次姉、話をする。
「お前、なかなか良い性格してるな」
「お褒めに与り光栄です」
そして、バレンシア侯爵令息が肘置きにまた肘を置いた。
けれども、もうつまらなさそうに頬杖をつくことはなかった。
「さて、談笑するのも悪くはないが、そろそろ本題に入れ」
それにわたしは背筋を伸ばして頷き返した。
「まず、我がフォートレイル伯爵家の現状について説明をさせていただいても?」
「ああ」
バレンシア侯爵令息が頷いた。
以前のフォートレイル伯爵家は伯爵と夫人と一人娘・シンディーの三人家族であった。
だが、夫人は元よりあまり体が強くなく、風邪が悪化し、病にかかって亡くなった。
しかも間が悪いことに夫人が病に伏していた時期と領地の不作が重なり、フォートレイル伯爵家は夫人の治療費と不作による収入減少で金銭的に苦しい状況に追い込まれていた。
一方、その時期にお母様は丁度、離婚が成立したところだった。
「父であった子爵は愛人を作り、母と不仲になり、離婚と同時に娘であるわたし達は母に引き取られることになりました。愛人が後妻になれば、前妻の子の姉とわたしがどう扱われるか母は分かっていたのだと思います」
だが、このままお母様の実家の男爵家に帰るわけにはいかない。
そこでお母様は再婚相手を探した。
幸い、子爵家はとても裕福だったので、離婚時の手切れ金も非常に多かった。
金がなくて困っている伯爵家と、金はあるが住む場所がないお母様。
二つの利害が一致し、フォートレイル伯爵とお母様は再婚した。
そうして、わたし達は戸籍上はフォートレイル伯爵令嬢となったのだ。
「母と姉、わたしは前妻の子であるシンディーを虐げていました」
バレンシア侯爵令息が眉根を寄せた。
「後妻が前妻の子を虐げるというのは、よくあることだな」
「ええ、そうですね。ですが、わたしは愚かでした。母と姉がしているから、わたしもそうするべきなのだと……それが正しいことだと思っていました。でも多分、離婚によって父に捨てられて……両親に愛されて育ったシンディーが羨ましくて、妬ましかったんです」
母親を失っても、父親は周りに愛されて幸せそうな義妹が妬ましかった。
だから虐げることで苦しんで不幸になればいいと思ったのかもしれない。
「……本当に、子供っぽくて馬鹿げていました」
ふう、と小さく息を吐き、説明を続けた。
わたしはつい最近、反省してシンディーを虐げるのをやめた。
だが、母と姉は今もシンディーを虐げ続けている。
「今度、第二王子殿下のお妃選びの夜会がありますよね?」
「あるな」
「それにシンディーを出席させたいんです。母は欠席の返事を送ってしまいましたが……シンディーは幸せになるべきです。あの伯爵家で虐げられ続けたままではいけない」
シンディーは『シンデレラ』の主人公で、幸せになるのがこの世界の正しい在り方だ。
それなら、わたしはシンディーが幸せになれるようにする。
……お母様とお姉様、そしてわたしは結局、罰せられるだろうけれど。
これはわたしなりの贖罪のつもりである。
しかし、これでシンディーに許してもらおうなどとは思わない。
この償いすら、わたしの自己満足なのだから。
バレンシア侯爵令息が言う。
「その義妹に第二王子を魅了する魔法をかけろってことか?」
わたしは首を横に振って否定した。
「いいえ、そんな必要はありません。元より綺麗で、可愛くて、性格も良いですから、義妹はきっと第二王子殿下の心を射止めるでしょう。必要なのはドレスと魔法のガラスの靴です」
「ガラスの靴?」
「ええ、シンディーだけが履くことの出来る、世界に唯一の特別なガラスの靴がほしいのです」
訳が分からないという顔をするバレンシア侯爵令息に微笑む。
「美しいドレスと特別なガラスの靴だけ用意していただければ、後は上手くいきます」
王子様が思わずダンスを申し込むくらい美しくて可愛ければいいのだ。
大切なのは出会いだけ。出会ってしまえば、原作通りになるはず。
「そこまで自信がある理由は?」
「秘密です。……ただ、シンディーは魅力的な子ですから」
「ふぅん?」
ジッと見つめられ、わたしはハッと気付く。
「シンディーは紹介しませんよ」
「その義妹には興味ねぇよ」
「そうですか」
それにホッとして息を吐く。
侯爵家の次男との結婚も悪くはないだろうが、原作では王子と結婚したシンデレラは『幸せに暮らしました』と書かれていた。第二王子と結婚すればシンディーは確実に幸せになれる。
