第三十三話 三角関係…なのか?
ミョンジーの襲撃が片付き、皆がそれぞれ自分の居場所へと戻っていく。
護衛をしていた者は元の位置に戻り、非番だった者は飲食の席に戻ったり仲間と合流して娯楽に興じたりする。
ジョージョは仲間の所には戻らずに、俺の腕を取って寄り添っている。
「それにしても凄いねぇ。魔物が現れる度にあたし達とは比べ物にならない程、稼ぐじゃないか。次元が違うってこういう事なんだねぇ。」
その胸の柔らかさを刻み付けるかのように、ジョージョは俺の腕に擦り付ける。
こいつは性格的に難ありだが、女体の魅力は素晴らしい。以前の俺なら歯牙にもかけられずに遠くから見るだけの存在だっただろう。
ここまで積極的にグイグイ来られると、ちょっと手を出してみようかと魔が差しそうになる。
まあ、実際にそれで失敗して結婚する羽目になって、浮気までされたからな。苦い過去を思うと、おいそれと手を出す訳にはいかない。
こいつはあくまで俺の稼ぎを当てにして近づいて来てるだけだからな。そこに愛は無い。
「ジョージョは仲間の所に戻らなくていいのか?」
「ディケードを堕とすまで帰っちゃ行けないみたいだね。」
「俺は〈冒険者〉にはならないと言ってるのに。」
「あの実力を見せられて、信用できる訳ないよ。」
やばいな、吸い付くような胸の柔らかさが腕に絡み付いてくる。この胸で溺れてみたいと思ってしまう。
俺の気の迷いを察したのか、ジョージョは俺の手を持って自分の胸にあてがうと耳元で囁く。
「別に『惨殺の一撃』に加わらなくたっていいんだよ。あたしと二人で組むのも悪くないだろう。」
「それは…」
どこまでも沈み込んでいく指先の感触に意識を囚われて、思考が停止してしまう。
「ディケード、お疲れ様。」
背後から声をかけられて驚き、弾かれたようにジョージョの腕を振りほどいた。
そこにはジリアーヌがタオルを持って立っていて、全くの無表情で俺を見つめていた。人形さながらに、本当に感情が抜け落ちたような感じで思わずゾッとしてしまった。
俺はジリアーヌの接近に気付かない程、ジョージョの胸に意識を取られていたようだ。
「この商売女が、邪魔するんじゃないよ!あたしは今ディケードと話をしてるんだっ!」
「わたしはディケードの世話係としてタオルを持って来ただけよ。」
上手くいきかけていたところをジリアーヌに邪魔をされてジョージョが激昂する。それに対して、ジリアーヌは淡々と返答をする。二人の睨み合いが続く。
凄い場景だ。
二人の美女が俺の事で争っている。
こんな事は今までの人生で有りはしなかった。まるで他人事のように思えてしまう。
とはいえ、いつまでも睨み合いをさせている訳にもいかない。さすがに昼間の事があるので殴り合いにはならないようだが。
「ジリアーヌ、ありがとう。」
俺はジリアーヌの持っているタオルを受け取ると、手を引いて歩き出す。
ジリアーヌは一瞬ポカンとした表情になるが、直ぐに柔らかい笑みを浮かべて着いてくる。
きつい顔立ちなので無表情だと本当に怖いが、笑うと途端に柔らかい雰囲気が漂う。ジリアーヌのこのギャップは堪らない魅力だ。
「ジョージョ、悪いが俺は〈冒険者〉にはならない。仲間にもしっかりと伝えてくれ。」
振り向いてそう告げるが、ジョージョの眼差しは憎しみに燃えてジリアーヌを捉えていた。
「この売女の泥棒猫がっ!いつもいつも途中で掻っ攫っていきやがってっ!」
「おいっ!」
感情を爆発させてジョージョが喚き散らす。
ムカつくのは理解できるが、さすがに売女呼ばわりはいただけない。
俺が引き返そうとすると、ジリアーヌが「いいのよ」と言って制止する。
「ディケードがわたしを選んでくれただけで十分だから。」
満足そうにするジリアーヌを見ると、何も言えなくなってしまった。
「あたしにだってケモ耳と尻尾があれば、お前なんかには負けないんだよっ!」
喚きながら地団駄を踏むジョージョ。
そういう問題じゃ無いだろうと突っ込みたくなるが、この世界ではケモ耳人の女性の方が一般の女性よりも男に好まれる傾向にあるようだ。
