第五十七話 熟練の薔薇
俺は請負人組合で預金を下ろして支払いを済ませ、武器屋と防具屋で買った商品を入手した。
シャツとズボンも新品になり、やっと死人のお下がりから解放された。
請負人組合の受付嬢のカーミュイルは、俺を見ながら「見違えましたね」と言って褒めてくれた。
美人に褒められると、単純に嬉しくなってしまう。我ながらチョロいなと思う。
俺は購入した荷物を持ってもう一度請負人組合に戻り、それらを貸ロッカーに預けた。
受付のカーミュイルに相談したところ、魔法の時間貸のロッカーが組合の建物の外側にあるという。
武器類は組合内部に持ち込めないので、そのために設置されたようだが、請負人の多くは常時契約をしているという。
これによって、いつでも自由に預けたり取り出したり出来るようだ。
ロッカーといっても日本の駅などにある物ではなく、アイテムボックス化された物だ。通常は一日1大銅貨と値は張るが、貸金庫を契約している者は只で使えるのでとても便利だ。
請負人カードをかざしてから、預ける荷物を女神像の足元の台座に置くと、スーッと煙のように消えていく。
荷物が量子データ化されて目視不可能になるのだが、本当に不思議な気分だ。それと同時に、ちゃんと元通りになって帰ってくるのか少し不安でもある。事故は起こった事がないので大丈夫だという。まあ、これは慣れるしかないな。
しかし、この組合に来ると、ここだけが未来を感じさせるな。このスーパーテクノロジーを誰がどのように管理しているのか気になるところだ。守衛は女神の魔法だと信じているが。
さてと、武器と防具が揃ったから、後は靴だな。
俺は防具屋の女主人に紹介して貰った靴屋、『ショシュール』を訪ねた。
防具屋の女店主も、靴だけは良い物が欲しければ靴屋へ行った方が良いと言っていたからな。あのがめつい女店主が言うんだから、その通りなんだろう。
やはり、山や森を歩いて魔物と戦うとなれば、並の物ではダメで、靴職人が作ったオーダーメイド品が最適なんだろうな。
もっとも、あの女店主には靴を守るカバーを買わされてしまったけどな。
確かに俺は、今まで靴と足元を気にして全力で駆けた事がないし、脚に《センス》を掛けて長時間動いた事がない。本気の全力で動いたらどうなるのか、自分でも恐れていたからな。
その懸念は正しかったようで、今まで履いていた死んだ請負人のお下がりの靴は、あっさりと分解して壊れてしまった。靴職人の前で《アクセル》を使って脚を加速し全力で動いてみたら、ものの数秒も持たなかった。
靴職人の『ジョナーリエ』は暫く呆然としていたが、職人魂に火が着いたようで、腕に縒りをかけて作ってやると請け負ってくれた。
ジョナーリエはこれまでに多くの請負人のオーダーメイドを請け負っているので、出来栄えに間違いはないという。
ただし、俺のスピードとパワーに耐えるには特殊素材が必要だとして、フルオーダーメイドに金貨3枚を要求された。
日本円にして約300万円の靴か、それだけあれば日本なら新車が買えるな。
途方もない値段だが、それでなんの気兼ねもなく全力を出せるのなら、今の俺には高くないだろう。安全が何よりだ。
「お前さんは運が良い。ちょうど手が空いたところだったからな。3日で作ってやる。」
ジョナーリエはぶっきら棒に言いながら、それまではこれを使っていろと、既製品の靴を寄こした。
既製品とはいえ、それは俺の足にぴったりで誂えたような出来だった。ジョナーリエの腕の確かさが判るな。
この世界では、《半神や英雄》の時代に作りだされた《聖遺物》を除いて、基本的に全ての物が手作りなので、良い物を作る職人は尊敬され大切にされている。その分プライドが高いが、物によっては現代の日本製以上の出来栄えだったりする。
注文を終えて靴屋『ショシュール』を出ると、日が大きく傾いていた。
