第六十三話 森の暴れん坊
森の中で多くの魔物と戦い、《ブースト》やハルバードの隠し武器を試してみた。
《ブースト》の性能は目覚ましいものだったが、その後に襲ってくる疲労と再使用までのインターバルが問題だ。使いどころを選びそうで、緊急時の脱出に使用するのが最も適してると思う。
ハルバードの隠し武器は微妙という結果だった。しかし、使い方次第では切り札にもなり得るので、いつでも使えるように練習を重ねようと思う。
魔物との戦いに使った鉄球の回収がある程度終わったので、今日はこの辺で切り上げて帰ろうと思っていると、動く物を《フィールド》が捉えた。それは人間らしく、七人が確認できる。少しして、人の声が聞こえるようになり、こっちに近づいて来る。
聞き耳を立ててみると、若い男の集団で、一人が怪我をしているようで周りの者は気を使って歩いているようだ。声の調子から、仲の良さそうな気遣いが感じられる。俺を見ても絡んでくる心配はなさそうだ。
若い男の集団は近くまで来て俺に気づき、周りに転がる魔物の死体を見て驚いた。
「うわっ!なんだよこれ、スゲー魔物の数だ。」
「20匹はいるぞ!」
「スゲー、一度でいいからこんな大量に狩ってみたいぜ。」
「あれ、でも一人しか居ないぞ。仲間はどうしたんだ?」
「死んだか怪我でもしたのか?」
俺は男たちをやり過ごそうとしたが、彼らは人が良いのか俺の心配をしている。
男たちは全員が黒鉄ランクの請負人だ。粗末な防具を身に着け、くたびれた武器を持っている。お世辞にも腕が立つとは思えない者たちだ。
俺は一人だと答えると、男たちは更に驚いて俺をマジマジと見つめた。
「信じらんねぇ!これを一人でやったのか!」
「マジかよ、お前、まだ16〜17歳だろう。ランクだって黒鉄じゃねーか!」
「俺たちだって黒鉄だけど、七人がかりでもそんなに倒した事ないぞ!もう7年以上も狩りをやってるけどよ。」
「そうだそうだ。」
「どうやったら、そんなに倒せるんだよ!」
「おい、揺らすなよ痛てーよ…」
「あ、ワリィワリィ、『ブレシャー』。」
ブレシャーという名の怪我人は軽症で、少し足を引きずっている。捻挫でもしたのだろう。
それはそうと、黒鉄ランクとはいえ、その人数とキャリアでこの成果に対して驚くのは、はっきり言って実力不足ではないだろうか。
クレイゲートの商隊にいた護衛たちは、同じ黒鉄ランクでももっと魔物を倒していたぞ。
見たところ全員が20~22歳位のパーティのようだが、二人だけが獲物の入った袋を担いでいる。それも随分と小さい。小動物が1匹入ってるだけのようだ。
俺が男たちを少し鬱陶しそうに見ていると、男の一人が謝罪しつつ話しかけてきた。
「あ、すまないな、勝手に話しかけて。俺は『マーヴェイス』。請負人で、『森の暴れん坊』というパーティを組んで狩りをしてる。そのリーダーだ。」
「ディケードだ。一昨日請負人に登録したばかりで、今日初めて狩りに出たんだ。なので、狩人の仕来りとか良く分からない。無作法があったら許して欲しい。」
「お、一昨日登録したばかりってマジか!いきなり黒鉄ランクで、しかも初めてでこの成果って、そんな事有り得るのかよっ!!!」
リーダーをはじめ、『森の暴れん坊』のメンバーが目を剝いて驚く。
『連撃の剣』の連中も驚いていたが、やはりいきなり黒鉄ランクは特殊な事例なんだな。
しょうがないので、請負人になる前に商隊で護衛をして魔物を倒していたと説明したら、ある程度は納得してくれた。それでも、この成果は驚きのようだ。
この『森の暴れん坊』は仲良しグループのパーティのようだが、そのせいか気の合う連中だけで集まって楽しくやっているようだ。貪欲さは感じないが、その分人の良い連中の集まりらしい。
俺が魔物の死体を運ぶ手段が無くて困っていると言うと、安く請け負ってやると言ってきた。魔石を除いた死体の卸値の3割で良いというので、頼む事にした。
どうせ運べなくて捨てるしかない死体だ。7割入るなら良い取引だと思う。
