M-2 性欲の目覚め -後編-上
囚われの身となった《女神イーレテゥス》を救出解放するために、ダンジョンの最下層にある【挑戦の扉】を開いて、僕たちはボスモンスターに戦いを挑んだ。
そこで待っていたのは、自身の体に《女神イーレテゥス》の顕現石を括り付けて監禁する、大蜈蚣の【ザツティンペンズ】だった。そのモンスターはゆうに100ナーグ(100m)を越える巨体で僕たちを圧倒した。
初見殺しの攻撃を辛うじて防いだ僕たちだけど、怪我の功名で討伐手段が見えてきた。
【ザツティンペンズ】の触角による鞭のような攻撃で遠くに飛ばされてしまった僕だけど、それを追いかけてきたトモウェイとルチルケーイと合流して、三人でダンファースとフィアンが居る場所へ向かった。ボスモンスターの巨体から繰り出される攻撃は圧倒的で、僕たちが離れ離れになっているのは危険極まりない。
ダンファースとフィアンの連携攻撃を受けて退いたかに見えた【ザツティンペンズ】だけど、そいつは体の関節となる節と節の間を縮めただけで、左程さがっていなかった。
蜈蚣は脚の多さが一番の特徴だけど、その割に後進できないという不器用さを持っている。それは【ザツティンペンズ】にも当てはまるようだ。
だとするなら、大樹の永遠の命の樹に曳航肢を巻き付けている【ザツティンペンズ】は、体がほぼ伸びきった状態なので、横へ動く事しかできないはずだ。
さっきは触角が伸びてきて攻撃を食らったけど、見たところ伸びても倍の20ナーグくらいだ。その攻撃範囲外から魔法による遠距離攻撃をかければ、徐々にではあるけど弱体化できるはずだ。
とは言っても、あの巨体は驚異だ。僕たちの体力が尽きる方が早いかもしれない。
やはり、先ずはあの触角をなんとかしないとダメだと思う。
あの鞭のような攻撃もそうだけど、それよりも《フィールド》を自在に扱っているのがあの触角の一番の特徴だ。
ダンファースたちが一部を破壊したために、《フィールド》が大きく揺らいだのが何よりの証拠だ。片方の《フィールド》が明らかに弱まっているからね。
ダンファースたちと合流を急いだ僕たちだけど、その前に【ザツティンペンズ】が反撃に出た。触角を削られたのがよほど悔しかったのかもしれない。
【ザツティンペンズ】が体の前部を持ち上げて大きく吠えた。
「ボオオオオォォォォォ―――――ンンンンン!!!!!」
それと同時に、口の周りにある毒爪から毒を噴き出して巻き散らかした。
雨のように降ってくる紫色の毒を盾で受けながら、ダンファースとフィアンが慌てて後退するのが見える。
蜈蚣が吠えるのにはびっくりしたけど、毒液が噴出するのにも驚いた。やはり攻撃面では図体がデカくなっただけではないようだ。
ダンファースの盾が煙を出しているので、毒が触れたところが侵食されてるのだろう。
突然、フィアンが狂ったように魔法を連発しだして、ダンファースが慌ててる。
「フィアン、ドレスに毒をかけられたのね。あの子、ドレスを汚されると怒り狂うから。」
「そうだね、あのフィアンが理性を失うのって、それしかないよね。」
「ひえぇ、なんか怖―――――い!」
実年齢よりもずっと大人を感じさせるフィアンだけど、かなり潔癖症気味のところがある。ファッションには人一倍気をつかう女の子なので、衣装を汚されるのをなにより嫌う。
で、実際に汚されると、キレて狂ったように相手を攻撃する。割とヤバい女の子だったりする。
『《スーパーブースト》!!!』
「ウソだろう!」
「ちょっ!フィアン何やってんの!?」
「えええぇぇぇ――――――――――っ!」
ここで《スーパーブースト》を発動させるなんて、マジかよ……
《スーパーブースト》は一日に一度しか使えないんだぞ。《ブースト》の更に上位のフィールド能力向上システムだ。使った後の身体疲労が著しいので、ここぞという時の切り札として使用するのがセオリーなのに………
それだけドレスを汚されてムカついたんだろうけどさ、ダンファースが宥めてるけど、聞こえてないよね、あれ。
女の子の生態は本当に不思議だよね。
それでも、フィアンが持ちうるあらゆる魔法を《スーパーブースト》を使って放ったお陰で、【ザツティンペンズ】の片目は潰せたようだ。
凄い事は凄いよね。あの強固な《フィールドウォール》を突破して被害を与えたんだからね。蜈蚣はあまり目が見えないっていうけどさ、あの【ザツティンペンズ】に限っては当てはまるとも思えないしね。
でも、やはり最初にあの触角をどうにかしないと不味いよ。
今のフィアンの攻撃でも確認できたけど、あの触角が《フィールド》操作をしてるのは間違いない。あれを潰してしまえば、《フィールドウォール》にしても《フィールド》を使った攻撃にしても、格段に威力が落ちるはずだよ。
片目を潰されたためか、頭部を戦慄かせながら【ザツティンペンズ】は体を激しくくねらせる。
それと同時に、触角にエネルギーが集約されていくのを感じる。何か大技を繰り出すのだろうか。
「気をつけろ!何か仕掛けてくるぞ!!!」