娼婦の少女たちを見ても、一般女性のライーンよりもケモ耳人のカルシーとシーミルの方が人気が高い。ライーンが時折羨ましそうにしている。
俺もジリアーヌを知ってケモ耳と尻尾の魅力に嵌ってしまったからな。
多かれ少なかれ、この世界の一般女性はケモ耳人の女性にコンプレックスを持っているのかもしれない。
しかし、なんとかあの場は収まったが、一歩間違えたら愁嘆場になっていたな。そういうのは正直勘弁して欲しい。
人生を長く生きてきても、そういった事には殆ど免疫がないからな。どう対処していいのか良く分からないし、何より女の醜い部分は見たくない。
それでなくても、日本のサラリーマン時代にうんざりするほど女の嫌な部分を見てきたからな。出来るなら、この世界では極力避けて通りたいものだ。
ジリアーヌが冷静に対処してくれるので助かってるけどな。
「ごめんなさい。」
「ん?」
「恋人でもないのに割って入るような真似をして…話が終わるまで待っていようと思ったけど、つい声を掛けてしまったわ…」
「あ、いや、助かったよ。勧誘の断りを受け入れてくれなかったからね。」
「そう、そんな風には見えなかったけど…」
流石にお見通しか…ジョージョの胸の魅力に惑わされていたのは確かだからな。
勧誘を断りたいのは本当だけど、魅力的な女体への誘いはまた別だしなぁ。
とは言っても、傍から見れば一緒だよな。
ジョージョに対してはっきりと断りの態度を示せればいいけど、俺はそこまで人間が出来てないからな。
今までほとんど女性にモテた経験のない俺は、女性の積極的なアプローチは戸惑いながらも嬉しいと感じてしまうんだよな。それが災いをもたらすと解っていてもな。
「いや、本当に助かったよ。正直なところ、ジリアーヌが声を掛けてくれなかったら泥沼に嵌っていただろうからね。」
「そう思ってくれるなら良かったけど。」
ジリアーヌがホッとした表情を浮かべた。
上手く言い繕う事ができない俺は、正直に打ち明けるしか無い。なにか格好良いことでも言ってジリアーヌの不安を拭う事が出来ればいいけど、俺にそんなスキルはない。
まあ、結果的には良かったみたいなので、一応は安心だ。
「結局、男は若い女の体に弱いって事よね。」
ため息混じりに、呆れたように呟くジリアーヌの言葉が突き刺さる。
そう言われてしまうと身も蓋もないが、否定できないのが辛いところだ…
「でも、ジリアーヌだって十分以上に若いじゃないか。」
「何言ってるのよ。わたしはディケードよりも10歳も年上………つっ!」
「………」
「………」
自分の言葉にショックを受けて、ジリアーヌは地面に座り込んでしまった。
いかん、ジリアーヌがマジで落ち込んでいる。
俺としては当たり前にジリアーヌは若いと思っているが、二十代半ば(アラサー…なのか?)のジリアーヌからしたら俺は少年のように見えるだろうからな。
俺はジリアーヌの隣に並んで頭を撫でる。
「ジリアーヌは最高に魅力的だよ。」
「うう…本当に、本当にそう思う?」
「思うよ。ジリアーヌは俺の知ってる女性の中で最高に魅力的だよ。」
「あの女やカルシーやシーミルよりも?」
「勿論さ。」
「ああ、ディケード…」
ジリアーヌが俺にもたれ掛かって来る。流石に今回は照れて否定したりはしないか。
我ながらよくヌケヌケと言えるなと思うが、ジリアーヌが嬉しそうにしてくれるならそれで良いかと思う。これって年の功なのかね、気恥ずかしさよりも場の空気を大事にしたいと思うのは。
最初は娼婦との一時的な関係だと思い、社交辞令的に褒め言葉を並べていたが、情が交じって親密になった今では、本気でジリアーヌを悲しませたくないと思う。
ジリアーヌは損得抜きで俺に接してくれると思えるからな。
しかし、ジョージョはともかく、カルシーやシーミルをライバル視しているとは思わなかったな。
まあ、外見上は俺と年齢的に釣り合いが取れるように見えるだろうからな。潜在的に恐れていたのかな?
