M-2 性欲の目覚め -前編-下
ロマニの街にある、《女神シュリームの庭》から転送された僕たちは、小さな岩に刻まれた魔法陣の上に実体化した。
魔法扱いされているこの転送は、実は純粋に僕たち人類が生み出した科学の産物だ。惑星ナチュアを覆っているアイゲーストに張り巡らされた、座標固定量子照射システムによって、惑星上に配置された転送ポイントに生物や物質が送られて実体化する。
転送ポイントの多くは、《女神の庭》や《精霊の棲み処》が担っている。これによって、グリューサー大陸の至る所へ瞬時に移動できてしまうんだ。凄いよね。
実のところ、魔法陣は単なるかざりみたいなもんだけど、これがあるだけでファンタジーって感じがして、グッとムードが盛り上がるからね。
ちなみに、各自が持ってる鞄はアイテムボックス機能があって、転送システムの劣化版なんだ。ある程度の物質は量子化して収納できるけど、生きた生物には適用されない。細胞レベルで生きているなら収納できるけど、その瞬間に活動が停止するからね。
要するに、生命を維持するための代謝を行ったり恒常性を維持するという、複雑な分子構造の再現性に乏しいんだ。
魔法陣が消えて、身動きできるようになって周りを見渡すと、目の前にはエメラルドグリーンに輝く泉が広がっていた。
「わぁ、綺麗!」
「素敵!」
「綺麗な景色だよね。」
「めっちゃスゲーぜ。」
僕たち全員がしばしの間、その景色の美しさに圧倒されて見入った。
そこは泉というよりも、すり鉢状になった直径が30ナーグ(約30m)の淵で、小さな滝があって水が流れ込んでいる。
初秋を迎えた淵の周りにはびっしりと草木が生い茂り、背の高い樹の枝が淵を覆い隠すように広がっている。その密集した葉の隙間を縫うように太陽光が差し込んで淵を輝かせていた。
滝によってできた波紋が淵の表情をくるくると変えていく。日向になって輝くエメラルドグリーンと日陰に映ったモスグリーンが交互に揺らめいて、目を楽しませてくれる。
「ここには何度か来ているけど、来るたびに違う表情を見せてくれるわね。」
「本当だよね。ちょっとした季節の移り変わり、陽の差し方や風の動きの違いで、こんなにも色合いや輝き方が変わるなんてね。」
「やっぱ、この惑星の自然はスゲーよな。感動するぜ。」
「そうよね、本物の精霊が棲んでいても不思議じゃない気がするわ。」
僕たちが自然に見とれていると、トモウェイの肩の上に小鳥が舞い降り、フィアンの頭の上にリスが飛び乗った。
「あら、こんにちは、小鳥さん。」
「ふふ、お腹が空いたの?」
トモウェイとフィアンが動物に自分のお菓子を与え、食べる様子を楽しそうに見つめる。
僕たち男性陣は、そんな女の子の様子を見て楽しむ。
声に出して言うのは恥ずかしいけど、可愛いよなぁ。
この惑星ナチュアの動物は人懐っこい。
勿論自然の中での生存競争はあるけど、大量に狩ったり無意味に虐待をする人間に類する、知的生命体がいままで居なかったので、攻撃姿勢を見せない限りは恐れたりしない。
女の子たちは自然の中で動物と戯れるために、自分の好きな動物が好む匂いを含んだアイテムを持ち歩いている。それで、こういった体験ができるんだ。
本星では、決してこんな事はできないからね。
僕たちが自然を堪能していると、どこからともなく子供たちの笑い声が響いてきた。そちらへ振り向くと、光の粒が尾を引きながら飛び交い、その先端に身体の透けた小さな妖精が3匹現れた。
人間の赤ん坊が昆虫にコスプレしたような妖精だけど、空を飛んでいる姿は愛くるしくて、ユーモラスな感じを漂わせている。
でも、こいつらは悪戯好きなので、ちょっと油断するとすぐに人の物を盗もうとする。
早速、トモウェイとフィアンのバッグを盗もうと手を掛ける。
その瞬間、動物たちが逃げてしまう。
「こらっ!」
「だめーっ!」
トモウェイとフィアンは反射的に妖精を振り払おうとするが、4次元投影の妖精を擦り抜けるだけだ。
それなのに、バッグは引っ張られていくので厄介だ。
4次元投影とは、3次元投影に時間の干渉を引き起こす投影方法だ。
量子的レベルで時空の密度を変えて、物質に影響を与えるらしいけど、難しすぎて僕にはよく解らない。
とにかく、こっちの存在を無視して物理現象を起こせるらしい。
勿論、この妖精たちの対策はしてある。もう何度も経験済みだからね。
僕とダンファースは、これも街で仕入れた角ウサギの毛皮を取りだして、僕たちに悪さしようとしていた妖精に渡した。
毛皮を受け取った妖精は喜んで飛び回り、他の2匹の妖精もその毛皮に群がって踊り回った。
妖精たちが空中で戯れていると、淵の中から精霊石が現れた。
巨大な水晶を思わせる精霊石はゆっくりと回転しながら水中からせり上がり、水面から僅かに浮いたところで静止した。
すると、精霊石は太陽光を弾かせながら形を変えて、淡い水色の羽衣を纏う女性の姿に変化した。
《泉の精フオンティ》の顕現だ。
思わずため息が漏れる。