「「 了解! 」」
一緒にいるトモウェイとルチルケーイに警告を発するとともに、腕輪を使ってダンファースとフィアンにも通信する。
外部からの通信はジャミングされているけど、幸いにも、このバトルフィールド上では通じるようだ。戦闘中は常時回線を開いておくのが基本だからね。
通信を受け取ったダンファースはフィアンの手を引いて、【ザツティンペンズ】を警戒しながら後退する。
ほんの一瞬、【ザツティンペンズ】の《フィールドウォール》が消失した。
その瞬間、そいつの重すぎる自重によって脚の多くが地面に沈み込んだ。
が、力強く大地を蹴って体の半分程を浮き上がらせると、そのまま大きく体を捻って僕たちに背を向けるように後ろ向きになった。
そして、【ザツティンペンズ】は溜め込んだエネルギーを、《フィールド》を束ねた強烈なビームとして触角から一気に放出した。
その《フィールドビーム》は、後方の大樹の永遠の命の樹を掠めながらバトルフィールドを囲う岩山の山頂に当たった。
しかも、【ザツティンペンズ】の頭部が円を描くように体を移動させるので、岩山のほとんどの稜線が《フィールドビーム》の標的となった。当たらなかったのは、【ザツティンペンズ】の触角と大樹の直線状にある部分だけだった。
ほぼほぼ一回転した《フィールドビーム》は、岩山の頂部分を破壊して全方位に土石流を発生させた。
大きな岩を伴って大量の土砂が僕たちに迫って来る。しかも、さっきから至る所で降っている雨や雹のせいで、滑りやすくなっている地面は土砂を加速させていく。ある意味、これは【ザツティンペンズ】の体当たりよりも強烈だ。
「不味い、これはやばいぞ!!!」
「ど、どうすればいいの?」
「いや―――――っっっ!!!」
『逃げ場が無いぞっ!!!』
『ご、ごめんなさ―――い!わたしのせいで―――――っっっ!!!』
左右と後方から津波のように押し寄せる大量の土石流に対して、僕たちは為す術なく立ち尽くす。
通信で聞こえるダンファースの言う通り、僕たちに逃げ場は無い。
フィアンは【ザツティンペンズ】を怒らせた自分のせいだと思っているみたいだけど、それは関係ないだろう。どのみち、この攻撃は行われていたはずだ。
僕たちは《ブースト》を使えば一時的に上空へ逃れられるけど、それでも岩山へ到達できるほど跳べる訳じゃない。いずれは力尽きて土石流に巻き込まれてしまう。《スーパーブ―スト》なら可能だけど、ルチルケーイはまだ使えない。
ダンファースたちに至っては、《スーパーブースト》を使ったせいでそれもできない。しかも、疲労のために動きが緩慢だ。このままでは僕たちより先に土石流に巻き込まれてしまうぞ。
あと残っているのは、【ザツティンペンズ】の懐へ飛び込む事だけだ。
ちくしょう、奴はそれが狙いなんだ。自分の攻撃範囲外を土石流で覆い尽くして逃げ場を無くし、攻撃範囲内へ誘き寄せて嬲り殺しにするつもりだろう。
奴の攻撃範囲外に岩が点在していたのはそういう事だったんだ。遥か昔に、神話の世界で戦った英雄テアクリンシスとの戦場痕をイメージデザインしながら、戦いのヒントになっていたんだ。
でも、どうする?
《スーパーブ―スト》を使えば、ダンファースとフィアンを担いで《アクセル》で土石流から逃げられるけど、それでも逃げられるのは奴の懐だけだ。旨く脇を擦り抜けながら湖まで行ければなんとかなるのか?
でも、それだとアレが使えなくなる………
そんな僕の不安を払拭するように、トモウェイが力強く宣言する。
「ディケードは攻撃に専念して。フィアンたちはわたしたちが助けるわ!」
「トモウェイ。」
「わ、わたしも…なの?」
「そうよ!」
トモウェイが真っ直ぐに僕を見つめて頷く。
そこには、僕への信頼が見て取れた。
「分かった!ダンファースたちを頼むよ。」
僕も、トモウェイを真っ直ぐ見つめて頷く。
ここで女の子の期待に応えられないようじゃ、男じゃないよね!
気合を入れると、アドレナリンが一気に噴き出して全身を熱くする。
【ザツティンペンズ】に向けて走り出した僕は、自分の足を加速する。
「《フットアクセル》!」
遠ざかる僕を見つめるトモウェイとルチルケーイの会話が通信越しに聞こえる。
『はぁ~、やっぱりディケードって、良いわぁ。あの真っ直ぐな眼差しが好いのよねぇ。』
『……フ、フン…それに関しては同意するわ。』
『絶対に恋人にしなくっちゃ、だわ!』
『そんなの、ダメに決まってるでしょう!』
『ええ―――っ、なんでトモウェイが決めるの?あなた、ディケードの恋人じゃないわよね。』
『っつ!それ…は………』
『ディケードったら、いつもわたしの胸を見てるんだよね。視線を感じるの。』
『くっ!……』
なんだよ!こんな時に二人でなんの話をしてんだよ!
そんなの後回しだろう!
って、そうか、やっぱりルチルケーイは僕の事が好きなのかな……
トモウェイは僕の事どう思ってるんだろう……
って、違うって!今は戦いが優先だろう!
どうしてルチルケーイはこうなんだ!?謎すぎるよ!
