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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第2章 -商隊-

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第四十話 女神ジュリの庭

 昼近くに道の修復作業は終わり、ようやく従来通りに通行できるようになった。

 作業を行った人間をはじめ、その補佐を行った者など皆が疲れ切っていたが、一刻も早くこの場を離れたいという気持ち故だ。


 この世界では壁に囲まれた街を出たら、《女神の庭》を除いて安全といえる場所は殆ど存在しないらしい。特に見通しの悪い峠となっているこの部分は魔物がいつ襲ってきてもおかしくない危険に満ちている。


 今までなんとか無事だったのは、ここら辺を縄張りにしている魔物たちが谷底に落ちた人間や馬と魔物に群がっていたからだ。

 今も耳を澄ますと魔物たちが争っている音や唸り声が谷底から聞こえてくる。それらが此方へ向かって来るのは時間の問題だろう。

 それに、早く出発しないと次の《女神の庭》に到着する前に暗くなってしまう。



 出発前に簡単な慰霊祭を行った。

 谷が見える場所に小さな慰霊碑を作り、見張りを除いた全員で黙祷を捧げた。

 クレイゲートが代表で哀悼の意を述べ、クレイマートが慰霊碑と谷底に向かってワインを振る舞った。


 ジリアーヌと少女たちが慰霊碑に花束を添えて死者の霊を弔った。

 この世界では、死者の魂は神の世界へ導かれ、そこで生前の行いを神によって裁きを受けると考えられているようだ。


 日本や世界中にある考えとあまり変わらないようだが、神が実在すると思われているこの世界では、神の裁きがよりリアルに捉えられているように感じる。

 それが弱肉強食のこの世界にあって、犯罪率の低さに繋がっているらしい。


 多くのパーティが全滅した事で商隊に暗い影を落とした。生き残った者は仲間の死を悲しみ、涙に暮れた。ジョージョも、ケルパトーへの思いはともかく、ナーダエルやナクッシーの死に涙を流していた。

 ルイッサーも多くの部下を失って、言葉なく泣いていた。


 そんな中にあって、一番大泣きしていたのは馬の世話をしているガルーだ。

 ガルーは自分が世話をした馬の半分以上が死んだり逃げて行方不明になったりしたので、馬の世話をする部下の奴隷たちと一緒に泣き崩れていた。


 今回の戦いはあまりにも多すぎる犠牲と損害を発生させた。

 クレイゲートとクレイマートの表情も暗い。二人は今後の商隊の在り方について考えを新たにするだろう。


 俺も、今回の戦いでついに人を殺してしまい、精神的に打ちのめされた。

 罪の意識はなかなか拭えないが、今後また同じような事があったら、やはりその時は人を殺さないといけないのだろう。

 正直考えたくはないが、この世界で生きて行く以上は覚悟を決めておかなければならない。




 ☆   ☆   ☆




 20台編成となった商隊の馬車は山道を進む。

 晴れ渡った空の下、次の《女神の庭》への最後の峠を越えた事で、商隊全体を包んでいた緊張感が幾分和らいだ。


 この後は森の中を割と平坦な道が続くようで、見通しも幾分良くなって見張りも楽になる。馬車を引く御者を含めて、ほぼ全員が見張りをしながら馬車を足早に進めている。


 盗賊が操っていたような大規模な魔物の攻撃は無いと思うが、疲弊しきった少数の護衛しかいない今の商隊では、ちょっとした魔物の襲撃でもかなり危険だ。

 怪我が大分癒えたとはいえ、俺も戦える状態にはない。


 俺に出来るのは、商隊の中央で見張りについて《フィールド》を使った広範囲の気配を探るくらいだ。これによって目視では捉えにくい魔物の存在を感知する。


 それと、相変わらず大量のゴブリンの肉を焼きながら進んでいるので、商隊全体が凄い臭くなっている。お陰で魔物の襲撃は殆どないが、馬がたまに暴れたりして商隊の歩みを遅らせる事もあった。