これも何度も見た光景だけど、その神秘性は色褪せずに美意識を刺激する。
《泉の精フオンティ》の持つ神秘性は、この美しい自然の中にあって、その美を際立たせている。
女神が人間の女性の美の化身とするなら、精霊は自然の神秘性の化身だと思う。
「ようこそ、〈冒険者〉たちよ。あなたたちの来訪を待っていましたよ。」
《泉の精フオンティ》は物憂げな表情を浮かべながら、小さく微笑む。
毛皮を持った妖精たちが、《泉の精フオンティ》に毛皮を捧げるような態度を取り、そのまま《フオンティ》の後ろに回り込んで姿を隠した。
「あなたたちからの奉納品は受け取りました。『カトンロトーン』もこれなら満足するでしょう。」
《泉の精フオンティ》が手を翳すと、淵の水が舞い上がり、一本の水流となって《フオンティ》の身体を擦り抜けた。
そして、その水流は水の塊となって、僕たちの前でフワフワと浮いた。
「それを飲んで気力と体力を回復するのです。」
《泉の精フオンティ》に言われるまま、僕たちはそれを手で救って一口飲み、少量を体にかけた。
すると、途端に元気が漲り、体の汚れが溶けていった。
まるで生まれ変わったような爽快感が身体中を満たした。
「うおおっ!」
「スゲー、絶好調だぜ!」
「気持ちいい!」
「ふわあぁぁぁっ!」
《泉の精フオンティ》は水属性の精霊で、訪れた者に聖なる泉の水で癒しを与えてくれる。
「〈冒険者〉たちよ、童に出来るのはここまでです。間もなく渡し守のカトンロトーンがやって来ます。彼の力は強大です。心して迎えるのです。」
今迄とは違い、《泉の精フオンティ》は恐れを見せる。
自然の化身の精霊をこんな風にさせるなんて、どういう事だ?
精霊は、自然の中で特に地脈が活性化している場所を棲み処としている。
そこは異界であるダンジョンへ繋がる場所でもあるんだ。
〈冒険者〉などのダンジョンへ挑戦する者が現れると、精霊の気配を察知した渡し守がやって来る。
異界への案内人である渡し守は冥府からの使者なので、その誰もが不気味な雰囲気を纏っている。
でも、今回は特別に厄介な者が迎えに来るようだ。
精霊を恐れさせる渡し守とは、いったいどんな奴なんだ?
僕たちは緊張してダンジョンへの案内人を待った。
すると、ボコリボコリと淵の水が泡立ち始めた。
泡立つ部分がどんどん増え始めて、《泉の精フオンティ》の周りの水が濁っていく。
あっという間に淵全体が沸騰でもするように泡立ち、美しかったエメラルドグリーンの水が泥水と化していた。
「うぐっ!ううぅ……」
《泉の精フオンティ》が苦しそうに顔を歪め、凛としていた佇まいが崩れてひざを折った。
「いっひひひ……いっひひひ―――っ!」
どこからともなく、下卑た笑い声が聞こえてきて、その声が大きくなっていく。
その不快な笑い声が響き渡ると、日差しが奪われて、辺りが薄暗くなり重苦しい雰囲気に包まれた。周りで生い茂っていた樹々の葉が萎れて枯れ始め、小鳥たちはいっせいに飛び去り、動物たちは慌てて逃げていった。
逃げ遅れた動物は苦しみ藻掻き、淵に生息していた魚が死んで浮き上がってきた。
それは僕たちも同様で、物凄い《プレッシャー》が圧し掛かってきた。
「《フィールドウォール》全開っ!!!」
パーティリーダーのダンファースの命令に反応して、僕たちは瞬時に最高レベルの《フィールドウォール》を展開する。
しかし、その強烈な《プレッシャー》は個人レベルの《フィールドウォール》では耐えられそうにない。
「《フィールド》をシンクロさせるんだ!」
「「「 了解! 」」」
僕は咄嗟に思いついた打開策を叫ぶ。
各々の《フィールド》をシンクロさせて《ウォール》の耐性を増していく。
「フィアン、トモウェイ、シンクロ圧がずれてるぞ!もっと共鳴させろ!」
「了解!」
「やってるわ!」
タンク役のダンファースが中心になって、皆の《フィールドウォール》の波動を重ね合わせていく。
そのシンクロ率が上がるほど、《フィールドウォール》は強固になっていく。
しかし、僕たちのレベルだと、まだ完全にシンクロさせられないので、鉄壁といわれる《フィールドウォール》には及ばない。
それでも、なんとか圧し掛かってくる《プレッシャー》に耐えられるようにはなった。維持するのは大変だけど。
僕たちがとんでもない《プレッシャー》と戦っている間に、淵の水は完全に泥水と化していた。《泉の精フオンティ》は見るからに苦しそうだ。
バシャッという衝撃と共に、淵の水に割れ目が生じた。それは二つに裂けるように広がっていき、水底から一艘の小さな手漕ぎ舟が姿を現した。
《プレッシャー》がますます強くなっていく。
僕たちはなんとか耐えながら、その舟を見つめる。
その小舟は木製の5ナーグほどの小さなものだけど、以前は豪華な作りだったのか、至る所に細かな彫刻が彫られて金や銀で飾り付けられていたようだ。
しかし、今はその金も銀も殆どが剥がれて彫刻もすり減ってしまい、以前の面影のない古くてボロいものになっていた。正直、今にも沈んでしまいそうな感じだ。
