M-2 性欲の目覚め -後編-下
この話で幕間2は完結です。
僕は禁止されている技の《ブースト》の重ねがけを行い、無茶を強行して必殺技の流星豪雨を発動した。そのお陰でボスモンスターの【ザツティンペンズ】の撃滅に成功した。
しかし、その代償として全身の筋肉と腱が断裂してしまい、僕は気を失いながら地上へと落下していった。
「ディケード!」
「ディケード…」
「ディケード―――――ッ!」
僕を呼ぶ、皆の声が聞こえる……
僕は無事なのか?
僕の身体はもうダメになったはずだけど……
それとも、僕は本星に居ていつもの身体で居るのか?
ゆっくり目を開けると、僕を心配そうに見る仲間が居た。
トモウェイ、ダンファース、フィアン、そして、ルチルケーイが居る。
「やった、復活したぜ!」
「凄い!まさか本当に治るなんて!」
「ディケード――――――――――ッッッ!!!」
ダンファースは喜び、フィアンは驚愕している。トモウェイは泣きながら僕に抱き着いてきた。
そして、ルチルケーイはウムウムと納得するように見ている。
「ディケード、良かった!良かったよ―――――っ!!」
トモウェイに抱き着かれて体中が痛いけど、それでも喜びの方がずっと大きくて、僕は彼女にされるがままでいた。
ダンファースもフィアンも凄く喜んでくれている。僕は、それが何よりも嬉しい。
だけど、気になる事がある。
それはルチルケーイの態度だ。態度が超然としていて、普段の彼女とは全く違う雰囲気を醸し出している。
なのに、皆はそれを気にしていないようだし、当たり前のように受け入れている。
「ウムウム、上手くいったようじゃのう。我が支配するこの『女神の領域』でのみ有効な応急処置だが、ディケードよ、そなたの身体は元通りじゃ。」
「それは……ありがとうございます。…でも、君は本当にルチルケーイなの?」
身体が治ったのは信じられないくらいに嬉しいけど、何か釈然としないし、妙な警戒心が湧き上がってくる。
だけど、訝しむ僕に対して、ルチルケーイは気にした様子もなく答える。
「我はそなたが解放してくれた《女神イーレテゥス》じゃ。」
「えっ!?」
「一時的にルチルケーイの身体を借りておるのじゃ。なにせ、顕現石があの有様でのう。」
そう言って、《女神イーレテゥス》がじろりと僕を睨んでから、顎をしゃくって見せた場所には真っ二つに折れた顕現石があった。それは見事なくらいに破壊されていた。
《女神イーレテゥス》が放つ雰囲気は、お前のせいだと言わんばかりだ。でも、それは責めているというより、呆れているという方が合っているような気がした。
周りを見渡してみると、僕たちは永遠の命の樹が成る湖の中州に居た。
中州は綺麗な芝が整えられていて、信じられないくらいに太い幹の脇には、豪華なガーデンテーブルが置かれて、ティーセットが用意してあった。
本来、ここは女神の果樹園と呼ばれる神域で、《女神イーレテゥス》の憩いの場であるという。
上を見てみると、どこまでも広がる枝葉に埋もれるように、黄金の果実が所々に成っていて、木漏れ日の光を弾いて黄金の輝きを放っている。
それは林檎のようでもあり、見ようによっては梨にもオレンジにも似ている。この果実から搾った果汁は、神々の永遠の若さを保つ妙薬とも云われている。
いっけん、穏やかで平和な雰囲気に包まれたこの場所だけど、樹の枝には大蜈蚣【ザツティンペンズ】の尻尾のような曳航肢が巻き付いていて、それは湖へと繋がり、さらにその先へと伸びている。
その【ザツティンペンズ】の体は、僕たちの攻撃で破壊されてボロボロになっていた。体中至る所が千切れたり潰れたり、穴が空いたりしている。殆ど原型をとどめていない程にぐちゃぐちゃだった。
しかも、その死体の周りは土石流の残骸が覆いつくしていて、僕たちの戦いの激しかった様を、晴れ渡った空に輝く太陽がありありと照らし出していた。
その戦いの煽りを食らって、曳航肢に挟まれた女神の顕現石は壊れてしまったらしい。
【ザツティンペンズ】が死んで《女神イーレテゥス》は解放されたけど、顕現する場所を失ったために、気を失っているルチルケーイの身体を一時的に借りたという。
そんな事が可能なのかと思っていると、《女神イーレテゥス》が答えてくれた。
「本星にあるルチルケーイの本体までもが気を失ったのでな、アバター接続が切れておったのだ。そんなアバターを放置しておくのも危険なのでな、我が繋いで借りたのじゃ。」
確かに、アバターの肉体は操る者がいなくても生きてる。リンケージカプセル内に収容しておかないと、いずれは野生に還って本能のままに行動を始めてしまう場合があるという。
理由は解ったけど、《女神イーレテゥス》の意思が宿ったルチルケーイは、普段の彼女とは全く雰囲気が違う。
なんていうか、普段も少し色っぽいけど、今は桁違いに女性の魅力が溢れている感じがする。年齢は3~4歳上の20歳過ぎのお姉さんに見えるし、物腰が大人で、自然と視線が体中の至る所に引き付けられてしまう。
顔に至っては、独特の天然っぽさが無くなっていて、妖艶なムードを漂わせながらも、理知的な眼差しを湛えている。作り自体はルチルケーイの顔なのに、ここまで魅力的に変わるものかと驚いてしまう。
「立ってみるがよい。自由に動けるであろう。」
ルチルケーイの身体を借りた《女神イーレテゥス》が僕の手を取って立ち上がらせてくれた。
その手は暖かくて柔らかくて、力強さに満ちている。
ルチルケーイには今まで何度もスキンシップをされたけど、これまでとは全く違う感触がする。中の人格が変わると、こんなにも変わるものなのかと感心してしまう。
《女神イーレテゥス》の言葉通り、僕の身体はほとんど元通りとなっていた。激しく動いても何の支障もない。
あんなにボロボロになったはずなのに、これにはびっくりだ。
といっても、それはこの『女神の領域』にいる限り、という条件付きだという。
