第五十九話 日本人…なのか?
随分と間が空いてしまいました。
第3章を再開します。
身も心も性欲も、スッキリ爽やかになって『熟練の薔薇』を後にした。
特に性欲が、これほどまでに解消されたのは初めてだ。
俺はこの街にやって来てから初めての狩りをするために、請負人組合に立ち寄って貸ロッカーから預けた荷物を取り出した。
物質化した武器などが、女神像の前の籠の中に不意に現れるので、ちょっと驚いてしまう。
手に取って触ってみると、買った時と同じ状態の質感と重量を感じる。
当たり前なんだろうけど、マジックを見ているような気がするな。
まあ、次第に慣れてしまうんだろうな。
今日は街の外に出て狩場となる森の様子を見ながら、購入した武器や防具類の性能と共に、使い勝手を試してみようと思う。夜の内に多少雨が降ったようだが、今の天気は上々、狩り日和だ。
先ずは腹ごしらえだ。
食い処『春風と共に』に寄って、朝の固定メニューとなっているタルティとお茶を頼んだ。宿に泊まらない場合は銅貨5枚の別料金となっている。
今は大体5刻(午前10時前後)なので、請負人と思われる者たちの姿は無い。もうとっくに出かけたのだろう。ピークタイムを過ぎて一般客と思われる者たちがチラホラ居る程度だ。
お陰で食事をしながら看板娘の女性を見て、舌と共に目を楽しませている。
昨日は性欲魔人と化していたのでなるべく見ないようにしていたが、今日は賢者モードになっているので心穏やかに見ていられる。
笑顔を振り撒きながら、艶やかな銀髪を靡かせてキビキビと動き回る様は、見ていて気持ちが良い。昨日、大勢いた請負人たちが皆彼女を見ていたが、納得だ。
若い娘は、こうして程々の距離を持って眺めているのが一番だな。オッサンなりの楽しみ方というやつだ。見られる方の女の子は迷惑かもしれないけどな。
朝食を済ませた俺は、その足で武器屋へと向かった。
営業を始めたばかりだったが、昨日注文した鉄球は出来上がっていた。注文通りにちゃんとディンプル加工も施してあり、良い感じに指先に引っかかるように処理を施してある。流石だな。
しかも、親方は気を利かせて注文したサイズよりも一回り大きな物と小さな物まで作っておいてくれた。これには感激してしまった。
「絶対に使用した感想を聞かせてくれよ。どんどん改良を加えていくからな。」
「ああ、そうさせて貰うよ。ありがとう。」
「その武器について誰かに訊かれたら、『アーセナァラ』のアルティーザンが作ったと宣伝しておいて欲しいな。」
「はは、分かったよ。」
しっかり者の経営者である息子はPRを促してくる。
良い物なら誰かが真似るだろうから、結構大切な事だな。
ちなみに料金は銀貨5枚だ。特注製品としては安いと思うが、それは俺の使い方にもよるな。
☆ ☆ ☆
俺は武器屋から一番近い街の出口となる南門へ向かった。
南門も西門と同じような作りになっていて、脇に兵宿舎が在る。検査官と門衛をここから派遣しているのだろう。
南門の出口の前には屋台が幾つか出店している。弁当や保存食を売っているが、『女神の涙』という治癒薬を売っていたのには驚いた。
薬屋組合の出張所らしいが、《女神プディン》や《女神ジュリ》が施した癒しと同じ効果を得られる。飲めば体力が回復し、軽い怪我などは適量を患部に塗り込む事で即効で治る。
これは、ディケードたち異星人に【ポーション】と呼ばれていた物だ。
多分だが、この街の中にも《泉の精》が居た泉と同じか同様のものがあるのだろう。あるいは製造施設があるのかもしれない。
クレイゲートの商隊に居た時に、盗賊との戦いの後に俺に使われた物だ。そのお陰で俺は命を救われた。
これは絶対に必要だと思い、2本購入した。
《女神の涙》は細長いビンに100cc程入っていて、1本銀貨3枚だ。日本円だと約3万円と値は張るが、効果を考えると納得できるな。