『そ、そんなのどうでもいいじゃない!フィアンたちを救うのよ!』
『う、うん、そうだったね。』
そうだよ。それが二人のするべき事なんだよ!
トモウェイのため息が聞こえる。
『トモウェイ、集中よ!』
おっ、自分を励ます時の癖が出たね。
トモウェイの良いところはそこだよね。
熱くなりやすくて感情に流される部分があるけど、ここぞって時にはこうやって呟きながら、自分を励まして冷静になれるんだよね。
僕がチラリと振り返ると、トモウェイは火と風の《魔法杖ヴォルカナー》を空に向けて掲げるのが見えた。
『さあ、やるわよわたし。《スーパーブ―スト》発動!』
トモウェイの《フィールド》が爆発的に広がって、ちょっとしたつむじ風が発生する。これは彼女が風の属性を持っているためだ。自身が纏っている紺碧のローブと三角帽子を激しくはためかせる。
普段は足の先までスッポリと覆っているローブが、時折捲れ上がって太腿を露わにしていた。
いっぽうで、その煽りを食らった小悪魔ルックのルチルケーイは、ミニスカートがこれ以上ない程に捲れ上がって、セクシーTバックを全開にしていた。そして、胸元が大きく開いたドレスは、今にも巨乳が飛び出しそうになっていた。
『イヤッ―――――ンンン!なんなの―――――っ!!!』
『《アクセル》全開!』
必死に胸とパンティを隠そうとするルチルケーイを無視してその身体を担ぐと、トモウェイはダンファースとフィアンが居る所へと猛ダッシュした。
『ダンファース、フィアンを抱えて盾を下に構えて《フィールドウォール》を全開にして!フィアンは《ディープシー・シールド》を全力で!』
『『 了解! 』』
『ルチルケーイはわたしが魔法を放ったら、《ブースト》を発動して《ロックウォール》最大出力よ!』
『わ、解んないけど、分かったわ!』
『皆、ここが踏ん張りどころよ、頑張って!』
ルチルケーイを担いだまま、約200ナーグの距離を数瞬で詰めたトモウェイは、次々と指示を出していく。
ダンファースたちは阿吽の呼吸で応える。
ルチルケーイはいまいち着いて来れずにワタワタしているが、トモウェイが有無を言わせず従わせる。
土石流の先端が直ぐそばまで迫っているので、僅かな躊躇いが命取りとなる。
『行っけ―――――っ!《ハイパー・ファイヤートルネード》!!!』
トモウェイの呪文に応えて、火と風の《魔法杖ヴォルカナー》が必殺技を放つ。
本来、《ファイヤー・トルネード》は《火魔法》と《風魔法》をミックスさせた攻撃魔法だ。《魔核ユニット》で発生させた火を、《フィールド》で包み込んで回転させる事で、強力な炎の竜巻を生み出す。
それを《ブースト》で増幅すると《スーパー・ファイヤートルネード》となり、《スーパーブ―スト》で増幅すると《ハイパー・ファイヤートルネード》となる。
《ハイパー・ファイヤートルネード》は爆発を伴ったスーパー竜巻で、巻き上げた岩すら溶岩に変えていくパワーがある。
そんな恐ろしい魔法を、トモウェイは自分自身を含む他のメンバーの足元に放った。
普通なら、その瞬間に全員の肉体は炭化してから消滅してしまうはずだけど、他の三人による防御魔法がそれを防いだ。
『《フィールドウォール》全開!』
『《ディープシー・シールド》!』
『《ブースト》発動!《ロックウォール》最大!』
トモウェイたちの浮かせた身体の下には、ダンファースの《魔法盾ブクリューエ》が敷かれて《フィールドウォール》で固定された。これで四人に頑丈な足場ができて、一枚目の物理的防御となる。
その魔法盾の下にはフィアンの《ディープシー・シールド》が置かれた。
火と水の《魔法杖ウォウボトン》から放たれた《水魔法》によって、大気中から集めた大量の水分子を《フィールド》で包み込んで圧縮する。それによって水深100ナーグに匹敵する水圧の盾を形成する。これが二枚目の物理防御となる。
さらにその下には、ルチルケーイの《ブースト》で強化された《ロックウォール》が展開する。
《土魔法》を得意とするルチルケーイは、火と土の《魔法杖トダーティ》を使って、岩や石からなる直径10ナーグの地面を切り取り、フィールドで固める。これだけでも物理防御はかなり高いが、《ブースト》で強化された《ロックウォール》は高速回転を加えて攻撃を弾き返す。これが三枚目の物理防御となる。
こうして、三者三様の物理防御壁を三段階で形成して、トモウェイの放った《ハイパー・ファイヤートルネード》の爆発圧力に耐えた。
当然、防御壁を突破できない圧力はその力を推進力に変えて、皆を乗せたロケットとなって空高く飛び上がった。
間一髪、一瞬前まで皆が居た場所は土石流によってのみ込まれた。
土石流はそのまま地面を飲み込みながら突き進み、次々と他の方向から流れ込んで来た土石流とぶつかって更に激しい濁流となっていった。
このままでは、【ザツティンペンズ】ごと全てを飲み込んでしまうかに思えた土石流だけど、奴の戦闘域に達したところで強力な《フィールドウォール》に阻まれて流れを変えた。
まるで防波堤に堰き止められた津波のように《フィールドウォール》の外で土石流は暴れ回るが、その内側は実に穏やかだった。
さすがに【ザツティンペンズ】が守るべき黄金の果実を被害にあわせる訳にはいかないのだろう。自身が移動できる範囲はこうして《フィールドウォール》によって守っているという訳だ。
しかし、それだけ広範囲に及ぶ土石流の破壊力を防御するだけの《フィールドウォール》は、【ザツティンペンズ】に相当の負担を強いているはずだ。いくら《魔核》の生み出すパワーが強力だからといっても限りがある。
《フィールド》を探ってみると、やはり思った通りだった。
土石流を防ぐために地上から10ナーグ程の高さには強固な《フィールドウォール》が張られているけど、そこから上はほとんど防御されていない。
しかも、【ザツティンペンズ】自身の《フィールドウォール》もペラペラに薄くなっている。
これはチャンスだ!
