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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第2章 -商隊-

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第四十三話 ファンター

 クレイゲートの商隊がエレベトの街への最後の行程を進んでいたが、水牛に似たビュフルーの群れに襲われた。

 奇襲を受ける形になってしまったが、それは明らかにライーンにかまけて索敵を怠った俺のミスだ。


 俺はビュフルー目掛けて、ゴルフボール大の石に《フィールド》を纏わせて全力で投石をした。次いで直ぐにハルバードを持って駆け出した。


 石は加速しながら真っ直ぐに飛び、先頭の馬車に突っ込もうとしていた群れの先頭のビュフルーの頭をぶち抜いた。

 先頭のビュフルーが倒れた事で、襲われかけていた馬車の御者と見張りはかろうじて逃げ出した。


 しかし、2番手以降のビュフルーたちが、倒れたビュフルーの体を巧みに躱しながら2台目3台目の馬車に突っ込んでいった。先頭のビュフルーを倒す事であわよくばドミノ倒しになるように願ったが、それは叶わなかった。


 幸い、襲われた馬車には請負人の護衛たちが乗っていたので、見張りの知らせと共に外に飛び出していた。馬車は倒されて馬は逃げてしまったが、護衛たちは無事だった。その中にはジョージョの姿もあった。


 俺がちゃんと索敵をしていればその被害も無かったはずなので、後悔しながらも自分の甘さに腹が立ってしょうがなかった。

 ジョージョを含めた護衛たちはビュフルーと戦闘を始めた。

 俺は怒りのままにビュフルーの群れの中に突っ込んでいった。


 ビュフルーの群れは20頭程で、1頭の大きさが3〜4m程で重さは1トン以上ありそうだ。日本で見る白黒模様の乳牛、ホルスタインよりも遥かにでかい。


 俺はビュフルーの突撃を躱しながらハルバードで刺したり切ったり叩いたりして戦ったが、表皮が分厚く頑丈な作りをしているので中々決定打とはならない。目を狙っても、直ぐ上に生えている角に阻まれてしまい、逆にその角でハルバードを何度も弾き飛ばされそうになった。


 俺は迂闊にビュフルーの群れの中に突っ込んだ事を後悔した。

 見張りをミスった動揺で冷静さを失い、敵をろくに観察せずに戦闘を始めてしまった。そのせいでいらない苦戦を強いられる羽目になった。


 他の護衛たちはビュフルーの周りを取り囲むようにして、手には松明を持って威嚇している。


 ジョージョが《火魔法》で火球を放つと、それが俺に襲い掛かろうとしていたビュフルーの鼻っ面に当たった。すると、ビュフルーは狂ったように暴れて走り去っていった。ビュフルーには火が有効のようだ。


 この時になって漸く、俺は前もってルイッサーに受けていた注意を思い出した。

 この付近はビュフルーの縄張りなので、襲ってきた時は囲い込みながら時間を稼げと言われていたのだ。


 俺はそんな事も忘れるほど、ライーンの号泣に心を乱されていた。


「ディケード、火矢を放つからそこから脱出しろっ!」

「りょ、了解だ!」


 ルイッサーが命令する。その声には明らかに怒気が含まれていた。

 俺は高くジャンプしてビュフルーの背中を蹴り、飛んだ。それを何度か繰り返して群れから脱出した。


 そのタイミングでルイッサーの号令と共に火矢が次々と放たれた。

 火矢には油をタップリと含ませた布が巻き付けられていて、矢がビュフルーの表皮に刺さると同時に油が飛び散って引火した。


 火達磨になりはしなかったが、体に火の付いたビュフルーは狂ったように暴れまわり、暴走しながら沼地へと走って行った。


 地球の水牛の場合だと、熱に弱くて日中はもっぱら水の中にいるか泥んこまみれになって体温の上昇を防いでいる。この世界のビュフルーも同じような体質をしているらしい。火と熱には滅法弱い。


 俺は少しでもミスを挽回したいと思い、投石で追い打ちを掛けて3頭ほど仕留めた。

 しかし、ビュフルーといい前のオトゥシュパンといい、森の魔物と違って死ぬまで戦ったりはしないようだ。不思議だ。

 ある程度人里に近く、人間に馴れているからなのか?



