第三十五話 戦術
時折襲ってくる魔物を倒しながら、商隊は山間の道を進む。
戦いを見て思ったが、やはり今回一緒に護衛についた者たちは腕が立つようで、『惨殺の一撃』のメンバーよりもレベルは高い。
アレイクたちコンビは、アレイクが《雷魔法》で魔物を無力化して、相棒のルシューが槍で止めを刺していく。カップルは男のサミュリがハンマーで魔物の身動きを奪い、女のノアレイが短剣で止めを刺していく。
面白いのは、アレイクたちコンビとカップルの戦い方は全く違うが、基本的なコンセプトは同じというところだ。魔物の戦闘力を奪う者と止めを刺す者の役割分担がきっちりと別れているのが同じだ。しかもどちらも危なげなく役割を果たす頼もしさがある。
しかし、盗賊が現れる場所と目される最初のポイントに近づくと、全員の口数が減り緊張感が漂い始めた。やはり皆注意は受けているようだ。
魔物と違い、どんな手段で攻めてくるのか分からないのが不気味だ。
すぐ脇を流れていた川はいつしか谷底になり、切り立った崖になっていた。また、逆サイドも開けていた土地がなくなり、急斜面をなす山肌になっていった。
今や、道は逃げ場のない狭い通路となっている。ここで挟撃されたら、かなり苦しい戦いになると思われる。
先頭を行く見張り馬車を操る御者が幾分ペースを上げる。少しでも早くこのポイントを抜けたいのだろう。気持ちはよく解る。商隊全てに重苦しい雰囲気が漂う。
ガラガラと馬車を走らせる車輪の音がやけに耳につく。あれだけ不快だったゴブリンの肉を焼く臭いも気にならなくなっていた。
俺は《フィールド》を広く展開して気配を探る。
これといった引っかかりはないが、逆に静かすぎるような気もする。単なる気のせいだと良いが。
アレイクたちもカップルもひたすら周囲に気を配っている。
後ろを着いてくる護衛たちを乗せた馬車からも、皆窓から顔を出して周りの様子を伺っている。何かあったら、直ぐに戦いに移行できる準備は出来ている。
そんな中、動く物の気配を俺は察知した。
咄嗟に構えを取って気配のする山の上を見ると、釣られたアレイクたちも直ぐに身構えて戦闘準備に入った。
山の上で狐に似た魔物が数匹こちらの様子を伺っていた。
俺の目にはズーム機能があるので草むらに潜んでいるのが見えるが、アレイクたちには見えないようだ。
俺は馬車に置いてあるナップザックからゴルフボール大の石を取り出すと、狐もどきに向けて投げた。
石は真っ直ぐに飛んで行き、狐もどきの体を貫いた。
「ギャイーン」と悲鳴をあげ、狐もどきは死んだ。他の狐もどきはビクリと体を震わせてから、慌てて逃げていった。
どうやら、新しい技は上手くいったようだ。
投げた石に《プレッシャー》をかける《フィールド》を纏わせてみたが、それが効力を発揮して、狐もどきを金縛り状態にした。動けない狐もどきはまともに投石を食らって死んだ。
また、その余波を食らって他の狐もどきたちも一瞬だけ金縛り状態に陥ったようだ。仲間の死に驚いて金縛りは解けたようだが、戦意を喪失したのか、それとも距離があったからなのか、魔物にしては珍しく戦わずに逃げていった。
これは昨夜、魔法の事を思い出した際に、本来のディケードの戦い方を少し思い出したので試してみた。
武器に《プレッシャー》として《フィールド》を纏わせる戦法だが、これは相手の《フィールドウォール》の効果を打ち消す力があるようだ。
実際、狐もどきも《フィールドウォール》で俺の投石を躱そうとしていたようだが、効果を打ち消されて直撃を食らっていた。
思った以上に使える技のようで、俺の攻撃のバリエーションは更に増えた。
とは言っても、よほど集中しないと《プレッシャー》を投石に乗せるのは困難だが。
一方、アレイクたちは見えない魔物を倒した事に驚いていた。
特にアレイクはあの距離だと俺の《雷魔法》は届かないと更に驚いていた。
確かに見た限りではアレイクの《雷魔法》は20〜30mが射程内のようだ。狐もどきまでの距離は100m近かったからな。ひとえに常人離れしたこの体の能力のおかげだ。
とにかく、今回は盗賊とは関係がないようで、たまたまそこに狐もどきが居合わせただけらしい。少しの間様子を見たが、他には何も起こらなかった。
狐もどきの死体を回収する事もなく、馬車は歩みを進めた。
それから二時(ふたとき、約30分)程かけて最初のポイントを抜けると、商隊全体にちょっとした安堵感が漂った。
盗賊の襲撃はなく、一先ずは危険を乗り越えたために周りの連中の口も軽くなっていた。少しだけ休憩を取って、俺は水を飲みながら干し肉を齧る。
こんな時、コーラ等のよく冷えた清涼飲料水があればな、と思う。
カップルの女性の方のノアレイが近づいてきた。
「飛竜殺しさんは流石ね。あんな距離の魔物を発見して倒してしまうなんてね。あなたの傍にいれば安心ね。」
「そうだと良いけどな。戦いは何が起こるか分からんよ。」
「一切の油断を見せないのね。頼もしいわ。」
若干頬を染めながら話しかけてくるノアレイに身構えてしまう。
ノアレイの後ろでは相方のサミュリがぐぬぬぬと唸りながら俺を睨んでいる。
ええっと…これってどういう状況だ?
