M-2 性欲の目覚め -中編-下
地獄への案内人《渡し守カトンロトーン》によって、『悲哀のダンジョン』の最下層【挑戦の間】に案内された僕たちのパーティ『銀河のさざめき』は、最後のメンバールチルケーイを迎えて、ボスモンスターの待つ【挑戦の扉】を開いた。
【挑戦の扉】を開いた僕たちを待っていたのは、岩山に囲まれた小さな丘だった。
険しく切り立った岩山は高く聳え立ち、ぐるりと完全に丘を取り巻いている。これでは、外部から立ち入る事も脱出する事も不可能なように思えた。
これが神殿の中とは思えないけど、空を見ると、やはり蜷局を巻いた分厚い雲がうねっていて、雷が鳴り響いている。神殿の中に広がる別空間という事なのだろうか。神の領域はとかく不思議だなと思う。
岩山や丘には、局所的に雨や霰が降っているけど、幸いにも僕たちの居る所は今のところ大丈夫そうだ。
とはいっても、重くたちこめる雲はテンションを下げさせる。
だけど、引き返す訳にもいかない。
僕たちが丘へ一歩踏み出すと、【挑戦の扉】は静かに扉を閉じて消えた。
どうやら、ボスモンスターを倒さない限り、この空間から出る事は叶わないのだろう。皆の気が引き締まる。
いきなりモンスターが襲って来ないのは有難いけど。
リーダーのダンファースが置かれた状況を確認する。
「取り敢えずは場所と空間の把握だ。腕輪で探索は出来そうか?」
「ダメだわ、ジャミングがかかっているみたいね。反応が無いわ。」
「わたしもだわ。」「僕もだ。」「わたしもよ。」
「やはりそうか。ディケード、《フィールド》による探知は可能か?」
「うん、出来そうだよ。」
僕は《フィールド》を広げながら空間の把握に努める。
自慢ではないけど、僕の《フィールド》把握能力がメンバーの中では一番秀でている。半径500ナーグ(約500m)以上の立体的探知が可能だ。
それによると、直ぐ後ろは切り立った岩山だけど、前方は丘がそのまま広がっている。所々に大きな岩が至る所に転がっているけど、岩山から落ちてきた岩だろうか。丘の中央へ近づくほど岩の数が多くなっているので、それによって視界が遮られている。
他は特に何も無いようで、動く物も感じられない。後は丘の上に生える雑草が芝生のように広がっているだけだ。
突然、腕がフワンとした柔らかい物に挟まれた。心成しかマロンマロンしている。
不思議に思ったけど、その瞬間、《フィールド》の探知範囲が一気に拡大した。
そのお陰で、いろいろな物が把握できた。
岩がゴロゴロしているのは途中までで、その先はなだらかな大地が広がっている。沼か湖があって、中央には島のようなものがある。
そこに何か動く物が居る。それもかなりでかい。
その詳細を探ろうとした時、トモウェイの怒声が響いた。
「ルチルケーイ!何やってるのよっ!」
僕の集中力が途切れて、《フィールド》が消失した。
探知を邪魔された僕はトモウェイを責めるように見たけど、帰って来たのは般若のような顔をしたトモウェイだった。僕はビビった。
「それはわたしのセリフよ、トモウェイ。ディケードが頑張って探知してるのに、邪魔しちゃダメじゃない。」
「邪魔してるのはあなたでしょう!なんであなたがディケードの腕を抱いてるのよっ!」
自分の腕を見てみると、確かに僕の右腕がルチルケーイの胸の膨らみに挟まれている。柔らかいと感じた感覚の正体はこれだった。
急に《フィールド》が拡大したので、そっちに意識を奪われていた。
「わたしの能力の一つ、《エンハンス》よ。こうして密着する事で相手の《フィールド》を強化するのよ。」
ルチルケーイが勝ち誇ったように言うので、トモウェイの勢いが止まった。
僕に確認の視線を向けてくる。
僕はトモウェイに頷いて見せる。お陰で目的地だと思う場所が判ったからね。
「ここから先の750ナーグ位のところに湖か沼があるみたいだ。そこの島と思われル場所に、モンスターが居るみたいだよ。」
「ん、そうか…まずはそこを目指して見える所まで近づいてみよう。」
「そうね。」
「………分かったわ!」
僕の報告に、気まずそうにダンファースが次の指示を出す。
トモウェイは悔しそうに返事をする。
前へ進む僕とルチルケーイをフィアンが睨み付ける。
「確かに《エンハンス》は強化支援能力だけど、身体的接触は必要なかったはずよ。それに、もうくっ付いている必要はないでしょう。」
「そんな事ないわ。体をより密着させた方が効果はより高くなるのよ。ディケードだってわたしから離れたくないのよ。」
フィアンの指摘にしれっと返すルチルケーイ。
その真偽は判らないけど、僕は慌ててルチルケーイから離れた。
あまりの心地好さにうっかりしてたけど、確かにくっ付いている意味はなかった。
トモウェイは僕を睨みつける。
その視線が僕の顔から下腹部へと移る。
当然のように反応していた。
「ディケードのバカ―――――ッ!」
「ゴメン…」
いつものより強烈なビンタを食らってしまった。
僕はトモウェイに謝るしかなかった。
その後、トモウェイがルチルケーイに詰め寄ったけど、ダンファースが止めた。
「止めろトモウェイ。俺たちはボスモンスターと戦いに来たんだぞ。仲間割れしてる場合じゃない!」
「だって、この女……」
「ルチルケーイはふざけるのを止めろ!」
「わたしは何もふざけてないわよ。必要な事をしただけだもん。ふざけているのはトモウェイでしょう。なんで、ディケードを叩くのよ。酷いわね!」
「ぐっ……」
ヒートアップするトモウェイに対して、ルチルケーイは何でもないようにしれッとしている。自分が悪いとは思ってもいないみたいだ。ダンファースは憮然としているし、トモウェイは悔しそうに震えている。
そんな中、フィアンは氷の眼差しで僕を睨みつける。
え―――――っ!やっぱり僕が悪いの!?