 なんとかビュフルーを退けたものの、馬車1台が損壊し5名の負傷者を出してしまった。かろうじて死者を出す事無く、逃げた馬も離れたところで見つかったのは幸運だった。

 しかし、被害の原因が俺にあるのは明らかで、職務怠慢と作戦不履行に依るものだ。


 時間が勿体ないと、クレイゲートは壊れた馬車を《魔法函》に収納すると、その馬車に乗っていた護衛たちを他の馬車に分散させて乗車させ、早々に出発するように促した。


 しかし、その馬車に乗っていたせいで殺されかけたジョージョは気が済まないのか、怒気を込めて不満を口にした。


「冗談じゃないよ!なんでこんな目に合わないといけないのさ!見張りは何をやってたんだい!だいたいなんで見張り台に娼婦がいるんだい!おかしいだろうっ!」


 怒鳴り散らしながら、目ざとく見張り台の上にいるライーンを見つけたジョージョは烈火の如く怒り出す。

 それには他の護衛たちも賛同し、ライーンに詰め寄り始める。


「ひいーーーっ!!!」


 糾弾の対象となったライーンは恐怖に顔を引きつらせて卒倒してしまった。

 事の成り行きを見守っていたジリアーヌが直ぐに駆け寄って介抱し始めた。


「皆、すまない!これは俺の責任だ。」


 俺はライーンを取り囲もうとする護衛たちの前に立ち、頭を下げた。

 謝って許される事でもないが、とにかくライーンへ怒りの矛先が向かうのを止めさせたかった。


「まったく、娼婦を(はべ)らせて見張りをするなんて、どういう神経をしてるんだい。」

「まったくだぜ。飛竜殺し様はなんでも許されるってか。」

「昼間から盛ってんじゃねーよ、ギンギン坊主!」

「けっ!」


「すまない。」


 ジョージョが俺に矛先を向けたせいで、他の皆も俺に怒りをぶつけた。

 酷い言われようで、ジョージョにだけは言われたくなかった。が、死にそうになった者たちにしたら堪ったもんじゃないだろう。俺は甘んじて罵倒を受けるしかなかった。


「それ位にしておけ。いつまでもここに留まっている場合じゃない。先を急ぐぞ。」


 ルイッサーの言葉に、皆ブツブツ言いながらも指示された馬車へと乗り込んで行く。

 ビュフルーの死体を回収し終えたクレイマートが返ってくると、それまで黙って見ていたクレイゲートが口を開いた。


「ディケード、詳しく話を聞かせて貰おう。」

「はい。」


 商隊は再出発した。


 俺はクレイゲートの執務室になっている馬車の中に招かれた。こんな馬車があるなんて初めて知ったが、内部はベッドが無くて机と本棚が有り仕事に専念出来る作りになっていた。また、馬車のクッションが何重にも利いているのか、殆ど揺れは感じられない。


 この馬車内に居るのはクレイゲート親子と俺の三人で、ルイッサーは俺の代わりに見張りに立っている。

 机に向かうクレイゲートと隣に立つクレイマートに、俺は向き合って立ち報告をする。まるで校長室で説教を受ける生徒のように感じた。


 ここまで事が大きくなっては隠し立て出来ないので、俺はライーンとのやり取りからビュフルーとの戦いまでを包み隠さず報告した。

 それを聞いたクレイゲートは少し苦い表情を浮かべた。


「成程ね、ライーンがそんな行動に出るとは意外だったね。」

「あの娘は元々娼婦が務まるような性格じゃないからな。親の借金のために不遇な目にあっているが、下手をすると貴族の慰み者になって若い命を散らしていたからな。しかし、それでも辛かったのだろうな。」


 そういう境遇になったから、ライーンの親の知り合いだったクレイゲートが買い取ったのか。クレイゲートはライーンが借金を完済できないと知りつつも買い取ったのだろう。多分、親はもう生きていないのだろうな。


「しかし、そうはいっても今回の件でライーンに罪が無いとは言えないな。ライーンを見張り台に上げたディケードも同罪だが、損害の半分は被って貰わないとならないだろう。」

「そうだね。」

「い、いや、ちょっと待って欲しい。確かにライーンにも罪は有るかもしれないが、そこまでのものでは無いはずだ。そもそも俺がライーンを見張り台に上げないで断っていれば、こんな事にはならなかったんだ。罪は全て俺に有るだろう。」


 損害額がどれくらいかは判らないが、更に借金を負わせるのはどうなんだ?

