第三十八話 命の価値
二人の女の子が争っている。
「ディケード、はっきりしなさいよ!わたしと行くのよね。」
「何言ってるのよ、勿論わたしと一緒に行くわよね、ディケード。」
「い、いや、僕はできれば一人で…」
「「 なんですってっ! 」」
「な、なんでも無いですっ!!」
なんだこれ…?
ディケードの記憶か?
ペアのみで入れる特殊ダンジョンのメンバーを巡って争っているみたいだが。
片方の女の子は幼馴染のトモウェイだな。もう片方の女の子は誰だ?
ルチルケーイ…だったかな?確か、こっちの『グリューサー時空』で知り合った女の子で、途中からパーティメンバーに加わった女の子だ。
最初は皆で楽しくダンジョン攻略とかやってたはずだけど、ディケードが活躍するようになってから、段々とトモウェイとルチルケーイの関係がおかしくなってきた。
始めのうちはちょっとした小言の言い合いだったけど、事ある毎に言い争うようになっていった。
で、最後にはどっちが正しいのかディケードに判断を仰いでくる。
ディケードが返答に窮すると、トモウェイはいつも叩いてきて困っていたな。
「痛て、痛ててて…痛いよ、トモウェイ!そんなに背中を叩くなよ…」
傍から見ていると青春していて微笑ましいけど、女の子との関係に免疫のないディケードには強烈なストレスだな。
いわゆるストレスでマッハというやつか。
「痛いよ…痛いってトモウェイ…」
「もう、痛いって言ってんだろうっ!!!」
「キャッ!」
痛みで目が覚めると、床に転がって驚いているジリアーヌが居た。ドレスではなくシャツを着てズボンを穿いているので、新鮮な感じがする。
周りを見ると、俺は見慣れたジリアーヌ専用の商館馬車の中に居て、ベッドの上から落ちかかっていた。
「あれ…?」
どうやら俺は夢を見ていたらしい…な。
しかし、なんだってあんな夢を…
まあ、夢に理由を尋ねてもしょうがないか。多分、ディケードの記憶の一部だろうけどな。
まあいいや、とにかくジリアーヌを助け起こさないと…
「ぐあぁっ!」
体を起こそうとすると背中に激痛が走った。痛みを堪えながらじっと我慢する。
ジリアーヌが立ち上がって俺が横になれるように補助をする。
「動いちゃダメよ。まだ怪我が酷いんだから。ごめんなさい、包帯を取り替えようとしたんだけど、わたしが下手だから痛かったでしょう…」
「くっ…いや、俺の方こそジリアーヌを突き飛ばしたみたいで、悪かった。」
「大丈夫よ。ディケードの痛みに比べれば全然大した事無いから。」
ようやく状況を思い出した。
盗賊と戦って、最後は親玉の魔法に巻き込まれたんだった。
よく生きていたな…
親玉が死んで、魔法が途中でキャンセルされたのかな。
そうだ。
そんな事よりジリアーヌが無事に生きている!
まだ、夢を見ている訳じゃないよな!
