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次姉、依頼する。

 





 バレンシア侯爵令息と面会してから一週間。


 わたしはもう一度、バレンシア侯爵家に来ていた。


 あれの翌日には侯爵令息から依頼承諾の手紙があった。


 それについて詳細を詰めたいとのことで、今日、わたしは侯爵邸に招かれたのだった。




「どうぞ、こちらでお寛ぎください」




 と家令に案内を受け、前回と同じ応接室に通される。


 前回はあまり気にしている余裕がなかったけれど、改めて室内を見ると、なかなかに格式高い。


 しかもメイドが控えており、テーブルの上には様々なお菓子が並べられている。


 どうやら、歓迎してもらえているらしい。


 わたしがソファーに座るとメイドが動き、紅茶を用意してくれた。



「ありがとう」




 メイドは一礼して壁際に下がる。


 紅茶を飲んでみると、伯爵家うちの茶葉より良いものを使っていた。


 ……美味しい。


 目の前に並んだお菓子は見ているだけでも満足感を与えてくれる。


 とりあえず紅茶を飲みながら待っていると、足音がして、部屋の扉が開かれた。




「待たせた」




 入って来た侯爵令息に立ち上がろうとしたけれど、それより先に手で制される。


 侯爵令息が向かいのソファーに座り、メイドが一礼して部屋を出て行く。


 代わりに以前にも見た侯爵令息の侍従らしき男性が入室すると壁際に控えた。


 扉が閉まると、侯爵令息が口を開いた。




「それで、この間の依頼の件だが、詳細について話してもらおう」




 チラリと侯爵令息の侍従を見れば、それに気付いた令息が言う。




「あれは俺の部下でもある。口は堅い。拷問を受けても口は割らないさ」




 ……拷問て……それはそれで怖いのだけれど。


 口が堅いというのであれば信じよう。




「こんな話をしても信じてもらえないかもしれませんが、わたしには今のわたし、アナスタシア・フォートレイルとして生まれる前の記憶があります。それも、こことは別の世界の人間だった記憶です」


「『前世持ち』とは珍しいな」




 あっさりとそう言った侯爵令息に驚いた。




「信じてくれるんですか?」


「ごく稀に生まれる前の記憶を持っている者がいる。基本的にそういう者がいる場合、教会と王家と両方に報告する必要があるんだが──……その様子だと知らないみたいだな。まあ、国や教会にとって利益のある知識を有していたり、逆に危険性のある知識を持っていたりする場合もあるから、あまり公にはされていないか」


「……ということは、わたしも報告義務があるんですね……」




 ……あまり目立ちたくない……。


 思わず俯くと「そうだな」と侯爵令息の声がする。




「だが、知識の内容による。大して重要なものでなければ普通に一般人として過ごすことは可能だ。ただ、国を揺るがすようなものの際には王族や教会の者との婚姻もあり得る」




 それにギョッとして、つい身を引いてしまう。




「絶対嫌です! と言いますか、第二王子殿下と結ばれるのはシンディーです!」


「それだが、その『前世持ち』について明かすということは何か関係があるんだろう?」




 ……さすが宮廷魔法士。察しが良い。


 でも何と言って説明すればいいのか。


 この世界は物語で、シンディーが主人公で、第二王子と結ばれるお話ですと言う?


 そんなことを言われたらきっと不愉快だろう。


 思わず押し黙ったわたしに、侯爵令息が考えるような顔をした。


 そして立ち上がると何故かわたしの横にドカリと座る。


 ……え? 何でこっち来たの?




「俺は何を聞いても怒らない」


「……本当ですか?」


「人の言葉には微量だが魔力が宿る。実力のある魔法士はその魔力を真実か嘘か分かる。虚言に宿る魔力は気分が悪いものだ。だからこそ、魔法士は嘘を嫌う」




 さっさと話せというふうに言われ、わたしは口元に手を添えた。


 すると侯爵令息が耳を寄せて来た。


 わたしは改めて前世の記憶があること、それが別の世界だったこと。


 その世界で生きていた時に『別の世界の出来事を本で読めた』という体で説明した。


 そんな本の中にこの世界のことが書かれていたが、わたしが読んだのは『優しい魔法使いに助けてもらったシンディーが妃選びの夜会に出て、第二王子殿下と結ばれた』という部分だけだったこと。


