第五十一話 創造神グリューサー 後編
グリューサーに見つめられながら、俺は伸し掛かる圧力に耐えていた。
俺が人類を、強いてはこの惑星を救うなんて、夢にも思わなかった事だ。
緊張に押しつぶされそうになる。
ふう…
一つ大きく息を吐き出す。
緊張した時に行う、いつもの癖だ。
目を瞑り、心を落ち着かせて想いを馳せる。
日本に居た時は、いつ死んでもいいようにと覚悟を決めてその日その日を生きていた。人生に疲れて、年齢的にも、さほど生への執着がなくなっていたからだ。
しかし、この世界へとやって来て、若い新たな身体を得て不思議な体験をし、様々な人と関わりを持った。
特にリュジニィとジリアーヌは、俺に生きる希望と日本では味わえなかった安らぎをもたらしてくれた。
俺はリュジニィに誓った。君の分まで生きると。
ジリアーヌとは別れてしまったが、今も想いを寄せている。どんな形であれ、ジリアーヌには生きていて欲しいと願っている。
勿論、他に関わった人々にだって同じ気持ちだ。
それを思うと、やるしかないと気持ちが固まった。
他にやる人間が居ないのなら、俺がやるしかないのだな。
それに、高梨栄一として日本では持ち得なかった、人生を掛けた遣り甲斐というものを体験できるかもしれない。それはとても魅力的に思えた。
「分かりました。やれるだけの事はやってみます。」
「おおっ、引き受けてくれるか!感謝する、高梨栄一殿。」
グリューサーが破顔する。
その嬉しそうな表情は、実に心の内を素直に表しているように感じる。
ふと、もしかしたらこのグリューサーは、実はディケード本人なんじゃないかと思った。3次元投影でグリューサー神の姿を作ってはいるが、中身は壮年を迎えたディケードのような気がした。
五千年以上前の人物が居る訳がないと思うものの、そんな直感が働いた。
なにより、ディケードのアバターを扱って行動しているという事は、俺と同じようにシンクロしやすい霊波を持っていると思われる。
「ふむ、面白い事を考えているな。あえてコメントは控えておこう。」
これにはビックリだ。
グリューサーは俺の考えが読めるのか?
「別段、高梨栄一殿の考えが読める訳ではないぞ。
そなたは基本的に善人なのだろうな。考えている事が素直に表情に出る。」
「そ、そうですか…」
俺ってそんなに表情に出やすいのか。
確かに、クレイゲートと話をしていた時もそんな感じだったしな。人の心の機微に聡い者には判りやすいのだろうな。
う~む、恥ずかしい限りだ。
俺は取り繕うように本題へと話を戻す。
「そ、それで、具体的には自分は何をするのでしょうか?」
「ふむ、この大陸にある最大のダンジョンを攻略して貰いたい。」
「ダ、ダンジョンですか?」
「さよう。難攻不落、未だかつて誰も攻略に成功していないダンジョンだ。」
あまりにも予想外の答えに驚くしかない。
グリューサーはダンジョンについて説明する。
この世界には、先史文明の《半神や英雄》が作り出したダンジョンと呼ばれるフィールドが幾つも存在する。
それは独自の世界観からなる空想世界を作り出し、階層構造をなす迷宮になっている。
そこには《半神や英雄》が残していった様々な財宝やアイテムが眠っており、ダンジョンを攻略しながら奥へ進む事でそれらを手にする事ができる。
そして、最深部には邪神に捉えられた時空を管理する《女神ヘメティラース》が眠っていると伝えられている。
その《女神ヘメティラース》を救い出すのが目的だ。
しかし、同時にダンジョンには様々なトラップが仕掛けられ、凶悪なモンスターが生息していて、行く手を阻んでいる。
それらを攻略しながら進んで行くのは容易ではないが、それを成し遂げるのが君の物語だ。
「というのが、ゲームをプレイする場合の謳い文句だ。
高梨栄一殿はディケードの記憶から、ダンジョン攻略が娯楽のためのゲームだったと知っているだろう。」
「ええ、そうですね。」
「それを、この世界の住人となったアバターの子孫たちは、〈冒険者〉となって命がけで攻略を目指している。富と名声のためにな…」
グリューサーの声からは、申し訳なさと悔しさが僅かに感じられた。
が、直ぐに切り替えて用件を述べる。
「高梨栄一殿にお願いしたいのは、そのダンジョンをクリアしたうえで、眠らされている《女神ヘメティラース》を目覚めさせて、緊急コード『ダンジョンNo.01』を発動させて欲しいのだ。」
緊急コード『ダンジョンNo.01』!
