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次姉、苦しむ。

 





 ラウル様はハーブティーを飲み終えると、来た時と同様にバルコニーから帰って行った。


 ラウル様が帰ってから一時間ほどして、シンディーが普段の地味なワンピースにガラスの靴を片方だけ持って戻って来た。わたしが言った通り、きちんと靴の片方を王城に置いてきたらしい。




「お姉様、ありがとうございます……! 初めて夜会に出ましたが、すごく煌びやかで華やかなところでした……! それに……第二王子殿下も素敵で……」




 頬を赤く染めるシンディーは可愛かった。


 とりあえず、お母様達が帰って来る前にシンディーを入浴させ、化粧を落とし、ガラスの靴の片方は箱に入れて部屋のベッドの下に隠すように言っておいた。


 シンディーは興奮した様子で部屋に戻って行ったので、今日はあまり眠れないかもしれない。


 もう夜遅いので、詳しい話は明日聞くことした。






* * * * *






 翌朝、わたしは朝食を摂りながらシンディーから話を聞いた。


 どうやら物語の通り、無事に第二王子殿下とダンスを踊れたらしい。


 普段のシンディーにしては珍しく、少しぼんやりした様子であった。




「そんなに第二王子殿下は素敵な方だった?」




 と訊けば、シンディーが顔を赤くして小さく頷いた。


 初めての夜会はシンディーにとっては別世界のように見えたそうで、一晩経っても興奮冷めやらぬといったふうに話している。


 ……あとは第二王子殿下がガラスの靴を頼りにシンディーを探すだけ。


 けれども、そう簡単にはいかないのだと思い知らされた。


 体調が戻ったからと、午後は久しぶりに家族のティータイムに参加した。


 お母様とお姉様から昨日の夜会について話を聞いておいたほうがいいかもと思ったのだ。




「アナスタシア、体調が戻って良かったわ」


「でも、残念ね。第二王子殿下とお会いする機会を逃すなんて……」




 お母様とお姉様の言葉にわたしは苦笑した。




「もし出席したとしても、わたしが選ばれることはないです」




 この国では赤い髪も緑の瞳も特別珍しいものではないし、自分は愛嬌があると感じるこのそばかすも、他人からすれば玉に瑕だと思うだろう。


 そうだとしても、わたしは自分の容姿を気に入っている。


 だからこれでいいし、元より王子様と結婚したいという気もない。




「それよりも、昨日の夜会はいかがでしたか?」




 わたしの問いにお姉様が表情を明るくする。




「とても素敵だったわ。今までで一番煌びやかな舞踏の間に、飾りつけ、お料理、それに負けないくらいご令嬢達も華やかなの。しかも第二王子殿下は麗しくて……殿下は私の一歳上だけれど、整った顔立ちで、でも少し幼さもあって……」




 そこまで言ってお姉様が目を伏せた。




「お姉様? どうかしたのですか?」


「……だけど、第二王子殿下がダンスに誘ったご令嬢は一人だけだったのよ」


「一人だけ?」


「ええ、遠目だったから顔は分からなかったけれど、綺麗な金髪に淡い水色の華やかなドレスを着たご令嬢だったわ。……すごくお似合いで、あれを見てしまったら他のご令嬢達も殿下に近づくのは難しいでしょうね」




 ……多分、その令嬢はシンディーだったんだろうなあ。


 第二王子とダンスを踊ることが出来たのは良かったけれど、まさか、王子が他のご令嬢と踊らなかったとは。普通はお妃選びのために複数人を踊るはずなのだが。




「しかも、そのご令嬢はダンスが終わるとすぐに帰ってしまったみたいなの」




 不思議よね、とお姉様が言う。


 それにわたしは遅れて、あ、と気付いた。


 帰らずに残っていれば、シンディーはそのまま第二王子に見初められて妃として選ばれただろう。


 ……うわ、やっちゃった……。


 物語の流ればかり優先してしまっていたが、考えてみれば、わざわざガラスの靴を落とさせる必要もなければ、探してもらう必要もない。選ばれればそれで良かったはずなのだ。


 ……シンディーには悪いことをしてしまった。


 反省しているとお母様が口を開いた。




「なんでも、そのご令嬢が靴を落としていったそうよ。魔法で出来た不思議なガラスの靴だそうで、第二王子殿下は『このガラスの靴にぴったりの足を持つ令嬢こそが妻となる女性だ』とおっしゃって探しているのだとか」


