第六十話 ノイティ
武器と防具が揃った俺は、テストを兼ねて、エレベトの街を出て森へ狩りに出かけた。その途中、少女の悲鳴を耳にした俺は、ゴブリンどもに襲われる少年少女たちを助けた。
なんと、その中の一人の少女はどう見ても日本人だった。
望郷の念に駆られた俺は、その少女に日本語で尋ねた。
「君、名前は?」
「…?」
日本語で尋ねてみたが反応はない。
惚けている訳でもないようだ。
「君の名前を教えて貰えないか。」
「???」
念のためにもう一度尋ねてみるが、やはりキョトンとしているだけでこれといった反応がない。
「君、名前は?」
「え、あ、ノ、『ノイティ』よ。」
「ノイティ…というのか。」
現地の言葉で尋ねたら答えが返ってきた。
残念ながら、この娘は俺と同類という訳ではないようだ。
まあ、当たり前か。日本人がこんな所に居る訳ないよな。
それに、俺だって日本人とはかけ離れた姿をしてるしな。
しかし、見た目もそうだが、どことなく名前があのアイドルのニックネームに音感が似ているな。偶然とはいえ、感心しながら思わずニヤリとしてしまう。
そんな俺の態度が気に入らないのか、緑色のカードの少年が詰め寄ってきた。
「おい、助けてくれたのはありがたいけど、いつまでノイティを見てるんだよ!」
「ん、あっ、そ、そうだな。つい見入ってしまった、ゴメンよ。」
「あ、いえ…だ、大丈夫だよ……」
俺は我に返って少女から距離を取る。
ノイティはキョトンとしながらも、少し顔を赤らめて髪の乱れを直していた。
そんなノイティを不満そうに少年は見つめる。
少年とノイティの間には何かしらの関係があるようだが、俺には関係ない事だ。
俺は一言注意しておこうと思った。
「ゴブリンに襲われるとは災難だったな。森の中は危険だからな。早く出た方が良いぞ。」
「う、うん…」
「「 ……… 」」
「森から出たら魔物を狩れないじゃないか。」
ノイティは素直に頷いたが、緑色のカードの少年は俺を睨みつける。他の二人は罰が悪そうにしている。
どうやら、森に迷い込んだ訳じゃなくて、魔物を倒すために入ったらしい。
「おいおい、君たちの実力じゃ無謀なだけだろう。悪い事は言わないから、狩りをしようなんて考えない方が良いぞ。」
「「「 ……… 」」」
「余計なお世話だよ!俺たちにだって生活があるんだ!放っておいてくれっ!」
俺の言い方が気に入らなかったのか、緑色のカードの少年は怒りを露わにして噛みついてくる。
その言い様にカチンときたのか、ノイティが反撥する。
「『エッフェロン』!助けてくれた人に対してそんな口の利き方はないじゃない!
あんたが大丈夫だから狩りに行こうって言い出したんだよ。そのせいでわたしはゴブリンに犯されそうになったんだからねっ!」
「っつ!………ご、ごめんよ、ノイティ……」
「「 ……… 」」
ノイティに指摘されて、自分の浅慮が大変な事態を招くところだったと気付いた、エッフェロンとかいう少年。実際にゴブリンに対して全く対抗できなかった為に、恥ずかしさと悔しさに震えている。
パーティの雰囲気は最低だが、まだ子供でしかない者たちだけの集まりではありがちな事態だな。若いうちは自分たちの実力も測れず、無謀な事に挑戦しがちだからな。取り返しのつく失敗で反省できればいいが、最悪の場合は自分の命で支払う事になるからな。
日本の場合だと、免許取り立てで車を運転して、スピードの出しすぎで事故って死んでしまうパターンだな。
この子たちの場合は、俺が助けに入らなければ少年たちは殺されて、少女たちはゴブリンに攫われて犯され続ける日々が待っているだけだったはずだ。
老婆心ながら、もう少し注意喚起しておくか。
「ゴブリンは単体では弱いが、群れると厄介な魔物だ。簡単に戦っていい相手じゃない。
俺はゴブリンに攫われて、散々凌辱された挙句にゴブリンの子供を産んで死んだ女性を見てきた。下手をすると、ノイティやそっちの女の子もそうなるところだったんだぞ。」
「うっ…!」
「ひえーっ!」
「「 いや―――――っっっ!!! 」」
少年たちは仰け反ってドン引きし、少女たちは抱き合って恐怖に引きつる。
ゴブリンの死体が周りに散らばっているが、何匹かは腰に巻いた毛皮が捲れて巨大な男性器が剝き出しになっている。そのせいで、よりリアルに想像力が働いているのだろう。
リュジニィの事を引き合いに出して申し訳ないと思うが、これで少しでも少年たちが無謀な行動を慎んでくれればと思う。
とはいっても、喉元過ぎれば熱さ忘れるで、直ぐにまた新たな刺激を求めるのが若さなんだけどな。この年頃だと、注意なんか言われた時にしか覚えてないもんだ。