それだけ年の差が気になっていたのか。
まあ、しょうがないのかもな。ジリアーヌからしたら、まだ少年でしかない俺の姿を見るにつけ、いやが上にも自分の年齢を意識させられてしまうんだろうな。
☆ ☆ ☆
なにはともあれ、ジョージョの魔の手を逃れた俺はジリアーヌと魔物の夜襲前の続きを始めた。
丁度いい所でお預けを食らっていたので、魔物と戦って昂った性欲をジリアーヌに受け止めてもらった。
2日連続で何度もしているせいか、狂ったようにする事もなく、一度の交わりである程度スッキリできた。そういえば、昼にも受け止めてもらったんだったな。
ジリアーヌの献身的な奉仕のおかげで、以前のように性欲で苦しまなくなった。ジリアーヌには心から感謝だ。
ジリアーヌと二人ベッドの上に並んで座り、壁に背中を預けて体の火照りを鎮めながらマッタリする。
ジリアーヌは元々色素が薄い体をしているので、今は全身がほんのりと桜色に色づいていて、なんとも形容し難い色気に満ちている。
「もう、満足できたの?」
「ああ、俺だっていつもいつもそんなに盛ってる訳じゃないさ。」
「そうかしら、昨日一昨日からしたら説得力無いわよ。」
「はは…だよね〜。でも、今はこうしたい気分なんだ。」
「ふふ、嬉しい。わたしもディケードとこんな時間を過ごしたかったわ。」
ジリアーヌが俺にもたれ掛かって頭を肩に預けてくる。
大きなキツネ耳が俺の目の前でピコピコと動く。ジリアーヌの頭髪は銀髪に近いプラチナブロンドだが、キツネ耳は色鮮やかなゴールデンブラウンなので、その色の対比が面白い。つい触って撫でたくなる。
「ああ…ディケードに撫でられると凄く幸せ。」
「俺もジリアーヌを撫でていると幸せを感じるよ。」
不思議な感じだ。
ジリアーヌと知り合ってまだ2日しか経ってないのに、もうずっと以前から一緒にいるような感じがする。ジリアーヌなら、俺の全てを受け入れてくれるように思える。これが相性が合うという事なのか。
妻との新婚時代でもこんなに心が安らいだ事が無かったような気がする。なんなんだろうな、この安心感は…
それとも、そう感じさせるようにジリアーヌが上手くムードを作っているのかね。
「飲むでしょう。」
「ああ、いいね。」
ジリアーヌがワインをグラスに注いでくれる。
ワインを流し込むと、喉の奥が軽く焼ける感覚で満たされる。心地よい刺激に心と共に体も軽くなる。
こんな時はウィスキーを飲みたいと思うが、残念ながらこの世界に有るのかどうか分らない。今のところ見てはいない。常に飲みたい訳ではないが、ふと、その場のムードで飲みたくなる時がある。どこかにあると良いんだけどな。
「さっきの戦い方も凄かったわね。」
「そうかな。」
ジリアーヌがミョンジー戦の話題を振ってくる。
「指弾って言ったかしら、あんな小石が曲がりながら飛んできたら避けられないわよね。しかも、出所が分からないから対処のしようが無いし、間髪を入れずに連続で撃てるのね。」
「ミョンジーが殆ど《フィールドウォール》を纏っていなかったから有効だったよ。奴らは触れ合うような近さで群れて行動する習性があるみたいなので、《フィールドウォール》が殆ど発達しなかったんだろうな。」
