第六十一話 立体攻撃
ノイティたちと別れた俺は、森の奥へと入って行った。より多く、より強い魔物と戦って、武器を試しつつ馴染ませようと思う。
思わぬゴブリンとの戦いから、新しいハルバードの基本性能を検証できた。十分以上に満足できる出来で、これからの魔物との戦いに安心して使用していける確証を得た。
多分、象クラスの大型の魔物でも、渾身の力を込めてハンマーでぶっ叩けば一撃で倒せると思う。斧や槍の部分だと、もっと楽に致命傷を与えられるだろう。
俺は《フィールド》の範囲を広げて索敵しながら森の中を進んでいく。
新しく買った鞭の練習がてら、目印になりそうな樹の幹を打ち据えて樹皮を剥ぎ取っていく。
新しい鞭は、威力という意味では以前に使っていたワニもどきの尻尾程ではないが、武器として人が使用するように作られているので、癖がなくて扱いやすい。グリップが細く出来ているので、スナップが利かせやすく、先端部分により力を伝達させやすい。お陰で、少しの練習で自在に扱えるようになった。これで中距離での戦闘にも対応できる。
何よりも鞭の利点は、破裂音を鳴らして相手を威嚇できる点にある。衝撃波を伴う威嚇は、敵を委縮させて動きを止める事ができる。これは格闘戦を行う時に、アドバンテージを取るための重要な先制攻撃となる。
後は、収納が随分と楽になった。
手首を固定しながら腕を前後に動かして円を描くようにすると、鞭が輪を描くように幾重にも重なるので、その状態で掴むとリールに巻かれたような形になる。後は腰のフックに引っ掛けるだけだ。片手のまま3つの動作で収納が済む。
片手が空くのでハルバードを手放さずに扱えるし、指弾を放ちながら扱う事も可能だ。戦う手段が増えるのは、有利に戦いを進める上でとても重要だ。
歩みを進めていると、突然蛇が襲い掛かって来た。
じっと樹の陰の草むらに潜んでいたようで、俺の《フィールド》に引っかからなかった。が、殺気のようなものを感じ取れた。
折り畳んでいた体を勢い良く伸ばして俺に噛みついてきたが、俺は後方に飛んで避けようとした。僅かに反応が遅れたが、《フィールドウォール》が蛇の牙を逸らしてくれて事無きを得た。
俺はジャンプ中に鞭を取り出して振り、蛇の頭を砕いた。
蛇は3m程の体長で俺の腕以上の太さがあったが、鞭の一撃で頭の部分が無くなり、体だけが暫くウネウネと動いていた。
今みたいに咄嗟の場合だと、重いハルバードでは反応が間に合わないので、軽くて扱いやすい鞭が重宝する。やはり、武器はその場面場面で使い分けるのが良いと俺は思う。
俺は性格的に一つの武器を極めるとか、そういった事は苦手だからな。ハルバードを好むのも、攻撃に多様性があるからだ。
蛇の項というか、頭の後ろの部分を切り裂いてみると、やはり魔石が出てきた。
爬虫類であっても脊椎動物には変わりないので、神経束が脊髄部分にある。
鞭の先端が蛇の頭を砕く時に若干抵抗を感じたが、蛇の持つ《フィールドウォール》が防ごうとしていたようだ。俺の力が圧倒的に強かったので、殆ど抵抗にもならなかったが、10m級以上の大蛇の場合だと弾かれるかもしれないので注意が必要だ。
出来るなら、無意識に武器に《センス》を籠められるようになれば良いのだけどな。
昨夜、娼婦の三人を相手にしていた時に、ディケードの記憶が垣間見えたけど、元のディケードにはそれが出来ていた。努力次第で俺にも出来るはずだ。そうする事で威力も数倍に跳ね上がるはずだしな。練習あるのみだ。
更に森の奥へ進んだ時、森のざわめきが消えた。
シーンと静まり返って、静寂が辺りを包み込んでいる。
自然が息を潜めているような感じ。この感覚を俺は知っている。
魔の森で、サーベルタイガーが俺を待ち伏せしていた時と同じ状況だ。
《フィールド》を張り巡らせて感覚を研ぎ澄ませる。
何も引っかからないが、それがかえって不気味だ。
俺は辺りを注意深く観察する。
突然、背後から殺気が忍び寄ってきた。
それと同時に、強烈な《プレッシャー》が爆発する様に広がり、俺を包み込んで拘束した。
俺は反射的に《フィールド》に怒りを乗せて、《プレッシャー》としてぶつける。
《プレッシャー》と《プレッシャー》が衝突して、一瞬だけ磁場のような《フィールド》が可視化してから霧散した。
拘束が解けた俺は、瞬時に横へと移動した。
そこへ、光を弾けさせながら鋭い鉤爪が俺の頬を掠めていった。
体勢を立て直して振り向くと、そこにはジャガーに似た魔物が次の攻撃態勢に入っていた。
ジャガーに似た魔物、ジャガーもどきは殆ど垂直に近いジャンプをして高く飛び上がった。
それになんの意味があるのか判らないが、俺にはチャンスに思えた。
高く飛び上がったのなら、頂点に達した時に一瞬だけ静止状態になるはずだ。俺はそのタイミングを計って50mmの鉄球を投げつけた。
