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M-2 性欲の目覚め -中編-上

 地獄への案内人《渡し守カトンロトーン》から【子孫繁栄の祝福】を受けた僕は、トモウェイの魅力と双丘の柔らかさに感極まって性欲が弾けてしまった。

 何度も何度も弾ける初めての精通体験に、僕は快感地獄に陥って気を失った。


 最初はビックリするくらい気持ち良かったけど、果てしなく続く射精は精気(生命エネルギー)を吸い出される感じがして、苦痛でそのまま死ぬんじゃないかと思ったよ。




 ☆   ☆   ☆




「ニャ―――ン…ニャニャ―――ン……ニャウ―――ン………」


 意識が戻ると、(キャッ)の鳴き声が聞こえて、下腹部がもぞもぞしていた。

 薄目を開けて覗いてみると、黒猫(キャナワリー)のバートリーエが横たわる僕のお腹の上に乗って、九本の尻尾で僕の股間を叩くように撫でていた。


 僕の横では、パーティメンバーのトモウェイとダンファースとフィアンが祈りを捧げながら心配そうにしている。

 舟の後ろでは、《渡し守カトンロトーン》が櫂を漕いで舟を操っている。


 頭上では、ごつごつした岩が覆っていて空を隠していた。

 いつの間にか、舟は峡谷の川から洞窟の中へと進んでいたようだ。かなり勾配のある急流を下っているのか、カトンロトーンの櫂捌きが忙しそうだ。

 それでも、舟が安定してるのは流石なのかな。


「いっひひひ―――っ。小僧、目が覚めたようだなー、いっひひひ。」

「ディケード!大丈夫?」

「ディケード、無事か!」

「ディケード、良かった…」


 カトンロトーンの言葉で、皆は祈りを止めて僕に詰め寄ってきた。

 僕の心配をしていた皆のホッとした顔に、僕も安心する。


「良かった、心配したのよ…」


 トモウェイが目に涙を浮かべて、僕の頬に手を当てながら僕を見つめる。

 トモウェイの潤んだ瞳は凄く魅力的で、思わずドキリとなった。

 同時に、股間のあれ(・・)がみるみる大きくなってテントを張った。


「ニャッ!ニャニャ―――!」

「いっひひひ―――っ。小僧、まーた粗相するのかー、勘弁だぜー。いっひひひ。せっかくよー、バートリーエが奇麗にしてくれたんだからよー、漏らすんじゃねーぞー。いっひひひ―――っ。」

「ウニャッ!」

「って―――――っっっ!!!」


 僕の股間の変化にバートリーエが驚き、カトンロトーンが嘲るように注意をする。

 怒ったバートリーエが、一際太い真ん中の尻尾で僕のあれ(・・)を引っ叩いた。激痛が走ったけど、お陰であれ(・・)は元に戻った。


 ホッとして身体を起こすと、僕を心配していたトモウェイとフィアンが、一緒に逃げるように舟の端っこに身を寄せた。顔が真っ赤になっている。

 そんな二人を、ダンファースはため息をついて見ていた。


「いっひひひ―――っ。まったくよー、俺様っちの舟で粗相をするなんざー、小僧が初めてだぜー。いっひひひ。こいつぁー前代未聞だぜー、いっひひひ―――っ。バートリーエに礼を言うんだなー、いっひひひ。」


 カトンロトーンの言葉で、僕はようやく事の成り行きを思い出して腑に落ちた。

 トモウェイとフィアンが真っ赤になってドン引きする態度も、ダンファースの憐れむような態度にも、納得してしまった。


 僕は……僕は…皆の前でやらか(射精)してしまったんだ…よね。


 穴があったら入りたいとはこの事だ。僕はとてつもない羞恥に襲われて、消え入りたかった。

 そんな僕の肩に、バートリーエは長く伸ばした尻尾を優しく添えてくれた。


「…ニャン。」

「……バートリーエ、………ありがとう…」


 バートリーエにはいろんな意味で本当に感謝だよ。

 パンツの中もスッキリして爽やかな感じになっているしさ。


 僕が黄昏ていると、舟の目的地が見えてきたみたいだ。

 川の流れが緩やかになって、狭かった洞窟が大きく広がった場所に出た。

 洞窟は10階建てのビルが入るほどの大きな空間になっていて、洞窟の天井に空いた穴から一筋の光が差していた。


 周りの岩にはびっしりとヒカリゴケが張り付いていて、その差し込む光に反応して辺りを緑色に照らしていた。

 もっとも、その緑色はギラギラと淡く光りながらも薄暗くて、抽象画を思わせる壁画にも見えて、不気味さを漂わせていた。


 また、天井に空いた穴から風が吹き込むと、鳥の大群が一斉に悲鳴を上げたような甲高い音が鳴って、恐怖心を煽った。

 僕たちはいったいどこへ案内されたのか、不安が募り誰も口を開かない。


 カトンロトーンの操る舟は、洞窟内の壁に沿うようにゆっくりと川を下っていく。

 前方に流れが大きくカーブする箇所があり、そのカーブに沿った外側に砂利が堆積して小さな州が形作られていた。その州からは、洞窟の奥へと続く陸路が見えている。

 舟はその州に寄せられると停止した。


「いっひひひ―――っ。到着だぜー、ガキンチョどもー。いっひひひ。ここはよー、『悲哀のダンジョン』のボス部屋へと続く秘密の道よー。いっひひひ―――っ。俺様っちとバートリーエしか知らねー最短コースの裏道だー。いっひひひ。お前らはよー、俺様っちの眼鏡にかなったからなー、特別に連れて来てやったぜー、感謝しなー。いっひひひ―――つ。」

