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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第2章 -商隊-

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第三十二話 夜襲

 空を赤く染め上げていた夕日が沈んで、少しずつ辺りの暗さが増していく。

 人工物など全く無い自然の中で、馬車に付けられたカンテラの光だけが人間の営みを照らし出している。


 俺の居場所となった娼館馬車群だが、5台の馬車からなっている。ジリアーヌと少女たち三人の娼館代わりとなる馬車が4台と、バーバダーの寝床兼商売用の貨物のための馬車が1台だ。


 この5台の馬車は商隊専属の護衛の馬車群と供に、中央に位置するクレイゲートたち商隊の中枢メンバーの馬車群を囲っていて、その周りを請負人からなる護衛が寝床にしている馬車群30数台が取り巻いている。

 最初、馬車の台数は50台だったらしいが、飛竜や魔物との戦いで5台減ったようだ。


 請負人である護衛たちには簡単な料理とワインが振る舞われるが、俺を含めたクレイゲートたち商隊のメンバーにはランクが上のメニューが用意される。

 そういう意味では、ジリアーヌ娼婦たちも良い扱いを受けている。

 で、ジリアーヌだが、今はバーバダーに料理の特訓を受けている。


「どうしてお前さんは覚えが悪いんだい。塩をそんなに入れたらしょっぱすぎるだろう!」

「うぅ…ごめんなさい…」

「肉を入れるのが早いよ!」

「そんな…」


 どうやら、ジリアーヌは料理が得意ではないらしい。

 その様子を見ながら、ライーンとシーミルがクスクス笑っている。


「いきなりはァ〜無理だよネェ〜♪」

「そうよね。今までわたしの仕事じゃないとか言って全然やってこなかったんですもの、無理よねぇ。なんか突然目覚めたみたいですけど…」


 ライーンが意味ありげに俺に視線を送ってくる。

 成程、そういう事か。ジリアーヌは俺に手料理を振る舞ってくれようとしているらしい。

 俺はジリアーヌの様子を眺める。普段は颯爽としているジリアーヌが、バーバダーに頭を小突かれながら右往左往している様子が面白くて、可愛らしい。


「だーーーっ!肉をこんなに焦がしてどうするんだい!サッと炒めろと言っただろう!」

「ご、ごめんなさ〜い!」


 激昂したバーバダーの蹴りがジリアーヌの尻にめり込んだ。マジ痛そうだ。


「今日は〜、あれを食べるのかナァ〜…」

「そ、そうね…そうなりそうね…」


 シーミルとライーンのテンションが下がっていく。

 ジーッと恨めしそうに二人が俺を見つめる。

 お、俺のせい…なのか?

 少女たちに睨まれると、なぜだか凄い罪悪感に襲われる。なんとなくだが、孫に責められているような、そんな錯覚に陥ってしまう。


 な、何とかしなければ!


 俺は打開策を探して周りを見渡す。

 特にこれといったものは見つからなかったが、空を見上げると、夕暮れの終わった薄暗い中を帰巣するらしい鳥が数羽飛んでいた。


 これだ!


 俺は石をポシェットから取り出すと、鳥に向かって投げた。

 石は加速してカーブを描き、2羽の鳥に命中する。

 落ちてくる鳥を《センス》で導いて減速させ、両手で2羽の鳥をキャッチする。

 その様子を見ていたライーンとシーミルが目を丸くして驚く。


「「 すっご〜〜〜〜いィ〜!!! 」」


 二人が騒いだので、ジリアーヌとバーバダーもやって来た。


「こりゃあ、『トィキー』じゃないか。」

「まさか、撃ち落としたの?」

「ま、まあな。バーバダー、よければこれを食材に使ってくれないか。」


 トィキーというのか。トキとサギを足したような姿形だが、日本ではトキの野生種は絶滅してしまったんだよな。一時期テレビでいろいろと特集が組まれていたな。昔は空を覆い尽くすほど飛んでいたそうだがな。


「そりゃ有り難いが、今日は無理だね。明日食べられるように仕込んどくよ。」

「そうか…」


 やはり直ぐには食えないか…


「でも、久しぶりの鳥肉だ。いい加減レオパールウには飽きていたからね、明日は腕によりをかけて料理するよ。」


 その言葉を聞いてライーンとシーミルも笑顔になる。

 よし。何とかなったぜ!

