第三十九話 戦いの痕
自分でも異常な回復力だと思うが、どうにか歩けるようになったので、俺はジリアーヌの馬車を出て、朝の空気を吸いながら周りを見て歩いた。
が、ゴブリンの肉を焼く臭いが辺りに充満していてうんざりした。一応、その成果は有ったようで、昨夜は魔物の襲撃が無かった。
商隊は昨日盗賊が襲ってきた場所に留まったままなので、日の当たらない峠道は昨日同様にモヤに包まれて見通しが悪く肌寒い。
地面には血糊や細かな肉片などが散乱していたが、護衛たちの死体や魔物の死骸、壊れた馬車の残骸等は粗方片付いていた。
向こうの方から道の補修作業をする者たちの声が聞こえてくるが、モヤで姿は見えない。
俺はその様子を見に行こうと思ったが、小便がしたくなったので先に済ませる事にして、少し離れた崖の下に向かった。
歩きながらさっきのジリアーヌについて考える。
寝ずの見張り番から帰ってきたジリアーヌは、俺と三人の少女たちの乱れた行為を見て怒り狂った。
まあ、それは止むを得ないだろう。自分のベッドで好き勝手されていたら怒るのは当然だ。少女たちを追い出した後、俺もしばらく説教を食らってしまった。
一通り怒りを吐き出したところで、あれは少女たちなりの感謝の証だと弁明したら、なんとか理解してくれた。
まあ、これで少しは少女たちへの当たりが柔らかくなってくれれば良いが。
が、やはり怒りが収まらないのか、暫くグチグチ言っていた。
俺は黙って相槌を打ちながら話を聞いた。感情的になった女性にはこれが一番だ。決して反論なんかしてはいけない。
俺はそれを学ぶのに、何年もの時間を要してしまった。
それに、ジリアーヌの愚痴を聞いてて思ったのは、怒りの矛先が少女たちの行為に対するものから、段々と先を越された悔しみへとシフトしていった事だ。
「わたしがお世話をする係りなのに…」とか、「あんな事教えなければよかった…」とか悔しさを滲ませていた。
ああ、ジリアーヌは嫉妬しているんだなと理解して、可愛く思えた。
「何が可笑しいのよ!わたしはあなたの心配をしているのよ!」
思わずクスッと笑ってしまったら、火に油を注いでしまった。
「ジリアーヌ。」
「えっ、あっ、ちょ…何するの…よ………」
俺はジリアーヌを抱きしめると、そのままベッドに引きずり込んで組み敷いた。
驚いた目をして俺を見つめるが、抵抗する素振りはない。
「やっぱり俺にはジリアーヌが一番だな。」
「ディケード…そんな、ずるいわ…」
キスしながらシャツの中に手を忍ばせていく。
☆ ☆ ☆
そんな訳で、朝っぱらからハッスルしてしまった。
お陰でジリアーヌの機嫌が治ったのは良いけど、抱いて誤魔化すような事をした自分の行為に少し嫌悪感を抱いてしまった。
また、自分がそんな事のできる人間だと思っていなかったので、自分で自分のした事に驚いてもいた。
以前はそんな事になるシチュエーション自体が無かったので、自分がそんな人間だと知る術が無かっただけだけどな。
元々俺はモテるタイプでは無かったので、複数の女性と深い関係になるなんて事は無かったからな。
こっちの世界に飛ばされて、ディケードの身体を得た事で随分と女性関係に変化が起きてしまった。少しというか、かなり乱れすぎているように思う。それもこれも異常なまでの性欲が問題だと思うが、現状どうにもならないしな。
セックス依存症になりそうで怖いが、今後どう折り合いを付けていけばいいのか悩んでしまうな。
考え事をしながら人目の届かない崖の影で小便をしていたら、人が近づいて来るのを《フィールド》が察知した。
盗賊の生き残りかと思ったが、怪しい感じはなく普通に近づいて来るので、同じく用を足しに来たのだろうと思って無視していた。
しかし、あまりに近づいて来るので、振り向くとジョージョだった。
びっくりしたが、小便は止まらない。
「あたしも一緒させてもらうよ。」
そう言うと、ジョージョはすぐ隣にしゃがみこんでオシッコをし始めた。
あまりにも俺の常識を超えた事態にパニクってしまった。
「お、おい、何もここでしなくたっていいだろう!」
「何焦ってるのさ。あたしたち魔物と戦う請負人は常に危険と隣り合わせなんだ。排泄時は無防備になるんだから誰かと一緒にいるのが当たり前じゃないか。」
「そ、そうなのか…?」
異世界…というか、請負人の常識スゲーな!