「いっひひひ―――っ…ガキンチョどもが俺っち様の客たー、おでれーたねー、いひひひ―…」
ボロ舟の中には、後方で櫂を持って舟を操る老人がいた。どうやら、そいつが下卑た笑いの主らしい。
ギスギスに瘦せた体にボロボロの布を巻き付けており、髪の毛と髭は伸び放題で、洗った事がないのかガビガビに固まっている。物凄く臭くて遠くにいても鼻が曲がりそうだ。
その老人は明らかに人間ではなく、体の至る所が腐っていたり、肉がなくて骨が剥き出しになっていた。
彼が噂で聞いた事のある地獄への案内人《渡し守カトンロトーン》だ。今迄の案内人とは明らかにヤバさが違う。
「っつ!う、ううぅ…」
「「「「 《フオンティ》様! 」」」」
《泉の精フオンティ》が苦しそうに身じろぎする。
淵の水は殆どが泥水の濁流と化しているが、《泉の精フオンティ》の居る部分のみが澄んだ水を湧き出して耐えていた。妖精たちも苦しみに震えながら《フオンティ》の身体にしがみついている。
「いっひひひっ。いいねいいねぇー、精霊様の悶える姿は堪んねーなー、いっひひひ―――っ!」
《泉の精フオンティ》の羽衣が捲れて、太腿が根元近くまで露わになっていた。
カトンロトーンは下卑た笑い声を響かせながら、《泉の精フオンティ》に好色の眼差しを送る。
その瞬間、僕の中で例えようのない怒りが込み上げた。
「戦闘モードへ移行する!緊急武装だ!!!」
「「「 了解!武具装着!!! 」」」
ダンファースが怒りを滲ませて命令を下す。
同じ気持ちだった僕たちも、すぐに反応した。
各自が自分の腕輪にコマンド入力する。
アイテムボックスに収納されていた防具が瞬時に装着されて、手には武器が納められた。
ウォリアーの僕は軽装備の鎧を身に着け、手には魔法剣トランジャーを持つ。
タンクのダンファースは重装備の鎧を纏い、魔法盾ブクリューエを構える。
マジシャンのトモウェイは紺碧の三角帽子とローブを纏い、火と風の魔法杖ヴォルカナーを刺す。
同じくマジシャンのフィアンは白を基調としたゴスロリドレスで、火と水の魔法杖ウォウボトンを添える。
戦闘態勢が整った僕たちはフォーメーションを組んで、《渡し守カトンロトーン》に対峙する。
「いっひひひ―――っ。怖いね怖いねー、いっひひひ。まったくねー、若いのは血気盛んだねー、いっひひひ。」
戦う姿勢を見せる僕たちを、カトンロトーンは歯牙にもかけずに楽しそうに笑う。その様子はあまりにも不気味で、僕たちはカトンロトーンの雰囲気に呑まれそうになる。
「くぅ…〈冒険者〉たちよ、カトンロトーンと…戦ってはなりません。彼はあなたたちを『悲哀のダンジョン』へと…導くために来たのです…」
「「「「 《フオンティ》様! 」」」」
《泉の精フオンティ》は苦しみながらも、僕たちを諫めようとする。
「いっひひひ―――っ。そーそー、そーだぜー、俺っち様は単なる渡し守よ、運びが仕事だぜー。精霊様は俺っち様の神気に当てられて弱ってるだけよー。なー、精霊様ー。いっひひひ。」
「………」
《泉の精フオンティ》は不服そうに表情を歪める。
カトンロトーンの言葉を否定しないのは、それが正しいからだろう。
「〈冒険者〉たちよ、カトンロトーンの導きで『悲哀のダンジョン』へと赴き、《女神イーレテゥス》様を救い出すのです。」
《泉の精フオンティ》は気丈に立ち上がると、力を振り絞るように手を翳した。
すると、沸騰する泥水の淵に一筋の穏やかな道ができた。
エメラルドグリーンに輝く水の橋は、カトンロトーンの乗る舟に繋がっている。
カトンロトーンはニヤニヤと《泉の精フオンティ》を見ている。
《泉の精フオンティ》はカトンロトーンを無視して、僕たちにカトンロトーンの舟に乗るように示す。
だけど、僕たちは恐れと不安から、足を踏み出せずにいる。
あんな禍々しい者と共に行くなんて、本当に大丈夫なんだろうか。
「いっひひひ。何をビビってんだ―、ガキンチョどもよー。早く乗らねーと、精霊様の力が尽きちまうだろー、いっひひひ―――っ。」
《泉の精フオンティ》を見ると、彼女は苦しそうにしながらコクリと頷く。
「ぼ、〈冒険者〉たちよ、大丈夫です。彼はああ見えても…仕事を忠実に熟します。あなたたちに…くうぅ!危害を加えたりは…しません…ハァハァ…」
「いっひひひ―――っ。そうよ、俺っち様は仕事熱心なんだぜー、いっひひひ。
しかしよー、ああ見えてもって、なんだよー。こんなに男前じゃねーかよー、いっひひひ―――っ。」
カトンロトーンは、肉が腐り落ちて骨が剥き出しになった手で髪の毛をかき上げる。ガビガビの長い髪の毛は、バサッと束の状態で波打ちながら後ろへと流れる。その際に強烈な悪臭が周りに広がっていく。
「あくぅっ!ぐうううぅぅぅ……」
「うげぇっ!」「げえええぇっっっ!」
「「 いやあああっっっ!!! 」」
《泉の精フオンティ》は白目をむいて体を戦慄かせ、今にも崩れ落ちそうだ。
僕たちも込み上げる吐き気に必死に耐える。
「ブリーズ・シールド!」