もしかして言い寄られている…のか?
「モテるじゃないか、飛竜殺しさんよ。」
アレイクが囃し立てる。
やはりモテているのか?どうにもこんな経験がないから戸惑ってしまうな。
「ノアレイ!戻ってこいよっ!」
「なによ、少しくらい話をしたっていいじゃないの。じゃあね、飛竜殺しさん。」
もう、ヤキモチ焼きなんだからとブツブツ言いながらも、満更でもない様子でノアレイはサミュリのところへ戻っていった。
なんだかなぁ〜。
これってモテてる訳じゃなくて、当て馬にされてるだけだよな。
所詮は飛竜殺しだよな。名前を呼ばれもしないぜ。
ノアレイにしてみれば何の気無しに話しかけただけかもしれないけど、お陰でサミュリからは親の敵のように睨まれている。これじゃあ、戦いになった時にやり辛くてしょうがない。
今まで殆ど気にしなかったけど、力を示す度に人間関係が複雑化していくな。
ディケードの顔は美形という訳ではないけど、愛嬌がある顔立ちをしてるし、身長は180cmを有に超えて筋肉質の逞しい体をしているからな。
飛竜殺しという実績と異名で女の注目を集めてしまうようだが、そこに男が絡むと恨まれるようなので、中々に厄介だ。
今後はこういった事にも注意して行動した方が良さそうだな。
小休止が終わり、商隊は再び移動を開始する。
次の危険ポイントに近づくと、辺りにモヤが立ち込めていた。
そこは小高い山の峠を少し超えた辺りだが、近くに高い山があって日差しを遮っている。そのためか、まだ朝モヤが晴れきっていない。
実際、日本にいた頃は早朝に車で山道を走るとこういった事がよくあった。
朝日を浴びる東側はモヤも晴れてスッキリ快晴なのに、峠を超えた途端に日の当たらない西側は朝モヤが立ち込めていて、視界不良のために運転に苦労したものだ。
そこまで酷くないものの、商隊は肌寒くて仄暗いモヤの中を進んでいく。
しかも、さっきのポイントと同じように両サイドに余裕のない狭い道を進むしかない状況になっている。
何かがいる!
