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異世界で俺だけがSFしている…のか?  作者: 時空震
第2章 -商隊-

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第二十八話 女神システム

 《女神プディンの庭》の端にある草むらで用を済ませて戻ってくると、昨夜皆が居た所でバーバダーが片付けをしていた。


「おはようバーバダー。昨夜はカルシーを遣わしてジリアーヌを救ってくれたんだな。ありがとう。そして、済まなかった。」

「なに、それもわたしの仕事さ、気にする事はないよ。それに料金はたんまり頂いてるからね。」


 仏頂面のバーバダーがニカッと笑う。

 カルシー一人だけを遣わしたのはバーバダーなりの気遣いなのだろう。これでカルシーも皆を妬むことなく過ごせる訳だ。


 バーバダーが大盛りのスープとパンをテーブルに置いた。


「朝食だ。食べな。」

「ありがとう。それと、服も助かったよ。」

「なあに、死んだ請負人のお下がりだ。それはわたしからのプレゼントだよ。他に欲しい物があればルイッサーのところに見に行くといい。格安で売ってくれるよ。」

「そ、そうか。解ったよ…」


 思わずスープを吹き出しそうになってしまった。

 死んだ請負人の遺品は仲間がいれば仲間に。仲間がいなければ雇い主のクレイゲートの物となるという。


 俺が居た日本と違って物が溢れている訳ではないので、こうした使い回しや転売は当たり前のようだ。

 正直、他人の使っていた服はともかく、下着は勘弁してほしかった。が、他に無いのでしょうがない。一応洗っているようなので、それだけが救いだ。


 そう言えば、俺が使っていた毛皮のフンドシはいつの間にか無くなっていたな。もう身に着ける気もないからどうでもいいけどな。


「他の皆はまだ寝ているのか?」

「あの娘たちは夜に仕事だからね、起きてくるのは昼頃さ。」


 話題を変えるために分かりきった事を訊いたが、バーバダーは律儀に答えてくれる。随分と対応が良くなったものだ。金の力は偉大だという事か。

 それにスープは昨日と同じものだが、量が多くて具も多い。やはり温かいスープは美味しくて、硬いパンもあまり苦にならない。


「しかしお前さん、若くて体力が有り余ってるからって、やり過ぎなんじゃないのかい。ジリアーヌは体力がある方だけど、それをこうも簡単に失神させていたら壊れちまうよ。」

「そ、それに関しては済まないと思っている。以後気を付けるよ…」

「ああ、是非そうしておくれ。」


 バーバダーに思い切り睨まれてしまった。

 確かにヤバいな…本当に気を付けないと。

 とは言ってもなぁ、俺も意識を失ってしまうから制御できないんだよなぁ…


 この体の女性経験の無さもあるんだろうけど、ジリアーヌと繋がっているとヤバいくらいに気持ち良くて感じ過ぎてしまうんだよなぁ…しかも、あのキツネ尻尾の愛撫は反則だろう。あんなの日本では経験できなかったからな。


 それと、なんなんだろうな、あの絶頂を迎えた時のディケードの記憶のフラッシュバックは。快感物質の放出と連動してるのか?

 でも、自慰の時にそんな事は無かったからな。女性が持っているホルモンが関係しているのだろうか?

 様々なイメージが瞬間的に溢れ出して、頭がパンクしそうになる。


 まあ、おかげでディケードの記憶がかなり補完されて、昨日解らなかった女神の秘密とかクレイゲートが持っていた魔法の箱の正体とか理解出来たけどな。

 もっとも、殆どの記憶は一瞬にして忘れてしまうんだけどな。本当に夢を見ているような感覚だ。今後もジリアーヌと繋がる度にそうなるのかな?


 いや、ジリアーヌだけとは限らないのか?まあ、それは今後の女性との関わり次第だな。

 ディケードの父親がガールフレンドとの行為を勧めていたけど、何か理由が有ったのだろうか?



