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スカーレット・ワールド ~六翼の英雄編~  作者: 上下 帷
メフィーナ編 第1章  自称武者修行中の騎士
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森林の男女 2

 風は頬を撫でると共に生暖かさと青々とした若葉の香り、土の匂い、そしてほんのりと香ばしい匂いを運んでいた。


「ねー、そろそろいいんじゃない」と少女が言った。


「もう少しまってくれって。この魚はしっかりと火を通さないと生臭いんだ。前にメフィーも同じ事を言っただろう」と青年が返す。


「そうだけどさー。でもこれって、据え膳食わぬは何とやらでしょー。生殺しじゃーん」と少女が反論した。


「お前なー、魚だって人間に食べるために身をこさえたわけじゃないんだぞ。だからちゃんと火を通しておいしく食べるのが人情ってもんだろう」と青年が言った。


「ぶー」と少女は唸った。


 場所は森林。

 人の手が加えていない自然の中に、焚火を囲んでいる男女のペアが居た。


 一人は10代中ごろの青年。

 名はギギ。

 青みがかった短髪に未だ幼さを残した優しげな顔立ち。胴と関節周りには鋼の鎧をまとい、片割れに置いた両刃の剣と中型の四角い盾から騎士を連想させた。


 もう一方の片割れにはいくつかの小瓶が置かれ、蓋に調味料の名前が書かれていた。

 

 焚火を跨ぎ向かい合っているのは、10代半ばごろの少女。

 名はメフィーア。

 白を基調としたフード付き野外向けのコートにひざ丈のパンツという軽装。凛とした面立ちでどこかあどけなさが残る容姿。特に目を引くのは、肩上まで伸びた灰色がかった桜色の髪と銀色の瞳。左手首には軽装には不釣り合いなゴテゴテとした腕輪をはめている。

 

 今は適当な石に腰を下ろし、焚火に、いや魚を眺めていた。

 

 焚火が大きく二人の影を揺らす。今は近くで釣った魚を焼いていた。 

 よくある野外の焚き火風景である。


「もうちょっと待てって」

「ふーん、なんかほんとマメだよねーギギは。放浪者な癖に」

「これぐらい旅をしてたらいやでも身につく。それに放浪者って言い方。武者修行と言ってくれ。アチチっ、ほらもう少しで焼けそうだ」


 そう言いつつギギと呼ばれた青年は慣れた手つきで枝を串刺しした魚の火加減を見る。内臓を切り取られ、油が滴り程よく塩がかかっている。

 さり気なく入れられた十字の飾り包丁がギギの調理スキルの片鱗を思わせた。


「よしいい塩梅だ。ほらメフィー、熱いから気負付けろよ」


 そう言って焼き魚の一個を、腹をさするメフィーと呼ばれる少女に手渡した。

 焼き加減と完璧な塩梅。

 ギギの渾身の一本である。


「うひひぃー待ってましたー」


 両手をこすり合わせ、嬉々として串を受け取り早速口元へ運ぶ。


「ちょっと泥臭いけどいい感じの焼け具合。ではさっそくいただきます」

 

 背ビレを避けその横にかぶりつく。

 ややパリッとした皮の下にはほくほくとした身の触感。噛めば噛むほどに何とも言えぬうま味が押し寄せる。

 若干の癖はあるが塩の加減も相まって極上とは言わぬまでも、森の中ではご馳走と呼んでも差し支えのないものであった。


「うまい、うまいよー」


 そういってパクパクとほおばるメフィーア。


「おいおいもっと上品に食べられないのか」


 そういってギギはやれやれと首を振りつつも、内心少女の旺盛な食事っぷりに悪い気はしていなかった。


「おっ、これはなかなかうまい」


 残る魚の火加減を見ながらギギも魚に口をつけた。

 残る串は3本。

 どれも仕上がりとしては良いだろうと、少し火元から離し魚が冷めない程度の位置に移動させた。


「もう一匹もらうよ」


 そう言うが早いか串の一本を搔っ攫うようにとるメフィーア。

 傍らには骨しか残っていないといっても過言ではない、おいしくいただかれた残飯が置いてあった。

 メフィーアはすぐにパクパクとわんぱくに新たな魚に口をつけていた。


「あのさーもう少し味わって食べろって」

「わわったー」

「せめて飲み込んでから返事をしろ。いったいどんな教育を受けてたんだ」


 またもやれやれと首を振りつつ、ギギは尾っぽ周りの身をかじった。

 やや塩が薄かったと考えつつギギは火元に目をやった。

 パキッと音を立ててくみ上げた木々の一部が崩れた。


「次の街に行ったら少し薪を買うか。いや路銀も心もとないか」

 

