第二十九話 魔法士
俺は《女神プディンの庭》から馬車に戻って護衛の位置についた。
商隊は山間部の街道を進んでいる。晴れ渡った空の下、前方には天に届きそうな黒い柱《天柱》が見えている。
俺はそれを見ながらため息をついた。
色々と考えたい事があったが、少し遅れて男三人女一人の若い四人組がやって来た。ダラダラと話し込んでいて、緊張感のかけらも無い感じの奴らだ。
「よう、飛竜殺し。今日は一緒に殿で護衛する『惨殺の一撃』のリーダー、ケルパトーだ。宜しくな。」
「ナクッシーだ。」
「………」
「ジョージョよ。ナーダエル、挨拶くらいしなさいよ。」
「ディケードだ。よろしく頼む。」
リーダーのケルパトーは二十代半ばよりちょっと上くらいだが、ヘラヘラしていてお調子者という感じだ。他の連中は20〜23歳くらいのようだが、ナーダエルという男は皆とは対照的に不機嫌そうにブスッとしている。
リーダーのケルパトーが近寄ってきて耳打ちする。
「あいつは一昨日の飛竜戦で親友を失ってるんだ。あまり気にしないでやってくれ。」
「成程な、解った。」
俺も飛竜に殺される者を何人か見たが、一緒に戦ってきた親友なら、さぞかし辛いだろう。
でも、その割には他のメンバーに悲壮感は無いな。命がけの仕事をしているとこんなものなのか?
商隊のメンバーもかなりの犠牲者を出した割には、皆普通に日常を送っていると感じたが、それが当たり前の世界なのか?
日本でも他の国でも、昔はこんな感じだったと伝え聞いたり本で読んだりしたが、深く繋がりのある人間以外はこんなものなのかもな。
命の安い世界なのかもしれない。
紅一点のジョージョという女が側に来て、ジロジロと値踏みするように俺を見る。この女はケモ耳人ではなく普通の人間の女だ。マントを身に纏っているが、胸元や脚を大胆に露出している。こんな格好で護衛が務まるのか?
「へえ、若いけど好い男じゃないか。失敗したね、あの商売女に盗られる前に抱かれときゃ良かったかね…」
「止めとけよ、お前には過ぎた男だよ。」
「なんだい、焼き餅かい。でも、かなりのモノだったじゃないか。」
「確かにな。羨ましい限りだぜ。ギンギン坊主。」
「けっ!」
「………」
何の話をしてるのか解らなかったが、話が進むうちに、このジョージョという女は、俺が飛竜を倒した後に抱きついてきた女だと判った。
俺は裸になってこのジョージョを追いかけ回したが、この後ジリアーヌが取って代わった。ギンギン坊主という嫌な二つ名の原因となった女だ。
しかしまあ、迷惑をかけたのは確かだ。
「そ、それは済まなかったな。謝罪する。」
「構わないさ。あんたが来なけりゃ、あたしたちは全滅してたかもしれないんだ。感謝しているよ。」
さり気ない風を装ってジョージョが俺の胸に手を当てる。
単なるスキンシップかもしれないが、こういった事に慣れていない俺は少し驚く。しかもジョージョが目の前に来た事で、大きく開いた胸元から胸の谷間が深みを増して見える。Gカップはありそうな爆乳だ。思わず覗き込んでしまう。
ジョージョがニンマリと笑った気がした。
ナーダエルという男がぼそっと呟く。
「どうせなら、もっと早く来れば良かったのによ…」
「何言ってんだい!自分の命が助かっただけでも儲けもんだろう。」
ジョージョが怒鳴り返すと、ナーダエルはブスッとしてそっぽを向いた。すかさずリーダーが宥めに入った。
チャラ男っぽいが、意外と面倒見が良いのかもしれない。
「済まないねぇ。でも気にする事はないよ。」
「あ、ああ…」
「それよりさ、あの飛竜高く売れたんだろう。羨ましいねぇ。」
ジョージョは馴れ馴れしく俺の腰に手を回してしなだれ掛かってきた。
少し汗の匂いが混じってはいるが、強烈な女のフェロモンと胸の柔らかさを感じてしまう。
危険信号が頭の中で鳴り響く。
やばい!