「ご、ごめんなさい!」


 俺が食事を終えてお茶を飲んでいると、ジリアーヌが走ってやって来た。

 ジリアーヌが俺の前に来ると、今にも土下座をしそうな勢いで謝った。


 思わず面食らってしまったが、どうやら最後まで俺の相手をしきれずに気を失ってしまい、更には寝過ごして俺の世話を出来なかった事に申し訳無さを感じているようだ。


「あ、いや、俺の方こそハッスルし過ぎて申し訳ない。今もバーバダーに注意されたけど、今後は控えるようにするから。」

「くっ…!ダメよっ、ちゃんと受け止めるから全力で来てっ!」


 ジリアーヌは体育会系か。気絶させられたのがよほど悔しかったのか、唇を噛み締めて悔しがっている。もしかして、女というか娼婦のプライドを刺激しちゃったのかね。


 そうは言っても、俺が最初から全力でやっちゃったら、ジリアーヌに限らずマジで女性は壊れちゃうよなぁ…

 バーバダーは呆れたのか、驚いたようにジリアーヌを見ていた。


「ジリアーヌ、あんた…」




 ☆   ☆   ☆




「よう、もう飯は食ったか?」


 ルイッサーが二人の護衛と共にやって来た。

 思わず緊張感が走る。こいつは昨日本気で俺を殺そうとしたからな。


 とは言っても、今日は全く殺気を纏わずにバツが悪そうにしている。こころなしかトラ耳に元気がない。

 ルイッサーは俺に対峙すると頭を下げた。


「あ〜、その、なんだ、昨日は済まなかったな。目が覚めたらボスにこっ酷く叱られっちまったぜ…」


 だろうな。あれはどう見ても勝手な行動だからな。


「しかも、ディケードがこれから一緒に商隊の護衛をするって聞かされてな。驚いちまったぜ。いつの間にか、そんな話になってたんだな。」

「まあ、成り行きってやつだな。」

「それでだ。虫のいい話だが、一緒に仕事をするなら仲良くやっていこうと思ってな。よろしく頼むぜ。」

「ああ、俺に敵対しないなら構わんさ。」

「そんな事しねぇよ。実力は十分に解ったからな、頼りにしてるぜ。」


 男臭い笑みを浮かべてルイッサーが握手を求めて来たので応じる。

 思わず手を握り返そうとしたが、この世界では指相撲をする形での握手が常識だと思い出した。


 ルイッサーの言ったとおり確かに虫のいい話だが、その様子から十分に反省しているのは伝わった。気負ったところも無いし、意外にあっさりした性格のようだ。出しゃばりなところはあるようだけどな。


 仲間だと認識した相手には、こんな感じで気さくに接するのだろう。

 俺も一緒に仕事をするなら不愉快な思いはしたくないからな。


「どうだい、仕事の前に一つ手合わせしてくれねぇかな。」


 ルイッサーがニヤリとしながら誘う。

 何か企んでいるのかと思ったが、そんな雰囲気はない。単純に俺と戦ってみたいのだろう。脳筋野郎め。トラ耳もピンと立っている。


 あれ、そういえば尻尾が出てないな。よく見るとズボンの尻の上部分が袋になっていて尻尾が収められているようだ。そういえば昨日もそうだったよな確か。何か意味があるのか?

 まあいい、後でジリアーヌに訊いてみよう。


 俺が手合わせを了承すると、ルイッサーは馬車に囲まれた中央の空きスペースに案内した。

 ここは昨夜、商隊のメンバーが飲み食いしていた場所だ。今は出発のためにテーブルなどは片付けられて空地になっている。


「武器は何がいい?模擬戦用の武器だけどな。」

「槍がいい。使い慣れてるからな。」

「実戦的でいいねぇ。俺も傭兵時代は槍がメインだったからな。」


 ルイッサーが投げて寄越した槍を見ると、形を模しただけの棒だった。

 長さは2m程。重量は2Kg前後といったところか。今まで使っていたハルバードに比べると随分と軽い。片手で持って振り回すと、しなりが程々にあるが強度は今一つな感じだ。


