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次姉、知る。

 





 目を覚ますと見知らぬ天井だった。


 ……いや、本当にどこ?


 顔を動かせば、すぐそばにシンディーが座っていた。




「……シンディー……?」




 寝ていたせいか声が掠れてしまったものの、シンディーが顔を上げた。




「お姉様!」




 わたしが起き上がるとシンディーが支えてくれる。


 ドレスのまま横になっていたから、スカートにしわが寄ってしまっていた。


 シンディーはグラスに水を注いで渡してくれたので、ありがたくそれを飲む。


 喉が潤ったことで少しホッと息を吐く。


 改めて室内を見回してみたが、我が家よりも明らかに高級そうな調度品でまとめられていて、けれどもどことなく見覚えがあった。


 ……どこだっけ……?


 と寝起きのあまり回らない頭で考える。




「大丈夫ですか、お姉様?」


「あ、うん、平気だよ。わたし、どうなったの? 途中から記憶がなくて……」


「急に倒れたんです。お医者様のお話では、疲れが出てしまったのだろうということでした」




 心配そうに見つめてくるシンディーに微笑み返す。




「そっか。……心配かけちゃってごめんね」




 シンディーがわたしの手を握ったので、わたしもしっかりと握り返した。




「ところで、ここはどこ?」


「ここは王城です。……お母様とドーリスお姉様が捕縛されて、アナスタシアお姉様と私は第二王子殿下に保護していただきました。お医者様も、殿下が手配してくださったんです」


「……第二王子殿下、優しい方だね」




 お母様とお姉様は結託して第二王子殿下を騙そうとしたのに。


 シンディーが「あの……」と申し訳なさそうな顔をする。




「第二王子殿下とバレンシア侯爵令息がお姉様が目を覚ましたら、会いたいとおっしゃっていて……」


「うん、分かった。呼ぶ前に軽く身支度してもいいかな?」


「お手伝いします……!」




 靴を履いてベッドから立ち上がるとシンディーが一緒にスカートのしわを伸ばしてくれる。


 恐らく、シンディーが髪を解いてくれたのだろう。


 手早く三つ編みにしていつも通り左肩に流す。


 鏡で確認したけれど、化粧は崩れていなかった。




「ありがとう」


「外に騎士様がいるので声をかけてきますね」




 シンディーは廊下に続くのだろう扉を開け、多分、扉の脇にいるのだろう騎士に声をかける。


 すぐに戻ってきて、ソファーに座っているわたしの横に腰掛けた。




「アナスタシアお姉様、ありがとうございます」




 ギュッとシンディーがわたしの手を握った。




「お姉様に助けていただけたおかげで、殿下に会えました。夜会の時も、今日も……ううん、その前も、アナスタシアお姉様には助けられてばかりです」


「違うよ、シンディー。わたしは自己満足でやっていただけなの。あなたに『許さなくていい』なんて言いながら、わたしは許してほしくて、少しでも罪悪感を消したくて助けていたから……」




 シンディーが思うほど、わたしは優しくもなければ清く正しくもない。


 けれども、シンディーは首を横に振った。




「それでも私は嬉しかったです。私はお姉様をもう許しています」


「シンディー……優しすぎるよ……」




 そんな話をしていると部屋の扉が叩かれた。


 わたし達は顔を見合わせ、シンディーが頷き返したのでわたしは「どうぞ」と声をかけた。


 扉が開けられ、第二王子とラウル様が入って来た。


 わたしとシンディーが立ち上がり、カーテシーをしようとしたが止められた。




「かしこまる必要はない」




 第二王子がソファーに座ると、シンディーがその横に腰掛ける。


 そしてシンディーがいた場所にラウル様が座った。


 わたしはラウル様の横しか座る場所がない。


 とりあえず腰を下ろしつつ、第二王子とシンディーを見て、唐突に気付いた。




「あっ」




 第二王子の顔には見覚えがあった。


 でも、たった一度しか会っていなかったので思い出すのに時間がかかってしまった。


 ……街であった商家の青年……ウィル、だっけ?