バトルフィールドにもなる女神が存在する領域は、普通の空間とは異なる時空構造をしているのがその理由だ。
それは知的生命体がもたらす意思のエネルギーの累積となった、ダークエネルギーによって形成された時空となっている。
高位の女神は、そのダークエネルギーがもたらす人の意思や想いを、4次元空間的に再現できる能力をもっている。
その無から有を生み出す魔法にも見える能力によって、僕の身体は一時的に再現されたらしい。
アイテムボックスは無機物をエネルギーに変換するけど、その上位の転送装置は有機物をエネルギーに変換する。そして、更なる上位の『女神の領域』は、人の意思や想いを物質に変換できるという事らしい。
信じられないような凄い技術だけど、そのお陰で僕はこうして立っていられるんだ。
「《女神イーレテゥス》様、ありがとうございます。」
「礼には及ばない。我を開放してくれた感謝の気持ちを表しただけじゃ。」
そう言って、にっこり微笑む《女神イーレテゥス(ルチルケーイ)》の笑顔はこの上なく魅力的だ。
思わず見とれてしまって、心臓がドキドキと高鳴った。
当然、あれが反応してしまった。
それを見て、ふふふ…と嬉しそうに笑う《女神イーレテゥス》。
僕は真っ赤になって、思わず股間を手で覆い隠した。
「ほう、我の《魅了》は、この身体でも有効のようだのう。それとも、我自身の魅力によるものかのう。ほっほほほ…」
「……………///」
《女神イーレテゥス》は性愛を司る女神だ。彼女の魅力は神をも虜にすると云われている。それはルチルケーイのアバターに憑依しても変わらないのかもしれない。
「っ痛て!」
後ろに居たトモウェイにお尻を抓られてしまった。
振り向くと、悔しそうに僕を睨んでいた。
…ごめん。
「さて、これで一応は全員が揃った訳じゃ。ルチルケーイの意識は無いが、後で記憶を辿れば理解できるであろう。」
《女神イーレテゥス》が佇まいを直して、僕たちに向き合った。
僕たちは膝をついて礼を取る。
「ディケード、ダンファース、トモウェイ、フィアン、それとルチルケーイ、そなたたちの活躍で我は解放された。改めて礼を言う、感謝する。」
《女神イーレテゥス》が手を翳すと。僕たちの腕輪に蜈蚣を模したデザインの模様が刻まれた。
これはボスモンスターを倒してダンジョンをクリアした証だ。僕たちゲーマーにとって、何よりの褒美となる。
それから、《女神イーレテゥス》は僕たち一人一人順番に、額にキスをしていった。
僕とダンファースは喜んで受け取ったが、トモウェイとフィアンは複雑な表情で受け取っていた。
「赦せよトモウェイ、フィアン。ルチルケーイの身体では思うところもあるだろうが、やむを得ぬでな。」
「いえ、そんな…」
「滅相もありません…」
《女神イーレテゥス》はチラリと壊れた顕現石に目をやってから、トモウェイとフィアンに謝罪してみせた。
トモウェイたちは場の空気を読んで畏まっているけど、《女神イーレテゥス》はそんな状況を楽しんでいるようにも感じる。
あれ、この女神様、もしかして少し意地悪なのかな……
やっぱり、顕現石を壊された事に怒ってる?
「《女神イーレテゥス》様、顕現石を壊してしまったのは僕の責任です。お叱りなら、どうか僕に対して行ってください。」
「ん、我は別に怒ってはおらんぞ。こうして人間の身体で活動する機会を得て、面白い体験ができて喜んでおるぞ。それに、顕現石は自己修復中じゃ。間もなく元通りになるからのう、何の心配もいらんぞ。」
《女神イーレテゥス》は僕にニッコリと笑いかける。
あれ、僕の考えすぎかな。
《女神イーレテゥス》は死体となった【ザツティンペンズ】の所まで行くと、そっと体を撫でた。その表情には憂いが感じられた。
「ただのう……この【ザツティンペンズ】は我らの母なる《大地の女神テアースィン》様が可愛がっておったペットじゃからのう。ここまで完膚なきまでに破壊されるとは思っておらなんだわ。」
「それは………」
【ザツティンペンズ】の体は見るも無残な姿になっていた。
大樹の永遠の命の樹の下にある部分は原形を留めているけど、それ以外の部分は形を成していなかった。
頭部と心臓が有った部分はクレーターになっていて、千切れたり溶けたりした体の部位がそこら中に散乱していた。激しい攻撃の惨状を物語っていた。
大樹とその下の湖が無事だったのは、特殊なバリアーとでも呼ぶような神域の結界が働いていたからだろう。
確実に仕留めるために無茶な事までしてしまったけど、結果的にやり過ぎたみたいだ。あの時は、それでもまだ威力が足りないと思っていたけど、落下速度に加速を加えた質量攻撃は、予想以上の破壊力をもたらしてしまったみたいだ。
「あの…すみませんでした……」
「ディケードよ、そなたが謝る必要はない。そなたは我を救うために必死に戦って勝利したのじゃ、胸を張るがよいぞ。」
《女神イーレテゥス》はそう言って僕に笑顔をくれたけど、視線を【ザツティンペンズ】に向けると、小さくため息をついた。
「しかしのう……《テアースィン》様は我を許さんだろうのう。夫が浮気をしたあげく、可愛いペットまで死んでしまったのじゃ。今度は拉致監禁じゃ済まぬかもしれんのう……」
《女神イーレテゥス》は悩ましそうにしながら悲しんでみせた。
僕は同情しそうになったけど、ふと、女神の言葉に違和感を覚えた。
夫が浮気って、《大地の女神テアースィン》の夫は《創造神グリューサー》だよね。それで、《大地の女神テアースィン》の罰を受けて《女神イーレテゥス》は【ザツティンペンズ】に括り付けられていた。
という事は、《女神イーレテゥス》は《創造神グリューサー》と浮気したって事だよね。
うわ―――――っ!神様たち何やってるのさ!
もしかして、カトンロトーンが言っていた夫婦喧嘩に巻き込まれて大変だろうって、この事なの?
《女神イーレテゥス》は《邪神》に攫われたんじゃなかったの?
それじゃあ、《邪神》の正体は《大地の女神テアースィン》なの?
ええ―――――っ!!!