「ジリアーヌはなんともなかったのか?盗賊の放った矢が当たったように見えたけど…」
「わたしは大丈夫よ。矢が掠めたけど、その時に髪の毛が絡んで抜けたので、バランスを崩して転んだだけよ。」
「そうか…良かった、安心したよ。」
俺の心からホッとした様子を見て、ジリアーヌが嬉しそうに微笑む。
「ありがとう、ディケード。わたしを真っ先に心配してくれるのね、嬉しいわ。」
「え、あ、いや、それは当然だろう…さ……」
あまりに素直に喜ぶジリアーヌの態度に、恥ずかしさが込み上げてしまった。
なんというか、凄い笑顔の破壊力だ。思わず見とれてしまっていた。
ジリアーヌがそっと近づいてキスをしてくれた。
不意を突かれたので驚いたけど、唇の柔らかい感触とジリアーヌの良い匂いが俺の男を刺激した。
「あら、ごめんなさい。寝た子を起こしちゃったわね。
残念だけど、今は無理ね。回復したらいっぱいサービスするから我慢してね。」
「お、おう…そうだな、期待してるよ…」
正直、こうなってしまうと辛いものがあるけど、ジリアーヌの言う通り今はさすがに無理だろう。
まったく、元気すぎるジュニアが恨めしい…
なんとか我慢して、真面目な会話に切り替えて雰囲気を変えるしかないな。
ジリアーヌに、俺が竜巻に巻き込まれた後の事を訊いてみた。
竜巻に巻き込まれた俺を見たクレイマートは、死にかけていた盗賊の親玉の身体を竜巻の中に放り込めと命令した。
ルイッサーたちがそうすると、親玉の身体は竜巻に吸い込まれて切り刻まれた。その瞬間に竜巻は霧散して無くなり、俺を運び出した。
成程。親玉が死んだ事で意識が途絶えて魔法の維持が出来なくなったんだな。
多分、魔法を発動した親玉本人だから、竜巻を形成する《フィールド》内に入れたんだろう。クレイマートの咄嗟の機転が俺を救ってくれたのか。感謝だな。
ただ、救い出した俺の体は全身に深い裂傷を負っていて、胸や手足の骨が見えていた。それを見た誰もが出血多量で助からないだろうと思ったらしい。
しかし、ジリアーヌがありったけの《女神の涙》を持って来て、それを俺に飲ませて全身に塗布した。
すると、みるみる傷口が塞がっていって出血が止まったようだ。
見ている皆も驚いたという。
いくら《女神の涙》でも、普通はそこまで劇的な効果はないらしい。
ディケードが〈超越者〉だからだろうとのクレイマートの言葉に、皆は納得した様子を見せたという。
《女神の涙》というのは、この世界では万能薬として売られている物らしい。
高価な物らしいが、病気や怪我の治癒を早めてくれる魔法の薬との事だ。
一般的には女神様が流した涙と信じられているらしい。
ふとディケードの記憶が垣間見える。
多分、その《女神の涙》って、ディケードたちがゲーム中に怪我をしたり体力が衰えた時に使用していた【ポーション】なんじゃないかな。
確か、一度大怪我をした時に使用していたけど、ビックリするほど劇的に回復していたな。
なんにせよ、皆の助けがあって俺は死なずに済んだ。
盗賊たちも全員が死んで滅びたようだ。
商隊は大打撃を被りながらも危機を乗り越えたんだな。
安心はしたが、同時に死んでいった多くの仲間の顔や死に様が思い出された。
知り合って間もないとはいえ、一緒に仕事をした者や会話を交わした者が目の前で命が失われたのは、余りにも衝撃的だ。
悲惨な死に方をした者を思い出すと胸が張り裂けそうになる。
そして、人を殺した記憶が蘇る。
親玉や幹部を殺したのは、まだ多少なりとも止むを得なかったと思う部分があるが、手下たちは戦いたくて戦っていた訳ではないだろう。戦わなければ自分たちが殺される。そんな立場で俺たちを殺しにやって来た。
ある意味、被害者だったともとれる。
俺はそんな者たちを大勢殺した。それも慈悲の無い虐殺だ。
特に最初に殺した男の恐怖に歪んだ顔と叫び声が忘れられない。
どんな形であれ、これから続くであろう人生の先を奪ってしまったのだ。
人殺し…か。
状況が状況だったとはいえ、俺は人を殺してしまった。
人を殺す事は悪い事。