 髪色は違うけれど、顔立ちは確かにあの青年だった。


 思わず殿下とシンディーの顔を交互に見れば、第二王子が苦笑する。




「『ウィル』は街にこっそり出かける時の仮初のものなんだ」


「そうだったんですね……」


「実は、夜会で殿下に声をかけていただいた時にこのことを知ったのですが、王族の話を軽々しくしてはいけないと思って……黙っていてごめんなさい、お姉様」




 やっぱり申し訳なさそうに眉尻を下げるシンディーに、わたしは首を横に振った。




「ううん、いいの。むしろ納得した」




 シンディーと第二王子は元々知り合いだった。


 ただ、シンディーは第二王子の正体を知らなかったけれど、二人はきっと何度も街で会って仲を深めてきたのだろう。


 第二王子は既に心に決めた相手がいて、その相手であるシンディーとしか踊らなかったのだ。


 一応、建前として『ガラスの靴に足が合う相手を妻とする』と言って探していたが、本当のところは、相手がシンディーであることは分かっていたはずだ。




「……わたしは余計なことをしましたね……」




 多分、わたしが何かをしなくても第二王子が手を回してシンディーは助け出されただろう。


 それどころか、わたしが原作にこだわったせいでややこしくしてしまったかもしれない。


 額に手を当てて溜め息が漏れる。




「そんなことはない。君のおかげでシンディーは助かった」


「そうです、お姉様は余計なことなんてしていません……!」




 第二王子とシンディーが言い、ラウル様が頷いた。




「お前は変なところで気にしすぎなんだよ」


「でも……」


「今日だって、お前が妹を連れ出したからウィルと会わせることが出来ただろ? 聞いたぞ。バルコニーに板を置いて渡るなんて、よく考えたな」


「それはわたしだけじゃどうしようもなかった。昔から伯爵家に仕えていた使用人のみんなにお願いして、手助けしてもらえたから何とかなったけど……正直、もうしたくない」




 あれは蛮勇だった。気が昂っていたから出来ただけだ。


 今思うと三階のバルコニーを板一枚で渡ろうなんて馬鹿だった。


 シンディーはよく頑張ってついて来てくれたものだ。




「……ところで話は変わりますが、ラウル様と第二王子殿下はやはりお知り合いなのでしょうか?」




 二人でガラスの靴を持って来た時点で何となく察していたが。


 ラウル様と第二王子が同時に頷いた。




「ああ、そうだ」


「ラウルは僕の幼馴染で友人なんだ」




 第二王子はシンディーのことを想っていて、フォートレイル伯爵家の現状を憂いていた。


 その話はラウル様も聞いて知っていたという。


 そこにフォートレイル伯爵家の次女であるわたしから手紙が届いた。


 ラウル様は第二王子の意向に従い、わたしと面会し、わたしの計画を知る。


 そうしてラウル様がわたしのことを第二王子に報告して、様子を見るのと本当にわたしが改心したのか確かめるためにもラウル様はわたしと取引をすることとなった。


 ……ああ、なるほど。


 宮廷魔法士であるラウル様が繋がりのないわたしとあっさり面会してくれたのも。


 取引に頷いて、魔法でドレスやガラスの靴を用意してくれたのも。


 全て第二王子の意を汲んでのことだった。


 ……わたしに優しくしてくれたのは本心ではなかったのかも。


 シンディーを助けたいと思う第二王子の願いを叶えるため。


 侯爵家の、それも宮廷魔法士であるラウル様が、特に目立つわけでもない伯爵家の次女わたしに関わる理由なんてない。


 これまでに感じていた疑問が解けて、納得するのと同時にズキリと胸が痛んだ。




「そうですか……バレンシア侯爵令息にも、ご迷惑をおかけしました」




 その痛みに気付かないふりをして微笑み、第二王子を見る。




「母も姉も捕縛されました。……どうぞ、わたしも処罰してください」




 ずっと、記憶を取り戻してからこの未来は分かっていたことだった。


 シンディーは許すと言ってくれたけれど、許されるはずがない。




「わたしは正統な伯爵家の後継者を虐げました。暴言や暴力を振った上にシンディーのものを奪いました。罰されるのは当然です。これまでの行いに対する罰はどのようなものでも受けるつもりです」


「待ってください、お姉様!」




 思わずといった様子でシンディーが立ち上がり、第二王子に振り向く。




「ウィル、私はアナスタシアお姉様を許してるわ! 罰してほしいなんて思ってない! お姉様が庇ってくれたから、助けてくれたから、あの夜会でウィルと再会出来たの!! お姉様がいなかったら、きっと私は今もずっと酷いままだった!!」