女と連れションしてしてるぜ。
でもまあ、確かに魔物がいつ襲ってきてもおかしくない世界だからな。自衛手段としては妥当なのか。
隣でオシッコしてるとはいえ、ジョージョはマントで体を覆っているので、直接排泄姿が見えている訳でもないしな。
でも、普通は恋人でも夫でもない男とは一緒にしないよな。
「フフン、なかなかイイ物を持ってるじゃないか。」
「こ、こら、見るんじゃない!」
でも、ジョージョからは俺のモノが丸見えだ。
「別に隠すほどのモノでもないだろうさ。あたしのだって見たければ見て構わないよ。前に回り込めば丸見えさね。」
「遠慮しておくよ。そういった趣味はないんでね。」
「そうかい。ガキやオッサンなんかは必死になって覗きに来るけどね。まあ、見せやしないけどさ。」
「だろうな。下手をすると魔法で焼かれそうだ。」
「実際、しつこい奴にはそうしたね。」
異世界の男たちもやはり女のそういった行為を見たがるようだ。
俺もガキの頃は友達と悪ノリで連れ立って覗きに行った事がある。その女の親に見つかってしこたま殴られたけどな。
しかし、オッサンになってまで能動的に覗きをするのはどうなんだろうか?
やはりそういう趣味なのかね。理解できんな。
でも、たまにいい歳したオッサンが捕まってニュースになってたりするよな。芸能人なんかでも覗きで逮捕された奴もいるしな。好きな奴は前後の見境が無くなるくらい好きなんだろうな。
小便を終えた俺は、そそくさと自分のモノをズボンに仕舞う。が、ジョージョは最後まで目で追いかけていた。
「まったく、ピクリとも反応しないね。賢者タイムってやつかい。さっきまでお楽しみだったみたいだからね。」
「………」
やれやれ、俺のストーカーでもしてるのかね。俺の後にオシッコに来たのも偶然じゃないんだろうな。
俺が立ち去ろうとすると、ジョージョが慌てて引き止めた。
「ちょっ、置いてかないでよ。魔物が来たらどうすんのさ!」
「ああ、すまん。そうだったな…」
ジョージョの慌て具合から、一応さっきの話は本当だったのかと思う。辺りに魔物の気配は無いから大丈夫だと思うが。
でも、俺ではなくて他の誰かと一緒でよかっただろうに…と思ったが、考えてみれば惨殺の一撃のメンバーは皆死んだのか…
そういえば、ケルパトーはどうしたんだ?あの後どうなったんだろうか…
オシッコを終えてから、ジョージョに聞いてみた。
「ハン、死んじまったよ!片付けられた死体の山の中にあったさ。馬に蹴られた痕があって頭が潰れていたよ。いい気味さっ!」
「そ、そうか…」
やはり死んだのか。すっかり戦意を失っていたからな。
「馬鹿な男だよ。あの時逃げないで皆で戦っていたら生き残れたかもしれないのにさ…
ま、所詮はその程度の男だったって事さ。」
吐き捨てるように怒りを表したジョージョだが、同時に悔しさも滲ませた。
裏切られた悔しさはあるだろうが、愛人関係でもあった男の死は、やはり思うものがあるのだろう。
仲間も皆死んで孤独になってしまったからな。
独りの辛さは俺にも理解できる。
突然ジョージョが抱き着いてきた。
「お、おい…」
「暫く、このままで居させて…」
ジョージョの声が悲しみに溢れていたので、俺はじっと抱き着かれたままにした。
ジョージョも少女たちと同じで怖くて不安だったのだろう。なまじ戦いの場に居ただけに、余計にそう感じたのかもしれない。
戦いが終わって、励ましあう者も慰めあう者も居ない。それはとてもきつくて辛い状況だ。特に『惨殺の一撃』は周りから鬱陶しがられていたので、余計にそう感じるだろう。
ジョージョは感情を昂らせる。
「ディケード、お願いだよ。このままあたしと一緒に居ておくれよ。もう戦いはうんざりだよ!魔物を狩ってるだけならまだ良かったけど、あんな人の殺し合いみたいな戦いなんて冗談じゃないよ…」
そう思うのも無理はない。
魔物との戦いはある意味人間の安全にも繋がるので、人々の暮らしに貢献しているという意識も持てる。しかし、人同士の殺し合いにそんな意識は働かない。特に最初から覚悟すらしてない者には、精神が病んでしまうほどの事件だろう。
「もう請負人なんて辞めるよ。ディケードだって冒険者にはならないって言ってただろう。あたしの身体を幾らでも好きに抱いていいからさ、何処かの街で二人で暮らそうよ。」
