第五十六話 万能武器
「親方、どうしてダメなのさ。」
「それは俺の黒歴史だと言っただろう。」
俺にお誂え向きのハルバードがあったのだが、鍛冶師の親方は頑なに売ろうとはしない。俺はなんとしても手に入れたいのだが。
大銀貨の賄賂が利いたのか、若い店員は必死に親方を説得しようとする。
「だけど、この店は今月も赤字なんだよ。」
「っつ!そ、それは…」
痛いところを突かれたのか、親方の覇気が霧散した。
勝機を得た若い店員は詰め寄るように一歩前へ踏み出す。
親方は蛇に睨まれた蛙のようになって、気まずさを漂わせながら後退する。
俺は若い店員を応援する様に、後ろに立って睨みを利かす。
「うう~…」
親方は観念して、ハルバードの制作秘話を語り始めた。
親方が職人として一人前になりかけの頃、身につけた技術を試したくて持ちうる全てのアイデアと技を注ぎ込んで作ったのが、このハルバードだ。
重いのは頑丈に作ったせいもあるが、様々なギミックが仕込まれている為だ。
試しに幾つか見せてくれたが、このハルバードの柄はスライド式で伸縮可能になっている。その為に伸ばした状態では2mを越えるが、縮めた状態では80cm程になる。勿論その状態でも使えるので、戦斧として狭い場所でも戦闘が可能だ。
これは凄いな。持ち運びが便利だし、背中に担いでも出っ張らないので邪魔にならない。
普通、伸縮する柄は強度的に不足するものだが、それを補うために空洞の柄の内部に『アダマンタイト』で補強した芯が数段重ねになって入っている。それが柄の伸縮に伴って内部で移動して補強に当たっているという。
アダマンタイトと聞いて、若い店員も驚いていた。
アダマンタイトとは、劣化した神鉄を加工した金属を指すらしく、その強度は鋼鉄の比では無いとの事だ。
なんでも、年に一度『星降り』と呼ばれる自然現象があって、特定地域に集中して何万という隕鉄が落ちるらしい。その隕鉄は神の意志を宿した鉄と考えられていて、一度冷えて固まってしまうと人間の手では加工が不可能らしい。
しかし、落ちたばかりのまだ赤く燃えている状態なら加工が可能で、その素材を使って物を作るのが鍛治職人の夢だという。
親方は少量ながらそれを手に入れて、ハルバードの穂先と共に様々な部分に補強素材として使用したようだ。
また、ギミックはそれだけでなく、アダマンタイトの硬質性を利用して柄の様々な場所に稼働部を仕込んでいるという。
柄のお尻の部分はレイピアになっていて、捻って引き抜くと50cm程の細身の剣が現れる。柄の中程には左右に広がる小さなリムが付いていて、広がると同時に弦が張られるようになっている。つまり、弓というかボーガンになるのだ。更にはハンマー部分に強靭な鎖が仕込まれていて、ハンマーを飛ばして振り回したり、ハンマーに付属するフック部分を使って崖や木に登ったりも出来るようだ。
他にもまだ有るようだが、親方は若気の至りだったと顔を真っ赤にしながら、もう聞かないでくれと懇願した。
確かにこれは中二病患者が作ったと思われても仕方のない物だな。
ハルバードだと思っていたのに、斧にも弓にも鎖分銅にもなる。あらゆる武器に変身するのだ。いわゆる『万能武器』というやつだな。
確かに夢の武器だ。この実物を見る限り、全てが実用レベルに達していて、親方の腕の良さを物語っている。
たった一つの弱点を除いてはな。
そう、扱える人間が居ないのだ。この重さだとな。
「そうだ。わしは製作のテクニックに拘るあまり、使う人間の事を失念していたのだ。どんな優れた武器も、扱う者が居なければゴミと一緒だ。
それを深く理解させるために、先代の師匠は工房にこれを展示して俺への戒めとした。俺は恥と思いながらも、弟子たちが同じ過ちを冒さないようにと、師匠となってからもこれを展示し続けたのだ。」
立派な心掛けだな。
後進の為に自分の恥を晒す。なかなか出来る事ではない。今の日本の指導者に、こういった考えを持つ者がどれだけいるだろうか。
しんみりした雰囲気になったが、若い店員が打ち破った。