弁当とお茶も購入して、俺は南門の出口を通過する。
請負人専用の出口を選択して、請負人のカードをセンサーに通す。これで通過履歴が残るようだ。
一般人が街を出るにはかなり厳しいチェックを受けるが、請負人は簡単な荷物チェックだけで済む。フリーパスという訳にはいかないが、要する時間は1分程度だ。それほどストレスにはならない。
「何だこれは?」
「俺専用の武器だ。」
「ふ~ん、そうなのか。」
鉄球を見て検査官が尋ねてくるが、俺の答えにさほど疑問を持たずに通してくれた。疑り深い奴でなくて助かった。外に出て行くなら、街の中で問題を起こせるはずもないからな。こんなものなのだろう。
それにしても、所々でハイテクを目にするが、どうにも個人情報の管理に重点を置いているように感じる。何か訳でもあるのだろうか?少し気になるな。
南門を出ると、街の外はなだらかな草原になっている。
西門の方とは違って畑が広がる事も無く、街の拡張工事が南側はさほど進んでいないようだ。遠くに森が見えるので、俺は門から続く街道を歩いて進んだ。
草原の中では時折人の姿が有り、地面を掘っているような動きが見られる。この辺りはある程度安全なのだろう。十代と思われる少女たちが多いようだ。
食べられる植物か薬草でも採取しているのだろうか?
請負人ギルドでは、それなりに依頼があるようだが、緊急性の高いものを除く特別な場合以外は、わざわざ掲示板に張り出してはいない。殆どの魔物や植物が食材や加工素材となるので、常時受付を行っている。
掲示板に張り出してある依頼は、依頼料が高い代わりに期日が決められていたり、特殊な案件だったりする。
なので、狩りや採取を行う多くの請負人は、直接現場に赴いて仕事をこなし、買取所に卸すという流れで働いている。
俺もその流れで、今日は様子を見ながら狩りをしようと思っている。
街道が森に差し掛かった所で、俺は街道から外れて森の中へと入って行く。
同時に、森独特の咽るような樹木の匂いと共に、多くの虫たちが纏わり付いてくる。が、《フィールドウォール》で接近を防ぐので脅威となり得ない。
イタチに似た小動物がいたので、一番小さな5mm程の鉄球で指弾を放ってみる。
俺の攻撃に気付いた小動物は果敢に向かってくるが、パーンという弾けるような音と共に、額にまともに鉄球を食らって気絶した。
俺は鉄球を回収しながら、気絶した小動物を拾い上げて観察する。
流石に小さくても鉄球だけはある。今まで使っていた小指の先と同じくらいの小石とほぼ同じ重量だが、小さい分衝撃力が強いので、小動物の額にはひびが入っていた。頭蓋骨を亀裂骨折している。小動物でこの程度なので殺傷力は小さく、やはり牽制用として使うのが適しているようだ。
なんとなくだが、今まで使っていた小石よりも鉄球の方が《センス》の効きが良いように感じる。
少しすると、小動物は気がついて暴れだし、俺を攻撃してくる。やはり小さくても魔物だ。本来なら重傷だが、命ある限り戦おうとする。
俺は手を傷付けられないように注意しながら、小動物の額を指先で弾く。小動物はまた気絶して、そのまま息絶えた。黒いモヤが現れて消えていく。
俺は魔石を取り出してから、死体となった小動物を地面に放置する。こうしておけば、直ぐに他の魔物が喰らうにやって来るだろう。
俺はこの時、違和感を覚えた。
今までは魔物が襲ってくるから、自分の身を護るために殺していたが、今回は狩りをするために自分から魔物を殺しに来ている。同じ命を奪う行為だが、意味合いが違う。
生活の糧を得るためだが、思うところが無い訳でもない。
日本に居た時は当たり前のように肉や魚を食べていたが、それは命を奪った結果として得ていた。知識としては知っていたが、こうして自分が命を絶つ側になったと思うと、複雑な感情が芽生えたのは確かだ。
