第三十六話 盗賊
商隊の中央部を襲うラピードルウの群れは40〜50頭程だろうか。
一つの群れとしては大規模だ。多分、幾つかの群れが混ざっているのだろう。普通は群れが合同で行動などしないだろう。これだけを見ても、《奴隷環》で操られていると推察できる。
盗賊たちは、この襲撃のためにどれだけの手間と時間を掛けているんだ?
それ程までに飛竜の雛を手に入れたいのか?
飛竜の雛はこれだけ多くの犠牲を出すだけの価値があるのか?
大物貴族の依頼と言っていたが、飛竜の雛は何に使われるんだ?
それをクレイゲート親子やルイッサーに訊いても、教えてはくれないのだろうな。
まあ、それは今はいいか。
今はクレイマートをクレイゲートの下に送り届ける事が重要だ。
そして、生き残ってジリアーヌや少女たちを守る事が最優先だ。
正直、飛竜の雛なんぞ俺にとっては二の次だ。
俺は近くのラピードルウに投石しようとしたが、ポシェットの中は空になっていた。どうやら、鹿との戦いで使い果たしてしまったようだ。ナップザックに大量に入れていたが、見張り台の馬車に置いてあったので、馬車と共に谷底へ落ちてしまった。
周りを見渡しても、手頃な石は落ちていない。地面を土が覆ってしまっている。
こんな事なら、岩が落ちてきた時に破片を拾っておけば良かったが、後の祭りだ。
せめてもの救いは、指弾用の小石がまだそこそこ有る事だ。
ラピードルウとは接近戦をするしかなさそうだ。
俺は落ちている盾を2枚拾うと、1枚をクレイマートに渡す。
護衛たちが火矢を避けるために盾を使用していたので、死んだ護衛の盾は幾つか落ちている。馬車に据え付けてあった、直径50cm程の木で出来た安っぽい盾だ。
盾を渡された事でクレイマートも意図が解ったのだろう。コクリと頷く。
俺は盾を構え、ハルバードを片手に持って走り出す。クレイマートも盾を構えて片手に剣を持って着いてくる。
まずは10m程先で護衛と戦っているラピードルウに《プレッシャー》をぶつける。護衛に飛びかかろうとしていたラピードルウの動きが止まる。
「今だ、斬れ!」
「おうっ!」
俺の声に反応して、護衛が持っていた剣でラピードルウの首を両断する。
奇麗に二つに割れたラピードルウの体が、地面に広がる真っ赤な血の海に横たわった。
「助かったぜ、飛竜殺し!」
「こっちの状況はどんな感じだ?」
「ラピードルウの数が多くて、仲間が随分とやられた。リーダーとそのつがいに皆翻弄されてるぜ。」
「そうか、じゃあ狙いはリーダーだな。」
「お前さんが居れば百人力だ。着いていくぜ。」
護衛の男は、飛竜と戦う時に俺を最初に仲間だと認めてくれた男だ。
俺は手に持ったハルバードを振りながら礼を言う。
「あの時、これを回収してくれたんだってな。ありがとう、助かったよ。」
「助けられたのはこっちだ。武器は慣れ親しんだ物が一番だからな。」
俺は護衛の男を加えて三人で混戦となっている奥へ向かった。
奥では五人の護衛たちが馬車を背にして8頭のラピードルウに囲まれていた。その中にジョージョの姿があった。無事だったようで《火魔法》を放っている。火の玉はラピードルウに回避されていたが、攻撃を抑える役には立っていた。
しかし、リーダーと思われる一回りでかいラピードルウが戦いに加わり、護衛たちの目の前を掠めるように跳ねていった。
護衛たちは猫騙しを食らったように動きが止まり、その隙きを突いてリーダーのつがいと思われる雌のラピードルウが一番前の護衛の喉に噛み付いた。他のラピードルウもそれに習うように次々と護衛に噛み付いていく。
完全に意表を突かれた護衛は、つがいの雌のラピードルウに喉を噛み切られて倒れた。他の護衛はかろうじてラピードルウの攻撃を避けて、怪我を負いながらも致命傷にはならなかった。ジョージョは上手いこと一人の護衛の影に隠れて無傷だ。