こんな時、どうすればいいのさ!
もしかして、トモウェイを抱き締めて慰めるとかするの?
そんな事、僕にはできないよ―――っ………
…でも、ダンファースならできるんだろうな。
「とにかく、行くぞ!戦いに備えろ!」
ダンファースの命令が響いて、僕たちは無言で前へ進む。
こんな状態で大丈夫なのかな。
以前は四人で厳しくも楽しく戦っていたのに、ルチルケーイが加入した途端におかしくなってしまったよ。
特に最近は、ルチルケーイの僕へのちょっかいが多くなってきたけど、なんでなんだ。もしかして、僕たちのパーティを破壊しにきたのかな。
でも、そんな事したって学校の成績が下がるだけじゃないか。
もしかして…本当にもしかしてだけど、僕の事が好きとか………
わたしの騎士様とか言っていたしね……
う~ん、でも、それこそないよね。僕には女の子に好かれる要素なんかないしさ。トモウェイは幼馴染だから特別なだけだしね。
やっぱり、僕には女の子は謎の塊だよ……
僕たちは岩を避けながら丘の上を歩いて行く。
雰囲気は悪く、皆無言のままだ。
特にトモウェイは僕を無視したまま前を歩く。その後ろ姿が怖いんだけど。
それなのに、ルチルケーイがたまに僕と手を繋ごうとしてくる。
僕は不自然な形にならないように避けるけど、流石にイラっとするよね。
それが自分のところの文化かもしれないけど、こっちの気持ちも考えてよ。
突然、僕たちの頭上に雹が降ってきた。
さっきまでは大分向こうで降っていたけど、どんどん近づいてきたと思ったら、ついに僕たちのところまで来てしまった。
大きいものになると、握りこぶし程もある。当たると危険だ。
「皆、早く盾の下に入るんだ!」
「いたーい!」「きゃっ!」「いや―――っ!」
ダンファースが魔法盾ブクリューエをアイテムボックスから出して上にかざす。
盾自体は長さ1ナーグ幅0.5ナーグの大きさだけど、魔法盾の特徴として挿入された『魔核ユニット』によって、《フィールド》の拡張が行われて盾の効果範囲が広がる。そのお陰で五人でも盾の下に居れば雹に当たる事がない。
「っつう…《フィールドウォール》がなければ危なかったわ。」
「本当ね、わたしも少し当たったわ。」
「この盾、便利ねぇ。」
「この雹は通り雨みたいなもんだ。直ぐに行ってしまうさ。でも、周囲への警戒だけは怠るなよ。」
「了解だよ。」
僕たちは雹が過ぎ去るのをじっと待つ事にした。
その間に、雹が当たったトモウェイの肩にフィアンが回復魔法をかける。
「レーダブリッスン。」
「…ありがとう、楽になったわ。」
トモウェイの表情から苦痛が取れて、安堵へと変わる。
「トモウェイ、大丈夫?」
「…ええ。」
トモウェイは、僕に返事はしたけどプイっと向こうを向いてしまう。
ご機嫌斜めだ。怒ってるのは確かだけど、まだ返事をしてくれるだけましだ。本当に怒ってる時は、完全に無視されちゃうからね。
とはいっても、テンションがダダ下がりだよ。さっきまではあんなにウキウキしてたのにさ。
まあ、あれが小さくなって楽になったけどさ。
カトンロトーンめ、【子孫繁栄の祝福】なんて僕にかけるから、さっきからあれが大きくなったり小さくなったりして、忙しくて大変だよ。
以前はそんな事なかったのに、病気なんじゃないかって思うくらいだよ。
でも、本当に【子孫繁栄の祝福】なんてあるのかな?
カトンロトーンが本物の神様ならまだしも、《グリューサー時空》の神様はプログラムで動いているんだよ。そんな摩訶不思議で神秘的な能力があるなんて思えないんだけど。
それとも、この《グリューサー時空》内でだけ有効になるプログラムが僕の身体に働くのかな?ゲームを終えたら調べてみる必要があるよね。
「ダンファース、《魔法盾ブクリューエ》のエナジーは大丈夫?」
「ああ、新品の《魔核ユニット》に取り替えたからな、ほぼ100%だぜ。」
僕は気持ちを切り替えるために、ダンファースに分り切った事を訊いてみる。
《グリューサー時空》に来る前に、二人共学校でそれぞれの装備に《魔核ユニット》を取り替えたからね。100%なのは当然なんだ。
でも、僕の気持ちを理解してくれたダンファースは話に乗ってくれる。
「皆ももう一度確認してくれ。戦闘中にエンプティは御免だぜ。」
「「「「 了解。 」」」」
皆がそれぞれの装備を確認する。
僕も《魔法剣トランジャー》をアイテムボックスから出して確認する。当然《魔核ユニット》のエナジーゲージはフルになっている。
僕のメイン武器はトランジャーという魔法剣だ。
ミスリルという、ナノテクノロジー加工されたハイパーセラミック製の片手剣を基本として、それに《魔核ユニット》をグリップエンドの中に装着する事で魔法剣となる。
トランジャーのハイパーセラミックで出来た刀身は、無重力下で不純物を取り除いて分子を均一に配列し、それを瞬時に超高重力下で爆縮加工して、形状記憶特性を持たせている。それによって、刃先の厚さは単原子分子に匹敵する。そのために、刀身を当てるだけで岩石や金属といった無機物は原子結合を解かれて形状維持が不可能となる。要するに、豆腐を切るように簡単にスパスパ切れるんだ。
でも、この惑星の有機物は自己防衛機能として、《フィールド》を細胞単位で纏っている。それは小さな防衛力を発揮するだけで大した事はないけど、脳の中にある橋を発達させて橋髄とした脊椎動物は、無意識化で細胞単位の《フィールド》をシンクロさせて、より強力な《フィールド》を生成する。このメカニズムによって、この惑星の生物は超能力に匹敵する〈超越力〉を身に着けたんだ。