とはいっても、全部で23匹だ。ジャガーもどきは100kgを超えるし、レオパールウだと60kg前後でハイエナもどきでも30kg以上はある。単純計算でも1トンは越える。全員で運ぶとしても無理があると思う。ましてや、一人が怪我をしているので、支えるのにもう一人必要だ。
リーダーのマーヴェイスの話だと、街道にまで繋がる杣道が所々にあるので、そこまで出られればレンタル荷車が至る所に有るという。
杣道とは、樵や狩人などが使用する細く険しい山道だ。この世界では、何百年にも渡って人間の踏み跡で作られてきた路を指すようだ。
レンタル荷車に関しては、請負人組合をはじめ、他の組合も共同出費で準備している物で、組合のカードを持つ者なら、誰でも1日銀貨1枚でレンタル出来るという。なので、杣道まで運んでしまえば大丈夫との事だ。
成程な。近くの杣道までは数百mだ。頑張れば何とかなりそうだ。組合もいろいろと考えてくれているんだな。
それと、他にも狩った魔物を運ぶ方法は有るようだ。
『運び屋』を使うというものだが、それだと自分の居る所まで森の中を走行できる荷車を持って来て、買取所まで運んでくれるらしい。
運び屋はその名の通り、狩った魔物を運ぶのを生業にしている連中の事だ。街の門から日帰り圏内なら一度の運搬で大銀貨1枚が必要だと言う。約10万円もするのかと驚きだが、四人一組なので一人当たり約25,000円だ。命がけで森の中に入って来るのだから、決して高いとは思えない。しかも、獲物が高価ならその1割を請求されるらしい。なので、それに見合う獲物でなければ、おいそれとは呼べないとリーダーはこぼす。
運び屋の一番の利点は、魔物の死体を傷付けずに運べる事だ。運搬袋で引きずると、どうしても毛皮などが傷んでしまうらしい。
運び屋を呼ぶには、請負人のカードを使用する。
カードの名前の部分を抑えながら、カードの右端を5回タップすれば良い。受付が完了すると、カードの右端の色がグリーンになり、受付不可の場合は赤くなるという。
「女神様の魔法ってスゲーよなぁ。」
「そ、そうだな…」
リーダーはそう言って感心する。
確かに凄い。凄すぎる!
でも、それは異星人のテクノロジーが凄すぎるのだ!
多分、カードにはGPSに相当する信号の送受信機能があるのだろう。そんなものがこの薄っぺらいカードに組み込めるのか、という疑問は残るが、それを可能にしてるんだろうな、異星人の技術は。
もっとも、そんな事を言ったところで信じて貰えないだろうし、不敬だと怒られるだろうけどな。
ちなみに、危機に陥って助けて欲しい時は同じように名前の部分を抑えながら左端を6回以上タップする。これは組合で説明を受けた。
街の門及び防衛勢力圏内から徒歩で1日の範囲内なら救助隊が派遣される。が、その救助隊が危険と判断した救助は行わないようだ。
まあ、それはしょうがないな。
仮に救助されても、後から莫大な費用を請求されるので、払えなければ奴隷落ちが待っている。なんとも大変だが、日本でも莫大な費用を請求されるのは同じだ。誰も只で命がけの仕事なんてしないからな。
しかし、請負人組合はいろいろと親切なサービスやアフターケアがあるんだな。ただ単に仕事を斡旋するだけじゃないようだ。元々組合とはそういうものだが、こういった文明レベルでもそれなりに充実した制度は整えられているようだ。これもバックに女神システムがあるお陰なんだろうな。
俺はもっと組合とその設備や制度について学ぶ必要がありそうだ。もしかしたら、保険制度なんかもあるかもしれない。
そんな訳で『森の暴れん坊』のメンバーに魔物の死体を運んで貰う事になったのだが、死体を運搬用の袋に詰めている時に、ジャガーもどきを見てメンバーが騒ぎ出した。
「ん、あれ?おい、これって掲示板に貼られていた例の奴じゃないのか…?」
「まさか、あれはもっと東側で目撃されていたんだぞ。」
「そうだ。こんな街の近くに居る訳がない。」
「でも、独特の顎髭を持っているぞ。」