「ニャ―――ッ♪」


 カトンロトーンが言い終えると同時に、僕たちは弾き出されるように舟から降ろされた。

 なんとか転ばないように州を作っている砂利の上に降りたけど、その途端足元が蠢き始めて絶叫が響いた。


「「「 ギャ―――ッ!痛い痛い痛いよ―――っ! 」」」

「「「「「 止めてーっ、踏まないで―――――っ!! 」」」」」

「「 うぎゃ―――っ!潰れる―――っ!助けて―――っっっ!! 」」

「「「 ひぃ―――っ!頭が壊れた―――っ!腕がもげた―――っ!! 」」」


 僕たちはビックリして跳び退いたけど、次に着地した場所でも同じ繰り返しだった。


「キャ―――――ッ!!な、なによこれ―――っ!!!」

「ウワァ―――――ッ!!なんだぁ―――――っっっ!!!」

「いや―――――っ!!気持ち悪い―――――っっ!!!」

「人間だ―――――っっっ!人間が居るぞっ!!!」


 州を形作る砂利だと思っていた物は、実は小さな人間の群れだった。

 ぐったりして横たわっているから遠目には砂利に見えたけど、僕たちが踏みしめた途端に騒いで暴れ出した。


 小さな人間たちは、僕たちに踏まれるのを恐れて一斉に逃げ出した。

 そのために、州の形が変わって川の水が僕たちに迫って来る。

 カトンロトーンとバートリーエが楽しそうにその様子を見ている。


「いっひひひ―――っ。早く移動しないと濡れちまうぞー。いっひひひ。この川は《女神ステーシアス》様の支流《コッキートゲス》だぜー、濡れると一生悲劇に見舞われるぜー。いっひひひ―――っ。」

「ニャニャ―――――っ♪」


 カトンロトーンの言葉に驚いて、僕たちはすぐさま州から離れるように高く跳んだ。ダンファースの命令が響く。


「《ブースト》発動、《レッグアクセル》全開!《フィールドウォール》複数斜面展開だ!」

「「「 了解! 」」」


「「「「「… ギャ――――――――――っっっ!!! …」」」」」


 僕たちは脚の筋力を《アクセル》で強化して空中高く跳び上がり、更に《ブースト》で《フィールド》の出力を増幅する。次いで、それぞれが空中に小さくて濃密な《フィールドウォール》を展開して、それを足場にしながらジャンプして遠くまで跳んで行く。


 その際に踏みつけられた小さな人間たちが盛大に悲鳴を上げた。胸糞悪く、罪の意識を持たされたけど、僕たちは無視するしかなかった。

 まったく、カトンロトーンはなんて所に僕たちを連れて来るんだ。僕たちが居る場所は、冥府にある地獄と呼ばれる場所の何処(いずこ)だったんだ。


 まさか、僕たちが進んでいた川が《女神ステーシアス》の領域だとは思わなかった。《女神ステーシアス》は冥府を流れる河で、行き着く先は地獄の更に最下層にある《冥府王ハーデラエス》の玉座と云われている。

 しかも、この河の水に触れる事は、死かそれに近い状態を意味するとも云われている。


 地獄への案内人と云われる《渡し守カトンロトーン》が現れた時点で、それを顧慮すべきだったのかもしれない。

 カトンロトーンは、世界を作ったと云われる《創造神グリューサー》とその僕たる十二主神、そのうちの一柱《冥府王ハーデラエス》の腹心とも噂されていた。

 ひょうひょうとした態度に騙されていたけど、彼は冥府の主神の一柱なんだ。

 そんな者が僕たちを送りに来るなんてね。


 僕たちは出来るだけ高く跳んで、安全と思われる洞窟の天井近くの壁に出来た窪みに着地した。そこはちょっとした広間のような大きさだった。

 今度は特に問題なく、無事に立っていられた。


「いっひひひ―――っ。スゲーじゃねーかよー、そんなところまで飛んで行けるとはなー、見直したぜー。いっひひひ。」

「ニャ―――――っ。」


 確かに随分と跳んだ。30ナーグ(約30m)はあるだろう。

 焦ったために、貴重な《ブースト》を使ってしまったけど、後で困らなければいいんだけどね。


 それに、今の跳躍は無茶をして負荷がかかりすぎた。皆が肩で息をしている。特にトモウェイとフィアンの女性陣はかなり苦しそうだ。

 と言いつつ、本当は僕もかなり苦しい。

 これって精通の影響なんだろうか、普段とは違って身体がだるくて重いし、若干眠気がする。これも初めての体験だ。《ブースト》の使用後は若干身体がだるくなるけど、ここまでじゃない。


「やれやれだぜ…フィアン、トモウェイ、大丈夫か?」

「ハァハァ…ありがとう。ハァ…」

「ハァハァ…ええ、なんとかね。フゥ~…」

「ふう…」


 ダンファースが座り込むフィアンに手を貸して立ち上がらせる。

 僕も辛いのを我慢して、トモウェイに手を差し伸べる。

 トモウェイは僕の手を取ろうとしたけど、視線が僕の手から股間へと移った。

 その途端、僕の手を取らずにプイっと背中を向けてしまった。


 ガガ―――――ン!!!


 僕は嫌われてしまったようだ。

 無理もないのかな。心配して抱き締めてくれたのに、僕は興奮して射精しちゃったんだもんな…

 それだけでも酷いのに、またトモウェイに心配されて額を触られただけで大きく(・・・)なってさ。テントを張ったところをしっかり見られちゃったよ。最悪だ…

 フィアンだってドン引きしてるしさ。


 トモウェイの後ろ姿を見ると、耳と首筋が真っ赤になって震えているのが判る。

 男の下事情を見せられるなんて、女の子には強烈な衝撃なんだろうな。

 まあ、僕も初めての経験で衝撃を受けてるんだけどさ。


 はぁ~………

 トモウェイを本気で好きになった途端、嫌われてしまうなんて。

 凄く、ショックだ………

 まさか、川の水に触れた訳じゃないよね。


「いっひひひ―――っ。少年よー、青春してるねー。いっひひひ。」

「ニャ―――っ♪」


 落ち込む僕を、カトンロトーンとバートリーエが遠くからあざ笑う。

 ちくしょう!お前ら、まだ居たのかよ!

 こんな事になったのは、元はと言えば、お前のせいだろうが―――――っ!!!


