第四十四話 別れ
この話で第2章が完結です。
昼を過ぎた頃、商隊はエレベトの街を囲う壁に到着し、商隊用の入口から中へと入っていく。
壁には入口と出口が有りそれぞれ独立している。また入口にも出口にも多くの門が設置されていて、商隊用、小規模商人用、請負人用、貴族用、その他と別れている。
その他というのがよく分からないが、職業によって区分けされているようだ。
貴族用は豪華に装飾がなされていて、それだけでいかに貴族が優遇されている特権階級なのかが判る。
貴族用は出入口共に硬く門が閉ざされているが、それ以外は開かれており、10人程の衛兵が脇に立って睨みを利かせている。
ちなみに、壁の出入り口は東西南北の4ヶ所に設置されているようで、請負人用のものは更にその中間にも4箇所有るらしい。
が、北口だけは貴族専用となっているとの事で、殆どの貴族はそこから出入りしているようだ。
商隊用の大きな入口を通過したクレイゲートの商隊は、そのまま誘導されて運動場程の広さの壁に囲まれたスペースに辿り着いた。兵士と思われる武装集団が遠巻きに立っている。
ここで役人による積荷の検査が行われるという。勿論、《魔法函》に収納された荷物なども検査されるらしい。
クレイゲートがルイッサーを伴って役人の代表とやり取りをしている。
俺たち雇われた護衛は、ここで仕事の終了を迎えた。
クレイマートが商隊の脇に受付ブースを作り、そこで請負人たちに仕事の報酬と終了証明書を渡している。
その様子を見ていると、請負人たちは俺にも声を掛けてから、街へのゲートに向かって去っていく。
「ディケード、縁があったらまた一緒に働こう。もう分前で文句は言わんよ。」
「世話になった。もうハルバードは無くすなよ。」
「ギンギン坊主、ありがとうよ。楽しかったぜ。」
「飛竜殺し、見舞金をありがとうよ。助かったぜ。」
短い間だったけど、この男たちと一緒に戦ってそれなりに関わり合いを持つ事が出来た。この世界の人となりを知れて楽しかった。また何処かで会う事があるかもしれないな。
最後にジョージョが近寄ってくる。
「ジョージョ、俺のミスで馬車を追い出されてすまなかった。それと、ビュフルーの攻撃から救ってくれて助かったよ、ありがとう。」
「なあに、お互い様さ。今こうして生きてられるのもディケードのお陰だしね。
それにしても、ディケードを堕とせなかったのは残念さね。優雅な生活が夢と消えたよ。」
「他の金持ちを捕まえてくれ。」
「ああ、そうするよ。貴族の妾でも目指してみるさ。」
全てを吹っ切ったように、サバサバした感じでジョージョは別れを告げて去って行った。もっと纏わり付かれるかと思ったけど、やはり仲間が全滅したのは堪えたのだろう。
俺は、ジョージョに捕まる男に同情しながらも、彼女の幸せを願った。
さて、俺も最後の挨拶をしにジリアーヌたちの所へ行くとしよう。
娼館馬車が並ぶスペースに行くと、ジリアーヌたちはテーブルを広げて昼食の準備をしていた。いつものメンバーが全員揃っている。
話を聞くと、積荷の検査と共に馬車の検査も行われるようで、下手をすると明日まで足止めを食らうそうだ。せっかく街を見れると思ったのにと、カルシーとシーミルが憤慨している。
防衛勢力圏となる入口を通過するだけでもそれなりに大変だったからな。街に入るにはここが最後の砦だ。問題が起きないように厳しい検査が行われるのだろう。
バーバダーが食事でもして行きなと誘い、皆も賛同してくれたので招かれる事にした。このまま街に入っても、空腹だと最初に食い物屋を探さないといけないしな。右も左も分からない場所でそれは面倒だ。
ジリアーヌがそれまでと変わらない優しい笑みを浮かべながら隣の席へ案内してくれた。正直、ホッとした。ジリアーヌはもう俺の専属ではないからな。
最後の和気あいあいとした団らんの時を過ごすが、ライーンの雰囲気は暗い。食事にも手を付けず、ずっと俯いて黙り込んでいる。
無理も無いと思うが、ライーンには元気になって欲しいと思う。しかし、掛ける言葉が見つからない。
「あの…」
少ししてから呟くような声でライーンが口を開いた。
何を言い出すのかと、カルシーとシーミルはお喋りを止めてライーンを見た。それはジリアーヌもバーバダーも同じだ。
ライーンは顔を上げて、辛そうな表情で俺を見た。