「《アクセル》全開!」
土石流に巻き込まれないようにと、僕は岩から岩へと飛び移って移動していたけど、一気に高く跳び上がって【ザツティンペンズ】の張る外側の《フィールドウォール》を超えた。
そこから一気に地面を蹴って奴に肉迫する。
僕の《フィールド》を感知した【ザツティンペンズ】は僕に向かって体を寄せてきた。その巨体はやはり圧倒的で、物凄い《プレッシャー》と共に山が迫ってくるように感じる。
でも、恐怖は感じない。僕はトモウェイの信頼に応えないといけないからね。
女の子って不思議な生き物だけど、その子のためなら何でもしたいって思わせる魅力があるんだ。凄いよね。
よく見ると、【ザツティンペンズ】の触角の片方が無くなってる。
ダンファースとフィアンが一部を破壊していた方だけど、さっきの岩山へのビーム攻撃の負荷に耐えられなかったんだろうね。根元から煙と共に体液が溢れ出てる。
それでも、奴は僕を排除しようと残った触角を鞭のように振り回す。
自由に伸び縮みしながら音速を超えるスピード攻撃には手が出ない。
触角を掻い潜ろうとしても、毒爪が猛毒を撒き散らして接近を許さない。
どう攻撃するか悩んでいると、【ザツティンペンズ】の後方をトモウェイたちが飛んで行った。
それは異様な光景だった。
トモウェイたちが乗るその地面の底からは、《ハイパー・ファイヤートルネード》の渦を巻いた炎が放出されていて、溶岩と大量の水蒸気を撒き散らしながら赤い尾を引いていた。
それはまるで、空を駆ける赤い彗星のように見えた。
その光景が目に入ったのか、それともトモウェイたちが発する強烈な《フィールド》に反応したのかは定かではないが、【ザツティンペンズ】は僕への攻撃を止めてそっちへ向かい出した。
もしかしたら、黄金の果実へ近づく方に反応したのかもしれない。
いずれにせよ、【ザツティンペンズ】は僕に背を向けて遠ざかって行く。
このチャンスを逃す手はない。僕は《アクセル》を全開にして奴を追いかけ、大きく跳んで奴の背中に跳び乗ろうとした。
その瞬間、触角が僕を襲ってきたけど、かろうじて《スライド》で体を横滑りして躱す事ができた。
触角の先端の動きは早くて見えないけど、それを操作する根元の動きに注意していれば、鞭となった触角の動きは予測できる。どんなに速く動く事ができたとしても、慣性の法則までは無視できないからね。
とはいっても、【ザツティンペンズ】の意識の大半がトモウェイたちに傾いているので、反射的な攻撃でしかなかったのだろう。さっきまでの攻撃と比べると、いかにも当てずっぽうという動きだった。
僕は【ザツティンペンズ】の背中に着地する瞬間に、アイテムボックスから《魔法剣トランジャー》を取り出して呪文を唱える。
「《フィールド・カッター》!」
僕の命令によって《魔法剣トランジャー》の刀身が超高密度の《フィールド》を纏っていく。
魔法剣を振り切ると、【ザツティンペンズ】の《フィールドウォール》が共鳴分解を引き起こして裂けていく。思った通り、明らかに奴の《フィールドウォール》が弱まっている。
だけど、かろうじて切れているというのが実際のところだ。巨体の持つ《フィールドウォール》はあまりにも厚くて硬い。
しかも、その下にある外骨格の装甲が頑丈で、魔法剣でも切る事ができない。
《魔法剣トランジャー》のエナジーゲージだけが物凄い勢いで減っていく。
それでも、なんとか【ザツティンペンズ】の背中に着地した僕は、《フィールドウォール》を切り裂きながら、頭部にある触角の付け根を目指す。
奴の背中にはびっしりと繊毛が生えているので、滑って走り辛い。しかし、防具として足を護る《魔法靴ペガスィー》が界面活性剤を滲出させて中和作用を起こし、繊毛の油分を取り除いていくので、走りに問題はない。
さすがに背中に乗った僕の方が脅威と感じたのか、【ザツティンペンズ】は再び僕に意識を向けた。
さっきとは違う、本気を感じさせる触角攻撃が僕を襲う。
僕は触角の付け根に注目して、先端が飛んで来る方向を予測する。
体を伏せながらタイミングを計って辛うじて避けると、触角は自分の体を打つのを嫌ってか、急速に長さを縮めて引き戻した。
今だ!