わたしは持っていた袋をテーブルの上に置く。
「お話をお受けしていただけるのであれば、こちらをお納めください」
「これは?」
「依頼料の前金です。……侯爵家の方からすれば少なくてお恥ずかしい限りですが」
バレンシア侯爵令息は袋を一瞥しただけで、わたしに問うてくる。
「虐めていた義妹に、どうしてそこまでする? 罪滅ぼしのつもりか?」
あまりに直球な言葉にわたしはまた笑ってしまった。
「さあ、そうなのかもしれませんし、そうでないのかもしれません」
正直、何故わたしはここまでしているのか自分でも分からない。
たとえシンディーが第二王子に選ばれたとしても、母と姉、わたしのこれまでの行いが消えるわけではないし、シンディーが第二王子に言えば、確実にわたし達は罰される。
自分達の破滅を避けるなら、シンディーが王子と出会わないようにしたほうがいいはずなのに。
「とりあえずは自己満足のためといったところです」
自分でも、どうしたいのか分からない。
だけどシンディーを助けたいと思うし、申し訳ないとも思う。
「今は可愛い義妹のために出来ることは何でもしてあげたい、という感じですね」
しばらくわたしを見ていたバレンシア侯爵令息が頬杖をつく。
だが、それは『つまらない』というのとは違った。
表情からして何か思案している様子であった。
「返事は後日でもいいか?」
「はい。ですが、出来れば早めにお願いいたします。もしお断りされた場合はわたしのほうで最低でもドレスを用意しなければいけませんので」
「その場合は金と権力で魔法士を雇うんだろ?」
茶化すように訊かれ、わたしは肩を竦める。
「どこかの心優しく寛大で、実力もある宮廷魔法士様が協力してくださればありがたいのですが」
それにバレンシア侯爵令息はフッと小さく笑う。
「金は持って帰れ。まだ前金は受け取れないからな」
「分かりました」
テーブルに置いた袋を掴み、立ち上がる。
「なんだ、もう帰るのか?」
「シンディーを家に残しているので。もしかしたら、母や姉によって部屋から引っ張り出されて虐げられているかもしれないと思うと、のんびりしていられないので」
「そうか」
一礼し、退出の挨拶を伝えれば、バレンシア侯爵令息がベルを鳴らす。
すぐに来た家令に侯爵令息が「玄関まで送ってやれ」と言った。
「断るにしても、受けるにしても、返事はする」
「お気遣いありがとうございます」
もう一度カーテシーを行ってから、家令の案内で応接室を後にする。
玄関まで送ってもらい、馬車に乗って伯爵邸へ帰る。
馬車が街に出て通りを走り始めたところで、はあ……、と息が漏れた。
……その場で断られなかっただけでも十分かな。
侯爵令息はそれなりに関心を持ってわたしの話を聞いてくれた。
あとはもう、侯爵令息の気分次第である。
「前金を払うとして、残りのお金用にまたドレスとかを売って……ああ、夜会の日に使う馬車の用意と仕事の頼むために御者にいくらか握らせておかないと。夜会用の装飾品だけは残して……となると、わたしは当日に体調不良で休む必要があるよね」
シンディーの身支度を手伝い、馬車の手配をして、こっそり送り出す。
それに、シンディーは欠席で招待状を返してしまったので、王城に入る時にわたしの招待状を持たせる必要があるだろう。バレたら確実に捕まるが仕方がない。
車窓を眺めながら、やるべきことが山積していることにまた溜め息が漏れる。
「流行遅れのドレスもフリルやレースを外せば、それだけでも売れるかなあ……」
わたしの今まで貯めてきた小遣いも合わせれば依頼料は何とかなるはずだ。
……お母様とお姉様だけでなく、シンディーにも気付かれないようにしないと。
家族にバレずに物を売るというのも結構大変である。
* * * * *
「──……って話だったぜ」
ラウル・バレンシアは目の前の人物に、アナスタシア・フォートレイルとの話を説明した。
バレンシア侯爵令息であり、国の宮廷魔法士であり──……ラウルは第二王子の友人でもあった。
第二王子ウィリアム・ルイ=ウィルティエールは、金髪に光の加減で水色のようにも見える美しいみどりの瞳をした、整った顔立ちで、今年で十九歳になる。良い加減、婚約者を決めてもいい年齢だ。
「魔法でドレスとガラスの靴を……? 意味が分からないな……」
そして、この第二王子には既に想い人がいる。