「いっひひひ―――っ。お前さんが気に入ったからよー、別れの挨拶をしようと思ってなー。いっひひひ。

 ガキンチョどももよー、夫婦喧嘩に巻き込まれて大変だろうけどよー、《女神イーレテゥス》様を救い出してくれよなー。いっひひひっ。

 お前らならよー、そこのボスも大した敵じゃねーだろうよー。いっひひひ―――っ。」

「ニャ――――――――――ッ!」


 これには驚いた。

 まさか、カトンロトーンとバートリーエが応援してくれるとは思わなかった。

 でも、夫婦喧嘩ってなんだ?

 《女神イーレテゥス》様に関係することなのか…


「いっひひひ―――っ。元気でなー、ディケードよー。いっひひひ。

 お前さんとよー、そこの娘っ子のよー、子供がダンジョンにやってきたらよー、俺様っちがよー、直々に案内してやるからなー。いっひひひ。勿論その子孫もだぜー。いっひひひ―――っ。」

「ニャオォォォ――――――――――ンンン………」

「なっ!?」

「!!!」


 カトンロトーンとバートリーエを乗せた舟は、川の水の中へと消えていった。


「な、ななな…何とんでもない事、言ってんだよ―――――っっっ!!!」

「……………」

「…行っちまったな。」

「…そうね。」


 カトンロトーンが最後にとんでもない爆弾を落としていった。

 僕とトモウェイの子供だってぇ………

 そんな事……………


 思わずトモウェイを見ると、トモウェイも僕を見ていた。

 目が合った瞬間に、またプイっと後ろを向かれてしまった。


 ガガ―――――ン!!!


 やっぱり、嫌がられてる………

 どうやら、僕は本当にトモウェイに嫌われてしまったらしい。


 ちくしょうっ!カトンロトーンめ―――っ!

 何が【子孫繁栄の祝福】だよ、それ以前の問題じゃないか!



 僕たちは暫く当たりの様子を伺った。

 カトンロトーンが居なくなり、これといった(わざわい)も起こらない。

 腐食した部分の防具を取り替えながら、ダンファースが皆に声をかける。


「いつまでも、ここに居てもしょうがない。早く『悲哀のダンジョン』に行ってボスを倒そうぜ。」

「そうよ、カトンロトーンは最短の裏道なんて言ってたけど、まだ遠そうよ。」

「………そうだね、それが目的だよね。」

「………分かったわ。」


 僕たちが立っている岩の上から見ると、洞窟内の道は遠くまで続いていて、その先の洞窟が狭くなっている。それ以上先は見えないけど、僕たちが目指す『挑戦の間』の空間とは繋がっているのかも怪しい感じだ。

 もしかして、カトンロトーンに騙されたのか……


 小さな人間たちが居た場所を見ると、州は跡形もなくなっていて、小さな人間たちも居なくなっていた。普通に川の流れがあるだけだった。

 小さな人間たちは、散り散りにどこかへ逃げてしまったんだろうか。

 それとも、僕たちを降ろすためにカトンロトーンはあの不気味な州を作り出したんだろうか。

 なんにせよ、悪趣味極まりないな。


 岩の窪みから飛び降りようと思って下にある道を見ると、まるでワニ(クローコディ)の背中のようにゴツゴツした岩で出来ているのが判る。見るからに歩くのが大変そうだ。

 かといって、他に道はない。道の両脇にはトゲトゲした針の集合体を思わせる植物が生い茂っている。どう見ても、道の通りに進めと示している。


 僕は《フィールド》を広げて道と植物の感触を確かめてみるが、鉄で出来ているかと思う程に硬い感触が伝わってきた。ギザギザした面は、飛び降りて着地するのが難しそうだ。


 ここは、ゆっくりと降りてソフトランディングするしかない。

 そのためには、皆で手を繋いで《フィールド》をシンクロさせた《フィールドエレベーター》が最適だけど。


 皆の意見も同じだ。

 僕たちを輪を作るようにして手を繋ぐ…

 はずだったんだけど、僕がトモウェイの手を握ろうとしたら、引っ込められてしまった。


 ガガ―――――ン!!!


