第四十九話 創造神グリューサー 前編
『我は『グリューサー』、この世界の創造神なり。』
そのセリフと同時に、モニターの中から一人の男が出てきた。
それは3次元投影された映像なのか、最初は透き通っていたが徐々に濃さを増して、あたかも実在の人物がいるように見えた。
それは顎髭と口髭をたっぷりと生やした壮年男性だった。
恰幅の良い体格をしていて、身長は俺と同じくらいで180cmを超えたくらいだろう。一枚織りのシルクで出来た様なシンプルな衣装を身に付けている。まるでギリシャ彫刻のゼウスのようだ。
全身から光を発していて、女神と同じく風も無いのに衣装がそよいでいる。
その姿は威厳に満ちていて、まるで全てを見通すような眼差しで俺を見つめている。
なぜか俺はいたたまれない気持ちになってしまう。自分がちっぽけな存在に思えてしまうのだ。
俺はただ茫然としながらグリューサーと名乗る神を見ていた。
そんな俺に、グリューサーは優しく語りかける。
「ディケード、よくぞ生き延びていてくれた。礼を言う。」
「…はっ?………それはどういう…」
「端的に言おう。その身体の本来の持ち主が我だからだ。」
「えっ!?」
思いも寄らぬ言葉だったが、同時に、やはり本当の持ち主が居たんだと腑に落ちた。
「正確に言うなら、我は数百年ごとに僅かな間だけその身体を使ってこの世界を見て回っているのだ。天界より降りてきた時に、受肉するための器がその身体なのだよ。」
それを聞いて、俺はクレイゲートが語った話を思い出した。
数百年の時を超えて1年間ほど姿を現す、女神様の御使いと思われている存在、『ファンター』を。
「では、あなた様はファンターなのですか?」
「ほう、その噂話を知っているのなら話は早い。いかにも、我はファンターを名乗っている。」
これには驚いた。ファンターの正体が女神様の御使いどころか、女神たちの頂点に立って束ねる創造神そのものだとは。
では、創造神とはなんだ?
確か、ディケードたちの母星の神話に最初に登場する神様、という記憶がぼんやりあるが、それではないだろう。いくらなんでも、本物の神様とは思えない。
受肉すると言ったが、ようはアバターの肉体を使用しているのだろう。数百年おきに現れるとはいえ、同一人物なら千年以上生きている事になる。これは異星人のディケードでも不可能だろう。彼らの寿命は長くても2百年程だったみたいだが。
では、女神システムのグリューサープログラムなのだろうか?
このグリューサー大陸を異星人が管理するために設置された、女神システムを統括する運営本部のシステムのはずだが。
それが定期的に大陸を見て回り、監査してるという事なのだろうか?
だとするなら、滅びたとされている《半神や英雄》の世界は、まだ機能しているという事なのか?
「ふむ、面白いな。そなたは我の存在に疑問を抱いておるな。
その身体の持つディケードの記憶を共有しているようだが、そなたの霊波はそれほど親和性が高かったという事か。面白い、それは実に面白い現象だ。」
「その霊波とはなんなのですか?」
グリューサーの眉間がピクリと震える。
「ふむ、我に向かって質問するか。
そなたの質問に答える前に、我の質問に答えて貰おうか。
そなたは何者だ?」
「………」
グリューサーの有無を言わせぬ圧力がのしかかってくる。3次元投影でしかないはずなのに、目の前にいる人物は強烈な存在感を放っている。
俺は気圧されて、答えあぐねてしまう。
素直に本当の事を答えて良いのだろうか。ここで選択を間違えたら、破滅を迎えるような、そんな気がする…
「答えぬか。その神を恐れぬ態度は、到底この世界の者とは思えぬ。我に対してある程度の畏怖を抱いているようだが、敬うという態度ではないな。
この世界の者ならば、例えディケードの記憶を共有したとしても、理解しきれずに神に対しての崇拝の念は決して忘れぬはず。そなたは根本的に違う。」
ああ、確かにそうだ。
この世界の住人は神の存在を疑うという事をしない。神は当たり前に存在するもの。奇跡を体現してくれる有難い存在なのだ。
ディケードの記憶にしても、この世界でレジャーやゲームをするために女神の存在を友達感覚で捉えてはいるが、システム的に有難いものだと認識している。女神システムが無ければ、この世界では活動できないからだ。
この世界の人間がこの身体に乗り移ったのだとしたら、多分女神システムに対して理解しきれずに混乱状態に陥ってるだろう。
女神様がインフォメーション…? 女神様の魔法…? レジャー…? ゲーム…? 半神と英雄がプレイヤー…? 異星人…? 遺伝子改造…? アバター…?
