次女、再会する。
王城に到着すると、応接室の一つに通された。
シンディーは十六歳になったものの、デビュタントがまだなので王城は初めてだった。
それもあってか城内を歩いている間もキョロキョロと辺りを見回していた。
応接室に通された後も部屋の中を見渡し、ふかふかのソファーに驚いている。
伯爵家でもここまで座り心地の良いソファーはない。
三人がけのソファーにラウル、わたし、シンディーの順に腰掛けている。
……何でわたし、挟まれてるの?
狭くはないが、ソファーは向かいにも斜め前にもあるのに、ラウルもシンディーも当たり前のようにわたしの横に座った。
王城のメイドが出した紅茶を三人で飲む。
……さすが、お城は使う茶葉も違うみたい。
伯爵家で飲んでいるものよりも美味しくて、シンディーは目を輝かせながら飲んでいた。
「フォートレイル伯爵をよく呼び戻せたね」
わたしの疑問にラウルが答えた。
「娘が虐待されていることと、夫人が禁術を使用したことを手紙で伝えたからな」
「それなら帰ってくるのは当然だよね……」
伯爵が領地に行くまで、お母様もお姉様もわたしも、シンディーに優しくしていた。
それを見て安心した伯爵が領地の問題を解決するために王都を出て行った途端、わたし達の態度は豹変し、シンディーを虐げるようになった。
きっと伯爵は手紙を読んで驚き、急いでこちらに帰ってくるだろう。
自分自身の行いのせいだが、伯爵と顔を合わせるのは憂鬱だ。
部屋の扉が外から叩かれる。
ラウルが「どうぞ」と声をかければ、扉が開き、男性が姿を現した。
柔らかな金の髪に同色の目をした男性──……フォートレイル伯爵を見て、シンディーがパッと立ち上がった。
「お父様……!」
「シンディー……!!」
互いに駆け寄った二人が抱き締め合う。
……そう、シンディーは母親似だった。
綺麗な金髪も青い瞳も、顔立ちも母親似のシンディーは、それ故にお母様から嫌われたというのもあっただろう。
もしもシンディーが父親似の男の子だったなら、母は逆に優しく、良き母親として接したと思う。
しっかりと抱き締め合った後に伯爵がシンディーの顔や手を確認する。
「シンディー、怪我はないかい? こんなに痩せてしまって……つらかっただろう。私がベリンダの本性に気付かず、君だけを置いていってしまったのは間違いだった。すまない、シンディー……」
「お父様は何も悪くありませんっ! 私もこうして無事なので心配しないでください! それよりも、お父様が領地から離れてしまって大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、領地の問題ももうほとんど落ち着いている。そろそろこちらに戻って来ようと思っていたところだったから、心配しなくていい」
「良かった……」
安堵する二人に立ち上がれば、伯爵がこちらに顔を向けた。
わたしは深く頭を下げ、挨拶をした。
「お久しぶりです……伯爵様」
シンディーを虐げていたわたしに『父』と呼ばれるのは不愉快だろう。
わたしが顔を上げるとラウルが口を開いた。
「とりあえず、そちらに座ってくれ」
伯爵はわたしとラウル、そしてシンディーを見てから頷いた。
二人はわたし達の向かいのソファーに腰掛ける。
久しぶりの父娘の再会だからもう少しゆっくりさせてあげたいのだが、伯爵はこれまでのことを聞きたいだろうし、ラウルも説明のためにわざわざ来てくれているのだろう。
「改めて、バレンシア侯爵家の次男、ラウル=バレンシアだ。宮廷魔法士で、銀月の塔の塔長も務めている。今回、第二王子殿下と共に伯爵邸に踏み込んだのも我々だ」
「申し遅れました、フォートレイル伯爵家当主のフリアン・フォートレイルです」
「今回の件について説明するが──……」
そこからラウルがこれまでのことについて語った。
一月前、わたしから手紙が届いたのを発端にラウルがフォートレイル伯爵家の内情を知った。
わたしがラウルに、シンディーを第二王子の妃にするために手助けをしてほしい、と願う。
実はわたしが『前世持ち』でシンディーの今後について知っていて、シンディーと第二王子が実は知り合いで、第二王子もシンディーの状況を憂いていた。
そこでラウルは第二王子と相談し、わたしに第二王子の件は伏せて協力した。
ドレスやガラスの靴の件などを経て、シンディーは第二王子に保護される。
お母様とお姉様が捕縛された。
しかし、お母様が外部と連絡を取り、伯爵家お抱えの魔法士に禁術を使用させた。
「恐らく、伯爵家を中心に周辺にいた人間全ての命を代償に一月ほど時間が巻き戻された。人間一人の命では世界の時間は少ししか巻き戻らない。一月も戻したことを考えると相当数の人間が巻き込まれただろう」