仮に、《フィールド》を纏う細胞5個を1セットとしてシンクロさせれば、理論値で120倍の強度の《フィールド》になるからね。そして、細胞の数は人間の場合だと37兆個もあると言われている。途方もない数だよね。
そんな膨大な数の《フィールド》を幾重にも張り巡らす事で、強固な《フィールドウォール》が形成されてバリアーのように働くんだ。
そのために、強固な《フィールドウォール》はハイパーセラミック製の刀身でも切るのが難しい。
特に《グリューサー時空》のモンスターは異常なまでに硬い《フィールドウォール》を纏っているからね。単なる剣だと傷もつけられないよ。
でも、魔法剣はそれを可能にしてくれるんだ。
魔法剣は刀身に《フィールド》を纏わせる事で振動を引き起こす。その振動を敵の《フィールドウォール》の固有振動と共鳴させる事で、共鳴分解を引き起こすんだ。つまり、《フィールド》を破壊する事ができるんだ。
例えば、音叉を複数並べて一方の音叉を叩くと、もう一方の音叉も振動して音を出す「音叉の共鳴」が起こる。同様に、一定の周波数の音をワイングラスに当てることで、グラスが粉々に割れる「ワイングラスの共鳴」もある。基本的にそれと同じ原理なんだ。
で、魔法剣に《フィールド》を纏わせてくれるのが、《魔核ユニット》なんだ。
《魔核ユニット》は使用者である僕たちが元々持っている《フィールド》を武器や防具にまで拡張してくれるシステムだ。そのために、《魔核ユニット》を加えた武器や防具は、《フィールド》を纏った身体の一部のように扱う事ができるんだ。
そういった訳で、僕の《魔法剣トランジャー》はモンスターに対しても有効な武器となるんだ。
それは、ダンファースの魔法盾にしてもトモウェイたちマジシャンが持っている魔法杖にしても基本は一緒なんだ。
そして、それら魔法の武器や防具は使用した分だけエナジーを消耗するので、エンプティが表示されると、ユニットの交換が必要になる。
これは電池で動く玩具が、電池が切れると動かなくなるのと一緒だよね。
僕と同じように、ルチルケーイ以外は念入りに自分の装備の点検をしている。
嫌な気分を払拭して、敵のボスモンスター戦に備えるために、集中力を高めているんだろう。僕も、自分の剣に意識を集中させる事で、戦いへの意識が高まってきた。
少しすると、雹を降らせた雲は僕たちの頭上から離れていった。
行動可能になった僕たちは、再び前進する。
「間もなく見えるよ。」
「解った。皆警戒を怠るな。」
僕たちの前には最後の岩が横たわっている。
その岩は直径が5ナーグ程もある大きな物で、周りにも同じような岩がいっぱいある。一見すると、岩は表面に苔が生えていて、昔から地面の中から突き出ているようにも見える。
でも、雑草に覆われた地面をよく見ると、岩山の麓から岩のある場所まで溝が幾つもできているのが解る。つまり、ここら辺にある岩は岩山の一部が崩れて、こんなところまで転がってきたんだ。
これは何を意味してるんだ?
ここで災害が起きたのか、それとも、ボスモンスターとの戦いで岩山が崩れたのか。多分、後者なんだろうね。
いったいどんな戦いが繰り広げられたんだ?
僕たちの緊張感が高まっていく。
僕たちは岩の影からそっと顔を出して向こう側を見た。
その先は視界を遮るものが無いので、小さな草原が広がっているのが見通せる。
草原の中央には小さな湖があって、湖からは背の低い横幅の大きな樹が生えている。その枝ぶりは見事で、樹の高さよりも何倍も大きな広がりがあり、びっしりと緑の葉をつけていた。それは小さな森のようでもあり、湖面すれすれに広がっている様は、湖に浮かぶ島のようにも見えた。
僕が島だと感じたものは、実際には巨大な樹だった。
それはとても美しい風景ではあったけど、島の様に見える大樹に纏わり付き、蛇のように蠢く巨大な生き物が全てを台無しにしていた。
体躯のほとんどが樹の枝の中と湖の中に隠れているので全体像は見えないが、見えている部分だけでも優に10ナーグは越えているように感じる。いったいどれだけ巨大なのか。
あれが、僕たちが倒すべきボスモンスターなのだろう。
幸い、ボスモンスターはまだ僕たちに気づいてないのか、そいつは身体の一部を樹に絡ませながら湖を泳いでいる。湖面から出た体の一部を見る限り、胴体と思われる部分は甲羅か何か硬いものに覆われているようで、関節なのか節のようなものがある。どうやら蛇ではないようだ。
僕たちはボスモンスターをじっくりと観察する。
あれだけ巨大な体躯をしてるなら、一撃を貰っただけでこの身体は即死だろう。敵の特徴をより詳しく知る必要がある。
ダンファースがモンスターに詳しいトモウェイとフィアンに訊ねる。
「あのモンスターが何か判るか?」
「はっきりとは判らないけど、節足動物にも見えるわね。」
「だとしたら、新しいボスモンスターじゃないかしら。『悲哀のダンジョン』のボスモンスターのデータに節足動物はないはずだわ。」
「だとしたら、厄介だね。攻略例がないなんてさ。」
「そうだな。」
困った事になった。
僕たちパーティは、中級冒険者としては学生レベルでは強い方だけど、一般人のマニアとよばれるレベルの上級冒険者には遠く及ばない。彼らのようなパーティは、僕たち学生からすると神のような存在だ。