長年に渡って染み付いた考えが、俺に罪の意識を持たせる。
行き場のない自責の念が自分の心を押しつぶそうとする。
今まで何度も魔物と戦って命を奪ってきたが、人間を殺すのとは意味が違う。
同じ形をして意思の疎通が出来る相手、同族の命を奪うのは、やはり特別な感情が働いてしまう。
この罪は償えるんだろうか………
沈み込む俺を、ジリアーヌは優しく抱き締める。
「ディケード、取りあえず包帯を取り替えましょう。寝汗で汚れてしまったわ。」
「ん、ああ…そうだな……」
ジリアーヌがことさら明るく話しかけてくる。
「痛むと思うけど我慢してね。《女神の涙》があればいいんだけど、使い切って無いのよ…」
「ああ、大丈夫だ。今度はじっとしてるよ。」
ジリアーヌが上半身の包帯を巻き取っていく。痛みが走るが我慢できない程ではない。
改めて自分の体を見ると、ほぼ全身に包帯が巻かれている。無理もない、石と砂が舞う竜巻に飲み込まれたんだからな。
ジリアーヌがじっと俺の目を見つめる。
「ディケード、ありがとう。あなたのお陰で私達は助かったわ。」
「皆が頑張って戦ったからだよ。」
「謙虚なのね。」
ジリアーヌは包帯を巻き取るのを止めて、俺の手に自分の手を重ねる。
「飛竜の時もそうだけど、あなたの英雄的な活躍があったからこそ勝てたのよ。もっと誇って自画自賛しても良いと思うわ。」
「はは、英雄にしては毎回戦いの後に気を失ってるけどね。」
ジリアーヌに褒めてもらえるのは嬉しいが、正直喜べる気分ではなかった。
「人を殺したのは初めてだった?」
「…つっ!」
ズバリ切り込んできたジリアーヌの問いに言葉を失う。
まっすぐ見つめてくるジリアーヌの視線を受け止められなくて、俺は視線を外して顔を背ける。
暫く俺を見つめた後、ジリアーヌは包帯の巻き取りを再開した。
「気にするなと言っても無理だろうけど、それに囚われすぎるのは良くないわ。」
「………」
「わたしも初めて人を殺した時には、しばらく茫然となって何日も悩んだわ。」
「!」
まさかのジリアーヌの言葉に驚く。
普段のジリアーヌの胆力や素振りから、その可能性はあるかなとは思っていたが、これほど淡々と言われるとは思わなかった。
「わたしの場合は、わたしと親友を犯そうとして襲いかかってきた三人の男を返り討ちにしたけど、その時の感触は今でも残っているわ。
確かに殺したのはやりすぎだったのかもしれない。でも、あの時は必死で抗う事しか出来なかった。」
その時の事を思い出したのか、不愉快そうに顔を歪める。
ジリアーヌは俺の目を真っ直ぐに見据える。
「罪の意識は今でも少し心の裡にあるけど、悪かったとは思ってないわ。」
その強い眼差しが俺の心に突き刺さる。
「そもそも、その男たちが襲ってこなければそんな事にはならなかった訳だし、逆にわたしたちが犯されて被害者になっていたら、その男たちを恨みながら一生後悔して生きていく事になったでしょうからね。」
確かにその通りで、十分に納得できる話だ。
ジリアーヌの表情がすっと優しいものに切り替わる。
「そして、何よりもその事で親友と自分を救う事が出来たのが良かったわ。
お陰で、心に傷を負わずに自尊心を保つ事が出来たもの。」
ジリアーヌは強いな。
俺を見つめる瞳の奥には、罪を乗り越えた誇らしさが伺える。
「だから、ディケード。あなたはもっと自分を誇っていいのよ。
あなたの行いによってわたしたちは救われた。
あなたは略奪しにやって来た盗賊の蛮行を見事に打ち砕いて、わたしたちを守ったのよ。それが事実だもの。わたしたちは皆あなたに感謝しているわ。
その事で、誰もあなたを責めたりしないわ。」
ジリアーヌの言葉が、その偽りのない笑顔と共に俺の心にじわりと沁み込んでくる。
そうだ。確かに一時は絶体絶命のところまで追い込まれたけど、ジリアーヌたちは無事に生きている。それが俺の一番の目的だったはずだ。
俺の行為に対して本人が肯定してくれる。これ以上嬉しい事はないはずだ。
「ありがとう、ジリアーヌ。随分と気持ちが楽になったよ。」