 クレイゲートもライーンが借金を完済できないのを知っていて、尚負わせるというのは、他の娼婦への見せしめとするつもりなのか。


 論点は見張り台ではなく、身請けだよな。安易に娼婦の方から身請け話を持ちかけないようにと戒めるためだろう。

 しかし、だからといってそれではライーンが不憫すぎるだろう。


 俺はクレイゲートと交渉する事にした。

 今朝受け取った特別ボーナスの半額を返済するので、それで今回の損害の補填と負傷者及び馬車から追い出された者たちへの慰謝料とするようにと。

 さすがにこれにはクレイゲートもクレイマートも驚いていた。


 金額もそうだが、それよりも慰謝料という概念に驚いていた。この世界では損害は賠償するものだが、その精神的苦痛に対しての慰謝料という概念はまだ無いようだ。


 俺がジリアーヌたちを犯したとしてバーバダーに糾弾された時、慰謝料として全財産を提示したが、あれはただ単に金額の大きさに驚いていたようだ。


 面白い考え方だとクレイゲートは感心しながらも笑っていた。

 が、ギロリと俺を睨みつけた。


「その甘い考え方がライーンに夢を見させてしまったんじゃないのか。」

「っつ!」


 クレイゲートの鋭い指摘に言葉を失ってしまう。確かにその通りで反論は難しい。

 バーバダーにも指摘されたように、下手な甘やかしや優遇は本人のためにならないという事だ。


 この世界ではまだヒューマニズムやフェミニズムという概念は無いに等しい。他人の扱いは本人の気持ちしだいといったところで、基本は弱肉強食の力関係による場合が殆どだ。


 でも、それでも、俺はライーンに対してこれ以上不遇な目にあって欲しくないと思う。平和な日本で生まれ育って、甘い考えが浸透している俺には、この世界の考え方は受け入れ難い。


 そんな俺をじっと見つめていたクレイゲートがフッとニヒルな笑みを浮かべた。


「まあ良いだろう。ディケードの意見に沿って、その金額で損害の補填をさせて貰うとしよう。負傷者や馬車から追い出された者たちにはディケードからの見舞い金という名目で日当に上乗せしておく。

 それと、ライーンには厳重注意で留めておこう。」

「そうか、ありがとう。そうして貰えると助かる。」

「父さん?」


 クレイマートにはクレイゲートの心変わりが理解できないようだ。それは俺も同じだが、結果的には俺の望む形になったので良しとしよう。


「それで良いだろう?ディケード・ファンター。

 お前さんとは一度、じっくりと酒でも飲みながら話し合いたいものだ。」

「?」

「?」


 なんだ、何故ここで俺のフルネームを告げる?


「不思議そうな顔をしてるな。不思議なのはこっちの方なのだけどな。」

「それはどういう事だ?」

「あくまで白を切るか。それとも、そういった存在なのかな…」


 クレイゲートが何を言っているのか解らない。それはクレイマートも同じようだ。二人で不思議に思っていると、クレイゲートはクククと楽しそうに笑う。


「まあ、これは昔から語られる酒の席での与太話なんだけどな…」


 そう言ってクレイゲートは語り始めた。


 遥かな大昔に俺たち人間の祖先とされる《半神や英雄》と呼ばれる者たちが居て、魔法で栄えた文明を全世界に隈なく作り上げていたと云われている。

 彼らは滅びたとされているが、本当に全てが消え去ってしまったのだろうか?


 彼らを導いたとされる慈悲深き女神様はこの世界に残っていらっしゃるが、移動はできずに一処(ひとところ)に留まっていらっしゃる。実はそれは女神様を模したものに過ぎないという噂もある。不敬に当たるのでこれに関しては語らないが、そんな彼らには生き残りがいて、時折今の世界にふらりと姿を現す時があるという。


 古くは一千年ほど前に現れたという噂があり、七百年前、五百年前、二百年前にもそういった噂がある。何れも超人的というか神に近い能力をふるって様々な地上の問題を解決して回るらしく、関わった人間には幸福が訪れるそうだ。