「ミョンジーとは初めて戦ったんでしょう。凄いわね、そこまで見て考えて行動してるのね。」
ジリアーヌの瞳がキラキラと輝いている。本当に戦いの話が好きなんだな。
「ふと考えるのよね。もし、ディケードとパーティを組んで冒険をしていたら、自分はどんな風に戦うのかなって。」
「ほう、それは興味深いね。ジリアーヌはどうするんだい?」
よくぞ聞いてくれた!という感じでキツネ耳が跳ねるように上を向く。
「ディケードの方が実力はずっと上だから、アタッカーはディケードがやるでしょう。わたしは剣がメインの武器だから、サブのアタッカーになるわね。
多数の魔物を相手にするなら、わたしはディケードの背中を守るわ。魔物が単体なら、囮か牽制役をして注意を引き付けるわ。」
「成程、二人で切り込んで行くんだな。確かに、ジリアーヌになら安心して背中を預けられそうだ。」
「それは買い被り過ぎよ。わたしの剣なんて、せいぜいが中の上くらいだったもの。」
そう言いつつも、尻尾がブンブン揺れながら俺の腰を叩く。
「そうかなぁ、剣に関しては俺はど素人だからな、剣で戦ったらジリアーヌには勝てないと思うけどな。」
「もう、おだて上手ね。そんな訳ないじゃない。わたしじゃ、ディケードのスピードに着いて行けないわよ。」
照れながら俺の背中をバシバシと叩く。少しおばさんっぽいなと思ったのは秘密だ。
でも、割とマジで剣ならジリアーヌには勝てないような気がするんだけどな。ルイッサーと模擬戦をした時にジリアーヌの目の良さが解ったからな。
フッと俺の腰を叩いていた尻尾から力が抜けた。
スムーズに曲がらない膝をパンパンと叩く。
「ま、この脚じゃどうしようも無いんだけどね。」
「………」
ジリアーヌはワインを飲んで大きく息を吐きだす。
「でも、ディケードと知り合えて良かったわ。あなたの戦いぶりを見ていると、心が躍るわ。やる気が沸き起こるっていうか、心の底からワクワクドキドキさせられるのよね。」
「そうか、そう思ってくれるなら嬉しいよ。」
ジリアーヌが俺にもたれ掛かりながらキツネ耳をピコピコ動かすので、俺の耳に当たってくすぐったい。
俺がMLBのイチローや大谷のプレイを見てワクワクしたように、ジリアーヌも俺の戦いを見てそう思うのかもしれない。
俺があんなスーパースターたちと同列になれるとは思わないが、ジリアーヌが少しでも憧れて前向きになれるならとても嬉しく思う。
俺もジリアーヌの献身によって随分と助かっているからな。
ジョージョとはこういうところが違うよな。
ジョージョはあくまで戦いの結果で得た金で自分が贅沢をしたいと思っているからな。俺の戦いや努力に興味は無いんだ。
高い年収や肩書きの良さを求める婚活女みたいなもんだな。今にして思えば、妻の若い頃によく似ている。
☆ ☆ ☆
「ジリアーヌは〈大魔法士〉って知ってるかい?」
「ん、そうね、触りくらいなら。」
そういえば、ジョージョがあたしは〈大魔法士〉じゃないと言っていたけど、〈大魔法士〉とは大規模魔法を使う者なのだろうか?