「本当だ、顎髭があるぞ!」
「他の見た目も一致している感じがするな。」
「やっぱり、そうじゃないのか。」
話しを纏めると、ジャガーもどきは『シャウワーレ』という名の魔物なのだが、最近東側の森で暴れ回って、かなりの被害を出していたようだ。狩りを生業にしている請負人たちにも多くの死者や負傷者が出ているという。
負傷者や目撃者の証言によると、シャウワーレがホブ化して《スライド》能力が飛躍的に跳ね上がったらしく、銀鉄ランクのパーティではまったく歯が立たなかったらしい。
それで、請負人組合は緊急依頼として、『ホブシャウワーレ』の退治を呼びかけ、掲示板に張り出していたようだ。
成程な。それであんなにも自由に空中を移動していたんだな。
ホブ化とは、突然魔物が強力になって変化する様を示すようだ。詳しい事は解っていないようだが、レベルアップによる変態ではないかと考えられているらしく、たまにこういった事件が発生するらしい。
ホブシャウワーレの場合は身体的変化として全身が一回り大きくなり、四肢が通常の物よりも倍以上太くなるようだ。そして、より顕著な変化が顎髭の発達に現れるようで、俺の倒したジャガーもどきと一致するらしい。
そういえば、ホブゴブリンも通常の痩せ細ったゴブリンとは違って、筋肉隆々で強烈な《プレッシャー》を放っていたな。あれがホブ化した状態なんだろう。
『森の暴れん坊』の連中は、俺の倒したジャガーもどきを緊急依頼の物に違いないと決め付けて大騒ぎとなった。
なんせ、このホブシャウワーレには金貨10枚の賞金が懸けられていて、一躍大金持ちだと全員の目が怪しく光りだした。
クレイゲートの商隊に居た時もチャービゾンを倒して金貨10枚を得たら、『惨殺の一撃』が大騒ぎしてジョージョがより纏わり付いてきたからな。
俺は嫌な感じがして、『森の暴れん坊』の連中を警戒する事にした。
「ディケードはこいつを一人で倒したんだろう。」
「まあな。」
「スゲーよなぁ。銀鉄ランクのパーティでも敵わないのになぁ。」
「いきなり黒鉄ランクになっただけあるな。」
「本当の実力はもっと上なんだろうな。」
「俺たちじゃ逆立ちしたって敵わないよな。」
「おう、出遭った途端に皆殺しにされるな。」
「ちげーねーなぁ。」
「「「「「「「 あっははははは…… 」」」」」」」
「………」
なんていうか、覇気がないというか、向上心がないというか、それで良いのかと思わせるパーティだな。本当に仲良しグループの集まりだ。万年弱小チームの大学サークルみたいなノリだな。
自分たちより年下で同ランクの俺を憧れるように見ている。その眼差しはスター選手を見る少年そのものだ。しかし、同時に俺たちとは違う人種なんだという諦観の念が感じられる。
もしかしたら、このパーティは自分たちの限界に気付いていて、それを受け入れているのかもしれない。
一通り騒いだ後に、獲物が大物だったので運び屋を使うのか?と訊かれたが、せっかく安く請け負ってくれる連中が居るので、俺は『森の暴れん坊』にお願いする事にした。重労働になるが、それも経験だろう。
仮に、『森の暴れん坊』が俺を襲ってきても、彼らを見る限りさほど苦も無く撃退できると思えた。
運び屋に依頼するのは一人の時で良いだろう。
『森の暴れん坊』は怪我をしている者を除いて、魔物の死体を運搬袋に詰め始めた。そして、俺に自分たちの運搬袋を渡しながら、リーダーはこう告げた。
俺がホブシャウワーレを運ぶなら、自分たちは運んだ分だけの3割で良いと。
何とも欲がないな。
「本当にそれでいいのか?」
「いいさ。欲を掻いても碌な事がないと散々学んできたからな。」
「程々が一番さ。」
「「 そうそう。 」」
皆が納得したように頷いている。
過去に何があったか知らないが、心からそう思える事件があったのだろう。無理をして仲間を失ったのか、何か余程痛い目をみたのだろうな。いろいろと想像はできるが、俺は彼らの気持ちを汲んで素直に感謝した。