ゲーム中にこのコードが発動された場合は、何をおいてもダンジョンから即時退避しなければならないと、ディケードたちは教えられていたな。
「それって、確か…」
「さよう。ダンジョン崩壊時に発動する緊急コードだ。
つまりは、《女神ヘメティラース》が持つ『ダンジョンコア』を手に入れて来て欲しい。それがアイゲーストの修復に必要なのだ。」
ダンジョンコアは確か、ダンジョンを運営維持するためのエネルギープラントの発動キーになっていたはずだ。
それを手に入れる。要するにダンジョンの活動が不可能になるという事だ。
「本来なら、管理者用の通用口から進入すれば事足りるはずだったのだが、『大厄災』以降管理者は不在となり、ダンジョンの性質も著しく変化を遂げている。
そのために、ダンジョンを攻略して最深部より進入するしか手立てが無くなったのだ。」
「それは、ダンジョン攻略の手段が以前とは違っているという事ですか?」
「さよう。運営が準備していた正規の攻略法は役に立たなくなっている。それどころか、攻略できるのかも怪しい状況ではある。《女神ヘメティラース》とは完全に情報伝達が遮断されているのでな。」
それって、難攻不落どころか不可能なんじゃないのか?
「別段、ゲームのクリアを目指す訳ではない。非合法的な手段を用いても攻略が出来れば良いのだ。」
俺の不安を察知したグリューサーがアドバイスをくれる。
確かにそうか。ゲームの攻略が念頭にあり過ぎて、普通にクリアしようと考えてしまったな。
でも、それって逆に考えれば、やばい橋を渡るって事だよな。
まあ、それでもやるしかないのだな。
どのみち、このまま何もしなければ大量絶滅を招いてしまうらしいし、そんなものは間違っても見たくはないからな。
俺の決意を知って、グリューサーは満足そうに頷く。
「すまぬな、高梨栄一殿には迷惑をかける。協力に感謝する。」
「いえ、これも縁というものなのでしょうね。
わたしの方こそ、様々な配慮をして頂きありがとうございます。」
「縁か…面白いものだな。」
握手を求めるグリューサーに応じる。
映像なので当然感触は無いが、幾分温かさを感じる。
「さて、これで最大の懸念事項が一つ解決した訳だ。我の今後の活動方針に方向性が見えた。
高梨栄一殿には、このまま暫く請負人を続けて貰い、上級クラスを目指してもらいたい。それと、パーティー仲間となるメンバーの選出を行っていて欲しい。」
「あ、…そうなんですか?」
「うむ、ディケードのアバターを延命処置するためには破壊された培養カプセルとそれを運用する施設の修復が必要だ。現在それを行っているが、今しばらく時間がかかる。
それにバイタルを見る限り、まだまだディケードのアバターとしての本来の性能が発揮できていない。今のままではダンジョンへの挑戦は無理だ。」
「成程、そういう事ですか。」
言われてみれば確かにそうだな。
今すぐにでもダンジョンに向かうのかと思ったが、実力不足は否めないな。盗賊との戦いでも思ったけど、俺には圧倒的に経験と地力が不足している。記憶の中にあるディケードの戦いは遥か上を行っていたからな。
ふう…
ある意味、これで話に決着が着いたと思ったのだが、グリューサーは再びベッドの上に転がっている海綿に目を向けた。
うう~…出来れば、それは見なかった事にして欲しいのだが。
「高梨栄一殿は難儀しているのだな。」
「………」
グリューサーが再び俺に視線を戻すと、哀れそうに眼差しを向けた。
や、止めろ!そんな目で俺を見ないでくれ…
これはたまたま、たまたまなんだ!本当だ!