 また、その臭いは例の貨物の飛竜の雛を弱らせているらしい。詳細は分からないが、クレイゲートがかなり気を使っているようだ。

 問題が山積したまま商隊は街道を進み続けた。



 そんな中にあって、俺には少しだけ楽しみがあった。

 以前は黒いラインにしか見えなかった《天柱》が、見通しの良い場所に来た時、地平線の向こうに今ではハッキリと人工の構造物だと分かる程度にディティールが見えるようになっていた。表面に刻まれた模様や突起物などが、目のズーム機能を使う事でボンヤリと見えている。


 相変わらず空に向かったその先は見えないが、本来のディケードの記憶から、あれが地上と宇宙を繋ぐ軌道エレベーター機能を有しているのが判っている。

 以前、異星人たちのアバターが活動していた時代には、あれを使って地上と宇宙ターミナルへの物資や人々の移動を行っていた。


 それと、やはり宇宙にはこの惑星を取り囲む籠状の構造物があるようだ。惑星を宇宙の驚異から護るのと同時にエネルギーを取り込んで地上に送っていた。

 その籠状の構造物の一部が地上へと繋がっているのが、あの黒いラインの正体だ。そう、あれは実際に天まで伸びて宇宙と繋がっているのだ。


 日本にも夢の計画として軌道エレベーターの構想はあるが、異星人は遥かにそれを凌駕する構造物を実際に作って運用していた。

 それにより、誰でも船や電車に乗るような気軽な感覚で宇宙へと行けた。こんなワクワクするような事が現実にあったのだ


 遥か大昔の遺物なので、今現在はそれが稼働しているのかは判らないという。

 というのも、その所有と管理は王家が担っており、一部の有力貴族を除いて他には一切関わらせていないらしい。


 一般人は触るどころか関わる事すら出来ずに、ただ眺めるだけだ。

 もっとも、神々の造りし物として考えられているので、王家ですらあれをどう捉えているのかは判らないようだが。

 単なる宗教的な物として扱っているのか、それともアーキテクチャとして利用しているのか不明だ。


 いずれにせよ、目的地であるエレベトの街の中心から《天柱》は伸びているようなので、街に辿り着けば間近で見る事は出来るだろう。その時にいろいろな事がディケードの記憶と摺り合わせてみれば解ると思う。

 今から楽しみだ。




 ☆   ☆   ☆




 商隊は概ね平穏に歩みを進めたが、日が大分傾いた頃、一度ダチョウに似た魔物の群れに襲われた。名前を『オトゥシュパン』と言うらしい。


 商隊が森を抜けてなだらかな丘が広がる草原に出た時、それは現れた。

 この近くに巣があるとベテランの護衛に前もって教えられていたが、実際に見た時は驚いてしまった。


 確かにそれは一見すると大きなダチョウなのだが、首から下に大きな飾り羽を持ち、それを広げると孔雀のような鮮やかな模様が広がった。

 敵に対する威嚇行動らしいが、1羽でも羽根を広げると5m近い扇状の壁が出来るのに、それが数百羽の群れが一斉に行うので巨大な扇が果てしなく広がって続いているように見える。


 しかも扇状に広がった羽の模様は無数の目玉が並んでいるように見えるので、群れで行うと何千もの目玉がこちらを見ているような錯覚に陥ってしまう。

 それがダチョウを超える脚力で時速100km近い速度で近づいてくるのだ。


 その模様に目を奪われてしまうと平静ではいられない。気の弱い者なら発狂してしまうだろう。俺も前もって説明を受けていなければゲシュタルト崩壊を起こしていたかもしれない。