しかし、ジャガーもどきは《スライド》を発動させて左に空中移動し、樹の幹を蹴ってから俺に襲いかかってきた。
鉄球は空を切ってそのまま遠方へと飛んでいってしまった。
俺に向かって飛んでくるジャガーもどきは《アクセル》を使って加速する。
迎撃が間に合わない俺は、横へと飛びながら苦し紛れにハルバードを横薙ぎに振る。
ジャガーもどきは下方へと《スライド》してハルバードをやすやすと躱し、一度地面を蹴ってから俺に再度襲い掛かってきた。
下からせり上がる攻撃のために鉤爪は効かないはずだが、それを補うためにジャガーもどきは体を捻ってスピンさせながら引っ掻いてきた。
俺は回避が間に合わないので、ありったけの《センス》を込めて《フィールドウォール》を展開した。
そのお陰で、かろうじて鉤爪を逸らす事ができた。
一旦は空中でバランスを崩したジャガーもどきだが、瞬時に空中で体勢を立て直すと、そのまま着地してすぐさま攻撃態勢に移行した。
「なんだこいつはっ!」
このジャガーもどきは明らかに普通の魔物とは違う。
まるで軽業師のように自由自在に体を操り、地面の他に樹の幹や枝を利用して立体的に攻撃を仕掛けてくる。しかも《スライド》や《アクセル》を駆使して、動きに緩急と変化をつけてくる。
サーベルタイガーのように圧倒的な体躯によるパワーと《プレッシャー》は無いものの、スピードが異常に速くて視界から直ぐに消えてしまう。
まさか、こんな強敵が街から左程離れていないところに居るなんて、驚きでしかない。
ジャガーもどきが動き出したので、俺は25mmの鉄球3つを取り出して、その方向へ当てずっぽうで投げる。その際に、鉄球には《フィールド》を纏わせる。
2つは外れたが、1つの鉄球がジャガーもどきの《フィールドウォール》を打ち破って当たった。
とは言っても、当てずっぽうで投げただけなので威力は低く、ジャガーもどきを倒すには至らない。
それでも、ある程度のダメージが入ったようで、ジャガーもどきは反転して大樹の幹を駆け登り、枝の上に立って俺を見据えた。
思った通り、攻撃力はずば抜けているが、防御力は普通の魔物と変わらないようだ。
少しの間睨み合う状態になったので、俺はその隙にジャガーもどきを観察した。
ジャガーもどきは斑点模様の色合いが逆で、黒地に淡い黄色の斑点が輪を描いている。なぜかヤギのような立派な顎髭を蓄えていて、その淡い色の毛並みが仙人を思わせる。
その顎髭にどんな用途があるのか判らないが、その部分だけ《フィールド》が濃くなっていると感じる。それ以外は体がごつい大型のネコ科の獣といった感じだ。
ジャガーもどきは100kgを楽に超える体躯をしているが、なによりもこの魔物は軽業師のように身軽に移動する。樹々の間を自由に飛び回り、強靭で鋭い爪を使って枝から枝へと飛び移って、樹の幹ですら普通に歩くようによじ登っていく。
そのために、攻撃が変幻自在で立体的に攻めてくる。横から飛んできたと思ったら、次は縦に、更には斜めにも飛んで牙を立ててくる。しかも動きが素早いので直ぐに視界から消えてしまう。空中で軌道すら変化させるので、目で追っていると眩暈がして平衡感覚がおかしくなってくる。
思った以上に強敵なので、驚きつつも戦いに熱が入った。
ジャガーもどきは圧倒的スピードで俺を翻弄する。鞭にしてもハルバードにしても、狙いを定める事が出来ずに、暫くの間戦いが膠着状態になってしまった。
幸いなのは、《フィールドウォール》にありったけの《センス》を注ぎ込む事で、俺もジャガーもどきの攻撃を躱せている事だ。
ジャガーもどきの動きを観察していると、面白い事が判った。
多くの動物の尻尾は走る際にバランサーの役目をしていて、進行方向とは逆に振れる。このジャガーもどきも走ったりジャンプした際には、その反対方向に尻尾が振られるのだが、ヤギのような立派な顎髭は逆に進行方向に振れている。しかも、これから進もうとしている方向に振れているので、もしかしたら舵の役目をしているのかもしれない。
こんな機能を持った動物は地球に居ないと思うが、《スライド》を行えるこの世界の魔物はこういった機能が発達したのかもしれない。特にこのジャガーもどきは自由に縦横斜めと空間を移動するので、異常発達したとも考えられる。
魔物同士の戦いだと、《フィールド》の動きを感知して動きを予測するようだが、このジャガーもどきはそれを感知させないようにと顎髭を発達させたのかもしれない。このジャガーもどきは《フィールド》の発生から《スライド》への移行までタイムラグが殆ど無いので、こちらの対応が間に合わないのだ。
俺はジャガーもどきを目で追いながら顎髭の動きに注意した。