 僕って、そんなに嫌われたんだ………

 思わず涙が零れてしまう。


「っつ!ご、ごめんなさい、つい!」


 トモウェイは自分でも驚いた、という感じで謝る。

 ダンファースとフィアンが驚きながらも、ちょっとトモウェイを責めるような感じの視線を送る。

 それを受けて、トモウェイは皆に背を向けてしまう。


「わ、わたしが悪いのは自覚してるのよ!でも、恥ずかしさが込み上げてきて、ままならないのよっ!」


 トモウェイは自分の感情を持て余してるみたいだ。

 やっぱり、それほど射精とテントはショックだったんだよね。

 るるる~と涙が頬を流れていく。


 フィアンがトモウェイに寄り添って背中に手を添える。

 ダンファースも僕の肩に手を回して慰めてくれる。


「ドンマイだぜ、ディケード。」

「う、うん…」


 親友(マブダチ)は有難いよね。

 ダンファースとは幼少の頃から10年近い付き合いだ。

 僕たちはどんな時にも励まし合い、どんな事でも打ち明けあってきたんだ。


「ディケード、そんなに落ち込むなよ。俺だって似たようなもんだったぜ。

 俺もさ、初めてフィアンとやる時に緊張と興奮が天元突破してよ、思わず先走ってしまったんだぜ。」

「…そ、そうなの?」

「おおっ!だって、フィアンのヌード、めっちゃ綺麗だったんだぜっ!!!」

「お、おおっ…」

「ちょっ!ダンファース、何言ってるのよっ!!!」

「………!」


 元々、裏表のない豪快な性格をしているダンフォースは地声がでかい。

 本人は僕だけに話してるつもりでも、周りには丸聞こえだ。

 凄い告白に、当事者のファインは慌てるし、トモウェイもビックリしている。


「そのせいですっごく気まずくなってさ、その日は結局ダメだったんだ。」

「ダンファース、止めて!そんな事、他人(ひと)に言わないでよっ!」


 赤裸々なダンファースの告白に、フィアンが真っ赤になって慌てふためく。

 僕もトモウェイも、ただただびっくりだよ。


「でもよ、親友(マブダチ)が悩んでるんだ。ここは同じ悩みを持った先輩としてアドバイスすべきだろう。」

「そ、そうかもしれないけど。でも、そんなの恥ずかしいじゃない!」

「フィアン!そこんとこ詳しく教えて!」

「ト、トモウェイまで!」

「お願いっ!」


 なんか、僕以上にトモウェイが食いついてる。

 ま、まあ、気になるよね、他人の情事ってさ。

 特に僕たちみたいに新人類ニュージェネレーションズと云われる世代は、生々しい体験を持った先人がほとんど居ないしさ。


 かなり悩んだ挙句というか、トモウェイに押し切られる形で、フィアンは教える事にしたようだ。

 女の子二人が僕たちから離れて、内緒話を始めた。

 トモウェイの顔が赤くなったり青くなったりしているのが遠目に見える。


 耳に神経を集中したら聞こえなくはないけど、ここは聞かないのがマナーだよね。

 僕は僕でダンファースに訊いてみる。


「そ、それで、どうやって仲直りしたのさ?」

「別段、喧嘩した訳じゃないからな。ただお互いに気まずくて、どうしていいか分からなかっただけだからさ。正直にその時の自分の気持ちを打ち明けたら、フィアンが理解してくれたよ。で、また今度の機会にってなったんだ。」

「そ、そっか………」


 正直に気持ちを打ち明けるか……

 確かにそれが正しいんだよね。


 でも、でもさ……それが一番難しいんだよね。


 少ししてから、女の子たちが戻ってきた。

 フィアンに促されて、トモウェイが僕に向かってくる。

 その顔は赤いけれど、視線はしっかりと僕を見つめている。

 なんか、凄いドキドキするんだけど。


「あ、あの、ディケード………」

「は、はいぃっ!」


 思わず声が上ずってしまった。

 トモウェイが驚いた顔で僕を見たけど、くすっと笑って微笑んでくれた。

 僕はホッとした。


「あの…恥ずかしくてあんな事をしてしまったけど…別に、ディケードの事嫌いになった訳じゃないよ。」

「あ、そ、そうなんだ。」

「うん。ゴメンね、嫌な態度取っちゃって。」

「い、いや、僕の方こそ、あんな風になっちゃってさ…びっくりさせたよね。」

「う、うん…その、ちょっとだけね……でも、あれって人間本来の生殖活動に必要な事なのよね。」

「そ、そうだね…授業でも習ったしね。」

「うん、そうだったわね…」


 僕たちは二人で見つめ合ってから、クスッと笑った。

 トモウェイが僕との距離を詰めてくる。


「でも、男って女に魅力を感じると、あ、ああなってしまうんでしょう……」

「うっ!………ま、まあね。そうだね。そう…なっちゃうんだ…よね。」


 正直だ。正直が一番なんだ。

 ここで恥ずかしがったり、反発したりしちゃダメなんだ!

 僕は必死に自分に言い聞かせた。


 トモウェイは恥ずかしそうに赤くなりながらも、口元を緩めた。


「そっかぁ…そうなんだ………」

「う、うん……そうなんだよ。」


 いつの間にか、トモウェイとの距離が殆どゼロ近くなっていた。

 トモウェイの甘いような良い匂いがする。

 こんなに近くでトモウェイを感じたのは初めてだ。


 当然のように反応して、僕の股間が膨らんでいく。

 それにトモウェイが気づいてちょっと身体が引けたけど、グッと踏ん張って赤くなりながらも僕に微笑んでくれた。


 さあ、行くんだ!

 ここまで距離を詰めてくれたトモウェイに応えるんだ。

 僕の気持ちを告白するんだ!


 僕はトモウェイの手を包み込むように両手で握る。

 一瞬驚いた顔をしたけど、トモウェイは僕の真っ直ぐに見つめる眼差しを受け止めてくれた。


「ト、トモウェイっ、ぼ、僕は…!」

「は、はいっ!」

「君の事が…」

「はい…」


 ニヤニヤニヤニヤニヤ♪


「……………」

「……………」


 ニヤニヤニヤニヤニヤ♪


「…今度二人きりの時にしよう。」

「…そうね。」


 僕とトモウェイは距離をおいた。

 途端にフィアンとダンファースがブーイングした。


「え―――――っ、なんで止めちゃうの!」

「そうだぜ、そこは勢いで一気にいくところだろう!」

「直ぐ隣でニヤニヤ見られて出来る訳ないよっ!」

「見世物じゃないのよっ!」


 僕たちは憤慨したけど、フィアンはとっても不服そうだ。


「あんな恥ずかしい事まで話したのよ、わたしには見る権利があるわ!」

「だよなー♪」

「後で話して聞かせるわよ。それでイーブンでしょう!」

「やっぱり、話すんだね…」


 その後少しの間、皆でワイワイと騒いだ。

 なんにせよ、トモウェイとの間に気まずさがなくなって良かったよ。

 いや、それどころか、さっきのトモウェイの態度だと、もっと先へ進めそうだよね。へへー♪


 でもさ、このギンギンになったあれ(・・)はどうすればいいんだろう…股間が突っ張って動きにくいんだけど。

 それに、さっきまでとは違って、トモウェイが凄く興味津々で見てるんだけど。


「友よ、後で鎮める方法を教えるからよ、それまでは我慢だぜ。」

「お、おう…」


 ダンファースは頼りになるな。さすが、親友(マブダチ)だよ。パーティのリーダーを任されているだけあって頼りがいがあるんだ。




 ☆   ☆   ☆




 さあ、先へ進もう。

 僕たちは手を繋いで輪を作り、《フィールドエレベーター》で岩の上から空中をゆっくりと降下していく。

 下に見える道までは約30ナーグだ。普通に飛び降りたら死んでしまうし、大怪我で済めば運が良いと思える高さだ。しかし、《フィールドエレベーター》を使用することで、落下速度を大幅に減少させて着地できる。


