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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第3章 -請負人-1

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第四十七話 宿と風呂

 すっかり夜になり、空には星が瞬いている。

 請負人組合を出て、西大通りから南方面へと曲がり奥へ進んでいく。薄ぼんやりと青く淡い光の街灯に照らされた建物の並びが続く。人の姿は殆ど見えず、たまに請負人と思われる出で立ちの者が歩いている程度だ。


 10分程歩くと、宿屋と思われる看板を付けた煉瓦造りの建物が並んでいる場所に出た。受付嬢の話だと、ここら辺一帯は請負人が利用する宿が多くて、『爽やかな風』という宿屋は風呂が売りらしい。中級クラスの中でも割と収入の良い者たちが利用するらしいが、俺の要望とマッチしたのでそこへ向かっている。


 その宿を見つけた俺は、門を抜けて中へと入っていく。

 門を過ぎた所で暗がりからいきなり武装した男が出てきた。


「宿を利用するのか?」

「そうだ。」

「真っ直ぐ進め。」


 言葉に従って真っすぐに進む。

 この宿の守衛のようだが、暗い中隠れるように立っているので、知らなければ驚いてしまうだろう。俺は前もって《フィールド》で察知したので事なきを得たが、下手をすると乱闘騒ぎを起こしてしまうんじゃないかと思った。


 「チッ」と小さく舌打ちする音が聞こえたので、こいつは態とやってるんだと理解した。もしかして格闘マニアか何かか?槍を地面に刺したまま、シャドーボクシングのような事をしている。見た事のない緑色の請負人カードを防具に張り付けてあるので、下級クラスなのだろう。


 ここは中級クラスでも上の者が利用する宿らしいので、喧嘩を吹っかけているんだとしたら修行のつもりなのだろうか?見たところ十代半ばの若造だが、とても強いとは思えない。返り討ちにあうのが関の山だろう。

 こんなのが守衛で大丈夫なのかと思ったが、関わりたくないので俺はそのまま進んだ。


 しかし、どこに行っても守衛がいるな。この街はそんなに物騒なのか?

 今のところそんな感じはしないし、どちらかといえば穏やかな感じだが。

 やはり武器を所持しているのが当たり前の世界なので、トラブル対策なのだろうか。だとしたら、ここの守衛は論外だと思うが。



 ちょっとした小さな庭園になっている中を10m程進むと宿の入り口があり、俺は扉を開けた。

 請負人組合ほどではないが、そこそこ明るい照明が灯っていて、さほど広くないエントランスの奥にフロントがある。


 そこでは二十台半ばのチョッキを着た男が業務をこなしている。顔とほぼ同じ長さのウサギの耳が立っているので、異様に目を引く。

 正直、女性だと可愛く見えるんだろうけど、男だと滑稽に見えてしまう。


「ようこそ、宿をご利用ですか?」

「そうだけど、宿はあまり使った事が無いのでいろいろと教えてほしい。」

「解りました。」


 丁寧な言葉とは裏腹に、男は面倒くさそうな態度で接する。あまり仕事に熱心なタイプではないようだ。内装などの作りは立派なようだが、従業員に難ありだな。クラス的にはもっとマシな宿だと思ったが、風呂が売りというより風呂だけが売りなんだろう。