「ディケード様…私のわがままで迷惑をおかけして申し訳御座いませんでした。
クレイゲート様に伺いました。わたしの借金が増えるところを肩代わりして下さったり、迷惑をかけた護衛さんたちへの見舞金を支払って下さったのですね…ありがとうございました。」
「いや、お金の事は気にしないで欲しい。自分の判断ミスが招いた結果だからね。俺の責任だよ。
それと、こう言ってはなんだけど、ライーンには元気で生きていって欲しい。」
ライーンは目にいっぱいの涙を溜めながら、複雑な表情で俺を見つめた。
「ディ、ディケードざま…あ、あでぃがどう…ごじゃいまじた…」
溢れ出す感情を抑えるようにして、地面に膝をついて土下座に近いポーズで謝意を述べると、ライーンは自分の馬車へと引き上げていった。
やはり女性の涙を見るのは辛い。出来るなら幸せにしてやりたいとは思うけど、俺は神様や聖人君子じゃない。手に余る荷物は、自分はもとより相手も苦しめるだけだからな。
ジリアーヌが優しく俺の背中を擦ってくれる。
「大丈夫よ。時間が経てばライーンも元に戻るわ。」
「そうじゃ。あれは娼婦が一度は経験する落とし穴みたいなもんさ。」
バーバダーが優しく言いながらも、目は俺を責めている。バーバダーにとって俺は災いの種にしかならないようだ。
カルシーがシーミルとお喋りを再開する。
「真面目っ子のライーンはやり方が不味いのよね。わたしならもっと男をメロメロに惚れさせて、骨抜きにしてから身請けさせるように持っていくのにな。」
「すご〜い♪。カルシー、そんな事〜出来る〜技があるの〜?」
「フフン、知りたい?」
「知りた〜い、知りたい〜♪♫♪」
いやはや、こっちの二人は逞しいな。バーバダーも呆れている。
今でも小悪魔的魅力に溢れるカルシーだ。もしかしたら将来は娼婦のトップに君臨するのかもしれないな。
それと、意外とシーミルのようなタイプが身請けされそうな気がするな。空気を読まずに場を明るくする魅力を持っているからな。嫁のわがままに疲れた金持ちの旦那が買い取ってくれそうだ。
しかし、ここでも俺の行動の甘さによる弊害が出ているな。
ライーンを使っての見せしめが無くなった事で、カルシーが平然と身請けについて話をしている。雇う側のクレイゲートとしては心配の種だろう。
今後はもっと慎重に行動する必要があるな。
そんな事を考えていると、カルシーがヒョイッと俺の膝の上に乗ってきた。
驚く俺に構わずに、首から肩に手を回して抱き着いてくる。顔を寄せて頬ずりしながら甘い声で囁いてくる。猫耳がピゥピゥ動いて俺の耳をくすぐる。
自ら開いた胸元の谷間に、俺の目が引き寄せられる。
「ねぇディケード様ぁ、今じゃなくていいの、いつかわたしを貰い受けて欲しいなぁ、なんて、カルシーは思ってるんだよぉ♪」
冗談とも本気とも取れるような言葉を、ネットリした甘い声を響かせて、息を吹きかけてくる。
さり気なく太腿を俺の脚に絡ませて、指先は俺の胸を撫で回す。そして、トドメとばかりに尻尾で俺の下腹部をツンツン刺激する。
やばい!
ズシーンと官能を刺激されて、性欲が一気にボルテージアップしてしまった。やはりカルシーは危険だ。女と少女の魅力を当たり前のように使い分けながら、男の征服欲と保護欲を同時にくすぐってくる。思わず手に入れたいと思わせてしまう。
しかも、それをジリアーヌに見せつけるようにするのが余計に小憎らしい。正しく小悪魔そのものだ。
「カルシーっ!」
思わずカルシーを抱き締めようとした俺だが、ジリアーヌの怒声によって制止させられる。
またしてもスプーンを握り折ったジリアーヌが、般若の顔を浮かべてカルシーを睨みつける。やばいと思ったのか、カルシーは「てへっ♪」と舌を出して俺の許を去り自分の席へと戻った。
「どお、シーミル。こうすれば男の気持ちなんて鷲掴みだよ。」
「しゅご〜い!しゅご〜い、しゅご〜〜〜い♪♫♪」
まったく悪びれる事無く、シーミルとのお喋りに興じる。
バーバダーでさえ、怒るよりも感心したようにカルシーを見ている。娼婦になるべくして生まれてきたような娘だ。
まあ、それもどうなのかと思うが。
いっぽう、ジリアーヌはバツが悪そうにしながらスプーンを取り替えていた。チラリと俺を見て恥ずかしそうにしている。
もしかしてカルシーに嫉妬したのだろうか?