彼らが編み出した攻略方法を模倣する事で、僕たちはこれまでダンジョンを攻略して来れたようなものだ。
「とにかく、基本が大事だ。セオリー通りに情報を集めて、少しでも敵を知るんだ。」
「そうね、もっと観察する必要があるわ。」
「他のボスモンスター戦でも、節足動物や甲殻類はあまり聞かないわね。」
「無闇に突っ込むのは、愚か者のする事だからね。」
僕たちが頭を悩ませてる間、ルチルケーイは別のところを見ていたようだ。
「ねえ、あの樹に成ってる実って、もしかして黄金の果実なのかな?」
「えっ、まさか………って、確かに金色に光り輝いてるね。」
「それじゃあ、ここは女神の果樹園なの?」
「そうだわ、間違いないわ!あの大樹は永遠の命の樹なんだわ。神話に登場する【オリュフィ】をつける樹よ!」
「そして、その実を護るのが聖獣の大蜈蚣の【ザツティンペンズ】だな。」
その名を告げた瞬間、大蜈蚣の【ザツティンペンズ】がその頭と共に体の前部を湖から現した。
頭だけでも優に3ナーグはあって、頭部から10ナーグ以上の触角を生やしている。顔の下部にはなんでも噛み砕きそうな口があり、その両脇からは内側に湾曲した太い爪が生えている。
あの爪は普通の蜈蚣が持ってるのと同じ毒爪だと思う。その毒爪だけでも人間の2倍以上あるので、象が刺されても即死だろう。人間なら、毒が無くても串刺しにされて終わりだ。
そして、その凶悪な頭部の後ろにはゴツゴツした体を曲げるための節があり、一つの節からは両側に一対の脚が生えている。節は幾つも連なっているので、その数だけ脚があり、ムカデの特徴である沢山の脚がザワザワと動いている。
勿論、この【ザツティンペンズ】はとてつもなく強いだろうけど、何よりもその見た目が気持ち悪くて、生理的嫌悪感が恐怖心を増長させる。
「いやーっ、あんな気持ち悪いのと戦いたくな―――いっ!」
「うう…確かに。」
「そうね………め、女神さまの趣味とはいえ…ちょっとね………」
女性陣はドン引きしてるけど、無理もないよね。僕だって気持ち悪いよ。
この【ザツティンペンズ】は《大地の女神テアースィン》のペットで、【オリュフィ】を守護する聖獣とされている。正確には聖蟲なのかもしれないけど。
それはともかく、【オリュフィ】は神々が永遠の若さと健康を保つために飲んでいる神酒エータナリアンの原料とされている果実だ。神々にとってはとても大切な物だ。宴の時には必ず供されると云われている。
そして、その【オリュフィ】を盗もうとする者から護るのが【ザツティンペンズ】の役目だ。
とはいえ、ここは《女神イーレテゥス》が囚われている場所だぞ。なんで、【オリュフィ】の成る樹があって【ザツティンペンズ】が居るんだ?
疑問に思いながら観察を続けていると、あっさりとその謎は解けた。
【ザツティンペンズ】の体の最後尾には、触角に似た曳航肢が生えていて、樹の枝に巻き付いている。そして、その曳航肢の付け根には女神の顕現石が括り付けられていた。
「ね、ねえ、あれって、《女神イーレテゥス》様の顕現石なのかな?」
「あの黒く輝く顕現石はそうでしょうね。《女神イーレテゥス》様は《夜の女神ニュクルーン》様の娘よ。夜と闇の属性を持っているから、顕現石も黒曜石に近い色をしてるはずよ。」
「どうやら、間違いなさそうだな。」
「たしか、性愛を司る女神なのよね。」
「うん…そうだね……」
ルチルケーイの情報は間違ってはいないけど、今は必要ないものだろう。彼女は僕たちの視点とは違う物事の捉え方をするので、たまに会話に困る時がある。
でも、さっきそのお陰でこの場所と状況を知る事ができたからね。一概に悪い事ばかりじゃないよね。
ようするに、《女神イーレテゥス》は《邪神》に囚われた時に、自身の顕現石に閉じ込められて、【ザツティンペンズ】の曳航肢に括り付けられたのだろう。
なんとも悲惨な幽閉のされ方だけど、そのために大蜈蚣の【ザツティンペンズ】が居るこの場所が、【挑戦の扉】に繋げられたんだろうね。
なんにせよ、僕たちは【ザツティンペンズ】を倒して《女神イーレテゥス》を開放しなければならない。女神様には悪いけど、戦いの間の被害は我慢して貰うしかないよね。顕現石なら僕たちの攻撃にも耐えられると思うしさ。
僕たちはボスモンスターの攻略方法を話し合う。
「確か、神話では誰かが【ザツティンペンズ】と戦った話があったよな。」
「英雄テアクリンシスね。彼は【オリュフィ】を取って来るように王に命令されたので、【ザツティンペンズ】を倒して見事に持ち帰ったわ。」
「英雄テアクリンシスは凄い怪力の持ち主で弓の名手だったそうよ。一度に10本の矢を射っていって、【ザツティンペンズ】の脚を全て破壊したと云うわ。そして、身動きできなくなったところに大岩を落として体を潰したという話だけど。」
なんとも神話に登場する英雄らしい戦い方だね。
「ええ―――――っ、そんなの絶対に嘘でしょう!あの大蜈蚣はあんなに大きくて、一本の脚だって太さだけで1ナーグ以上あるのよ。矢なんかで破壊なんかできないわよ!」
ルチルケーイが僕たちの思っている事を代弁する。
確かに、ここに居る【ザツティンペンズ】の大きさは尋常じゃない。体の一部しか見えてないけど、全体だと100ナーグ以上はあるよね。人間が戦えるサイズじゃないよ。