「そう、ディケードの役に立てたなら良かったわ。」
ジリアーヌは大きく微笑むと、包帯の巻き取りを再開する。
「実際のところ、殺した事への罪の意識を自分なりに消化するにはまだ時間がかかると思うけど、それだけに意識を囚われなければ大丈夫よ。」
「そうだな…時間を掛けて自分なりの折り合いの付け方を見つけてみるよ。」
経験者故だからなのか、ジリアーヌの言葉には説得力があり、納得させられるものがある。ジリアーヌもいろいろと苦労して、自分なりに罪に対する心の葛藤を乗り越えてきたのだろう。
俺も落ち込んでばかりいないようにしないとな。
確かに人殺しは罪だが、それによって救われた者がいるのも確かだからな。
もっとも、日本のような法治国家だと、それでも裁かれてしまう場合もあるんだけどな。それに対していろいろと議論や論争があるようだが、この世界ではそういったお咎めは無いようだ。
それが良い事か悪い事かは判らないが、今の俺にとってはありがたい事だ。
しかし、ここは弱肉強食の世界だと何度も思ってきたが、改めて痛感するな。
クレイマートやルイッサーも盗賊の幹部を殺していたし、ジリアーヌの生い立ちと経験もそうだ。
他の護衛たちも、その立場になったらやはり躊躇わずに人を殺すのだろう。胆の座り方が俺とは根本的に違うな。
自分がいかに平和な世界で生きてきたのかを思い知らされる。
ジリアーヌがクスリと笑う。
「なんか、初めてディケードに対して年上らしい事が出来た気がするわ。」
「ん、そうかな。ジリアーヌは良い女だと思うよ。」
「んふん、ありがとう。」
ジリアーヌには本当に助けられた。
ジリアーヌが居なければ、心がドロドロになってズブズブと果てしなく沈み込んでいただろうな。ジリアーヌの存在そのものが、俺にとっての救いのようにも感じられる。
「なにこれ…?」
包帯を巻き取って俺の背中を見たジリアーヌが驚きの声を上げる。
「殆ど傷が塞がっているわ。あんなに深く切り刻まれていたのよ…《女神の涙》の効果はとっくに切れているはずなのに…」
背中の傷は自分では見えないが、胸や脇腹の傷が塞がってミミズ腫れになっているのが見える。以前から自分の怪我が早く治る事に感嘆していたが、ジリアーヌから見ても驚くべき事のようだ。
「俺の身体はこういった体質なんだ。お陰で魔の森でも生き延びられたよ。」
「それって、ディケードが〈超越者〉だからなのかしら?」
「かもしれないな…」
気持ち悪いと思われるかもしれないと思ったが、しばらく俺を見ていたジリアーヌの瞳がキラキラと輝き出した。
「やっぱり、ディケードは女神様から恩寵を賜った人間なのね。」
「は?」
「だって女神様が与えてくださる『癒しの奇跡』を常に体現できるんだもの。ディケードは女神様の祝福を受けているんだわ。」
「そ、そうなのかな…」
信心深いジリアーヌはそう思ってしまうのか。
でも、これがこの世界の人々の一般的な反応なのかもしれないな。
俺も体験したけど、実際に《女神の庭》というものが存在してるしな。そこには女神が実在していて、魔物が侵入できない安全な領域を保持しつつ、ある程度の怪我や傷なら治してくれる。そういった奇跡に近い御業を見せてくれるからな。
この世界では女神は実際に具現化している奇跡なんだよな。俺が森や山で出遭った精霊も、女神の一形態として捉えられているのだろう。
まあ、本当のところは異星人が作った各施設の名残りみたいなもので、女神システムと呼ばれるレジャーのためのインフォメーションなんだけどな。癒し効果があるのは救護機能が付属しているからだ。
☆ ☆ ☆
俺の体の治りが早いのは、体内の血液中を巡るナノマシンのお陰だ。
ナノマシンは人工的に作られた分子レベルの有機体だ。これを血液中に巡らす事で、自然治癒の効果を早めたり病気の原因となるウィルスの撃退を行ったりする物だ。
これは日本でも技術開発が進んでいて、スマートナノマシンとして2045年の完成を設定している。これが完成すれば、人間は殆ど病気をしなくなるし怪我も直ぐに治癒するようになる、と考えられている。