「でも、このお客さんは使って見せたよね。」
「確かにな。本当にびっくりしたぞ。まさかあんなに軽々と扱うなんてな。」
「なら、売っても良いんじゃないかな。そのハルバードだって戒めの為じゃなくて本来の武器として使われたいはずだよ。」
「それは解る。解るんじゃがのう…」
この若い店員は良い働きをするな。頑固職人の親方が説得されかけてるぞ。大銀貨1枚は伊達じゃないってか。
「それじゃあ…」
「いや、ダメだ!あんな昔の物を売る訳にはいかん。それこそわしの恥になる。」
「親方?」
「今のわしは、あの頃よりもずっとテクニックも上がったし、アイデアだって豊富だ。新たに作り直せば更に良い物が出来るのは間違いないぞ。
どうだ客人よ、一ヶ月待ってみんか?それを超える凄い物を作ってみせるぞ!」
キラキラと輝く瞳で親方は俺を見つめる。
が、全く嬉しくない。どうやら職人魂に火が着いてしまったというか、中二病がぶり返したようだぞ、このオヤジ。
確かに凄い物を作って貰えるのは嬉しいけど、最初は一週間という話だったのが一か月に延びているではないか。元々は直ぐに使える代替品は無いのかという話だったはずだ。本末転倒も甚だしい。
若い店員は大きなため息をつく。
「親方…というか父さん、また悪い病気が出たね。」
「な、なんだよ、仕事中は親方と呼べと言ってるだろう。」
「その仕事を止めて、趣味に走ろうとしてるのは父さんだろう。」
「うっ…!」
なんだ、若い店員は息子だったのか。どうりでグイグイ押し込んでいく訳だ。
「確かに父さんは腕が一流の鍛冶職人だよ。そこは凄く尊敬しているよ。」
「お、おう。」
「でもさ、拘り過ぎて採算度外視で商売されると困るんだよ。今だって新たに作るとか、原価も考えずに言ってるだろう。
それで母さんや兄さん、俺や妹がどれだけ生活に苦労したと思ってるのさ。隣の『ディヒケート』伯母さんの助けが無ければ一家飢え死にだよ。」
「お、おう…」
おやおや、親子喧嘩というか息子の説教が始まったぞ。
どうやら、頑固職人の親方は腕は良いが商売の才は全く無いようだな。
「俺は兄貴と違って鍛冶の才能は無かったけど、計算は得意だったからね。お陰でこの店の経営権は俺が貰い受けたよね。ディヒケート伯母さんが後見人になってさ。」
「お、おう…」
「経営者の裁量として、そのハルバードは売らせて貰うよ。店を潰さないのが俺の使命だからね。」
「お、おう…だ、だけどな、鍛冶職人としては満足できない出来の物を売るのは、魂を悪魔に売り渡すようなものなんだぞ。」
「確かにね、父さんの鍛冶職人としてのプライドは尊重したいよ。でもさ、考えて欲しいんだ。そのプライドと一家五人の命とでは、どっちが重いのかをさ。
借金を返さないと、鍛冶だって出来なくなるんだよ。」
「う、うぅ~…」
親方が床に崩れ落ちた。息子に、完全に論破されたな。
採算度外視の仕事は、オタク気質の職人にはよくある事だな。それを止めるのが経営者の判断だ。
職人上がりの経営者が、物作りに入れ込みすぎて経営破綻する事は、日本の会社でもよくあるしな。逆に経営者が儲けに走りすぎて、職人が辞めていって破綻する場合もある。要はバランスなんだよな。
そういう意味では、この店は息子が上手く育ってバランスの取れた経営が成り立ちそうだな。
「俺だって、父さんには満足する物を作って欲しいからさ。採算さえ取れて一家五人が食っていけるなら、父さんが何を作ったって文句は言わないよ。
いや、むしろ作って欲しいよ。名工としての父さんの名前『アルティーザン』を世に知らしめる作品をさ!」
「お、おうっ!俺はやるぞ!!」
親方が立ち上がって気力を漲らせた。
やるな、この息子。飴と鞭を上手く使ってオヤジを手の平で転がしているぞ。確かに経営者の才覚はありそうだ。
そんな訳で、俺は万能武器のハルバードを購入出来た。
のだが…金貨10枚の料金となった。
日本円に換算して約1千万円だぞ!幾らなんでも高すぎないか。