ジョージョは必死に俺にしがみつきながら訴える。その苦しみと哀しみに満ちた言葉は俺の気持ちを揺さぶる。
頼れる者、縋れる者を亡くして心の拠り所を失ったジョージョは、俺にそれを求めているのだろう。
そこには、以前までの己の欲を満たそうとする姿はない。
俺はジョージョに哀れみを感じてしまい、思わず抱き締め返してあげたくなった。弱々しく縋る女の態度には、つい保護欲を掻き立てられてしまう。
しかし、過去の経験が歯止めをかけた。
いかんいかん、またしても女の涙に騙されるところだった。
情に絆されてはいけない。俺はそれで妻となる女を抱いてしまって、結婚まで持ち込まれてしまったからな。
最初のうちはそれでもいいかと思っていたが、年々一緒にいるのが苦痛になっていったからな。で、結局は破局して不幸になっただけだ。
ジョージョのような女は妻と同じタイプで、気分と打算で行動するのでやはり待っているのは不幸だけだと思う。
結婚したら変わるだろうなんて期待をしても無駄なだけだ。
今は精神的に弱っているからこうして庇護を求めているが、立ち直った途端に自分の欲望のために他人を利用する人間へと戻ってしまうだろう。
暫く抱き着いていたジョージョだが、やがて力を緩めて俺から距離を取った。
「抱き締めてくれないんだね。」
「ごめんよ。俺は素人の女性とは関わりたくないんだ。」
「なんだいそれは。女に騙された事でもあるのかい。」
「…まあ、そんなところだ。」
ジョージョは少しの間俺の目をじっと見ていた。
ジョージョの瞳には様々な感情が行き交い葛藤するのが伺えた。
暫くしてふうっと大きく息を吐きだすと、振り切るように俺から離れてポンと肩に手を置いた。
「そうかい、若いのにね…ディケードも苦労してるんだね。」
「まあ、それなりにな…」
「やれやれだネ。ディケードには半端な色仕掛けは通用しないみたいだ。今回はこれで手を引くよ。」
少し名残惜しそうにしながらも、ジョージョはモヤの中に消えて行く。
「そうだ、お礼だけは言っておくよ。ディケードのお陰で命拾いしたからね、ありがとう。」
明るく振る舞う声が届く。が、やはりどこか物悲しい響きが込められていた。
割とあっさり引き下がった事に驚きながらも、情に流されなくて良かったと安堵する。
俺の瞳の中にそれなりの苦悩を感じ取ったようだけど、ジョージョもそれなりに苦労してきたからこそ理解できるものが有るのだろう。
この世界では一般的に13〜14歳くらいで働きに出るようだが、世の中をろくに知らない少年や少女だと、後ろ盾がなければいいカモになるだけだろう。特に女の子だと、男に食い物にされて弄ばれるだろうからな。まともな倫理観や道徳観念など持ち合わせられるはずもない。
ジョージョがケルパトーのパーティに居場所を見つけるまでにはいろいろあったのだろうな。
ジョージョには済まないと思うが、情だけの結び付きで一緒になっても、やはり不幸にしかならないと思う。ジョージョが立ち直る事を望むが、その隣に俺が立つ事はない。
それに、ジョージョにはああ言ったが、俺は〈冒険者〉を目指そうと思っている。やはりこの世界を見てみたいという思いは変わらない。
☆ ☆ ☆
ジョージョと別れた俺は、道の修復作業をする現場に向かう。
小便だけしてから向かうつもりが、いろいろ有ってしまった。
現場に到着すると、工事は終わりの段階を迎えていた。
盗賊の親玉の魔法で抉られた道には丸太を組んだ橋が埋め込まれ、その上に防御壁としていた岩のブロックが置かれて補強されていた。
後はその上に解体した馬車の壁となっていた鉄板と板を敷き詰めれば完成だ。
これで当分の間は馬車も通れる道として機能するだろう。
しかし、15〜16人程で作業しているようだが、よくこれだけの人数で出来たものだ。崖の上の林から木を切り出して丸太にする作業だけでも大変だったろうに。
運搬には多分《魔法函》が使われたんだろうが、便利なものだな。それが無ければ後1〜2日は作業が伸びていたかもな。
《魔法函》の利点は物の出し入れだけでなく、条件さえ整えば出現させる場所を任意に選べる点にある。それだけで大幅な作業の短縮になるからな。
組んだ丸太を橋にして道に架ける作業を人力でしたら、途方も無い作業になってしまう。大型重機並みか、それ以上の働きに値するな。
金貨500枚、日本円換算で5億円からというのも頷けるな。