神話に登場する【ザツティンペンズ】はせいぜいが10ナーグくらいの大きさだと云うしね。いくらゲームと言っても、ここの【ザツティンペンズ】は盛り過ぎだよ。
まったく、母さんはなんてものを作るのさ……
「これって、やっぱりレイカール研究部の制作なのか…?」
「う…多分、そうだと思うよ…」
苦笑いしながら訊いてくるダンファースに、僕は気まずく答える。
トモウェイとフィアンもチラッと僕を見る。
ルチルケーイはキョトンとしている。
内輪ネタだけど、ゲームに登場するモンスターは、僕の母レイカールが統括する部署がその多くを制作してるんだ。特に一点物のボスモンスターは、レイカール部長が巧と言われる職人チームを率いて作っているんだ。
母のレイカールは元々古生物遺伝子研究を専攻していたって話だけど、父と共同研究で女神計画のモンスターを製作するようになったらしい。
最初は一研究員だったけど、次々と凄いモンスターを生み出していって、あっという間に研究部署を率いるようになったみたいだ。
お陰で、今ではモンスター制作の第一人者なんて言われてるよ。
モンスターは、現存の動物や絶滅した動物の遺伝子を混在結合して、様々な種類のものが形作られるキメラ的疑似生命体なんだ。そのために、生物を巨大化させたり、様々な動物の特徴を兼ね備えた生命体が生み出されたりしている。
本来は遺伝子に差異のある細胞同士は結合が難しくて、生命の維持が不可能だったけど、それを可能にしたのがナノバイオテクノロジーが生み出した【魔核】だ。
【魔核】は体中の血液と細胞内に巡らされたナノマシンによって、疑似生命フィールドを作り出して、細胞活動を促進するための命令を行う。いわば、生命維持のための司令塔だ。
この【魔核】による一時的生命活動が可能になったお陰で、本来の生命形態の常識を超えたモンスターが存在可能になったんだ。
勿論、一時的生命活動が可能という事は、寿命が僅かで、生殖活動による種族の存続は不可能だ。あくまで一個体として存続するだけだ。だけど、ゲームに登場させるにはそれで十分だよね。一度の戦闘に耐えられれば良いんだからね。
もっとも、複製はできるので同じ個体を増やす事は可能だ。そのため、あるパーティに倒されてステージをクリアされても、別個体を次のパーティが戦う同じステージを用意する事ができるんだ。
つまりそれって、どんなに巨大で恐ろしいモンスターであっても、【魔核】を破壊してしまえば、生命維持ができなくなって倒せるって事だ。母は以前にそう言っていたけど、今ではモンスター攻略の常識になっているんだ。
勿論、僕はモンスターの詳細については教えて貰ってないから、この【ザツティンペンズ】の戦い方にしても、弱点にしても判らない。
でも、戦いようはあるって事さ。
ニヤリとする僕の態度に、ダンファースが訊いてくる。
「何か思いついたのか?」
「ああ、さっき言ってた英雄テアクリンシスの戦い方だけど、あの戦法が良いんじゃないかな。」
「確かに、動きを封じて止めを刺すのは基本だと思うけどよ、具体的には?」
「アレを試してみようよ。」
僕の提案に皆が驚く。
「アレをか!」
「ええっ、アレってまだ練習中の技じゃない!」
「そうよ、未完成の技は成功率が低い。危険だわ。」
「リスクは高いけどさ、成功すれば一気にこっちが有利になるよ。」
「確かにな。あの巨体との戦いでは時間が経つほどに、こっちの体力と《魔核ユニット》のエナジーを消耗するからな。」
「ねえ、アレってなんなの?」
僕らの話を聞きながら、ルチルケーイが不服そうに訊いてくる。
そうだ。ルチルケーイはパーティに加入したばかりだから知らないよね。
僕は簡単に技の説明をした。
「ええ―――っ、そんな事できるの!?」
「ルチルケーイがさっき使った《エンハンス》で協力してくれれば、成功率は跳ね上がるよ。」
「ディケードの役に立てるのね。じゃあ、やるわ!」
「っつ!」
そう言って、嬉しそうに僕に抱きつくルチルケーイを、トモウェイが驚いて見つめる。
咄嗟に、ルチルケーイに詰め寄ろうとするトモウェイを、フィアンが止める。
そのフィアンの行動に、トモウェイは驚く。
「フィアン!」
「トモウェイ、今はダメ。自分を貶める事になる。」
フィアンの言葉にハッとするが、堪えた怒りをぶつけるようにトモウェイは僕を睨みつける。
ブルルル………
怖いよ。凄く恨まれてるような感じがするんだけど……
僕は直ぐにルチルケーイから離れたけど、ちょっと理不尽かなって思う。
僕がルチルケーイに抱き着かれたのは軽率だと思うけどさ、今はボスモンスターとの戦いをどうするかの方が重要だよね。
正直、そんな事で目くじらを立てないで欲しいって思うよ。フィアンが止めてくれて良かったよ。
でも、フィアンは凄いね。
さっきから僕ばかり冷たい態度を取られるから、嫌われたと思ってたけど、必要ならトモウェイだって諫めてくれるんだね。中立で態度が大人だよ。
それって、ダンファースと一線を越えて大人になったからなのかな。
僕もトモウェイと一線を越えたら、もっと大人になれるのかな……
あっ、やべっ!大きくなっちゃった……
「わあっ♪」
「………」
「くっ…」
ルチルケーイは、ニヤニヤしながら僕の下腹部を見つめる。
フィアンは赤くなって目を逸らした後に、氷の視線で睨みつける。
トモウェイが怒って目の前の岩をガンガン殴りだした。
うう…もう、なんなんだよ。
女の子たちも、一々僕のあれに反応しないでよ!