これまでと違い、グリューサーの雰囲気が緩いものとなった。
ある程度打ち解けたからなのか、気さくなものへと変化した。
「辛いな。高梨栄一殿には苦労を掛ける。我も随分と苦労したものだ。」
「はぁ?そうはどういう…」
グリューサーの眼差しは、それから同病相憐れむといったものへと変化した。
「高梨栄一殿は過剰なまでの性欲に悩んでおられるだろう。
先ほども申したが、アバターの元となった原人は元々が性欲の旺盛な種族だった。その因子を引き継いだまま、よりパワーアップしてディケードのアバターは作られたのだ。
我もファンターとして活動した際には、そういった関係を持つ女性が出来るまでは随分とそれに悩まされたものだ。」
「そっ、そうなのですか?」
「うむ、そういった経験が無かったものでな。どういう風に女性と接したらそういった関係になれるのか、全く分からなかったのだ。」
グリューサーは懐かしそうに語る。
グリューサーがシステムだとしたら、当然そうなるのか。生身の女性と関わって交わりを持とうとする。そう思うだけでも凄い事だ。
「それには、我の母星の事情が関係しているのだ。
母星は文明が極度に発達したせいか、本来人間が持つ原始的欲求や野性味が失われつつあった。それ故に、種族を維持するために行われる男女間の性交渉が無くなりかけていた。実際、殆どの新生児が人工子宮で生まれてくるが、性的欲求は皆無と言っていい程だ。
種族の存続を危ぶんだ政府は、アバターによるこの惑星での冒険を通して、種族の活性化を図ろうとしたのだ。」
成程、そういう事か。確かにそれは重大な問題だな。
近年、俺の居た日本を始め、多くの先進国で若者の恋愛離れや未婚化が問題視されていた。それによる少子化で、国の存続や文化の継承が危ぶまれていた。
超絶的に文明の発達した異星では、なおさらの事のようだ。
しかしだ。
お国や異星の問題はそれはそれとして、その性欲の強さを持たされた個人は堪ったもんじゃないな。
俺は生き続ける限り、この性欲問題からは逃れられないという訳だ。
実際に、昔のディケードはそれで女性を襲いかけていたみたいだしな。
俺も、初めての時はジリアーヌを犯しまくってしまったようだしな。
特に、戦いの後に込み上げてくる抑えの利かない昂りは耐えがたいものがある。
グリューサーもファンターとして活動していた時には、それで苦労していたんだな。だから、あんな眼差しを送っているのだろう。
「年齢的に、ディケードの肉体は今が性欲のピークに達していると思われる。それが過ぎれば、ある程度は治まっていくだろう。」
グリューサーが慰めにもならない言葉を掛けてくる。
「性欲を抑えるような処置は出来ないのですか?」
「それは我には出来ない。アバターの制作はその技術者が持つ独特の製法によるものだ。我は元の素体をコピーして使用しているに過ぎない。
故に、素体となったディケードの記憶をもったままのアバターが使用されているのだ。」
「…そうですか。」
やれやれだな。
解決方法は無いようだ。
「製作者の『リッカード・ファンター』が存命なら対処ができただろうがな。それは叶わぬ願いだ。」
リッカード・ファンターか、確かディケードの父親だよな。
五千年以上前の人物ではどうしようもないな。
ああ、でもそうか、だからグリューサーはファンターを名乗っているのか。身体の持ち主と製作者が同じファンターだからな。
しかしなんだってディケードの父親はそんなアバターを息子のディケードに与えたんだ?