これ以上関わってもしょうがないので、「それじゃあな」と言って立ち去ろうとすると、ノイティが引き止める。
「あ、あの、ゴブリンの魔石は回収しないの?」
「ん、ああ、今日は新しい武器を試しに来ただけだからな。俺は要らないからそっちの好きにすればいいよ。」
「ダメよ、そんな勿体ない事したら!ちょっと待ってて。」
ノイティはナイフを取り出すと、不慣れな手つきでゴブリンの項を裂いて魔石を回収して回った。もう一人の女の子も同じ行動をする。
狩りに出るくらいだから、魔石の事は知ってるんだな。
少年たちはボーっと突っ立っている。
この年頃だと、女の子の方が率先して動き回るのは日本と同じだな。
ノイティは回収した魔石に水をかけて血を拭き取ると、両手にゴブリンの魔石をいっぱいにして渡してきた。
「はい、これ。」
「ああ、ありがとう。」
「えへへ。」
正直なところ、魔石であってもゴブリンの物だと思うとムカつくから要らないのだが、せっかく手を汚してまで集めてくれた物なので受け取る事にした。
俺が礼を言うと、はにかんだ様に笑う。心根が良い子のようだ。笑顔がますますあのアイドルにそっくりで、思わず可愛いと思ってドキリとしてしまった。
もっとも、可愛いとはいっても異性に対する思いではなくて、屈託のない日本人の少女を見ているような感じがしたからだ。なおかつ、昔好きだったアイドルの面影があるので尚更だ。
俺は2個の魔石をお礼としてノイティに渡した。
「ほら、回収してくれたお礼だよ。そっちの女の子の分もな。」
「えっ?でも、魔石を集めたのは助けてくれたせめてものお礼なのに。」
「受け取っておきな。魔石の回収だって立派な仕事だからな。その報酬だよ。」
「…う、うん、ありがとう。えっと、名前を訊いてもいい?」
「ディケードだ。」
「ディケード。えへへ、格好良いね。」
「そうかい、ありがとう。ノイティだって可愛いぞ。まだ小さいのに偉いな。」
俺はノイティの頭を撫でる。まだ11〜12歳位の年齢なら、姿がオッサンではない俺の行為を素直に受け入れてくれるだろう。
と、思ったのだが……
「……………」
屈辱!という表情を浮かべて、ノイティがプルプル震えだす。
もう一人の女の子があちゃーという顔をして天を仰ぎ、少年たちがプッと吹きだした。
あ…何か不味い事をしてしまったようだ。
「失礼ねっ! わたしは14歳よ! 来月には15歳になって成人なんだからねっ! もうすぐ結婚だって出来る年齢なんだから!」
ノイティが激怒して詰め寄ってくる。
その顔には、悔しい!悔しい!悔しい!と書いてある。
う〜む、失敗した。思い切りコンプレックスを刺激してしまったようだ。
なんせ、周りにいる少年や少女たちがアラブ系やラテン系のような濃い顔をした者ばかりだからな。日本人顔のノイティが余計に幼く見えてしまう。
「ごめん、ごめん…
あ、いや、これは大変失礼した、ノイティさん。どうか私の愚行をその慈悲深き心で許して欲しい。」
「「「 あっ! 」」」
「へっ!? あっ、ほへ…は、はい…はいっ! ゆ、ゆゆゆ、許しますぅ!」
最初は軽く謝ろうと思ったが、考え直して大人の対応で謝罪する事にした。俺は膝をついて傅きのポーズを取り、ノイティの手を取ってその甲にキスをした。
これには周りにいた少年たちが驚く。
ノイティは驚きを超えて動揺しまくり、真っ赤になってしどろもどろで許しの言葉を発した。
少しというか、かなり気障でオーバーな態度で接したが、こういった事に慣れていないだろうノイティには効果抜群だった。
えへ~~~♪と浮かれながら夢遊病者のような動きをしている。
やれやれ、どうにか上手く誤魔化して、ノイティの機嫌は治ったようだ。
サラリーマン時代に培った、不機嫌な若い女性社員や怒り狂うお局OLを宥めるスキルが役立ったようだ。
あの女性たちには、嫌という程苦しめられたからな。いつの間にか、タイプ別の謝り方を習得していたよ。
そんな俺の態度にムカついたのか、エッフェロンは殴りかかって来る。
「テメーっ!俺のノイティに何しやがるっ!!!」
「おっと。」
俺はエッフェロンの拳を受け止めて動きを止める。
あれ、この殴り方はどこかで……
《フィールド》でエッフェロンを探ってみると、なんとなく覚えがあった。
が、脅威とはなり得ないのでスルーした。
「悪いな。君の彼女を取ったりしないから安心してくれ。」
「ちっ…」
ノイティに彼氏がいるとは思わなかったので、少し驚きつつもエッフェロンを安心させようと思った。
が、しかし、ノイティからクレームがついた。
「ちょっとぉ!なんでわたしがエッフェロンの彼女なのよっ!冗談じゃないわよ!