なんか、ままならない事ばっかりで、腹が立ってきたよ。
「それじゃあ、作戦開始だ!」
「「「「 了解! 」」」」
なんやかんやと紆余曲折があったけど、アレを使った作戦に決まった。
先ずは作戦の準備だ。僕は周りにある岩を《魔法剣トランジャー》で細かく縦に切り刻んでいく。大した抵抗も無くスパスパ切れるので、あっという間に小山のような岩が姿を消していく。
「ふえ―――っ、凄いね―――!」
「うん、業物だからね、手に入れるのに苦労したよ。」
初めて見る訳でもないけど、ルチルケーイが感心する。切れ味はともかく、この作業は見てるだけでも面白いだろうなとは思う。
なにより、自慢の武器を褒められて嬉しいので、つい喜んで答えてしまう。
でも、いつもの癖なのか、スキンシップを取ろうと近づいて来るので、僕は慌てて制止した。
「ちょっ、近寄ると危険だよ!」
「でも、《エンハンス》で協力をするんでしょう。」
「それはまだいいから。その時になったら声を掛けるよ。」
「分かったわ。頑張ってね。」
「……………」
僕とルチルケーイのやり取りを、トモウェイがジト目で見ている。
ヤバいよ。あれは拗ねちゃった時の癖だよ。前に一週間無視された事があったからね。今回は長引かないといいけどな。
僕は周りにある岩と共に、切り刻んだ岩をアイテムボックスに収納していく。同様に皆も自分の《かばん》に転がっている岩を収納していく。僕らの持っている《かばん》では、2〜3個しか入らないみたいだ。
収納した岩は、左腕に装着したARDにモニターされるので、音声コマンドで瞬時に取り出せるようにセットしておく。
これで準備は整ったけど、僕たちの周りがほとんど平地になってしまった。ボスモンスター【ザツティンペンズ】に一番近い岩を残してあるけど、奴から僕たちの姿は見えているはずだ。
それでも、特に反応を示さないのは、まだ奴の戦闘域に僕たちが脚を踏み入れてないからだろう。
つまり、残っている岩が奴の攻撃からの安全域の目印となる。
僕とダンファースが頷き合ってから、岩を挟むように左右に分かれて前に出た。
途端に【ザツティンペンズ】が反応を示して、その醜悪な顔を僕たちに向けた。
次の瞬間、その巨体が無数にある脚を動かし、あっという間に僕たちの目の前まで迫ってきた。
驚くべき速さで、奴の動きは予想を完全に上回っていた。巨体だけにもっとのっそり動くのかと思ったけど、見るからに頑丈で太い脚は、その数に物を言わせて俊敏に動いて見せる。
まるで巨大な列車が迫って来るような迫力と《プレッシャー》に、僕とダンファースは後退を余儀なくされた。
止む無く安全域となる岩の後ろまで下がると、その手前で【ザツティンペンズ】が伸びきった状態になって動きが止まった。
やはり、これ以上は攻撃が届かないのだろう。よく見ると奴の最後尾にある二本の触角に似た曳航肢が大樹の枝に絡み付いていて離れない。
これは、【ザツティンペンズ】が黄金の果実の守護をもっとも優先しているからだろう。
しかし、すぐ目の前まで迫っている醜悪な作りの顔は、細部まではっきり見えると更に恐ろしく感じた。何より、鋭い歯が幾重にも重なって生えている口がガチガチと音を立てながら開閉しているし、それを覆うように生えている鍵爪が、より恐ろしさを際立たせている。
鉤爪からは濃い紫色の液体が垂れていて、落ちた部分の雑草が一瞬にして溶けて無くなってしまった。猛毒だ。
もし食われてしまったら、毒爪の毒に犯されながら、骨まで噛み砕かれて死んでしまうだろう。
母さん、本当になんてモンスターを作るんだよ。
僕たちは、アバターでゲームをしてるので本当に死にはしないけど、アバターの身体は死んでしまうし、接続が切れるまで藻掻き苦しむ事になる。そんなのは真っ平御免だよ!
岩の陰に隠れた僕たちは、ひとまず安全と気を緩めたけど、その瞬間、【ザツティンペンズ】の頭から生える二本の触角が伸びて迫ってきた。
僕とダンファースは咄嗟に横っ飛びで触角を躱すと、触角は深々と地面に突き刺さった。
まさか触角が伸びてくるとは思わなかった。なんとかギリギリで躱せたけど、こんなの初見殺しだよ!