カルシーのモラルを逸した行動に憤ったというのもあるだろうけど、その動機となったのが嫉妬なら、ちょっと嬉しいと思う。
ジリアーヌの割り切った態度は少し寂しかったからな。
食事を終えて一息ついていると、クレイゲートたちと検査官が徐々にこちらの方に近づいてくるのが見えた。こっちの馬車も検査されるのだろう。
どうやら、潮時のようだ。
俺は立ち上がると、皆に向けて一礼した。
「バーバダー。いろいろと迷惑も掛けたけど、優遇もされて随分と世話になった。いつも美味しい食事をありがとう。」
「お前さんにはヤキモキさせられたけど、収まるべき所に収まってホッとしたよ。それにクレイゲート様が無事で何よりだったよ。ありがとうよ。」
バーバダーの安堵に満ちた顔が、今までの気苦労を物語っていた。
カルシーとシーミルが寄ってきて抱き着いた。が、さすがにさっきのようなお巫山戯はしない。
俺は2人の頭を撫でる。
「ディケード様、ありがとう。男ってスケベな奴ばかりだと思っていたけど、ディケード様を見て初めて格好良い男が居るって思っちゃった。それに、なんとなくお父さんと居るみたいで嬉しかったよ。
落ち着いたら、絶対にわたしの居るお店に来てね。特別サービスをしちゃうんだから。」
「カルシーも元気でな。一段落したら様子を見に伺うよ。あんまり男心を弄ぶなよ。」
「ディケード様〜、ありがとう〜ございました〜♪わたしも〜父さんと居るみたいで〜凄く嬉しかった〜です〜♪」
「そうかい、そう思って貰えると嬉しいよ、シーミル。」
「それに〜、ディケード様には〜女の悦びを〜教えてもらいました〜♪わたしの〜お店にも来て〜また遊んで下さいね〜♪♫♪」
「ハ、ハハハ…そ、そうなのか…あまり悪い遊びを覚えないようにな…」
皆別々の娼館に配属されるようだけど、多分、この娘たちと会う事はもう無いだろう。18歳にも満たないこの娘たちを抱くのは、無垢なものを汚しているようで罪の意識が半端ないからな。遠くからそっと幸せを祈るとしよう。
でも、子供のいない俺にはお父さんと思われる事が何よりも嬉しかったな。
うん、そうだな。3年後5年後、20歳に成長したこの娘たちを見れたら良いだろうな。
あと出来れば、立ち直ったライーンにも会って笑い合えれば良いのだけれどな。
最後にジリアーヌと向き合う。
ジリアーヌは目を逸らさずに真っ直ぐに俺を見つめる。
「ディケード、これを。」
ジリアーヌがリュックサックを渡してきた。
中を見ると、俺が独りの時に倒した魔物の魔石と共に、この商隊で手に入れた硬貨や証文、下着やシャツ等の生活用品が入っていた。ジリアーヌが纏めておいてくれたようだ。
いよいよジリアーヌとは別れの時が来たんだと実感する。
「それと、これを受け取って欲しいの…」
「ん、これは?」
「ウ、ウェストポーチよ。出来はあまり良くないけど、出来れば指弾の弾入れに使って欲しいかなって思って…」
恥ずかしそうに渡されたそれは、確かに何度も縫い直した跡があったりして少し形も歪んでいた。俺が居ない間を縫って頑張って作っていたのだろう。ジリアーヌの努力が伺えた。
しかし、それは革製で頑丈に作られていて実用的だ。激しい戦闘にも十分に耐えられそうだ。俺の戦いをよく見ていたのだろう。
「わたしに教えてくれと散々せがまれたんだよ。」
「それは言わなくてもいいじゃないの!」
迷惑そうなバーバダーに、真っ赤になって拗ねるジリアーヌ。
家事全般が苦手で、どちらかというと放棄ばかりしていたようだが、俺のために頑張ったと思うと、とても嬉しくてジリアーヌが可愛く思えた。
俺は感激しながら、下心を出してジリアーヌを抱き締めた。
「あっ…」
ジリアーヌの体がピクリと震えた。
昨日までの自然に受け入れてくれる柔らかさが無く、少し拒むような硬さを感じた。それでも、俺は最後だからと抱き締め続けた。程よく慣れたジリアーヌの好い匂いが心地良い。
「ありがとう、最高の贈り物だよ。これを着けて使用すれば、ジリアーヌと一緒に戦っているような気持ちになれるよ。」
「そう思ってくれれば嬉しいわ。ディケードの活躍を願っているわね。」
ジリアーヌが遠慮がちに抱き締め返してくる。
本当にこのままジリアーヌと別れていいのか?