いったい何がどうなってるのさ………
神々の世界の中で、大人の不浄な行いを見せられた気がした僕は愕然としてしまった。
それは他の皆も同じだ。唖然としながら《女神イーレテゥス》を見ている。
特に、女の子のトモウェイとフィアンは口にこそ出さないけど、厳しい眼差しを向けている。
だけど、《女神イーレテゥス》は気にした様子もなく、平然と受け止めている。
その態度を見ていると、何故かこちら側が悪いとさえ思ってしまう。
性愛を司る《女神イーレテゥス》にとっては、それは当たり前の事なのだろうか、僕たちとは根本的に倫理観が違うような気がする。
記録に残された神話を辿ってみると、神々の世界は乱れきっていると言っても過言ではない。
神々の王たる《創造神グリューサー》は九柱の女神を妻としているし、他にも妾や愛柱が何柱もいる、しかも一度きりの相手に至っては数えきれないほどだ。
それは何も《創造神グリューサー》だけでなく、他の神々も同じ様なものだ。
女神となると事情は少し変わってくるけど、性に対しておおらかなのは同じだ。
多くの女神が主神たる神々と関係を持つ一方で、それとは別に自分専用の愛柱が居たりする。
清らかさを求めて永遠の処女を誓い、それを貫く女神はほんの数柱しかいない。
そんな中にあって、《女神イーレテゥス》は積極的に性愛に興じる女神だ。
性愛を司る女神なので当たり前かもしれないけど、享楽に耽る男女の睦み事には、彼女の影響が及んで、より情熱的に燃え上がると云われている。
また、奥手な者や尻込みする者には、適切なアドバイスをするなどして、よりよい関係をもたらすと云われている。
《女神イーレテゥス》は、ある意味愛と性のアドバイザーともいえる存在だ。
ただ、その積極性故に相手を誑かしてしまい、揉め事を起こしたりするトラブルメーカーでもある。
結局のところ、神話の世界というのは、自然現象への畏敬や心の拠り所を求める人間の心から生み出されたものだ。未知なるものに対しての恐怖心や好奇心を満たすために神を作り出し、擬人化する事でより近しい存在に昇華させたんだと思う。
つまり、神話とは、その時代に生きた人間の哲学や倫理観、風俗や文化といったものが反映された世界なんだと思う。
大昔の人間は、生きる事こそが目的で、強い者は多くを得て、弱い者は奪われる、暴力的な弱肉強食の世界に生きていた。
そんな無法と思われる世界にあって、神話は道徳の役目を果たして人間の欲を戒め、より安定した人間社会を築き上げていったんだ。
そして、時代が変われば人々の考え方も変わっていく。
僕たちは個人の幸せを追求して文明を発展させてきたけど、その代償を払うかのように肉体は衰えていった。
だからこそ、僕たち『新人類』が求められているのは、それまでの倫理観や道徳観念を打ち破る、大昔の概念だと思う。
なによりも生存本能を優先させて、逞しく生きる事を求められているんだ。
そういった意味で、《女神イーレテゥス》の考え方や行動に触れるのは、今後のための学習になると思う。
とはいっても、今まで培ってきた考え方や価値観を、急に変えるのは難しいよね。どうしても、最初に忌避感が生じてしまうので、浮気をする《女神イーレテゥス》の考え方には否定的になってしまうよ。
そんな僕たちの思いを察っしたかのように、《女神イーレテゥス》は語りかけてくる。
「そなたたちはまだ若い。若者の一途で真っ直ぐな心意気だけでは、世の中は渡って行けんのじゃ。これから成長するにつれて、自分たちとは違う考え方をする人間たちと多く接するようになるだろうて。中には、どうしても相容れない者とぶつかる事もあるのじゃ。
自分を通すのは大切じゃが、時には妥協して、悔しくても受け入れないといけない場合もある。そういった時に必要となるのが何者にも流されぬ信念じゃ。」
僕たちの顔を一人一人順番に見ながら《女神イーレテゥス》は語りかける。
姿がルチルケーイなので違和感はあるけど、尊敬できる教師が話すようなその語り口は、説得力を持って僕たちの好奇心を刺激する。
「どうじゃディケードよ、ルチルケーイと行動を共にするのは大変だったじゃろう。この者は生まれた地域も育ってきた文化も違う。考え方の土台が違うので、言動に齟齬が生まれて違和感を覚えるのじゃ。人が分かり合うというのは難しいものよのう。」
今の言葉で、《女神イーレテゥス》の言わんとしている事がスーッと頭に入ってきて、納得できた。
そうだ、ルチルケーイにちょっかいを出される度に、なんでそんな事を言ったりしたりするんだろうと、困ったりイライラさせられたりした。
違う生まれだからしょうがないと思っていたけど、もっと彼女を理解しようとする事が大切だったんだ。
僕の至った考えに満足したのか、《女神イーレテゥス》は大きく頷いて微笑むと、僕の隣に座って体を預けてきた。
途端に、《女神イーレテゥス》が憑依したルチルケーイの身体から、温もりと共にこの上なく心地好い柔らかさが伝わってきた。それは、今まで嗅いだ事のない異性を刺激するような、不思議で魅力的な匂いだった。
危険を感じた僕は、咄嗟にその場から離れようとしたけど、意識とは逆に体が頑なに動こうとしない。それどころか、グイグイと引き寄せられてしまう。
うわ―――――っ!
なんだこれ!なんだこれ!なんなんだこれは―――――っ!!!
男の本能というべきものが、僕の中で一気にボルテージアップしていく。
「のう、どうじゃディケード。もっとルチルケーイと分かり合ってみんかえ。そなたが今そう思ったように、この娘は以前からずっとそうしたかったようじゃ。」
《女神イーレテゥス》はルチルケーイの身体を使って僕の顎を指先で持ち上げ、自分の方に向かせた。
《女神イーレテゥス》が憑依するルチルケーイの瞳を見た瞬間、僕は彼女の虜になってしまった。
僕のあれがパンパンに膨らんで、ルチルケーイが欲しくて欲しくて堪らなくなってしまった。
ああ、欲しい!その体を抱きしめて、僕のあれを爆発させたい!
僕は本能から溢れ出るパトスに流されるままに、ルチルケーイの身体を抱き締めた。
「ディケード!ディケード!ディケード―――――ッ!!!」
「「 ディケード! 」」
誰かが僕を呼んでいる。
でも、煩わしいとしか思わないんだ。
誰か知らないけど、僕の邪魔をしないでよ!
僕がルチルケーイとキスしようとした時、突然衝撃に襲われて二人は弾き飛ばされた。
「こんにゃろ―――――っ!!!お前なんかにディケードを絶対に渡すもんか―――――っ!!!」
ぼんやりする僕の目に飛び込んで来たのは、ルチルケーイに馬乗りになるトモウェイだった。
トモウェイは狂ったようにルチルケーイの顔面をグーで殴る。
「この女―――――っ!いつもいつもディケードに色目を使って誑かそうとして―――――っ!!!こんにゃろ!こんにゃろ!こんにゃろ―――――っ!」
「お、おい、止め…我を誰だと思って…こら小娘、止め…止めろ―――――っ!!!」
トモウェイのラッシュが止まらない。
トモウェイだって、ルチルケーイに女神が乗り移ってるのを知ってるはずなのに。なんで攻撃なんかしてるんだ?
慌ててダンファースとフィアンが止めに入った。
「トモウェイ、止めろ!」
「トモウェイ、気持ちは解るけど、相手は女神様なのよ!」
「うるさい!うるさい!うるさ―――――いっ!!この女はいつもわたしからディケードを奪おうとするのよ!こんな女、居なくなればいいのよ―――――っ!!!」
やばいよ、トモウェイが完全に切れちゃったよ……
トモウェイには《女神イーレテゥス》がルチルケーイにしか見えないみたいだ。
以前から二人はあまり仲が良くは見えなかったけど、殴るほど嫌ってるなんて、思ってもみなかったよ。
でも、なんだってこんな事になってるんだ?