こいつは女を武器にして男を利用するタイプの人間だ。
サラリーマン時代に何人もそんな女を見てきたし、その毒牙に掛かった男を何人も見てきた。俺もその犠牲者の一人だ。
「いや、まだ金額は知らされてない。」
俺はしらを切りながら、そっとジョージョの腕を外して距離を取る。
ジョージョは気にした様子も見せずにニンマリと笑う。
「そうかい、それは残念だねぇ。きっと目玉が飛び出るくらいするんだろうねぇ。
でも、ディケードはシャイなんだねぇ。もっとイケイケな性格だと思ったのにねぇ。女が欲しくなったらあたしに声を掛けてもいいんだよ。」
「いや、間に合ってるから大丈夫だ。」
「連れないねぇ…」
「はっははは…振られたなジョージョ。
ディケード、軽い冗談だ気にしないでやってくれ。」
「ああ。」
「もう、冗談じゃないのに。」
未練を残すようにジョージョがリーダーたちの所に戻って行った。
開放されてホッとしたが、あの色気と胸はやばかった。
つい、昔の大人のお風呂屋さんで体験した爆乳女を思い出してしまった。
あれは凄かった。あの柔らかさが今でも手に残っている。
って、今はそんな事を考えている時ではない。護衛任務中だ。周囲への警戒を怠らないようにしないと。
何だかいろいろと濃い連中だが、お陰で鬱陶しい気分が少しは紛れたかな。
《女神プディン》との会話から、この惑星とその周辺の宙域が非常事態の最中だってのは解ったけど、宇宙規模の話をされたって、一介のオッサンにどうこうできる訳もない。
一応回復には向かっているらしいし、俺が生きてる間は無事な事を願うだけだ。
それに俺の事をセイバーと同一人物とか言っていたけど、どういう事なんだ?
まったく、訳が分からない事ばかりだ。
考え事をしていると、強烈な悪臭が漂ってきた。
何事かと思って見ると、ルイッサーの部下が鉄板の上で焼かれる肉を持って来た。ジュージュー音を立てながら焼かれる肉は、とてつもなく嫌な臭いを放っている。
その鉄板を見張り台の一番高い棚の上にある火鉢の上に置くと、ルイッサーの部下は袋に入った肉を置いてそそくさと去っていった。
なんだこれはと思っていると、『惨殺の一撃』の連中が嫌そうに話をしだした。
「これだけは何度嗅いても慣れねぇなぁ…」
「ほんと、鼻がひん曲がるよ。」
「無いよりは多少マシって程度なのにな…」
「けっ…」
これは何だと訊くと、そんな事も知らねぇのかよと呆れながら教えてくれた。
これはゴブリンの肉を焼いているとの事で、その放つ悪臭は魔物を近寄らせないらしい。特にゴブリンにはかなり有効らしく、そのお陰でかなり被害が減っているそうだ。
とはいっても、この臭いをずっと嗅がされるのは正直勘弁して欲しい。臭いが途切れないように肉を追加しながら焼かなければならないので、これはかなりの苦痛を強いられる。
鼻を摘みながら周囲を警戒していると、山の斜面の木の陰でガサガサと動く気配がした。ズームして見てみると、一体のゴブリンが遠ざかっていくのが見えた。確かに効果はあるようだ。
そいつは商隊を襲うために見張りをしていたのだろうか?近くに群れがいるかも知れないので、俺は連絡係に知らせておいた。
暫くは何事もなく馬車は歩を進めた。人間の歩く速度の2〜3倍ほどなのでのんびりしたものだ。
馬車は2頭の馬によって引かれているが、馬車自体は結構重い。というのも、馬車はホロを張った物ではなく、きっちりと四隅と天井を頑丈に囲まれた作りになっている。これは魔物の襲撃に備えているためで、壁には鉄板が張られている。いざという時には盾代わりになるように出来ている。そのために重量はかなりの物だそうだ。
2頭立てとはいえ、この重い馬車に荷物を積んで舗装されていない山道を歩くのは相当堪えると思う。
後から知ったが、商隊を運営するクレイゲートの部下は50人程で、後は70人程をその都度護衛として請負人を雇っているとの事だ。