最初は金貨20枚と言われて驚いたけど、そこから交渉してなんとか金貨10枚で決着した。
この息子、実は油断も隙もない奴だった。
最初は見苦しい親子の争いを見せて申し訳ないとか謝りながら、借金で苦しいんですアピールをしてきて、更にはハルバードに使われたアダマンタイトは非常に高価なんですアピールが続いた。そして最後には古い作品なので原価割れですけどと、安さをアピールしてきた。
多分、俺が大銀貨1枚を賄賂とした事で、金を持っていると判断したんだろうな。本当に抜け目のない奴だ。どうせ、最初から金貨10枚位を落としどころにしていたんだろうさ。
親方なんて、脇で舌を巻いて見ていたからな。
俺はこのままじゃ悔しいから、メンテナンスして貰おうと思っていた短剣とナイフを、鞭と一緒に新しく購入してロハにして貰ったけどな。
俺だって伊達に40年近くもサラリーマンをしていた訳ではない。
俺と若い店員の意地を掛けた、なかなかの攻防だったぜ。
実際、短剣はかなりガタが来ていたみたいだし、竹もどきで作った鞘のままというのもどうかと思ったからな。これは思い出の品として貸金庫に保管しておこうと思う。
後は指弾用と投球用の鉄球の注文だな。
今まではそこら辺に落ちている石を使っていたけど、ここぞという時には重量のある鉄製で威力を高めたいからな。
指弾用は5〜7mm位で、投球用は持ち運びも考えると50mm前後が理想だな。流石に50mmの鉄球だと重すぎるから、中身は空か木片でも詰めて200g位に軽量化したいな。投げ易いように、ゴルフボールのようなディンプル加工が出来ると最高なんだけどな。直進性も増すはずだ。
親方に作れるか訊ねてみると、それ位なら簡単だと言われた。
しかし、投球はともかく指弾は良く解らないと言うので、小石で実演して見せた。10m程離れた所から用意された的に5発程連続で当てると驚いていた。
興味が湧いたのか、幾つかの種類を明日の朝までに用意してくれるという。有難いな。
残念ながら、これは別料金だけどな。
一応これで武器屋での用事は終わりだが、手持ちが金貨1枚と少ししかないので、手付金として金貨1枚を支払っておいた。
隣の防具屋で防具を決めたら、その分を纏めて組合で預金を下して来ようと思う。その間に、購入したハルバードの最終メンテナンスをお願いしておいた。
俺は武器屋を出て、隣の防具屋に向かった。店を出る際に、若い店員はニッコニコ顔で付き添ってくれて、一緒に隣の防具屋『ピュローテシィ』へ入っていった。
「こんにちわー♪」
「いらっしゃいませ…って、『モルティーソン』じゃないの。どうしたの?お金なら貸せないわよ。」
「やだなー、ディヒケート伯母さんは。俺がいつも金をせびりに来てるみたいじゃないか。」
「その通りじゃないの。」
「くっ…」
若い店員はモルティーソンと言うらしい。
この防具屋の店主と思われる伯母の強烈な一言を食らって、真っ赤になって恥辱に震えている。普段の苦労が忍ばれるな。
「やれやれ、せっかくうちの上得意様を連れて来たのに、挨拶だなー。」
「あら、そうなの。珍しい事もあるものねー。
いらっしゃいませ、この店の店主のディヒケートです。」
「ディケードだ。」
モルティーソンの話を聞いて、店主のディヒケートが愛想良く俺を見つめる。が、黒のカードを見てほんの一瞬だけ表情に影が差した。
モルティーソンと同じ反応をするな。いや、モルティーソンがディヒケートと同じ反応を示すんだな。
多分だが、ディヒケートは兄である武器屋のオヤジに愛想を尽かして、次男のモルティーソンに商売を仕込んだんだろうな。それで、若いのにやり手なのだろう。
「ディヒケート伯母さん。ついにね、あの戒めの武器の一つが売れたんだよ!」
「まあ、そうなの!それは素晴らしいわね!」
二人して喜びを噛み締めている。
なんか、ここのセリフだけを聞いていると、不良在庫が売れてせいせいしたみたいに聞こえるな。本当に大丈夫なんだろうな、あのハルバード…