ダメだ、頭がボーっとする。
「いい加減にせんか――――――――――っっっ!!!」
「あうっ!!!」
《女神イーレテゥス》が反撃に出て、トモウェイに強烈なビンタをお見舞いした。
激しく衝撃を受けたトモウェイは、その場に崩れ落ちた。
「「 トモウェイ! 」」
「……………」
トモウェイは、ボクサーのカウンターパンチをモロに食らったかのように、昇天して白目をむいている。
フィアンがトモウェイを起こそうとするが、まったく反応を見せない。
しかも、ビンタしたルチルケーイの体も気を失っているのか、ピクリとも動ない。
僕はボーっとそんな状況を見ていたけど、ダンファースにビンタされた。
「しっかりしろディケード!」
「っつう!」
強烈な痛みに、僕の意識がはっきりしてきた。
いったい、何があったんだ?
「《女神イーレテゥス》様の《魅了》にかかったのよ。」
「《魅了》?」
「そうよ、《女神イーレテゥス》様は気に入った相手がいたら、なんのかんのと言い包めて《魅了》を使って自分の虜にするのよ。そうやって浮名を流してる女神様よ。」
「そいつはヤベーな。ディケード、お前狙われたな。」
ええ―――――っ、それじゃあ、さっきの尤もらしい良い話は、そのための前振りだったって事なの―――?
もう、なんなんだよ―――、女の子も謎だけど、《女神イーレテゥス》はもっともっと謎だよ―――――っ!
もしかして、神様ってそういう存在なの?
《渡し守カトンロトーン》は散々僕たちに意地悪したけど、あれはどう見ても自分が楽しむためだったよね。《女神イーレテゥス》も自分の楽しみのために僕を利用してるのかな。
「きゃっ!」
僕が考え事に耽っていると、突然トモウェイが起き上がって、解放していたフィアンを跳ね飛ばした。
「やれやれ…やはり人間の身体を自由に動かすのはちと手間だのう。我がこんな小娘にやられるとは思わなんだわ。」
トモウェイはそう言いながら、自分の戦闘服についた埃を払い落としている。
「ふむ、こっちの身体はなかなか良いのう。鍛えられているのじゃな、きびきびと良く動く。同じ人間でも、随分と差があるものじゃ。」
「も、もしかして、《女神イーレテゥス》様ですか?」
「さようじゃ。あのままでは我の意識がどこかへ飛んで行きそうじゃったのでな、この小娘を気絶させて、身体に乗り移ったのじゃ。」
「それじゃあ、トモウェイはどうなったんですか?」
「なに、一時的にアバター接続を強制解除しただけじゃ。我が繋げ直せば直ぐ帰ってくるじゃろ。」
「そ、そうですか……」
酷い仕打ちだと思ったけど、あのままルチルケーイが殴られ続けるのも悲惨だし、しょうがないのかもね。
アバター接続の強制解除は、女神の権限としてたまに行われるみたいだけど、実際に見るのは初めてだ。
女神といっても人工知能で動くプログラムの塊みたいなものだ。そのため、侮って悪戯をしたり悪態をついたりと、敬意を失する行動をする者がいる。そういった者に対して、女神は罰を与える権限を有しているんだ。
だけど、トモウェイの身体に憑依したなら、ルチルケーイはどうなるんだろう?
「ルチルケーイなら、殴られたショックでさらに深く気を失ってしまったのじゃ。今しばらく目覚めぬだろうよ。それはアバターの方も同様じゃ。」
トモウェイに憑依した《女神イーレテゥス》は、ルチルケーイの体を抱き上げると、ガーデンテーブルの椅子に腰かけさせて、どこからともなく取り出したタオルケットをかけて休ませた。
そして、腫れ上がった顔や痣になった部分の治癒を行う。
「うむ、これで元通りじゃ。女の子じゃからのう、顔は念入りに治しておいたのじゃ。」
「ありがとうございます、《女神イーレテゥス》様。」
「元はといえば、我が魅力的すぎるのが問題じゃな、ふふん。」
そう言って自慢げに微笑むトモウェイの身体は、確かに魅力に満ちていた。
ルチルケーイの時と同様に、年上に見えるトモウェイは全身が女性の魅力に溢れていて、僕が夢想する理想の女性像そのままだった。
ちょっと微笑みを向けられただけで、心臓が早鐘のように鳴り響いてときめいてしまう。当然、あれが超ウルトラパンパンに膨れ上がっていた。
《女神イーレテゥス》には少し怒りを覚えていたけど、もうそんなのはどうでもいいかと思ってしまった。
僕の反応を見た《女神イーレテゥス》が妖しい笑みを浮かべた。
「ふふふ…やはり、ディケードはカワイイのう。摘まみ食いしたくなるのう。」
そう言うや否や、腕をかざしてパチンと指を鳴らした。
すると、行き成りベッドが現れて、それを囲う壁が形作られていった。
あっという間に部屋は完成して、僕と《女神イーレテゥス》の二人だけになった。
「そなたたちは、そちらでシッポリと楽しむがよいぞ。我からのプレゼントじゃ。」
「うわっ!」
「きゃあっ!」
《女神イーレテゥス》が向こうを向いて話しかける。
どうやら、ダンファースたちも部屋を与えられて、二人きりにされたようだ。
バタバタと慌てる様子が伝わってきたけど、それも直ぐに聞こえなくなった。
「どうじゃ、我の得意技じゃ。完全密室だからのう、防音も完璧じゃ。」
「あうう……」
僕は蛇に睨まれた蛙のようになってしまった。
でも、その状態が嫌じゃないと思っている自分が辛かった。
ヤバい、ヤバい、ヤバいよ………
《女神イーレテゥス》はトモウェイの身体で僕に近づいてきて、ベッドに誘うとそっとしなだれかかってきた。
ルチルケーイに乗り移った時と同様に、トモウェイが普段よりもずっと魅力的に見える。ずっと大人の女性になったトモウェイは、《魅了》がなくても、僕の男をこれでもかってくらいに刺激する。
紺碧のローブを脱ぐと、体形がはっきりと分かるボディスーツが現れる。
ふっくらと丸みを帯びた肉体に、5割増しとなった胸の膨らみが乗っている。ウェストの括れは以前のままで、そこからムッチリした腰への悩ましいラインが続いていた。
《女神イーレテゥス》は僕の身体をゆっくりと撫で回す。大人のトモウェイの身体でそれをされると、僕の意識が飛びそうになる。
もうどうにかなってしまいそうだけど、なんとか踏ん張って意識を逸らす。
素数だ!素数を数えるんだ!