触角の次の攻撃までには僅かだけど時間がある。
「《アクセル》!」
僕はジャンプして一気に【ザツティンペンズ】の頭の上まで跳んだ。
そして、《フィールドウォール》に弾かれるのを避けるために、着地するよりも先に《魔法剣トランジャー》の《フィールド・カッター》を全開にして、思い切り振り抜いた。
ズバアァァァ――――――――――ッッッ!!!
かなりの抵抗があったものの、渾身の一撃は見事に【ザツティンペンズ】の触角を根元からスッパリと切り落とした。
「ボオオオオォォォォォ――――――――――ンンンンン!!!!!」
痛みのためか、【ザツティンペンズ】が狂ったように暴れ回る。
僕は振り落とされそうになるけど、咄嗟に奴の繊毛を握って耐えた。
しかし、暴れて大きくうねった【ザツティンペンズ】の体の一部が、トモウェイたちを乗せた赤い彗星に接触してしまった。
間もなく着地しようとしていた赤い彗星は、大きく弾かれて、乗っていたトモウェイたちを跳ね飛ばしてしまった。
『うわ―――――っ!』
『キャ―――――っ!』
『ダメ―――――っ!』
『いや―――――っ!』
通信越しにトモウェイたちの悲鳴が聞こえる。
助けに行きたいけど、僕自身どうにもならない。暴れる【ザツティンペンズ】に食らいついているのが精いっぱいだ。
それでも、触角を切り落とした影響は確実に出ている。
触角があった場所からはおびただしい体液が溢れ出ていて、【ザツティンペンズ】の《フィールド》が急速に衰えていくのが感じられる。
突然、がくんと【ザツティンペンズ】の体が崩れ落ちた。
その衝撃で、僕は弾き飛ばされてしまった。
咄嗟に受け身をとって立ち上がり、直ぐに身構えて戦闘態勢をとったけど、【ザツティンペンズ】は襲って来なかった。
それどころか、【ザツティンペンズ】の動きが鈍く重そうになっていた。
奴は動こうとして脚を動かすけど、体は動かずに脚が地面を引っ掻くだけになっている。
どうやら《フィールド》が消失したせいで、奴は自分の体重を支えられないらしい。あれだけの巨体だ、無理もないか。
奴は素早く動くために、脳から身体中に繋がる神経節の末端となる脚の付け根に《魔核ユニット》を取り付けて《フィールド》制御を行っていたはずだ。その《魔核ユニット》が《フィールド》の消失で使えなくなった今、単なる重りとなってしまったんだろう。あれだけの数の脚があるんだ、その数分だけ《魔核ユニット》があって重量が嵩んでいるんだろうね。
しかし、【ザツティンペンズ】の《フィールド》が消失した影響は、それだけにとどまらなかった。
奴の強固な《フィールドウォール》も消失してしまったので、堰き止められていた土石流が攻撃範囲内にも流れ込んで来た。
「《アクセル》!」
僕は咄嗟に飛び上がって、動きの鈍った【ザツティンペンズ】の背中に飛び降りた。
奴はピクリと反応したけど、土石流が押し寄せてきて、奴の体の上部を飲み込みながら、その圧倒的なパワーで押し流す。
「ボオオオォォォ――――――――――ンンン………」
【ザツティンペンズ】は吠えながら抵抗を示す。
さすがに、頑丈な巨体は伊達じゃない。《フィールド》が無くなっても、分厚い外骨格の装甲は、次々とぶつかってくる大きな岩の塊をものともせずに跳ね返していく。
とはいえ、関節の多い脚は装甲が薄いようで、その多くが削り取られていく。
僕は必死に【ザツティンペンズ】の背中にしがみ付いて状況を見守る。
幸いにも、一番胴体の太い真ん中の部分までは土石流が上がってこないので助かっているけど、背中から滑り落ちたら流されてしまう。
だけど、もっと幸運だったのはトモウェイたちだろう。
彼女たちを乗せた赤い彗星が【ザツティンペンズ】の巨体に弾き飛ばされたのは不運だったけど、墜落した場所が良くて、大樹の生えている湖の直ぐ傍だった。つまり、一番奥まった所だ。
そして、【ザツティンペンズ】が弧を描くように体を曲げて土石流に流されていったために、その体が堤防となって、結果的にトモウェイたちを護る形になったんだ。奇跡みたいな幸運だよ。
でも、僕の居る所から見る限り、皆地面に倒れているのが気掛かりだよ。
赤い彗星が墜落して放り出されたみたいだから、怪我をしてないといいけどね。
僕の腕輪のモニターで全員のアバターの生体認証が確認できるので、生きているのは確かなんだけどね。
「トモウェイ!ダンファース!フィアン!ルチルケーイ!みんな無事かぁ?」
『『『『 …………… 』』』』
僕は通信で呼びかける。
返事は無いけど、ガチャガチャした音が聞こえてくる。
さすがに側が単分子金属のオリハルコンでできた腕輪は、反物質でも無ければ壊れはしないだろう。
サウンドオンリーからビデオオンに切り替える。
ダンファースの腕輪のカメラに、トモウェイとフィアンが倒れているのが映っている。
「トモウェイ!フィアン!」
『…う~ん……』
『うう―――………』
『っつう、いって―――なぁ……』
トモウェイとフィアンが動き出したところで、ダンファースが起き上がったのか、フレームから外れてしまった。
次に映ったのは、遠くで転がっている赤い彗星の残骸と、その傍で倒れているルチルケーイだった。
「皆、無事か?」
『俺は大丈夫だ。』
『わたしも大丈夫よ。』
『わたしも平気よ。』
次々と答えが返ってくるけど、ルチルケーイから返事は無い。