異星人はこれをさらに飛躍的に発展させたデリーカナノマシンとして、この惑星で活動するアバターにも組み込んでいる。
そのお陰で、アバターの身体は基本的に病気はしないし、怪我をしても驚くほどのスピードで治癒する。身体の一部欠損や内臓の不具合も、多少時間がかかるが完治に至る。
更には身体強化も行うので、通常の異星人の体よりもパワーもスピードも大きく上回るようになる。
特にディケードの体には、プロトタイプとして新型のディエースナノマシンが組み込まれているので、より高い能力を発揮できるようになっている。
女神の癒しは、そのディエースナノマシンやデリーカナノマシンをより活性化させる事で一時的に効果を高める。なので、女神の癒しという名の遠隔操作によるエネルギー照射は、急速に傷を癒やして体力を回復させる事ができる。
そのデリーカナノマシンは自己増殖機能を持っているので、アバターの子孫であるジリアーヌたちも体内に宿しているはずだ。そのために女神の祝福を受けると、一時的な体力の回復と小さな怪我や傷の治癒が行われるのだろう。
ただ、今の人類は元々のアバターから五千年程が経っているので、250回近く世代交代を繰り返している。そのためにナノマシンの効果が著しく劣化していると思われる。
これは俺の推測だが、〈超越者〉と呼ばれる者たちはそのデリーカナノマシンが活性化した状態で受け継いだか、何かしらの影響を受けて活性化したために一般人を超える能力を持ったのではないだろうか。
〈魔法士〉が魔法を操れるのも、多少活性化したデリーカナノマシンが体内を巡っているからではないだろうか。
あの盗賊の親玉もそういった存在で、《フィールドウォール》に特化した能力を持ち、魔法も桁違いの威力を発揮できたのだろう。
☆ ☆ ☆
包帯を巻き終えたジリアーヌがホッと一息つく。
「ここまで治っているなら、明日『女神ジュリ様の庭』に着いたら動けるくらい回復するわね。」
「ああ、そうだな。」
テクノロジーにしろ女神の奇跡にしろ、あれほど短時間で傷が癒えるのはありがたい。
《泉の精》や《花の精》の時にも体験したけど、傷が癒えて体力が満ちていく感覚は何ともいえない万能感を得る事が出来るからな。
「そう言えば、今商隊はどうなってるんだ?」
「まだ、盗賊が襲ってきた場所にいるわ。」
自分の身体の状態が解ると、外の様子が気になった。
ジリアーヌの説明によると、商隊は移動しておらず、壊された道の修復作業をしているという。
生き残った商隊の者たちは、盗賊が滅んだ後に暫く休憩を取り、それから護衛たちの死体と壊れた馬車の片付けを始めた。更にその後、道の復旧作業に取り掛かったようだ。
結局、今回の盗賊の襲撃で護衛を4分の3近くを失い、商隊全体でも生き残ったのは63名らしい。しかも、護衛の殆どはどこかしら怪我をしているという。
馬車も25台以上が使い物にならず、まともに動くのは20台程らしい。
殆ど壊滅状態といってもいい状況だな。
「それでも、例の積荷は無事だったとクレイゲート様はホッとしていたわ。」
「そうか…」
人命よりも積荷か…
それを守るために護衛を雇っていたんだから、結果から言えば目的は達成できたのだろうな。
実際、護衛以外の非戦闘員には殆ど犠牲者が出なかったらしいので、上出来なのだろう。
それだけの犠牲者を出したので、仕事を斡旋したギルドの方へは多少の労災金を支払うようだが、死んだ護衛には何も無いらしい。
そういう契約とはいえ、人の命の価値の無さに唖然としてしまう。この時代の倫理観なら仕方ないのかもしれないが、なんともやるせないな。
クレイゲートの方も積み荷が無事だったとはいえ、多くの馬車を失ってしまい損害は相当なものだろう。保険制度があるとも思えないので、丸々損失分を被るしかない。成功すれば利益は大きいだろうが、リスクの高さは桁違いだ。
救いがあるとすれば、積荷が無事だった事と、襲撃の際に多くの魔物を倒せたので、その売上でそれなりの補填が出来るくらいだろう。