 なんて恐ろしい魔物だ。


 そいつらは物凄い勢いで商隊の馬車に迫ってくる。

 多くの者は恐怖に引きつりながら目を奪われているが、ベテランの護衛たちは目を逸しながらもニヤリとしている。


 ルイッサーが馬車の一台から幾重にも巻かれた太い縄を取り出した。


「ディケード、ようく見ておけよ。」

「お、おう。」


 ルイッサーが俺を連れて馬車群の最後尾から少し離れた所へと行く。

 そこで縄を解いてから、ハンマー投げのように縄の端を持ってグルグルと回し始めた。

 その間にもオトゥシュパンの群れはグングン近づいてくる。


 縄は速度を増してルイッサーの頭上で回っている。よく見ると、縄は先端に行くほど細くなっている。俺はその正体が解った。

 オトゥシュパンが目前まで迫った時、ルイッサーは縄の動きを変化させた。

 それは波打つように動き、先端に向かうに従って速度を増していった。


 パーーーーーーーーーーーーーーン!!!


 音速を超えた縄の先端が、衝撃波を発生させて強烈な破裂音を響かせた。

 突然の物凄い音にオトゥシュパンはパニックを起こして暴動状態となった。

 一糸乱れぬ動きをしていたのに、一つの爆音で上へ下への大騒ぎとなり、ぶつかったり蹴り合ったりして無茶苦茶に暴れまわった。


 それは数百羽のオトゥシュパンによるバトルロワイヤルだった。奴らは商隊の事など忘れて、怒りのままに自分の周りの仲間を攻撃し合った。

 ルイッサーはその様子を見て大笑いをする。


「あっははははは…あいつらは攻撃的なくせに臆病で馬鹿なんだよ。何度やっても同じ手に引っかかるぜ。」

「いつもその大きな鞭で撃退してるのか?」

「そうさ、この鞭でって…なんだ鞭を知ってるのか。」

「ああ、俺もこの前まで使っていたからな。」

「ちぇっ、驚かそうと思ったのによ。」

「とても驚いたさ。まさかこんな見ものが出来るとは思わなかったよ。」


 ルイッサーは肩透かしを食らったようにがっかりしたが、気を取り直してオトゥシュパンの大乱闘に見入った。


「奴らは延々と戦い続けるのか?」

二時(ふたとき)も戦ったら疲れて止めるさ。その頃には自分たちが何をしに来たのかも忘れて散り散りに去っていくぜ。」


 どうやら頭の悪さも地球のダチョウにそっくりらしい。

 ダチョウはパニックになると直ぐに暴れ出すが、その後群れに戻った時自分の家族が入れ替わっていても気づかないというからな。なんともはや…


 ちなみに、二時(ふたとき)は30分くらいで、一時(いっとき)は15分程だ。一刻(いっこく)2時間の8分の1が一時(いっとき)だ。



 ルイッサーの言った通り疲れが出だした奴から、オトゥシュパンは1羽また1羽とフラフラになりながら去って行った。しかも帰る方向が皆バラバラだ。思わず大丈夫なのかと心配になってしまった。

 そして、暫くすると戦いで死んだ十数羽が残されていた。


「いや〜、殆ど何もしないで大量の食料が手に入ったぜ。」

「本当にここは良い狩場だよね。」


 ルイッサーがホクホクしながらオトゥシュパンの死を確認して見て回り、後ろで見ていたクレイマートが《魔法函》で回収していった。

 確かに1羽がダチョウの倍程あるからな、10羽もあれば数百人分は楽に賄えるだろう。


 しかし、魔物の中にはこんな馬鹿な奴もいるんだな。まともに戦えば凄く強いのだろうけど、あの戦い方を発見した者は天才だな。

 イカレタ魔物のお陰で、暗かった商隊の雰囲気も随分と明るくなった。


 もうすぐ『女神ジュリの庭』に到着するが、ここら一帯はオトゥシュパンの縄張りのために他の魔物はあまり寄り付かないらしい。確かにあの目玉攻撃は恐ろしいよな。ギリシャ神話に登場する100の目を持つアルゴスもびっくりだ。