そんなにも護衛が必要なのかと驚いたが、毎回一度の旅で最低でも5人は命を失うというから、随分と過酷なようだ。
それだけ至る所に魔物が蔓延っていて、《女神の庭》以外では危険という事だ。
今、俺と一緒に護衛をしている『惨殺の一撃』の四人も元は五人だったようだし、その厳しさがよりリアルに理解できる。
しかし、『惨殺の一撃』とはチーム名らしいが、凄い名前だな、おい。
そんな危険な仕事だが、護衛を募集すると直ぐに締め切るほど集まるそうだ。
請負人の仕事としては、護衛はこれでも比較的楽で安全らしい。しかも、それなりに実入りも良いという。
☆ ☆ ☆
山の斜面をヒョウ柄狼ことレオパールウの群れが下ってきた。
群れは8匹からなるようだが、街道へ出ると真っ直ぐにこちらへ向かって来る。
「よっしゃ、稼ぎ時だ。皆配置に付け!」
リーダーのケルパトーが号令をかけると、メンバーは弾かれたように馬車から飛び降りてそれぞれの位置に付いた。見るからに戦い慣れた感じだ。
「ディケード、ここは俺たちに任せてくれ。手を出すなよ。」
「了解だ。」
他人の魔物との戦いをちゃんと見るのは初めてなので、思わずワクワクする。
地面に降り立った『惨殺の一撃』のメンバーは、菱形の形を成して陣取った。
先頭には一番体格のいいナクッシーが身長よりも大きな盾を構えて立つ。ちなみにハスキー犬のような立派な耳を立てていて、体の大部分を鉄の鎧で覆っている。
右側後方にはリーダーのケルパトーが陣取り、大きめのロングソードを構えている。彼は普通の人間で、俺と同じように皮革製のチョッキタイプの防具を着ている。
左側後方はナーダエルと言ったか、親友を殺された奴だ。そいつはショートソードを両手に持っている。黒豹のようなネコ耳をして、身軽な格好をしている。
最後尾にはジョージョが50cmくらいの木の棒を持って立っている。棍棒なのか?にしては随分と軽そうだが。
以外にも、先手を打ったのはジョージョだ。
マントで体を覆いながら棒を突き出して構える。すると、突き出した棒の先から火の玉が出現して飛んで行った。
ソフトボールくらいの大きさの火の玉は時速30〜40kmくらいで飛んで行き、レオパールウの直前で幾つもの小さな火の玉に分裂して、8匹全てに直撃した。
これには驚いた。
最初は花火みたいなものかと思ったが、火薬やバネなどのギミックがあるようには見えなかった。
まさか、魔法なのか⁉
次に浮かんだのはその考えだ。
飛竜戦の時にも槍や矢に混じって火の玉が飛んでいたが、これがそうだったのか!でも、あの時は火の玉が分裂せずに飛竜に当たっていたが、使い分けが出来るのか?
よく分からないが、火の玉が当たったレオパールウは被害こそ殆ど無いものの、一丸となっていた群れがバラけてしまい、てんでばらばらに『惨殺の一撃』に突っ込んでいった。
レオパールウのボスと思われる個体の攻撃を、ナクッシーの大盾が立ち塞がって邪魔をした。
ボスは《スライド(空間移動)》を使って大盾を回避したが、それを待っていたようにリーダーのケルパトーがロングソードを閃かせてボスの首を刎ねた。なかなかの剣さばきだ。
今回はボスが左へ回避したのでリーダーが対応したのだろう。右に回避していればナーダエルが対応したと思われる。連携の取れた見事な戦いだ。
いきなりボスを失ったレオパールウたちは動揺して動きに精彩を欠いた。
ジョージョがもう一度拡散する火の玉を放つと、レオパールウたちはそれを避けようとしてスピードが落ちた。
そこへ三人の男たちが突っ込んで行き、各個撃破していった。
三人の腕前はルイッサーに比べると見劣りするものの、危なげなくレオパールウを仕留めた。
一度、ナーダエルが危ない場面があったが、ジョージョが放った火の玉がレオパールウを火だるまにして難を逃れた。