場が暗くなりかけたので、ジリアーヌが話題を変えるように尋ねる。
「食事は出来そう?」
「ああ、軽めのものなら食べられるかな。」
「それじゃあ、スープを持ってくるわね。」
ジリアーヌが外に出ようとして馬車のドアを開けた途端、あの途轍もなく嫌な、ゴブリンの肉を焼く臭いが漂ってきた。鼻の奥がツーンとして、吐き気が込み上げてくる。
「どうやら道の復旧は明日になりそうね。今晩はここで夜を明かすしかないみたいだわ。」
「そ、そうか…」
ドアの外は暗くなっていた。夜になって修復作業も出来なくなったのだろう。
街道の峠で一晩過ごすというのは相当リスキーだ。魔物が襲ってくる確率が高くなり、寝ずの見張り番を立てなければならない。そのリスクを減らすためにゴブリンの肉を焼いているのだろうけど、物凄い臭いがするのは大量に燃やしているからだな。
ジリアーヌがスープを持って来てくれた。
「せっかくディケードが獲ってくれたトィキーの肉入りスープだけど、この臭いじゃ台無しね。」
「はは…そうだな。」
吐き気がして食欲はないが、怪我を治すために無理にでも食べる。
「ジリアーヌは食べないのか?」
「ごめんなさい。わたしはさっき頂いたわ。
これからあの娘たちと見張りを交代しないといけないの。あの娘たちじゃ暗くなってからの見張りは無理だからね。」
「そうか、ジリアーヌも大変だな。」
「ディケードに比べれば大した事ないわよ。食べ終わったら、ディケードはゆっくり休んでね。」
「すまないが、そうさせてもらうよ。」
勝ったとはいえ、皆は盗賊との戦闘の後に片付けや復旧作業に骨を折っている。ヘトヘトで疲労困憊しているだろう。その上で寝ずの見張りとは、過酷なんて生易しいもんじゃないな。皆生き残るために必死だ。
まったく、酷く大変な世界に来てしまったものだ…
本来の予定では、今頃は『女神ジュリの庭』でのんびりと夕食を楽しんでいたはずなのにな。
インフラ整備がまともに整っていないこの世界では、予定通り物事が運ぶ事の方が稀なのかもな。
☆ ☆ ☆
ジリアーヌと入れ替わるように、クレイゲートとクレイマートがやってきた。
二人にもかなり疲れの色が見える。
「目を覚ましたそうだな。思った以上に回復しているみたいだが、流石だな。」
「無事で本当に良かったよ。」
「ありがとう。心配をかけたみたいだけど、もう大丈夫だ。」
一通り挨拶を済ませると、クレイゲートとクレイマートが姿勢を正した。
「ディケードのお陰で積荷は無事に守る事が出来た。謝意を表明する。」
「ありがとうディケード。君には命も救ってもらった。感謝してもしきれないよ。」
「そう畏まられても困ってしまうけど、それはお互い様だよ。それに、報酬分の仕事はしたと思うよ。」
雇い主の二人に頭を下げられて焦ってしまう。
なにぶん、つい最近までしがないサラリーマンだったからな。
「ふふ、謙虚だな。」
「ディケードはあれだけの実力があるのに、偉ぶらないところが凄いよね。」
根っからの庶民だからな。ブルジョワとは感性が違うよ。
身体に障るからと、二人は早々に引き上げていった。
今回の件の詳しい話や報酬については、明日《女神の庭》に到着してからという事だ。まあ、今いろいろと話をされても、何も頭に入らないだろうからな。
でも、クレイマートの目が怖かったな。ハッキリと勧誘を断らないと、しつこく誘われそうだ。
やれやれと一息ついていると、そっとドアを開けて三人の少女たちが顔を覗かせた。
「あの、ディケード様、入ってよろしいですか?」
「ここで食事してもいいかな?」
「いい〜よネ〜?」
「ああ、構わないよ。」
「良かった。」「やったぁ!」「えへへ〜♪」
ライーンがお茶を淹れてくれる。
「ありがとう。皆お見舞いに来てくれたのかい。」
「ええまあ、そんなところです。」
「皆で一緒に食べた方が楽しいかなって。」
「外は〜臭くって〜嫌です〜…」
三人がこの狭い馬車の中で食事を始める。
食卓なんて当然無いので、皿を手に持ったまま食べている。割と躾の行き届いているライーンまでそうしているのには、ちょっと驚いた。