 厳しかった緊張感も溶けて、護衛たちの表情にも笑顔が戻って来た。

 見ていた皆が引き上げて、商隊が再び移動を始めた。俺も見張りの位置に戻る。

 鞭を片付けたルイッサーが俺の傍にやってきた。

 二人でしばし景色を見つめる。


 なだらかな丘が遠くまで続き、その向こうには森が広がっている。後方には山脈の稜線が連なって地平線の上を形づくっている。前方には地平線の上に黒い《天柱》が空に向かって伸びている。


 それら全てを、大きく傾いた日がほんのりとオレンジ色に染め始めていた。

 さっきから何かを言いたそうにしていたルイッサーがやっと言葉を発した。


「ディケード…すまなかった。」


 思いも寄らないルイッサーの謝罪に驚く。


「ルイッサーが謝る事はないと思うが。」

「そういう訳にはいかんさ。俺の護衛長としての未熟さが多くの部下を死なせてしまい、最後はディケード一人を戦わせる状況を作ってしまった。しかも危うく死なせるところだったからな。けじめは付けておきたい。」


 盗賊の親玉たちとの戦いを指しているようだが、ルイッサーは見た目と違って思った以上に律儀な性格をしているようだ。いつもピンと張った虎耳に元気がない。

 それだけ仕事に責任を持って取り組んでいるのだろうけど、あれだけ用意周到に計画された襲撃を受けたんだ。止むを得ないと思う。


「俺はあの時、決死の覚悟で盗賊たちを足止めしようと思った。しかし、〈超越者〉の持つ絶対的な力に対して、為す術を見いだせなかった。護衛長としては失格だな。恥ずかしい限りさ。」

「そんな事は無いだろう。ルイッサーは良くやったと思う。

 ルイッサーだって言っていただろう。「戦場では〈超越者〉と遭遇したらひたすら逃げろ」そう言われているって。相手が悪かったのさ。」

「それはそうだが、ディケードは諦めなかっただろう。多勢の盗賊に囲まれたとき、正直俺はもうダメだと諦めかけたよ。」


 確かにな。あの時俺は人を殺した事に動揺して戦いを忘れてしまったからな。怪我を負った状態のルイッサーがそう思っても無理はない。

 俺は正直にあの時の状態を話した。


「俺だってそうだよ。二十人以上に囲まれて、これっぽっちも勝てる気なんかしなかった。

 でも、ジリアーヌが撃たれたのを見たら、自分が自分で無くなったように感じたんだ。頭の中が真っ白になって、気が付いたら暴れ回ってた。後は怒りそのままに特攻をかけただけだ。