「おいおい、片手でそんな速さで振るのかよ。恐ろしい奴だな。」


 俺とルイッサーが槍を持って対峙すると、周りで片付けをしていた連中や護衛と思われる連中が手を休めて見物を始める。


「へへ、飛竜を倒したお前さんに皆興味津々だな。俺も勝てるとは思っちゃいないが、護衛長としてのプライドがあるからな。」

「俺は人間を相手にするのは初めてなんで勝手が分からないけどな。」

「マジかよ!って、記憶が無いんだったな。どんな戦いをするのか楽しみだぜ。」


 ルイッサーも俺が記憶を失ってると信じてるんだな。疑惑を確信してるのはクレイゲートだけか。


 護衛の一人がコインを放り投げる。地面に落ちた時点で模擬戦の開始だ。

 合図とともにルイッサーが猛攻を仕掛けてくる。

 上下左右中央と刺突を繰り返し、さらには距離を詰めて足払いをしてくる。

 さすがに獣の攻撃とは違い、フェイントを織り交ぜたりしているので中々に厄介だ。


 とは言っても、スピードが数段劣っているので躱すのはそれほど難しくはない。

 《フィールドウォール》とやらを強化して躱すのはさらに簡単だが、それでは面白みがないだろう。自己流でしか無い俺の槍の扱いとどう違うのか、しばらく観察してみる。


「オラオラオラーっ!どうした、防戦一方かよ!」


 ルイッサーは大声を張り上げながら威嚇も混ぜてくる。

 成程、人間同士なら言葉による威圧もありだな。不良やチンピラが日常的に使う手だ。喧嘩慣れしてない者ならそれだけで萎縮するからな。以前の俺もそうだったしな。今は命のやり取りに慣れてしまって殆ど用をなしてないけどな。


 他にも槍を使って叩く、なぎ払う、かすめる、叩き斬る、絡める、引っ掛けるなどの多彩な技を繰り出してくる。

 戦ってて思うのは、一撃で相手を倒そうというより、バランスを崩して戦いを優位に運ぼうとしているみたいだ。ルイッサーも俺の力量を確かめながら戦っているようだな。


「かーっ、ムカつく野郎だぜ。やすやすと攻撃を躱しやがってよ。少しは攻撃してきたらどうなんだよ!」


 すぐ熱くなるのがこいつの欠点だな。でも、攻撃が単調にならないのは流石というべきか。実戦経験が豊富なんだろうな。

 ルイッサーが槍を引いた瞬間を狙って、俺はルイッサーの顔の周りに5回の刺突を繰り出した。

 ブオン!


「ひょーっ!!!」


 突然の攻撃に驚いたルイッサーは跳ねるようにして後ずさった。虎耳が逆毛になっている。


「あの一瞬で4回突いてくるのかよ!やっべーなぁ…」

「5回でしょう。一つはあんたの眉間で寸止めしてたわよ!」


 ジリアーヌが注意を促す。

 あれが見えるのか。やっぱりジリアーヌは凄いな。


「マジかよ…全然見えなかったぜ!とんでもねぇ奴だな、こんなスゲー奴、戦場でも見た事ねぇぜ!」


 やっぱり、このディケードの体は特殊というかチートなんだな。

 プロトタイプの新型アバターだとディケードの父親が言っていたけど、通常の人間に比べて身体能力が数段上だな。


「やれやれ、〈冒険者〉をしていたというのは本当らしいな。俺じゃあ足元にも及ばないか。

 それじゃあ、最後に俺の秘技を試させてもらうぜ。こんなのは実戦では使えないけどな。」


 ルイッサーが大きく息を吸い込み、力を蓄えこんで深く体を沈ませる。

 確かに実戦では使えないな。こんなに大きく溜めを作っていたらその間にやられてしまうだろう。

 秘技というのを見たかったので、俺はルイッサーが技を繰り出すまで待った。


「っりゃーっ!」


 掛け声と共にルイッサーは爆発的なスピードで突っ込んできた。今までの攻撃とは明らかに違う数段早い攻撃だ。

 槍の穂先が俺に届く少し前で投槍した。と同時に、潜り込むようにして接近して短剣を突き立ててきた。


 俺は投槍を躱すと半歩引きながら突っ込んでくるルイッサーに槍を突き立てる。

 眼前で穂先を当てられてルイッサーの動きが止まった。

 これで勝負はついた。


「やっぱ通じねぇか。速さの次元が違うんだよな…」


 ルイッサーは諦めたように肩をすくめて負けを認めた。


 昔の日本なら犬槍とか言って槍を投げるのはあまり良い行為ではなかったようだが、一人を相手に勝とうと思ったらなかなか良い攻撃だと思う。俺もサーベルタイガーを相手にした時、同じ様にしたしな。