現実問題として、生きて行くためには止むを得ない犠牲だが、家畜を飼育している者は、どんな気持ちで自分の育てた生き物を送り出しているのかと、考えてしまった。
結局のところ、慣れていくしかないのだろうな。
それに、森の中でさ迷っていた時にだって、飢えをしのぐために魔物を狩っていた。今更な感傷だな。
気持ちを切り替えて、俺は小動物を漁りに来る獲物を待った。
今度は7mm程の鉄球を試してみるかと思っていると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。声の感じから少女のようだ。
俺は様子を見に行くために走り出した。
走りながら聴覚に集中して状況を探ってみると、他にも数人居て、多くの魔物に襲われているような感じがする。
広げた《フィールド》にも、同じような情報が伝わってくる。
森の中を駆けるが、新しい靴は良い感じだ。まだオーダーメイドの物は出来ていないが、既製品であっても作りはしっかりしていて、俺の脚力をスムーズに受け止めてくれる。これはオーダーメイドの靴の完成が楽しみだ。
悲鳴が上がった近くまで来てみると、女の子がゴブリンに襲われかけていた。
俺はゴブリンを見て、爆発的な怒りが込み上げた。
まだ大事には至っていないようで、地に伏せる女の子にゴブリンが馬乗りになって棍棒を振り上げていた。
俺は咄嗟に鉄球を取り出して投げた。
取り出した鉄球は直径が50mmの物で、加速しながら飛んで行くと、馬乗りになるゴブリンの頭部を破壊しながら貫通した。
顔から上が無くなったゴブリンは、体も吹っ飛んで女の子の上から居なくなった。
思わぬ威力の検証になってしまったが、50mmの鉄球の威力は抜群で、これならある程度の大きさの魔物でも一発で倒せるだろう。
しかし、やはりこれも鉄球のせいなのか、加速力が格段に高いと感じる。
取り敢えず目の前の脅威は排除したので、近づきながら様子を窺うと、武装する三人の少年少女が10匹程のゴブリンに囲まれていた。
虚を突いた俺の乱入によって膠着状態になったようで、動きが止まっていた。
どうやら俺はゴブリンとパーティの戦いに介入してしまったようだ。ゴブリンを見て激昂してしまい、状況をちゃんと確認しなかったのがいけなかった。
俺は戦意を喪失して地面に蹲る女の子を助け起こした。
まだ11〜12歳だと思うが、よほど怖かったのか、顔面蒼白になって涙目で震えている。
「おい、大丈夫か?もう平気だぞ。」
「うえぇ…うん…うん、うん。うえぇ~ん…」
返事はするものの、なかなか泣き止まない。手の甲で目を覆って擦っている。
女の子は大丈夫そうなので、俺は他の少年少女に目を向けた。
動きの止まっていたゴブリンどもが、我に返って少年少女に襲い掛かった。
見たところ少年少女たちは14〜15歳位のようだが、お世辞にも強そうには見えない。また、持っている武器にしてもナイフ程度だし、防具にしても古びた木製の盾を持っているだけで身に着けているのは普段着としか思えない物だ。貧弱の一言に尽きる。
一人の少年はなんとかゴブリンの攻撃を凌いでいるが、他の少年と少女は手に持った木製の盾でかろうじて直撃を避けるので手一杯のようだ。
どう見てもやられるのは時間の問題だ。
「おーい、助けがいるか?」
「………」
「”#$%&’()!!!」
「た、助けて!」
勝手に他のパーティの戦いに介入して良いのか判らないので訊いてみる。
かろうじて凌いでいる少年は無言で、もう一人の少年はパニックに陥っている。少女は直ぐに返事をした。
俺はダッシュでゴブリンどもに接近すると、斧の部分を向けてハルバードを振り回す。切れ味鋭い斧は、なんの抵抗もなく3匹のゴブリンの首を跳ね飛ばす。