俺は気合を入れて《プレッシャー》を放ちながら指弾を打ち込んでいく。
リーダーとつがいのラピードルウは指弾を躱して飛び退いたが、他のラピードルウは動きが鈍ったので命中した。
「行けっ!」
俺が声を張り上げると、護衛たちは反応してそれぞれの武器でラピードルウに攻撃を加える。合流した護衛の男もクレイマートと共に戦いの輪の中に入って行く。
俺はリーダーとつがいの雌のラピードルウに向けて更に指弾を放つ。当てるためではなく、注意を引き付けるためだ。見る限り、この2頭の動きは他のラピードルウを圧倒している。
指弾をあっさり躱すと、2頭のラピードルウは左右からクロスするように飛び掛かってくる。やはりリーダーのラピードルウが先に飛び掛かってくるが、それは陽動だ。その直後に飛び掛かってくるつがいの雌ラピードルウの攻撃こそ本命だ。
俺は素早く一歩踏み込んで、盾をリーダーの体に当てて押し返す。そうすれば、つがいの雌のラピードルウが飛び掛かって来るコースを潰せるはずだ。
しかし、リーダーが《空間移動》で体をずらすと、つがいの雌のラピードルウも《スライド》を使って体を移動させながらリーダーの影から加速して飛び掛かって来る。
間一髪、俺は《フィールドウォール》を強化しながら避けたが、俺の脇を摺り抜ける際に後ろ足の爪で肩を抉っていった。
「ぐうっ!」
痛みが走るが、幸いにも防具の皮革が大きく裂かれただけで、傷自体は大した事がない。《フィールドウォール》を強化していなかったら、肩の肉をごっそりと持っていかれたはずだ。
まったく、凄いコンビネーションだ。阿吽の呼吸がぴったりと合ったつがいのラピードルウだ。妻に浮気されて、離婚した俺には羨ましくも眩しいぜ。
戦う相手でなければ、微笑ましく見守っていたのにな。
だが、敵となるなら話は別だ。
つがいの2頭は、今度は一列に並んで真正面から突っ込んでくる。
ジャンプして、ちょうど俺から1頭しか見えない所まで来ると、そこから《スライド》を使って上下に別れて噛み付いてきた。
今度はリーダーの方も攻撃を加えてくる。攻撃方法を巧みに変えてくるなんて、やはり魔物は単なる獣じゃないようだ。
俺は上に飛んだリーダーの攻撃を盾で全力でがっしりと受け止めながら、足元に突っ込んでくる雌のラピードルウにハルバードを突き立てる。
雌のラピードルウは《フィールドウォール》でハルバードの突きを躱そうとするが、俺は雌の張る《フィールド》に、自身の《フィールド》で干渉して妨害する。
ハルバードは俺の足に噛み付こうとするラピードルウの眉間に深く突き刺さり、そのまま顎を貫いて地面に串刺しにした。
俺の盾に受け止められたリーダーのラピードルウだが、そのまま盾に噛み付いて砕いた。
俺はリーダーを押しのけながら盾から手を離して退いた。しかし、その間際にリーダーは爪を立てて前足で引っ掻いてくる。
俺の顔の僅か数cm手前を爪先が空を切る。ほんの一瞬でも行動が遅れたら顔を引き裂かれるところだった。
ヒヤリとさせられたが、魔物との戦いでは何度も似たような経験をしてきた。
俺はすぐに態勢を立て直し、押しのけられて空中を飛ぶリーダーに指弾で追い打ちをかける。
10発程の指弾の最後に、腰から短剣を引き抜いて投剣する。短剣には《プレッシャー》の《センス》を纏わせる。
リーダーは《フィールドウォール》を貼って指弾を躱していくが、何発もの指弾に《フィールドウォール》が削られていく。
そして、弱々しくなった《フィールドウォール》を打ち消して、短剣がリーダーの喉に突き刺さる。
「キャウーンっ!」
リーダーは悲鳴を上げて地面に落ち転げ回る。しかし、魔物はこれくらいでは簡単に死なない。
俺はつがいの雌のラピードルウの頭に突き刺さったハルバードに一捻りを加えてから引き抜き、間髪を入れずにリーダーの頭をハンマー部分で叩き潰した。