しかも、僕とダンファースが態勢を整える間もなく、触角が引っ込んで地面から抜けると、再び伸びて今度は鞭のようにしなって襲い掛かってきた。
迫りくる二本の触角は、それぞれが僕とダンファースに狙いを定めて振り下ろされる。しかも、軽く音速を超えているので、目視で捉える事ができない。
ダンファースは咄嗟に盾を構えて触角を受け止める。
触角そのものの衝撃と共に、音速を超えて発生した衝撃波がダンファースの《魔法盾ブクリューエ》に圧し掛かる。
「うおおおぉぉぉ―――――っっっ!!!《スーパーブースト》発動!《アクセル》全開!耐えろ、《ブクリューエ》!!!」
たった一度しか使えない《スーパーブースト》を発動し、《アクセル》を超強化させて全身を筋肉の鎧と化したダンファースは盾を支える。
《魔法盾ブクリューエ》は《魔核ユニット》のパワーを最大限に引き出して、ダンファースの要望に応える。その際に、《魔法盾ブクリューエ》が発生させる《フィールド》と【ザツティンペンズ】の触角が発する《フィールド》が交差して、火花に似た真っ赤な干渉光を発生させた。
《魔法盾ブクリューエ》は見事に【ザツティンペンズ】の触角を受け止めたが、その衝撃はダンファースの体に圧し掛かり、ダンファースの脚を膝近くまで地面にめり込ませた。
通常なら、これでダンファースの全身の筋肉と腱は破壊されてボロボロになるはずだが、《スーパーブースト》によってっ強化された肉体と共に、《魔核ユニット》によって強化された《魔法鎧アリルミレス》が耐えてみせた。
「このくそったれが―――――っ!!!《フィールド・ウィーケン》!」
なんとか耐えきったダンファースは、そこから反撃をする。
《フィールド・ウィーケン》は魔法盾が持つフィールド攻撃の一つで、受け止めた敵の武器の《フィールド》を分解させながら、自分の《フィールド》を侵食させていく。そのために、敵の武器は《魔法盾ブクリューエ》に吸着されて動きが取れなくなる。
これはシンクロ効果の逆の効果を引き起こす現象だ。敵の持つ《フィールド》の波動に、更に高密度の高周波動をクロスさせる事で、敵の《フィールド》を拡散させて弱体化し自身の《フィールド》の中に取り込んでいく。
どうやら、ダンファースの反撃は功を奏して、【ザツティンペンズ】の触角の吸着に成功したようだ。その証として、《魔法盾ブクリューエ》は赤かった干渉光を青に変化させていく。
「フィアン!」
「まかせてっ、《レーザー・クーリング》!」
ダンファースの要請に応じて、フィアンは《魔法杖》を構えて《レーザー・クーリング》の魔法を放つ。
この魔法によって、《魔法盾ブクリューエ》に捕らえられた触角周辺の気体は、急速に絶対零度近くまで冷却される。その為に触角の原子は運動を極限まで抑え込まれて、触角は動きを止め、しかも脆くなる。
これはレーザー冷却技術を応用したもので、1m/s(千分の1秒間)に1万回以上のレーザーを打ち込んで励起した原子から光子を放出させて冷却を行う。また、この技術は原子と光子の進行方向を調整する事で、加熱する事も可能だ。
本来、この魔法は《フィールド》の微調整が複雑なので、扱えるマジシャンは少ないが、フィアンの《フィールド》操作能力はそれを可能にしている。
「サンキュー、フィアン。愛してるぜ!《ライトニング・ショック》!!!」
「もう、バカ!」
真っ赤になって照れるフィアンを余所に、ダンファースの持つ《魔法盾ブクリューエ》から《ライトニング・ショック》という電撃魔法が放たれる。
これはダンファースが持つ火と雷の魔法特性の一つ、サンダーマジックを《魔法盾ブクリューエ》から放出するものだ。
絶対零度近くまで冷却されて、超電導物質に近い状態になっていた【ザツティンペンズ】の触角は、モロに電撃魔法を食らって帯電し、その触角の先端はボロボロに崩壊していった。
しかも、その電撃は触角を伝って【ザツティンペンズ】の脳に響いたようで、奴はフラフラと後退していった。
「はあはあはあ…くそっ、なんとか退けたけど、奴の被害は触角の先端だけだ。はあはあ…図体がデカいとそれだけで驚異だぜ。はあはあはあ…」
「ダンファース、大丈夫、怪我は無い?」
「ああ、なんとか耐えきったけど、《スーパーブースト》を使ってしまったからな、はあはあ…筋肉疲労が半端ないぜ……はあはあ……しかも、あの一撃で盾も鎧も《魔核ユニット》のエナジーを半分以上消費しちまったぜ、はあはあ…次は耐えられないな………」
心配して駆け寄るフィアンに、ダンファースは苦しそうにしながらも笑って見せる。
フィアンはホッとしながらダンファースに回復薬の《ポーション》を飲ませる。
二人のピッタリ息の合った攻撃は、かろうじて【ザツティンペンズ】の攻撃を凌いで見せた。
一方で、もう片方の触角の攻撃を受けた僕は、咄嗟に《魔法剣トランジャー》を構えて盾代わりにした。
魔法剣の《魔核ユニット》からパワーを引き出し、更に自身の《フィールドウォール》を凝縮して、ショックを吸収するために魔法剣と体の間に展開した。
本来なら、それでも【ザツティンペンズ】の触角によって体を真っ二つにされていただろうけど、幸運だったのは、僕の時は触角が横薙ぎで攻撃してきた事だ。ヤバいと感じた僕は、触角に抵抗しないでそのまま弾き飛ばされる事を選択した。
触角が当たった瞬間、物凄い衝撃が僕の身体を襲ったけど、受け流す事で意識を失う事無く空中高く飛ばされた。
痛みに耐えながら空中で状況を確認すると、ダンファースは盾で【ザツティンペンズ】の攻撃を受け止めていた。
咄嗟に《スーパーブースト》を使ったみたいだけど、攻撃には耐えていた。やっぱり凄いなダンファースは。これだけ頑丈なタンクはそう居ないよ。
【ザツティンペンズ】の方を見ると、大樹から体が伸びきった状態にある。大樹から離れてしまえば、簡単に僕たちに攻撃できるはずなのに、それをしないのは、やはり奴は【オリュフィ】を護るのがメインの役目なんだ。
まあ、お陰で曳航肢に縛り付けられている顕現石はほとんど揺れずに済んでいる。囚われている女神様がどう感じているのかは知らないけど、物理的ショックは少なさそうだ。
でも、こうして【ザツティンペンズ】を上から見ると、普通の蜈蚣を巨大化させただけに見える。特に他の生物の特徴は見当たらない。
まあ、普通の蜈蚣は触角で攻撃はしないだろうけどさ。それに、巨大化させただけと言っても、今までこんなでかいのはボスモンスターでも居なかったからね。
中級ダンジョンのボスとしては破格の強さかもしれないけど、上級ダンジョンに比べたらそれなりなんだろうな。
僕たちのレベルだと、これでもいっぱいいっぱいだけどね。
う~ん、どうしようかな……
今の状況なら、上手くやればアレを決められそうなんだけどな。
でも、成功確率は低いよね。
こうして、軽く【ザツティンペンズ】の《フィールド》に探りを入れても、かなり強固な《フィールドウォール》を張ってるのが判るよ。あれを取り除くか弱化させないとダメだよね。
だけどさ、【ザツティンペンズ】は蜈蚣だ、節足動物だよね。
脊椎動物じゃないので、もともと《フィールド》を操る能力はほとんどないはずだ。《フィールド》を自在に操るには、脳の内部にある橋が発達した橋髄が必要なんだ。その発達によって、この惑星の脊椎動物は驚異的な〈超越力〉を獲得したんだからね。
橋は元々脳幹の一部で、運動に関する情報を大脳から小脳に伝える役割を持っている。しかも、中脳、脳幹、延髄と密接な繋がりを持っていて、身体の様々な生命維持に深く関わっているんだ。
それらの部位を統合に近い形で発達して橋髄としたのがこの惑星の脊椎動物なんだよね。
だとするなら、【ザツティンペンズ】の《フィールド》能力は後付けだと考えるのが妥当だよね。
成程、《魔核》か!