危険ポイントに近づくに従って、気配を殺して佇んでいる様子が感じ取れる。
俺は馬車を止めるように指示をして、連絡係にこれからどうするのかを訪ねる。
連絡係は中央のクレイゲートの指示を仰ぎ、モヤが晴れるまで待機との事だ。
馬車隊に重苦しい雰囲気が漂う。
突然、多数の火矢が飛んできた。
馬車に火が燃え移って、馬をパニックに陥らせた。
馬車内で待機していた護衛たちはすぐさま飛び出して消火活動に当たるが、暴れる馬に妨害されてままならないでいる。
狭い道故にUターンが出来ず、暴れる馬たちは馬車を引いて勝手に前進し始めた。
火矢が飛んできた方を見ると、モヤでよく見えないが、30人以上がいるような気配がする。崖の上から攻撃しているようだ。
馬車は押し合い圧し合いしながら、火矢に追い立てられて前へ前へと進んでいく。俺たちを乗せた見張り台馬車の御者が、後ろから押されながらも何とか踏みとどまろうとするが、いかんせん玉突き状態で押されるので御し切れないでいる。
護衛たちは何とか踏ん張って、馬車に積んである水を撒いて火矢を消化していく。幸い、馬車は鉄板を仕込んでいるので、それほど燃えずに直ぐに鎮火していった。
ルイッサーが数人の部下と共に様子を見に来た。
「ディケード、火矢の出所は判るか?」
「崖の上だと思うが、はっきりした場所は分からない。30〜40人はいると思う。」
「もうすぐクレイマートが防御壁を作りにやって来る。それまで火矢の被害を防いでくれ。」
「了解だ。」
防御壁なんかどうやって作るんだと疑問に思ったが、とにかく火矢を防ぐのが先決だ。
《フィールドウォール》を拡大しようかと思ったが、流石にカバー仕切れる範囲ではない。俺は指弾を放って火矢に当てて軌道を変化させていく。
さっきアレイクに《雷魔法》を見せてもらった時に、《フィールド》で軌道を作るのを見ていたので、それを真似てみたら飛んでいる火矢に当てるのは容易だった。
他の連中は盾を構えて馬車の屋根に登り、当たりそうな火矢を防いでいた。
「ゴブリンだーっ!ゴブリンの大群だーっ!!!」
後方から叫び声が聞こえてきた。
ゴブリンという言葉に、オレの心がざわつく。脳裏にリュジニィが思い浮かぶ。
俺は咄嗟に走り出そうとしたが、ルイッサーの声に我に返る。
「俺は後方へ行く。ディケード、ここの守りを頼む!」
「りょ、了解だ!」
悔しい思いはあるが、ここを離れる訳にはいかない。なにせ、敵は前方に潜んでいるのだ。
俺は気配だけを頼りに崖に向けて投石する。
今まで目視で目標を捉えて当ててきたので、遠方の気配だけだとどうしても狙いが甘くなってしまう。何人かには当たったような気配があるが、殆どは《フィールド》に防がれている感じがする。
さっきのように《プレッシャー》を纏わせた投石を試してみたが、これも防がれてしまうようだ。どうやら、向こうにはかなり強力な《フィールドウォール》を操る者が居るらしい。
そうしている間にも、商隊の馬車はジリジリと前に押し出されて、ついには火矢を放っている連中のいる真下に来てしまった。
その途端、ガラガラと音がしたと思ったら、人の体程の岩が降り始めた。それは崖にぶつかって砕け、どんどん数を増やして雨のように降り注いだ。
どががががぁぁぁぁっっっっ!!!!
岩の雨は俺たちが乗っていた見張り台の馬車に直撃して、馬もろとも御者を押し潰しながら反対側の谷底へと落ちて行く。
俺とアレイクたちは咄嗟に飛び降りて難を逃れたが、女性のノアレイは足を引っ掛けて馬車と共に落ちていく。
ノアレイを助けようとしてサミュリが谷へ飛び込んだ。ノアレイの悲鳴が遠ざかっていく。
「いやああああーーーーーっっっっ!!!」
「ノアレーーーーイーーーっ!!!」
谷底までは50m以上ある。おそらく助からないだろう。助かったとしても、魔物の世界で生き残れる確率は限りなく低い。
一瞬にして目の前で三人が消えた。その事実に、俺は茫然となる。
しかし、岩は容赦なく降り注ぐ。
大きな岩が後続の馬車に当たる直前、赤い光が現れて、そこへ高さ5m程の壁のような岩が現れて落ちてくる岩を弾いた。
そこに居たのはクレイゲートの息子、クレイマートだ。
「遅くなった!」
クレイマートが手に持った《魔法函》を操作すると、赤い光と共に次々と壁となる岩が現れて馬車を取り囲んでいく。
ものの数分で5台の馬車を取り囲む防御壁が構築され、馬車隊は要塞化されていった。