 実際、あの時は積み荷の事とかどうでもよくて、勝算なんて考えてなかったよ。」


「そうか、特攻か…」


 俺の答えを聞いて、ルイッサーはなんとも不思議そうにする。


「俺も最後にはそうしようと思っていたけど、まさかディケードがそうするとは思わなかったぜ。商隊に合流して間も無いのにな。

 ディケードがそこまでジリアーヌに入れ込んでいるとはな。驚きだぜ。」

「確かにそう思うよな。でも、ジリアーヌとあの少女たちが居なければ、多分俺は狂っていただろうからな。」

「ふ〜ん、成程な…」


 成程なと言いつつ、ルイッサーは納得できてない顔をする。


「まあ、でも、俺にも妻と娘がいるからな。あいつらの為なら進んで命は捨てられるな。そう思うと気持ちは理解できるぜ。」


 自分なりに回答を得たのか、ルイッサーはうんうんと頷いて見せる。


「ようするに、女は偉大だという事だな。」

「ああ、そうだな。」


 そう言い合って、二人でニヤリと笑う。

 本当にその通りで、女は偉大だ。男を本気にさせてくれるからな。


 結局、思い返してみれば行動の原点は女にある。それは良き事にも悪しき事にもいえる原理原則みたいなものだ。

 ジリアーヌや少女たちが居なければ、俺は特攻などしなかっただろう。それはリュジニィの時にもいえる。

 自分だけのためなら、俺は人を殺せなかったと思う。


 もっとも、全ての女に対してそう言えるかというと疑問だ。

 妻やジョージョみたいな苦手なタイプだと、そこまで出来るとは思えない。

 オッサンだと、尚の事だよな。


 ルイッサーが俺の肩に手を置く。


「なんにせよ、ディケードのお陰で商隊と多くの者が救われた。礼を言うぜ。」


 そう言って、ルイッサーは引き上げていった。

 去り際に、今度一緒に酒を飲もうぜと誘われたので、そうだな、と応えた。

 ルイッサーに妻子が居たのには、ちょっと驚きだ。


 今回の戦いでは多くの犠牲と損害を出したが、様々な人間模様が垣間見えた。

 生死を賭けた極限の状態では、人は仮面を被ったままでは居られない。その人間の本性が剥き出しになってしまう。


 サラリーマン時代は商業活動が主なので、そこまで追い込まれる事は滅多に無い。人は仮面を被ったまま建前で接する事が多く、本音で付き合う事はあまり無い。表面的な付き合いに終止する事が殆だ。


 付き合う人間を選ぶという点では、こっちの世界の方がシンプルで分かりやすいような気がする。


 とにかく、判った事はこの世界の人間も地球の人間と大差ないメンタリティーだという事だ。文化的な違いはあるにしろ、基本的には同じと考えていいだろう。

 そういう意味では、生きていくのに然程難しくない世界だと思う。




 ☆   ☆   ☆




 それから商隊はこれといった問題も無く歩みを進めた。

 夕日が沈んで、真っ赤に染まっていた大地が暗さを増していった。長く伸びていた影も消えて、夜空には一番星が輝き始めた。

 予定よりも少し遅れたが、《女神の庭》は近い。暗い中を進むのは危険だが、それを承知で商隊は進む。


 薄暮が終わり、見通しが悪くなる世界にあって、一箇所だけ輝きを放って辺りを照らす光が前方にあった。目を凝らしてみると、輝く《神柱》がクルクルと回っている。

 商隊はようやく『女神ジュリの庭』に辿り着いた。


 こうして暗い原野の中で輝く《神柱》は灯台のようでもあり、希望を与えてくれる存在だ。自然と人々に信仰心を抱かせてしまう有り難みに満ちている。

 商隊は街道を逸れて、脇道から《女神の庭》へと入っていく。


 サッカーコート10面程のスペースが芝の生えた平地となっていて、良く手入れされた感じの常緑小低木に囲まれている。所々に大きな樹が生えていて、アクセントになっている。また、隅の方には水場となる小さな滝が、小高く盛り上がった岩から流れ落ちている。


 外枠の所々に、風化して形を失っている外壁が残っている。煉瓦を積み上げたものらしいが、歴史を感じさせる。

 全体的に落ち着いた雰囲気を醸し出しており、いかにも安らぎの場という感じがする。

 そして、広場の中央には円形の水を湛えた泉があり、その真ん中で空中に浮いたクリスタルのような透明の《神柱》が光を放って回転していた。


 その広場に到着した途端に、商隊全体にとてつもない安堵感が広がった。

 戦力が落ちた商隊はずっと緊張感に包まれていたので、馬を操ってきた御者の多くはその場に崩れ落ちた。この場にいる限り、魔物に襲われる心配は無い。それがどれほどの心の救いになるのか、分かろうというものだ。


 商隊のメンバーは馬車を降りるなり、ゴブリンの肉を焼くのを止めて道具と肉片を仕舞い込んだ。女神は不浄を嫌うので、何よりも優先されるらしい。

 ゴブリンの肉片自体は《女神の庭》に持ち込んでも一応は問題ないようだ。

 もっとも、それを言ってしまったら殆どの食材は持ち込めないだろう。



 ここで一つ気になったのだが、例の貨物である飛竜の雛が魔物なのになぜ《女神の庭》に入れるのか?という事だ。

 あれが《女神の庭》に入って来れるのは馬車に設置された魔石による《フィールド》で保護されているからとの事だ。それにより、《女神の庭》に張られた結界の影響を受けないようだ。