科学知識やSF的な知識のない者にとっては、訳が分からない情報の氾濫で発狂するか、精神汚染されて再起不能になってしまうだろう。
やはり、俺はこの世界では異質な存在なんだろうな。
俺はありのままを話す事にした。下手な隠し立ては無駄な行為だろう。
☆ ☆ ☆
「ふむ、成程な。高梨栄一殿は随分と稀有な人生を歩んでいるな。実に面白い。」
グリューサーは感心しきりという感じで話を聞き終えた。
俺は今までの他の人への説明と違って、地球で生活していた時からの事を話した。日本で熊に襲われて死んで、目が覚めたらディケードの身体になっていた、と。
突拍子もない話だが、グリューサーは疑う事無く全てを受け入れて聞いてくれた。グリューサーにとっては突飛でも不思議でもないのだろう。むしろ単に興味深いという感じだ。
グリューサーと話をして感じるのは、実に人間臭いという事だ。
女神たちの反応も人間臭いところはあるが、まだ幾分作り物っぽいというか態と人間っぽく見せているような印象を受けていた。
しかし、グリューサーの反応を見るに、個性ある人間としか思えないと感じさせる部分が多々見受けられる。それだけより精巧に作られているともいえるが、生命の存在を思わせるのだ。3次元投影でそう思わせられるのが、凄いとしか言いようがないのだが。
まあ、それは兎も角、一番驚いたのはグリューサーが地球の存在を知っていた事だ。彼の認識によると、地球ではようやく人類が所々で農作を始めて国が作られだした頃らしい。短期間でよくもそれだけ文明が発達したものだと驚いていた。
どうやって知ったのだと訊ねたが、それは本題ではないとはぐらかされた。
「では、そなたの質問に答えるとしよう。霊波についてだったな。」
一通り俺の話を聞いて状況を理解できたのか、俺の質問に答えてくれるようだ。
「そなたたち地球人の認識では、宇宙の構成要素はどう考えられているのか?」
「ええと、わたしが居た時には、バリオン、ダークマター、ダークエネルギーから宇宙は構成されているとされていました。その比率はおおよそ、4%、23%、73%と考えられている、という事でした。
確か、バリオンは星や我々を作る物質で、ダークマターは重力は働くものの光では観測できない謎の物質、ダークエネルギーは宇宙膨張を加速させる謎のエネルギーとされていたと思います。」
「成程、そこまで認識していたなら理解できそうだな。」
グリューサーは感心したように俺を見つめた。
まさか地球人がそこまで宇宙に対して理解を深めているとは思っていなかったのだろう。
俺も、まさか神とされる者と宇宙論的な話をするとは思ってもいなかった。
まあ、神を名乗ってはいるが、実際は異星人の作ったAI(人間の知能を模倣するコンピューターやシステム)のようなものなのかもな。
「我々は4次元宇宙に存在しているが、それは宇宙を構成する11次元の内の一側面に過ぎない。また、逆に一つの次元の中に11次元が内包されているとも考えられている。
そなたの言うバリオン、ダークマター、ダークエネルギーは、この4次元宇宙を構成する、11次元を内包するエネルギーの一形態と考えられている。」
「……………」
解らん。全く意味が解らない。
超弦理論に近い考え方なのか?
