次姉、改心する。
シンディーを部屋で休ませて、風邪気味だった体調も良くなってきた頃。
お母様とお姉様を説得するため『風邪が治ったから』とティータイムを一緒に過ごすことにした。
元々、お母様とお姉様とティータイムを過ごすのは当たり前だったけれど、記憶を取り戻してからは、ここにシンディーがいないことに違和感を覚えた。
前妻の子とは言え、この伯爵家を継ぐのは伯爵の血を引くシンディーである。
お母様と伯爵が再婚してもわたし達が伯爵家を継げるわけではない。
……本来なら、わたし達がシンディーに対して丁寧な対応をするべきなのに。
もしかしたら、お母様は伯爵家を乗っ取るつもりなのだろうか。
「アナスタシア、本当に体調はもう大丈夫なの?」
心配そうなお母様の声に我に返った。
「はい、もう元気です、お母様」
「アナがいないとやっぱり寂しいわ。この間、ブティックでアナに似合いそうな帽子を見つけて買って来たから、後で渡すわね」
「お姉様もありがとうございます」
姉のドーリスも、お母様やわたしのことは愛してくれている。
どちらも家族にはとても優しいのだ。
でも、シンディーのことを家族として受け入れられなかった。
深呼吸をして、それから、お母様とお姉様に言う。
「お母様、お姉様……もう、シンディーを虐めるのはやめませんか?」
二人がキョトンとした顔をする。意味を理解出来ていない様子だった。
「わたしはシンディーを虐めるのをやめます。今更ですが、わたしは妹と仲良くしたいと思います。お母様も、お姉様も、今後はシンディーを伯爵令嬢として扱っていただけないでしょうか?」
パチリとお母様が扇子を閉じる。
「アナスタシア、やっぱりまだ熱があるのではなくて? ……あの子と仲良くしたい? 伯爵令嬢として扱う? とんでもないわ。あの子がいるせいであなた達は伯爵家を継げないのよ?」
眉根を寄せるお母様は少し怖いが、だが、ここで引くわけにはいかない。
「お母様、このままではわたし達はきっと破滅します。……この伯爵家を継ぐことが出来るのはシンディーだけで、そして、きっといつかわたし達がシンディーにしてきたことの償いをするべき時が訪れます! わたしはお母様とお姉様を愛しています。だからこそ、行いを改めてほしいんです!」
「っ、アナ! 風邪で寝込んでいる間に、あの子に何か吹き込まれたのね!?」
立ち上がったお姉様がわたしに近づき、両肩を掴んでくる。
その手から心配と共に怒りの感情が感じられて、わたしは慌ててその手に自分の手を重ねた。
「違います! っ、お姉様、お母様、どうしてシンディーにあんなにつらく当たるんですか!? 確かにシンディーは前妻の子ですが、ここまで虐げる必要なんてないではありませんか!」
ガタリとお母様が席を立った。
「アナスタシア、しばらく部屋で謹慎なさい」
「お母様!?」
お姉様が驚いた様子でお母様に振り返る。
しかし、お母様が怒っている様子はなかった。
「アナスタシア、あなたは昔から優しい子だったから、あの娘にまで情けをかけてしまったのね。でも、あの娘には立場を叩き込まなければいけないのよ。そうしなければ、私達のほうがこの家での立場を失ってしまうの」
言い聞かせるような優しい声にわたしはゾッとした。
お母様は後妻で、シンディーは前妻の子で──……一般的には後妻のほうが立場が低くなる。
そして後妻であるお母様の連れ子という、伯爵家にとっては全く無関係のわたし達のことを思ってこのようなことをしているのだと気付いてしまった。
お母様はシンディーを虐げ、自分達の立場を強くすることで伯爵家の中での地位を維持している。
呆然としているわたしを一瞥し、お母様は部屋を出て行った。
「アナ、考え直しなさい。……お母様は私達を愛してくれているけれど、怖い人でもあるわ」
お姉様がそう言い、お母様の後を追いかけるように出て行った。
……それでも、わたしはもうシンディーを虐めない。
お母様とお姉様と道が分かれることになったとしても、決めたのだ。
* * * * *
それから、わたしはお母様の言いつけ通り、しばらく屋敷にこもった。
でも、お姉様の言う通り考え直すことは出来なかった。
何度もお母様とお姉様に『シンディーへの態度を改めてほしい』と伝えたけれど、二人は頑なで、そのうちわたしに対しても少しよそよそしくなってしまった。
少し悲しかったが仕方がないのかもしれない。
そのうち謹慎が解かれたが、わたしはもうお母様達と一緒に過ごすことはないだろう。
「シンディー、ごめんなさい。お母様とお姉様を説得出来なかった」
とシンディーに伝えたけれど、全く気にしていないようだった。
「アナスタシアお姉様、私は大丈夫です」
慣れているといった感じのシンディーに、色々な意味で胸が痛む。
十六歳で成人になったというのにシンディーは貴族の令嬢が社交界に出る、デビュタントにすら出席させてもらえなかった。このままではシンディーは令嬢として過ごすことが出来ない。
