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魔法使い、動く。

* * * * *






 アナスタシアを保護した翌日。


 ラウルはウィリアムと騎士団と共に、フォートレイル伯爵家に向かった。


 筋書きはこうである。


 禁術を行使した件でフォートレイル伯爵家に、まずは踏み込む。


 そこで伯爵夫人と長女を事件関係者として拘束する。


 調べている間に閉じ込められているシンディー・フォートレイルを発見、保護するというわけだ。


 踏み込んだ際にいなければアナスタシアは捕縛されずに済むし、閉じ込められたシンディー・フォートレイルの状況から虐待を受けていた件についても罪に問える。


 一応、伯爵夫人と長女を捕らえた段階でアナスタシアを呼ぶつもりだ。


 シンディー・フォートレイルの状況からしても、アナスタシアとしても、互いに会えたほうが安心するだろう。アナスタシアへの印象が良くなれば、これまでの虐待に加担したことをシンディー・フォートレイルが許す可能性もある。


 ……アナスタシアは嫌がるだろうが。


 婚約した以上、ラウルとの婚約が破談となるようなことは避けたい。


 伯爵家に到着すると、突然現れた王家の紋章がついた馬車と大勢の騎士達に伯爵夫人が大慌てで飛び出して来た。その後ろをやや遅れて長女が追いかけてくる。


 馬車から降りたラウルを見て、伯爵夫人がまなじりをつり上げた。




「バレンシア侯爵令息、これはどういうこと!?」




 今にも掴みかからんばかりに怒りに満ちた表情の伯爵夫人だったが、ラウルの後に馬車から降りて来たウィリアムを見て、ギョッとした顔をする。


 どうやら王族の顔もきちんと覚えているらしい。




「だ、第二王子殿下……!? 王族の方がどうして我が家に……!?」




 ウィリアムが眉根を寄せて返答した。




「それは伯爵夫人が最もよく分かっているのではないか?」


「一体、何をおっしゃられているのか……」


「伯爵夫人、そなたは『時戻り』の魔法を使用したな?」




 伯爵夫人が困り顔で首を傾げた。




「『時戻り』の魔法とは何でしょうか? 全く身に覚えがございませんが……」




 ウィリアムが不愉快そうに目を細めた。




「知らないとは言わせない。人の命を代償とし、時間を巻き戻す禁術のことだ。……フォートレイル伯爵夫人、そなたは一月ほどこの世の時間を巻き戻したな?」


「いいえ、存じ上げませんわ。そんな恐ろしい魔法、どうして私に使う必要があるのでしょうか?」


「前妻の子シンディー・フォートレイルへの虐待の罪で捕えられ、その状況から逃れるために禁術を使用した」




 ハッと伯爵夫人が息を呑み、驚いた表情をした。


 ウィリアムに視線を向けられたラウルが言葉を繋げる。




「普通の人間なら記憶も巻き戻るが、魔法に抵抗力のある魔法士はその限りではない。特に、宮廷魔法士ともなれば尚更だ。……伯爵夫人、記憶を持っているのが自分だけだと思ったか?」




 伯爵夫人が「そんな……」と後退る。


 長女は記憶を持っていないらしく、訳が分からないというふうに母親とラウルを交互に見た。


 ウィリアムが声を張って伯爵夫人と騎士達に告げる。




「ベリンダ・フォートレイル、そなたを禁術を行使した罪で拘束する! 娘ドーリス・フォートレイル、そして屋敷内に魔法士がいた場合も関与した疑いで同様に捕縛せよ!!」




 騎士達が鋭く返事をし、伯爵夫人と長女に縄をかける。


「やめてっ、やめなさい!」「嫌ぁあっっ!!」と伯爵夫人と長女が悲鳴を上げたが、騎士達は捕縛する手を止めることはなく、罪人用の馬車に乗せられた。


 侯爵家に魔法の鳥を飛ばし、アナスタシアを呼んでからウィリアムと共に屋敷に踏み入った。


 探知魔法で魔法士達とシンディー・フォートレイルの居場所を確認し、魔法士達がいる場所に騎士達を向かわせる。


 以前も思ったが、伯爵家はその爵位にしては屋敷内が華やかで、金遣いの荒さが感じられる。


 ……いや、それとも見栄を張りたいのか?