成程、《魔法函》にこんな使い方があるのかと感心する。
しかし、クレイマートの持っている《魔法函》の容量では、5台の馬車を囲う分を出すのでいっぱいらしい。しかも、側面は完璧に覆っているが、天井は覆いきれずにかなりの部分が露出している。
上から降ってくる岩には心許ないが、側面を気にしなくて良い分、注意を上に向けていれば何とか直撃を防げるので、それなりの効果はある。
いずれにせよ、崖の上にいる連中を何とかしない事には岩の雨も火矢も止みそうにない。どうにか崖の上に行く手段がないかと探っていると、前方から魔物の群れが迫ってくる気配がした。
目を凝らしてみると、モヤの中に鹿のような動物のシルエットが幾つも見える。
それはあっという間に接近してきて、5m程の壁を安々と飛び越えて馬車隊の中に突っ込んできた。
俺は投石とハルバードで何頭か倒したが、津波のように押し寄せる鹿の群れには焼け石に水だ。
鹿の群れは走りながら護衛たちを弾き飛ばしていく。
鹿といっても黒い毛並みをしており地球の馬よりもでかいので、弾かれた人間はボーリングのピンのように飛んでいくし、踏まれた人間は骨を砕かれ内蔵をぶちまけていく。
馬もまた鹿の勢いに負けて弾かれると、馬車もろとも谷底に転落していく。
それは地獄絵図そのものだ。
俺はあまりにも悲惨な光景にしばし呆然と立ち尽くす。
前方からは鹿の群れ。後方からはゴブリンの群れ。そして頭上からは岩と火矢の雨。逃げ場のない狭い場所での三方向からの攻撃は、あまりにも圧倒的だ。
これを計画した盗賊は戦慣れしているのか、どうすれば効率よく人を殺せるか熟知している。
ルイッサーは傭兵経験がある者と示唆していたが、正にこれは虐殺行為そのもので、戦争と呼ぶべきものだ。
猛スピードで飛んで来た小さな岩の破片が、俺の《フィールドウォール》を破って脚に当たり切り傷を作った。傷自体は大した事がなく、その痛みのおかげで茫然自失から気持ちを立て直す事ができた。
目の前には壊れて燃える馬車と暴れる馬、護衛たちの死体、飛び跳ねる鹿の群れで混沌としていて、それらには別け隔てなく岩と火矢の雨が降り注ぐ。
俺は《フィールドウォール》を強化して岩と火矢を避けながら、向かってくる鹿の足をハルバードで切り落として戦闘不能にしていく。
アレイクとルシューのコンビも鹿と戦っていたが、ルシューに火矢が刺さりその場に倒れた。
前衛のルシューが居なくなった事で、アレイクに鹿が突っ込み、そのまま弾き飛ばされて谷底へ落ちていった。
一緒に護衛をしていたメンバーは俺を残して全滅してしまった。
もう、ここに居ても死ぬだけだ。
ここを離れて岩の雨が降らない場所まで後退するしかない。
周りを見渡すと、クレイマートが専属の護衛に守られて壁の影で蹲っている。護衛に押し込まれたのだろう。呆然としている。
俺がクレイマートのところへ向かおうとした時、一際でかい雄鹿が突っ込んできて護衛の一人を跳ね飛ばした。次いで、すぐさまもう一人の護衛を自分の体長と同じくらいの長い角で突き刺した。
腹と胸と頭を同時に枝分かれした角に貫かれた護衛は、そのまま持ち上げられて遠くへと放り投げられた。
雄鹿はクレイマートに狙いを付け襲おうとしたが、俺は咄嗟に手に持ったハルバードを投げつけた。
反射的な行動だったので、普通に投げただけのハルバードは雄鹿の長い角によって弾き飛ばされた。しかし、クレイマートへの攻撃は封じられたので、その隙きに雄鹿とクレイマートの間に入った。
「無事かっ!」
「………」
声を掛けるが返事はない。目の前で護衛が殺されたショックなのか、呆然としている。
雄鹿は俺に向かって角を振り回してくる。
この近距離ではハルバードが無いと攻撃手段が無い。手持ちの短剣ではリーチが足りない。投石も出来ない。指弾を放っても《フィールドウォール》に阻まれる。
雄鹿の《プレッシャー》が強烈過ぎて、指弾に《センス》を込めても《プレッシャー》を無効化できない。
更には、俺が避けて攻撃を躱してしまうと、後ろのクレイマートが攻撃されてしまう。
止むを得ず、俺は雄鹿の角を掴んで攻撃を食い止めようとした。
しかし、馬を超える大きさを持つ雄鹿のパワーは圧倒的で、俺は軽々と持ち上げられた。そのまま放り投げられそうになるのを、角を必死に掴んで耐える。
俺は一か八か体を反転させて雄鹿の上に馬乗りになる。