超弦理論は9次元+時間からなっていて、宇宙を構成する物質を作る素粒子の表れ方が紐であるという考え方だと思ったが。
我々は縦、横、高さの3次元と時間しか認識できないので、それより上の次元は数学的に表すしかないとかなんとかだったと思ったが…
実際のところ、専門的に勉強したことが無いオッサンの俺には理解できない考え方だ。
俺が理解できないと理解したグリューサーは、少し砕けた言葉で概要を説明した。
「つまるところ、知的生命体が持つ思考はエネルギーを持って一つの次元を構成する要素となる。それは時間と異なる性質を持ち、空間を構成する次元に内包されて広がりを見せる。ようするに、時間を飛び越えた宇宙を構成する空間となる。
その一部が我々の4次元宇宙にてダークエネルギーとして観測される。つまり、宇宙が膨張しているのは知的生命体が織りなす思考エネルギーの累積なのだ。
霊波とは、次元を跳躍する思考エネルギーの波動を4次元的に変調して捉えた波動と考える。」
グリューサーはこれでどうかな?という表情を浮かべる。
が、やはり俺には理解できない。根本的な基礎知識が不足しているので、単なる言葉の羅列にしか聞こえない。
俺の反応を見て、グリューサーは困った奴だという顔をする。
「ふむ、では正確な説明ではないが超簡単に霊波を説明する。
人間の意識や記憶はエネルギーとして電波のように高次元宇宙に広がり、それが霊波となって宇宙を押し広げている訳だ。
ラジオを聞くには空を飛んでいる電波にチューニングを合わせるが、人間の個人の意識や記憶も霊波となって広がっているので、チューニングを合わせれば記憶を見る事が出来る、という訳だ。」
成程、その説明ならなんとなく理解できるな。
極論ではあるが、人間の意識が宇宙を作り押し広げているという訳だ。
グリューサーは若干安堵した表情を浮かべる。
「もっとも、そのチューニングを合わせるのが至難の業なのだがな。本来はその個人の魂だけが同調できるものなのだが、そなたの魂は偶然にも何かしらの変化を起こしてディケードのアバターと同調したのだろうな。」
それが、俺がディケードのアバターとして目覚めた原因なのか…
グリューサーの説明を聞く限りでは、人間の意識や記憶は霊波となって宇宙を構成する要素となる。それは時間や空間を超えて高次元に存在するという事なのだろう。
女神プディン曰く、それが時空と幽玄の狭間に堕ちし者という事なのだろうな。
やれやれ、突拍子もない話だけど、偶然の奇跡とでもいうのか、漫画のような他人の身体に意識が乗り移るなんて事が実際に起こってしまった訳だ。
まあ、なんとなく俺がディケードのアバターになった原因は解ったけど、本題はそこじゃないよな。
教師のような顔をしていたグリューサーが、素と思える表情になって告げた。
「さて、それでは本題に入ろうか。」
そうだよな、本題はこれからだよな。
わざわざ俺がディケードのアバターになった原因を説明するためだけに現れる訳ないものな。
俺は本来の持ち主からアバターを奪った事を責められるのかと身構えたが、グリューサーが現れた時に俺が生きていた事に礼を言っていたのを思い出した。
もしかしたら、そう酷い状況にはならないように思えた。
「高梨栄一殿、そなたが使用しているアバターだが、その身体は持って後半年ほどで機能不全を起こすだろう。」
「えっ!」
と思ったら、余命宣告の爆弾を落とされてしまった。
「そ、それは確かなのですか?」
「間違いない。そのアバターは培養途中で強制的に目覚めさせられてしまったからな。培養後に施す様々な処置が未処理のままなのだ。3ヶ月も経てば徐々に肉体の各機能は衰えていくだろう。
そういう事か。確かに俺はあの大熊から逃げるようにして研究所を出てしまって、それっきりだからな。
グリューサーが少し言いにくそうに発言する。
「高梨栄一殿は有り余る性欲を持て余しているのではないか?
アバターの素体となったこの惑星の原人は、元々性欲の強い種族だったようだが、その種族の遺伝子改造を行う際にその因子はそのまま受け継がれたのでな。
しかも、アバターは身体能力が引き上げられているので、それに伴って性欲はより強くなっている。
プロトタイプだったディケードのアバターは特にな。」
グリューサーがチラリとベッドの上に転がる海綿に目を向ける。
それはさっき俺が自己処理した残骸だ。
それは見ないでくれ!
いたたまれなくなった俺を見て、グリューサーがコホンと咳払いをする。
「そのために、その身体は活性化した生体エネルギーが暴走しやすい状態になっている。性欲を発散し、精液を放出する事で一時的に暴走が抑え込まれるが、急速に行われる代謝活動が肉体の衰えを加速させている。」
俺の異常なまでの性欲の強さはそういう事だったのか…
やはり、この身体は今の状態では欠陥品だったんだな。
「女性との性行為によって、女性ホルモンを体内に取り込む事で幾分暴走は抑えられる。特にエストロゲンを吸収すると、体内のディエースナノマシンが男性ホルモンを抑制してくれる。特にテストステロンの抑制は代謝活動を抑えて延命を手助けしてくれる。」
「よ、ようするに、女性とより多く致すのが延命処置となる訳ですか?」
「ふむ、そういう事だ。より多くの女性と致すのがさらに効果を高める。しかも、行為によってより安定した精神状態になれるはずだ。
もっとも、それは効果を数ヶ月先送りするだけで、根本的な治癒とはならないがな。」
成程、そういう事か。
ジリアーヌと居た時に随分と心が安らいでいたけど、それはそういう事だったんだな。
残り数ヶ月の命か…
せっかく若い身体が手に入って人生をやり直せると思ったのに、そんな結末が待っていたとはな。
まあ、人生そうそう美味しい話なんて無いよな。
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