 《フィールドエレベーター》は身体の周りに展開している《フィールドウォール》を足元に広げたものだ。

 しかし、僕たちの《フィールドウォール》は《プレッシャー》などの《フィールド》攻撃には有効だけど、物理的防御特性は弱い。なので、自分の体重を長い時間支える事は難しい。


 さっき、僕たちは高く跳ぶために、密度の高い小さな《フィールドウォール》を展開して足場にしたけど、あれは《ブースト》を使用しての短時間の展開なので可能だったんだ。《ブースト》の再度の使用にはインターバルが必要なので、今しばらく使えない。それに、ボスモンスター戦のためにも温存しておく必要があるんだ。


 そこで各自の《フィールド》をシンクロさせて、《フィールドウォール》を強化する。

 カトンロトーンが現れた時にも、《フィールドウォール》をシンクロさせて強化したけど、《フィールド》のシンクロは物理防御力をも跳ね上げてくれる。


 《フィールド》のシンクロは、そのシンクロ率によって大きく防御力が変化するけど、面白いのは階乗的効果による物理強化特性を持っている事だ。

 つまり、二人でシンクロするなら1×2で2倍となり、三人なら1×2×3で6倍となる。僕たちは四人居るので、1×2×3×4で24倍に《フィールド》が強化される事になる。

 とは言っても、この階乗的効果は五人が限界とされていて、それ以上人数が増えても効果は殆ど変わらない。《フィールド》の物理的強度限界点が、そこら辺にあるらしい。


 もっとも、その階乗的効果はあくまで100%でシンクロした場合の理論値だ。

 個人個人の《フィールド》はそれぞれの特性があるので、100%のシンクロはありえない。理想値でもせいぜいが70%前後だ。

 僕たちの場合は50%が最大の実験値として記録しているので、実践では7~8倍前後で展開できるはずだ。

 そこまで強化されれば、僕たちの《フィールドウォール》は楽に四人の体重を支えながら、ゆっくりと降下できる。


 僕たちは《フィールドエレベーター》で降下しながら、左腕に装着したARD(アーディ)でシンクロ率をモニターする。

 ダンファースとフィアンはいつも通りだけど、僕とトモウェイのシンクロ率が実験時よりも高く記録されている。


「ははは、二人の親密度がシンクロ率に出ちゃってるなぁ♪」

「本当!お熱いわねぇ。」

「「 …………… 」」


 本当なら、シンクロ率の上昇は凄く難しいんだけど、感情の高まりが影響してるのかな。

 僕とトモウェイはダンファースたちに冷やかされて、真っ赤になってしまった。



 いよいよ地面が迫ってきて、僕たちは慎重にゆっくりと《フィールドエレベーター》の着地を目指す。

 地面に近づけば近づくほど、デコボコが激しくて歩くのに苦労しそうだと思わせる。それに、着地した瞬間に何が起こるか分かったもんじゃない。こんな道をどこまで歩けばいいのか、見通せない道の先を見ながら不安に思う。

 まったく、カトンロトーンは本当に嫌な奴だ。


 ようやく地面に着地したので、僕たちはシンクロを解除して《フィールドエレベーター》を消失させる。

 普通なら、これで足が地面を捉えたはずだけど、そうはならず、僕たちの身体はそのまま地面に滑るように沈んでいった。


「「「「 !!!!! 」」」」


 落とし穴という訳ではない。

 地面は有るのに、僕たちの体だけが地面の中に吸い込まれていく。


「えっ!!」「いっ!!」「なにっ!!!」「ええっ!!!」


 訳が分からず、僕たちはパニックに陥る。


「「 うわ―――――っ!!! 」」

「「 キャ―――――ッ!!! 」」


 ビックリしすぎて何もできず、僕たちはそのまま地中を滑り落ちていった。

 そして、ペッと吐き出されるように、突然平らな場所に放り出された。




 ☆   ☆   ☆




 訳が分からないまま、僕たちは放り出されて倒れた状態のまま周りを見渡す。

 体育館ほどの広さの、光沢のある大理石の床の上に僕たちは倒れていて、その床を囲むように巨大な柱が建ち並んでいる。


 柱の上には三角状の天井が乗っていて、簡素な彫刻が彫られている。これはロマニ調建築の基となったグリュス時代の建築様式の神殿だ。

 グリュス時代は神々の時代とも云われている。


「ここは……」

「グリュス調神殿の中だけど…」

「あれ、ここって、前回来た所?」

「そうよ、前に来たわ。だって、目の前に《女神イーレテゥス》様の像が祀られているもの。」


 確かにトモウェイの言う通りだ。

 ここは、前回僕たちが辿り着いた『悲哀のダンジョン』の最終地点、【挑戦の間】だ。神殿内の中央に《女神イーレテゥス》の像が立っているので、間違いなく彼女の神殿だ。


 本来、《女神イーレテゥス》はこの神殿を住まいとして祀られているけれど、今は《邪神》に囚われの身となって、神殿の奥に幽閉されている。

 僕たちは前回、ここまでの挑戦で時間切れとなり、ダンジョンからの帰還を余儀なくされたんだ。


 結局、カトンロトーンは嘘を言ってなかった。

 彼は確かに僕たちをボス部屋へと続く、最短の道へ案内してくれたんだ。

 ただ、そのやり方が随分と意地悪で乱暴だったけど…さ。


 でも、有難いよ。

 他の渡し守なら、手前のセーブポイントにしか案内してくれなかったはずだ。そこからだと、また面倒な行程を繰り返さないといけなかったからね。

 特に、この神殿へ渡るための中ボス戦が厄介なんだよね。そいつを倒さないとこの【挑戦の間】へのルートが開かないんだ。


 見ての通り、この神殿は空中に浮いていて、巨大な積乱雲の中にあるんだ。

 そのせいで、神殿の周りは蜷局(とぐろ)を巻いたようなドス暗い霞が渦巻いているし、常に雷が鳴って雨や雹が乱れ飛んでいる。そのせいで凄く寒い。


 だから、どうやっても普通のルートではここに辿り着けないんだよね。

 それをショートカットしてここに来れたのは、もしかしたら、カトンロトーンを論破した事へのボーナスアクションなのかもね。


 それに、種明かしをすると、この惑星を覆っているアイゲーストと惑星のコアの間に重力干渉域を作り出して、重力をキャンセルしている。そのために巨大な神殿が上空に浮いていられる訳だけど、その際に地表の暖かい空気が上昇気流を発生させて、神殿をスッポリと覆い隠すだけの積乱雲が生み出されているんだ。