 いっぽう、ジリアーヌはどんよりと落ち込んでいた。


「ごめんなさい、わたしのせいよね…」

「そんな事はないさ。俺はジリアーヌの作ったものなら何だって食べるぞ。」

「うぅ…ありがとう、ディケード。」


 ジリアーヌは感動したように俺を見つめる。しぼんでいたキツネ耳が幾分膨らむ。


「そういう男の偽善的な優しさは本人の為にならないんだよ。」


 バーバダーのきつい言葉が返ってくる。


「だ〜よ〜ネェ〜♪」

「そうです。ジリアーヌ姉さまはいつもわたしたちにちゃんと出来るまでやりなさいって言います。」

「くっ!分かったわよ。ちゃんと作り直すわよ!」


 唇を噛みながらジリアーヌは調理に戻って行った。

 ライーンとシーミルはクスクス笑い出す。

 どうやら、普段のジリアーヌの態度がブーメランとなっているようだ。


 俺も反省しなければな。

 以前会社では、女性の失敗は大目に見ていたからな。

 女性は叱ると直ぐに、やれパワハラだセクハラだと騒ぎ立てて、ろくに反省もせずに有耶無耶にする無責任な者ばかりだった。いい加減鬱陶しくて、極力関わらないようにしていたからな。


 まあ、そんなだったからマトモな人材として育ちもしなかったな。

 もっとも、そういう女性は早々に男を作って寿退社していくので助かったけどな。


 バーバダーたちを見ていると結構なスパルタ教育だが、その分、ちゃんと反省もするし聞く耳も持っているようだ。

 俺も子供の頃は親に随分と叩かれたものだ。


 それが一概に良いとは思わないが、物が溢れている時代とは違い、人が独りで生きていくのが厳しいこの世界は、寄り添って助け合いながら生活していかなければならない。協調性を学ぶ事が先ずは大切だろう。