黒いモヤが消えていき、2頭の死を確認してから辺りの様子を窺う。
クレイマートと護衛たちは他のラピードルウを殺し終えていた。撹乱するリーダーとつがいが居なくなったので容易に戦えたのだろう。
「さすがディケードだね、圧倒的だよ!」
ジョージョが抱き付いてくる。
が、俺はスルリと躱す。
戦いで興奮している時に女を感じるのは非常に不味い。ギンギン坊主になってしまう。
「もう、つれないねぇ…」
ジョージョは大げさにがっかりした感じで肩を落とす。
他の護衛たちも寄って来る。
「本当に強いぜ、あのスピードを物ともしないんだからな。」
「まったくだ。俺たちはテンテコマイしてたのによ。」
「しかも、2頭を相手取って勝ったんだからな!」
「飛竜殺しは伊達じゃねぇ、おかげで助かったぜ。」
皆ホッとした様子を見せている。
その中にはミョンジー戦の後に不満を表していたオヤジもいた。
クレイマートが傷を負ってない方の俺の肩に手を置く。
「大したもんだよ本当に。その若さでこれだけ強いんだ、本当に上級クラスの〈冒険者〉だったんだろうな。」
クレイマートが憧れを含んだ眼差しで見つめる。
クレイマートも俺の記憶が無いという話を信じているようだ。もしかしてクレイゲートも信じているのか?よく分からんな。
俺は肩をすくめてクレイマートに答える。
「ディケード、僕の片腕になってくれないか!君がいれば、僕が父の後を継いでも自信を持って上手くやっていけると思う。」
クレイマートは興奮気味に勧誘してくる。
何を言い出すかと思えば、こんな時に先の事を考えるとはな。
「誘いはありがたいが、今はこの難局を乗り越える事が先だろう。」
「あ、ああ、そうだな。それからだな…」
現状を思い出して、少し恥ずかしそうにするクレイマート。
しかし、その目はしっかりと俺を見据えている。どうやらロックオンされてしまったようだ。
確かに認められて必要とされるのは嬉しいが、正直俺はもう誰かの下では働きたくない。出来るなら、自由に自分のペースで納得出来るように生きて行きたい。
まあ、それもこれも、全ては生き残らないと話にならないけどな。
俺たちは更に奥でラピードルウと戦っている商隊の中央部分を目指す。そこにはクレイゲートと共にジリアーヌたちもいるはずだ。
ここから見る限り、クレイゲートと飛竜の雛を乗せた馬車が岩のブロックに囲まれていて、それを護衛たちが取り巻いてラピードルウの群れと戦っている。
モヤのためにハッキリとは見えないが、激戦の下、護衛の死体とラピードルウの死骸が多数転がっているのが伺える。被害は甚大だ。
ふとジョージョを見ると、しょんぼりしながら時折苦しそうに顔を歪めている。
「ジョージョ大丈夫か、どこか怪我をしてるのか?」
「魔法の使い過ぎだよ、何度も無理したからね。魔法を使い過ぎると、項がズキズキして吐き気がするんだよ。」
俺が《センス》を使い過ぎた時と同じだな。
《魔法杖》による補助があるとはいえ、魔法を発動するには相当の負荷がかかるみたいだな。周りを見渡すと、ジョージョ以外の〈魔法士〉も苦しそうにしている。
「ジョージョ、向こうにケルパトーがいるが合流しなくていいのか?」
「はん!あんな裏切り者どうだっていいねっ!」
ジョージョが怒りを露わにして俺を睨みつける。
少しでも気分が良くなればと思って言ってみたが、逆効果だったみたいだ。
「あいつは自分だけ助かろうとして、あたし達を置いて逃げたんだ!ナクッシーとナーダエルが逃してくれなかったら、あたしも死んでいたよっ!」
悔しさを滲ませて噛んだ唇から血が流れていた。
成程、さっきのケルパトーの態度はそういう事か。
「まったく、偉そうな事ばかり言っておいて、いざとなったらあれだよ…」
怒りが収まらないジョージョはケルパトーへの文句を並べ立てる。