 男の説明によると、一人用の部屋が一泊1銀貨で、一週間の利用で銀貨5枚と大銅貨7枚との事だ。この世界は6日で一週間なので、5%の割引となる。

 取り敢えず俺は様子見で一泊を希望した。

 金を払うと男は無造作に鍵と部屋の番号を書いた札を渡してきた。


「2階の右側奥から2番目です。」


 それだけ言うと、終わりとばかりに奥に行って椅子に腰かけた。説明不足もいいところだ。

 さっきの組合でもそうだが、どうもこの世界は一見さんには厳しいようだ。


「おい、風呂はどこだ?」

「宿の奥を外に出たところだ。」


 日本の客に対する態度との違いにムカついて声を荒げてしまうが、男は意に介した様子もなく、こっちを見ないで答える。

 やれやれだ。こいつには仕事を真面目にやるという意識が無いようだ。さっきの守衛といい、こいつもまともに相手をしてはいけないタイプだ。


 フロントの壁を見ると、この宿の利用規約が書いてあるので一通り目を通してから部屋に向かった。


「ふん、黒が生意気なんだよ。」


 階段を上っている時に、男の呟きが聞こえた。

 多分、黒とは俺のカードの色を指しているのだろう。

 成程、そういう事か。俺が若くて黒鉄ランクだから、この宿は似合わないと馬鹿にしてるんだな。


 クレイゲートの商隊に居た時は待遇が良かったので気付かなかったが、俺の事を知らないこの街では、俺は単なる若造でしかない。むしろ、これが当たり前の世間の対応なんだろうな。


 日本に居た時は歳を取っているだけで、周りからそれなりに敬意を受けていたからな。それが当たり前になっていた俺には、結構ストレスになる出来事だ。今後の事を思うとため息しか出ないな。



 指示された部屋の前に来て確かめてみると、鍵に掘られた部屋番号と部屋のドアに貼ってあるプレートの番号が合っているので、これで間違いないのだろう。


 鍵は20cm程の薄っぺらい板状の金属で出来ていて、先端部分がギザギザに刻まれている。これをドアノブの下にある鍵穴に挿して回すと、カチャリという音がして開錠できた。


 しかし、これは鍵といっても誰でも簡単に開けられそうな作りになっている。本当に防犯になっているのか怪しいところだ。

 さっきの組合での個人情報を保護するセキュリティーに比べると、あまりのギャップに眩暈がしそうだ。


 部屋の中に入ってドアを内側から見てみると(かんぬき)が付いている。

 成程、部屋に居る時は棒を留め金に差し込んで扉を開けないように固定するんだな。鍵は気休め程度にしかならないという事か。

 これでは部屋を空ける時に貴重品は置いて行けないな。


 スリをする子供が居るくらいだ。泥棒だってこの世界には居るんだろう。

 下手に大金なんか持ち歩いていたら大変な事になるな。この世界では防犯なんて有って無いようなもんらしい。


 そういう意味では、組合が発行したカードは実に有難い。現金も貴重品も全て安全に預けておく事が出来るからな。これは肌に張り付けておくと、死なない限りは他人が剥がせないらしいしな。

 女神システム万歳だ。


 しかし、改めて凄い世界だと思う。

 住民の生活レベルはヨーロッパの中世初期か古代ローマ程度なのに、その一方で、神の奇跡と魔法という名のハイレベルなスーパーテクノロジーが同居してるんだからな。便利なのか不便なのか良く判らない世界だ。


 でもまあ、それは考え方次第なんだろうな。

 便利に暮らそうと思ったら、出来るだけ多くのテクノロジーを利用できるようにした方がいいだろう。そのためには、より早くこの世界を理解する必要がある。

 現代日本で暮らしていた俺には、中世時代レベルは辛すぎるからな。



 部屋を見ると、3畳間程の広さにベッドと小さなチェストがあるだけだった。日本のホテルのように風呂もトイレも洗面所も有りはしない。椅子と机も無い。


 部屋の隅の天井近くに蓄光石が置いてあって、淡く部屋を照らしている。小さな窓はあるようだが、ガラスが無いので夜の今は蓋をして閉ざされている。

 はっきり言って、これは寝るためだけの部屋だ。


 しかも下の階が食い処になっているのか、ワイワイガヤガヤと騒がしい声や音が響いてくる。これで一泊銀貨1枚(1万円相当)というのは正直どうなんだ。


 これに比べたら、1泊5千円だった日本のア〇ホテルがスーパーウルトラゴージャスに感じてしまう。

 なんか疲れが一気に押し寄せて来た。



 ふう…


 風呂へ行こう。

 ナップザックの中にはジリアーヌが入れておいてくれたタオルがあったので、露店で買った下着と一緒に持って行く。

 この世界の風呂はどんなものなのか興味津々だ。


 1階に降りて宿の奥へ廊下を歩いていくと、食い処の入口があった。中が見えるので覗いてみると、20畳ほどの広さの部屋にテーブル席が所狭しと並べられていて、多くの人間が賑やかに飲み食いをしていた。