『気を失ってるけど、ルチルケーイも無事よ……』
様子を見に行ったトモウェイから答えが返ってきたけど、歯切れが悪い。
かいつまんだ説明を聞く限り、《ブースト》の使用と赤い彗星が飛び上がった時の重力加速度で酔ったらしく、それに加えて【ザツティンペンズ】からの衝撃で、墜落する前に気を失っていたらしい。ダンファースが支えていたらしいけど、墜落のショックで離れたところまで飛ばされたという事だ。
ダンファースたちはルチルケーイをもっと鍛えようと話をしてるけど、僕は無事が判って安堵した。
でも、皆は言葉にしないけど、《スーパーブ―スト》を使った影響が出ているのは確かだ。モニターに映る皆の動きが重くて鈍い。いつもの切れがなくて、会話からもダルそうなのが伝わってくる。
あと《スーパーブ―スト》が残っているのは僕だけだ。
これは【ザツティンペンズ】を倒すために、トモウェイが僕に残させてくれたものだ。そう簡単に使う訳にもいかないけど、この状況だと、最初の計画通りにアレを使うのも難しくなってしまったね……
戦いが計画通りにいかないのはいつもの事だけど、かなりきついね。
《魔法剣トランジャー》のエナジーはエンプティ―を指していて、《魔核ユニット》が使えなくなっている。
ようやく、土石流が終わりを迎えたみたいだ。
もう大きな流れは無くなって、小さな流れがあちこちに残っているだけだ。
トモウェイたちが居る所と大樹がある湖以外は、土石流に襲われて岩と泥だらけだ。割と綺麗だった雑草が生えた丘は見る影もなくなっている。
それでも、【ザツティンペンズ】はじっとしている。
土石流に曝された方の脚は大半が千切れてしまったみたいだし、動けないみたいだけど、生きてるのは確かだ。
腕輪のモニターには生命反応が示されているし、なにより、女神が解放されない。
ボスモンスターは完全に息の根を止めないと、女神が解放されないのが、このゲームの厄介なところだ。
ボスモンスターの目を盗んで、顕現石を奪ったとしても、それだけでは解放されない。絶対にボスモンスターの息の根を止める事がクリアの条件なんだ。
人工とはいえ、ボスモンスターも生きている事に変わりはない。
それを殺す事は忍びないし、恐ろしくて辛いよ。
でも、殺さなくてはいけないんだ。
なぜ、そんな残酷な事を僕たちにさせるのか。
それは、僕たちが新しい時代を切り開いていく『新人類』だからだよ。
文明は発展したけど、生命体としての僕たちは衰退した。
僕たちは、自分の本当の身体では歩く事すらできない。
肉体の衰えは、精神にも影響を及ぼす。
僕たちの文明は終局へと向かっているんだ。
でも、それを打破するために『女神計画』が始まった。
人類が再び大地を踏みしめて歩くためには、それに見合った精神が必要なんだ。
僕たちの世代は、その踏み台となるために生まれてきたんだ。
僕たちの実験が成功すれば、次の世代、そのまた次の世代が、更なる時代を切り開いていく。
そうやって、人類は銀河中へと生命と文明を発展させていくんだ。
ふう~………
まあ、これは僕のお爺さんからの受け売りなんだけどね。
幼い時から耳にタコができるほど聞かされた言葉だよ
子供の頃はウンザリしてたんだけどね………
でも、今は少しだけ、その言葉の意味が理解できるようになってきたかな。
カトンロトーンに茶化されて、トモウェイとの子供なんて言われて焦ったけど、ちょっと想像してみたんだよね。自分に子供が居たらどう思うかってね。
当たり前だけど、幸せになって欲しいって思うよね。
勿論、自分たちよりもずっと幸せにって願うよね。
その為には、自分が踏み台になっても良いって思えるんだ。
実感は全然ないけどね。
でも、お爺さんや父さん母さんの想いが、少しだけ見えたような気がしたんだ。
僕はトモウェイを見る。
ダンファースたちと一緒にこちらに向かって走ってくる。
ルチルケーイが居ない。まだ気を失っているみたいだけど、なんとしても、【ザツティンペンズ】を倒さないといけないよね。
「皆、アイテムボックスに入れた岩を出して、【ザツティンペンズ】を動けないように固定して欲しんだ。」
「「「 了解! 」」」
僕も自分のアイテムボックスに入れた岩を出して、奴の脚を潰すように一番高いところから落とす。
アイテムボックスは取り込んだ物を半径10ナーグ以内なら、任意の場所に取り出して出現させられる。
僕が取り出した岩は直径がやく5ナーグの物が2つだ。
岩はその成分にもよるけど、5ナーグの球体に近い岩なら、250~350タランティ(トン)の重量になる。
そんな質量を10ナーグの高さから落とされたら、《フィールドウォール》を失った【ザツティンペンズ】の脚はぐしゃりと潰れてしまう。
脚が潰された瞬間は、【ザツティンペンズ】の体がビクリと震えるけど、それでも奴は動かない。
まあ、その理由は解ってるんだけどね。
僕と同じように、ダンファースたちが岩を落として脚を潰していく。
ダンファースは黙々と作業をするように行う。
トモウェイはちょっと顔をしかめながら作業を行う。
フィアンは《アクセル》を使って高く飛び上がると、さらにその10ナーグ上から岩を【ザツティンペンズ】の体の上に落とした。
しかし、奴のボディはそんな岩の衝撃力をものともしないで弾いてみせた。
「キィ―――――っ!」
弾かれた岩をもう一度アイテムボックスに仕舞いながら、フィアンは激昂する。