 その姿は時に少年であったり少女であったりするそうだが、一年程するとすっと消えてしまうらしい。

 だが、いずれの者も自身の名を『ファンター』と名乗るそうだ。その事からファンターという名の者は《女神様の御使い様》ではないかとも噂されている、と。



 語り終えたクレイゲートは反応を探るように俺を見つめる。

 成程な。突然突拍子もない話を聞かされたが、クレイゲートは俺をその《女神様の御使い》だと思っているのか。


 いや、半信半疑というところか。そういった可能性もあるから、探りを入れているんだろうな。そして、もしそうだったとしても自分に害の無いレベルで同調しておこうとしてるのか。


 今にして思えば、初めて話し合いの場を持った時に突然《半神や英雄》の話を持ち出したのは、俺の素性に探りを入れていたんだな。

 本当に食えない頭毛の薄いオッサンだ。


 しかし、俺にはそんな心当たりが全く無いし、ディケードの記憶の中にも見当たらない。単なる偶然の名前の一致だろう。

 だいたい少年であったり少女であったりって、その時点で別の人物だと思うのだがな。


 それとも、ファンターと名乗る一族がいて、その中には時折一定期間だけ《半神や英雄》と云われる者たちの能力が現れる事でもあるのだろうか。それが女神様の御心によって行われていると、クレイゲートは考えているのか。


 そして、今の時代に現れているのが俺だと思っているのだろうか。

 確かに俺は人並み外れた能力を持っているが、それは他の〈超越者〉も同じだろう。神に近い能力を発揮するのとは程遠いと思うのだが。


 ん!待てよ、そういえば女神プディンと会話した時になんて言われた。



『ん?そなた、一千年程前と五百年程前に訪れた『セイバー』と同一人物か?

 遺伝子構造が一致しておるようだが、『霊波』に差異が視られるな。これは面妖な、そなた時空と幽玄の狭間に堕ちし者か』



 あの時は訳が分からなくてスルーしたけど、俺と遺伝子構造が一致する人物が一千年前と五百年前に女神プディンの下を訪れているようだ。


 『セイバー』って人の名前だと思っていたけど、確かディケードが参加していたゲームにも登場する『アポストル』とか『メッセンジャー』と云われる職業名の上位職業名だったはずだ。特殊な職業で、ゲーマーのチャンピオンに与えられる特別な権能を持った存在だと記憶にある。


 確か、『セイバー』は救世主を意味していたはずだ。『アポストル』はセイバーの弟子で使徒を指していて、『メッセンジャー』は《女神様の御使い》に相当していたはずだ。


 『霊波』とか『時空と幽玄の間』とか意味が解らないけど、とにかく、俺と同じ人物が五百年毎に女神プディンと邂逅しているのは確かなようだ。


 一体どういう事なんだ?全く訳が分からない。


 このディケードの身体には、高梨栄一の魂が乗り移ったと思っていたが、他にも乗り移った人間が過去に居たのだろうか?



「フフ、面白いな。多少の心当たりはあるようだが、自分でも訳が分からないという顔をしているな。記憶を失っているのは本当なのかもしれないな。」


 クレイゲートが混乱する俺の表情変化から情況を読み取ったらしい。まったく、頭の切れるオッサンはやりにくいな。

 でも、それに乗ってみるのも面白いかもしれないな。


「仮に俺がその『ファンター』だとしたら、どうするつもりなのかな?」

「別にどうもしないさ。神にも近い能力を振るうというのが本当なら、下手に利用しよう等と考えると痛いしっぺ返しを食らいそうだ。

 それに、危機を救って貰ったのは確かで、関わった人間に幸福が訪れるというのも真実味があるようだ。ディケードが居なければ、例の積荷も奪われて私たちは確実に殺されていただろう。」

「しかし、死んだ人間も大勢居るぞ。」

「後世に話が語られるのは、生き残った者によるものだからな。」


 成程。恩を感じた者が語り繋いで伝承になっていくという事か。

 クレイゲートと話をしていると、いつの間にかペースに乗せられて丸め込まれそうになるので怖いよな。


 それでもクレイゲートの言う事を信じるなら、過剰な干渉はして来ないようだ。程々に俺との縁を繋いで於きたいというところか。それは俺としても有り難いな。

 しかし、クレイマートはそれに納得できないようだ。不安げに訊いてくる。


「もし今の話が本当なら、ディケードは1年位で消えてしまうのかい?」

「う〜ん、どうなんだろうな?俺としてはそのファンターが自分だとは思ってないしな。消えるとしても物理的に消滅する訳ではなくて、表舞台から姿を消したという意味じゃないのかな。」