ふと疑問に思い、〈魔法士〉について訊いてみた。
ジリアーヌの説明によると、〈大魔法士〉とは威力の大きい魔法を扱う者を指すようだ。今回襲撃してきたミョンジー程度なら、一度に10匹以上倒せる威力を発揮するらしい。請負人のランクとしては中級クラスの上位に当たる銀鉄ランクか金鉄ランクに相当するようだ。
魔法には『火』、『風』、『水』、『土』、『雷』の5つの属性というものがあるらしいが、2つ〜4つの属性魔法を扱える者を〈極魔法士〉、5つ全ての属性魔法を扱える者を〈魔導士〉と云うらしい。
請負人のクラスも上級の『魔鉄ランク』以上になるようで、殆どが〈冒険者〉として活動しているらしい。が、わずか一握りの者しかなれないそうだ。
基本的に〈魔法士〉は、《魔法杖》と呼ばれるアーティファクトを用いて魔法を発動させる。
《半神や英雄》の時代と云われた大昔の文明の《聖遺物》らしいが、発掘頻度は高いらしく、割と手頃な価格で手に入れられるとの事だ。
《魔法杖》を使うのは、割と誰でも出来るらしい。
しかし、魔物を倒すほど威力のある魔法を放つには、相性というか、それなりの資質が必要なようで、誰にでも使い熟せるという訳ではないという。
なので、魔法と相性が良くないジリアーヌには、せいぜいが火を灯したり、僅かな水を発生させたりが関の山らしい。
上手く使うコツを〈魔法士〉に聞いても、感覚的なものが殆どらしくて理解は難しいという。
ジリアーヌにしても、知っているのは銅鉄ランクや黒鉄ランクばかりなので、〈魔法士〉の役割は支援活動が殆どらしい。
しかも、〈魔法士〉の8割程度が《火魔法》を使用する者で、他の属性の〈魔法士〉はレアらしい。
という事は、あの《雷魔法》を使っていた男は希少な存在なんだな。
やはりチャンスがあったら、ぜひ話をしてみたいものだ。
とりあえず、ジリアーヌに聞いて解った事は、〈魔法士〉は《火魔法》を使う者が殆どで、大規模な魔法を使う者は殆どいないという事だ。
まあ、大魔法を使える〈魔法士〉が近くにゴロゴロ居たら、恐ろしくてしょうがないよな。テロリストに囲まれているようなものだ。嫌な事があって癇癪を起こしたり、酔っぱらって放った大魔法の巻き添えを食らったら洒落にならんしな。
魔法か…
ジリアーヌの話を聞く限りは、一般的な〈魔法士〉は《魔法杖》の正確な使い方を知らないようだな。発掘してきた《魔法杖》を相性だけで使用しているようだ。
確かに相性は重要な要素だが、それって結局は自分の脳神経の一部の神経束と《魔法杖》の持つパーソナリティとの相性、すなわち波長が合うかどうかみたいだけどな。
俺はさっきジリアーヌとムフフな一戦を交えた時、元々のディケードの記憶がフラッシュバックして知ったので驚いた。
この世界で使用される魔法と呼ばれている現象は、俺の知る限りではアーティファクトと呼ばれるアイテムの使用によって行使されている。
つまり、《半神や英雄》の時代と呼んでいる大昔、異星人たちがレジャーやゲームを楽しむために使っていたアイテムを、いま現代の人間たちが発掘して使用している訳だ。
そのため、本来の正しい使用方法を知らずに、なんとなく使える部分だけを使用していると感じる。それはクレイゲートが持っている《魔法函》もそうだし、奴隷が身に着けている《奴隷環》にもいえる。
しかし、元々のディケードの記憶からは、それらのアイテムはもっと利便性に富んで、様々な応用性があると知った。
例えば《魔法杖》だが、本来これは〈魔法士〉となるゲーマーのパーソナリティをインプットする事で自分流の魔法を学習させて成長させられるようになっている。研究と経験を重ねる事で、魔法をオリジナル化して威力も大きく出来るようになっている。
つまり、自分の成長に合わせて《魔法杖》も成長していくシステムになっている。