あの火の玉は拡散せずに単体のままぶつける事も出来るようだ。一瞬だが、《フィールド》の揺らぎが見えた。
それと、マントは自分の体を火の玉の熱から守るために纏うようだ。魔法を放つ時はフードを被って顔と頭を隠している。
後、面白かったのはナクッシーの大盾のギミックだ。
盾の前面や側面に刃が立てられるようになっていて、レオパールウにぶつけながら体を切り裂いていた。
ものの3分と経たずにレオパールウの群れは全滅した。
連携が見事にハマって、それぞれの役目を全うしたパーティの実力に、素直に凄いと思った。
飛竜戦の前にレオパールウに襲われていた三人の護衛を見ていただけに、もっと苦戦するのかと思っていたが、そんな事はなかった。あれは飛竜の存在が大きすぎて、他への対応が疎かになった為にああなったのだろう。
俺が凄いなと褒めると、リーダーのケルパトーはドヤ顔をしながらもっと褒めてくれとスキップしていた。やっぱりチャラ男だ。
今回、俺は初めて他人が魔物を倒すところを目撃したが、実際に剣等で生き物が殺されるシーンを見るのは、かなり精神的に来るものがある。
自分が戦っている時は、自分の身を護るために必死になっているので、正直今まであまり気にならなかったが、自分がやるのと他人がやるのを傍から見るのでは、かなり印象が変わってくる。
特に今のように一方的に殺してしまうと、残酷だと思ってしまう部分もある。と言うのが正直な感想だ。
我ながら随分と勝手な事を思っているという自覚はあるが、現代日本で育ってきた俺には、無意識のうちに動物愛護の精神が刷り込まれているんだと思う。
しかし、戦わないという選択が出来ないのも事実だ。戦わなければこっちの命が奪われる。魔物は死ぬまで戦いを止めないからな。
ある意味、これは人間と魔物の生存をかけた戦争ともいえる。実際に、過去に人間は魔物に滅ぼされかけたらしいからな。この世界で生きて行くなら、こういった光景にも慣れていく必要がある。
思わず感傷に浸ってしまったが、その間にも『惨殺の一撃』のメンバーは次の仕事に取り掛かっていた。彼らは麻袋を8つ取り出すと、倒したレオパールウを入れて馬車に設置された箱の中に入れていった。
訳を訊ねると、護衛が倒した魔物はクレイゲートが買い取ってくれるという。それこそが請負人としてのメインの収入となるようだ。
実際、この『惨殺の一撃』のように護衛として雇われた請負人への依頼料金は大した金額ではないという。
俺は一応最高ランクの護衛として、さらにその10倍の料金を提示された。そこから逆算すると、通常は最高ランクでも1日の護衛料は銀貨2枚だ。つまり日本円で約2万円だ。
しかも、そこから寝床として馬車の使用料と1日2食分の食費が引かれるので、最低ランクだと手取り額はかなり厳しいようだ。何とか生活できる程度らしい。
で、それを補うのが魔物の買い取りだ。
この方法を採用する事で、護衛料金だけ貰って手抜き仕事をするという訳にもいかず、請負人は必死になって魔物と戦わざるを得なくなる。
逆を言えば、多くの魔物を倒した者はそれだけ多くの収入を得る事になる。よく考えられたシステムで、クレイゲートの有能さが伺える。
クレイゲートは商人として、買い取った魔物を、肉や毛皮、牙や爪、そして魔石を扱う業者等に卸して利益を得ているのだろう。
ちなみにランク付けだが、これは請負人組合という請負人に仕事を斡旋する組織があるようで、そこで認定されたランクをそのまま採用しているという。
護衛の仕事に雇われるのは中級クラスの請負人で、下から黒鉄、銅鉄、銀鉄、金鉄のランクとなる。
『惨殺の一撃』のパーティは、パーティとしては銅鉄ランクで、個人としてはリーダーのケルパトーが銀鉄ランク、他の男のメンバーは銅鉄ランク、ジョージョが黒鉄ランクという事だ。