「ディケードよ、そなたはなかなかモテるでないか。」
「そ、そうなんでしょうか…」
「このトモウェイにしても、ルチルケーイにしても、そなたを随分と好いておるようじゃ。男冥利に尽きるのう。」
「え―――――っ、本当ですか、それ!」
「なんじゃ、自覚しておらんのか。とんだ朴念仁じゃのう。そうでなければ、あれほど嫉妬してルチルケーイを殴らんだろうにのう。あの娘にしても、素直に好意を示しておったじゃろうにのう。」
そうなのか……やっぱり、ルチルケーイのあの態度は好意だったのか……
トモウェイはなんとなく、そうじゃないかなと期待してたけど、ああっ、やっぱり、そうなのか!
「しかし、ほんに女の嫉妬は恐ろしいのう。このトモウェイもそうじゃが、囚われた我を見に来た、《大地の女神テアースィン》様のあの笑顔は恐ろしかったからのう。マジでもらすかと思ったのじゃ。」
思い出してブルブル震える《女神イーレテゥス》だけど、僕はプルプル震える胸の膨らみに目が釘付けだった。
そんな僕を見て、《女神イーレテゥス》は口角を上げて深く微笑んだ。
「うむうむ、欲望に忠実な男子はカワイイのう。堪らんわ。
のう、ディケードよ。我と一戦楽しんでみんかのう?」
「へっ!?」
な、なに言ってんだ、この女神様!
「我も人間の身体で体験してみたいしのう。そなたもそのままでは辛いじゃろう。」
「ほ、本人の許可も無く、そんな事できる訳ないよっ!トモウェイの身体だよ!」
「それなら大丈夫じゃ。この身体の持ち主も、本心では望んでおるぞ。我にはこの娘の想いが解るでな。そなたからの誘いをずっと待っておるのじゃ。」
ほ、本当なの、それ?
トモウェイが僕との行為を望んでいる…
いや、それは女神の嘘だ。僕を騙して楽しもうとしてるんだ。
ああ!でも!だけど!くうう―――――っ!!!
「ふふふふふ……体は正直だのう。我慢は身体に悪いぞよ。」
《女神イーレテゥス》が愉快そうに僕を見つめる。
僕は悶えながら悩み苦しむ。
ああっ―――………正直に言えば、したい!したくてしたくて堪らない!!
でも、だけど……ここで本当にしてしまったら、僕は僕でいられなくなるような気がするんだ!
何より、トモウェイに申し訳ないよ。
自分の知らないところで初めてを散らしてしまうなんて、絶対に許されないよ!
女の子にとって、一番大切な初めてだよ!
……初めて…だよね……………
そ、それにさ、一時の気の迷いでしてしまって、妊娠なんかしたらしたらどうするのさ!
僕はカトンロトーンに【子孫繁栄の祝福】を受けているんだよ。絶対に妊娠しちゃうよ!
「何を言っているんだ、そなたは。そもそもアバターは妊娠できるように作られてないじゃろう。」
「えっ、えっ……あっ………そ、そういえば、そうだった!」
散々思い悩む僕を、《女神イーレテゥス》は呆れたように見ながら指摘する。
そうだよ。その通りだ。
僕はカトンロトーンの言葉に踊らされて、基本的な事すら忘れていたよ!
そうだよ、妊娠なんて、まずはこの惑星でアバターによる長期滞在のデータを取ってからの話だよ。その惑星が持つ固有環境に適応できるのかどうか、まだそれを試してる期間じゃないか。それまでは妊娠できないように肉体処理してるんだったよ。
えええ――――――――――っっっ!!!
「そ、それじゃあ、直ぐにあれが大きくなったり小さくなったりするようになったのはなんでなの?」
「それは、思春期特有の症状じゃ。なにせ、そなたの年齢は人生の中で性欲がピークにあるからのう。その年頃は、ちょっとした刺激にも反応してしまうもんなんじゃ。健康な証拠じゃよ。」
《女神イーレテゥス》は少し呆れたように笑いながら、親切に教えてくれた。
僕がこの惑星でアバターを使用し始めて丁度一年くらいになるけど、本星で使用しているアバターとは、作りにかなりの差異がある。
一番大きな違いは《フィールド》を使うための脳の構造だけど、他にも生殖器とそれに付随して働く部位が相当する。
本星のアバターは、ある程度健常だった時代の遺伝子を使用して、復元した肉体に自分の遺伝子を加えて使用している。それに対して、惑星ナチュアで使用するアバターは、この星の原人をベースにしている。
アバターを乗り替えた際に、その差異の分がオリジナルの本体の脳に負荷がかかってしまう。それをアバター内の脳に組み込まれたシステムによって、ソフトウエア的に処理している訳だ。
だけど、何度も乗り換えを繰り返していくうちに、脳への負荷が小さくなっていく。いわゆる、馴染むためで、オリジナルの脳内でもその負荷を吸収するためのネットワークが形成されていく。
それによって、衰えていた機能が目覚め始めたのだという。
要するに、自然の身体の状態に近づいているという訳だ。
「昔々、文明があまり発達してなかった頃の男の子は、誰もがそれが当たり前だったんじゃよ。その性欲があるからこそ、人類は世代を超えて生命を受け継いできたんじゃ。」
いつの間にか、妖艶なトモウェイから教師モードに切り替わったトモウェイが、僕に講義をしてくれた。
「しかしのう、ふふふ…【子孫繁栄の祝福】か、言い得て妙じゃのう。カトンロトーンめ、旨い事を言うのう。」
クックと笑うと、《女神イーレテゥス》は僕の身体をベッドに押し倒して、自身は下に潜り込んだ。そして、僕の体を抱き締める。
うわわわぁぁぁ――――――――――っっっ!!!
これって、この体勢って『正常位』だ―――――――――っっっ!!!
ヤバいよ!ヤバいよ!これはマジでヤバいよ――――――――――っっっ!!!
「ふふふ、この重み、実に心地好いのう。女の幸せを感じるのじゃ。」
「あう、あう、あう…………!!!」
「そう焦るでない、ただ体が重なっただけじゃろうが。」
やっちゃうの!僕、本当にこのままやっちゃうの!
ヤバいよ――――――――――っっっ!!!
「さて、そろそろ時間だのう、顕現石が直ったようじゃ。
それに、小娘がいろいろと呼びかけて来ておる。悪ふざけはここまでにしておこうかのう。」
言い終えると同時に、トモウェイの身体が脱力して、抜け殻のようになった。
そして次の瞬間、目を開けたトモウェイは、少女に戻ったいつもの彼女だった。
僕たちは、これ以上ない程の距離で見つめ合っていた。
トモウェイの目がこれ以上ない程に見開かれる。
「ひゃあああぁぁぁ――――――――――っっっ!!!