ジョージョも災難だったな。酷い話だが、ケルパトーならそうかもと納得できる気がした。
俺はジョージョの背中を軽く叩いて励ます。
「とにかく、この戦いを終わらせて生き延びよう。」
「ああ…ああ、そうだね。なんとしても生き延びないとね。死んで堪るもんか!」
ジョージョの拳に力が込められる。
仲間を失って不安に押しつぶされそうなのだろうが、今はまだ戦いの最中で、ケルトパーへの怒りも合わさって気丈に振る舞っている。
後から悲しみと喪失感に悩まされるだろうが、今はそれでいいだろう。苦しみも悲しみも、生きているからこそ味わえる感情だからな。
俺とクレイマートは生き残った護衛たちと共に中央を守る護衛たちに加勢する。皆疲れているが、まだ戦意は失われていない。
ここでの戦意喪失は死を意味するからな。
俺たちが戦いに加わった事で、戦っていた護衛たちが活気付く。
ラピードルウを挟撃する形になり、次々とラピードルウを討ち取って数を減らしていく。
「クレイマート、ディケード、無事だったか!」
「ああ、ディケードに助けられたよ!」
ルイッサーが1頭のラピードルウを倒してから声を掛けてきた。が、随分と疲れが見えており、全身が返り血で真っ赤に染まっている。
ルイッサーが寄って来ると、クレイマートをクレイゲートの所へ行くように促した。
「ディケードありがとう、助かったよ。」
「ああ、依頼を果たせてなによりだ。」
クレイマートがブロック塀の中に入り、とりあえず俺の役目を終えた。
俺はラピードルウに攻撃を加えながらルイッサーに近づく。
「すまない、前衛で守り切れなかった。」
「そうか、俺も同じだ。殿は全滅したぜ。
ゴブリンの群れの中にホブゴブリンが居てな、何とか倒したが、部下も護衛も殆どが殺された。」
「そうか…」
重い空気が漂う。
「だが、ここだけは何としても死守しなければならん。」
「そうだな。」
ここには数名のルイッサーの部下と30人程の護衛がいるが、皆一様に疲れ切っている。
それに対して、ラピードルウはまだ20頭以上いる。
しかも、盗賊たちは無傷のまま残って待機している。
おそらく、ラピードルウが粗方片付いたところで、疲れ切った俺達に向かって来るだろう。いや、もしかしたらまだ魔物の攻撃があるかもしれない。
いずれにせよ、先の見通しは暗い。
何かラピードルウや盗賊たちを一網打尽にするような手は無いものかと考えるが、漫画じゃあるまいし、そんな都合のいいものは有りはしない。俺の見たところ、この世界に銃火器は無いようだ。
地道に一つ一つ倒していくしか無い。
まったく、異世界に飛ばされて戦争みたいな真似事までさせられるとはな。それほど前世で悪徳を積んだとは思わないが、因果な人生だ。愚痴の一つも零したくなる。
疲れからか、気が抜けた瞬間、黒い影が目の前に迫ってきた。
咄嗟に対応できなかったが、俺とラピードルウの間を一本の矢が通り過ぎていった。
ラピードルウは《スライド》で躱したので、俺への攻撃は防がれた。
俺は仰け反ったままハルバードを振り回し、斧の部分でラピードルウの首を刎ねた。
ラピードルウの死を確認してから振り向くと、ブロック塀の隙間から弓を持ったジリアーヌが見えた。彼女が俺の窮地を救ってくれたようだ。
危なかったな、間一髪だった。
俺は手を振ってジリアーヌに礼をすると、彼女も手を振って応える。
やはり、流石だな。ジリアーヌは弓にも長けているようだ。
あそこにジリアーヌがいるという事は、少女たちもブロック塀の中にある馬車に身を寄せているのだろう。無事なようで何よりだ。
よく見ると、馬の世話係のガルーやクレイゲートの身の回りの世話をする者たち非戦闘員も弓を構えている。さすがに総動員態勢で戦わざるを得ないか。
クレイゲートの姿は見えないようだが、飛竜の雛を守っているのだろうか?