後で知ったが、メンバーの服や体に貼り付けてあるシールのようなカードが請負人のランクを表示する物のようだ。ケルパトーが銀色で、他の男のメンバーが赤銅色、ジョージョが黒のカードを貼っている。カードの右側が赤銅色になっているが、それはパーティランクを表している。
余談だが、ジリアーヌとルイッサーは金鉄ランクだったそうだ。もっとも、ルイッサーは請負人とはいっても傭兵だったらしいが。
全ての麻袋を収納し終えると、止まっていた馬車が動き出した。
連絡係によって呼ばれた護衛の遊撃隊が待機していたが、手を貸すまでも無かったので引き上げていった。
その中にはルイッサーの姿もあったが、俺に一瞥だけくれるとそのまま帰っていった。
一仕事を終えた『惨殺の一撃』のメンバーはホクホク顔だ。
レオパールウの買取額はどのくらいか分からないが、それなりの臨時収入になるのだろう。
飛竜の時は金にならずに犠牲だけが出たと嘆いているし、親友を失ったナーダエルは悔しそうにしている。
そうか、負け戦の時は何も得られないのか。それは厳しいな。
それはそうと、俺はさっきのジョージョの攻撃に興味を抑えきれずに話しかけた。出来るならこの手の女とは関わり合いになりたくないのだが。
「ジョージョ、さっきのはもしかして魔法なのか?」
「そうさ《火魔法》さ。なに、魔法を見るのは初めてだったの?」
「あ、ああ、まあな…」
逆に訊き返されてしまった。
どうやら《火魔法》という魔法らしいが、珍しいものでもないようだ。
「もしかして魔法に興味があるのかい?よければ手取り足取りその他いろいろ取って教えてあげるよ。」
ジョージョは胸をタユンタユン揺らしながら近づいてくる。
爆乳が波打ちながら揺れる様にどうしても目が行ってしまう。男の悲しい性だ。
この女は自分の魅力をよく解っていて、それを存分に利用してくる。
「いや、結構だ。それには及ばない。」
「なんだい、若いのに食いつきが悪いねぇ。ほうら、嫌いじゃないんだろう。」
ジョージョはムニッと胸を寄せて上げて、さらにボリューム感をアップする。
ここまであからさまだと逆に引いてしまうが、自分が本当の17歳だったらフラフラと引き寄せられていただろう。
俺は好奇心に負けてジョージョに話しかけた事を後悔した。
ジョージョがろくに接点のない俺に好意を寄せているとは思えない。飛竜殺しの実績に興味はあるだろうが、それよりもそれを売った金に執着しているというのが本当のところだろう。俺と関係を持って利用しようと思っているのが透けて見える。
「これが《魔法杖》だよ。《半神や英雄》たちの《聖遺物》さ。あたしたち〈魔法士〉が扱う事で魔法が発生するのさ。」
魔法を使う者を〈魔法士〉というらしい。ジョージョが差し出す《魔法杖》を受け取ろうとしたら、スルッと躱すように引っ込められた。
差し出した手が空を切り、ジョージョがニヤリと笑う。
俺が怪訝な表情を浮かべると、ジョージョがぐいっと身を寄せて胸を押し付けてきた。
「この続きはベッドの上だよ。昨夜もその前も娼婦たちをダウンさせたらしいじゃないか。絶倫だねぇ。あたしもそんな凄い攻めを受けてみたいもんだよ。」
「いや、俺は…」
あんな馬車の中でやっていれば全部筒抜けか。やっべぇなぁ…
それにしてもジョージョのフェロモンはヤバいな。今の戦いで昂ってるんだろうけど、間近で嗅がされるとクラっとしてしまう。ジュニアが荒ぶりそうだ。
ビッ!
凄い《プレッシャー》が突き抜けた。
次いで、《フィールド》の揺らぎと殺気が感じられる。
俺はジョージョの体を押しのけて《プレッシャー》がやって来る方向を見た。
「どけっ!」
「なにする…「おい、なんかデカいのが迫ってくるぞ!」」
ジョージョの文句を遮るようにケルパトーが遠くを指差す。
ズームを利かせて見ると、バッファローとサイを足したような魔物が街道上をこちらに向かって走って来る。
「ありゃ、『チャービゾン』だぞ!