 ジョージョたちの持っている《魔法杖》など魔法アイテムの動力源となっている魔石も、元々は魔物の神経束だが、それも何の影響を受けずに《女神の庭》に持ち込めるのも魔石が放つ《フィールド》のお陰らしい。


 魔石は元々魔物の脳神経の一部が発達した神経束が変質したものだと考えられる。それは魔物が死んだ際に起こる。その時に黒いモヤのようなものが放出されるが、それが原因のようだ。


 あの黒いモヤは霊波がこの次元で一時的に実体化したものらしく、その霊波の放出によって魔物の本質が崩壊するらしい。

 これはディケードの記憶に依るところだが、あの黒いモヤはゲームに登場するモンスターにも同じ現象が起っていた。


 霊波というのが良く分からないが、いわゆる魂みたいなものなのかな?

 魂が抜けた事で魔石は単なるエネルギーを持った物質になったという解釈でいいのだろうか。


 何故かあの黒いモヤは俺にしか見えないようだが、それは俺が〈超越者〉だからなのか?そこら辺も今後検証が必要だ。


 それに、元々魔物だった馬の子孫は生きたまま普通に《女神の庭》に入っているが、それは家畜化した影響に依るらしい。

 馬の世話係のガルーが言っていた。魔物だった馬は孫の世代から大人しい性格のものは攻撃性が無くなって、人間に懐いて言う事を聞くようになると。


 つまり、それは人間に関わりながら世代交代する事で魔物化が解けて動物に帰るという事なのだろう。

 何故そうなるのかは解らないが、そこにこの謎を解く鍵があるような気がする。

 強いては、もしそれが他の魔物にも適用されるなら、それはこの世界に蔓延る魔物を動物化へと促すヒントなのかもしれない。



 ゴブリンの肉片を仕舞う様子を見ながらそんな事を考えていると、クレイゲートは全員を招集して女神のいる泉へと向かった。

 泉の前にある祭壇の手前で全員が膝をついて祈りのポーズをとった。

 すると、《神柱》がまばゆく輝き始め、女神の姿に変化した。


「我は、女神ジュリ。創造神グリューサーの僕にして百移の門番なり。」


 やはりこの女神ジュリも女神プディン同様に3m程身長があり、その存在感が圧倒的だ。光の粒子で出来た衣を纏っていて、赤から青へと変化しながらなびく様は人非ざる威厳と神秘性を感じさせる。


 ただ、幾分垂れた目尻が顔に優しい印象を与えている。なんとなくだが、慈悲深さを感じさせる。


 クレイゲートとクレイマートが泉の前にある祭壇に供物となる大銀貨数枚と織物を始めとしたワインや塩などを纏めた物を供えた。


「女神ジュリ様、ご尊顔を拝しまして恐悦至極に存じます。此度は『女神ジュリ様の庭』を使わせて戴きたく存じます。つきましてはこちらを納めさせて戴きたく存じます。」

「そなたたちの我への信仰を嬉しく思う。感謝の気持ちは頂いた。節度を持って我が庭を使う事を赦す。」


 祭壇に供えた供物がスーッと光りに包まれてから消えていき、女神が軽く片手を振ると光の粒子が広がって商隊のメンバー全員に降り注いだ。

 すると、途端に傷や怪我が癒えて力が漲ってきた。


 皆が歓喜に震えて、祈りの言葉を女神ジュリに捧げる。

 慈悲深く皆を見渡すと、女神ジュリは元の《神柱》へと戻っていった。その際に、一瞬だけ俺と視線が絡み合ったように感じたが、気のせいだろうか。


 これで女神ジュリへの挨拶が終わり、皆は休憩と食事の準備に取り掛かった。

 俺も一応、皆と同じように女神に祈りを捧げたが、女神本来の正体を知っているために、本気で信仰する気には到底なれなかった。


 とはいっても、女神の癒しの効果は抜群で、感謝の念が自然と沸き起こってくる。俺の場合は体内のディエースナノマシンが活性化しているために、よりいっそうの効果があるので、ほぼ全快に近い状態となった。