残念ながらその方法は大厄災と共に失われたか、あるいは一部の者に秘匿されているのだろう。そのため、威力の低い魔法しか発動できない低ランクの〈魔法士〉が多い状況になっていると思われる。
もしかしたら、〈極魔法士〉や〈魔導士〉と呼ばれる者はその方法を知っているのかもしれないな。
で、魔法を発生させるメカニズムだが…
☆ ☆ ☆
「………ディケード、ディケード!ディケードったら!」
「ん、あ、ジリアーヌか…」
「どうしたの、大丈夫?」
「え、あ…だ、大丈夫だよ…」
いかんいかん、思考の深みに陥って周りが見えなくなっていたようだ。
ジリアーヌが心配そうに覗き込む。
「本当に?」
「ああ、本当に大丈夫だよ。ただ、無くした記憶が少しの間、見えたような気がしたんだ。」
「あ、そうなの。自分の素性とか思い出したの?」
「いや、それは分からないけど、魔法の詳しい使い方を思い出したような気がしたんだ。」
「ディケードって〈魔法士〉だったの?」
「いや、〈魔法戦士〉というか、戦いながら魔法も使用するタイプのファイターを目指していたような気がする。」
「〈魔法戦士〉…初めて聞いたわ。そんなカテゴリーがあるのね。ディケードはやっぱり〈冒険者〉だったんじゃないかしら。」
「う〜ん、どうなんだろう。そうなのかもしれないな…」
俺を心配そうに見つめるジリアーヌには申し訳なく思う。
最初の頃は俺の正体を探ろうとして疑わしく見てたけど、今はそんな素振りは見せなくなったからな。随分と気を許しているように感じる。
咄嗟に誤魔化そうと思って、記憶を失っていた設定を持ち出したけど、ジリアーヌは素直にそれを信じているように思える。
まあ、俺の本当の素性を話しても信じられないだろうし、混乱するだけだろうからな。一応、クレイゲートには報告するんだろうけど、それを聞いた彼がどう判断するかだな。
空になったグラスを置くと、ジリアーヌは体を寄せてきた。
ふわりとジリアーヌの温もりと良い匂いが伝わってくる。
「不思議の塊のような人ね、本当にあなたは何者なのかしらね…」
「………」
「でも、そんな事どうでもいいように思うわ。今、あなたがここに居てくれる。それだけで十分だと思えるわ。」
「ジリアーヌ…」
俺はジリアーヌの体を引き寄せてベッドに横たえる。
ジリアーヌは黙って俺を受け入れるように体を開く。
ジリアーヌと一つに結ばれる瞬間、男として一番幸せな時間なのではないかと思う。ジリアーヌは好意的に俺を受け入れてくれる。不自然なくそう思わせてくれる。
実際のところ、ジリアーヌの真意がどこにあるのかは、俺には判らない。
クレイゲートの命を受けて俺との関係を持っているのかもしれないし、本心から俺に尽くしたいと思っているのかもしれない。
まあ、他人の本心など解るはずがないので、考えるだけ無駄な事かもしれない。
長い人生の中で多くの打算的な女性を見てきて、そして一番近しい妻にも打算で裏切られた。それ以降女性との関わりを極力持たないようにしてきた俺には、もう心から女性を受け入れる事は出来ないのだと思う。
しかし、そうであっても、打算を感じさせずに接してくれるジリアーヌの態度や言動はありがたいと感じる。
ジリアーヌがそういった態度を崩さない限りは、俺もジリアーヌに真摯に向き合っていきたいと思う。
もしこれで俺との行為の後に、カルシーのようにジリアーヌが人目のない所で唾を吐いているような場面を見てしまったら、相当なショックを受けるだろう。
どうにも女の裏の顔が常に脳裏を過るようになってしまったので、如何ともし難い。自分でもかなり病んでいるとは思うが、治しようもないしな。
出来る事なら、ジリアーヌには少しでもこの悪癖を拭い去って欲しいと思うのだが…
どうなる事やら。
読んでいただき、ありがとうございます。
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