ラウルの言葉に伯爵が息を呑み、シンディーも口元を押さえて驚いている。
この話を聞いた時、とても悲しかった。
お母様は時間を巻き戻すために大勢の命を犠牲にすると決めた。
……それに躊躇いはなかったのかな……。
「幸い、巻き込まれたからといってその人々が消失してしまうわけではない。実際、伯爵家の使用人や周辺地区の人間で行方不明になった者や体調を崩した者はいない」
時間は一月ほど巻き戻り、お母様は難を逃れた。
しかし、魔法に抵抗力のある魔法士は記憶まで失うことはなかった。
宮廷魔法士達もラウルも時間が巻き戻ったことに気付き、魔法が行使された場所を調べた結果、フォートレイル伯爵家だと判明する。お母様の件を思えば『時戻り』の魔法を使う理由もある。
その後はわたしに接触し、捕縛の準備を進める間に証言者としてわたしを保護し、それからフォートレイル伯爵家に踏み込んでお母様とお姉様、関与した魔法士達を捕縛。シンディーを保護したのだった。
「──というのが、これまでの経緯だ」
ラウルが説明を終えると、伯爵が考えるように目を伏せた。
けれどもすぐに顔を上げた伯爵は頷いた。
「私がいない間にそのようなことが起こっていたとは……お恥ずかしい限りです」
「お父様……」
「大丈夫だよ、シンディー」
心配そうなシンディーに伯爵が微笑み返す。
そうして、伯爵がわたしを見た。
「アナスタシア」
「はい」
かけられるであろう言葉を想像し、両手を握る。
ここで罵倒されたとしても当然だ。
どんな言葉であっても、わたしはきちんと受け止めなければいけない。
しかし、伯爵が口を開こうとする前にシンディーがその腕に縋りついた。
「お父様、待ってください! アナスタシアお姉様は謝罪をしてくださいました! それに、私のために動こうとしてくれました! きっと時間が巻き戻る前もそうだったのだと思います!」
拙いながらに言い募るシンディーに伯爵が微笑み、シンディーの頭を優しく撫でる。
「……アナスタシア、君が……いや、君達がシンディーにしてきた行いを許すことは出来ない」
「はい、当然だと思います。わたしも許されるべきではないと考えています」
ジッと伯爵がわたしを見つめ、言う。
「ベリンダとは離婚する」
つまり、お母様の連れ子であるお姉様とわたしも伯爵家から出て、お母様の生家である男爵家に戻ることとなる。わたしは伯爵令嬢から男爵令嬢に立場が変わるだろう。
お姉様が魔法に関わっているかは分からないけれど、お母様は重罪人である。
罪人の娘となれば結婚など出来ない。
……だから、修道院に行こうとしたのに。
それはラウルによって止められた。
シンディーが「お父様……」と悲しそうに眉尻を下げたものの、伯爵が言葉を続けた。
「だが、アナスタシア……君とは養子縁組をしようと思う」
「……え?」
伯爵が困り顔で、わたしとシンディーを見る。
「父親としては可愛い娘を虐げた君達を許せない。けれども、君が動いてくれたからこそ、今こうしてシンディーは無事に助け出された。何より、当の本人であるシンディーが君を許している。……領地で何も気付かずに過ごしていた私が、一方的に君を責めることは出来ない」
伯爵がシンディーに問う。
「シンディー、アナスタシアを姉として迎え入れるかい?」
それにシンディーの表情がパッと明るくなる。
「はい、もちろんです! アナスタシアお姉様は私のお姉様です!」
「そういうわけだ。ベリンダとの離婚届を書くのと同時に、アナスタシアの養子縁組届も出すことにしよう。ベリンダの実家も嫌がることはないだろう」
そこでラウルが言った。
「アナスタシアは侯爵家に既に居を移している。伯爵家に籍を置いたままこちらに住んでもらう」
「ええ、そのほうがいいでしょう。伯爵家では居づらいでしょうから」
不意にラウルが頭を下げた。
「アナスタシアとの養子縁組の件、感謝する。……もしアナスタシアが男爵家に戻ることとなったら、侯爵家との繋がりや援助を条件に、伯爵家に籍だけ残すように俺は交渉するつもりだった」
それに伯爵が微笑み、うんうんと頷いた。
「あなたはアナスタシアを愛しているのですね」
ラウルが頷き、わたしは顔が熱くなった。
「それに、貴族の娘というのは親に逆らえないものです。ベリンダがシンディーを虐げ始めたことで、恐らくドーリスもアナスタシアも、それに従うのは当然だったでしょう。……伯爵家でベリンダに逆らえる者などいなかったはずです」
「いいえ、わたしが愚かだったんです。使用人達が言い出せないなら、娘であるわたし達が母を諌め、その間違いを正すべきでした。……本当にごめんなさい……」
「その気持ちを忘れないでほしい。ただ、これからの君の在り方を見て今後も判断させてもらう」
わたしはそれに頷き返し、深く頭を下げた。