これでは、これから街の外に出て、試しに狩りをするという訳にはいかないようだ。せっかく装備が粗方揃ったのに残念だ。
それに、なんのかんのと良い物を揃えたので、随分と出費が嵩んでしまった。全部で金貨16枚の出費となった。日本円で約1千6百万だ。高級車が買えてしまう金額でびっくり仰天だ。お陰で手持ちが随分と減ってしまった。
1億円以上の資産があるからと、つい気が大きくなって散財してしまったが、今後は注意しないと直ぐに破産してしまうな。
宝くじの高額当選者が何人も人生を破滅させたという話を聞くが、解るような気がする。気をつけないとな。
☆ ☆ ☆
その後、俺は宿屋の『爽やかな風』にある食い処の『春風と共に』で食事をした。
他の食い処へ行ってみたい気持ちもあったが、探すのは面倒だし、出来れば『連撃の剣』のリーダーに狩りの準備が整ったと告げたかった。
しかし、今日はオフにすると言っていた通り、メンバーは誰一人見なかった。こういった時、電話かラインのような通信手段の無い世界は不便だと感じるな。
「うっ!」
ごくり…
それはそれとして、食事中に目の前を通り過ぎるウェイトレスをどうしても目で追ってしまう。
ウェイトレスはミニスカートでもなく、半袖という訳でもない。胸元だって大きく開いている訳ではなく、露出が少ない方だ。
それなのに、細いウェストやちらりと見える足首に視線が釘付けになってしまう。
ヤバい、ヤバい、ヤバい!
朝から我慢していた性欲が、いよいよもってヤバくなってきた。
さっきから、ウェイトレスたちが俺を遠巻きにしているのも、この店の女将さんが睨んでいるのも、気のせいではないのだろう。
認めたくないが、あの防具屋の女店主に物を勧められている時に何度も欲情してしまったしな。それなりに美人だったけど、どう見ても40歳は楽に越えていただろうにな。それなのに、弛みかけた首筋やふくらはぎを見てグッと来てしまったからな。
現に今、この食い処の小太りの女将さんでさえ、魅力的に見えている。これはとてつもなくヤバい状態だ。
幾ら俺の中身が60歳を超えているとはいえ、よほどの美人でもない限り40歳過ぎの女に欲情するなんて事は、以前ならなかったからな。
ジリアーヌや少女たちに相手をして貰っている時は穏やかでいられたのに、たった一日出来なかっただけで変になりかけている。思考の殆どが女への欲求で占められている。
ディケードの父親は身体能力の向上に伴う副作用のようなものだと言っていたし、グリューサーは避けられないのなら楽しめと言っていた。
やれやれ、やっぱり花街に行って発散するしかないか。
このまま我慢していたら、俺は間違いなく強姦魔になってしまうな。
そんな訳で、俺は今花街へ向かっている。
食事中に経験談を自慢げに語るオッサンが居たので、銅貨1枚を渡して尋ねたら場所を教えてくれた。店の情報もだ。自慢話に多少付き合わされたが、割増の情報料だと思って我慢した。
俺が居る西区の花街には、元気なネコ耳の若い娼婦が入ったと話題になっていたというから、多分カルシーの事だろう。早速話題になっているな、流石だ。
だとすると、ジリアーヌと遭遇する事は無さそうだ。クレイゲートの娼婦は全員バラバラの地区の娼館に配置されるという話だったからな。
会いたいとは思うが、迷惑になるだけだからな。忘れるように努めよう。
花街は西大通りから北へ行って、裕福層と庶民を隔てる昔の壁の近くにある。
近づくと、夜なのにその一角だけが光が溢れていた。流石にネオンは無いが、大量の蓄光石の光が変色されて艶やかに辺りを照らし出している。
花街の入口に到着すると、通りにゲートが設けられていて、その奥には多くの娼館が立ち並んでいる。
やはり目立ちたいからだろう、建物のデザインが一般的なものとは違って奇抜な形をしたり、男女が絡み合う大きな彫刻が壁一面に掘られたりしている。