 『女神プディンの庭』に到着した時には、俺は気を失っていて今回のような儀式を見る事は出来なかったので、なかなかに見ものだった。

 もっと厳かな雰囲気で儀式は行われるのかと思っていたが、意外とあっさりしたものだった。まあ、それだけ女神の存在は身近なもので、生活に密着したものなのだろう。


 確か、元のディケードたちにとって女神は、女神を形どったインフォメーション的な存在だったので、もっと気楽に友達感覚で接していたような記憶がある。


 女神を怒らせて、何処まで神罰に耐えられるか挑戦していた馬鹿な奴もいたようだ。そういう意味では異星人も地球人も、今のこの世界の人々もあまり違いは無いと思う。文明が高度に発達しても、人間のメンタリティはそう変わらないらしい。



 《女神の庭》の一角、馬車で囲んだスペースに幾つものテーブルが置かれて料理が運ばれた。いつにない豪華な食事が請負人の護衛たちにも振る舞われる。戦勝記念として、生き残った者たちへの褒美だ。


 今回は大規模な魔物の集団と盗賊たちによる襲撃だったので、討伐数をカウントするのもままならず、全員に一律で配布される事となった。死者数が多く、生き残った者が少なかった為に、一人当たりの配当が増えた事で物言いは誰からも付かなかった。


 クレイゲートが盃を持ちながら勝利の宣言をする。


「諸君、この度は良くぞ多くの魔物を倒し、憎き盗賊たちを亡き者にしてくれた。我々は多くの仲間を失いながらも、この戦いに勝利して、今こうして生きている歓びを実感している。そこに、ディケードの功績が大きかった事は言うまでもないが、皆の協力が有ったればこそ成し得た勝利なのだ。」

「「「「「 おおおおおっっっ!!! 」」」」」


 皆が盃を翳しながら歓声を上げる。


「皆も疲れているだろう。多くは語らない。

 今宵は大いに飲んで食って楽しんで、英気を養って欲しい。」

「我らの勝利にっ!」

「「「「「 我らの勝利にっ!!! 」」」」」


 クレイマートが乾杯の音頭を取り、全員が一斉に盃を傾ける。

 俺も盃を傾け、ワインを一気に流し込む。

 胃が焼ける心地良さを感じながらも、同時にほろ苦い味わいが広がった。

 クレイゲートがやって来て、俺にワインを注いでくれた。


「ディケード、お前さんの活躍がなければ我々の今も無かった。改めて礼を言う。ありがとう。」

「前も言ったが、報酬分の仕事をしただけさ。」

「働きに報酬が見合ってないけどね。」


 クレイマートも俺にワインを注ぐ。


「我が商会としては特別ボーナスを考えている。

 が、さすがに今回は疲れた。すまないが休息を取ってから話を詰めよう。

 それに、盗賊について気になる事もあるしな。それらを含めて明日話をしよう。」

「僕の話も聞いて欲しいけど、それも明日だね。今はゆっくり寝たいよ。」


 二人は早々に自分の馬車へと引き上げていった。

 無理もない、責任者にかかる精神的重圧は並じゃないからな。女神の癒しで体力は回復しても、精神の疲弊は取れないようだ。


 俺も昔、若くして主任になった事が有ったが、部下からの突き上げと仕事への責任感からか、肺に穴が空いて入院する羽目になってしまったからな。

 仕事に復帰したら降格させられて平に戻ったが、正直ホッとしたものだ。覚悟のない過分な立場は毒にしかならないからな。


 それはそうと、盗賊について気になる事か…

 確かに気にならないと言ったら嘘になるよな。


『メルゥディレン家』『ローリエンティ』これは何を意味しているのか?

 《神鉄の腕輪》に関係しているのは確かなようだが、『(いにしえ)』の貴族とも言っていたな。

 なんとなく貴族社会の政治的問題が絡んでいるような気がするが、クレイゲートは何か知っているのだろうか?