 っと、説教臭い事を考えてしまったな。いかんいかん、年を取ると………



 バーバダーの全面的な協力があって、なんとかジリアーヌの料理は完成した。

 まあ、何とか普通に食べられる程度には出来たので、少女たちも黙々と食べている。

 ジリアーヌは困ったような顔をしてスプーンを進める。


「実際にやってみると料理って、思ったよりも大変なのね…」

「まあ、何事も練習が必要だな。でも、請負人時代はどうしてたんだ?野営の時もあったんだろう。」

「ま、まあ、それなりにね…あはは…」


 笑って誤魔化すところに真実が隠されているな。推して知るべしだ。

 俺達のいる場所の奥にあるカルシーの馬車から、中年男性とカルシーが出てきた。


「いやぁ、最高だったよカルシーちゃん。また、頼むよ〜♪」

「へィターさんも、とっても素敵だったわぁ♪こちらこそまたよろしくね〜♪」


 足取りも軽く、スッキリした中年男性が去っていくのを見送るカルシー。

 中年男性の姿が見えなくなると、ぺっとつばを吐く。

 一仕事終えたカルシーが皆の居る場所へ帰ってきた。


「たっだいま〜。やったぁ、ご飯できてる〜♪」

「お疲れさん。ほれ、これを使いな。」


 バーバダーからぬるいお茶を貰うと、カルシーは裏手に回ってうがいをする。それから濡れタオルで全身を拭ってからテーブルに付いた。


「ふうぅ〜…つっかれたぁ!全く、あのオヤジったら、ねちっこいくせに最後は自分だけ満足して終わらせるんだから。中途半端で嫌になっちゃうわ…」

「お前のモノが良すぎたんだろう。それだけ上手くなったのさ。毎度気をやってちゃ保たないからね。」

「へへ、そうなのかな。確かにこれなら何人でも相手出来るけどね。」


 カルシーとバーバダーの何気ないやり取りだが、娼婦という商売の舞台裏での生々しい会話だ。正直、男の立場としてはあまり見たくないシーンだ。


 とはいえ、まだ少女でしかないカルシーが親に売られて奴隷となり、娼婦として売りたくもない媚を中年の男に売ってるのかと思うと心が痛い。

 生きて行くためとはいえ、辛い現実を目の当たりにするとやるせない気持ちになってしまう。

 少女らしく恋もしてないだろうにな…


「ちょ、ディケードったら泣いてるの?」

「えっ、あ、いや、何でもない…目にゴミが入っただけだ…」


 ジリアーヌに指摘されるまで、自分が泣いているなんて思いもしなかった。

 年を取ると涙腺が弱くなってイカンな…


「やれやれ、お前さんも変わってるね…」


 同情なんてするんじゃない、というバーバダーの視線が痛いぜ。




「女神様に感謝を。」


 祈りの言葉を捧げてから肉を口にするカルシー。


「うっ!なにこれ、モソモソして辛いよ。」

「今日は我慢してお食べ。」

「………ご、ごめん…」


 ジリアーヌがプルプル震えながら赤くなって俯いている。

 それを見て驚くカルシー。


「えっ!?これ、ジリアーヌ姉さまが作ったの!」

「そうそう〜♪面白かったヨ〜♪」

「後で教えてあげるね。」

「余計な事は言わなくていいのよ!」


 赤くなって怒るジリアーヌを、三人の少女は笑いながら見ている。

 どんな境遇になっても笑いながら過ごす女性陣に逞しさを感じずにはいられない。




 ☆   ☆   ☆




 食後の時間をジリアーヌと過ごす。

 馬車の中でジリアーヌのキツネ尻尾をモフモフする。キツネ尻尾を軽く手で握り、毛並みに沿って滑らせていく。


「うぅ…そ、そこは…」

「この手触り、ジリアーヌの尻尾は最高だ。」

「嬉しい。今ならいくらでも触って大丈夫よ。」

「ああ、そうさせてもらうよ。」


 俺はジリアーヌの尻尾を愛撫しながら、さっきの失敗を思い出していた。

 食事を終えてワインを楽しみながら会話をしていたが、隣に座るジリアーヌの尻尾が気になってつい触ってしまった。


「あっ…」


 手触りの良さにそのまま触り続けた。

 すると、それを見たバーバダーと少女たちが軽蔑するような視線を向けてきた。


「お前さん、何をやってるんだい!」

「それは酷いです…」

「うわぁ、さいてー!」

「だよネェ〜、だよネェ〜。」


 何やら良くない雰囲気に俺は慌てて手を放したが、ジリアーヌは真っ赤になって俺を責めるような目で見ていた。


「ま、まずかった…のか?」


 俺の問いにジリアーヌがコクリと頷く。


「お前さん、そんな常識も知らないのかい。」

「やっぱりディケード様は変態です。」

「さすが、ギンギン坊主と呼ばれるだけあるよね。」

「ディケード様はいろいろと凄いけどォ〜♪、今は凄くないでスゥ〜…」


 なんかヤバいぞ!俺の評価が一気にどん底に落ちてしまった…

 散々に言われた後説明されたが、ケモ耳人の尻尾を他人のいる所で触るのは公衆道徳に反するらしい。人前で女性の胸やお尻を触るのと一緒で、ようするに痴漢行為にあたるとの事。それは親しい間柄にあってもそうらしい。


 そ、そうだったのか…


 本来、尻尾を晒す事は恥ずべき行為とされているので、一般人は尻尾を衣服の中に隠している。お尻にある小袋がそれだ。

 が、奴隷の娼婦は尻尾を晒す事で身分を表しているとの事だ。それは奴隷の娼婦に課せられたペナルティであり、一般女性と差別化を図っているらしい。


 ちなみに、ケモ耳人じゃない人間の奴隷娼婦の場合は尻尾に当たる場所に布地で出来た尻尾が付けてある。後でライーンのドレスを見てみたら、確かに布地の尻尾が縫い付けられていた。これではせっかくのドレスのデザインも台無しだ。