店の前には呼び込みの男や女が居て、前を通る若い男やオッサンに誘いの声をかけている。その声は明るく陽気で、陰気な雰囲気は微塵もない。遊ぶなら徹底的にという雰囲気に溢れている。
お陰で、俺も気軽に楽しめそうだ。
「お兄さん、うちには若い子が揃っているよ。ケモ嬢専門だからね。選り取り見取りだ。」
「うちはノーマル嬢の専門店だよ。」
「うちは10代専門店だ。15~19歳だけだよ。」
ゲートをくぐると、さっそく客引きが声を掛けてくる。
ケモ嬢というのは、ケモ耳人の娼婦を指す言葉のようだ。ノーマル嬢とは普通の人間の女性らしい。素人なのかな。
「お兄さん、うちは熟女専門店だ。30歳を過ぎた嬢たちの経験豊富な熟練の技で楽しませてあげるよ。」
思わず立ち止まってしまった。
熟女という言葉には引っ掛かりを覚えたが、30代前半なら悪くないと思った。
経験上、30歳前後が一番楽しめるような気がしている。というのも、若い盛りを超えて精神的に落ち着きを持ち始めた頃で、客をもてなす術を心得ているように感じるからだ。
若いと我儘でサービスが悪かったり、勢いだけで接客しているように感じる部分が多々感じられるので、マッタリと楽しむのが難しい。
もっとも、それは日本での経験によるものだけどな。離婚して50代になってからまた風俗遊びを再開したが、そういう楽しみ方が好いと感じるようになった。
呼び込みの男に訊いてみると、30〜35歳までの女性を揃えていると言う。それで熟女なのかと驚いてしまった。
日本だと、熟女というのは一般的に40〜50代を指すものだが、この世界では違うらしい。それは大年増だよと言われた。
う〜ん、日本の30歳以上の女性、特に独身女性が聞いたら発狂しそうな言葉だな。俺は身の安全のためにも、そういった言葉は控えようと思う。
試しにここにしようと思い、呼び込みの男に案内されて店の中に入って行った。店名を『熟練の薔薇』という。いかにもな名前だな。
サービスの相場も若い子に比べて安く、平均で銀貨1枚〜2枚のようだ。
入口を過ぎるとカウンターがあり、ボーイが受付をしている。そこで入場料金の大銅貨1枚を支払う。これで店内の奥に入って嬢を選べるようになっている。
店内の奥、1階のフロアーは大広間になっており、壁際に仕切りで区切られた小部屋が幾つも並んでいる。そこには煽情的な衣装を身に着けた嬢が座って待機している。空いている小部屋は現在接客中だ。
俺の他にも数人の客が居て、嬢を見て回ったり、中央のソファに腰かけてお目当ての嬢が接客を終えるのを待っていたりする。
ちなみに、入場料を払って嬢だけを眺めて帰る者もいるようだ。
嬢を見て楽しんだり、目に焼き付けて帰ってから一人遊びをするのだろうか。その為の入場料らしい。
貧乏人にも優しい…のか?
俺は小部屋の前を歩きながら嬢を見て回る。
椅子に腰かけた嬢が居て、前に名前と年齢、スリーサイズと共に簡単なアピールを書いたプレートが置いてある。
なんとなく、ペットショップの犬や猫を見ているようだと、思わないでもない。
「ねぇ、お兄さん、わたしを買ってぇ♪」
「イイ男ねぇ、わたしと遊びましょう、チュッ」
「逞しい体、わたしを冒してぇ、侵してぇ、犯してぇ、アハ~ン。」
それぞれの嬢が自分なりのアピールをしてくる。
胸元を大きく開けたり、太腿をあらわにしたりと科を作りながら囁いてくる。
これは堪らんな。
様々な人種の女性や様々な耳や尻尾を持つケモ耳人がいて、見ているだけでワクワクドキドキする。漲ってくるぜ。
そんな中、一人のケモ嬢が目に留まる。
小柄で少しポッチャリした体つきが肉感的だ。垂れ目と厚めの唇がおっとりした印象を与えている。茶髪に白と黒のブチのネコ耳が乗っかっていて、野良猫のお姉さん的イメージがある。
プヨプヨした肉体はいかにも柔らかそうだ。ジリアーヌとは真逆のタイプだが、その魅力を味わうのが、今の俺には良いと思う。