トモウェイが呪文を唱えて、僕たちと《泉の精フオンティ》を風の盾で包み込む。
途端に嫌な臭いが薄れて、なんとか耐えられるようになった。
フィアンがダンファースと僕の背中を押す。
「行きましょう。このままじゃあ、《フオンティ》様が可哀想よ。」
「あ、ああ、そうだな。」
「覚悟を決めよう。」
僕たちは《泉の精フオンティ》が作ってくれた道を歩く。
水の上を歩くのは変な感じだけど、足元に小さな波紋が広がるだけで、地面を歩くのと変わりなかった。
トモウェイの《風魔法》のお陰で、《泉の精フオンティ》もだいぶ楽になったようだ。僕たちに優しく笑いかける。
《泉の精フオンティ》と《渡し守カトンロトーン》はよほど相性が悪いのだろう。僕たちも強烈な《プレッシャー》を受けているけど、《泉の精フオンティ》にとってはそれ以上のようで、存在そのものを脅かされるらしい。
精霊は自然を護る存在だけど、神は自然を創る存在だ。格の違いがありありと表れている。
その神は今、《創造神グリューサー》陣営と《邪神》の陣営に分かれて戦っている。
《邪神》の目的は定かではないけど、神々の秩序を覆すとも云われている。
カトンロトーンはその《邪神》側に与する神なのか、それとも中立なのだろう。しかも、噂では位が高い神の腹心とも云われているらしい。
高位の神の前では、精霊は為す術がないのだろう。
《泉の精フオンティ》にしがみ付いていた妖精たちが、ギャーギャー喚きながら角ウサギの毛皮をカトンロトーンに投げつけた。妖精たちなりの抗いなのだろう。
カトンロトーンは意に介した様子もなく、角ウサギの毛皮をキャッチする。
「いっひひひ―――っ。こりゃあ、なかなか良い毛皮じゃねーかよー、気に入ったぜー、いっひひひ。」
十分に毛皮の感触を楽しんだカトンロトーンは、それを自分の腰に巻き付けた。
すると、あれだけツヤツヤでモフモフしていた毛皮が、一瞬でぼろきれと化し、今にも擦り切れて落ちそうになっていた。
それでも、カトンロトーンは嬉しそうだ。
「いっひひひ―――っ。冥銭は頂いた。ガキンチョども、とっとと乗りな。いっひひひ。」
舟は見るからに禍々しい雰囲気を放っていて、しかも強烈に臭い。トモウェイの魔法が効いてなければ、乗るどころか近づけもしなかっただろう。
舟に乗り込むと、外側同様に内側もボロボロだった。汚くてどこにも座る場所が無いように見えた。
舟の真ん中に黒い塊が鎮座していたが、よく見ると、それは九つの尻尾を持つ黒猫だった。
「ニャー…」
黒猫は僕たちを一瞥すると、九本の尻尾を踊るように動かした。
すると、僕たち四人分の奇麗な腰かけ椅子が現れた。
どうやら、そこに座れという事らしい。黒猫は舟の先頭に移動して、前を見据えた。
同時に、強烈だった《プレッシャー》が霧散した。
「いっひひひ―――っ。『バートリーエ』は優しいなー。いっひひひ。」
「ニャー…」
僕たちはホッと一安心して椅子に腰かけた。
一番ホッとしていたのはフィアンだろう。彼女の着る戦闘服は白を基調としたゴスロリドレスだ。戦闘前に汚れるとか、彼女の矜持が許さないだろう。
勿論、トモウェイも奇麗好きなので、何度もローブを確認していた。
「ニャ――――ッ!」
九尾の黒猫バートリーエがひときわ大きな鳴き声を響かせる。
それに呼応して、船がゆっくりと沈み始める。
「〈冒険者〉たちよ、勝利を信じていますよ。」
「ありがとうございます、《フオンティ》様。この命に代えましても《女神イーレテゥス》様を《邪神》の魔の手から解放してみせます。」
気丈に笑顔で見送る《泉の精フオンティ》と約束の言葉を交わす。
「いっひひひ―――っ。いいねいいねー、〈冒険者〉はそうでないとねー。麗しい正義の言葉、かっちょいいねー。いっひひひ。」
「「「 ……… 」」」
「なんだってんだっ、テメーはさっきからようっ!!!」
「ダンファース!だめっ!」
僕たちを小馬鹿にして笑うカトンロトーンに、ダンファースがついに切れる。
カトンロトーンに殴りかかろうとするダンファースを、フィアンは身を挺して止めようとする。しかし、スルリとフィアンの身体を躱すと、ダンファースはカトンロトーンに拳を繰り出す。
「フギャアァ――――――――――ッッッ!!!」
黒猫のバートリーエが吠えると、九本の尻尾のうちの一本が伸びてダンファースの身体を叩いた。
その瞬間、ダンファースの身体は動きを止めて、繰り出した拳はカトンロトーンに僅かに届かなかった。
「いっひひひ―――っ。バートリーエ、ありがとよー。いっひひひ。
あんちゃんよー、バートリーエが止めてくれなかったらよー、とっくに死んでるぜー、いっひひひ―――っ。」
カトンロトーンは面白そうにダンファースを見つめる。
すると、繰り出した拳の部分からダンファースの鎧が腐食し始めて、サラサラと砂状になって舞い散りだした。
「うわあぁぁぁ――――――――――っっっ!!!」
身体は動かないが、ダンファースは苦しそうに藻掻く。