な、ななな…なんなのよ、この状況は――――――――――っっっ!!!」
「ご、ごめん!」
僕は慌ててトモウェイの体の上から退けようとしたけど、トモウェイは僕を掴んで離さなかった。
「いや!、行かないで!」
「えっ!?」
トモウェイは縋りつくように僕を抱き締める。
その顔は本当に辛そうだ。
「アバター接続を切られた時、一人で闇の中に取り残されて、凄く怖かった。もう、誰も助けに来てくれないんじゃないかって思ったわ……」
「そうだったんだ……」
「でも、《女神イーレテゥス》様はディケードとのやり取りを見せてくれたの。」
トモウェイの表情が明るくなっていく。
「ディケード、頑張ってくれたのね。《女神イーレテゥス》様の誘惑に抗っているシーンは、必死に応援しちゃったわ。
そして、もしかしてしちゃうのって心配になったけど、ディケード、最後までわたしの心配をしてくれたのね。嬉しかったわ。」
「そ、そんなの当然だよ。トモウェイは僕にとって一番大切な人だからね。」
「ディケード!」
僕の言葉に、トモウェイが喜びを表して抱き付く。
僕もトモウェイを抱き締めて喜んだ。
トモウェイって、こんなに柔らかくて華奢だったんだ。
さっきまでの感触とはまるで違う。同じ人間のはずなのに、本当に不思議だ。
でも、僕はやっぱりこのトモウェイが好きだ。
いつもの、幼いころから知っているトモウェイが好きなんだ。
僕がトモウェイを見つめると、トモウェイも僕を見つめ返す。
お互いの息がかかるほど近くて、ちょっと唇を前に突き出せばキスできちゃいそうだよ。
うわわわぁぁぁ――――――――――っっっ!!!
変に事意識しちゃったら、大きくなっちゃったよ。せっかく、治りかけていたのに。
「………………」
「………………ゴメン。」
当然、トモウェイだって気づくよね。僕はトモウェイの上になってるんだからね。
僕がもう一度、トモウェイから降りようとしたけど、トモウェイは僕を抱き締めたまま離さない。
「いいよ、しても。」
「へっ!?」
「ディケードが望むなら、わたしはいいよ。」
顔を真っ赤にしながら、トモウェイが囁く。
僕は、今が本当に現実なのかと思ってしまった。
「さっき、フィアンから聞いたけど、男の子ってそうなると凄く辛いんでしょう。ディケード、わたしに魅力を感じてくれてるんだよね。
だからいいの、ディケードが望むなら、わたしはいいの………」
ウソみたいだけど、トモウェイの気持ちは本当のようだ。
「トモウェイ。本当に………本当にいいの?」
「いいよ。だって、あの女に、ルチルケーイにディケードを取られたくない!ディケードはわたしだけのものでいて欲しいの!だから、して……」
「トモウェイ………」
トモウェイはじっと目を閉じて、僕を受け入れる準備をしている。
身体が小刻みに震えて、決心に満ちた表情をしている。
でも、その顔はけっして嬉しそうには見えなかった。
僕の想いは冷めていった。
「トモウェイ、僕は君が好きだ。」
「ディケード!嬉しい。わたしも、わたしもディケードが好き。」
「だから、君とはできない。」
「えっ!………なんで…なんでなの………もしかして、あの女がいいの?」
僕の告白に、顔を輝かせたトモウェイだけど、次の言葉で驚きの表情に変わった。
僕は深呼吸をして自分を落ち着かせる。
そして、その訳を告げる。
「違うよ、僕はトモウェイとしたいよ。」
「だったら…」
「でも、僕がしたいのは、他の女に嫉妬したトモウェイじゃなくて、僕としたいって純粋に思ってくれるトモウェイなんだ。」
「……………」
トモウェイは僕の目を見つめながら、ゆっくりと自分の中で僕の言葉を咀嚼している。
「僕たちは今お互いの気持ちを確認したけど、まだ付き合ってもいないんだよ。それなのに、行き成りしちゃうのって、やっぱりおかしいよ。」
「ディケード………」
「僕はトモウェイがとても大切で、いつまでも仲良くしていたいんだ。だからさ、二人でデートしたり、もっとこのゲームを一緒に楽しんだりしてさ、もっともっとお互いを深く理解し合いたいんだ。」
「うん、うん……」
僕は体を少し持ち上げて、トモウェイの顔がちゃんと見えるようにした。
トモウェイの表情がゆっくりと喜びへと変わっていくのが判る。
「そしてさ、納得できるその時がきたら、二人で一つになろうよ。」
「あぁ、わたしも…わたしもそう思うわ。」
暫くお互いに見つめ合っていたら、目に一杯涙を溜めたトモウェイが、感極まったように抱き着いてきた。
「嬉しい!嬉しいよぉっ!ディケードォ―――――っ!大好き!!!」
「僕も好きだよ、トモウェイ!」
僕たちは強く強く、とても強く抱きしめあった。
それこそ、息ができないくらいに。
トモウェイが僕を好きでいてくれる。心が通い合った事がお互いに理解できる。こんなに嬉しくて幸せな事ってあるんだと、僕は、強く強く、とても強く実感した。
ふう~………
だけど…
感極まったのは心だけでなく、それは体も同じだった。
思いっきり欲望を溜めに溜めて我慢していたあれが、限界を超えて、ついに弾けてしまった。
「あ…あぁっ……………あひゅん!!!」
僕はまた、トモウェイに抱かれながら粗相をしてしまった。
ビックンビックン体を震わせる僕を、トモウェイはじっと抱き締めてくれる。
「……………」
「……………」
さすがに二度目となると、トモウェイも何が起きたのか理解できただろう。
僕はいたたまれない気持ちになって、トモウェイから離れようとした。
でも、トモウェイは僕をしっかりと抱き締めて離さない。
「…あ、あの………ごめん……」
「いいよ、気にしないで。男の子だもん、しょうがないのよね。」
「…う、うん…まあ、そう…なんだけど…ね………」
僕はなんて答えていいのか分からなくて、取り敢えず相槌を打った。結局、正直に答えるしかなかったけど、トモウェイは凄く嬉しそうだ。幸せそうだと言ってもいいくらいだ。
なんでだ、気持ち悪くないのかな……
「ディケード、わたしで感じてくれたんだもん…なんか、恥ずかしいけど、凄く嬉しいの。」
「そ、そうなんだ……ありがとう。」
自然と感謝の言葉が出た。