しかも、その話しぶりだと他にも有るんだな、戒めの武器が。
「ふふ、ディケード様でしたわね。それで、本日はどういった物をご所望でしょうか?」
「………」
店主のディヒケートがニコニコと揉み手で近づいてくる。
この女、コロッと態度を変えて下手に出やがった。
多分、俺の見えない所でモルティーソンからハルバードが高く売れたという情報を得たんだろうな。この女は根っからの商売人のようだ。
どうにも、この手の手の平返しをする女は苦手だ。
「それじゃあ、ディヒケート伯母さん。俺は自分の店に戻るね。」
「ええ、お客様の紹介をありがとう。」
モルティーソンは俺を紹介する事で、少しでも伯母に恩を返したかったんだろうな。役目を終えたモルティーソンは、俺と擦れ違いざまにそっと囁いた。
「伯母は商売っ気が強いけど、売っている物は確かだよ。腕の良い職人を雇っているからね。」
この店の店主に対して引いた態度を取る俺を気遣ったのだろう。
店主に対する苦手意識は拭えないが、物に対する不安はそれなりに解消された。
後は自分で実際に見てから、という事だな。
「さあさあ、ディケード様、こちらへどうぞ。うちのお店は防具なら何でも揃いますわよ。」
「ああ、軽くて動き易いのが何より重要だ。幾つか見繕って欲しい。」
女店主は俺を店の奥へと案内する。
俺は女店主の後ろ姿を見つめる。
俺がこの店に入る時、店主が女と聞いていたので秘かに警戒していた。もしかしたらその色香に惑わされて、またやらかしてしまうのではないかと恐れていた。
しかし、その不安は杞憂だったようだ。
女店主は四十半ばで俺の守備範囲を超えていた。
化粧をして身ぎれいにしているが、やはり肌の衰えや動きの節々に年相応のものを感じる。そのせいで、性欲が湧き起りはしない。
それに、何よりも女店主からは色気以上に金銭欲が漂ってくる。俺はホッとしながら、女店主の後ろ姿を追った。
☆ ☆ ☆
ふう…
結局なんだかんだと買わされて、随分と出費が嵩んでしまいそうだ。
この店主は恐ろしい女だ。
次から次へとセールストークが飛び出してくるので、こっちの考えがまとまる前に、気がつくと買ってしまっている。
この女店主に比べると、俺の得たばかりの雄弁のスキルなど赤子同然だ。
しかし、確かにモルティーソンが言ったように物は良いな。値段も極端に高いという訳でもないようだ。だからこそ商売が成り立っているのだろう。
胴体を保護するチョッキは皮革製だが、体の動きを阻害しない程度にアダマンタイト製のフレームが入っている。そのために打撃に対しても防御力が高い。しかも皮革の中には、強靭で柔らかい蜘蛛の糸で作られた繊維が編み込まれているらしい。それにより、狼の牙や爪も通さないようだ。
実際にサンプルの皮革に狼の爪を立ててみたが刺さりはしなかったし、チョッキは強く押してみても形が崩れない。本当に良く出来ている。
そういった感じで、防具と共にシャツやズボン、肘当てや脛当てを買わされていき、盾の他にも背負うバックや野営の道具までいつの間にか手の中に納まっていた。さあ、いつでも遠征する準備は万端だ、てな感じだ。
確かにいずれ必要になるとは思うが、まだそこまで買おうとは思っていなかったのにな。
「それじゃあ、後これなんかどうでしょう。このランタンは…」
「い、いや…今は手持ちが無いから、も、もう十分だ。」
俺は金を下ろしてくると言って、逃げるように防具屋を後にした。
やばいやばい…いつまでも付き合っていたら破産してしまうぞ。
俺はぐったりして、精神が異常なまでに疲弊しているのを感じた。
また今日も、女の怖さを知ってしまったな。
しかし、あの女店主は兄の頑固職人とは真逆の人間だな。
兄は物作りに固執して商売っ気はさっぱりだが、妹の方は商売っ気が全てと言っていい感じだ。極端な兄妹だよな。一方に偏っているという意味では似た者同士なのかね。
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