いい、ディケード。わたしはフリーなの。決してエッフェロンの彼女じゃないからね!!!」
「お、おう…」
「そんなぁ、ノイティ~~~……」
「フンっだ。」
やれやれ、エッフェロンも可哀想にな。
さっきから蚊帳の外にいる少年と少女がエッフェロンを憐んでいる。
見た目は幼くても、ノイティも女なんだな。そんなきつい言い方をしなくても良いだろうと思うけど、女はこういう事に関してはシビアだよな。
「兎に角だ。ここに居ると危険だから、早く森から出るんだな。」
俺はさっさとここから逃げ出す事にした。
これ以上ここに居ると、少年たちの微妙な人間関係を乱してしまいそうな気がしたからだ。
それに、ノイティと居ると変な行動をしたり余計な事を言ったりして、ややこしい事態になってしまうようだ。
関わらないのが一番だな。
ノイティたちから距離を取ってホッと一息つくが、ノイティの良く通る声が聞こえてきた。
思わず聞き耳を立ててしまった。
「ねえねえ、あのディケードって男の人、すっごく強くて格好良かったよね。」
「そうね。強いのは確かだけど、ちょっと変な人だったと思うよ。」
「けっ!気障ったらしい野郎だったぜ。」
「なんか、ノイティを随分じっと見てたよね。」
「えへへ~♪、惚れられちゃったかな。」
「ぶほっ!」
思わず咽てしまった。聞き耳など立てるものじゃないな。
しかし、ノイティか…
まさか、あそこまで日本人そっくりの人間が居るとは驚きだったな。今まで俺が接してきた人間にはいなかったタイプだ。やはり異星人にも日本人にそっくりな人種が居たんだろうか。
今この世界に居る人間は、異星人のアバターの子孫だが、元々アバターは操り主たちの姿形の影響を受けている。
というのも、この世界でアバターをより良く操るために、アバターを作る際に元となる異星人個人の遺伝子情報を組み込んで親和性を高めるからだ。
なので、ディケードのアバターであるこの身体も、本来のディケードの面影を持っている。
もっとも、本来ゲームオタクのディケードは、こんなに筋肉隆々の体ではなかったけどな。父親がよほど上手くコーディネートしたみたいだ。
そういう意味では、異星人にも日本人そっくりの種族が居たという事だろう。ノイティにはそれが色濃く現れたんだろうな。
もしかしたら、他にも日本人そっくりな者がいるかもしれないので、今後は注意しておこう。やはり、日本人そっくりな人間を見ると、どこかホッとするからな。
できるなら、また会ってみたいと思った。
それはそうと、異星人と地球人の繋がりはあるのだろうか?
全く別の惑星で進化したのに、ここまで外見的特徴が一致するなんて事があるのかね。何かしらの繋がりがあると思った方が自然な感じがするけどな。
《創造神グリューサー》は地球の存在を知っていたけど、それに関しての言及を避けていたように思う。
もしかしたら、地球人も元は異星人のアバターだったりしてな。
現代人の祖先であるクロマニヨン人を異星人が作ったと想像すると、有り得るような気がする。
いろいろと妄想が広がりそうだったので、俺は慌てて打ち消した。
ここは森の中で魔物が跋扈する危険な場所だ。妄想に浸っている場合ではない。
俺は森の奥へと進んで行った。
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