「公爵家から順に、未婚の令嬢がいる家を回っているらしいわ」


「そのうち我が家にも来るでしょうね」




 お母様がティーカップの縁を指先で撫で、ふと顔を上げた。




「魔法で足の大きさをガラスの靴と同じにしたら、あなた達のどちらかが選ばれるかもしれないわ」




 それにわたしがギョッとした。




「お、お母様、それは王族を欺くということでは……?」


「殿下は『あの夜会で踊った令嬢』ではなく『ガラスの靴に足が合う令嬢』と言っているのだから、問題ないわ。髪も魔法で金色に染めれば何とかなるでしょう」


「お母様、でも私もアナもあのご令嬢よりきっと背が高いわ」


「足の大きさが変えられるなら、身長だって変えられるわ。一応、あの子は閉じ込めておきましょう。夜会は病弱だから欠席したと伝えれば、誰も気にしないはずよ」


「まあ、お母様は頭がいいわ!」




 わたしは思わず立ち上がってしまった。




「わ、わたしは遠慮しておきます。……王族と婚約なんて荷が重いですし……その、何だか体調が優れないので、失礼します……」


「確かに顔色が悪いわね。誰か、アナスタシアを部屋まで送ってあげてちょうだい」




 お母様の言葉にメイドの一人がそばにくる。


 何とか部屋を出て、廊下を少し進んでから体がよろけた。


 メイドが慌てて支えてくれたが、酷く気分が悪い。


 ……お母様もお姉様もどうかしている。


 王族を欺くなんて極刑だ。


 やっぱり、お母様もお姉様も、わたしも、破滅は免れないのだ。


 ぐるぐると頭の中で様々な感情が駆け巡る。


 何とか部屋まで戻り、主治医を呼ぶかとメイドに問われたが断り、ベッドに横になる。


 ……結末は分かっているのに。


 それでも、破滅への道を歩んでいると理解して、少し怖くなった。






* * * * *






 ふと目を覚ますと室内は暗くなっていた。


 ベッドから降りて、窓辺に寄ってカーテンを開けると外は既に夜だった。


 気分を変えたくてバルコニーに出ると、ふわりと風が吹く。


 綺麗な満月が空に浮かんでいる。


 しばらく目を閉じて風に当たってみたけれど、気分は一向に晴れなかった。


 急に寂しさと孤独感が込み上げてきてわたしはうずくまり、膝を抱えた。


 言い様のない感情が胸の内で渦巻いて、それと同じくらい悲しくて、寂しくて、苦しくて。


 ……あとはもう、シンディーが見つかるだけ。


 そしてわたし達は処罰される。


 怖いのか、安心したのか、悲しいのか、感情がごちゃごちゃで分からない。


 そよ風が吹き、コツ、と微かな音がした。




「おい、そんなところで何してるんだ?」




 上から降ってきた声に顔を上げれば、誰かがそこにいた。


 いつの間にか視界は滲んで、瞬きをした拍子にポロリと涙がこぼれ落ちた。


 ……この声、ラウル様……?