 勢いよく槍を投げる事で意識を上に逸して、その間に下から短剣で切り込んでくる。普通の人間なら、初見でこんな攻撃をされたら殆どがしてやられるだろう。

 ルイッサーの言うように、俺の反応速度が早いので対応できただけだ。


 なんにせよ、いい経験をさせてもらった。

 獣はどちらかというとひっそりと近づいて一撃必殺の攻撃をしてくる傾向が強いが、人間は知恵を使って多彩な攻撃を仕掛けてくる。正反対ともいえる攻撃方法だけど、戦いに勝つ事に優劣はない。


 正直人間の方がやり難いのは確かだ。もしこれで人間に獣並みのスピードがあったらと思うと恐ろしいな。

 俺ももっと武器の使い方を学んだ方が良さそうだ。


「やれやれ、戦いには負けたが面白かったぜ。世の中には本当に強い奴が居るもんだな。」

「たまたま持った体の性能が良かっただけさ。」

「どうだかな。相当の修羅場を潜り抜けないと、あんなに肝の座った戦い方は出来ないと思うけどな。歳の割に随分と戦い慣れしてるもんだ。魔の森を歩いて来ただけあるぜ。」


 ルイッサーは俺の体の性能よりも根性の方を評価したようだ。

 正直驚いたが、嬉しい評価だ。


「「「「「 おおおっっっ!!! 」」」」」


 俺とルイッサーが握手を交わすと拍手と歓声が沸き起こった。


「すげー、あのルイッサーが手も足も出なかったぜ!」

「さすが『飛竜殺し』だ!」

「パねーぜ!」


 見物していた人たちが感想を口にする。

 やはりルイッサーは常人としては相当の実力者なのだろう。誰もがその実力を認めているようだ。


「ディケード!」「ディケード!」「ディケード!」「ディケード!」…


 いつの間にかディケードコールが起こって、俺の名前を皆が連呼しだした。

 商隊の護衛に参加するような連中はノリが良くて祭り事が好きなようだ。どんどん盛り上がっていく。


 俺は焦った。正直今までの人生でこんな事は経験がない。どう反応していいのか分からない。


「どうした『ギンギン坊主』、随分とシャイじゃねぇか。あの時の勢いを見せてみろや!」

「「「「「 わっははははは… 」」」」」


 戸惑う俺に一人のオヤヂが茶化すように声を上げた。すると、皆が釣られたように笑いだした。


「ギンギン坊主!」「ギンギン坊主!」「ギンギン坊主!」「ギンギン坊主!」…


 それからディケードコールがギンギン坊主コールに変わっていった。


「ギャッハハハハハハ…」


 ルイッサーまで俺を指さして大笑いしだした。

 なんなんだよ、ギンギン坊主って。


「そりゃディケードの二つ名だぜ。真っ裸でギンギンにジュニアをおっ立ててジリアーヌを追いかけ回したんだからな。あっははは…」


 俺はその場に崩れ落ちた。


 まさかそんな嫌な二つ名が付けられてるなんて…

 昨夜バーバダーに説明されながら叱られたが、当然他の連中もその様子を見ていた訳だ。他人からしたら、滑稽でどうしようもない奴に思えただろうなぁ〜…

 うぅ…


 ジリアーヌを見ると、真っ赤になってプルプル震えている。

 俺は言い出しっぺのオヤヂを睨みつけた。

 そいつは昨夜、《女神プディン》を口説こうとしていた酔っぱらいオヤヂだ。

 俺はそのオヤヂを絶対に〆ると心に誓った。



 いい加減に仕事に戻れ!というクレイマートの一喝で、皆は散り散りになり各々の仕事に戻っていった。出発準備の真っ最中だったからな。

 ルイッサーはまだ笑いながら地面に座り込む俺を立たせた。


「まあ、なんだ、若い時はいろいろあるさ。はっはっは…皆ディケードに一目置いているから弄るんだよ。はっはっは…」

「にしても、ギンギン坊主はないよな…」




 ☆   ☆   ☆




 俺を立たせたルイッサーは襟を正して仕事モードに入った。


「さてと、実力はディケードの方が上だが、護衛の仕事では俺の指揮下に入ってもらうぜ。」

「ああ、それは勿論だ。俺は護衛の経験は無いからな。」

「そう言って貰えて助かる。今日は慣れる意味も含めて殿の護衛を務めてもらう。襲ってくる魔物の監視と退治が主な仕事だ。後、何か異変を感じたら必ず後方の伝達係に伝えてくれ。以上だ。」