やべぇ、何であんなのがこんな所にいるんだよ!!」
「強いのか?」
強いのは《プレッシャー》からも判るが、情報を引き出せればと訊いてみた。
「強ぇなんてもんじゃねぇ。前に一度見た事があるが、あいつは興奮すると動けなくなるまで突進するんだ。鎧のように硬いから剣や槍じゃ刃が立たねぇ。こんな馬車なんて一溜まりもないぞ!」
成程。見た目通りだな。ここから見ただけでも馬の倍以上あるのが判る。
「俺も手を貸した方が良いか?」
「何言ってんだ、あんなのに勝てる訳ねぇだろ!逃げるしかねぇんだよっ!」
「そ、そんなにヤバいのかい?」
「本来こんな所にいるような魔物じゃないんだ!グズグズしてると殺されるぞ!」
「マジかよ…」
「やべぇ…」
『惨殺の一撃』のメンバーはリーダーの態度を見てビビり、すっかり戦闘意欲を失ってしまった。
俺は馬車を降りて戦闘態勢に入る。
「お、おいディケード、お前、あれとやるっていうのか!出来るのかよ⁉」
「分からんが、飛ばないだけ飛竜よりもやり安いだろう。」
「はは…さすが飛竜殺しだね。言う事が違うよ…」
「「 ……… 」」
ケルパトーは驚きながら、他のメンバーは半分呆れながら俺を見ている。
チャービゾンとはまだ距離があるので、俺は定石となった3連石を投じる。
ほぼ全力プラス《センス》で加速した石は、2つを《フィールド》で弾かれたが1つは鼻の上に生えたサイのような角に当たった。
ガチーンとかなりの衝撃音を鳴らしたが、チャービゾンは気にした素振りもなく突っ込んでくる。
成程、頑丈そのもので剣や槍が通じないというのが頷ける。こりゃ中々に厄介な相手だ。
格闘戦は避けた方が無難なので、俺はそれを覚悟しながらも、思いついた方法を試してみる。
野球ボールほどの大きさの石を拾うと、空中に放り投げてから《センス》で円を描くように飛ばした。
石はグルグルと大きな円を描きながら飛んで行き、チャービゾンに近づくに従って円の大きさも小さくしていった。
ズームを使ってチャービゾンの目の動きを見ると、石を捉えてクルクルと動いているのが伺える。興奮しているので、他は目に入らないのだろう
チャービゾンに石が近づくと、一定の距離を保ちながら回転する速度を上げていった。かなり繊細な誘導なので項の奥がジリジリと痺れる。
目が回ってきたのか、「ブヴォオオオッッッ!!!」と鼻から湯気が出るほど吠えた。そして、俺の手前10m弱まで迫ってきた時、チャービゾンの足がもつれて転倒した。
脚をバタつかせながら起き上がる事が出来ずに、走った勢いのまま滑り込んで来る。
動きが止まった所で、俺はハルバードを目に突き立ててから捻りを入れた。
「ブヴォオオオ---ッッッ!!!」
ハルバードの穂先で脳を掻き回されたチャービゾンは、その大きな体をビックンビックン戦慄かせてからガクリと息絶えた。
咄嗟の思いつきでやってみたが、思いの外上手くいったようだ。
さっきは他人が魔物を殺すシーンを見て残酷だと思ったのに、自分がやるとなると血が湧き立ち心が弾むのも確かだ。
我ながら本当に勝手なものだと思うが、それが感情を持った人間の本質だとも思う。つくづく人間は自分自身でさえ儘ならないものだ。
俺は倒した合図に『惨殺の一撃』のメンバーに向けて親指を立ててみた。
皆はポカーンとした顔で見ている。
あれ、こういう時親指を立てるのはまずかったのか?
そんな事を考えていたら、メンバーは歓声を上げながら馬車から飛び降りて来て、俺を取り巻いた。
「スゲーっ!スゲーよディケード!マジでやっちまったぜっ!!」
「何なのあれ!魔法なの!魔法なの!!あんなの見た事ないよ!!!」
「マジ…かよ…」
「信じらんねぇ…」
皆は随分とハイテンションで俺を褒め称える。
この商隊に来てからこんな場面が多いが、どうにも慣れないな。日本で生活していた時には本当にこういうのとは無縁だったからな。どんなリアクションをしていいのか分からないよ。
とりあえず、親指を立てる行為には突っ込まれないので、変な意味は無いらしい。一安心だ。
しかし、このデカい魔物は馬車には乗りそうもないので、どうしたものか…
読んでいただき、ありがとうございます。
 