 奴隷の娼婦というのは、かなり過酷な環境にあるんだな。


 俺の謝罪をジリアーヌはすぐに受け入れてくれた。皆にも記憶を無くしているので一般常識に欠けるところがあるので大目に見て欲しいと弁明してくれた。

 皆は記憶が無いことを不思議がっていたが、納得はしてくれたようだ。

 ありがとう、ジリアーヌ。助かったよ。

 この時、ジリアーヌがそっと囁いた。


「後で二人きりの時にいっぱい触ってね。」

「お、おう…」


 落ち込んでいたテンションが爆上がりだ。イイ女だぜ。




 ☆   ☆   ☆




「あはぁン…くぅ〜…」


 てな訳で、今こうしてジリアーヌのキツネ尻尾を弄り倒している。

 ホントに堪らんな、この感触。しかも、ピクピク震えながら感じるジリアーヌの姿が最高にセクシーだ。

 確かにこれだと、人前で触るのは問題になるよな。一般のケモ耳人が尻尾を隠しているのも頷ける。


 でもなぁ、ディケードの記憶だと、異星人たちのアバターだった獣人(ケモ耳人)たちは、普通に尻尾を晒していたようだけどな。


 それどころか、いかに可愛らしく見せるか、セクシーに見せるかを工夫していたみたいだ。ある者はリボンやアクセサリーを付けたり、ある者は動きを変化させたりして個性的に振る舞おうとしていた。

 時代と文化が変われば随分違うものだと感心する。


 さて、尻尾を堪能した後はジリアーヌの体を…

 そう思った時だ。


「魔物だーーーっ!魔物の来襲だーーーっっっ!!!」


 見張りの張り上げた声と鐘の音が鳴り響く。

 俺は咄嗟に馬車を出てハルバードを握る。


 夜目を効かせて辺りを見渡すと、猿のような獣の群れが山側に張ったフェンスをよじ登ったり、開いた穴から入り込もうとしていた。

 護衛に就いていた者たちの一部は戦いを始めている。


「ディケード、これを。」

「すまない。」


 ジリアーヌが俺の服と防具を持って来てくれたので、急いで身に着けた。

 準備が整うと中央で指揮を執るルイッサーの下へ駆けつけた。


「ディケードか。相手は『ミョンジー』だ。お前には中央の守りを頼む。」

「了解だ。」


 俺は商隊の中央部分とフェンスの間に立って、ミョンジーを迎え撃つ位置に着く。

 まずはミョンジーという魔物を観察して特性を見てみる。


 猿というかチンパンジーに近いようだが、大きさは人間とあまり変わらないようだ。だが、動きは圧倒的に早い。10m以上あるフェンスをあっという間によじ登り、そこから苦もなく飛び降りて来る。

 こいつらは固まって行動する習性があるのか、殆ど密着したまま行動している。


 飛び道具となる弓矢や魔法を使える者は攻撃を仕掛けるが、動きについて行けずに不発に終わってしまう。特に魔法の火の玉は速度が遅くて、まったく攻撃には役に立っていなかった。

 しかし、照明代わりになるので、暗闇に隠れていたミョンジーをあぶり出す役には立っていた。


 明かりに照らされたミョンジーを見ると、姿形はチンパンジーに似ているが、顔はメガネ猿やキツネ猿に似て目が大きく夜行性のようだ。

 火の玉が近くを掠めた時の瞳の動きが凄くて、丸くて大きな瞳孔が一瞬で細長くなった。もしサーチライトのような強烈な照明があれば一網打尽に出来るだろう。


 俺は近くで《火魔法》を放っているジョージョに声をかけた。


「ジョージョ、もっと大きな火の玉は作れないのか?」

「無理よ。あたしは〈大魔法士〉じゃないわ!あたしの魔法と《魔法杖》ではこれが精一杯よ!」


 巨大な炎の塊を作れないかと思ったが無理なようだ。

 他の《火魔法》を使う〈魔法士〉も似たようなものだ。分裂する火の玉を放つ者もいるが、役に立っていない。さすがに漫画やアニメのように多数を一気に殲滅するような魔法は無いらしい。