雄鹿は俺を振り落とそうと飛び跳ねる。
まるでロデオでもするかのように俺は必死にしがみつく。
この時、雄鹿の首にキラキラと光る物が巻き付いているのが見えた。よく見ると、それはジリアーヌが身に着けているネックレスと同じ物だった。
雄鹿は《奴隷環》によって操られている。
俺は奴隷環を引き千切って抜いた。すると、雄鹿の動きが一瞬止まった。
俺はその隙きを逃さずに雄鹿の目に短剣を突き立てた。
雄鹿は甲高い声で悲鳴を上げると、体を戦慄かせながらその場に倒れた。黒いモヤが雄鹿の体から抜け出て消えていった。
雄鹿を倒した俺はクレイマートの下に駆けつける。
「おい、大丈夫かっ!」
「あ、ああ、大丈夫だ…」
クレイマートは幾分ショックから立ち直ったようだ。
普段からインテリっぽい雰囲気を纏っているので、こういった事態はあまり経験が無いのだろう。護衛を失って軽いパニックに陥っていたようだ。
「もう、ここはダメだ。後方へ撤退しよう。」
「そ、そうだな。しかし、戻れるのか?」
最初の頃よりは散発的になってきたが、まだ火矢と岩の攻撃は続いている。
先頭部分の馬車は殆どが原型を留めない程に壊されていて、護衛たちの多くが死体となって転がっていた。
馬車から切り離された馬はパニックを起こしながら逃げていく。
鹿は相変わらず暴れていたが、雄鹿が死んだせいなのか動きに変化が見られた。
暴れている鹿は角がないので雌鹿なのだろう。逃げていく馬に先導されるように一緒に走っていく。
どうやら、群れの中心になっていた雄鹿が死んだ事で、行動に纏まりが無くなったようだ。
「チャンスだ。行くぞ!」
「あ、ああ。」
俺は火矢と岩の雨に注意しながら走り出す。クレイマートも着いてくる。
弾き飛ばされた俺のハルバードが馬車の残骸に突き刺さっていたので、それを引っこ抜く。
退路に立ちはだかる鹿の前足をへし折り、切り裂いて行動不能にし、頭をぶっ叩いてから乗り越えていく。止めを刺すよりも先へ進むのが優先だ。
クレイマートも自分の剣で暴れる鹿を牽制しながら後に着いてくる。
途中、『惨殺の一撃』のメンバーのナクッシーとナーダエルの死体があった。が、リーダーのケルパトーとジョージョの姿は無い。
ようやく岩の雨が降る場所から脱出できて、火矢が降るだけの所まで戻る事ができた。ここでは数頭の鹿が暴れていて、形を保った馬車が燃えている。
しかし、護衛の姿は無い。
火矢に注意しながら後方を見ると、その奥では狼の群れと護衛たちが戦っていた。知らない間に狼の群れまで投入されていたようだ。用意周到にも程がある。
盗賊は殆ど自分たちの手を汚さずに、魔物を操り商隊の戦力を削っていく。
商隊の最後尾ではゴブリンの群れが暴れていて、商隊の戦力は分散されている。
俺のいた前衛と待機メンバーが壊滅した事を考えると、既に商隊の戦力は半分以下になっていると思う。
残りの鹿を排除して奥で戦う護衛に加わろうとした時、馬車の影で蹲っている人間がいるのに気づいた。
ケルパトーだった。怯えながら頭を抱えて座り込んでいる。
「ケルパトー無事か?」
「ディケードか、お、俺は何とか無事だよ…」
「ジョージョはどうした?」
「わ、分からん。はぐれたんだ…」
視線を逸して後ろめたそうにするケルパトーの態度が気になった。
「お前は何故戦わない?護衛がお前の仕事だろう。」
クレイマートがケルパトーに詰め寄った。
ケルパトーの体が一瞬だけビクリと震えたが、クレイマートを睨み返す。
「冗談じゃねぇ、こんなの護衛の仕事じゃねぇ。これじゃあ戦じゃねぇか、俺は傭兵じゃねぇよ。やってられっかよ!」
「…そうか。」
クレイマートはケルパトーを無視して俺の方に向き直ると後方を指さした。
「ディケード、父と合流しよう。そこまで護衛を頼めるか。」
「解った。やってみよう。」
クレイゲートは商隊の中央にいると思う。あの積荷を守っているはずだ。
つまり、狼の群れの中だ。
「ケルパトー、一緒に行かないのか?そこに居てもどうにもならないぞ。」
「無駄だよ。ああなった人間はもう戦えないよ。」
ケルパトーは動こうとしない。
俺の目にもケルパトーが怯えているのは明らかだが、クレイマートは早々にケルパトーを切り捨てた。こういった護衛を何人も見てきたのだろう。非情だとは思うが、戦えない者を連れて行っても仕方がない。
それに、ここに居れば少しは安全かもしれない。俺はクレイマートと共に後方へ向かった。