ジリアーヌは、俺がこの世界で初めて心を許せた相手だ。今手を離してしまったら、もう元には戻れなくなってしまう。
「ジリアーヌ、やっぱり俺と一緒に来ないか…」
断られると解っていながらも、つい口にしてしまった。
ジリアーヌの体が小さく震える。
「…ごめんなさい、それは出来ないわ。」
「…そうか。そうだよな…」
未練がましいと思うが、ジリアーヌを諦めたくないという想いが募る。
「わたしが勤める娼館へも来ないでね。あなたにお金で買われたくないわ。」
「………ああ、分かった。そうするよ。」
どうあってもジリアーヌとは別れるしかないようだ。
俺は抱きしめる手を離し、ジリアーヌの顔を見た。
そこには、一筋の涙を流すジリアーヌが立っていた。
「…ダメね。あなたを見送る時に涙は見せないって決めていたのに…」
「すまない。俺の諦めが悪いばかりにな…」
本当に俺はダメな男だ。俺の未練がジリアーヌのプライドに泥を塗ってしまった。どうやっても、俺は格好良く生きられない質らしい。元が情けないオッサンだからな。
こうなったら恥の上塗りついでだ。
「ジリアーヌ、最後にキスを許して欲しい。」
「…もう、本当に困った男ね。」
ジリアーヌが困ったように微笑みながらも、目を閉じてくれた。
俺はジリアーヌを抱き寄せて唇を重ねる。
今まで恥ずかしくて人前でキスなんてした事が無かったけれど、ジリアーヌに対してはそんな事が気にならなかった。
ジリアーヌと出会うまで、ジリアーヌと出会った後、この世界に来てからの様々な思い出が頭の中を過ぎって行く。その中でも、ジリアーヌとの思い出は一際輝いて印象深かった。
「うわぁっ、大人のキッスだーーーっ!」
「しゅご〜い〜、ベロチューだ〜!ベロチューだ〜ヨ〜♪♫♪」
シーミル、最後くらいは空気を読んでくれ…
キスを解いて、俺とジリアーヌは苦笑いをした。
「それじゃあジリアーヌ、さよならだ。」
「ええ、元気でね、ディケード。」
ようやくジリアーヌへの未練を断ち切り、俺は皆にさよならを告げて、背を向けて足を踏み出した。
街へのゲートに向かう途中、検査官と居るクレイゲートたちに声を掛ける。
「クレイゲートさん。いろいろとお世話になった。あなたにはとても感謝している、ありがとう。」
「ディケード、お前さんとは縁が続くような気がしている。元気でな。」
「ディケード、いつでも商会に訪ねて来ていいからね、歓迎するよ。それと、僕は必ず願いを叶えてみせる。約束忘れないでよ。」
「ああ、忘れないよクレイマート。俺もその時を楽しみにしているよ。」
「ディケード、お前と一緒に戦うのは楽しかったぜ。俺たちは戦友だ。いつか絶対に一緒に飲もうぜ。」
「ああ、そうだなルイッサー。飲みながら戦いについて語り合おう。」
三人と握手を交わして別れる。
男同士の別れに言葉はさほど必要ない。実にシンプルでいい。
これでまた、俺は一人になった。
しかし、魔の森や山をさ迷っていた時のような、絶対的な孤独感は無かった。
俺は新たな生活に向けて歩み出した。
読んでいただき、ありがとうございます。
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