 風呂上がりに俺も立ち寄って食事をしよう。


 食い処の入口の向かい側にはトイレがあり、男女別の入口に別れている。

 入口には暖簾がかかっていて、人間の横向きの姿が描かれている。男性はストンとした滑らかな体型だが、女性は胸とお尻が出っ張っている。


 何やら胸の小さなフェミニストからクレームが来そうなマークだが、この世界では問題ないのだろう。


 そういえば、この街に入ってから排泄をしてない事に気付いて、急に催してきた。この世界初めてのトイレ体験だ。

 男性トイレに入っていくと、小便所は左側の壁際に側溝があり、1m位の高さから壁に沿って水が流れ落ちている。おおぅ!水洗トイレだ。


 ここは本当に水が豊富なんだな。常時流れている水洗トイレなんて、ある意味現代日本より凄いかもしれないぞ!

 仕切りが無くて隣同士見えてしまうが、さほど気にする程でもないだろう。他人のポコチンなんぞ見たくもないわ。


 大便所の方は床に穴が空いているだけの、いわゆるボットン便所というやつだ。

 しかし、下に水が流れているのでそれほど酷くは無い。穴の周りが汚れているのは我慢するしかないようだ。


 大便所は5つ程あるが、一応仕切りがあって個室のようにはなっている。ただ、ドアが低い部分にしかないので、立っている者からは用を足しているのが見えてしまう。まあ、しょうがないな。


 で、用を足してスッキリした訳だが、この世界ではまだまだ紙は貴重品だ。勿論トイレットペーパーなんて有りはしない。


 自前の海綿を使って拭くのだが、拭き終わった後に洗わないといけないのが面倒だし汚くて嫌だ。繰り返し使うためにしょうがないのだが、割と高価なために使い捨てに出来ないのが難点だ。

 日本のウォシ〇レ〇トが懐かしいぜ。


 魔の森をさ迷っていた時は海綿すら無くて、やむなく手で拭いたり川の水を汲んで洗ったりしていたからな。

 まったく、とんでもない黒歴史だけど、ようやく笑い話に出来るぜ。



 さてさて、やっと目的の風呂だ。

 宿の奥から一旦外に出ると、石をコンクリートで固めた体育館ほどの大きさの建物がある。これが風呂場のようだ。名前は『清爽なる湯浴み』だ。


 入口に受付があり、宿の鍵と一緒に渡された札を見せるとそのまま通る事が出来る。利用規約を読んでいたので事無きを得たが、あのフロントマンは何も説明しなかったからな。


 俺が受付に向かうと、向こうから請負人と思われるオッサンがやって来た。

 オッサンは受付にいる守衛に武器を預けると、大銅貨1枚を支払って入浴の受付を済ませていた。狩りの帰りにそのまま立ち寄ったという感じだ。防具や上着が魔物の返り血や泥などで汚れている。


 なんだよ、宿に泊まらなくても風呂に入れるのか。どうやらこの風呂場は『爽やかな風』の宿泊客専用ではなくて、『爽やかな風』と提携している公衆浴場のようだ。


 宿泊客は只で何度でも利用できるので、確かにそれは魅力的だ。寝汗をかいた朝に入る風呂は気持ち良いからな。

 一回大銅貨1枚なら、格安の宿に泊まって風呂はここを利用するのもありだな。


 オッサンは受付の脇に立っている初老の男に自分の身に着けている防具と上着を預けていた。


「これを頼む。飯の帰りに受け取りに来る。」

「承りました。」


 やり取りを見ていると、どうやら洗濯を頼んでいるようだ。金銭のやり取りをしている。初老の男は奴隷のようで、首に《奴隷環》を着けている。

 先ず奴隷が居たことに驚いた。


 クレイゲートの馬車隊にはジリアーヌたち娼婦やクレイマートの身の回りの世話をする奴隷を見たが、女性ばかりだった。あ、そういえば馬の世話係のガルーの下に三人程男の奴隷がいたな。殆ど関わらなかったのであまり覚えてないが。