 なんで、と思っていると手が伸びてきて、わたしの頬に触れる。




「何かあったのか?」




 そう問われて、わたしは首を横に振って俯いた。


 一度こぼれてしまうと涙が止まらない。


 静かな夜だった。嗚咽を殺さなければ、シンディーや侍女に気付かれてしまう。


 突然泣き出したわたしにラウル様の戸惑うような気配があった。


 ラウル様は何かを呟き、そして、ふわっと何かが頭からかけられる。


 視界の端に映ったのはラウル様が着ていたローブだった。




「……防音の魔法をかけたから、我慢するな」




 ローブの上から、ぎこちなく頭を撫でられる。


 かけられたローブからほのかに感じる温もりに、頭を撫でる手に、ふつりと体の中で何かが切れたような感じがした。


 座り込んだまま子供みたいにボロボロと泣くわたしに、ラウル様は何も言わず、そばにいてくれる。


 感情が複雑すぎて言葉にならない。


 泣いて、泣いて、泣きすぎて目元が熱くなってしまうくらい泣いた。


 わたしがようやく泣き止み、落ち着いた頃にラウル様の手が伸びてきて、俯いていたわたしの顔を上げさせる。目が合うとラウル様が小さく笑った。




「酷い顔だな」




 ラウル様が小さく何かを呟くと、その掌から心地好い温もりと淡い光が出て、熱くなっていた目元の腫れが引いていった。


 ……あったかい……。


 つい、目を閉じてその手に頬をすり寄せると、一瞬で手が引っ込んでしまった。




「……ほら、顔拭けよ」




 とハンカチを投げ渡される。


 それでありがたく目元や頬を拭いつつ、唐突にドレスのしわに気が付いた。


 同時に、横になる前に髪を解いていたことも思い出した。


 慌てて頭に手をやれば、やはり髪はまとめていない。


 落ち着きかけた気持ちが今度は羞恥心でいっぱいになる。




「ひ、酷い格好でごめんなさい……」


「別に気にしてねぇよ。それより、中に入ってもいいか?」


「え? あ、うん、どうぞ……?」




 立ち上がったラウル様の手が目の前に差し出される。


 その手を借りて立ち上がれば、手を引かれて室内に戻った。


 ラウル様が手をかざすとランタンに火が灯る。


 わたしをソファーに座らせ、ラウル様は横にドカリと腰を下ろす。




「それで、何があった?」


「……あなたからすれば、関係ないことだけど……」


「いいから話せ」




 わたしはポツポツとラウル様に昼間のことを話した。


 計画が上手くいったこと、ティータイムでのこと、わたしの気持ちのこと。


 このままではどう考えてもわたし達は処罰を受けるだろうこと。


 何度も言葉に詰まるわたしを急かさず、ラウル様は最後まで静かに聞いてくれた。


 そうして、ラウル様が言う。




「それは悩むのも、苦しむのも、当たり前だ」




 はあ……とラウル様が小さく息を吐いた。




「母親と姉についてはお前の責任じゃない。それは、その二人が選んだ道だ。お前が責任を感じたり、そのことで苦しむ必要はない。……まあ、そう言っても家族のことだから、放っておくっつーのも難しい話だろうが」




 ガシガシと乱雑に頭を掻き、ラウル様がわたしの頭に手を置く。




「多分、お前はよく頑張ってる……思う」


「……『多分』なんだ?」


「俺はお前じゃないから、お前の苦しみを真に理解は出来ない」




 ポンポン、と頭の上でラウル様の手が動く。




「ただ、お前が家族思いな奴だってことは分かる。母親と姉、それから妹の間に挟まれて苦しんでるってことも何となく想像出来る。……多分、お前なりに何とかしようとはしたんだろ?」




 訊かれて、頷き返す。




「それでどうしようもないなら、そうなるものだと思っておけ」


「……お母様とお姉様は助けてくれない、よね」


「ああ、俺でもどうしようもないな」


「そうだよね……」




 ずっしりと心に重いものが圧しかかる。


 俯きかけたわたしの頬にラウル様の手が触れ、顔を上げさせられる。




「……えっと……?」




 困惑しているとラウル様にジッと見下ろされる。




「泣いてないな」


「……もう泣かないよ。泣いたってどうしようもないし……」




 顔が動かせないので、目を伏せれば、ラウル様が「馬鹿」と言った。




「泣きたい時は泣け。溜め込むと心が壊れる」




 じわりと浮かんだ涙に目を閉じる。




「……泣けないよ……」




 お母様とお姉様の前で泣いたとしても、きっと二人はシンディーへの対応を変えはしないし、逆にシンディーへの風当たりは強くなってしまうだろう。


 シンディーの前で泣いたら、優しいあの子は自分のせいだと自分を責めるだろう。


 目を開ければ、ラウル様がわたしを見ていた。





「俺の前では泣けよ」


「ラウル様、わたしに泣かれて困ったでしょ?」


「驚いたが困ってない」




 即答だった。




「好きなだけ泣けばいい。目が腫れても、治してやる」


「なんで……こんなに優しくしてくれるの?」




 ラウル様の手が離れていく。




「俺は『優しい魔法使い』なんだろ?」




 それは理由にはなっていなかった。




「本当に優しい人は、自分のことを『優しい』なんて言わないと思うけど」


「俺は自覚があるたちの『優しい魔法使い』なんだよ」


「何それ」




 思わず小さく噴き出せば、ラウル様の表情がホッとしたようなものに変わる。


 気を遣ってくれていたのだと分かると心が温かくなる。




「ありがとう、ラウル様」




 ……あなたのおかげでもう少しだけ、頑張れそうだ。





 

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[良い点] ストーリーをなぞることだけに気がいって理由とかには頭が回ってないなあ。 12時に魔法が解けるから原作は逃げたのであって今回はその必要なかったのにね。 魔法で誤魔化しても魔法が普及してる世界…
[良い点] ストーリイに沿うように行動してシンデイ-のそもそものポイントを逃してしまった事、やはりストーリイlに沿って自分たちが処罰されてしまうのではないかという不安、やりきれない思いと不安がとてもよ…
[一言] 自覚がある質の、優しい魔法使い。 ラウル様、ありがとう。 これでアナスタシアも、少しは、気が楽になると良いのですが。
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