なんと、腐食は鎧だけでなく、ダンファースの手まで腐食させだした。
「ダンファースっ!!!」
僕はダンファースを助けようと動き出したけど、それよりも先にフィアンがダンファースの身体に抱き着いて、カトンロトーンから遠ざけるように引っ張った。
二人は僕たちの方に転がってきたが、ダンファースの腐食は進行していく。
「うわあっっっ!!手が―――――っっっ!!!」
「しっかりっ!ダンファース!!!『レーダブリッスン!』」
「いっひひひ―――っ。一旦こうなっちまったらよー、どうしようもねーなー。いっひひひ。」
「ニャ―――――っ。」
藻掻き苦しむダンファースを、フィアンは抱き締めながら回復魔法をかける。
レーダブリッスンは効いて腐食を止めようとするが、他の部分から腐食が広がり回復した部分も直ぐに腐食に飲み込まれていく。
「うわぁぁぁ―――――っっっ!!!」
「いやっ、いやあっ、ダンファース!!!」
苦しむダンファースに、フィアンが泣いて縋る。
僕とトモウェイは戦闘特化型だ。ほんの少しなら《回復魔法》が使えるけど、フィアンの《回復魔法》には遠く及ばない。
ならばと思ってポーションを使おうと思ったけど、バートリーエの尻尾に止められて、瓶を叩き割られた。
瓶から零れたポーションが舟の床に広がると、直ぐに腐って異臭を放った。
もう僕たちにはダンファースを助ける手立てがない。
やはり、《泉の精フオンティ》の警告通りに、カトンロトーンと戦ってはいけなかったんだ。彼の力はあまりに強大で、僕たちは勿論、これから戦おうとしているボスモンスターだって、その足元にも及ばないだろう。
「〈冒険者〉よ!《渡し守カトンロトーン》の慈悲に感謝するのです!」
《泉の精フオンティ》の声が届いた。
カトンロトーンの舟は殆どが水の中に沈み込んでいたが、わずかに残る隙間から泉の水が浸入してきて、ダンファースの腐食していく手を包み込んだ。
これには、カトンロトーンもバートリーエも手を出さなかった。
泉の水は腐食した部分を洗い流すようにうねって回転した。
水の色は一度濁りを見せたが、直ぐに清らかな透明になってから蒸発した。
後に残ったのは、腐食の止まった鎧と、すっかり再生されたダンファースの手だった。
「おおおぉぉっっ!治ったぜっ!!」
「ダンファース、良かった…」
「さすがに凄い治癒力だ!」
「ああ、《泉の精フオンティ》様に感謝を。」
ダンファースとフィアンは回復を喜び、僕とトモウェイはフオンティの精霊力に感心して感謝した。
「いっひひひ―――。いやー、面白かったぜー。いっひひひ。」
「ニャ―――――ッ。」
そんな僕たちを見ながら、カトンロトーンとバートリーエが嗤う。
「いっひひひ―――っ。あんちゃんよー、元気なのは良いけどなー、相手の力量を計れないようじゃよー、死ぬだけなんだぜー。いっひひひ。」
「ニャ―――♪」
「くっ………」
「いっひひひ―――っ。まあよー、今回はあんちゃんの恋人の健気さに免じてよー、赦してやっからなー。いっひひひ。出来た娘っこじゃねーかー、羨ましいねー。いっひひひ―――っ。」
「うっ………そ、そんなの当然よ…でも、恋人だなんて………(ポッ)」
カトンロトーンはダンファースに対しては小馬鹿にしたような口調だが、フィアンに対しては、本当に感心したような眼差しで見つめる。
ダンファースは屈辱に震えたが、反省の態度を示した。いっぽう、予想外の態度に虚を突かれたフィアンは、満更でもないという感じで、頬を染めた。
そのやり取りを見て、僕とトモウェイは毒気を抜かれてしまった。
僕たちはあっさりと諫められてしまったようだ。
地獄への渡し守と云われるカトンロトーンは、人生経験の乏しい僕たちでは到底敵わない巧みな情緒誘導を行ってみせた。
また、フィアンのお陰でカトンロトーンは、《泉の精フオンティ》の精霊水の浸入を許したんだろう。
そんなやり取りをしてる間に、カトンロトーンの舟はすっかり《泉の精フオンティ》の棲まう淵の底に沈み、地底の世界へと潜っていく。
泥水と化していた水中は元々周りが見えなかったけど、泥の中に潜って行く事で、視界は完全にゼロになった。
舟の中に居る僕たちは、濡れる事も押しつぶされる事も無く、土と岩の中を沈み込んでいく。
舟の先頭に立つ九尾の黒猫、バートリーエの首に掛けられた小さなランタンだけが、僅かに舟の中を照らしている。
音も無く静かに地中を行く舟を、カトンロトーンは無言で操る。
バートリーエはただじっと前を見据えている。
その雰囲気に押されるように、僕たちも黙って座っているしかない。
小馬鹿にして喋るカトンロトーンは苦手だけど、無言で居られると不気味な恐怖を感じてしまう。
そんな状況が永遠に続くのかと思ったけど、じっと前を見ていたバートリーエの九本の尻尾が波打つように動き出した。
「ニャ―――――ッッッ!」
「あいよ―――――っ!」
バートリーエの合図と共に、カトンロトーンが巧みに櫂を操って舟を加速する。