シンディーの手を取り、わたしは誓った。
「シンディー、これからはわたしもシンディーと同じ仕事をするよ。それで、空いた時間に一緒にお茶をしたり、買い物に行ったりしよう? 貴族の令嬢としての立ち居振る舞いは忘れちゃいけないから」
幸い、わたしが持っていたシンディーの装飾品は全て返すことが出来た。
やはりお母様やお姉様も持って行ってしまったそうで、わたしが返せたのはシンディーが元々持っていたものの半分程度だが、その中にはシンディーの母親の形見もあったようでとても喜んでいた。
……母親の形見を取り上げるなんて最低だよね……。
知らなかったとは言え、許されることではない。
それから、わたしがもう着ていないドレスなどをシンディーにあげた。
流行遅れのものもあったので、出来るだけ流行に関係ないものを選んで渡した。そのせいでどれも少し地味だったが、別のドレスからフリルやレースを外してもいいかと訊かれたので頷くと「フリルやレースを足せば大丈夫です」と言っていた。どうやら自分で手直しするようだ。
シンディーと一緒にいる時間が増え、お母様とお姉様との時間が減った。
お母様もお姉様も、わたしがシンディーと一緒にいる時は話しかけてこない。
一人になると話しかけられるけれど、シンディーの悪口ばかりでわたしの言葉は全く二人に伝わっていないのだなと思うと、やはり悲しかった。
「シンディー、こっちの掃除は終わったわ」
これまで、わたしは買い物をしたり刺繍を刺したり、読書やお茶をして過ごしていたけれど、今はシンディーと共に屋敷の掃除や洗濯などをするようになった。
そのおかげか最近、筋肉がついてきて体も前より痩せた。
掃除も洗濯も大変で、いつもそれらをやってくれていた使用人達への感謝の気持ちも出て、もう使用人達に傲慢な態度を取ることもやめた。シンディーやメイド達と掃除をしたり、洗濯をしたりするのは大変だけど、やりがいがある。
「私のほうももうすぐ終わります!」
最初はわたしに疑念を抱いていたシンディーも、ここ一月で随分と雰囲気が柔らかくなった。
わたしがそばにいる時はお母様もお姉様も、無視するだけで暴言をぶつけてきたり、暴力を振るうことがないと分かったのだろう。
相変わらずシンディーは日当たりの悪い物置みたいな部屋を与えられているけれど、わたしの部屋を整理して、空けた部屋に移って来てもらった。わたしの部屋には浴室もあるしトイレも近いし、別の使っていない部屋からベッドや机、クローゼットを運び入れて、とりあえず最低限のものは用意した。
その部屋にシンディーは感動していて、そんな姿を見ると本当にとても申し訳なく感じた。
朝から晩までわたしと一緒に過ごすことになるが、それについてシンディーは特に何も思っていないらしい。元々一人っ子だったこともあり、一人でいても苦に感じていなかったようだ。
と言うか、シンディーは控えめそうな見た目とは裏腹にかなり行動力がある。
お母様が危険視するのも何となく分かった気がした。
シンディーは誰とでも仲良くなれるし、性格が良いから大抵の人はシンディーに対して好意的になり、もしも社交界に出ていたらあっという間にお母様のほうが地位を奪われていただろう。
窓を拭き終えたシンディーが振り返る。
「終わりました!」
明るい笑顔に、わたしも自然と笑みが浮かぶ。
「それじゃあ、片付けたら買い物に行こうか」
「はいっ」
シンディーは買い物に出かけるのが好きらしく、楽しそうだ。
……まあ、屋敷にいても虐められるだけだから当然か。
二人で掃除道具を片付け、部屋に戻って着替える。
わたしはいつも通りドレスを着て、髪を左肩で緩く三つ編みにして前に流す。
薄く化粧はするけれど、そばかすは隠さない。
以前のわたしはそばかすを隠すために厚化粧をしていたが、記憶を取り戻してからは、そばかすも結構愛嬌があって良いと思えるようになったので隠すのをやめた。
シンディーの部屋の扉が開いたので振り向けば、そこには可愛いドレスを着たシンディーがいた。
わたしが渡した流行りに左右されないドレスが、フリルとリボンで可愛くなっている。
「わぁっ! シンディー、すごく可愛い!」
思わず立ち上がり、歩み寄るとシンディーを抱き締めた。
「せっかくだから髪も可愛くしよう? お化粧もしたら更に可愛いよ」
ドレッサーの前にシンディーを座らせて、前髪を少し巻き、耳の後ろ辺りの髪を片方だけ三つ編みにして、前髪の生え際を隠すように三つ編みを通し、首の後ろまで一周させてピンで留める。後ろの髪も毛先だけ軽く巻く。
「……うん、やっぱり可愛い!」
シンディーが鏡越しに自分をまじまじと見つめている。
それから、泣きそうな顔をしたので慌てて止めた。
「シンディー、泣かないで! ほら、これからお化粧もするんだから!」
と肩に手を置いて鏡越しにシンディーを見れば、すぐにシンディーがニコリと微笑む。
……主人公だけあってすっごく可愛い〜!