「もしかしたら、女神様が与えた能力の有効期限が1年程なのかもしれないな。」


 所詮は噂話の域を出ない話で、確かな事は何も分かっていない。

 ただ、クレイゲートはそういった可能性を含めて俺と関わろうとしているという事だ。クレイマートは単なる噂だよねと、自分を納得させようとしている。


 俺だって、もう一度人生をやり直せると思っていたのに、1年で消えてしまうとしたら恐ろしいよ。


 でも、まったく可能性が無い訳ではないよな。

 この身体に関しては解らない事だらけだしな。元のディケードの記憶にしたって、誰かに植え付けられたという可能性も排除できないしな。


 やはり、ちゃんと調べた方が良いだろう。チャンスがあったら、俺が目覚めた研究施設のような場所へ戻ってみるべきだな。

 取り敢えず、今はエレベトの街を訪ねて、もっとこの世界について学ぶべきだ。




 ☆   ☆   ☆




 俺はクレイゲートの馬車を後にして中央の見張り台に戻った。

 交代してもらったルイッサーに礼を述べてから、作戦不履行について謝罪した。


「申し訳ないルイッサー。今回の件は完全に俺のミスだった。」

「そうだな。死者が出なかったのが救いだった。全てボスには報告したんだろう。ならいいさ。」

「しかし…」

「ディケードの扱いは少し特殊だからな。俺の部下でこれからも一緒に働くなら、きっちり叱って猛省して貰うが、まもなくその役目も終わるからな。ボスが納得したなら、それでいいさ。」


 突き放されたような物言いに俺は寂しさを感じた。

 しかし、それは俺が望んだ事だ。


 俺はあくまで一時的に雇用された護衛だ。ルイッサーとは一緒に戦って死線を乗り越えてきたが、エレベトの街に到着したらその関係も終わりを告げる。余計なしがらみが無い分、契約が切れればそれまでの繋がりでしかない。


 延々とサラリーマンを続けてしがらみだらけの中で生きてきた俺には、そのドライな考え方を受け入れるのに苦労しそうだ。

 そんな生き方にずっと憧れてきたのにな。



「見ろディケード。そろそろ防衛勢力圏に入る。これでかなり安心できるぞ。」


 気分を変えるように、ルイッサーが前方を指さした。

 示す方を見ると、丸太を組んだ塀が延々と左右に続いていた。


 その奥には畑が緑の絨毯のように広がっている。どうやらそこはエレベトの街の生活を支える農業地帯のようだ。更にその遥か向こうには《天柱》が空に向かって聳え立っている。


 その時の感動は言葉では表せないものだ。

 まだ文明社会といえるものの片鱗でしか無いが、それは確かに人間が自然を改造して作り上げた、畑といえるものだ。


 ようやく、この世界の人間が住む生活圏が見えてきたのだ。魔の森や山を散々さ迷い歩いて求めていたものだ。俺はそこへ踏み込もうとしている。そこにはどんな人間たちが居て、どんな生活をしているのか?



「今回の旅はいろいろ有ったからな。俺も感慨深いぜ。」


 感情が込められたルイッサーの言葉には、重みが感じられた。


 少しして、商隊は丸太で組まれた塀の入口に到着した。そこは随分と頑丈に作られている。ちょっとした関所のようになっているみたいだ。


 入口は閉ざされていて、その上や周りに守衛と思われる男たちが武器を手に持ち防具に身を固めて佇んでいる。随分と物々しい雰囲気に包まれている。

 クレイマートが馬車から出て入口に向かった。


「俺はクレイマートの護衛に着く。ディケード、後を頼む。」

「了解した。もうミスはしないよ。」

「ははは、同じミスはしないだろう。そこは信用してるぜ。」


 立て掛けておいた剣を腰に吊るすと、ルイッサーはクレイマートに合流して入口へと向かった。


 盗賊との戦いでクレイマート専属の護衛が死んだので、ルイッサーが掛け持ちでやっている。それだけ考えても、クレイゲート商会は街に到着してからいろいろと大変だと思う。


 しかし、自分の国なのに、街へ入るためのその前のゲートでも帯剣して護衛に着かなければならないのも大変だ。日本の一般人の俺にはそれだけでも驚きだ。

 興味が湧いたので、周りを警戒しつつ、ズーム機能を使って見てみる事にした。


 徒歩で行くルイッサーを先頭に、クレイマートが商隊の馬車を超えて入口の門の手前に差し掛かると、門の前に立っていた二人の守衛が槍をクロスさせて止めさせた。


 守衛は最初椅子に座っていたが、商隊が近づくと立ち上がって門の前に立った。それでクレイマートが近づくと今のように振る舞った。


 成程、規律の厳しい所だと守衛が椅子に座るなんてありえないだろうけど、ここにはそういったおおらかさが有るようだ。もっとも、そういった事に甘いリーダーが居るだけかもしれないが。