お気に入りの戦闘用ゴスロリドレスを汚されたのが余程許せないらしいね。
って、よく見るとドレスのスカート部分が縦に裂けて、脚が見えている。
それは、許せないだろうなぁ………
フィアンはもう一度やり直して、皆と同じように落として脚を潰す。
計10個の岩で脚を潰され、そのまま身動きができないように【ザツティンペンズ】は固められた。
岩を置いた反対側は、土石流の残留物の岩や泥が堆積してるので、こちらもガッチリと固められている。
よし、これで【ザツティンペンズ】の動きは止まった。後はとどめだね。
「お、おい、こいつ動かねーと思ったら、触角を修復してるぞ!」
「本当だわ!」
「もしかして、触角が治ったら全て元に戻るの!?」
「そうだろうね……」
【ザツティンペンズ】がさっきからずっと大人しくしてるのは、このためだったんだ。
触角が修復されたら、奴は《フィールド》を再び操って強固な《フィールドウォール》を纏う。おそらく潰された脚だって瞬時に治ってしまうんだろうな。
だからこそ、今はじっと耐えて僕らに好き勝手させてるんだろう。
あのとてつもなく硬い外骨格の装甲なら、《スーパーブ―スト》で増幅した魔法や技以外は通じないだろうからね。
実際に、僕の魔法剣も岩の質量攻撃も跳ね返したしね。
僕はダンファースとフィアンを見た後に、トモウェイを見つめた。
トモウェイも僕を見つめ返す。
「ディケード、任せたわよ!」
「OK、行ってくるよ。」
トモウェイの信頼が嬉しい。
僕が構えをとると、皆が下がる。
僕は深呼吸をして意識を強く持つ。
「《スーパーブ―スト》!!!」
僕の《フィールド》が爆発的に広がって、全身に力が漲ってくる。
それを物理的に表すように、《フィールド》の衝撃波が波紋となって広がっていく。全てを凌駕するスーパーマンにでもなった感じがして気分が高揚する。
「《ハイパーアクセル》全開!!!」
「「「 ! 」」」
トモウェイたちが息を呑んで僕を見つめる。
その顔は一様に驚愕している。
僕はそれを無視して跳躍する。
「お前、何やってんだよ!」
「ディケード、無茶はダメ―――――っ!」
「ディケードのバカ―――――――――――ッッッ!!!」
僕が飛び上がってからも、通信を介していろいろ言ってくるので、僕は通信を切って上空へ意識を向けた。
高く、高く、ひたすら高く飛ぶことを目指して。
《スーパーブ―スト》が効いた《ハイパーアクセル》は驚異的だ!一回の跳躍で20ナーグ以上を跳び上がる。
そして、圧縮した《フィールドウォール》を空中に配置して、それを蹴ることでさらに上空へと跳んで行く。
カトンロトーンに案内された終着点の洞窟で使った技だけど、あの時とは段違いの性能を発揮している。
これは禁忌の技を使っているから、可能になってるんだけどね。
《ハイパーアクセル》は《アクセル》に《ブースト》をかけた状態で、さらに《スーパーブ―スト》で筋肉を超強化した技だ。《ブースト》の重ねがけとなるので、本来は禁止されている技なんだよね。
これによって、僕の筋力は通常の人間の100倍を超えるパワーを発揮するけど、《ブースト》が切れた時点で筋肉や腱といった全身の運動部位が崩壊してしまうんだ。
つまり、この身体は使用不能になってしまうんだ。
皆が怒るのも、無理ないよね。
自分でも何やってんだって思うよ。
でもさ、そうしないと【ザツティンペンズ】にとどめは刺せないんだ。
実際に《魔法剣トランジャー》であいつと戦った僕には判る。あいつの分厚い外骨格は《フィールドウォール》が無くても、半端な攻撃を寄せ付けなかった。
だから、アレを遥か上空から叩き込む必要があるんだ。
本当なら、皆で協力し合って作戦を行うはずだったのに、結局、僕一人でやらざるを得なくなったからね。
まあ、見せ場を譲ってもらったって思う事にするよ。
それにさ、好きな女の子には格好良いところを見せたいよね。
単純にさ、【ザツティンペンズ】をやっつけたのは僕だって自慢したいんだよ。
凄いねって褒められたいんだよ。
トモウェイを心配させてる時点で、失敗なんだろうけどね。
単なる僕の独りよがりかもしれないけど、トモウェイなら分かってくれる気がするんだ。
僕の跳躍は雲の高さまで届いて、更に上昇していく。
高く高く、とにかく高みを目指すんだ。
僕はひたすら真っ直ぐに駆け上がる。
どのくらい跳んだのか、駆け上がる跳躍力が落ちてきた。
まだ15セゴーン(秒)くらいしか経ってないはずだけど、明らかに《スーパーブ―スト》のタイムリミットが近づいている。ノーマルの《スーパーブ―スト》ならもっと継続するはずなんだけどな。
ふう…
さすがに苦しくなってきたよ…
周りを見ると、雲しかなくて薄暗い。
分厚い雨雲が何処までも広がってる感じだ。雷が直ぐ近くで轟いてるし、凄く寒い。雷が当たらない事を祈るしかない。
腕輪のモニターで確認すると、地上から1132ナーグ上空に居て、気温は0.3℃だ。
随分と来たもんだね。さすが《ブースト》の重ねがけだよ。普通じゃありえないよね。
下を見ても雲に覆われて何も見えないけど、【ザツティンペンズ】に取り付けたマーカーのお陰で位置は判る。キッチリ真下に居て動いてない。
どうやら触角の再生にはもう少し時間が掛かるらしい。ラッキーだよ。
よし、それじゃあ、やりますか!