 どうやら1匹ずつ倒していくしかないようだが、物は試しとフェンスをよじ登るミョンジーどもに地面の砂を拾って拡散するように投げつけた。

 が、やはり夜でも昼間並みに見えるのだろう。かろうじて1匹だけフェンスから脱落したが、他はあっさり躱していた。


 俺は攻撃方法を指弾に切り替えて、フェンスから飛び降りているミョンジーを狙い撃つ。《空間移動(スライド)》を使わない限りは、短い距離での落下中は空中で体勢を変えたり軌道を変えたり出来ないからだ。


 両手を使って次々と指弾を打ち出していく。小石を加速しながら微妙にカーブを描いて飛ばす。

 ミョンジーは着地に備えて地面を視線に捉えているので、死角からの攻撃となる指弾が次々と着弾していく。しかも、目が大きい事が仇となって、指弾の殆どは目潰しとなる。ミョンジーは強い《フィールドウォール》を張れないらしい。


 ミョンジーは目を押さえて落下し、殆どが着地に失敗して背中や尻から落ちて転げ回る。護衛たちはそのチャンスを逃さずに、剣や槍であっさりと仕留めていく。

 後はその繰り返しだ。


 また、指弾の及ばない場所に着地したミョンジーに関しては、ルイッサーが上手く指揮を取り、六人で二人一組の3小隊を作って群れるミョンジーを分断しながら戦っていた。

 これは上手く機能して、危なげなく討ち取っていた。さすがは元傭兵といったところか。


 そんな中、一人異彩を放つ攻撃をしている男がいた。

 〈魔法士〉らしいが、持った《魔法杖》の先が一瞬だけスパークしたように青白く光ると、落下途中のミョンジーが「ウギョーーーッッッ!!!」と悲鳴を上げて体を硬直させ、そのまま地面に落ちていく。

 落ちて気絶したままのミョンジーを、仲間らしい男が槍で突き刺して止めを刺していた。


 どうやら男が使う魔法は雷というか電撃を与えているようだ。

 そんな《雷魔法》があるのかと関心する。まるで雷を扱うギリシャ神話のゼウスのようだ。まあ、一般人にはうる○やつらのラ○ちゃんと言った方が分り易いかな。

 もっと見てみたいと思ったが、今は俺も指弾を放つのに忙しい。機会があれば話を聞いてみたいと思った。


 ミョンジーとの戦いは1時間ほどでケリがついた。

 100匹以上いたミョンジーは全滅したのに対して、こちらの被害は軽症者が五名だけだ。


 これにはルイッサーもご満悦だ。この程度の被害で済むのは本来はありえないらしく、上出来どころか奇跡に近いとまで言っていた。

 ただ、ミョンジーがこれほどの数で攻めてくるのは珍しいようで、ルイッサーもこれだけ大規模な魔物との戦いは初めてだと言っていた。


 ルイッサーは、今回の一番の功労者は俺だと持ち上げた。

 俺の指弾による攻撃で、フェンスを超えたミョンジーの半数近くが戦意喪失となったらしい。数は意識してなかったが、見張り番がカウントしていたようだ。


 次の功労者は《雷魔法》を放っていた男のパーティで、二人で20匹を超える戦果を上げたようだ。二人でハイタッチをしている。この世界にもハイタッチはあるんだな。


 クレイゲートによる報酬の分配が行われた。

 俺は全体の3割を貰い、《雷魔法》を使う〈魔法士〉のコンビは2割を貰っていた。残りの5割をその他の護衛たちで分け合った。


 しかし、これに対して護衛をしている請負人たちから物言いがついた。

 特に腕に自信のある者たちは、俺が余計な事をしたと主張した。俺があんな事をしなくても十分にミョンジーを倒せたので、得物を奪われたと言い出したのだ。


 その言い分には納得するものがある。

 確かに今回襲撃してきたミョンジーたちは、1匹1匹は大して強くもない魔物だった。その数が驚異的だったので、俺は倒す事よりも戦闘不能の数を増やす事に専念した。


 それはそれで間違いではないと思うが、魔物を倒して稼ぐ事を目的にしている請負人達にとっては要らぬ世話となったようだ。稼ぎの半分を持っていかれたと思うのも仕方ないのかも知れない。