一瞬だけ、何かを突き抜けたような感じがしたと思ったら、舟は宙を落ちていた。
突然、眼下に広大な岩山の世界が広がり、舟は猛烈なスピードでどこまでも落ちていく。
それはまるで、成層圏から落下しているような感じで、僕たちは流星になってしまったのかと思ったほどだ。
いや、多分本当に流星と同じだったんだろう。上を見ると、舟の落下する光跡が見えている。
それは断熱圧縮された空気がプラズマ化して、励起状態になった原子や分子が元に戻ろうとする際に発する輝線で、流星が光るプロセスそのものだ。
「「 キャ――――――――――っっっ!!! 」」
「「 うわ―――――っっっ!!! 」」
「いっひひひ―――っ。ここが腕の見せ所よ!いっひひひ。」
「にゃ―――――っ!」
舟はどんどん加速して落ちていくが、転覆する事なく雲の隙間を降下する。
そして、巨大な岩山が作る峡谷の中に突っ込んでいくと、その谷底にある川に落ちる寸前で減速して、静かに着水した。
「ニャア―――♪」
「いっひひひ―――っ。巧いもんだろー、いっひひひ♪」
「し、死ぬかと思った。」
「本当だぜ。」
「「 もういやぁ―――――……… 」」
見上げると、切り立った岩の間に、僅かに細長く青空が見えている。
僕たちを乗せた舟は、深い深い谷底の小さな川をゆっくりと進んでいた。
「いっひひひ―――っ。〈冒険者〉さんたちよー、気絶もせずに乗っていられたなんてなー、大したもんだぜー。いっひひひ。」
「にゃ―――」
「「「「 ……… 」」」」
カトンロトーンの喋り方は、相変わらず僕たちをおちょくっているような感じだけど、少しだけ、感心しているようにも感じられた。
舟は暫くの間、そのまま川を下っていく。
薄暗い中、両側の切り立った岩を見ると、川の水位の上の部分は苔で覆われ、その上は草で覆われている。しかし、その更に上は岩肌が露出していて、様々な地層が見えている。
地層の中には古代の巻貝や恐竜の骨らしきもの、更には様々な動植物を閉じ込めた琥珀なんかが見えていて、この惑星の生命の歴史の一部を垣間見せていた。
「いっひひひ―――っ。不死の俺っち様とは違ってよー、ガキンチョどもはいずれはここに仲間入りするかもなー。いっひひひ。」
「ニャ―――。」
「肉を得た人間と、残った骨を捧げられた神が袂を分かった神話ね。」
「創世記に記された、人間の誕生だわ。」
カトンロトーンの同情めいた冷やかしの言葉に、トモウェイとフィアンが突っ込みを入れた。
「ニャッ!」
「いっひひひ―――っ。よく勉強してるじゃねーかー、少しは見直したぜー。いっひひひ。そのせいで人間どもはよー、寿命が出来ちまったんだよなー。可哀想になー、いっひひひ―――っ。」
カトンロトーンの言葉には、僕たち人間を馬鹿にした嘲りが感じられた。
永遠の命を持つ神にとって、僅かな寿命しか持たない人間は儚い存在なのだろう。
創世記は、神々による天地創造から人間の誕生までを記した古代の書だ。
神話に登場する《創造神グリューサー》は、多くの神々を作り、大地を創造して生命を生み出した。その中には最初の人間、男たちがいた。
《創造神グリューサー》は、人間に永遠の命と知識を与えて生きる術を教え、神々を崇拝するように命じた。
働かずとも自然の恵みの中で生きられるので、人間は《創造神グリューサー》に感謝して永遠の享楽を甘受した。
しかし、それは停滞した世界だ。
毎日が同じ繰り返しで、何も生み出さず何も発展しない、死と同じ世界だ。
やがて人間は傲慢になり、戦いと破壊を繰り返すようになった。
《創造神グリューサー》への崇拝は、いつしか戦いの勝利への祈りとなっていった。
このままでは世界が滅んでしまうと、自らの失敗を悟った《創造神グリューサー》は人間を滅ぼすと決めた。
しかし、《創造神グリューサー》の最初の妻にして女神の母である《大地の女神テアースィン》が、その前に一つ試みましょうと言って、夫のグリューサーを説得した。
《大地の女神テアースィン》は、自身の身体にもう一つの女性器を作り出してグリューサーと交わり、そこから女神を模した人間の女を生み出した。
元々男しか居なかった人間だけど、女が生まれた事で男たちは性愛に夢中になり戦いと破壊はなくなった。
そして、女は子供を産んで育てるようになった。
世界は再び平和になった。
しかし、その代償は人間にとってとても大きなものだった。
女という肉を得た男には寿命が出来た。不死だった身体は、やがて老いて死ぬ運命を与えられてしまった。
そうしなければ、生まれた子供が増えすぎて大地から溢れてしまうからだ。
こうして、人間の男と女は子供を産み育て、そして死んでいった。
死んだ人間の身体は腐り、肉は無くなってしまう。
けれど、骨は永遠に残る。
骨は永遠の命をもっていた時の名残りであり、人間の崇拝の供物として神々は受け取って自分たちの糧とした。
これが創世記に記された、人間の誕生のあらましだ。
だけど、神の試みはそれで終わりではなかった。
子供を産み育てる女を、男が養わなければならなくなった。