 そんなメカニズムで成り立っているんだけど、それをばらしてしまったら詮無いよね。せっかくのムードが台無しかもね。

 でも、凄いシステムなのは間違いないよね。作った人を尊敬しちゃうよ。

 周りは無重力なのに、神殿の中は普通に重力が働いているのが、更に凄いよね。


 まあ、それはさておき、そのショートカットのせいで切実に困った事が起きてしまったよ。

 僕たちのパーティにはもう一人メンバーが居て、その子とはそのセーブポイントで待ち合わせていたのにさ。どうしたら良いんだろう。


 この【挑戦の間】は、緊急時以外の通信は使用不可なんだよね。

 ボス戦を控えた状態で、余計な外部情報を入れさせないための措置なんだけど、このままじゃ彼女抜きでボス戦をしなければならなくなる。それは不味いよね。

 他の皆も困ってる。


 これからどうするか皆で話し合ってると、目の前の空間に穴が開いて、人間が吐き出された。


「キャ―――――ッ!イヤ―――――ッ!!助けて―――――っ!!!

 殺される――――――――――っっっ!!!!!」


 女の子が怯えながらジタバタと暴れていた。

 その女の子は『ルチルケーイ』だった。僕たちのパーティメンバーだ。

 尋常じゃない怯え方だけど、その登場の仕方でカトンロトーンの仕業だと解った。僕たちもああして、ここに現れたんだろうね。


「落ち着いてよ、ルチルケーイ。もう大丈夫だよ。」

「ひいぃぃぃ―――――っっっ!!!」


 ルチルケーイに声を掛けるけど、彼女は完全にパニックになっている。

 無理もないか。一人でカトンロトーンに出会うとか、考えたくもないよね。

 僕はルチルケーイの両肩を掴んで、正面から自分の顔が見えるようにしてルチルケーイの体を揺さぶる。


「ルチルケーイ、僕だよディケードだ。大丈夫だ、もう安心して良いんだよ、ルチル。いいね、しっかり気を持って僕の顔を見るんだ。」

「うっ、あ…あぁ、ディケード?…あれ、ディケード?」

「ああ、僕だ。ディケードだよ。」

「おおっ、ディケード!」


 ひたすら安心するように優しく呼びかけていると、ルチルケーイが落ち着いて、目の焦点が合ってしっかりと僕を見据えてから抱き着いてきた。

 僕が子供の頃に父親に連れられて、初めてこの惑星を訪れた時にやはり同じような感じになった事がある。その時、父さんは僕をこうやって救ってくれたんだ。


「また、わたしを救ってくれたのね!あぁ、怖かったわ。

 ディケードを待っていたら、突然、臭くて恐ろしい年寄りと黒猫が現れて、わたしを地面の中に放り込んだのよ!どこまでも真っ暗の中で滑り落ちていって、わたし、もう死ぬかと思ったわ!」

「怖かったよね、分かるよ。でも、もう大丈夫だよ、ルチルケーイ。」


 ルチルケーイは縋りつくように僕を強く抱き締めて、スンスンと泣き続ける。

 僕は彼女の背中に手を回して優しく慰める。


 まったくカトンロトーンめ、女の子を乱暴に扱って、本当に意地悪な奴だ。

 舟に乗せないでそのまま送れるなら、僕たちもそうしてくれれば良かったのにさ。

 でも、僕たちと別行動だったパーティメンバーのルチルケーイを、気を遣ってここまで送ってくれたのは、優しさなのかな。

 ツンデレ爺さんなんて、需要がないだろうにね。


 暫くそうしていると、ルチルケーイは落ち着きを取り戻したようだ。体の震えが止まって、僕に身を任せるようにしている。

 無事で良かったよ。


 でも、ちょっとヤバいよね。

 ルチルケーイを慰めるのに必死になっていたけど、いつまでもくっ付かれていると、その、いろいろといけない考えが頭の中を過っていくよ。


 だってさ、ルチルケーイの体からは良い匂いがするし、凄く柔らかいからさ。特に、その、胸の弾力が凄いんだよね。

 ルチルケーイは僕たちより一つ年上なんだけど、さすがによく発達してるっていうか、他の女の子よりもずっと大きな胸をしてるんだよね。体全体も丸みがあってさ、女の子というより女の人って感じなんだよね。


 当然、僕のあれ(・・)も反応しちゃってるよ。


 そのせいなのか、ルチルケーイの身体が一瞬だけピクンって震えたけど、彼女はそのまま僕にくっ付いている。

 嫌われるような態度を取られないのは良かったんだけどさ、さっきから後ろで物凄い《プレッシャー》が僕に圧し掛かってるんだよね。


「ねえ、ディケード。いつまで抱き合ってるのかしら!」

「はぅっ!」


 その瞬間、神殿の外で荒れ狂っていた雷がすぐ近くでスパークして、轟音と共に冷たい風が雹を運んで僕にぶち当たった。凍えちゃうよ。

 もしかして、この天候トモウェイの感情とリンクしてる?