それと、この三人もドレスではなくシャツとズボンという軽装だ。戦いの時に逃げられるように準備していたのだろう。
「バーバダーはどうしたんだ?」
「食事の準備を終えて、またゴブリンの肉を焼きに行きました。」
「わたしたちもこれから交替で肉焼きの係りなんだ…」
「うんざり〜だよネ〜…」
「そうか、大変だろうけど、頑張ってな。」
人手が足りないから、この娘たちまで駆り出されてるんだな。本来はこんな事をやらなくてもいいのにな。今、魔物の集団にでも襲われたら商隊は持ち堪えられないだろうからな。止むを得ないというところだな。
「でも、やっぱりディケード様は凄く強いんですね。」
「そうそう。あの盗賊たちを殆ど一人でやっつけちゃったのよね。」
「かっこ良かったでス〜♪」
「はは、そうかな、最後は死にかけたけどな。」
三人から尊敬の眼差しを受けて、少しくすぐったい。
「皆さん言ってましたよ。ディケード様の活躍が無ければ皆殺されていたって。」
「だよね。護衛さんたちの死体を片付けながら、下手をすれば俺たちもこうなってたって言ってた。」
「言ってた、言ってた〜」
この娘たちもそんな凄惨な現場を見ていたのか…
そりゃそうか、見張りをしていたなら嫌でも目に入るよな。なんとも悲惨な状況に巻き込まれたもんだな、可哀想に。
死体の中には娼婦として相手をした男も居ただろうにな。
でも、あまりショックを受けたようでも無いのが救いだな。それだけ、この娘たちは死体を見る事に慣れてしまったんだろうな。
今の日本の女の子なら、そんな場面を見たら卒倒するか、精神的に病んでしまうだろうけどな。
そうか、なんでわざわざこんな狭いところに来て食事をしてるのかと思ったら、怖かったんだな。今働いてないのは俺だけだからな、庇護を求めて来たんだろう。
無理もないか。普段から娼婦として荒くれ男の相手をしているとはいえ、戦いと向き合ってる訳じゃないからな。盗賊に襲われるなんて、経験はさすがに無いだろうし、自分たちが殺されるかもしれない恐怖に晒されたからな。
ジリアーヌと違って、この娘たちは戦う術を持たない普通の少女だ。よく見たら、お喋りはしてるけど、皿の中身は殆ど減ってないな。
「ライーンも、カルシーも、シーミルも、皆無事で良かったな。
君たちは俺がちゃんとエレベトの街まで送り届けるから、安心してくれ。」
「「「 ディケード様!ありがとうございます(〜)! 」」」
三人が一斉に抱き着いてきた。
少し体が痛いが、一人ずつゆっくりと頭を撫でていく。
こんな時でも触るのに躊躇するのは、やはりサラリーマン時代に植え付けられた女性への恐怖心故だろう。ひたすらセクハラじゃないと頭の中で唱える。
セクハラじゃない。
セクハラじゃないんだ!
セクハラじゃないんだよーーーっ!
本当はもっと強く抱き締めてやって、頼りがいのある言葉でも掛けられればいいんだろうけどな。この程度の事しか言えないし出来ないけど、この娘たちの安心した顔を見たら、俺も癒されるな。
孫の世代ともいえるこの娘たちを救ったのだと思うと、盗賊たちを殺した罪の意識も随分と薄れていく。
ジリアーヌも、クレイゲート親子も、そしてこの娘たちも怪我をした俺を見舞ってくれる。
この世界にやって来て、ようやく知り合ったばかりの人たちだけど、こうして少しずつ繋がりが出来ていくものなんだな。
日本に居た時は妻にも裏切られて、確かな絆を結べる人が出来なかった。
せっかくこの世界に来て人生をやり直す機会を得たんだ。もしかしたら、俺にもしっかりと絆を結ぶ事ができる相手が見つかるかもしれない。
なんて、期待を少しだけしてしまうな…
「それじゃあディケード様、行ってきますね。」
「ああ、大変だけど頑張ってな。」
ライーンが最初の順番で、ゴブリンの肉焼き係りとして出掛けて行った。
それを見たカルシーとシーミルがニシシと悪戯っぽく笑う。
「真面目っ子のライーンが行っちゃったねぇ。」
「行っちゃったネ〜♪」
二人が突然服を脱いで裸になると、俺を挟むようにベッドの中に入ってきた。