 だけど、いくら腕に自信があるとはいえ、剣や槍で個々に対応していては取り零しもあるだろうし、怪我をするリスクも跳ね上がる。

 結局、戦略的には成功したが、個々の請負人とすり合わせが出来ていなかったので、俺の独断専行という形になり、戦術的には失敗したというところか。


 今までは独りで戦ってきたので、そんな事を考えなくて良かったが、今後はそうもいかないようだ。組織行動の難しいところだな。


 さて、問題をどう解決するかだが、俺が報酬を辞退して彼らに渡すのもプライドを傷つけるだけだろう。

 取り敢えずは独断専行したのを謝った方が良いかと思った。

 が、そこにルイッサーが割って入ってきた。


「ディケードは皆も知っての通り、単独で飛竜を倒した猛者だ。今回護衛をして貰うに当たって通常の10倍の護衛料を支払っている。なので、今回のような働きは当然のものだ。そして、ディケードの働きがあったからこそ犠牲者を出さずに済んだ。これは倒した魔物の数以上に重要な事だ。

 ボスの決定に不服があるなら決闘で決めろ。ディケードに勝ったら報酬は全額そいつのものだ!」


 ルイッサーの一喝に護衛たちは黙り込む。

 護衛たちは納得がいかないという様子を見せながらも、ブツブツ文句を言いながら引き下がり、解散していった。


「あんなのに勝てる訳ねぇ。」

「けっ、若造のくせによ。」

「いくら強いったって、10倍はえげつねぇなぁ。」


 などなど、悔しさを滲ませている。

 一応この場は収まったが、いろいろと不満を持たれて遺恨を残したようだ。


 俺は根が臆病な小心者なので、こういった感じで敵を作るのは本意ではない。特に日本の会社で働くサラリーマンにとっては、こういった事は致命傷となりうる。

 俺が落ち込んでいると、ルイッサーが肩に腕を回して来た。


「へっ、この世界は実力が全てだぜ。そこに若者も年寄りもねーよ。

 なあ、ディケード。経験が無いから不慣れかも知れないが、こういう時はガツンと言ってビビらせてやれば良いんだよ。それが一番だぜ。」

「あ、ああ、そうだな。今度からそうするよ。」


 男臭い笑いを浮かべるルイッサーに、俺は一応礼を言っておく。

 確かにそうかも知れないが、それはパワハラだろう。

 サラリーマン時代に散々上司のパワハラに悩まされてきただけに納得しがたいものがある。もう少し上手く立ち回って話し合いで護衛の請負人たちを納得させる手段があったかも知れないと思う。


 が、果たしてそうなのかと、自分でも疑問に思うところがある。

 なんだかんだいって、彼らは力の世界に生きている。ある程度の道理は通用するだろうが、下手な理屈なんて聞く耳を持たないだろう。


 この世界は弱肉強食が基本だ。

 娼婦の少女たちを見ても分るが、弱者は切り捨てられ虐げられて食い物にされていく。

 パワハラだセクハラだと騒ぐのは、生きていく上で生活に余裕があるから出来る事だ。今を生きる事に精一杯の者にそんな事を言っても意味が無いだろう。


 結局、ある程度普通に生きていけるだけの社会基盤が出来ない限りは、人権云々で騒ぐより、こういった力による支配がある程度は必要なのかもしれないと思う。

 後は、その中で自分なりに他者への思いやりを忘れずに折り合いをつけていくしかないのだろう。

 結構ストレスが溜まるが、人の中で生きて行くというのはそういう事だろうさ。


 ふう〜…

 大きく息を吐いて気を取り直す。


「ふふん、若者らしいところもあるじゃないか。」


 ルイッサーが去るとジョージョがやって来た。

 これまたストレスの元がやって来てうんざりする。


「実力は凄いけど、経験が足りないね。何ならベッドの上でいろいろと経験を積ませてあげても良いんだよ。」

「間に合ってるよ。」

「連れないねぇ…」


 ジョージョは何かにつけて胸を押し付けてくる。引き離すのは簡単なはずだが、なぜかそうできない不思議な力が働いてしまう。

 まさに巨乳恐るべしだ。




読んでいただき、ありがとうございます。

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