 それは兎も角、奴隷というのはこの世界では一般的なものらしい。ここは公衆浴場という公共の場だが、そういったところやクレイゲートのような資産家の所には当たり前のようにいるのだろう。


 奴隷制度の是非はともかく、洗濯屋がいるのは有難いな。俺も今後狩りを始めたら必要になるだろう。

 しかも、『爽やかな風』の宿泊客には洗い終わった洗濯物を部屋まで届けてくれるサービスもあるようだ。

 成程、段々と『爽やかな風』の良さが解って来たぞ。フロントマンは糞だが。



 脱衣場に行くと、意外にも鍵付きのロッカーが並んでいて、そこへ脱いだ衣服を入れるようになっている。

 鍵といっても金属の札が付いているだけだが、それを抜き取ると閂がかかるようになっている。まあ、形だけの防犯だな。

 監視のためなのか、ここにも奴隷の爺さんが立っている。



 俺は服を脱いだ後、取り出した鍵を付属の紐で腕に巻き付けてから風呂場に向かった。


 入口を通って風呂場に入ると、岩のトンネルを通り抜けていく。岩のトンネルはシャワーになっていて、そこを歩いていくのだが、シャワーの勢いが強烈だ。スコールやゲリラ豪雨の中にいるみたいで、裸だとかなり痛い。


 これは請負人対策でこうなっているとの事だ。狩りや土木工事等での汚れを強制的に洗い落とす為のようだ。

 一応、右側の水圧が強く左側が弱くなっていて、一般人への配慮がされている。

 日本の温泉でも体を洗わずに入る奴が結構いるからな。これは良い設備だと思う。


 岩のトンネルを抜けると、25mプールのような風呂が広がっていた。

 風呂自体はだだっ広いだけだが、周りの空間もたっぷりとスペースがある。直径が1m程の石で出来た柱が何本も立っていて、高い天井を支えている。


 石造りの長椅子が幾つも並んでいて、そこで寝そべっていたり、マッサージを受ける者や垢すりをされている者がいる。奴隷が何人も従事しているようだ。

 外に繋がるスペースもあり、ゆったりと寛げるようになっている。

 ローマ式の浴場に似ているようだが、日本のスパに共通する部分も多いと思う。


 俺は周りの様子を見ながら湯の中に入っていく。

 風呂は浅くて、足を延ばして座っても胸の下までしか浸かれない。半身浴という感じで、ちょっと物足りなさを感じる。


 それでも、お湯に浸かるというのは気持ちの良いものだ。

 ゴブリンの住処があったあの湖の畔での入浴以来だ。

 大きく息を吐き出して寛ぐと、溜まっていた疲れが溶け出て行くように感じられる。最高だ。


 俺はマッタリと湯に浸かりながら周りを眺める。

 若者から熟年まで多くの人がいるが、特に陰部を隠す訳でもなく普通に闊歩している。当然ジュニアも見えるし、ケモ耳人は尻尾も見えている。


 犬や猫、鹿や熊といった様々な尻尾があり、じっと垂れさがっていたりユラユラと揺れていたりする。物珍しくて、つい目で追いかけてしまう。

 尻尾は同性間では別段隠す必要は無いようだ。


 たっぷりと汗をかいたので、一旦風呂から出て長椅子に腰掛ける。

 日本のように洗い場となる場所が無く、シャワーが出っぱなしになっているスペースがあるだけだ。そこで何人かが立ったまま体を洗っている。


 そういえば、石鹸やシャンプーも無く体を洗う事は出来ないが、ここではどうしてるんだろうか?