 これからの道行を思案するギギ。

 先の話にもあったように、ギギは自称武者修行を名乗っている。

 半ば家出に近い状態で家を飛び出し、愛馬と共に目的もなく旅路に出たのだ。

 いや目的はないが目指すべき地はある。

 だが、なんの後ろ盾もなく、従者も引き連れずとなるとその目的地への道のりには多くの障壁があった。

 目の前の少女メヒィーアもその壁の一つであった。とある夜になし崩し的に旅の同伴をすることになった。

 いや半ば強引にだったかとギギは振り返えつつ苦い笑いを溢した。

 

 彼女とはもう一月ほど一緒にいる。

 当初は近くの村までと思っていたが、気づいたら一緒に行動を共にしていた。

 最初に比べ互いの距離感も掴み、一方的ではあるが愛称で呼ぶ仲にまでなった。

 だた、互いの目的や腹の内までは依然として触れずにいた。


 長旅は物資を消費する。もちろん路銀もかかる。

 それに人数が増えればその量も増すというもので、この旅の先行きに不安を感じていたが、それとは裏腹に何とも言えぬ暖かい気持ちが胸の中にあるのも否定はできなかった。

 

 まったく俺もまだガキだなと、ギギは魚を一口。

 そんな青年の心中などどこ吹く風。

 メフィーアは更なる焼き魚を求め手を伸ばしていた。


「もう一匹もらうよ」


 その食欲の行進を拒むようにその手首を握るものがいた。


「おい待て。そこの淑女よ。お前今何匹食べたんだ」と、さっきのアンニュイ顔からいっぺん。ギギは冷ややかな目線を向けた。


「……淑女の手を強く握ることが紳士のやりかたかい?武者修行者が聞いてあきれる」

  

 武者修行者とはいったい。

 メフィーアはどんなイメージを持て言いるのかはともかく。

 そんな目線にも臆することなくギギはメヒィーアに視線を返した。


「何匹食べたかって聞いてるんだろうが。単純なお計算だ」

「あー馬鹿にしているね。いいよーその喧嘩買ったげる。その前には腹ごしらえ」

 

 そう言ってメフィーアは魚へ伸ばす手に力を籠めた。


「おいおい待って。すっげー力だな!おい!」


 ギギは抑える手に力をこめ何とかその進行を阻止する。


「俺が一匹、お前が二匹だ。残る魚は二匹。分かるか?俺のが多く釣ったから一匹多くくれとは言わない。だが、一言断りがあってもいいだろう」

「ぐるる」

「獣かお前は!いいからこういうときは公平にジャンケンだ」

「……じゃんけん?」

「ジャンケンだ。知らないのか」


 それに気がそれたかメヒィーアの力が抜けた。

 これ幸いにとギギが説明する。


「これが太陽」大きく指を開いた手の掌。

「これが地獄」大きく指を開いた手の甲。

「これが悪魔」拳を握り親指と小指を立てる。


 それぞれの手の形をとりながらメフィーアに見せた、手の形を見ながらフムフムとメフィーアが頷く。


「この三つのポーズが三竦みになっていて。太陽が地獄より強くて、地獄が悪魔より強くて、悪魔が太陽より強い。それぞれのポーズを一斉に出し合って勝負する」


 後はあいこや掛け声など細かなルールも合わせて説明をした。

 普段は大雑把な性格だが、こういったことには細かいメフィーアの性格を見越して、ギギもいつもより丁寧な説目を心掛けた。

 