俺は気を引き締めてラピードルウへ攻撃を仕掛ける。この群れのリーダーとそのつがいを潰さないと犠牲が増える一方だ。
しかし、こっちの群れはさっきの群れとは違って、全体的にレベルが高いように思う。リーダーとそのつがい以外のラピードルウもかなりの《プレッシャー》を発している。
リーダーとつがいが行うフェイント攻撃を、他のラピードルウもこなしている。これは厄介だ。
俺はリーダーと思われるでかいラピードルウを睨みながらルイッサーに声をかける。
「ルイッサー、俺はあいつに接近して《プレッシャー》をかけて牽制する。」
「おう、俺は脇のつがいを殺るぜ。」
ルイッサーは瞬時に俺の意図を理解したようだ。
「行くぞ!」
「おうっ!」
掛け声と共に俺はダッシュする。ルイッサーもすぐ後ろに着いてくる。
俺は盾を拾うと、目の前にいるラピードルウを牽制しながら目標のリーダーに向かっていく。ルイッサーが援護してくれるので、後ろは気にしなくていい。
リーダーに肉薄すると、そいつだけに絞って思いっきり《プレッシャー》をぶつける。一瞬だけ、リーダーの動きが遅くなり、《スライド》をする事もなく俺に真っ直ぐ突っ込んでくる。
俺は盾でリーダーを受け止める。
つがいの雌はリーダーを飛び越えて、《スライド》しながら斜め上から迫ってくる。俺は《プレッシャー》を拡大させてつがいの雌を包み込む。
《フィールド》に干渉されたつがいの雌は《スライド》を打ち消され、真っ直ぐに飛ぶ。
そこを透かさず、ルイッサーが俺の後ろから槍を突き立てる。
つがいの雌は胸を貫かれて攻撃が出来なくなり、そのまま地面に落ちていった。
攻撃が失敗に終わったリーダーは、俺の盾から反転しようとしたが、俺が盾を引くと足は空を蹴って体が空中に留まった。
俺はその瞬間を逃さずに、ハルバードでリーダーの背中を刺した。
リーダーは地面に落ちて藻掻くが、間髪入れずに俺は頭を叩き潰す。
同じくして、ルイッサーもつがいの雌に止めを刺していた。
死んだリーダーの首には、やはり《奴隷環》が巻き付けられていた。
リーダーが死んだ事で他のラピードルウに動揺が走り、明らかに動きが鈍りだした。
しかし、次のリーダー候補なのか、1頭だけ威勢の良いのが居た。
そいつは跳ね回って護衛を襲うが、そのつがいの雌のラピードルウは戦いに勢いがない。雌のラピードルウの方は戦意を喪失しているようだ。
どうやらつがいの雌のラピードルウとの仲はまだ成熟してないらしい。
コンビネーションの効かない攻撃は脆く、威勢の良いラピードルウは数人の護衛に取り囲まれて殺された。
もしかしたら、そのつがいの雌ラピードルウは威勢の良いラピードルウよりもリーダーに恋慕していたのかもしれないと、ふと思った。
威勢の良いラピードルウに仲間意識を感じて、少し同情した。
リーダーを失い、勢いをなくした群れは護衛達によって各個撃破されていく。
みるみる数を減らしていき、ようやくラピードルウとの戦いも終わりが見えてきた。
「どうやら魔物の追加はないようだな。」
「そうらしい。次は盗賊本体だな。」
「厳しいな…」
「ああ、消耗が激しすぎるぜ…」
ルイッサーの言う通り、護衛たちは疲労困憊している。俺はまだ体力的には幾分余裕があるが、精神的にかなり疲れを感じている。
しかし、戦わなければ死ぬだけだ。
戦のプロとは、こうも上手く戦いを操っていくのか。忌々しいが、舌を巻くとはこういう事だと実感する。
残りのラピードルウが10頭を切った辺りで、今まで身を潜めていた盗賊たちが馬車隊の先頭部分から姿を現した。
いつの間にかモヤは殆ど無くなっていたので、先頭部分の馬車を囲っているブロック塀の隙間を次々と擦り抜けてくるのが見える。
盗賊といっても、毛皮を纏っていたり半裸姿だったりではなく、普通に革製の防着を着て所々に鉄製と思われるカバーを付けている。
しかし、精巧な作りとは言い難く、素人の手作りっぽい作りになっている。
誰も彼も人相はいかにもゴロツキという感じで厳しく、動きもだらしなくて訓練された兵士には見えない。
そんな様子から、これだけの戦術を駆使してきた集団には見えないが、多分リーダーが優れた者なのだろう。
盗賊たちはブロック塀を擦り抜けて歩みを進めると、持っている弓で次々と矢を射ってくる。最初は1本2本と飛んでくるだけの矢が、ブロック塀を擦り抜ける者の数が増えるに従い、矢は雨のように降り出した。
降り注ぐ矢はラピードルウもろとも護衛たちに突き刺さっていく。このままでは嬲り殺しにあってしまう。
ジリアーヌがブロック塀の隙間から顔を出して叫ぶ。
「ルイッサーっ!来てちょうだい!」
「どうした、ジリアーヌ!すまん、ディケードここを頼む!」
「解った!」
クレイゲートが呼ぶなら解るが、ジリアーヌが呼ぶのはどういう事だ?
クレイゲートの伝言でも伝えるのか?