ジャガーもどきは俺に向かって飛んで来ながら、顎髭を右に振らせた。その直後に右に体を《スライド》させて樹に飛び移り、幹を蹴って上空へ飛び上がった。
俺はそのフェイントに引っかかってハルバードで空を切ってしまう。
上空へ飛び上がったジャガーもどきはそこから斜めに顎髭を振り、その方向に《スライド》して樹の枝を蹴った。そのまま反転して俺の右斜め上空から牙を立てて俺の首へと迫って来る。
この時、ジャガーもどきの顎髭が下へピンと伸びた。その直後にジャガーもどきは下へと《スライド》して地面を蹴り、下から俺に前足の爪を立ててきた。
それを察知した俺はかろうじて《フィールドウォール》で前足の爪を躱すが、それは更なるフェイントで、後ろ足の爪こそが真の攻撃だった。
《フィールドウォール》をジャガーもどきの前足へ集中させたために、防御の甘くなっていた脛は、後ろ足によって脛当てを大きく切り裂かれてしまった。
「ぐっ!」
しかし、高い料金を払っただけの事はあり、脛当ての中に編み込まれた蜘蛛の魔物の糸は引き裂かれなかった。俺は衝撃を受けてバランスを崩したが、怪我をせずに済んだ。
ジャガーもどきとしては、今の攻撃で俺を押し倒して、動きの鈍ったところで止めを刺そうと思ったのだろうが、そうは簡単にやらせない。
俺はハルバードを振り回して牽制する。
ジャガーもどきは一旦距離を取りながら、再度の攻撃準備に入った。
俺は今の攻撃を凌いだ事で、このジャガーもどきの動きの癖を把握した。
こいつは縦移動の攻撃をメインにしながら、フェイントと《スライド》を二重三重に加えて、斜めの攻撃で敵に致命打を与えようとする。爪が攻撃の要で、牙は止めを刺す時に使うと思われる。
他の攻撃パターンがあってそれを使われると嫌なので、距離を取ったジャガーもどきに対して指弾で牽制する。鉄球で作った7mm程の大きめの物をありったけ打ち込み、左右から囲むように飛ばす。
攻撃に転じようとしていたジャガーもどきは、左右から飛んでくる鉄球を何発か受けて嫌がり、上へと逃げるように飛び上がる。
指弾用の鉄球は威力としては大した事がなく、ちょっと痛む程度だが、不快なのは間違いない。動きを制限する牽制としては十分だ。
上に飛び上がったジャガーもどきは枝を蹴って反転し、俺に向かって飛んで来る。しかし、それは幾重にも重ねられるフェイントの一つだと、顎髭の動きが示している。
ジャガーもどきの顎髭が左斜め下に向かい、それと同じ動きを《スライド》で体ごと移動する。
俺は咄嗟に先回りしてジャガーもどきの着地点を鞭で打つ。
パ―――ン!!!と破裂音が鳴り、驚いたジャガーもどきは動きが止まって着地に失敗した。
肩から地面に突っ込んだジャガーもどきは、バウンドしながら俺の方へ向かってくる。明らかに態勢が崩れている。
俺はハルバードで迎え撃ち、斧の刃を煌めかせながらフルスイングした。
ジャガーもどきは《スライド》で避けようとしたが、動きが予測できるので俺は《センス》を使って抑え込み、その首を切り裂いた。
「プギャ―――――っっっ!!!」
喉元がぱっくりと開いて、大量の血が噴き出した。
呼吸が出来なくなったジャガーもどきは、口をパクパクさせながら暴れ回り、やがて息を引き取った。
今までの魔物のものよりもはっきりと見える黒いモヤが現れて、スーっと消えていく。
ふう…
なんとかジャガーもどきを倒して一息つく。
まさかこんな所でこれほどの強敵に遭遇するとは思わなかった。あんなに《スライド》を自在に操る魔物は初めてだ。装備が揃っていたのでそれなりに戦えたけど、サーベルタイガーに匹敵するかそれ以上の魔物だった。
マッサージ師のトフティッコリーの情報には無かったけど、あんなのが居るんじゃ、魔の森と変わらないな。しかも、ここはまだ街に近い場所だぞ。やはり安全な場所なんて殆どないんだな。
でも、なんだろうなこの感覚。
強い魔物と戦うと血が湧きたつような気がして、気持ちが高揚する。
出来るなら魔物となんか戦いたくないと思うが、いざ戦いが始まってしまうと心が歓喜に震えてしまう。命の奪い合いにゾクリと快感を覚えてしまう。
俺は決して戦いが好きな人間ではなかったはずだが、この身体を得て、多くの魔物と戦っているうちに、戦闘狂になってしまったのかもしれない。
確かにこれからダンジョンに挑戦するなら、魔物との戦いは避けられないので、嫌々戦うよりも良いかもしれないが、飛び込まなくて良い戦いにまで参加して命を落としてしまったら、本末転倒も良いところだ。その辺は気を付けるようにしよう。
しかし、やはり戦った後は性欲が沸き起こってくる。昨夜はあんなにも吐き出してスッキリしたのにな。やれやれだ。
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