「よう、英雄のお目覚めだ。あれだけの怪我をしたのにもう歩けるのかよ。本当に人間か。」
「ああ、唾付けといたら治ったよ。」
俺に気付いたルイッサーが声を掛けてくる。言い方は酷いが、冗談なのは理解できた。顔は笑っていて、目が俺の回復を喜んでいるのが見て取れる。
「本当に凄い回復力だよね。やっぱりディケードは〈超越者〉なんだね。」
クレイマートも声を掛けてくる。
現場監督をしているクレイマートが手を止めて近寄って来たので、作業をしていた皆も一休みして寄って来た。
皆が口々に俺の無事を喜んでくれ、今回の戦いでの礼を述べた。
こうして感謝されると、結果的には無理してでも戦って良かったと思う。
人を殺した罪の意識は消えないが、皆で喜びを分かち合えるのは生きていればこそだ。
最初に俺を受け入れてくれた護衛の男が俺にハルバードを手渡した。
「ほらよ、ディケード。お前さんの武器だ。」
「ありがとう、また取っておいてくれたんだな。」
「お前さんはいつも武器を置き去りにしちまうからな。」
「面目ない…」
困った奴だという感じで護衛の男は笑う。
この男のお陰で、いつもハルバードが俺の手元に戻ってくる。元はゴブリンの巣で手に入れたものだが、今ではすっかり俺の馴染みの武器になってしまった。
誰が使っていた物かは分からないが、この頑丈な作りの武器は何度も俺のピンチを救ってくれた。今では腕輪と共に俺の貴重なアイテムだ。
クレイゲートが居ないようだが、訊いてみると被害額の集計をしているらしい。
かなりの額になる事は予想できるが、例の積荷が無事だった事と、他の商品等は《魔法函》に収納してあるので、実質的には壊れた馬車と逃げてしまった馬、直接雇用していた護衛の損失が被害額の対象となるようだ。
商会の存続を脅かす程ではないらしいが、大損害なのは確かだな。
それと、死んだ護衛たちだが、遺体の回収が出来たものは《魔法函》に収納して持ち帰るようだ。家族が有するものは家族の元へ返し、身寄りや引き取り手のない遺体は請負ギルドの方で葬るらしい。
それを聞いて、案外ちゃんとしてるんだなと思ったが、それだけ亡くなる者も多いという事だろう。
クレイマートに道の補修は昼頃には終わるので、それまでは休んでいろと言われ、俺はその言葉に甘える事にした。
歩けるようになったとはいえ、まだまともに体を動かせる状態ではないので、作業を手伝う事も出来ない。
俺は身体の回復に努める事にしてその場を後にした。
☆ ☆ ☆
ジリアーヌの馬車の近くまで戻ってくると、いい匂いが漂ってきた。ゴブリンの肉を焼く臭いには大分鼻が慣れていたので、余計にそう感じたのかもしれない。
空腹を刺激するその匂いに惹かれて行くと、バーバダーが食事をしていた。
「おや、お前さんもう歩けるのかい。なら、朝食を食べるかい?」
「ああ、お願いするよ。」
少しして、大きなトィキーのソテーが出てきた。
「これで精を付けるんだね。余計な事をして体力を使ったようだしね。」
「あ、ああ、ありがとう。」
あまりの肉の大きさに驚いたが、バーバダーなりの感謝の印なのだろう。少女たちやジリアーヌとの行為に呆れたのか、嫌味のおまけ付きだ。
体力が落ちていたのでワインが少しきつく感じたが、大量の肉を食べるのに貢献してくれた。
「お前さんが頑張ってくれたお陰であの娘たちも無事だった。それにクレイゲート様もね。あの方に死なれちゃ、わたしの居場所が無くなってしまうからね。お前さんには感謝してるよ。」
「お、おお、そうだな…」
まさかバーバダーが素直に感謝の言葉を口にするなんて思ってもいなかったので面食らってしまった。
俺はどう返答していいのか困ってしまったが、バーバダーも恥ずかしくなったのか、お茶を乱暴に置くとフンとそっぽを向いてしまった。
それだけ今回の戦いは、さすがにダメだと思ったんだろうな。あれだけ護衛が死んでしまったし、ルイッサーも決死の覚悟を決めていたからな。
バーバダーは商隊で運ばれる娼婦たちの世話を生業にしているようだが、それもクレイゲートが居てこそだからな。
娼婦たちが年を取って客を取れなくなると、身の保証は誰もしてくれないのだろうな。
日本の遊女なんかは殆どが若くして病死したらしいし、生き延びたとしてもまともに庶民の暮らしに戻れる者は数える程しか居なかったらしいしな。この世界でもそう変わりはしないだろう。