何か腑に落ちないものを感じる。
残りのラピードルウと戦っていると、ルイッサーが重そうな大きな盾を2枚持って戻ってきた。
ルイッサーは1枚を俺に渡す。
「護衛用の馬車を並べて道を塞ぐぞ。」
「あ、ああ…」
「もうすぐボスとクレイマートが後ろの馬車を持ってくる。馬車を積み上げてバリケードを作るんだ。俺たちはその土台となる馬車を並べるぞ。」
「了解だ。」
「それと、これをジリアーヌが寄越したぜ。」
ルイッサーに袋を渡され、中を見るとゴルフボール程の大きさの石が十数個入っていた。俺の戦いを見ていて、石を使っていない事に気付いたのだろう。出来る女は違うな。俺は親指を突き立ててジリアーヌに礼をする。
30人程の盗賊たちは矢を放ちながらおおよそ2列に並んで進んで来る。
元々の狭い道には、盗賊たちの放った落石によって壊された馬車が放置されている。更には鹿や馬、護衛の死体が転がっているので、広がって進める状態にはなく、まともに歩くのも困難な状態になっている。
そのお陰で、盗賊たちは真っ直ぐに進めず、ゆっくりとジグザグに細長く進んで来るしかなくなっている。
先頭の盗賊たちが壊れた馬車群を越えたところで、先頭の者から順に弓を剣に替えて走って迫ってきた。距離は30m程だ。
俺はジリアーヌが用意してくれた石を2つ程投げる。
「ぐあっ!」「うごぉっ!」
それぞれの脚に当たり、そいつらは痛みに苦しみながら地面をのたうち回る。
それを見た盗賊たちは一斉に馬車の影に隠れる。
石が当たった盗賊と一緒に走っていた奴らも慌てて馬車の影に隠れ、転げ回る仲間も引っ張って隠す。なかなか仲間思いのようだ。
流石に、盗賊といえども倒れる仲間を放置して攻め込んで来る事はないらしい。
しかし盗賊とはいえ、人間に怪我をさせたのは精神的にきつい。二人とも骨折したらしく脚が変な方向に曲がっていたので、罪悪感がヒシヒシと込み上げてくる。いくら身を護るためとはいえ、獣と違って人間を攻撃するのは気が引けてしまう。
「ディケード、今のうちに馬車を並べよう!」
「あ、ああ。」
ルイッサーの言葉に気を取り直す。
自分を強く保たないとダメだ。例え相手が人間であっても、殺らなければこっちが殺られる。
俺たちは目の前にある馬車を引っ張り道を塞ぐように並べる。
馬の殆どは鹿が乱入した時に逃げ出すか谷に落ちたりしたので、馬車に馬は繋がれていない。元々魔物だった馬は人の手が離れると突然暴れ出したりする事もあるので、割と簡単に馬車から切り離せるようになっているようだ。
しかし、馬車を並べると言っても、馬2頭で引っ張っていた物を人力で移動させるのはかなり厳しい。
俺は目一杯力んで何とか引っ張れたが、ルイッサーの方は護衛を呼んで引っ張っていた。
馬車を動かし始めると、俺たちを目掛けて矢が集中して飛んできた。が、ジリアーヌが寄越した盾は頑丈に出来ていて、矢を尽く弾き返した。
俺は隙きを見て石を投げる。カーブを描いて飛んでいく石は、馬車の影に隠れている盗賊に当たるので、奴らは迂闊に姿を現せなくなった。
また、ジリアーヌたち非戦闘員が後ろから弓矢で牽制するのも効果的だ。
俺たちが馬車を並べてバリケードを作る間、盗賊たちは馬車の陰から矢を放つが、顔を出さずに闇雲に射るので明後日の方向に飛んで行く。
魔物と違って人間は恐怖を知っているので無謀な行動をしない。時折、馬車の影から顔を半分程出して忌々しげにこっちを睨んでいる。