 って、そんな訳ないよね。


 僕は咄嗟にルチルケーイから離れようとしたけど、彼女は僕の腕を抱え込んで離さない。

 その瞬間、フワンフワンでマロンマロンしてる感触に僕の腕が包まれたんだ。


「!!!!!」

「嫌っ、まだわたしから離れないでディケード!わたし、すごく怖いの!!!」


 はぅあぁっ!凄い!凄すぎるよ!!なんなの、この柔らかさ!

 果てしなく柔らかくて温かくて、まるで永遠の楽園に誘われているようだよ!

 ルチルケーイがなんか言ってるけど、ぜんぜん耳に入って来ないよ。


 さっきのトモウェイの柔らかさもそうだけど、女の子の体って天国じゃないか!

 そりゃあ、創世記の人間(おとこ)たちが戦いを止める訳だよ。


「ルチルケーイ!いい加減に、ディケードから離れなさいよっ!!!」

「嫌よっ!ディケードはわたしの騎士(ナイト)様なんだから!」


 怒ったトモウェイに、空いた方の腕を強く引っ張られた。

 そのために、フワンフワンでマロンマロンな世界が終わりを告げた。

 でも、お陰で僕は正気に戻った。

 二人は僕の腕を掴んで綱引きをする。


 そうだった。最近、トモウェイとルチルケーイは何かっていうと僕を巡って争うんだ。

 最初は直ぐに怒るトモウェイを、年上のルチルケーイがからかっていると思ってたんだけど、二人の争いはどんどん激化していくんだ。そのうち、取っ組み合いの喧嘩をするんじゃないかと心配だよ。二人の相性が悪いんだろうね。


 こんな時、僕はどうしていいか分からないから、二人を見ながらボーッとしてるしかないんだけどさ。

 ルチルケーイを僕たちのパーティに入れたのは不味かったかなって、最近思ってるんだよね。


 そんな僕の思いを余所に、トモウェイとルチルケーイの口論はますます激しくなっていく。

 業を煮やしたのか、ルチルケーイが僕の下腹部を指さした。


「見なさいよ、ディケードのここを!こんなになってしまって、これってわたしが魅力的だからよね!」

「はぅっ!」

「何言ってるのよ、ディケードはわたしの魅力でさっきからこうなってるのよ!」

「ひぅっ!」


 や、止めて!女の子が二人して僕のあそこを指ささないで!

 ああ……パンパンに張った下腹部のテントが恨めしいよ。

 ちくしょう!カトンロトーンめ―――――っっっ!!!


 僕は助けを求めて、ダンファースとフィアンの方を見る。

 二人は呆れたように僕を見ていて、ダンファースは大きくため息をついたけど、フィアンは絶対零度の冷たい視線で僕を射抜いた。

 なぜかフィアンが僕に対して凄く怒ってるような気がするんだけど、僕なにか悪い事した?


 何がなんだか解んないけど、女の子の冷たい視線って凄く堪えるよね。心が抉られるっていうか、お前は本当にダメな奴だって烙印を押されたような気がしちゃうよ………

 そのせいかどうなのか、僕のあれ(・・)が急速に萎んでいったよ。


 いつまでも終わらないトモウェイとルチルケーイの口論に、流石にうんざりしたのか、ダンファースが仲裁に入った。


「トモウェイもルチルケーイもいい加減にしろ。ディケードが困ってんだろう。

 お前たちはボス戦のために来たんだろう。ディケードで争ってどうすんだよ。」

「っつ!そ、そうね。ごめんなさい……」

「なによ!トモウェイがわたしの邪魔をしなければいいのよ!」


 トモウェイは直ぐに聞き分けたけど、ルチルケーイは不服そうだ。

 これにはダンファースが切れそうになる。


「あんだと、こらぁ!」

「な、なによなによ…わたしは別に………!………わ、分かったわよ!」


 更に反論しようとするルチルケーイを、ダンファースが《プレッシャー》をぶつけて黙らせる。

 ぜんぜん納得してないルチルケーイの許から、トモウェイをフィアンが引っ張って引き離す。

 その時、トモウェイは済まなそうに僕を見たけど、フィアンは僕を睨みつける。


「ディケード、あなた最低ね。」


 フィアンは普段おっとりしてるけど、ここって時には凄い辛辣になるよね。擦れ違いざまに告げたフィアンの言葉が、僕の心臓を握り潰す。

 ええ―――――っ!?

 なんで、そんな事言われるの!僕なにか悪い事したの?

 僕は被害者なんだけど………


 訳が分からず立ち尽くす僕の肩に、ダンファースが腕を回して顔を近づける。

 これは僕に助言をくれる時のダンファースの所作だ。


「ディケード。態度をはっきり示して、好きな女の子に恥をかかせるな。とフィアンは言ってるんだよ。」

「そ、そうなんだ……」


 凄いな、ダンファース。あのフィアンの態度から、それが解っちゃうんだ……

 う〜ん、やっぱり僕には女の子は謎だよね。


「まあ、ディケードの立場も大変だと思うけどさ、自分の立ち位置だけはしっかり示しておいた方が良いと、俺も思うぜ。女の子は曖昧な態度を嫌うからな。」

「う、うん…気を付けるよ。」


 ダンファースは頼りになるね。僕は良い友を持ったよ。

 でも、人間関係は難しいよね。

 ちょっとした言葉のやり取りが、心のすれ違いを生んだりするんだよね。

 ルチルケーイは、「わたしだけ除け者にして!」って憤慨してるしさ。


 ふう~、ダンファースのお陰で、なんとか形の上では丸く収まったけど、火種はくすぶり続けてるよね。

 困ったもんだけど、僕のあれ(・・)が治ったのは良かったよ。


 でも、ルチルケーイはいろいろと問題だよね。

 元々、ルチルケーイは他のパーティメンバーだったんだ。


 中級の『(いにしえ)のダンジョン』でルチルケーイのパーティが全滅しかかっている時に、遭遇した僕たちが助けに入ったんだ。

 でも、結局ルチルケーイ以外は皆死んで(・・・)しまってゲームアウトしたんだ。ここでいう死はアバターの損壊によるゲーム続行不可能状態を指すんだけどさ。


 助かったルチルケーイは、それから僕たちのパーティに加入させてって、何度も懇願してきたんだ。

 ゲームの進捗度は学校の成績にも影響するしね、彼女が必死になるのも理解できたよ。できるなら、強いパーティに加わりたいよね。


 トモウェイとフィアンは難色を示したけど、僕たちのパーティはゲームの難易度を初級ダンジョンから中級ダンジョンへステップアップしていて、ちょうど戦力を増強したかった時期なんだ。