 辺りを見回していると、パンツを穿いた50歳過ぎの男が近づいてきた。


「お兄さん、マッサージはどうかね?」


 その男は奴隷で、首に《奴隷環》を付けている。随分と奴隷がいるんだな。

 ピンク色の肌をしていて、イノシシなのかな、それらしい耳が付いている。お尻には年齢を感じさせる縮れた毛の短い尻尾がパンツの穴から出てぶら下がっている。


 人懐っこい感じの愛嬌のある笑顔が、ド田舎の爺さんを思い出させた。とはいっても、俺よりも年下だけどな。


「手数料を取るんだろう?今持ち合わせが無いんだ。」

「なあに、女神ミトーィレ様に誓えるなら、後払いで構わんよ。」


 ミトーィレは約束の女神だったかな。この女神の名の下に誓った約束は絶対に破ってはいけないと、ジリアーヌに念を押されたな。猛烈な神罰を与える女神だ。


 ディケードたちが参加していたゲームでもそうだった。

 約束を破った者は最低でも一週間の世界追放、つまりゲームへの参加不可の罰が与えられていた。残されたパーティメンバーがクエストに参加できないと発狂していたな。


 ディケードたちのゲームの世界では、被害者が訴え出ると女神による裁判が行われた。虚言だと推定されると記憶を覗き見られて真偽を判定されていた。

 恐ろしいよな、記憶を覗き見られるなんて。それだけ人を騙す行為は悪い事とされていた。


 今この世界ではどうなっているのだろうか?

 やはり女神による裁判は行われるのだろうか?


 面倒くさい事になるのも嫌なので断ろうと思ったけど、人懐っこいマッサージ師を見ていると断るのが躊躇われた。それに、日本に居た時は月に一度の頻度でマッサージを受けていたので、この世界のマッサージに興味が湧いた。


 一時(いっとき)程、約15分で大銅貨1枚というので、試しに頼む事にした。

 俺とマッサージ師は擦れ違いざまに手を合わせるような形で女神への誓いを口にする。


「女神ミトーィレ様に誓って、手数料は支払おう。」

「女神ミトーィレ様に誓って、承りました。」


 長椅子にうつ伏せになると、マッサージ師はタオルで体を拭いて水気を切り、オイルのような物を全身に塗り広げていく。体が熱を帯びてポカポカする。

 ゆっくりと筋肉をほぐすような手の動きは、熟練を感じさせて気持ちが良い。


「見事な体だね。良く鍛え抜かれている上に、筋肉が柔らかくて最上級だ。」

「そうかな、ありがとう。」

「何年もいろんな請負人の体を見て来たけど、お兄さん程の者はそうは居ないね。まだ若いから黒鉄なんだろうけど、上級を目指せる体だよ。」

「ははは、お世辞が上手いなぁ。」

「お世辞じゃないよ。最初に見た瞬間に凄いと思ったからね。それで声をかけたんだよ。」

「ありがとう。信用するよ。」


 やはり見る人が見ると判るんだな。マッサージ師の口振りはお世辞とは思えない。この体は作られる際に理想値に近い状態でコーディネイトされたからな。


 マッサージ師は十分に俺の体を揉み解すと、塗られたオイルの上に糠を撒いて擦り付けていく。オイルを取り除いているようだ。

 腕輪を隠すために左腕に巻いた包帯だが、そこは無視して作業を進めていた。


「実は今日、この街に来たばかりなんだ。これから魔物を狩って行こうと思ってるけど、どこら辺に強い魔物の生息地があるか知っているかな。情報があるなら買わせて貰うよ。」

「へえ、有難いね。そうだね、南門を出て南東方面に向かうと、森の奥地に強い魔物がいるようだね。ラピードルウやシッドティーゲル、グロゥサングリー辺りが一般的かな。更に奥にはパンテェノアやチャービゾン、ホブゴブリンも居るそうだけどね。」


 ホブゴブリンの名前を聞いて思わず力が入ってしまった。


「………」

「ありがとう。南口から南東方面だね。」

「若いからって無茶はしないようにな。今言った魔物は黒鉄には荷が重いよ。」

「気を付けるよ。」


 マッサージ師が列挙した魔物は、いずれも俺が倒した事があるものだ。やはり街の周辺には特別強い魔物はいないのだろう。

 請負人の仕事に慣れるまで、地道に狩っていくべきだな。




 やかましい集団がやって来た。

 見ると二十代半ばの若い男が5人でつるんで、興奮気味に大声で話をしている。

 請負人の集団で、一人は金鉄ランクの金色のカードを張り、他の四人は銀鉄(しろがね)ランクの銀色のカードを腕に貼っている。中堅どころのパーティのようだ。大物の魔物を仕留めたようで、皆の鼻息が荒い。