「なっ、なんだなんだなんだっ⁉何をしている!!!」
慌てる俺を余所に、二人は俺の腕をそれぞれの胸に抱きしめて、俺の脚を自分たちの脚に挟むようにして絡める。吸い付くようにピッタリと密着して肌を合わせる。
といっても、殆どが包帯越しだけど。
「あぁ〜、凄く安心して落ち着けるわぁ。」
「ダヨネーダヨネー♪、キモチイイ〜〜〜♫」
スリスリと顔を俺の胸に擦り付けてくる。
驚いたものの、無邪気に安心しきって甘える二人を見ていると何も言えなくなる。
反発しながらも、まだ親に甘えたい年頃だろう。不安が解消されるならそれでもいいかと、二人の好きにさせるようにした。
少し怪我に響くが、まあいいだろう。
「ディケード様って、若いのにがっついて来ないし、優しく見つめてくれるからすっごく安心できちゃうのよね。」
「ダヨネー♪なんか〜父様に見られてる〜みたいなの〜♪」
「そ、そうかい…」
やはり見た目は若くても、実年齢が態度や雰囲気に滲み出るんだろうな。
とはいっても、体は若いので直接刺激されると辛い。
カルシーの弾力に満ちた胸の感触や、シーミルの発展途上の張りのある独特の柔らかさは、ジリアーヌとはまた違った若い魅力に溢れている。
しかも、ネコ尻尾とイヌ尻尾のダブル攻撃で俺の下腹部を撫でてくる。
頼むからそれは止めてくれ!
それでなくても、罪の意識が薄らいできた事で、抑え込まれていた性欲がフツフツと滾り始めたというのに。
この二人、無意識にやってるのか?
少女といっても百戦錬磨の娼婦だからな。油断はならない。
少なくとも、カルシーの方はわざとだな。
無邪気に甘えるその瞳の奥には、男を誑かす悦びが見えている。
この小悪魔め!
……………………………………………………………………
……………………………………
………………
………
!?
!
!!
!!!
くそ!くそ!くそ!くそ!くそーーーーーーっ!
反応してしまった………
「もう、ディケード様ったら怪我してるの元気なんだからぁ。」
「シュゴ〜イ♪シュゴ〜イ♪シュゴ〜〜〜〜イィ〜〜♪♪♪」
「こうなると、ディケード様は野獣と化すのよね。」
「ダーヨーネー〜〜〜♫」
「お前らなーっ!」
カルシーが毛布の奥へと入っていく。
「大丈夫よ。怪我をしているディケード様には負担を掛けないから、じっとしていてね。」
「止めろー、十分に負担になるから、止めるんだカルシーっ!」
「これはわたしを護ってくれたお礼なの。しっかり受け取ってね。」
「うっ…!」
ヌルっとした柔らかくて温かい感触に包まれていく。
「うわ〜ァ、シュゴ〜イ!」
シーミル、じっくり見るんじゃない!
「わたしも〜、わたしも〜お礼がしたい〜。やり方教えてカルシー〜♫」
「いいわよ、よく見ていて。これは特別な人にだけするサービスだって、ジリアーヌ姉さまが教えてくれたんだから。」
ジ、ジリアーヌ、お前は何を教えているんだ!って、一応は娼婦教育の一環なのか?
シーミルも、そんなあどけない顔をして口を大きく開けるな!
やめろーっ!まだ少女のお前たちにそんな事をされたら、別の罪の意識が芽生えてしまうだろうがっ!
「あーーーーーっ!!!」
二人の少女によって攻められた俺は快感の海に沈み込んでいった。
それだけならまだしも、ゴブリンの肉焼きの係りから帰って来たライーンまで「二人ともズルイわっ!」とか言って参戦してきた。
結局、肉焼きの交替の合間を縫って三人からたっぷりとお礼をされてしまった。
が、朝になって見張り番から帰ってきたジリアーヌに見つかってしまった。
「この小娘ども!わたしの馬車から出てけっ!!!
ディケードも大怪我をしているのに、何やってるのっ!!!」
「すみません…」
この後、怒り狂うジリアーヌを宥めるのに一番精力を使ってしまった。
怪我もいつの間にか、殆ど癒えていた。
思うけど、目覚めの時に見たあの夢はこうなる事の予兆だったのだろうか。
読んでいただき、ありがとうございます。
感想や誤字脱字を知らせていただけるとありがたいです。