 ルチルケーイはマジシャンだけど、珍しく《土魔法》を得意としてるんだ。《風魔法》を得意とするトモウェイや《水魔法》を得意とするフィアンとは別系統の魔法を使えるから、それも含めて仲間に加えてもいいと思ったんだよね。リーダーのダンファースも賛成してくれたしね。


 それにさ、これは僕とダンファースだけの秘密なんだけどさ、ルチルケーイが動く度に胸のフワンフワンでマロンマロンがプルンプルン踊るんだよね。揺れるんじゃなくて踊るんだよ!

 これに感動しないのは男じゃないよ!


 で、その色欲の結果がこれだよ…

 ルチルケーイをパーティに加えたせいで、いつもトモウェイとの喧嘩が絶えないんだ。もしかして、ルチルケーイのパーティが全滅したのって、そのせいじゃないのかって思い始めてるんだ。

 「男ってバァーカよね!」と言って呆れていた、トモウェイとフィアンの言葉が耳に痛いよ。


 ふう…


 でもさ、なんでルチルケーイはダンファースじゃなくて僕に拘るんだろう。

 ダンファースの方が男らしくて格好いいのにさ。女の子なら僕よりもダンファースを選ぶと思うんだけどな。


 実際にルチルケーイの危機を救ったのも、タンク役のダンファースなのにさ。咄嗟に盾を繰り出してモンスターの攻撃を防いだんだ。

 僕はそれで弱ったモンスターを倒しただけなんだけどね。

 女の子って、本当に謎だよね。



「よし、これで俺たち『銀河のさざめき』パーティメンバーが全員揃った。それじゃあ《女神イーレテゥス》様に誓いを立てて、戦いに挑むぞ!」


 ダンファースの掛け声で、僕たち『銀河のさざめき』の皆が《女神イーレテゥス》の像の前に集まる。

 これは女神解放の戦いの儀式だ。

 僕たちは女神像の前で祈りのポーズをとる。


「《女神イーレテゥス》様、《邪神》によって囚われの身となり、健やかに過ごせぬ日々を憂い得ております。我々は今、これよりあなた様を捕えし《邪神》の僕なるモンスターに戦いを挑みます。

 そして、この戦いに勝利し、必ずやあなた様を魂の牢獄より救い出しましょう。

 そのために、いっときあなた様の超越力を賜る事をお許しくださいませ。」


 僕たちは祈りのポーズを深く取り、人差し指を突き出して結んだ両手を高く掲げた。

 その祈りを遮るように、神殿を取り囲む積乱雲では雷が激しく幾筋もの光を走らせて轟音を響かせる。雹が荒れ狂うように舞い降って僕たちに打ちかかってくる。

 それは《邪神》が僕たちの行動を阻止しているようにも感じられた。


 《女神イーレテゥス》の像の近くは、彼女の加護により、かろうじて難を逃れている。お陰で、僕たちへの被害も無いに等しいものだ。


 僕たちの祈りが通じたのか、《女神イーレテゥス》の像の目が開かれて僕たちを見据えた。そして、苦しそうに震えながら、ゆっくりと腕を上げる。

 それは、見るからに辛そうな動作で、女神の苦しみが表れている。


「〈冒険者〉…たちよ…待っていました…そなたたちの行動を……嬉しく…思います……勝利…を………」


 《女神イーレテゥス》の言葉はそこで途切れたけど、最後の力を振り絞るようにして手を動かした。

 すると、女神の手から光の粒子が舞い降りて僕たちに降りかかった。【女神の祝福】だ。


 その途端、僕たちの気力体力が回復して、身体の芯から力が漲ってきた。

 僕たちは女神に感謝を捧げる。


「「「「「 《女神イーレテゥス》様に感謝と祈りを。 」」」」」


 《女神イーレテゥス》は僅かに微笑むと、瞼が閉じられた。

 そして、《女神イーレテゥス》の像は元のポーズに戻り、再び沈黙する。


 儀式は終わった。

 気力と体力が回復した僕たちは、戦いに向けて戦意を高める。


 実際のところ、この儀式にそれほど意味がある訳ではない。

 ここまでしなくても、【女神の祝福】を貰えるからね。

 ある種の通過儀礼に過ぎないけど、厳かな気持ちになって、さあ戦うぞという気持ちにしてくれる。気持ちの整理がつくんだよね。皆の気持ちが一つになるんだ。


 それなのに、ルチルケーイは儀式の間も僕に身体を寄せてスリスリしていた。

 非礼というかなんというか、もっと厳かな気持ちになれないのかなって思うよ。

 確かに彼女は僕たちとは違う自治区の人間で、昔からの風習や文化が違う事は理解してるつもりだよ。


 ルチルケーイの話によると、スキンシップを何より大切にする文化らしいけどさ。でも、もうちょっと一般的な風習に合わせてもいいような気がするんだけどね。根本的に考え方そのものが違うんだろうね。

 そのせいで、これからの戦いに不安を覚えるんだよね。


「よし、戦闘準備は整ったな。皆行くぞ!」

「「「「「 我らに勝利を! 」」」」」


 全員で円陣を組んで檄を飛ばす。


 僕たち『銀河のさざめき』は横一列に並んで、《女神イーレテゥス》の像の後ろにある、【挑戦の扉】に手を掛ける。

 そこには、囚われの身となった《女神イーレテゥス》を監視するボスモンスターが待っている。


 これからどんな戦いが待ち受けているのか、僕は一抹の不安を抱きながらも、胸を高鳴らせて扉を開いた。






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