どうにか奴らが到達する前に、俺たちは3台の馬車を横倒しにして並べて道を塞いだ。これで奴らがこっちに来るには、馬車を乗り越えるか脇の崖を迂回して来なければならない。
「まったく、大したパワーだよ。こっちは三人がかりでようやく1台を動かしたのに、ディケードは一人で2台かよ。いったい、どういう身体をしてるんだ。」
取り敢えずバリケードが出来て、ルイッサーが感心しながらも呆れたように言ってくるので、俺は苦笑いで返す。
本当にこの体は基本的な身体能力が、一般人とは違う。
ルイッサーが表情を険しいものに変えると、俺に近づいて声を潜めながら訊いてくる。
「ディケード、お前人を殺した事が無いのか?」
「っつ!」
「やはりか…その若さじゃ無理もないが、殺る時にきっちり殺っとかないと自分に跳ね返ってくるぞ。」
「………」
やはり判ってしまうのだろう。俺の盗賊への攻撃の甘さが歯がゆいんだろうな。
「まあ、こればかりは経験がものをいうからな。しょうがないと思うが、覚悟を決めないと自分だけでなく、周りの者も死に追いやる羽目になるぞ。」
「そうだな…」
理屈では解るが、感情が追いつかない。
こんな状況になっても、俺には人を殺す覚悟が出来ない。
情けないと思うが、ボーダーラインを超える勇気が俺には無い。
こちらの苦悩などお構いなしに、突然怒号が響き渡った。
「てめぇら何をモタモタしてるんだっ!一気に攻め込めって言っただろうが!まんまとバリケードを作られちまったじゃねーかっ!!!」
声には強烈な《プレッシャー》が込められている。
こちらに向けられてない分、威力はそれ程でもないが、ルイッサーと一緒にいる護衛の膝が笑っている。どうやら普通の人間では無いようだ。
並べた馬車の隙間から様子を伺うと、盗賊たちの最後尾から声の主と思われる男が姿を表した。そいつは金属製の鎧を身に付けて、その上にマントを纏っている。手には大きな《魔法杖》を持っている。
その男を囲むように三人の男が同じような鎧を身に付けて立っている。男たちはマントは纏っておらず、片手に盾を持ち、もう片方の手には剣や槍といった武器を持っている。
見た感じ、中央の男は〈魔法士〉のようで、盗賊の親玉らしい。取り囲む男たちは〈戦士〉のようで、盗賊団の幹部といったところだろうか。
親玉は身体が不自由なのか、少しバランスを崩すようにゆっくりと歩いている。幹部たちはそんな親玉を護るように付き添っていると感じる。
親玉がぎこちなく動きながらも、俺の投石を受けて苦しんでいる男に蹴りを入れた。
「クソがっ!」
「ぐああぉっ!」
蹴られた男の脇腹に思い切り靴先がめり込み、男の体が吹っ飛んで動かなくなった。
気絶したのか死んだのかは判らないが、自分の部下に対しても容赦なく暴力を振るう事から、盗賊の親玉と思われる男は酷く残忍な性格をしているようだ。
「ったく、使えねぇ!せっかく取り立ててやったのに下手ばかり打ちやがって!これだから奴隷鉱夫はよぉっ!」
親玉は気が済まないのか、動かない身体に何度も蹴りを入れる。
周りにいる者はそいつを恐れているのか、何もせずにじっとしている。
どうやら、盗賊といっても奴隷等の寄せ集め集団のようだ。手下たちには行く所が無いのだろう。やむを得ず、親玉への恐怖から従っているみたいだ。
商隊を壊滅近くまで追い込んだ手腕をみて凄い集団なのかと思っていたが、意外にもワンマンボスによる統率が成されているだけのようだ。
その分、親玉の手腕が優れているのだろうけど、もしかして、効果的だった魔物による飽和攻撃は苦肉の策だったのか?