「了解した。」

「出発までにはまだ時間があるから、それまでは好きにしてくれ。じゃあ、よろしくな。」


 ルイッサーが去り、この世界での初めての仕事に気合を入れようと思ったが、どうにも気乗りがしない。ギンギン坊主という二つ名に、思った以上のショックを受けてしまった。

 俺はジリアーヌの許に行って謝罪する。


「すまない。ジリアーヌにも迷惑をかけてしまって…」

「気にしなくていいわ。あいつらは騒げればなんだっていいんだから。」


 ジリアーヌはしょうがないという風に肩をすくめた。キツネ耳が幾分しぼんで折り畳まれている。

 俺はジリアーヌの前で地面に落ちてる木の実を拾うと、あのオヤヂに向けて指弾を放った。

 木の実はオヤヂの膝の裏に当たり、すっ転んで顔面を地面に打ち付けた。


「だーっ!いだだだだだーーーーっっっ!!!」


 オヤヂは顔と膝裏を押さえてのたうち回る。

 転げ回るオヤヂを見るのは面白かったが、それよりもジリアーヌの表情の変化を見る方がよほど面白かった。


 最初、何が起きたか解らずにポカーンとしたかと思うと、次に目を真ん丸にして驚き尻尾が逆毛立って跳ね上がった。その後にニンマリと笑みを浮かべてから笑いだした。キツネ耳がピコピコ動いて尻尾がブンブンと揺れた。