 第二王子殿下と結ばれれば、シンディーは幸せに暮らせること。




「……そうして、シンディーを虐めた母や姉、わたしは……」




 一瞬、言葉に詰まったわたしに侯爵令息が問い返す。




「お前達が何だ?」


「……わたし達は罰として、両目をくり抜かれてしまうんです」


「おいおい、そんな罰はこの国にはない」




 今度は侯爵令息がギョッとした様子で身を引いて、わたしをまじまじと見た。




「……お前はそれを避けようとしてるのか?」


「最初はそのつもりだったんですが、今はどうでしょうね。もしその罰を受けることになったとしても当然だと思います。……わたし達はシンディーから令嬢として過ごす大切な三年間を奪い、社交の機会を奪い、あの子の心や尊厳を踏みにじったんですから」




 ……両目をくり抜かれるなんて想像するだけでも怖い。


 だけど、それも仕方がないのかもと思うわたしもいる。


 もしわたしはシンディーと同じ立場だったとしたら、きっと、どんなに謝罪をされても、どんな罰を受けさせても許すことは出来ないだろう。




「ただ、わたしの知っている内容と現実ではいくらか差異があります。本来なら、シンディーは母親の墓の前で泣いているところを優しい魔法使いに声をかけられ、美しいドレスとガラスの靴、馬車を用意してもらえるのですが、あの子の母親のお墓は伯爵領にあるんです。このままではシンディーは優しい魔法使いに助けてもらうことが出来ません」


「それで、代わりの魔法使いを用意しようってわけか」


「はい。特にガラスの靴は重要で、シンディーが夜会から抜け出す際に転びかけてガラスの靴の片方を置いてきてしまうんです。その靴はシンディーにしか履けず、王子様はそれを頼りにシンディーを探すんです」


「ああ、なるほど」




 細かな説明をしなくても、それで侯爵令息には通じたようだ。




「そのためにドレスとガラスの靴を作っていただきたいんです」


「馬車はいいのか?」


「そちらは我が家の紋章のない馬車を使用します。既に御者は買収済みなので、夜会当日、母と姉が出て行ってからこっそりシンディーを乗せて王城まで運んでもらう手筈になっています。恐らく、当日こっそり我が家に来ていただくか、シンディーと共にこちらに伺うことになるかと」




 フッとバレンシア侯爵令息が愉快そうに小さく噴き出した。




「ラウルでいい。……それなら俺がそちらに行こう」


「かしこまりました」


「俺も名前で呼んでも構わないか?」


「はい、お好きにどうぞ」




 わたしは背筋を伸ばすと手を差し出した。




「改めてよろしくお願いします、ラウル様」


「ああ、任された」




 ラウル様がしっかりとわたしの手を握り返した。


 ついでに、持って来ていた袋をその手の上に置いた。




「とりあえず前金を渡しておきますね」




 ラウル様が袋を握りつつ、訊き返してくる。




「こんな額、持ち出して大丈夫か?」


「わたしのドレスや装飾品などを売ったお金と貯めていたお小遣いなので問題ありません」




 正直に答えたら、何故かすごく微妙な顔をされた。




「あ、このことはシンディーには秘密でお願いします」




 シンディーはこのことを知ったら『自分のせいで』と心を痛めるだろう。


 わたしが勝手にしていることで、あの子が自分を責める必要はない。






* * * * *






「それで、シンディーはとても優しくて、心が清らかで……ああ、何でわたしはあんな良い子を虐めて喜んでいたのか……! 床に頭をこすりつけて謝らなければいけないけれど、そんなことをしたらきっとシンディーを困らせてしまうし──……」




 何となく、義妹の話を振ったことをラウルは少し後悔した。


 まさか、これまで虐めていた義妹の話題でこれほど熱く語り出すとは思わなかったのだ。


 だが、同時に『やはり面白い奴だ』と思う。


 義妹の話はどうでもいいが、楽しそうに語っているアナスタシアの姿は見ていて飽きない。


 話しながら忙しなく動く手や変わる表情、その場面を表現する言葉選びの面白さ。




「それにシンディーは優しいからわたしを許してしまうんです。でも、ダメなんです。わたしは許されるべきではないし、罰を受けるべきで……シンディーは優しすぎるところがあるから、そこが心配です」