 重そうな防具を着たままずっと立っているのはあまり現実的とは思えないしな。それに、見張りは別にいるようだ。

 一見物々しく思えた守衛たちにも、人間らしい営みを感じ取る事ができた。


 クレイマートが書類を取り出して守衛に渡すと、脇にある通用門からもう一人の守衛が出てきて書類を受け取り、戻っていった。


 暫くすると書類の審査が終わったのか、さっきの守衛が出てきて書類をクレイマートに返していた。

 それと同時に頑丈な入口の門がゆっくりと開いていった。


 門が開き切ると商隊はゆっくりと進んで中へと入っていった。

 その時、クレイマートは守衛たちに小さな小袋を渡していた。多分、小銭が入った心付けだろう。守衛の口元が歪むのが見えた。税金なら隊長か役人に渡すだろうしな。


 ジリアーヌによると、貴族以外の一般人にはチップの文化が無いそうなので、便宜を図って貰うための賄賂みたいなものだろう。守衛と商人の間では慣例化されているのだろうな。


 心付けが利いたのか、問題なく商隊は入口の門を抜けて農地が広がる土地へと進んで行く。


 しかし、武装された集団に囲まれながら歩みを進めるのはかなりストレスが掛かる行為だ。特に俺は見張り台に居るために、間近で守衛の持つ槍を向けられながら門を通過しなければならなかった。クレイマートやルイッサーは慣れているのかさほど気にした様子は無かった。


 江戸時代の日本でも関所を抜ける時はこんな感じだったのだろうけど、街への出入りに対する警戒心は俺の想像以上に厳しいものだ。

 それだけ脅威をもたらすものが外の世界には居るという事なのだろう。どうやら、魔物だけが敵という訳では無さそうだ。



 一旦門を抜けると、そこには緑豊かな畑が広がっていた。麦の一種だと思うが収穫期が近づいているようで、色合いが緑から黄金色に変わりつつあるようだ。遥か遠くでは別の作物を育てているのか、色合いの違う畑が広がっている。その広大な畑の広がりは北海道を連想させる。


 畑の色合いが変わる区切りの部分には、柵に覆われた家々が見て取れる。農村なのだろう。ジリアーヌの育った飛び地の農村とは、こんな感じなのだろうと連想した。


 また、かなり遠くの方で動きが目立つ部分があった。拡大してみると、鹿の魔物と戦っている一団がいた。全員がバラバラの服装と装備をしている事から、請負人のパーティだと思われる。害獣駆除に勤しんでいるようだ。


 また、街道の前方にも荷物を背負って歩く集団が居る。徐々にではあるが、目にする人が増え始めた。

 景色だけが広がる自然の中を進むのとは違って、その都度目に新しいものが飛び込んでくる。



 それから一刻ほど進むと、いよいよ目の前に石造りの頑強な壁が迫ってきた。高さは20〜30m程で、場所によって高さが違い、所々に詰め所と思われる部屋が設置されている。


 また、壁の上部には返しが付いていて、先の尖った杭がびっしりと並んでいる。下部も動揺で、壁沿いに堀があって底には剣山のような杭がびっしりと連なっている。

 魔物の侵入を防ぐための作りだろうけど、長年に渡る魔物との激しい戦いを連想させる。


 その壁の中には数十万規模の人間が生活しているという。

 エレベトの街はエレベートゥ王国の第二の都市だ。王弟が治めている都市で、《天柱》の守護と管理を任されているらしい。


 さあ、いよいよ俺は異世界の街へやって来た。どんな文明に出会えるのか考えただけで心が弾む。クレイゲートやジリアーヌたちの様子から幾らかは想像できるが、それでも実際に訪ねてみたら驚きの連続だろうと思う。


 まるで初めて動物園や遊園地に遊びに行く子供のように、ワクワクした気持ちが止めどなく湧き上がってきた。




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