それがフォートレイル伯爵家の令嬢、シンディー・フォートレイルだった。
……わざわざ平民のふりしてまで会いに行くなんてな。
シンディー・フォートレイルがどう思っているかは不明だが、互いに予定を合わせて密かに会っては、裕福な商家の息子と偽って過ごしているらしい。
そのために髪色を変える魔道具をラウルが作ってやった。
実はシンディー・フォートレイルと平民のふりをしたウィリアムが出会ったのは、三年前で、そこから二人は今のところは良き友人関係を築いているそうだ。
「虐げられているシンディーを助けたい」とこの三年、顔を合わせる度に言われていた。
だが、無理に令嬢を家から連れ出せば令嬢自身に良くない噂が立ってしまう。
何より、シンディー・フォートレイルにも断られたのだとか。
もしウィリアムはシンディー・フォートレイルを連れ出し、王城に住まわせたとしても、味方がいないのには変わりないし、場合によっては第二王子の妻の座を狙う令嬢達から目をつけられる。
それでは助け出したところで意味がない。
「その辺りは『秘密』だと言われた。まあ、でも、見たところ嘘は言ってないようだった」
「確かにこの間シンディーと会った時に、義理の姉を紹介された。今まで虐めてきたのに、急に反省してすり寄ってこられても気味が悪いと思うんだが……シンディーは優しすぎるから心配だ」
不満そうな様子のウィリアムに呆れてしまった。
「話は受けといてやるよ」
どうせ、シンディー・フォートレイルのことは気になるのだろうから。
ウィリアムが顔を上げた。
「いいのか?」
「面白そうだからな。俺はアナスタシア・フォートレイルに興味がある」
「お前……趣味悪いな」
若干身を引いているウィリアムをジロリと睨む。
アナスタシア・フォートレイルは不思議な令嬢だった。
鮮やかな赤い髪に緑の目をしたそばかす顔の愛嬌がある令嬢で、ラウルに対して何も感じていないところが面白い。大抵の令嬢はラウルの家柄や爵位、顔を見て告白してくるが、興味が湧かなかった。
ラウルからすると、どの令嬢も同じに見える。
しかし、アナスタシア・フォートレイルはラウルに『協力してほしい』という点以外、全くといって良いほど関心がなく、他の令嬢のような熱い視線を向けてくることもない。
そのほど良い無関心さが心地好く、同時に、近づいてみたいと思った。
「俺からすれば『良い子ちゃん』なんてつまらねぇけどな」
友人としては良い奴だが、ウィリアムとは女性の好みについては話が合わなさそうだ。
ウィリアムは不可解そうな表情のまま「シンディーを知らないからそう思うんだ」とぼやく。
「何はともあれ、良かったな。フォートレイル伯爵家からシンディー・フォートレイルの夜会欠席の返事が来た時のお前ときたら、まるでこの世の終わりみたいな顔してただろ? アナスタシア・フォートレイルに協力するのは、お前にとっても損はない」
「それはそうだが……」
「ついでに、本当に改心したのか確かめてやるよ」
ラウルはそう言って、ソファーから立ち上がった。
「頼む。シンディーが夜会に出てくれれば、僕も彼女を選べる」
第二王子という立場なら、伯爵令嬢と結婚しても問題はないだろう。
そもそも、この妃選びの夜会は仕組まれたものだ。
王も王妃もウィリアムに想い人がいることは知っており、この妃選びの夜会は『未婚の令嬢達に機会を与えた』という口実を作るためのものに過ぎない。
だが、まさかフォートレイル伯爵家が欠席させるとは思わなかったのだろう。
アナスタシア・フォートレイルという協力者が得られれば、シンディー・フォートレイルを夜会に出席させられる確率が上がる。同じ目標を持つのだから協力しない理由がない。
「アナスタシア・フォートレイルの真の目的も探っておいてくれ」
ウィリアムはアナスタシア・フォートレイルに疑念を抱いたままらしい。
この友人は正義感が強くて、真面目で、まっすぐで、そこが長所でもあるが欠点でもある。
一度こうだと思うと、なかなか考えを改められないところがあるのだ。
「はいはい、分かってるっての」
アナスタシア・フォートレイルはもう義妹を虐めはしないだろう。
その話をしている間、彼女の表情は酷く後悔した様子だった。
……あの表情を見ればウィルも分かるだろうが。
ウィリアムの性格上、アナスタシア・フォートレイルを糾弾するかもしれない。
現段階ではあまり会わせないほうが良さそうだ。
* * * * *