 まあ、今はいいか。俺にはさっぱりだしな。


 しかし、クレイゲートは大盤振る舞いだな。

 戦勝祝いとしてるけど、実際のところ負け戦だからな。

 多くの請負人の護衛を失った事で、請負人ギルドからの信用をある程度失うだろうしな。生き残った者に良い思いをさせないと、今後の商隊活動に支障を来すだろう。損失はかなりのものだけに、経営者は大変だな。



 クレイゲート親子が去って行くと、ルイッサーを始め商隊の者たちや護衛たちが代わる代わるやってきて、盃を鳴らして感謝の言葉を掛けてくれた。

 少し照れくさかったが、悪い気分ではない。誰も彼もがワインを注ぐ訳ではないので助かった。


 ジョージョが大げさに抱きついて胸の柔らかさを堪能させてくれたが、ジリアーヌがやってくると、そそくさと去っていった。

 また言い争いでもするのかとヒヤッとしたが、一応は空気を読んでくれた。


 それぞれが食事を摂り宴会を始めだした。女神の癒しによって体力が回復したので、思い切り食って飲んで騒ぐのだろう。特に請負人の護衛たちは脳筋の体力自慢ばかりだからな。


 最後にジリアーヌが俺の盃にワインを注いで乾杯をした。

 チン


「ディケードは英雄ね。」

「英雄ねぇ…そう思われるのは光栄だけど、実感が無いな。」


 俺のあっさりした物言いに、ジリアーヌは肩を竦める。


「不思議な男…あれだけの活躍をして商隊を救ったのに、自慢するどころか誇らしいとも思ってはいないみたいね…あなたは何処を見ているのかしらね。」


 ジリアーヌたちを救えたのは素直に嬉しいと思う。

 でも、活躍できたのはディケードの肉体(からだ)のお陰であって、俺が自分自身で鍛え上げた訳じゃ無いからな。確かにこの体を操っているのは俺自身だけど、借り物という意識は拭えない。この心身のバランスの悪さが素直に自分を誇らしいと思えない理由だ。


 最近は大分馴染んできたが、元のディケードの記憶を垣間見る度に、俺とは別人だったんだと意識してしまうからな。どうにも離人症の症状が出ているようなので気を付けないといけないな。


 そういう意味では、ジリアーヌたち他人から見ると、俺は常に達観している変な奴に見えるのだろう。

 それでも、自分の気持ちは素直に伝えた方が良いだろう。俺はそっとジリアーヌを抱き締める。


「俺はジリアーヌが無事で居てくれたのが何よりだよ。」

「な、ななな…何よそれ、それじゃあわたしの為に戦ってくれたみたいじゃない。」

「そうだけど。」

「………」


 ポカンとなったジリアーヌが真っ赤になって、ポンと湯気を吹いた。

 やっぱりジリアーヌの間の抜けた表情はツボるなぁ。

 ジリアーヌが俺の体をボコボコと叩く。


「ズルイわよ、ズルイわよ!そんな風に言われたら、どうしていいのか分からないじゃないっ!!!」


 恥ずかしくて力の加減が分からないのか、本気で痛い…


「ジリアーヌが全身でご褒美をくれたら良いと思うよ。」

「そんなの当然よ!全身全霊をかけて奉仕させてもらうわっ!!!」

「そ、そうか…」

「でも、それじゃあ全然足りないじゃない。」

「そんな事は無いと思うけどな。」


 茶化したつもりが、凄い夜になりそうだ。


「さて、俺たちもタップリご馳走を食べて英気を養う事にしよう。」

「そうね。体力を付けないとね。」


 俺とジリアーヌは少女たちが居る娼館馬車が並ぶスペースへと向かった。

 かくして、商隊は一番の懸念事項だった盗賊を退け、無事『女神ジュリの庭』に到着した。


 目的地のエレベトの街へは、後半日の距離だ。




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