生活の糧を得るために、男は労働をしなければならなくなってしまった。
ある意味、女の誕生は戦いと破壊を繰り返す男への罰だったのかもしれない。
こうして、享楽の時代は終わりを告げた。
「いっひひひ―――っ。人間は大変だなー。あくせく働いてよー、子供が育ったら程なくして死んでしまうんだぜー、楽しい人生だなー。いっひひひ。」
カトンロトーンは僕たちを嘲り笑う。
神々からしたら、人間は無益な労働を強いられる愚かな存在なんだろう。
子孫を残すためだけに生まれる、儚い命の虫や魚を見て人間が哀れに思うように、神々には人間も同じように見えるのだろう。
カトンロトーンは楽しそうにトモウェイとフィアンの体をジロジロと見つめる。
二人は気持ち悪がって身を竦める。
その様子を見て、カトンロトーンはニヤリと口角を歪ませる。
「いっひひひ―――っ。嬢ちゃんたちの若々しい体もー、瑞々しい肌もー、直ぐに衰えて醜い婆になってー、やがては死んで骨だけになっちまうんだぜー。いっひひひ。」
「ニャ―――――ッ」
「「 !!!……… 」」
トモウェイとフィアンは、カトンロトーンの邪な神気をぶつけられ、怖気を奮ってへたり込んだ。
普段なら、怒って直ぐに何倍にもして言い返すトモウェイだけど、その気力もなくして涙目になっている。
それを見た僕は怒りで体が震えた。
この時、それまで感じていたカトンロトーンの怖さや不気味さが吹っ飛んでしまったんだ。
「てめーっ!」
「ダメだ、ダンファース!」
キレたダンファースがまたカトンロトーンに殴りかかろうとするけど、僕はそれを制して立ち向かう姿勢を示した。
僕はカトンロトーンを睨みつける。
「確かに人間を個の単体としてみると、寿命は限られているし、出来る事も限られている弱い存在だよ。神様のように永遠の命も無ければ、神の御業といわれるような能力もないよ。
だけど、人間は群れを成して社会を作り群体として活動できる。それは、文明を生み出し科学技術を発展させて、世界を押し広げていける能力だ。」
突然の僕の反論に、ダンファースやトモウェイたちは驚いたように僕を見る。
カトンロトーンは直ぐにおちょくり返してくるかと思ったけど、意外にもじっとして聞いている。それは黒猫のバートリーエも同じだ。
僕は反論を続ける。
「現に今こうして、本星を遠く離れたこの惑星で僕たちは活動している。それこそが僕たち人類が文明を発展させてきた証だ。
神様は永遠の命を持っているけれど、その代わり文明が発展するどころか、文明を興す事も出来ずに停滞したまま同じことを永遠に繰り返しているだけじゃないか。
だけど僕たち人類は違う。この惑星での経験を踏まえて、次の世代へと文明を受け継がせ、さらに発展させて、やがては銀河系いっぱいに広げていくんだ!」
僕は肩で息をする。
なんだか反論してるうちに勝手に気持ちが盛り上がってしまって、まくしたてるように喋ってしまった。
トモウェイやダンファースたちが呆気に取られたように僕を見ているけど、正直、こんな事を言った僕自身が一番驚いていた。
今の反論は、子供の頃から僕の父さんやお爺さんがよく聞かせてくれた話の受け売りだ。
なんで、そんな訳の分からない事を言うんだろうと思っていたし、また仕事の話か、くらいに鬱陶しく思っていた。
だけど、カトンロトーンの態度を見るうちに、お爺さんや両親のやってきた事を馬鹿にされたような気がして、凄く頭に来た。そして、トモウェイたちを嘲った事が一番許せない。思わず反論せずにはいられなかったんだ。
僕のお爺さんは、今僕たちがこの惑星ナチュアで体験している、惑星植民地化計画の一環である女神計画の推進者だ。父さんと母さんはその女神計画に研究者として関わっている。僕の家族は、人類の未来を切り開くために活動しているんだ。
そして、解ったんだ。
カトンロトーンに反論する事で、僕は父さんやお爺さんの言っていた話の意味が本当の意味で理解できたんだ。
生物として、命を紡いでいくのが一番大切な事だ。
人間も同じ生物として、それは大切だ。
でも、知的生命体である人間は、その上でさらに知的活動を行う事ができる。
それが、知識の継承と文明の発展だ。
人類は神様と決別する事で、その能力を勝ち取ったんだ。
「いっひひひ―――っ。」
暫くじっとしていたカトンロトーンが笑い出した。
「いっひひひ。こいつぁ恐れ入ったぜー、まさか黙示録の神々の終焉がー、ここで語られるとはなー。〈冒険者〉様は流石だぜー、こんなに愉しい事はー、随分と久しぶりだぜー。いっひひひ―――っ。」
「ニャ―――――ッ!」
それは、それまでの皮肉交じりの嗤いではなく、言葉通り心の底から愉しいと感じている笑いに思えた。
何がそんなに壺ったのか僕には解らないけど、カトンロトーンが纏っていた不気味な神気が霧散していた。
《プレッシャー》から解放されたトモウェイとフィアンがキョトンとしている。
これって、僕がカトンロトーンを論破した事になるんだろうか。