「どうやら、本来の盗賊はあの四人だけみたいだな。あの鎧からして、どこかの傭兵団の生き残りだろう。他は食い詰め者の集団のようだ。
あれなら、まだ戦いようはあるな。頭を潰せば終わりだ。」
ルイッサーも俺と同意見だ。
あの四人さえ排除できれば、後は烏合の衆だろう。
ルイッサーが槍を持って俺に目で合図を送ってきた。
バリケードとなった馬車に飛び乗ると、親玉を目掛けて槍を投擲した。
俺もルイッサーと同じく馬車に飛び乗って投石をする。石には《プレッシャー》の《フィールド》を乗せている。
こちらから見れば、敵である盗賊たちは仲間割れしてるようなものだ。
しかも、親玉は手下を責める事に夢中になって無防備でいるのだ。この期を逃さずに攻撃するのは当然だ。
俺たちの攻撃を察知した幹部の三人は咄嗟に親玉の前に出て盾を構えた。
しかし、ルイッサーの放った槍も俺の投石も、親玉どころか、幹部の手前で大きくコースを逸れて飛んでいった。
俺は少なからずショックを受けた。ある程度の《フィールドウォール》を張っていたとしても、人間相手なら俺の投石はそこまでは躱せないと思っていた。
どうやら、敵の親玉は強烈な《フィールドウォール》を纏っているらしい。だからこそ、無防備でいられるのだろう。
それとも、俺の覚悟の無さが、敵の《フィールドウォール》を打ち破れない原因なのだろうか…
「はっ!小賢しい攻撃をしやがって!そんなものが俺に通用するかよっ!」
『烈風よ吹き荒れろ!』
そう言って、手に持った《魔法杖》を翳してから振り下ろし、言葉を発した。
すると、強烈な風が発生して土埃を舞い上げながら猛烈な勢いで襲ってきた。
まるで地震でも起きたかのように馬車は激しく揺れて移動し始め、先頭の一台は谷底へと落ちてしまった。
他の二台も位置がずれて、バリケードの土台としては脆くなってしまった。
当然、暴風は俺とルイッサーたちにも襲い掛かり、身体を吹き飛ばした。
俺とルイッサーは咄嗟に盾を構えたので大きな怪我を負わなかったが、近くに居た護衛たちは猛烈な砂埃に曝されて地肌が擦り切れ、目つぶしを食らっていた。
「「「 ぐあーーーーーっっっ!!! 」」」
護衛たちの服と肌がボロボロになって全身から血を噴き出してのた打ち回った。
死にはしないものの、一瞬で戦闘不能にさせられた。
離れていた護衛たちも大なり小なり怪我をしたようだ。
間もなくして暴風は消え失せたが、辺り一面は竜巻が過ぎ去った後のように無残な状態になっていた。
ジリアーヌたちが居る場所は岩のブロックによって守られていたために、損害は無かったようだが。
「ディケード、無事か?」
「あ、ああ、何とかな…」
ルイッサーがヨロヨロと立ち上がる。
盾のお陰で殆ど怪我は無かったものの、重い盾を構えて踏ん張っていたので全身の筋肉が悲鳴を上げているのだろう。見るからにぐったりしている。
それは俺も同じだが、体力の回復具合が並じゃないので、それほど苦しまずに済んでいる。
しかし、今の魔法の一撃でこちら側は殆どが戦闘不能となり、戦える状態ではなくなってしまった。
敵の親玉は〈魔法士〉だ。《風魔法》を使ったらしいが、威力が物凄い。
あいつは〈大魔法士〉と呼ばれるレベルにあるらしい。明らかに、商隊に護衛として雇われている〈魔法士〉よりも数段ハイレベルにある。
しかし、人間を吹き飛ばすだけの風を生み出すなんて、どんな原理なんだ?
「あの防御力と魔法を見る限り、向こうの親玉は明らかに〈超越者〉だ。こいつは途轍もなくヤバいぞ。『戦場では〈超越者〉と遭遇したらひたすら逃げろ』そう言われてるからな。」
ルイッサーは苦々しげに敵の親玉を睨んでいる。
確かにそうだ。
魔法の腕もそうだが、俺の投石に対して《フィールド》が干渉してくるのを感じた。親玉は魔法を扱うだけでなく、並外れた《フィールドウォール》による防御力を有している。
こいつが最初の俺の投石を防いでいたんだな。
しかも、あの親玉は魔法を放つ時に呪文のような言葉を発していた。
〈雷魔法士〉のアレイクは呪文の事など全く知らなかったようだが、あの親玉は本来の《魔法杖》の使い方を知っているようだ。
呪文は〈魔法士〉のオリジナルの魔法を発動させるためのキーとなっている。
呪文を唱える事で、《魔法杖》に組み込まれているプログラムが発動する仕組みになっているので、あの親玉はどうにかして呪文を見つけたか、プログラムを解析したのだろう。
やはり、一般の〈魔法士〉には知られていないところで《聖遺物》を研究している機関なり人間なり居るのだろうな。
これは不味いぞ。
並外れた《フィールドウォール》を操るだけでも厄介なのに、兵器並みの破壊力を持つ大魔法を操る者を相手にするとはな。
俺と同じように《センス》を操る人間に会ってみたいと思っていたが、まさかこんな形で敵として遭遇するとは思わなかった。
人間と戦うだけでも厄介なのに、何という巡り合わせなのか。
俺は自分の不幸を呪いたくなってしまった。
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