名前は『シャイエーラン』、年齢は32歳だ。スリーサイズはメートル法だと、88、62、92となる。まあ、スリーサイズのウエストはかなり怪しそうだ。
アピール欄に、『大人の包容力で甘えさえてあげる。』と書いてある。
彼女は《奴隷環》を着けていないので、一般人の娼婦だ。
俺がシャイエーランを眺めていると、彼女はにっこり微笑んでウィンクした。
「お兄さん、ステキな体をしてるわねェ。どお、お姉さんと遊んでみないィ?」
「朝までで、お願い出来るかな。」
「ンまあ、ステキ♪若さが溢れてるのねェ。」
合意が出来たので、シャイエーランは椅子から降りて小部屋から出てきた。
俺の脇に立って腕を絡めてくる。途端に香水と女性特有の良い匂いが漂ってきて、ムッチリした柔らかさを感じた。
ああ、これだこれ!このプニプニした感触。女の体はこれが最高だよな。
俺は一気にボルテージアップして、ジュニアがギンギンに漲った。思わず腰が前後運動してしまった。
今にも押し倒したい衝動にかられるが、残り僅かな理性を総動員して耐えた。
「…うふふ、元気ねェ。お金を払ってお部屋に着くまでは我慢なのよォ♪」
「そ、そうだな…」
性欲魔人と化した俺にシャイエーランは引きかけたが、直ぐに優しく言い含めてくれる。
こういったところが大人の女性の良さだな。若い娘だと引いたまま気持ちが萎えていくのが態度に出るからな。
広間の奥にあるカウンターで料金を払い、俺たちはその奥の個室へと向かう。
シャイエーランはこの店の人気ナンバー7のようで、一晩だと料金は150,000ヤン、大銀貨1枚と銀貨5枚だ。
2階にある個室に入ると、俺はチップとして銀貨1枚を彼女に渡した。
「張り切りすぎて迷惑をかけるかもしれないので、よろしく頼む。」
「まあ、こんなに!ウフン♪お姉さんに任せておけば大丈夫よ。何度でも受け止めてあげるわね。」
個室の中は10畳程のスペースにダブルベッドとソファセットがある。奥の部屋にはシャワー室がある。設備はこれだけだが、頼めば別料金で食事や酒類が用意されるようだ。
だが、今の俺にはそんな物はどうでもいい。早く女を抱きたくてしょうがない。
「どお、最初に軽くお酒でも…って、そんな余裕はなさそうねェ。いいわ、来て頂戴なァ。」
居ても立ってもいられず、俺はシャイエーランをベッドに押し倒した。
服を脱ぐのももどかしく、俺はズボンとパンツを脱ぎ捨てると、ドレスを着たままの彼女にそのまま押し入った。
「うふん、いいわねェ、若い男のがっつき、嫌いじゃないわよォ。」
最初は余裕をもって受け入れていたシャイエーランだが、何度果てても終わらない俺の攻めに、徐々に音を上げていった。
「す、凄いわねェ…エネルギーの塊みたいねェ…」
「ね、ねェ…まだ続くのかしら…」
「お、お願い…少し休憩しない…?」
「だ、だめェ…許してェ…」
「ヒ~~~っ!壊れちゃう!壊れちゃう!壊れちゃうから~~~っっっ!!!」
「ギャ――――――――――っっっ!!!!!」
「…あっ!」
我を忘れて夢中になって攻め続けていた俺は、シャイエーランの悲鳴と攻撃で我に返った。たまたま振り払われた手が俺の頬を叩く形になったらしい。
例によって元々のディケードの記憶が、フラッシュバックのように脳内を駆け巡っていた。
泡を吹いて気を失っているシャイエーランを介抱しなければと思っていると、数人の男が部屋に飛び込んで来た。
「何事だ!?」
「シャイエーラン! きさま、うちの嬢に危害を加えたなっ!」
「い、いや、俺は…」
一人の男が俺の喉元に短剣を突きつけた。他の三人の男が俺を取り囲む。意識が朦朧としていたせいか、《フィールドウォール》が弱まっていたようだ。
俺は両手を上げて降参のポーズを取る。この状況では、そう思われても仕方ないだろう。
う~ん、困ったな…
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