さっき感じた警戒心が薄れていった。一応油断をしないで接するが、そう懐疑的になる程でもないだろう。
俺は怪我をしている男に《女神の涙》を提供した。もし治れば働き手は二人増える。効率が全然違ってくる。
「ほ、本当に良いのか?そんな高価な物使ってもらって…」
「別にいいさ。運び屋を頼むよりずっと安いし、ホブシャウワーレが大金になると判ったからな。」
「すまない、スゲー感謝するよ、ありがとう!」
「俺からも礼を言うよ、ありがとうディケード。」
「俺の方こそ助かるよ。」
リーダーも礼を言い、怪我人の男ブレシャーは随分と恐縮している。
失礼だが、このブレシャーや他の連中にとっては、《女神の涙》は安易に購入できる物ではないのだろう。狩りの成果や俺とのやり取りをみても、金に対する執着は感じられない。只々気の良い連中のようだ。それで本当に大丈夫なのかと、俺の方が心配になる。
まあ、俺としては働き手が増えるのも有り難いが、一般人に《女神の涙》がどれほど効果をもたらすのか興味がある。
リーダーの話だと、表面的な傷じゃない捻挫のような場合は、半分を患部に擦り込んでもう半分は服用するのが効果的らしい。確かに付属の説明書にもそう書いてある。
俺は手を付けていない新品の《女神の涙》をブレシャーに渡した。
ブレシャーは用法通りに《女神の涙》を使用する。暫くは何ともなかったが、10分程で患部がムズムズすると言い出し、30分程で完治した。
「スゲーっ!痛みがまったく無くなったぞ!しかも、めっちゃ元気になったぞ!」
「マジか⁉ やっぱスゲーな、《女神の涙》!」
「伊達に銀貨3枚もする訳じゃないんだな!」
「ありがとうディケード! ありがとうございます、女神様!」
ブレシャーは俺に礼を言った後、女神に祈りを捧げた。
こうしてまた、更に女神の偉大さが人々に刷り込まれていくんだな。
しかし、思ったよりも時間が掛かったが、一般人でもこれ位で完治するなら十分以上に効果的だな。元々、それほど深刻な症状でもなかったけど、これだけの治癒力があるなら、軽症の怪我なら大丈夫そうだな。
俺は以前に内臓に肋骨が刺さったと思う怪我でも、3日程で自力で治ったからな。《女神の涙》を使用すれば、劇的に治癒するんだろうな。
今後は常に何本かストックしておこう。
ブレシャーの怪我が治るまでの間に、俺たちは全ての魔物を運搬袋に詰め終えていた。後は運ぶだけだが、当然の如く、ブレジャーには一番多くの袋が課された。
「マジかよっ!」
「当然だろう。お前が一番元気で、今まで働いてなかったんだからよ。」
「「「「「 そうだそうだ。 」」」」」
「ええい、くそっ!やってやらーっ!」
「「「「「「 そうれ、ガンバ!ガンバ! 」」」」」」
「ちくしょーっ!」
本当に大学のサークルのようなノリの連中だ。
ブレジャーはレオパールウが入った袋3つを引っ張る。大体180kgだ。
運搬袋は底面がツルツルで滑りやすく出来ている。そこに予め10m程のツルツルのマットを敷いて運搬袋を引いて行くので、かなり抵抗は減らされる。この繰り返しで運搬するのだが、デコボコの森の中を引っ張って運ぶのは、地獄の修行といっても過言ではない。
森の中では木製のソリを使うのが一般的らしいが、大物を仕留めた事が無い『森の暴れん坊』は用意してないようだ。
でも、ある程度行くと、そこかしこにずっと以前から狩人たちが何度も使用して平らになったソリ跡があるので、それが見つかれば比較的楽になるらしい。先人たちの努力の賜物だな。
もっとも、実際のところは一番力のある俺が、一番多くの荷物を運んだんだけどな。俺の場合はレオパールウの袋が3つとホブシャウワーレの袋が1つで、280kg超だ。流石に、これには俺も参ってしまった。
一日も早く《魔法函》を購入しようと心に誓った。
読んでいただき、ありがとうございます。
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