 オヤヂは訳が分からないままに立ち上がり、怒りを持て余しながら歩いて行った。俺とジリアーヌは溜飲を下げて笑いあった。

 笑い終わった後、ジリアーヌが今の技について訊ねる。興味津々だ。


「ねえ、今の技ってどうやったの?動きが見えなかったけど。《センス》?」

「指弾っていう技だよ。指先で木の実を弾いただけさ。無意識で《センス》も使ってると思うけど、当てる方に使ってるかな。」

「指先だけであの威力なの?怖いわね、防げないじゃない。」

「森の魔物は結構躱していたけどな。」

「そうなの?やっぱり奥地の魔物はレベルが違うのね…」

「俺にはそれが普通だったけどな。」

「はあ…普通のレベルが違うのね。さっきの5連突きもそうだけど、あんなの躱せないじゃい。わたしも以前はそれなりに出来ると思ってたけど、考えが変わったわ。」


 ジリアーヌは憑き物が落ちたような感じでサバサバした笑顔を浮かべた。

 怪我をした事で夢を断ち切られてしまったけど、未練を引きずっていたのかもしれない。


 正直、さっきの5連突きが見える動体視力は並じゃないけどな。

 ふと、ジリアーヌと一緒に冒険の旅に出る事が出来たら、面白いだろうなと思った。




 ☆   ☆   ☆




 出発の準備が整った商隊の一行は、クレイゲートを先頭に《神柱》の前に整列する。

 《神柱》が女神に変化して一行を見つめる。


「《女神プディン》様、女神様の庭をお貸し頂きありがとうございました。皆が癒しを受け、健やかに旅立つ事が出来ます。お世話になりました。」

「うむ。皆の旅の安全を祈る。達者でな。」


 女神の見送りを受けて、商隊は動き出す。

 2頭の馬が繋がれた馬車が、一台また一台と進んで《女神プディンの庭》を出て隊列を成して街道へと合流していく。


 装備を整えた俺は、商隊の最後の馬車が動き出すまで見送り、殿の馬車の見張り台に飛び乗る。

 見張りに使う馬車は壁が無くて、低い柵で囲われたオープンな作りになっている。そのために四方向が切れ目なく見渡せるようになっている。


 ジリアーヌは俺が仕事に向かう際、俺が元々持っていた装備一式を渡してきた。

 ハルバードを握ると手にしっくりと馴染んで心強かった。

 てっきり飛竜と戦った場所に置き去りになっていたと思ったが、レオパールウ(ヒョウ柄狼)と戦っていた男が回収してくれたらしい。後でお礼を言っておかないとな。


 武器類はそのままでも良かったが、さすがに毛皮の貫頭衣と自作の靴を身に着けようとは思わなかった。

 ジリアーヌもそうだろうと、これまた死んだ護衛のお下がりの防具を用意しておいてくれた。


 正直、魔物に殺された赤の他人の防具など縁起が悪いような気がしたが、この世界では当たり前らしいし、郷に入っては郷に従えで、俺はありがたく受け取る事にした。


 防具は皮革性のチョッキ型胴衣、肘当て、膝当ての3点セットでサイズは俺にピッタリだ。少し動きにくいが関節をカバーしてくれるのは助かる。

 短剣や小石を入れるポシェットを吊り下げるベルトは無かったので、以前の弦のベルトをそのまま使用した。


 これで戦いの準備は整った。以前よりも防御力は上がっているので、さらに進化したといえるだろう。



 最後の馬車、俺の乗った見張り用の馬車が《女神プディンの庭》を出て街道に合流する。

 最初のカーブを曲がり、《女神プディンの庭》が視界から消えた所で、俺は伝令要員に急にもよおしたのでウンコをしてくると言って馬車から降りた。


 直ぐに戻ってくるからと《女神プディンの庭》に戻った。

 俺の行動はクレイゲートに怪しまれるだろうと思うが、どうしても確認しておきたい事があった。



 《女神プディンの庭》に誰も居ない事を確認して、俺は《神柱》のある台座の前に立つ。

 輝きを放ちながら回転していた《神柱》が《女神プディン》の姿に変化していく。間近で見ると女神は大きくて、光の粒子を纏いながら佇む姿に圧倒される。


「我は、《女神プディン》。《創造神グリューサー》の僕にして百移の門番なり。そなたは先程旅立ったはず。なぜ戻ってきたのか?」


 凄いな、ここを訪れた者全てを把握しているのか。


「ん?そなた、一千年程前と五百年程前に訪れた『セイバー』と同一人物か?

 遺伝子構造が一致しておるようだが、『霊波』に差異が視られるな。これは面妖な、そなた時空と幽玄の狭間に堕ちし者か?」

「それはどういう意味だ?」

「さて、答えかねるな。行き着く先は禅問答故。」


 答えたくないのか、答えられないのか、予想外の展開になってしまった。

 まあいい、それは保留だ。


「《女神プディン》、救援コード『女神No.01』の発動は可能か?」

「条件付きで可能である。が、その必要性は認められないようだが。」

「今現在においてはそうだ。条件付きとはどういう事だ?」

「約五千年ほど前から緊急コード『創造神No.01』を発動中であり、今現在も継続している。故に救援コード『女神No.01』の発動には制限がかけられている。」


 『創造神No.01』が発動中!