 ……ウィルと同じこと言ってるな。


 ラウルはシンディー・フォートレイルと会ったことがないし、別に会ってみたいとも思わないが、横で『いかに義妹が素晴らしいか』を熱弁するアナスタシアには興味がある。


 前世持ちというだけでも珍しく、興味深いが、だからこそ令嬢らしくないことに納得もした。




「分かった、分かった。お前自慢の妹の話はもういい」




 そろそろ聞き飽きたので言えば、残念そうに「そうですか……」とアナスタシアが眉尻を下げる。


 まだ話し足りない様子であったが、ラウルからすれば興味のない相手の情報ばかりが溜まっていくのであまり意味のないことであった。




「それよりも、お前の話が聞きたい」


「わたし、今までずっと話していましたよね?」




 キョトンとした顔をするアナスタシアに溜め息が漏れる。




「そうじゃねぇよ。お前自身のことが知りたいんだ。前世持ちなんて初めて会ったしな」


「あ、なるほど。でも、わたしは別に普通ですし、面白みはありませんよ?」


「面白いかどうかを決めるのは俺だ」




 そう返せば、緑色の目が瞬き、そしておかしそうに笑った。




「それもそうですね」




 癖なのか、左手で左肩に流している三つ編みを撫でている。


 伏せられた緑の目は、何かを思い出しているふうだった。


 顔を上げ、困り顔で微笑み返される。




「ごめんなさい、自分のことを話すのは苦手で……」


「じゃあ俺が質問するから答えろ」


「はい」




 何故か背筋を正し、アナスタシアがこちらを見つめてくる。




「まず『前世持ち』であることを王家に報告してもいいか?」


「え? ……はい、構いません……と言いますか、てっきりもう報告されているものだとばっかり思っていました」


「お前のことなのに、お前の意思を訊かないで勝手に報告はしねぇよ」


「えっと、ありがとうございます?」




 小首を傾げながら言われて呆れてしまう。


 前回も感じたが、貴族にしては策略が苦手らしい。


 正直というか、素直というか──……いや、これは無防備なのか。




「スリーサイズ以外なら何でも訊いてください」


「すりーさいず?」


「あ、いえ、何でもありません。とりあえず、大体のことなら答えられます」




 それから、いくつか質問を投げかけたが確かに嘘偽りなくアナスタシアは答えた。


 質問から分かったが、アナスタシアはあまり拘りがない性格らしい。


 ドレスなどは流行りのものを母親や姉、行きつけのブティックのデザイナー任せで、食べ物の好き嫌いもない。妹のためにドレスや装飾品を手放したという話からも、そういったものへの執着は薄いように感じられる。


 妹のこととなると行動力はあるが、自分のことにはさほど頓着しない。


 一方で、家族愛が強くて情け深いところがあるようだ。


 紅茶のおかわりをラウルの侍従が注ぐ度に「ありがとう」と感謝の言葉を言う点を見る限り、使用人に傲慢に振る舞う気もないらしい。そこは好感が持てる。




「菓子に手をつけないが、甘いものは苦手なのか?」


 


 何が好きか分からなかったので色々な種類の菓子を用意させたが、一つも手がつけられていない。


 紅茶も砂糖を入れていないことから、甘いものはあまり好まないのだろうか。




「いえ、どちらかと言えば好きです。その、シンディーにも食べさせてあげたいなあと思いまして。わたしだけこんな美味しそうなものをこっそり食べて帰るなんて、申し訳なくて……」




 困ったように眉尻を下げて笑うアナスタシアにまた呆れた。




「そういうことは先に言え。……おい、ここにある菓子を持ち帰り用に適当に箱に詰めろ」




 控えていた侍従に声をかければ「かしこまりました」と言って動き出す。




「え、いいんですか!?」


「余らせてもどうしようもない。元々、お前に出した菓子なんだ。好きにしろ」


「ありがとうございます!」




 パッとアナスタシアの表情が明るくなる。


 赤い髪に、キラキラと輝く柔らかな緑色の瞳。そばかすは愛嬌があっていい。


 ……婚約者はいないらしいが。


 これで何故、婚約者がいなかったのか。



 

「帰ってから、シンディーといただきますね!」




 心底嬉しそうな様子に自然と笑みが浮かぶ。


 愛想笑いでも、媚びるようなものでもない、純粋な喜びの表情は悪くない。


 その後もしばらく話をして、アナスタシアは帰って行った。


 馬車が侯爵邸から出て行くのを、窓から眺め、侍従に命じる。




「アナスタシア・フォートレイルについて調査しろ」




 侍従は一礼すると下がって行った。


 ……こんなに気になる人間は初めてだ。






* * * * *

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― 新着の感想 ―
[良い点] 貴族らしくないアナスタシアにラウルがだんだんと惹かれていくところが丁寧に表現されているところ。 異世界恋愛では王道かもしれませんが、意外に現代今世でもよくある話だと思います。価値観の違いが…
[一言] ラウル様、アナスタシアに興味を持っちゃった。 ロックオンされるのも、時間の問題…いや、もう既にされている? アナスタシアには、シンディーとの楽しいティータイムが、待っていますね!
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