人生で一位二位を争うくらい恥ずかしい事をしてしまったのに、それをトモウェイは喜んで受け入れてくれた。
凄く嬉しくて、涙が溢れてきた。
トモウェイが、指先で流れた涙をぬぐってくれる。
「ディケード、好きよ。」
「僕もだよ、トモウェイ。」
凄いよね、人を、女の子を好きになるのって。
こうやって、お互いのいろんな面を受け入れて、僕たちの関係は深まっていくんだろうね。
ずっとずっと、この気持ちを大切にして、僕はトモウェイを想い続けるよ。
できるなら、今しばらくこのままトモウェイの温もりを感じていたい。
「あのさ、もう少しこのままでいていいかな?」
「いいよ。わたしもそうしていたいもの。」
「それはちと、困るんじゃがのう…」
突然の声に、僕たちは腰が抜けるほど驚いた。
慌てて声がした方に振り向くと、《女神イーレテゥス》と共にダンファースとフィアンが居た。
《女神イーレテゥス》は顕現石が直ったお陰で、本来の女神の姿をしている。
性愛を司る女神だけに、その姿は今まで見たどんなセクシー女優も敵わない妖艶なムードを醸し出していた。
でも、今はちょっと困った顔をしている。それでもセクシーに見えるので、女神様は凄いと思ってしまう。
《女神イーレテゥス》とは対照的に、ダンファースとフィアンはこの上なく、ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「な、ななななな…なんで居るんだよ!」
「そ、そそそそそ…そうよ、なんで二人とも居るよの!」
「なんでって、周りを見て見ろよ。」
「そうよ、とっくの前に部屋は撤去されたわよ。」
確かに、部屋は無くなって、周りが見通せるようになっていた。
僕たちはお互いに夢中になるあまり、全く気付かなかったんだ。
ニヤニヤニヤニヤ………ニヤニヤニヤニヤ………
二人は死にそうなくらい楽しそうにニヤついている。
「いやぁ、いいもん見させて貰ったぜ―――っ!」
「最高のカップル誕生の瞬間だったわね♪♪♪」
「……………」
「……………」
二人の言葉に絶句する。
「うわあああああぁぁぁ――――――――――っっっ!!!」
「いやあああああぁぁぁ――――――――――っっっ!!!」
穴があったら入れたい……じゃなくて、穴があったら入りたい、だ!!!
僕とトモウェイは、恥ずかしくてしばらく泣いた。
僕とトモウェイがある程度落ち着くと、《女神イーレテゥス》は僕たちをガーデンテーブルに案内した。
そこには、ルチルケーイが気を失ったまま座っている。
《女神イーレテゥス》は僕たちに告げる。
「さてと、いい加減我が抑えておくのも限界じゃ。その娘が目を覚ますでな。
その時にそなたたちがくっついていたら、ちと酷であろう。」
確かにその通りだと思った。
正直なところ、僕は今の今までルチルケーイの事はすっかり失念していた。
ルチルケーイが本当に僕の事を好きなのかは判らないけど、ある種の好意を寄せているのは確かだしね。
考えてみれば、ルチルケーイは随分と大変な事態になっている。
元々気を失っていたのに、女神に身体を乗っ取られて、その上トモウェイに殴られて更に酷い状態になるという、悲惨な状態だったルチルケーイ。
それに加えて、僕たちカップルの状態を見たらどう思うのか。想像すると言葉も無いよ。
ただ、悲惨だった状態を、気を失って本人が知らないのは僥倖だったと思う。
《女神イーレテゥス》はいろいろと僕をからかって楽しんだみたいだけど、結果的には親切に接してくれている。
ルチルケーイが目覚めるにあたって、怪我も治してくれたのは勿論、僕の粗相の痕も奇麗にしてくれた。さすが女神様だ。
今日の僕のパンツの中は死ぬほど忙しいよ。
ようやく、ルチルケーイが目を覚ました。
起き上がって周りをキョロキョロ見ている。
「あれ、わたし、どうなったんだっけ……」
「ルチルケーイ、君の頑張りのお陰で、【ザツティンペンズ】を倒して、《女神イーレテゥス》様を開放できたよ。」
「うんうん。」
「そうよ、凄かったわ、ルチルケーイ。」
「皆、君に感謝してるぜ。」
「ほえ~、そうなの?」
いまいち状況を掴めなくてポヤ~っとしてるけど、まあ、いつものルチルケーイといえばルチルケーイだよ。うん。
《女神イーレテゥス》がルチルケーイの前に進み出る。
「よくやったな、ルチルケーイ。我はこうして無事に解放された。」
「《女神イーレテゥス》様……ですか?」
「いかにも、我は《イーレテゥス》じゃ。そなたには感謝しておるぞ。」
「は、はい、ありがとうございます。」
《女神イーレテゥス》は、ルチルケーイに感謝の儀を済ますと、僕たち全員に向き合った。
「うむ、本当の意味で全員揃ったのじゃ。それでは改めて、我を開放してくれた事、嬉しく思う。感謝の印として、これを贈ろうぞ。」
《女神イーレテゥス》がパチンと指を慣らすと、一陣の風が吹いて、永遠の命の樹が揺れた。
すると、僕の手の上に黄金の果実が一つ落ちてきた。
「「「「「 うわ―――――っ! 」」」」」
代わる代わる皆で黄金の果実を回しながら見たり触ったりする。
それは金で出来ているのに、柔らかくて普通のフルーツと同じ感じがする。
これが神々の永遠の若さを保つ妙薬の元となるのか。
「そのまま食べてはいかんぞ。猛毒なのでな。」
皆が驚いて、手を放して落としそうになってしまった。
「危なかったのう。落ちれば終わりじゃ。
それを街に持って行って売れば、莫大な金額になるのじゃ。そなたたちの今回の戦いで消耗した武器も防具も、全て一新しても釣りがくるじゃろう。」
《女神イーレテゥス》は僕を見つめる。
「ディケードの新しいアバターを作る料金の足しになるだろうよ。」
「ありがとうございます、《女神イーレテゥス》様。」
次に、《女神イーレテゥス》はルチルケーイを見る。
「ルチルケーイ、そなたには個人的に世話になったからのう。特別に褒美を与えようぞ。何を望むかのう?」
「ええっ、そうなんですか?それじゃあ、ディケードをわたしの恋人にしてください。」
「ええっ!」
「な、何言ってんのよ、この女!」
ルチルケーイにはビックリだよ。即答でそれなの!