性欲で苦しむのを解っていただろうにな。
いや、解ってなかったのか?
グリューサーが言ったように、異星人は性的欲求が皆無に近かったらしいし、その危険性を認識できなかったのか。
でも、記憶の中でディケードは父親に訴えていたよな、女性を犯しそうになったと。
そのうえで、ガールフレンドとの性交渉を勧めていたけれど。
何か重要な秘密というか機密があるような気がする…
グリューサーは思案する俺をじっと見つめている。
それは楽しそうでもあり、同情している風でもある。
なんだろう、弄ばれているように感じるのだが…
「高梨栄一殿、これは我からのアドバイスだが、避けられないものなら逆に楽しむしかないのではないか。
アバターの男の本能として、多くの女性としてみたいと思うのは自然な願いだと思う。」
「………」
「我もその身体に受肉した際は、楽しむ事にしていた。
実際に経験してみて思ったが、女性とのその一時は狂おしくも刺激的で楽しいものだった。何より、その後の充足感がもたらす心の安らぎは、幸せと呼べるものだと思っている。
しかも、相手が変わると、その充足感もまた違った趣があるものだった。」
グリューサーは本当にシステムなのか?
アバターを使って性行為まで楽しめるというのは、凄すぎないか。
人間でないのなら、誰かをモデルにした疑似人格を持っているのかもな。
「もっとも、やり過ぎてしまったのか、それで浮名を流すようになってしまい、揉め事が多くなりすぎてしまってな。事態の収拾に苦労したものだ。
それ故に1年ほどで活動を止めるようにしていたのだ。」
「………」
グリューサーは遠い目をして過去を振り返る。
な、なんと、そんな事が理由だったとは。
1年ほどで姿を消す伝説的な謎の存在と噂されているのにな。
真実は知りたくないものだ…
「なんにせよ、高梨栄一殿がディケードとして行動していく以上はパートナーとなる女性は必要だろう。特に街を出て外で活動するためにはな。」
「そうですね、そうなるでしょうね。」
パートナー探しか、これが一番大変そうだな。
戦う事が出来てあっちの相手もしてくれる相手なんて、そんな都合の良い相手が見つかるのかね?
ジリアーヌのような女性が現れてくれればと思うが、見つけるのは大変そうだ。
俺が考え込んでいると、グリューサーの体が薄くなって透けだした。
「高梨栄一殿、我が地上に姿を現わせられる時間はここまでのようだ。そなたとの邂逅は実に有意義なものとなった。
我はこれから天上界にて多忙となる。しばし連絡を絶つが、時が来たらまた姿を現すとしよう。そなたの協力に心から感謝する。
感謝のしるしとして、『ブースト』を送る。これにより危機回避力が跳ね上がり、生存率を高めるだろう。」
別れの言葉を最後に、掻き消すようにグリューサーの姿はなくなった。
そこには最初から何も無かったような印象を受けた。今までのやり取りは夢だったのかと思う程だ。
しかし、宙に浮かぶモニターには、新しい《ブースト》のアイコンが追加されていた。タップしてみると、説明文が表示された。
『《ブースト》の使用により《フィールド》の効果が一時的に増大する。が、肉体への負担が増すので1日3度の使用を限度とする。使用後はインターバルが必要となる。』
成程、これは有難いな。
《フィールド》は全ての超越力の基になっているからな。《センス》や《アクセル》のパワーも跳ね上がる。
グリューサーにとっては、何よりも俺が生存する事が重要なのだな。
試しに使ってみようかと思ったが、緊張が解けると、ドッと疲れが押し寄せてきた。
それでなくても身体が疲れて酔っていたのに、グリューサーの出現で、俺の今後の生き方まで変わってしまった。
本当に濃い一日だった。
いろいろと考える事があるが、今はそれを拒絶するほどに疲れが全身に広がっている。
とにかく眠くてしょうがない。
ベッドに横になった途端、俺は眠りの世界に落ちていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
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