 シンディーが第二王子に縋りついた。




「お願い、ウィル! アナスタシアお姉様を処罰しないで!!」


「シンディー、やめて。わたしは自分のしたことの責任を取るだけよ」


「そんな、お姉様……!」




 第二王子を見れば、真剣な眼差しを向けられる。


 しかし、何故か第二王子は困ったように苦笑した。




「君の目をくり抜くつもりはない」




 ……ラウル様から聞いたんだ。




「では、どのような罰を受けるのでしょうか?」


「いや……僕の言い方が悪かった。アナスタシア・フォートレイル伯爵令嬢、君に処罰はない」




 どうしてか、その言葉が酷く苦しかった。


 俯くと、自分の強く握り締めた両手が視界に入る。




「シンディーの願いだから、ですか……?」


「いいや、違う。君にはどんな処罰よりも『罰を与えないこと』こそが最大の罰になる」


「……そう、ですね……」




 確かに、その通りかもしれない。


 お母様とお姉様が処罰されて、でもわたしは処罰を免れる。


 でも、きっとわたしはシンディーを虐げたことと自分だけ逃れたことの罪悪感に苛まれる。


 ……どちらにしても、わたしにはもう道はないし。


 伯爵家はいずれシンディーと第二王子の子が継ぐだろう。


 第二王子が伯爵家に婿入りするという可能性もある。


 ふわりと手に、横から大きな手が重ねられた。




「……わたしは修道院に入ります。バレンシア侯爵令息も面倒事に巻き込んでしまい、失礼しました」




 その手から自分の手を離そうとしたが、しっかりと掴まれてしまう。


 もう片手が伸びてきて、わたしの顎を掴み、顔を上げさせられる。




「アナスタシア」




 初めて名前を呼ばれ、ハッと息を呑む。


 視線を上げれば、思っていたよりも近い位置にラウル様の顔があった。




「魔法士の性格の共通点を知ってるか?」


「え?」




 唐突な質問の意図が分からず、わたしは戸惑った。


 ラウル様が口角を引き上げ、どこか悪どさを感じる笑みを浮かべた。




「魔法士ってのは『興味が湧いたものへの執着心』が強いんだ」




 それが何だというのかとラウル様を見れば、顔を寄せられる。




「俺はお前に興味を持った。だから、残念だがお前は修道院には行けねぇよ」




 意味が掴み取れなくて困惑するわたしにラウル様が愉快そうに笑う。


 間近にあるラウル様の灰色の目が細められる。




「アナスタシア・フォートレイル、俺と婚約しろ」


「……こん、や……く……?」




 ……わたしが? ラウル様と!?


 頭の中が混乱しているわたしを見て、何故かラウル様は満足そうな表情をしている。


 第二王子の「本気か?」と問いに「俺は嘘は吐かない」とラウル様が返す。


 シンディーが目を輝かせる。




「お姉様が婚約……!」




 妙に嬉しそうな表情と声にわたしは我に返った。




「ま、待って待って! 婚約ってどういうこと!?」


「どうもこうもねぇよ。俺がお前を気に入ったから婚約するって話だ」


「いや、意味分からない流れだから! わたしはシンディーを虐めていた意地の悪い義理の姉で、罰を受けないにしても、そんな人間と婚約するなんてありえないでしょ!? 多分、社交界でもわたしは評判良くないと思うよ!?」




 だからこそ、成人後も婚約者どころか浮いた話一つないわけで。


 そもそも『婚約しろ』って何で命令形なんだ。


 いや、そんなことよりどこをどうしたらわたしに興味なんて持つのだろうか。




「改心してるなら別に構わないだろ」


「全然良くないよ!? シンディーならともかく、何でわたし!?」


「お前の妹に俺が興味持ったら泥沼になるぞ」


「それはそうだけど、そうじゃない……!! ああ、もう、訳分からなくなってきた……!!」




 思わず頭を抱えているとラウル様に肩を引き寄せられる。




「いいから、俺と婚約しとけ。お前が修道院に行ったら、お前の大切な妹が悲しむぞ」




 それにハッとシンディーに顔を向ければ、悲しそうな顔で見返される。




「私、お姉様が修道院に行ってしまったら寂しいです」


「だとよ」


「確かに、これまでの行いを考えればフォートレイル伯爵家にはいられないだろうし、ラウルと婚約して侯爵家に移るほうがいいかもしれない。侯爵には許してもらえそうか?」


「俺が結婚する気になったって知れば喜ぶだろうな」


「では、婚約届をすぐに用意させよう。今回の件でフォートレイル伯爵を呼ぶことになるだろうから、その際に伝えよう。恐らく反対はしない。父上に頼んで婚約届はすぐに許可を出してもらおう」




 第二王子とラウル様がどんどん話を進めていく。

 

 ……わたし、婚約するなんて言ってないんだけど!?


 慌ててラウル様に縋りつく。




「本当に待って! 絶対おかしい!! 何か違う!!」




 ラウル様が言う。




「じゃあ訊くが、他に好きな男でもいるのか?」


「いっ、いない、けど……」


「なら俺と婚約しろよ。……俺のこと、嫌いじゃないだろ?」




 ……それは、まあ……。


 好きか嫌いかで言うなら確実に好きだ。




「……その訊き方はずるいと思う」




 ラウル様が小さく肩を竦め、笑った。




「まあ、もし好きな男がいたら、そいつは消したけどな」


「何それ怖っ!?」




 思わず身を引いたが、腕を掴まれて逆に引き寄せられる。




「それくらい、俺はお前が気に入ったってことだ」




 そう言ったラウル様はとても楽しそうで、わたしはやっぱり混乱したままだった。






 

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― 新着の感想 ―
ラウルに話したのは目のくりぬきで、焼けた鉄の靴は出ていなかった気がしますが…
[一言] 本当に、良かったです! アナスタシアの性格を考えたら、 これくらい強引な方が、うまくいくかも…。
[良い点] この節もとても良かったです。 四人の性格がぶれないというか、とても自然に会話が紡がれていくところが大変心地よかったです。 特にアナスタシアの転生前の記憶があってところどころその素が出てくる…
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