返す勢いで、今度はハンマー部分でゴブリンの胴体を叩く。くの字に折れ曲がった体のまま、他の2匹を巻き込んでぶっ飛び、強烈に樹の幹にぶつかって3匹とも圧死した。10kg超の重量のあるハルバードは、ぶっ叩いた時の衝撃力が半端ない。
残りの3匹は俺に向かって来ようとしたが、3度の素早い突きで額に穴を開けて全て崩れ落ちた。多分、自分が死んだ事など意識もしないで昇天してしまったと思う。
ものの数十秒でゴブリンどもは全滅した。
本当なら、もっと残酷な死を与えたかったが、少年たちに変なトラウマを植え付けてはいけないので自重自戒した。
それでも、新しいハルバードを試す良い機会になった。ハルバード本来の性能は抜群で、親方の息子が業物だと言っていたが、十分に納得できる仕上がりだ。これは隠された武器も期待出来るぞ。
「「「「 ……… 」」」」
俺がハルバードの性能に満足していると、呆気に取られた少年たちが俺を見つめていた。何が起こったのか理解していないようで、俺を見た後にキョロキョロと周りを見ている。近くに転がるゴブリンどもの死体を見て、ようやく事態が呑み込めたようだ。
「「 すげ―――っ!!! 」」
「「 すご―――い!!! 」」
少年たちは俺の強さに驚きながらも、ゴブリンの方が気になるのか、マジマジと死体を観察している。
「これがゴブリンか…」
「話通りに緑色の肌をしてる…」
「気持ち悪いわねぇ…」
「臭くて最悪ぅ~」
少年たちの口振りから、初めてゴブリンを見たのが伺える。多分、狩りに出たのも初めてではないだろうか。一応請負人のカードを張り付けてはいるが、一人の少年は淡い緑色で他の三人は白色のものだ。
ええと、確か淡い緑色は『岩石』ランクで、白色は単なる初心者の『砂石』だったよな。いずれにしろ下級クラスの下位もいいところで、一人前とは見なされないレベルの者たちだ。
「あ、あの…助けてくれてありがとう。」
「ありがとうございました。」
「「 あ、ありがとう。 」」
一通りゴブリンを見終わると、ようやく俺に意識が向いたのか、ゴブリンに襲われていた女の子がおずおずとお礼を述べる。
それにつられる様にもう一人の少女が礼を言うと、他の少年たちもしょうがないという感じで礼を述べる。いかにも世間知らずの子供の態度という感じだ。
着ている物も、生地が傷んで所々が擦り切れているような古着だ。持っているナイフや木製の盾も、誰かの使い古しという感じで、貧しいのは一目瞭然だ。
しかし、問題はそこではない。
ゴブリンに襲われていた女の子は、どうみても日本人にしか見えなかった。
色白の黄色人種で、黒い髪をショートカットにして、起伏の少ないのっぺらな顔をしている。子供だから胸が小さいのは当たり前だが、寸胴だしやや短足気味だ。日本人の特徴が全身に現れている。
土まみれになって汚れているので、昭和40〜50年代の田舎の日本人の少女そのものだ。
この表現だけだと随分と悲惨な感じがするが、実際にはとてもバランスの取れた顔立ちで可愛らしく、磨けばデビュー当時のアイドルの〇井〇子によく似ているのではないかと思う。
俺は驚きながらもじっくりと少女を見つめた。
最近は様々な異国風の人間ばかり見てきたせいで、最初は若干違和感を感じたが、見れば見るほどに可愛らしい日本人の顔立ちと姿に、望郷の念が込み上げてきた。
この世界にやって来てまだ一ヶ月も経っておらず、実際には日本と縁が切れて然程でもないが、この少女の姿形は忘れかけていた日本と日本人を強烈に思い出させた。思わず涙が溢れそうになる。
そんな俺の態度を、少女は訝し気に見る。
「あ、あの……」
「君、名前は?」
俺は日本語で尋ねた。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想や誤字脱字を知らせていただけるとありがたいです。




