になって羞恥に耐えながらも皆に助けて貰ったお礼をする姿が、男の庇護欲を刺激したのだろう。
加えて、巨乳の魅力が合わさったのも大きいだろう。なんせ、街道まで背負って来たので、男たちの背中にはリアルにその柔らかい感触が刻まれたはずだ。
まあ、それは俺にはどうでもいいのだが、それよりもずっと疼きっぱなしの性欲に参っていた。アンレーヴァンの裸を見てから余計に興奮して、痛いくらいにギンギンになったジュニアが今にも暴れだしそうだ。
しかも、さっきからアンレーヴァンが俺をチラチラ見ながら、《フィールド》を刺激してくるので、余計に不味い状況になっている。
さっき、お互いの《フィールド》を重ね合わせたので、アンレーヴァンの感情がなんとなく伝わってきてしまう。
ヤバいどころか、辛い状況になっていた。
俺はフレィにこの場から去ると告げた。
「申し訳ないが、後の事をお願いして良いだろうか?」
「それは構わないが。さっきから気になっていたけど、ディケードは女性が苦手なのかい?」
「苦手といえば苦手だね。詳しい事情は話せないけど、深く関わると不味い事になるんだ。」
「そうかい。僕も若干、女性を苦手としているのでね。気持ちはなんとなく解るよ。」
「ありがとう。そう言って貰えると助かるよ。」
フレィの苦手と俺の苦手は、意味合いが違うだろうと思うが、それはいいや。
フレィに許可を取ったので、俺はアンレーヴァンに話しかける。
「アンレーヴァンさん。君が中々目を覚まさなかったのは、俺のかけた《プレッシャー》に原因があると思う。
今すぐにこの場を去らないと不味いので、詳しい話はできないが、もし何か身体に異常等があったら知らせて欲しい。できる限りのケアをしたいと考えている。」
「えっと、それはどういう……」
「申し訳ない。それじゃあ。 皆、すまない!」
「あっ……」
会話に応じる事なく、俺は走り出してその場を後にした。
どうにかこうにか体裁だけは繕ったが、内面では頭も体も女とやる事しか考えられなくなっていた。
ヤバい!ヤバい!ヤバい! 今にも爆発しそうだ。
不味い事に、今の時間帯の街道は帰りの請負人たちがそれなりに居る。当然、女性も何人かいる。
街が近づくにしたがって女性の数も増えていく。
俺は極力女性を目に入れないようにしながら、街道の端を走っていく。
☆ ☆ ☆
俺は性欲から少しでも意識を逸らすために、走りながらさっきのアンレーヴァンとの《フィールド》の干渉について考える。
アンレーヴァンは、俺が心に触れたようだと言っていた。俺は咄嗟に惚けたが、本当のところ、アンレーヴァンの心に触れてしまっていた。
アンレーヴァンの心の動きが、《フィールド》に乗って、物理現象のように形を変えながら痛みとして俺には感じられた。つまり、アンレーヴァンの感情の揺らめきを感じ取ってしまったのだ。
俺が咄嗟に惚けたのは、他人の感情の動きなど解って良いものではないからだ。
俺だって、自分の感情の動きを他人になど知られたくはない。感情は、自分でも制御できない心の動きであり、事象における反応だ。
景色の在り方を美しいと感じたり、自然災害に対して恐怖を感じるといった感情の動きなどは、他人にそのまま発露しても構わないし、問題にもならないだろう。
しかし、人間関係における感情の自然な発露は、様々な問題を引き起こす。
例えばだが、俺は『連撃の剣』のジュットゥが嫌いだ。あの上から目線で因縁を付けてくるような、人を小馬鹿にした話し方はムカつくし、正直関わりたくないと思う。
しかし、今回のように共に行動するパーティの一員として関わる以上は、ある程度の交流は避けられない。
そういった場合に、ジュットゥの言葉一つ一つに感情を露わにして反応していたら、争いは避けられないだろう。感情の動きを知られるというのは、そういう事だ。
アンレーヴァンの場合も同じで、あの魅力的な容姿と大きな胸には、男として当然のように興味を惹くし欲情してしまう。例え、真面目な会話をしていても、心の一部ではどうしても意識してしまう。
そういった心の動きを相手に知られるのはとても気まずいし、それを知った相手も不愉快に感じるだろう。
結局、秘めたる感情は心の内に秘めているからこそ、対人関係は円滑に回るのだ。
しかし、それはそれとして《フィールド》がここまで感情とリンクするとは思わなかった。
実際に、今までも《プレッシャー》に感情が込められているのを何度も感じてきた。
初めて感じたのは、ゴブリンの巣があった湖の畔でホブゴブリンの《プレッシャー》を受けた時だ。あの時の敵を排除しようとする強烈な憎しみは、物理的な圧力と共に心を恐怖で蝕ばんだ。
双頭狼と戦った時も、サーベルタイガーと対峙した時も、思えば物理的な圧力と共に、貪り尽そうとする感情のようなものが感じられた。
俺も同じように、《プレッシャー》を放つ時に感情を込めてきたけど、それはあくまで気分で行っているようなものだった。そうした方が《プレッシャー》を発しやすかったからだ。
それが、今回は初めて人間の感情の動きが《フィールド》で感じられた。単純な《プレッシャー》のような圧力ではなく、《フィールド》の細かな動きとして感じたのだ。
アンレーヴァンは〈魔法士〉のようだが、それが関係しているのだろうか?
同じ〈魔法士〉でもジョージョやアレイクには感じられなかったが、《フィールド》を重ねようとはしなかったのが原因かもしれない。
もし、他の〈魔法士〉にも《フィールド》を重ねようとしたら、同じように感情の動きが感じられるのだろうか?
〈魔法士〉ではないが、ジリアーヌの場合はどうだっただろうか?
特に意識はしなかったけど、幸福感を共有したような感覚はあった。
が、今となってはそれが《フィールド》の干渉によって起こったのかは定かじゃない。
それでも、もし《フィールド》の干渉によって感情が意思のように伝えられるなら、それはテレパシー能力を得たとも考えられるのではないだろうか。
使える相手によっては、それは物凄いアドバンテージとなるだろう。
仮にパーティ内で使えるなら、無線通信機能を持ったのと同義となるが、言語に変換しない分、より正確なニュアンスが伝えられるかもしれない。
って、それは想像を広げ過ぎだろうか。
でも、《フィールド》の能力にはまだまだ潜在的な力が秘められているような気がする。俺一人だけでは開発が難しいと思うので、こっち方面でもパートナーが欲しいと思ってしまう。
読んでいただき、ありがとうございます。
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