そういう意味では、経験を生かした仕事に就けただけバーバダーはマシな方なのだろう。バーバダーにとってクレイゲートは拠り所なのだろうな。
実際バーバダーは良くやっていると思う。
人手不足の煽りを受けて、普段はやらないゴブリンの肉を焼く役目を自ら買って出て、さっきまでずっとやっていたようだしな。少女たちが交替で休めたのも、バーバダーの頑張りによるものだ。
バーバダーは怒ると躊躇なく殴ったり蹴ったりするが、基本的にはジリアーヌや少女たちには優しく接してよく面倒を見ている。
それはジリアーヌや少女たちの態度を見ていればよく分かる。バーバダーは怖がられているが、それと同時に敬意を持たれている。良い事は良いと褒めて、悪い事は悪いと叱るからな。
親に売られたり攫われたりして奴隷となって娼婦をさせられるなんて、普通は自棄になるか狂ってしまうかだろうが、親代わりとなって世話をするバーバダーのお陰で少女たちは素直で居られて、自分の居場所を確保できているのだろう。
バーバダーは食事を終えたら直ぐにまたゴブリンの肉焼きに戻るらしい。
「大変だな。俺に手伝える事があったら言ってくれ。」
「お前さんは身体を休めるのが今の努めだよ。それに今代わって貰ってるあの娘たちを早く休ませてやらないとね。次の《女神様の庭》に着いたら大忙しさ。」
「そうなのか?」
「お前さんは戦いの後に女を求めるだろう。他の男も同じだよ。」
食事の後片付けをテキパキ熟すと、バーバダーは去って行った。
最後のセリフはかなりの爆弾だった。
娼婦だから少女たちが男に抱かれるのは当たり前だが、少なからずショックを受けてしまった。
自分でも抱いておいて何を言ってるんだ。という感じだが、少女たちと親しくなる程に他の男達に抱かれるのは許せないと思ってしまう。
自分勝手な思い込みだと思うが、釈然としない気分だ。
俺は嫌な想像を頭から追い出して、身体を休めるためにジリアーヌの馬車へと戻った。馬車の中ではジリアーヌが眠っていて、俺が入って来ても起きる気配がない。
昨日の戦いから後片付けや俺の看病までして、更には寝ずの見張り番までした後に俺の相手までしたのだ。疲れ切っているのだろう。
俺はジリアーヌを起こさないようにそっとベッドに入って横になった。
途端にジリアーヌが寄り添って俺の胸に顔を埋めてきた。ジリアーヌの温もりと良い匂いが俺を包み込んでくれる。無意識に行動しているようだが、俺にはそれが嬉しかった。
俺は腕枕をしてジリアーヌの肩に手を回す。
ジリアーヌには感謝してもしきれない。彼女の献身的な言動が俺を癒してくれるし励ましてもくれる。
彼女は、もっと若い頃には我儘できついところがある女だったと思うが、根本的なところでは他人を思いやれる根の優しさを持っていたのだろう。
それはジョージョも同じだと思うが、後に受けた苦労の受け取り方の違いで価値観が変わっていったのだろう。糧にするか、擦れていくかの違いだな。
なんにせよ、この世界にやって来てジリアーヌと深く関われたのはとても幸運だったと思う。
しかし、そのジリアーヌとも後二日の関わりしか持てないと思うと、とても残念だ。
ジリアーヌは、今は俺の世話係をしているが、それも次の街へ到着するまでだ。
ジリアーヌは娼婦でクレイゲートに所有権が有る奴隷だ。次の街に到着次第、ジリアーヌはどこかの娼館で働く事になり客を取らされるだろう。
他の男に抱かれると思うと、少女たちの時以上に許せなく、怒りが湧いてくる。
クレイゲートからジリアーヌを開放出来るのかは判らないが、俺が望めば、ジリアーヌは着いて来てくれるだろうか?
なんとなくだが、望みは薄いように感じる。
ジリアーヌはプライドの高い女性だ。奴隷に堕ちたとはいえ心は決して誰にも屈していない。奴隷のまま俺に連れ添う事を是とはしないだろうと思う。
それ以前に、クレイゲートが手放すとも思えないしな。
今回の盗賊との戦いを経て、この世界の人々の考え方や在り方が多少なりとも解ってきたように思う。
それも含めて、今後の身の振り方をそろそろ考えた方がよさそうだ。
が、今はただ、ジリアーヌの温もりを感じながら身体を休めよう。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想や誤字脱字を知らせていただけるとありがたいです。
 