 ギギが一通りの説明を終え分かったかと、メフィーアの顔を伺う。


「ふーん……誰が考えたのそれって?」

「誰がって?昔からあるものだから、誰が考えたかは知りようがないと思うぞ。そもそもジャンケンを知らないのか。そっちの方が疑問だ」

「悪魔が太陽より強いねー。なんか気に入らない」


 両手で太陽と悪魔のポーズをとり訝しんだ目でメフィーアがぼやく。


「妙なところで引っかかるな。なんかの神話から流用しているみたいだが。どうする、これでジャンケンできそうか。勝った方が魚三匹な」

「ふーむ。いいよ。勝てばいんだもんね。一回勝てばいいの?」

「そうだな。お前も初めてのようだし、先に三回勝った方にしようか。それでいいっこなしだ」


 そういって掲げたギギの拳を見て、魚をちらりと見て、メフィーアは頷く。


「そっちこそ後でねちねち言わないでね」


 自身の拳をギギの拳にぶつけた。

 かくして魚を賭けたジャンケン勝負の幕が切った。




「おかしいだろー!」とギギがぶんぶん拳を振りながら意義を唱えた。


「うっさいなー。三回勝ったんだからいいでしょう。ほら魚もらうよ」

「絶対インチキだ。三回連続で勝つっておかしいだろ。微妙に後出ししてただろう」

「あとだし―?」


 魚を取ろうと手を伸ばすメフィーアの手を、ギギがババっと手でディフェンスをする。


 ジャンケンにおいてあとだしは基本禁止行為だ。

 場合によってはやり直しか負けとなる。

 事前の説明でもギギはそれについて触れていた。だが、メフィーアはそこの穴に気づいた。あとだしの判定の基準がガバガバであることに。


 動体視力に定評のあるメヒィーアにとって相手が出すポーズなど瞬間的にとらえる自信があった。また、太陽や地獄のポーズに関しては手首を大きく動かすため、その見極めは一層容易というものだ。


 勝てる勝負と踏んでメフィーアは臨んだのだ。

 そして――――


「よっ。もらった!」


 ギギのディフェンスの隙間から魚を奪うことなど、メフィーアの目をもってすれば赤子の手を捻るよりたやすいのだ。


「あー……」

「ギギ。大人になりな」


 妙に済ましたすましたメフィーアがギギに一言伝え、またモグモグと魚を食べる。


「はー、もういいや。無駄に体力使うだけだ。これ以上お腹が減ったらたまったもんじゃない」


 そういってギギも最後の魚に手を伸ばした。

 だが、先のディフェンスの影響か、やや震えた指先が串に触れたとたんパキっとその枝元が折れた。

 魚は焚火に向かって斜めにさしていたため、もちろん魚は重力にしたがって火の中へと落ちていく。


「…………え」


 半ば呆然とそれを見つめるギギ。

 その視線をメフィーアに向けると「もう食べっちゃったー」と頭と骨だけになった魚を火の中へ投げ入れた。


「じゃあ私寝るから。いつも言ってるけど私に手を出したら殺すからね。お休み」

「ああ……お休み」


 憔悴しきった声でギギは返し再度火を見た。


「なんなんだ……こいつ」


 すでに地べたに寝そべって、石を枕にかすかな吐息を立てていた。

 せめて口はゆすげよと思いつつ、焚火の具合を見た。

  

 あの後、恐れていた帝国からの追ってはなかった。

 そもそもいたのかも怪しいが、ある程度首都から距離をとった現状では前ほどの警戒も必要ないと判断したのだ。 


 不用心な気もしないではないが、相棒がいる事でギギにも心に余裕ができ、大胆な行動をとるようになった。

 感化されたといってもいいかもしれないが。


「ださないよ」


 すでに誰も聞いていないだろうがギギは日課となった返事をした。

 その場で火を背にギギも横になった。


 メフィーアの素性は知らない。

 変わった髪色と銀色の瞳。

 ものをあまり知らない様子から、どこかの令嬢かと考えたが、それにしては礼儀がなっていない。


 先日に遭遇した魔獣との戦闘もそうだ。武器も使わずに魔獣を撃退したのだ。

 いろいろと想像は巡るが、結局のところ空を切るばかりで、彼女の正体をつかみかねていた。


 ギギは何度か会話の流れで軽く聞いたが、のらりくらりかわされた。

 積極的に聞くことはせずに今に至る。

 そうなったのはギギが臆病であったからかもしれないが。

 それよりも。


 メフィーアは自身の素性を聞いてこなかった

 ギギはそっと傍らの剣を撫でる。見ず知らずの、それも異性の放浪の騎士に彼女は同行を求めた。

 

 旅に仲間はつきもの。

 

 ふと誰かに聞いた言葉をギギは思い出した。

 だれから聞いたのだろ。

 思い出せない。


 うつらうつらとしたまどろみのなか、ギギは少し笑みをこぼした。

 そんなギギの心中も知らずメフィーアの吐息が聞こえた。


 近くて遠い。

 遠くて近い。

 

 これぐらいの距離が丁度よい。

 いずれ何かのはずみで互いの正体を明かす日が来るかもしれない。

 来ないかもしれない。

 そんな未来を少し考え。


「おやすみ」


 ギギは目を閉じた。


 グーっと内からの抗議の音が聞こえた。


「ああ……腹減った」

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