 最上位緊急コードだな…この惑星ないしそれを含む宙域の安全に関わる問題だ。そんなものが五千年以上にわたって続いてるっていうのか。


「緊急コード『創造神No.01』の解除の見通しは立っているのか?」

「様々な諸事情により現在の状況が続くと仮定して、約三千年後に緊急コード『創造神No.02』に移行可能と予測される。」


 なんだよそれ、三千年かかってやっと惑星の安定が保たれるのかよ。そんな千年スケールの話なんて理解出来ねーよ。


「なんでそんな事になったんだ?」

「それに対して答える権限がわたしには与えられていない。」


 チッ、使えねーな。

 俺は《神鉄の腕輪》を《女神プディン》に見せて尋ねる。


「それじゃあ、この『パーソナルデバイス』のパーソナルパターンを俺に合わせられるか?」

「現在、そなたのパーソナルパターンは未登録故不可能である。」

「ん、やはりそうか、了解した。いろいろと手間をかけた。《女神プディン》、金貨を奉納するので収めてくれ。」

「相分かった。そなたに幸多からん事を願う。」


 俺が金貨を台座に置くと、金貨は溶けるように消えていった。その後、《女神プディン》も《神柱》となるクリスタルに戻っていった。




 ☆   ☆   ☆




 はあ〜…疲れた〜…頭がガンガンするし、吐き気が酷い…


 なんだかな〜…俺はディケードの記憶が正しいか確認しに来たんだけどな…

 確かに確認は取れたけど、余りにも大きすぎる問題があるみたいだ。俺には手に負えないし、詳しい事はさっぱりだ。


 でもまあ、やはりファンタジーじゃない世界なので少しは安心できたような気がするな。



 ある意味、ジリアーヌたちに伝わっている神話は事実なんだろうな。

 ある日、『大厄災』とか云われるカタストロフィがあって、惑星が崩壊レベルまで荒れたんだな。


 その時に異星人たちに何かあったようだけど、それについてはさっぱりだ。女神が口を閉ざしているというのも確かで、もっと上位の権限がなければ調べようがないみたいだ。


 なんだか、少し謎が解けると更に大きな謎と問題が現れてしまう。地球人の極普通のオッサンには何が何やらさっぱりだ。

 まあ、女神について確認を取れたのは良かったけどな。



 《女神の庭》と呼ばれる安息区域は、この大陸上において100Km〜200Kmの間隔で至るところに点在している。

 異星人たちが作り上げたこの世界には幹線道路というものが存在せず、交通インフラは《女神の庭》が担っている。つまり、《女神の庭》とは休憩所であると同時に駅のような役割を果たしている。


 クレイゲートたちは使用していないようだが、いや、使用出来ないのかもしれないが、《女神の庭》は『空間転移門』として瞬間移動の拠点となっている。


 俺が目覚めた研究所っぽい場所、実はディケードの父親が運用していた『アバター研究所』だが、そこで熊に襲われた時に体験した『瞬間移動』が正にそれだ。


 《空間転移門》は一瞬にして大陸のあらゆる場所に移動する事が出来るシステムだ。だから、女神は『百移』の門番なりと名乗っている。

 《百移》とは《空間転移門》の規模を表していて、半径約50mの空間の転移が可能だ。


 今現在、緊急コード『創造神No.01』を発動中となっている事から、様々な制限がかけられているようだ。《空間転移門》も使えるのか怪しいところだな。


 『女神』とは、本来ディケードたち異星人がゲームやレジャーを楽しむためのシステムであり、その案内人となるシステムアバターだ。ゲームやレジャーの舞台となるこの大陸のいたる所に配置されて、ゲーマーやレジャーを楽しむ人々の案内や相談受付を行っている。それが『女神システム』だ。


 《女神の庭》の女神は、大陸を移動する観光客やゲーマーの運行を支援する役割を担っている。故に体力の回復と怪我の癒しを施して、休息する場所を提供している。ゲームでいうセーブポイントの場所だな。


 今は使えないようだが、女神に門の使用を申請すると、《魔法陣》が現れて任意の場所へ移動出来るようになっている。

 そして、その女神システムにアクセスする為のアイテムが、俺の腕に装着している腕輪だ。


 この腕輪は自身のパーソナルパターンを登録する事で、様々な女神システムのサービスを受けられるようになる。

 大陸中の移動は勿論、観光案内やそれに伴う付帯手続きの処理を行ったり、様々なデータや情報を交換したりするために用いられる。

 ゲームに於いては、ステータス表示や対戦モンスターなどの情報も得られるようだ。要するに、スマホの上位機能を有したデバイスだ。


 それなのに、今では貴族の当主の証になっているというから、訳が分からない。

 それに、《女神の庭》の女神は現地人となったジリアーヌたち人間に、癒しと休息の場を与える本物の女神として崇められている。

 本当に、どうしてこんな事になってしまったのか、不思議な世界になったものだ。



 うぅ…頭がガンガンする。



 女神と会話しながら無理やりディケードの記憶を探ったせいか、頭痛が酷くて吐きそうだ。これ以上考えると倒れてしまいそうなので、俺は思考を中止して馬車へ戻る事にした。


 しかし、惑星が崩壊レベルの緊急事態が今も続いてるって、どういう事だよ…

 あまりにも想像を絶する事態と情報が渦巻いていて、うんざりした。




読んでいただき、ありがとうございます。

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