 飛び込むような勢いで風呂に入ると、中央付近までザブザブと波を立てながら進んで行った。

 一人の銀鉄ランクの男が俺をチラリと見た。


「なんだよ、黒が偉そうにマッサージなんか受けやがって。」


 やはり、こういう扱いを受けるんだな。

 マッサージ師はビビってマッサージの手を止める。


「気にしないで続けてくれ。」

「あ、ああ、分った。」

「なんだよ、すかしやがって!」

「『ジュットゥ』、誰がマッサージを受けようと自由じゃないか。」


 因縁を付けてきた男がこっちへ向かって来ようとしたが、金鉄ランクの男が宥めながら引っ張って行った。

 鬱陶しい。ああいう輩はどこにでもいるな。


 金鉄ランクの男があのパーティのリーダーなのだろう。因縁男に見えないところでゼスチャーで詫びた。彼はまともなようだ。他の連中は我関せずといった態度だ。


 ん、そういえば、あの金鉄ランクの男は請負人組合で俺の前に居た奴だな。あの《プレッシャー》を放つ《フィールド》の有り方に癖があるからな。

 マッサージ師が小声で話しかける。


「『連撃の剣』というパーティの人たちだよ。」

「有名なのかい?」

「まあそれなりに。全員が剣士っていう変わったパーティだね。リーダーの剣技は一流と噂されているよ。」

「へえ。」


 マッサージ師はマッサージを続ける。

 糠に十分にオイルが染み込むと、それを水で流していった。糠が流れ落ちると、壺に入った木の実を擦り合わせて泡立て、その泡を俺の体に塗りつけていく。


 木の実はムクロジに似た物かな。昔は日本や外国でも石鹸代わりに使われた植物だな。この世界にも似たような物が有るんだな。


「お兄さん、ランクは黒鉄だけど相当腕が立つでしょ。因縁を付けられても筋肉がまったく緊張しなかったしね。」

「さあ、どうだろうね。」

「ふふ、頼もしいね。よければお兄さんの名前を教えてくれないかな。」

「ディケードだ。」

「ディケードだね、覚えたよ。期待してるよ、わたしは『トフティッコリー』だ。

 ついでにわたしを贔屓にしてくれると嬉しいね。」

「はは、抜け目ないね。考えておくよ。」


 マッサージ師は、腕輪に巻いた包帯部分と下腹部を除く全身に泡立てた泡を洗い流した。ジュニアまで洗われそうになったので、それは止めて貰った。オッサンに触られるなんて冗談じゃない。


 マッサージが終わり、体が軽くなってさっぱりとした。女神や精霊の癒しとはまた違った爽快感があっていいな。


「ありがとう。随分と体が軽くなったよ。」

「それは良かったね。ディケードは右肩をよく使うみたいだね、その部分が一番凝っていたね。」


 投石で酷使するからな。

 トフティッコリーはマッサージの腕は良いようだ。贔屓にしても良いかなと思う。

 俺はトフティッコリーを伴って脱衣場まで行き、マッサージ料金と情報料を支払った。その際に石鹸代わりの木の実を少し売って貰った。


 チップの意味も込めて少し多めに渡すと、大げさなくらい喜んでいた。このオッサンは請負人やそのパーティに詳しそうなので、情報を貰うには良いかもしれない。


 トフティッコリーと別れて、俺はもう一度浴場へと戻った。

 買った木の実を使い、ジュニアと髪の毛を洗って全身を隅々まで奇麗にした。ぬめりの取れた体は実に爽快で、この世界にやって来て初めて味わう心地好さだった。

 後はじっくりと時間をかけてお湯を楽しんだ。




読んでいただき、ありがとうございます。

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