【ザツティンペンズ】の生命維持を担ってる《魔核》に《魔核ユニット》を組み合わせたんだ。
《魔核》は超小型トリウム原子炉を次元転移して内包している。直接内包してないため安全を確保しながら莫大なエネルギーを取り出す事が可能だ。
それに対して《魔核ユニット》は《魔核》から取り出したエネルギーのみを受け取る受容体電池で、《フィールド》の制御が役割だ。
つまり、【ザツティンペンズ】の脳に当たる部分に魔核を埋め込んでエネルギーを作り出していて、脳から身体中に繋がる神経節に《魔核ユニット》を組み込んで《フィールド》制御を行っているんだ。
「うおっ、スゲ―――ッ!ダンファースとフィアンが触角を破壊して【ザツティンペンズ】を後退させたぞ!」
【ザツティンペンズ】がすごすごとダンファースたちから離れて行くのが見える。
さすがだよ。息もぴったりでさ、ベストカップルだよね。それにさ、よくあんな場面で「愛してるぜ!」なんて言えるよね。格好良いなぁ、ダンファースは。
まあ、それはともかくさ、今の二人の攻撃で確信したよ。
【ザツティンペンズ】の《フィールド》が大きく揺らいだからね。僕の推測は間違ってなかった。やはり脳の部分に《魔核》があって、そこから繋がる神経節の各脚の付け根に《魔核ユニット》が配置されているんだ。
よし、これで攻撃する部分が判ったよ!
随分長い間飛ばされちゃったけど、怪我の功名だよね、敵の弱点が判ったのはさ。
っとと、いけね、自由落下もそろそろ終わるよ。着地の準備に入らないと。
いつもなら、こんな時はトモウェイが………
「《ワールウィンド》!」
トモウェイの呪文と共に、つむじ風が巻き起こって僕を包み込んだ。
突風の中に入ったようなものだけど、《フィールド》で守られている僕は安全に降下して、無事着地した。
マジシャンのトモウェイは火と風の魔法を得意としてるけど、特に風を扱うウィンドマジックは中級クラスとしてはトップレベルにある。
今の魔法《ワールウィンド》は、さっきフィアンが使用した《レーザー・クーリング》と原理は一緒だ。レーザー光線を拡散させながら地面に照射すると、上昇気流が起こってつむじ風が発生する。
この時に、つむじ風の強さと位置を調整するのが、《フィールド》の腕の見せ所となる。
「トモウェイ、ありがとう。」
「ふん、そのまま墜落するところを見てても面白かったかもね。」
やれやれ、ご機嫌斜めだねぇ……
トモウェイにどんとぶつかって弾き飛ばし、ルチルケーイが僕に飛びついてくる。
「ちょっとぉ!」
「ディケード、大丈夫だった?お腹怪我してない……あんなに飛ばされて、心配したのよ。」
「あ、ああ、ちょっと痛むけど、無事だよ。」
ルチルケーイは僕のお腹を擦りながら、《ポーション》を飲ませてくれた。
彼女は随分と心配してくれるけど、ダンジョンでの戦いはこんなの当たり前だからね。逆に、今までどんだけ温い戦いをしてたんだって、こっちが心配しちゃうよ。まあ、心配してくれるのは単純に嬉しいけどね。
「そんな事より、はやくダンファースたちのところへ戻りましょう。向こうが心配だわ。」
「ああ、そうだね。」
「そんな事って何よ!ディケードが心配じゃないの?」
「ふ、ふん…ディケードはこれくらい平気よ。」
二人は言い争いを始めたけど、その時に、トモウェイがそっとアイテムボックスにポーションを仕舞うのが見えた。
ありがとう、トモウェイ。
声に出して言うのは恥ずかしいけど、しっかり感謝はするからね。
でも、最近はすっかりツンデレキャラが定着しちゃったなぁ………
以前は、そんな面倒くさい女の子じゃなかったのにな。
やっぱり僕がしっかりしないといけないんだよね。
とにかく、早くダンファースたちの所に戻ろう。
【ザツティンペンズ】の攻略法が見えてきたんだからさ!
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