思えば確かにそうだ。
黙示録の神々の終焉には、神々と人間の決別が記されている。
寿命が出来てしまった人間は、その限られた命を使って生きるために知恵を絞って技を磨いていった。その知恵と技を、知識として子へ子孫へと受け継がせていった。それは文明勃興の礎となった。そして、文明を築いた人間は科学を発展させて自然を理解した。
自然の在りかたを理解した人間に、もう神は必要なかった。
いつしか人間は、崇拝を辞め、祈りを捧げなくなって、神々を忘れていった。
そして、人間は自分の足で大地に立ち、自らの意思で未来へと進むようになったんだ。
父さんやお爺さんが常々言っていたのは、この事だったんだ。
不思議な気分だった。遥か彼方まで続く一本の道が見えたような、とても爽快な気分だ。
「いっひひひ―――っ。まったくよー人間どもは逞しいぜー、本当になー。いっひひひ。
結局、神々の試みは仇になって失敗に終わった訳だぜー。自ら人間どもの信仰を失う結果を作っちまったんだからなー。いっひひひ。
知識の継承と文明の勃興発展かー、神々には及ばぬ考えだったなー。いっひひひ…いっひひひ――――――――っ。」
「ニャ―――ン…ニャアァ………」
愉しそうに笑うカトンロトーンとバートリーエだけど、そこには言い知れぬ寂しさが感じられた。
人間から信仰されない神々は、その存在意義すら危うくなるのだろう。
なんというか、結果オーライなのか、僕はカトンロトーンをやり込めてしまったらしい。まさか、こんな事になるなんて驚きでしかない。
そんな僕に、トモウェイが呼びかけた。
「ディケード…」
振り向くと、僕を真っ直ぐに見つめるトモウェイが居た。
それは、今まで見た事のないトモウェイの眼差しで、親愛と尊敬が込められたような、とても情熱的な瞳をしていた。
そんなトモウェイが奇麗で可愛くて、凄く魅力的に感じたんだ。
多分、僕はこの瞬間に恋をしたんだ。
トモウェイが何よりも大切に思えて、愛おしくて堪らなくなったんだ。
「いっひひひ―――っ。」
僕がトモウェイに手を伸ばしかけたその時、カトンロトーンの下卑た笑い声が響き渡って、行動を遮った。
カトンロトーンは前のめりになって僕を見つめた。
「いっひひひ―――っ。少年よー、おもしれーなー、最高だぜー。いっひひひ。それじゃあ俺っち様は永遠に生きる者としてよー、人類の行く末を見守ってるぜー、いっひひひ。」
「ニャ――――ッ!」
カトンロトーンは言い終えた後にパチンと指を鳴らした。
すると、フワリと暖かい何かが僕の身体を包み込んだ。
その途端、あれが力を漲らせて大きくなった。
「!!! な、何をした?」
「いっひひひ―――っ。お前さんの血筋が永遠に続くようになー、【子孫繁栄の祝福】を与えたのよー。ディケードって言ったなー、お前さんの末代がどうなるのかよー、楽しみだぜー。いっひひひ、いっひひひ―――っ。」
「ニャニャ―――――ッ♪」
一頻り楽しそうに笑うと、話は終わりという感じでカトンロトーンは櫂の操作に専念し始めた。バートリーエもじっと前を見据えた。
え―――――っ!
ちょっと待ってよ―――――っ!
こんな状態で放置されたら困っちゃうよ―――――っ!!!
「ディケード、大丈夫なの?」
「ディケード、何かされたのか?」
「凄い汗よ…」
「……………」
皆が僕を心配して様子を見る。
特にトモウェイが顔を近づけて覗き込んでくる。
フワリと香る良い匂いと、あまりの可愛らしさに、僕の心臓が爆発しそうになった。その時、トモウェイが女神様のように輝いて見えたんだ。
そして、あれがギンギンになりすぎて、激痛に襲われた。
「ひぃ――――――――――っっっ!!!」
僕は股間を抑えて転げ回る。
あれが膨らみ過ぎて、今にも爆発しそうだ!
「「 ディケードっ! 」」
「ディケード!大丈夫?」
ダンファースたちが驚いて僕に駆け寄ろうとする中、トモウェイが真っ先に僕に寄り添ってくれる。
トモウェイは僕の頭を抱えて抱き締める。
服越しに双丘の柔らかさが顔に伝わった。
「あぁっ……あひゅん!」
その瞬間、僕は弾けて天国へ飛んだ。
初めての体験だった。
「ねえ、ディケードしっかりして!ディケード!ディケードったら!!!」
ビックンビックン体を震わせる僕を、泣きそうな声で心配してトモウェイがさらに強く抱き締める。
僕は天国をひたすら飛び続ける。
そして、限界を迎えた僕は、朦朧としていた意識が失われていくのを感じた。
「ディケード―――――っ!!!」
「「 ディケード! 」」
「いっひひひ―――っ。さすが俺っち様だぜー、地獄への案内人と言われるだけあるよなー。いっひひひ。快感地獄へようこそだぜー、ってかー。いっひひひ。」
「ニャ―――――ッ、ニャニャ―――♪」
遠ざかる意識の中で、心配する仲間の声と、楽しそうに嘲って嗤うカトンロトーンたちの声が聞こえてた。
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