これは王子様がたった一度ダンスを踊っただけで惚れてしまうのも分かる。
わたしが男だったら一目惚れする自信がある。
それからシンディーにお化粧をして、二人で出かけることにした。
侍女を連れ、馬車に乗って街に出る。
よく行く店がある通りに到着し、馬車を降りて二人で少し街を歩くことにする。
「この先にあるブティックでドレスを買おうね」
わたしの言葉にシンディーが困った顔をする。
「でも、私は……」
「大丈夫、わたしの名前で買えばいいの。もしお母様に止められたら、わたしが一回着て、それから手直しすればいいよ。……わたしのお古なんて嫌だと思うけど」
「そんなことありません! アナスタシアお姉様には感謝しています!」
ギュッとシンディーがわたしの手を握ってくれる。
「ありがとう、シンディー」
わたしも虐めていた一人なのに、こうして優しくしてくれるなんて本当に良い子だ。
シンディーに微笑み返し、その手を取ってブティックに向かった。
ブティックの扉のそばにはドアボーイがいて扉を開けてくれる。ドアボーイに感謝を込めて微笑みを向けつつ、中へ入ればすぐに店主兼デザイナーである女性とお針子達に出迎えられる。
「アナスタシア様、ようこそお越しくださいました」
「今日は妹のドレスを見に来たの。ああ、わたしも買うから、わたしの名前でまとめてフォートレイル伯爵家に請求しておいてちょうだい」
「かしこまりました」
店主は何も訊かずに頷き、お針子達に声をかける。
そうして別室に通される。
応接室には衝立があり、そちらで着替えや採寸が行えるようになっていた。
「シンディー、あちらで採寸しておいで。わたしはここで待っているから、それが終わったらドレスや小物を選びましょう」
「は、はいっ」
シンディーがお針子と共に衝立の向こうに行く。
その間、わたしは店主と共にドレスのデザインカタログを見て過ごす。
とりあえずは普段着が必要だ。夜会用のドレスは今のところは必要ないだろう。
そもそも、夜会用のドレスは普段着のドレスよりも高価なので、何着も買えばさすがに不審がられてしまう。記憶を取り戻す前のわたしは普段着のドレスを沢山買って、気分で着替えるということをよくしていたので多めに買ってもこれは疑われにくい。
シンディーは可愛らしいから、濃い色よりも淡い色合いのほうが似合いそうだ。
「これとこれと、それと、こっちと、あとこれも合わせてみたいわ。全部、靴や帽子の小物も一緒に持って来てちょうだい。それから、わたしはこのドレスを買うから、小物を合わせておいて」
「かしこまりました」
そうして他の店員達が慌ただしく動き、ドレスや小物を運んで来る。
淡いピンクや水色、黄色、黄緑などパステルカラーのドレスが並ぶ。
……うん、どれもシンディーに似合いそう。
ドレスと小物を並べ終えた頃にシンディーが衝立の向こうから出てきて、並べられたドレスに目を丸くする。
「アナスタシアお姉様、これは……?」
「あなたに似合いそうなドレスを持って来てもらったのよ。どう? 流行りも考えて選んだけれど、あなたの好みのものはあるかしら?」
ソファーから立ち上がり、シンディーに歩み寄ると置かれたドレスのそばにシンディーを立たせる。
「思った通り、とても似合うわね」
シンディーがドレスを見て、目を輝かせたものの、困り顔をした。
「どれも素敵なドレスで迷ってしまいます……」
「じゃあ、全て買いましょう。さあ、ドレスに合わせる小物は自分で選んでみて」
そうして、シンディーは購入するドレスに合わせる小物をどうするか悩んでいた。
真剣な表情が可愛くて、ほっこりしながら出してもらった紅茶を飲んで過ごす。
結局、二時間ほどかけてシンディーは小物を選んだのだった。
本日は朝夕の2回更新ですので、夕方もお楽しみに(*^U^*)