こぼれ落ちる涙が止まらなくて、何度も袖で拭っているとラウルの手がそっとわたしの頬にハンカチを当ててくれた。もう片手に優しく背中を撫でられて余計に涙があふれた。
色々な感情が込み上げてくるのに、全てを言葉で表現することが出来ない。
……絶対、これからは良い道を歩もう。
シンディーと伯爵の優しさに報いるためにも、これまでの愚かな行為の罪滅ぼしのためにも、わたしは二人に顔向け出来ないような道は歩まないと誓う。
ラウルからもらったハンカチで涙を拭い、顔を上げる。
「……はい、わたしはもう間違えません」
それから、ラウルを見上げる。
「ラウルも、色々とありがとう」
それにラウルが口角を引き上げて笑う。
「ああ、全くだ。だが、婚約者のためだから動いたんだ。それを忘れるなよ?」
「『優しい魔法使い』だからじゃなくて?」
「俺が優しいのは身内限定なんだよ」
わたしのことも身内と思ってくれているのだろう。
そう思うと口元がにやけそうになり、唇を引き結んで誤魔化した。
「父である侯爵から伯爵には婚約について手紙が送られているはずだが、継続でいいな?」
「ええ、問題ありません。養子縁組に関しては私のほうで済ませておきます」
「ああ、だが婚約届だけは書き直しになるだろう」
「そうですね。改めてバレンシア侯爵家にご挨拶に伺いたいと考えておりますので、その際に書き直して提出すればよろしいかと」
ラウルと伯爵の間で話が進められていく。
……お化粧してなくて良かった……。
伯爵家の最上階に閉じ込められてから化粧をしていなかったのだが、もし今、化粧をしていたら顔が大変なことになっていただろう。
ふう、と小さく息を吐き、紅茶を飲む。冷めてしまっても美味しい。
しばらく二人の話を聞いていると部屋の扉がまた外から叩かれる。
ラウルが声をかければ、伯爵家の調査がある程度終わったのか第二王子が入って来た。
全員で立ち上がり、礼を執って出迎える。
「皆、楽にしてくれ」
第二王子が一人がけのソファーに座り、全員で腰を下ろす。
「ラウル、説明はどこまで済ませた?」
「全て話し終えてあります」
「そうか」
第二王子は頷き、そして伯爵に顔を向けた。
「フォートレイル伯爵、久しいな」
「はっ。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません、殿下」
伯爵が頭を下げると第二王子は微笑んだ。
「気にするな。このような大事となり、伯爵も混乱しているだろう」
第二王子は背筋を伸ばすと伯爵に向き直る。
「……伯爵、このような場で伝えるべきことではないと分かっている。そなたの混乱をより深めてしまうが、しかし、今伝えなければ機会を失い、私は後悔するだろう」
第二王子が小さく深呼吸をして、シンディーを見た。
どこか緊張した様子に何となく察した。
「シンディー、僕はずっと君に惹かれていた」
シンディーは驚いた表情で「えっ?」と第二王子を見返した。
「君を愛している。……第二王子だと隠していて、すまなかった」
「ええっ? あ、頭を上げてください!」
頭を下げる第二王子に慌ててシンディーが言えば、第二王子が顔を上げた。
シンディーの頬が赤くなり、戸惑いながらも返事をする。
「その、ウィルが王族だったことには驚いたけど……わたしも、ウィルが好きです」
「シンディー……」
第二王子も釣られてか頬を赤くし、二人は気恥ずかしそうに目を伏せた。
しかし、すぐに第二王子は顔を上げると伯爵に顔を向ける。
「伯爵、この通り私はシンディー嬢を愛している。彼女を妻に迎え、共にこの先の人生を歩みたいとも考えている。……どうか、彼女と婚約する許可をいただけないだろうか?」
伯爵はシンディーを見て、そして苦笑し、シンディーの頭を撫でた。
「私は娘に幸せな人生を生きてほしいと思っています。愛する人と結ばれる幸福、愛される幸福、家族となり、家族が増え、時には苦労したりぶつかったりしても、共に寄り添い合っていけることの幸福。……シンディー、君はその幸せを想像した時、誰と共にいる?」
伯爵の問いにシンディーが考えるような表情をして、そして第二王子を見た。
その綺麗な青い目には強い意志が宿っていた。
「どんなに大変でも、つらい時があったとしても、私はウィルと一緒なら乗り越えられると思います。これから先もずっと一緒にいて、支え合っていくならウィル以外にはいません」
それが、シンディーの答えだった。
伯爵が微笑み、第二王子に頷き返した。
「陛下よりご許可をいただけるのであれば、殿下とシンディーの婚約を認めます」
原作とは違う流れになってしまったけれど『シンデレラ』は王子様と結ばれる。
……ああ、良かった……。
これでシンディーは幸せになれるだろう。