ケルパトーを見たせいなのかは判らないが、クレイマートはすっかりさっきのショックから立ち直っていた。瞳に力が伺える。
「僕はこんな事で挫ける訳にはいかない。父は今回で商隊から身を引く。今後は僕が商隊を率いなければならないんだ。」
誰に言う訳でもなく、自分に言い聞かせるように呟いている。
クレイマートは覚悟を決めた目をしている。
正直、大したものだと思う。まだ20代半ばだろうに、後継ぎとしての決意が出来ている。
俺が同じ頃には、仕事への不満から会社を辞めたいとずっと思っていたのにな。
俺が見る限り、この世界の人間は若くして肝が座った者が多いように思う。それだけ生きていくのが大変な世の中なのだろう。
俺はクレイマートから勇気を分けて貰えたような気がした。
何とか戦ってはいたが、同じ護衛をしていた連中は全滅して、他の者も次々と目の前で死んでいった。修羅場なんて生易しい、地獄そのものの状況に気が狂いそうだった。
とにかく、今はクレイマートをクレイゲートの下まで届けようと決意する。
まずは間近にいる鹿を排除する。
群れを率いる雄鹿がいなくなったので、雌鹿たちは戦意を失ったかのように闇雲に動き回っているだけだ。やはり元々は草食動物なので、それほど好戦的ではないのだろう。
とはいっても、人間を見ると戦いたくなるのか、3頭の鹿が俺たちに向かってきた。
《プレッシャー》を纏わせた石を投げると、1頭の鹿に当たり頭を陥没させて死んだ。どうやら雌鹿にはこの技は有効だ。
その間に2頭が突っ込んでくる。凶悪な爪や牙といった武器も無く、角も持たない雌鹿は、体当たりか踏みつけくらいしか攻撃手段がない。ギリギリで躱して前足を切り落とせば、戦う手段が無くなる。
俺が1頭の鹿をハルバードで仕留めると、クレイマートは剣でもう1頭の鹿の前足を切り裂いていた。
鹿を排除し終えると、俺たちは狼の群れと戦う護衛たちのいる場所へ急いだ。多分、狼の群れのリーダーは雄鹿と同様に《奴隷環》で操られていると思われる。
今となっては判らないが、飛竜に襲われていた時も商隊を挟撃していたレオパールウの群れも操られていたのかもしれない。
クレイマートも同意見だ。
ただ、回収した魔物の死骸は《魔法函》に収納されたままなので、調べてみないと判らないと言う。
俺は護衛たちと戦う狼の群れに近づきながら、リーダーの気配を伺う。双頭狼の時のようにつがいで群れを率いてるのかもしれない。
居た。
一際活発に動き回る2頭の狼が目に映った。
2頭は俊敏性を活かして走り回り、護衛たちを撹乱していた。《空間移動》を使って護衛の攻撃を躱しながら前を横切り、視線を奪ったところで他の狼が上や下から死角をついて襲い掛かっていた。
狼はレオパールウと違い、大きさも倍近くあって動きも素早い。同じ狼とは思えないほど強く、フサフサと生えた体毛は真っ黒で精悍に見える。多分、森の奥で出会った種と同じものだろう。
「あれは『ラピードルウ』だ。森の奥に生息する速さを武器とする狼だ。手強いぞ。」
「ああ、以前に戦った事がある。」
多くの護衛たちはラピードルウの動きに着いて行けずに喉を噛まれたり腹を爪で裂かれたりして、負傷したり殺されたりしていた。
小規模な群れや単発の魔物の攻撃なら危なげなく跳ね除ける護衛たちも、こうした戦力を分散させられる計画的な飽和攻撃には為す術が無い。
これが個人レベルで魔物を狩る請負人と、戦争屋の戦術を持った戦い方の違いだ。商隊は防戦一方で、ひたすら戦力を削られていく。
そして、殆どの戦力を失ったところで盗賊の本体が攻めてくるだろう。
このままでは商隊が全滅するのも時間の問題だ。
クレイマートもここまでの攻撃は想定していなかったのだろう。商隊の行く末を案じて青ざめて震えている。
「とにかく、父のところへ行こう。」
「そうだな…」
クレイマートは父親の存在を拠り所にしている。
やり手のクレイゲートだ。何かしらの打開策を持っているかもしれない。
しかし、いくらやり手といってもクレイゲートは商人だ。戦争屋と思われる盗賊に打ち勝つ方法があるのか?
平和な日本で生まれ育った俺には、これといった案は浮かばない。
ジリアーヌや少女たちは無事だろうか?
読んでいただき、ありがとうございます。
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