 調査によるとフォートレイル伯爵家は一時期、財政的に苦しく、落ち目に瀕していた。


 そこに伯爵夫人──……ベリンダが多額の金を持ち込むことで何とか首を繋いだ。


 だからこそ誰も伯爵夫人に楯突く者がいなかったのかもしれない。


 伯爵夫人がまるで当主のように振る舞っていたのも頷ける。


 恐らく、伯爵自身も夫人に強くは出られない立場だったのだろう。


 伯爵夫人の私室などを捜索して発見した日記には、時間を巻き戻してからのことが詳細に書かれていた。どうやら伯爵夫人は意外と几帳面な性格だったようだ。


 時間が巻き戻る前に自分に起こった出来事、それについての考察、どうやって牢に入れられた状態で外と連絡を取ったか、そして『時戻り』の魔法をお抱えの魔法士達に使わせた。


 時間が巻き戻ってからの考えや行動についても書いてあった。




「……なるほど」




 アナスタシアを最上階に閉じ込めていたのは、アナスタシアが誰かに唆されてシンディー・フォートレイルを助けようとし、その結果自分達が罪に問われたと思っていたかららしい。


 外部との接触を断ち、シンディー・フォートレイルとの接触もなくせば、同じことは起こらない。


 そう考え、即座にアナスタシアとシンディー・フォートレイルを引き離して閉じ込めた。


 ……だが、自分以外に記憶を保持する人間がいることまでは想像出来なかったか。


 確かに何事もなければ伯爵夫人は同じ道は辿らなかっただろう。


 ふと窓の外を見れば、屋敷の玄関に侯爵家の馬車が停まるのが見えた。




「アナスタシアが来た」




 ウィリアムが振り向いて「僕も行こう」と言ったので、調査を騎士達に任せて玄関に下りた。


 丁度、アナスタシアが騎士に扉を開けてもらい、浅く頭を下げつつ入ってくるところだった。




「アナスタシア」




 と呼べば、顔を上げたアナスタシアと目が合い、こちらに歩み寄って来た。


 その視線がラウルからウィリアムに動き、更にその後ろに向けられ、そこに誰もいないことを確認すると悲しそうに目を伏せた。


 ラウルとウィリアムしかおらず、騎士達が忙しく動き回っているのを見て察したようだ。




「第二王子殿下にご挨拶申し上げます。……フォートレイル伯爵家の次女、アナスタシア・フォートレイルでございます」




 今日のことは事前に説明していたのでウィリアムが王族だとすぐに分かったのだろう。


 カーテシーを行うアナスタシアに、ウィリアムが頷き返す。




「頭を上げてくれ」


「はい」




 アナスタシアが姿勢を戻し、ラウルに顔を向けた。




「伯爵夫人と長女は既に捕縛済みだ」




 ラウルがそう言えば、またアナスタシアは目を伏せた。


 けれどもそれは一瞬で、すぐに顔を上げた。




「そう……シンディーは?」


「まだだ。恐らく、地下室にいる」


「もう、何してるのっ? 今すぐ行かなくちゃ……!」




 アナスタシアがラウルの腕を掴んだので、説明する。




「シンディー・フォートレイルは俺を知らないし、ウィルのこともまだ知らない。突然『助けに来た』と見知らぬ男が入って来たら警戒するだろ? お前がいたほうがまだいいと思ったんだ」