本当に僕の事が好きなのかな。
《女神イーレテゥス》はキョトンとした後に、大声を上げて笑い出した。
う~ん、凄いね。あんな風に笑ってもセクシーなんだね。
「あっはっはっはっはっは……それはさすがに無理じゃのう。女神と言えど、人間の心は変えられないからのう。」
「そうですか、残念です………」
残念ですという割に、本当に残念そうに感じないのは気のせいなのかな。
ルチルケーイは暫く考えてから、次の答えを出した。
「それじゃあ、ディケードのパンツがいいです。」
「ええ―――――っっっ!!!」
「ちょっ!この変態女!今度は何言いだすのよ!」
「うええぇぇ………いやぁ!」
「見たくねーし、関わりたくねーよ。」
恋人の次がパンツなの!
本当に何を考えてるのさ。
謎というより、不思議ちゃんだよ。
フィアンやダンファースの反応が普通だよね。
だけど、そこは性愛を司る女神様だよ。普通に対応しちゃうんだね。
「成程のう、あいわかった。少し待て。」
女神が手を翳すと、僕の下腹部がスース―した。
パンツの中を綺麗に出来るだけあって、パンツを奪い取るのはお手のものらしい。まあ、転送したんだよね。
次の瞬間、ルチルケーイの手には僕のパンツが握られていた。
「うわあぁ―――――っ♪女神様、ありがとうございます!」
「うむ、良きに計らえ。」
凄く喜ぶルチルケーイと、それを見て満足そうに頷く《女神イーレテゥス》。
なんなの!なんなのこの構図は!おかしいよね。絶対におかしいよ。
トモウェイが凄い勢いで《女神イーレテゥス》に詰め寄った。
「女神様!そんなのないわ!!」
「そなたは実をとったのだ。側をくれてやるは情けじゃ。」
「ぐっ、………ぐぐぐぐぐ……………」
抗議するトモウェイに、女神は楽しそうに道理を説いてみせる。
わたしだって欲しいのに………そう小さく声が漏れたような気がしたけど、そんなの貰ってどうするのさ。
僕だったら、トモウェイのパンティなんて……………………凄く欲しい!
ガヤガヤと騒ぐ僕たちを、《女神イーレテゥス》は名残惜しそうに見つめる。
「そろそろ時間じゃ。我が解放されて、この『女神の領域』は間もなく閉じられる。そなたたちとは、これでお別れじゃ。
そなたたちには感謝しておるのじゃ。それではな。」
女神の言葉が終わると同時に、僕たちはロマニの町はずれにある、『女神シュリームの庭』に立っていた。
あまりにも早い展開に、僕たちは唖然としてしまった。
まるで、今さっきの事など現実だったのかと思わせる程だった。
「よくぞ《女神イーレテゥス》様を解放してくれた。そなたたちには心からの感謝を。」
《女神シュリーム》が現れて、僕たちに感謝の意を示した。
《女神シュリーム》が手を翳すと、僕たちの腕輪には【女神の祝福】として、新たな機能がインストールされた。
一通り儀式が終わると、トモウェイとルチルケーイが揉め始めた。
「ねえ、ルチルケーイ、そのパンツ返して貰えないかな。」
「嫌、これは女神様に貰った感謝の証しだもの。」
「でも、股間がスース―するんだけど。」
「でも、わたしだって後でスース―するのよ。」
この言葉に全員がドン引きする。
さすがに僕も引くよ。それを言っちゃうんだ……
僕の反応を見て、さすがに不味いと思ったのか、ルチルケーイが条件を出してきた。
「じゃあ、今度わたしの街でデートしてくれたら、返してもいいよ。」
「え、それは…」
「ダメ―――――っ!絶対にダメ―――――っっっ!!!」
「トモウェイ、あなたには訊いてないわよ。」
「それでも、ダメなの―――――っっっ!!!」
スキンシップが文化とか言ってる自治区でデートなんて、ヤバいよね。
フワンフワンでマロンマロンな物体にいつも触れていたら、きっとおかしくなってフラフラ~~~っと心まで持っていかれそうだよ。
結局、僕もトモウェイもパンツは諦めて、ルチルケーイとは別れた。
ダンファースとフィアンはやってらんねーって言って、さっさと行ってしまったよ。
まあ、そこまでは良かったんだけどさ。
突然、僕の全身に激痛が走ったんだ。
僕は地面を転げ回って苦しんだ。
「ぎゃあああぁぁぁ――――――――――っっっ!!!」
「ディケード!」
「ディケード!」
そうだよ、忘れてたよ。
【女神の領域】を出たら、修復された僕の身体は再びボロボロになってしまうんだったよ………
《女神イーレテゥス》、酷いよ。せめてリンケージカプセルの有る所までは持つようにして欲しかったよ……………
僕は意識を失った。
こうして、僕たちの『悲哀のダンジョン』攻略は終わった。
☆ ☆ ☆
後日、僕はリンケージカプセルの中で目覚めた。
ここは本星にある、僕の自室だ。
いつもの朝の目覚めだけど、今までと変わった事がある。
それは、こっち側のアバターであれが大きくなるようになった事だ。
これってすごい事だよね。
これで遅まきながら、本当の意味で『新人類』に僕もなったんだ。
そして、それはトモウェイも同じだ。彼女のアバターも初潮を迎えたんだ。
これで、僕たちはその気になれば自然と子供だって作れるようになったんだ。
本当に、本当にこれは凄い事だよ。
父さんも母さんも、お爺さんも、凄い豪華なお祝いをしてくれたんだ。
父さんと母さんは、僕に新しいアバターを作ってくれると約束したんだ。
新型のプロトタイプだそうだ。
今までの物とは性能が段違いだと言うから、楽しみでしょうがないよ。
お爺さんはさ……そのなんていうの……大昔の発禁版の妖しいディスクをくれたんだ。母さんには秘密だぞって言ってさ。
ちょっと見たけど、凄すぎだよ。思わず鼻血が出そうになったよ。
お爺さんも、男なんだなって見直したよ。
トモウェイとの関係だけどさ、まだそういった関係にはなってないんだ。
今は映画を見たりゲームをしたりしてさ、いろいろとデートしながら仲を親密にしてる感じかな。
でも、その日は近いような気がするんだ。
だってさ、最近のトモウェイは日増しに積極的になっていくんだ。
目覚めちゃったのかな……
今日は、おっきくなるところを見せて!なんて迫られたよ。
困っちゃうよ……ね。
恥ずかしいけどさ……………
でもさ………
だけどさ……
う~ん…
まあ、一歩一歩前進していってるよね。
それに、僕もいろいろと覚え始めたんだ。
ダンファースが教えてくれた、『あれを鎮める方法』だけど、凄い効果だよね。
とっても気持ち良いしさ……
すっかり日課になっちゃったんだ。
ああ、僕は性欲に目覚めちゃったよ!
END
読んでいただき、ありがとうございます。
感想や誤字脱字を知らせていただけるとありがたいです。