《スーパーブ―スト》が切れる前にアレを発動しないといけないからね。
僕は圧縮した《フィールドウォール》を、今までとは逆向き、真下に向かって思いっ切り蹴った。
少しでも空気抵抗を減らすために身体を真下に向けて落下する。
僕の身体は重力に引かれてどんどん加速していく。
「《ロックスピア》!」
音声コマンドで、アイテムボックスから切り刻んだ大量の岩を取り出す。
それは槍状に細く刻んだもので、僕の身体を取り巻くように配置される。
僕は残りわずかとなった《スーパーブ―スト》のパワーを乗せて、僕と一緒に加速して地上に向かって落ちていくそれを《フィールド》で包み込む。
そして、落下速度に加えて《ハイパーアクセル》による加速を加える。
遂にアレのお披露目だ。
練習でも成功率は高くないからね、旨くいってくれよ。
僕は渾身の力を込めて呪文を唱える。
「流 星 豪 雨!!!」
100本以上の岩の槍が、一気に加速して僕を追い越し、地上に向かって飛んで行く。総重量300タランティ(トン)にもなる岩の雨は、さぞかし豪快に【ザツティンペンズ】の硬い外骨格を粉砕して止めを刺すだろう。
腕輪で確認すると、マーカーに向かって真っすぐに岩の槍は落ちていく。
それを見届けた僕は、勝手ながら、切っていた通信を開く。
途端に皆の心配する声や罵詈雑言が聞こえてくるけど、無視して自分の用件だけを伝える。
「たった今、流星豪雨を発動した。約7セゴーン(秒)後に到達するから退避するんだ!」
『バカバカバカ――――――――――ッッッ!!!』
『『『『 了解!だけど××××××××××!!! 』』』』
トモウェイの罵倒が耳に突き刺さる。
他の皆のも。
当たり前だけど、褒めてくれないよね。
僕は通信を切った。
でも、最後にダンファースの声が聞こえたんだ。
『絶対に助けるからな!』
くう……胸に響くよね。
親友は最高だね。
それにさ、僕だっておとなしく死ぬ気は無いからね。
少しでも助かる確率を高めるために、《フィールドウォール》を広げて体を横に保つ。さらに、ウイングスーツをアイテムボックスから取り出して装着する。
ウイングスーツはムササビのような恰好をして、崖などから飛び降りて滑空するスポーツだ。この惑星ナチュアでは人気のあるスポーツで、僕も何度か体験したけど、その経験が役立ちそうだ。
でも、本当に凄い人はウィングスーツ無しで、《フィールドウォール》だけで飛ぶんだよね。当然、僕はそんな事できないけどさ。
僕が雲の中を旋回しながら飛んでいると、衝撃波が襲ってきた。
それから遅れて、轟音が響き渡った。
その後に野太い悲鳴が聞こえたような気がした。
どうやら、流星豪雨が【ザツティンペンズ】に無事命中したみたいだ。
腕輪のモニターで確認すると、マーカーが消えている。
そして、【ザツティンペンズ】の生命反応もだ。
ふうううぅぅぅ………
ようやく倒せたんだ…ね……
死体を確認できないから実感はないけど、流星豪雨は無事に成功したんだ……良かったよ…
でも、今回のでいろいろと改良点が見つかったよね。
実戦で使うには、まだまだ頼りないけど、これからもっと磨かないとね。
なによりさ、上空へもっと早く高く飛ぶ方法を見つけないといけないしさ……
ビシッ!
ビシビシビシ―――――っ!!
ブツンッ!!!
「ぐう、ぐあああぁぁぁ――――――――――っっっ!!!」
全身に猛烈な痛みが走りだした。
ぐうう……始まった!《ブースト》効果が完全に切れたんだ!!
体中の筋肉や腱が次々に断裂していく。
この身体はもうダメだ……
あらゆる個所の筋肉が破壊されたために、ウィングスーツの体勢を保てなくなった僕は、あえなく垂直落下を始めた。
僕は何度も意識を失いかけたけど、その度に襲ってくる激しい痛みがそれを許さない。地獄の苦しみがとことん僕を虐めぬく。
これが禁忌の技を使った罰なのかと、僕はじっと耐えた。
それでも、ようやく意識を手放す時が来たようだ。
もう思考すらできなくなった脳が、最後に認識した光景は、分厚い雨雲が二つに裂けて、そこから覗く青空と強烈な太陽の輝きだった。
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