「あ……そっか、そうだよね……ごめん」




 それでも落ち着かない様子のアナスタシアの手を取る。


 ウィリアムに頷き返し、三人で地下に行く。


 既に地下に続く階段を騎士が見張っており、ラウル達が来ると騎士達が付き従った。


 地下の奥にはあまり品の良くない荒くれ者達がいた。


 ラウル達を見ると警戒しかけたものの、騎士の姿を見て互いに顔を見合わせている。




「私はこの国の第二王子、ウィリアム・ルイ=ウィルティエールだ! 投降するならば罪には問わない! だが、もしも剣を抜くのであれば、我々も容赦はしない!!」




 ウィリアムの言葉に男達が顔を戻す。




「こんなところに王族が来るもんか!」


「金をもらった以上、こっちも仕事なんでな!」




 男達が剣を抜いたため、ラウルはアナスタシアを後ろに下がらせた。


 ウィリアムと騎士達も剣を抜き、食料などの貯蔵庫も兼ねているそれなりに広い地下空間で戦闘が起こる。


 ラウルは即座にウィリアムと騎士達に強化魔法を、アナスタシアに防御魔法をかけた。


 乱戦する中で魔法を放つわけにはいかず、アナスタシアを背に庇いつつ、男達が逃げないように上階に続く階段の前で退路を塞いだ。


 荒くれ者達もなかなかに強いようではあったが、ウィリアムと騎士達の相手ではなかった。


 すぐに勝敗が決して荒くれ者達は捕縛された。


 魔法を解除するとアナスタシアが地下の最奥の部屋の扉に向かって駆け出した。


 木製だが、分厚く、頑丈そうな扉を開けようとしたけれど、鍵がかかっている。


 アナスタシアがその扉を強く叩いた。




「シンディー、そこにいるの!?」




 名前を呼んで、今度は扉に突進しようとしたので肩を掴んでやめさせる。




「待て、俺が開ける」




 あまり褒められたことではないが、魔法で鍵を開ければアナスタシアが室内に飛び込んだ。




「シンディー!」


「っ、アナスタシアお姉様……!!」




 室内からシンディー・フォートレイルのものだろう声がして、アナスタシアが抱き留めた。


 互いを確かめるようにしっかりと抱き合う二人に、ラウルは出入り口の横に寄りかかる。




「ああ、無事で良かった……!!」




 アナスタシアのその声は心底安堵していた。


 カツ、コツ、とウィリアムの足音が響き、アナスタシア達が振り返る。




「はは… …これじゃあ格好つかないな……」




 遅れてこちらに来たウィリアムが苦笑した。


 ウィリアムを見たシンディー・フォートレイルが目を丸くする。




「ウィル……?」




 シンディー・フォートレイルがアナスタシアとウィリアムを交互に見て、目を瞬かせた。


 それにアナスタシアが微笑んだ。




「第二王子殿下だよ」


「え? ……えええっ!? ど、どういうことですかっ!?」




 混乱しているシンディー・フォートレイルの背中をアナスタシアが撫でる。


 ウィリアムもこれは予想していたらしく、やはり苦笑しながら言った。




「とりあえず、君達は保護させてもらう。ラウル、二人を王城に連れて行ってくれ。僕も調査が済めば戻るけれど……そろそろ、フォートレイル伯爵も王城に着く頃だろうから、説明はその時にしよう」




 ウィリアムの言葉にアナスタシアとシンディー・フォートレイルが驚いた顔をする。




「伯爵が?」


「お父様が王都に戻ってきているのですかっ?」


「こんな事態だ。当然、フォートレイル伯爵は呼び戻す必要があるだろう」




 二人はウィリアムの言葉に納得したふうに視線を落とし、そして、アナスタシアは唇を引き結んだ。


 伯爵と会うことはアナスタシアにとってはつらいだろう。


 これまでシンディー・フォートレイルを虐げていたことも、母親と姉のことも、全てを知った伯爵がアナスタシアにきつく当たるのは当然で、恐らく伯爵は夫人と離婚する。


 そうなればアナスタシアは伯爵令嬢ではなくなり、行く当てもなくなる。


 だからこそラウルは婚約を結んだのだ。


 両親にはアナスタシアの事情を伝えており、それでも許可してくれたことには感謝している。


 たとえアナスタシアが伯爵令嬢でなくなったとしても婚約を解消するつもりはない。


 むしろ、侯爵家との繋がりを維持するために形だけでもアナスタシアだけ、伯爵家に籍を残せないか交渉する目的もあって、先に婚約を結んでおいたのだ。




「ここは空気が悪い。上に馬車もあるから、戻るぞ」




 ラウルが声をかければアナスタシア達がハッと我に返った様子で顔を上げ、頷いた。


 荒くれ者達を騎士に任せ、四人で一階に上がり、ウィリアムと別れて外に出る。


 外に停めてあった侯爵家の馬車にアナスタシアとシンディー・フォートレイルを乗せ、ラウルも乗り込んだ。馬に乗った数名の騎士が護衛としてつく。


 王族のものと比べれば格は落ちるが、それでもかなりいい馬車である。


 それもあってかシンディー・フォートレイルは目を輝かせて馬車の中を見ていたが、対照的に、アナスタシアは緊張した様子で俯いている。


 ……まあ、これから義理の父親に再会するしな。


 気分的にはこれから処刑台に上がるようなものだろう。


 目が合うと困ったように笑みを浮かべたが、あまり上手く笑えていなかった。




「言っておくが、もしお前が伯爵家から追い出されたとしても婚約は解消しないからな」


「え」




 また驚いた様子でまじまじと見つめ返され、ラウルは少しばかり不機嫌になった。





「俺は伯爵令嬢ではなく『アナスタシア』だから好きになったんだ」


「あ……えっと、はい……」




 アナスタシアの青白かった顔に僅かに生気が戻る。


 照れたふうに俯くアナスタシアの横で、シンディー・フォートレイルが両手で口元を押さえ、輝いた目でラウルとアナスタシアを交互に見て頬を染めている。




「……ありがとう、ラウル」




 俯いたまま、落ち着かない様子でアナスタシアが己の三つ編みを忙しなく撫でる。


 横にいる妹の輝く眼差しには気付いていないらしい。


 それがおかしくてラウルはつい、フッ、と笑ってしまった。


 そういう少し鈍いところも気に入っている。




「ああ」




 チラリとこちらを窺うように視線を上げたアナスタシアと目が合うと、アナスタシアが気恥ずかしそうにはにかんだ。


 ……ああ、やっぱりいいな。


 アナスタシアには笑顔が一番似合う。


 その後、シンディー・フォートレイルに「おめでとうございます、お姉様!」と言われて、アナスタシアが赤い顔で「あ、ありがとう……」と呟き、恥ずかしそうにまた俯いていた。






* * * * *

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― 新着の感想 ―
[良い点] 馬車の中でのアナスタシアの様子の表現が最高です。 ラウルとのやり取りや、それを見ているシンディーの様子などもとても良かったです。 [気になる点] アナスタシアのお父様が何を思っているのか少…
[一言] シンディーの目、キラキラ! 皆で幸せに、なれますように!
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