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スカーレット・ワールド ~六翼の英雄編~  作者: 上下 帷
メフィーナ編 第1章  自称武者修行中の騎士
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森林の男女 1-3

 ギギは浮遊感に似た感覚に身を任せていた。

 体が自由に動かせない事への窮屈と守られている様な安心感が、さながらゆりカゴのようにギギを睡眠へとい誘う。


 だが安息は続かない。


 誰かの幼い声が聞こえた。

『むいてないって』


 誰かの厳格な声が聞こえた。

『私に恥をかかせるな』


 誰かの殺意が籠った声が聞こえた。

『間違っても戦場で俺に背を見せるなよ』


 声が聞こえた。

 声が。

 声が。

 声が。


「う……ぅ」


 ギギはその声から逃げ出す事が出来ない、体が動かないから耳も塞げない。

 ゆりカゴがいつのまにか自らを縛り付ける鎖へと変わっていた。


 どんなに遠くへ行っても、逃げ出すことはできない。

 その声は何処までも追いかけてくる。


 ふと、ギギの何かが頬に触れた。


「……うぅ」


 それは生暖かく。柔らかくて。ザラザラと。ねっとりとしていて……ねっとり?

 

 ギギは瞼の開け方を思い出したかの様にそっと目を開けた。

 光が目に刺激を与え脳が活性化する。徐々に体の感覚が戻る。


 じょり。


 今度ははっきりと、頬にねっとりとした生暖かい感触がした。

 ギギはその場で跳ね起きた。


「う、うああ!な、なんだ!おっ……お前かバッシュ」

 

 バッシュはギギに名前を呼ばれ鼻を鳴らした。

 

 目覚めの熱いベーゼの正体はギギの愛馬バッシュのものだったようだ。

 日光に照らせ美しい純白の毛並みは、長距離移動のせいで今はくすんでいた。

 いや、それよりもだ。


「俺、寝ていたのか……どれだけ?というかあいつは!」 

 

 寝起きの頭が一気に覚醒していく。

 日は真上へ昇っており昼間近い時間になっていた。

 まるまる半日寝ていたようだったとギギは驚愕した。

 冷や汗なのか、体がぐっしょりとしていたが今はそれに構ってはいられなかった。

 自身の持ち物のは変わらず、携帯食の袋も小さくなったままだった。


「いない」


 ギギは素早く周囲を見るが昨日の少女の姿は何処にもなかった。


「いや、いなくても問題は……ない、か」


 焦りは急激に冷め、冷静な自分が戻ってきた。

 ギギは慣れた手つきで荷を愛馬バッシュの鞍へと括っていく。

 

 気を許したつもりはなかったが、それでも、限界に達し眠ってしまった。

 餓死寸前だったんだ。メヒィーアにも何か事情があったのだろうとギギは己の中で結論づけた。

 

 盗品が無いだけよしとしギギは動いた。

 お香の跡など痕跡をなるべく残さない様にした。

  

 もろもろを済ませ馬に跨る。バッシュはいつでもいけるとばかりに鼻を鳴らした。


「よし、行くか」


 後ろ髪を引かれる思いで、ギギは最後にその跡地を見た。

 そんな自分の思いを払拭する様にローブを着用しフードを深く被った。


「はいよー」

「ちょっとちょっと!置いていくき⁉」

 

 勢いよく振るおうとした手綱は突然の声によって阻まれた。

 ギギは走らせようとした馬の手綱を引いて、馬を止めた。


「お、お前。なんで」


 そこにはメヒィーアがバッシュの後ろ脚に手を付いていた。


「なぜって。そっちこそなんで行こうとしているの。ひどくない。とりあえず降りて」 

「あ、ああ」


 メヒィーナの圧に抵抗する気もおきず、言われるがままギギは馬から降りた。

 同じ地面に立つとメヒィーアはギギよりも少し身長が低かった。


「どういうつもり。私あなたのために見張ってたんだけど、途中寝ちゃったけど……見てたんだけど」


 やや上目にギギを睨むメヒィーア。怒っている様子にギギが少し距離をとる。


「い、いや。いないよう、だったから……ねてた?」

「そこはいい!……いないならなら探せ。いないから行くってどういう神経なの。探しなさい!」

「ほ、ほら、あれだ。トイレとかにいっている……可能性も」

「あぁっ!」


 苦し紛れの言い訳にメフィーアがずいっとギギの胸に人差し指を押しあてる。

 さすがに自分でも言っていて苦しいとギギはさらに冷や汗を流した。

 こんな性格だったのか。


「は、白状するから、離れてくれ」

「なに?」


 腕を組み一応聞く意思表示をとるメフィーア。


「お前がどっかに行ったと思ったんだ。何か事情があるみたいだったし。お、俺にも事情がある。ここから早く距離を取りたかったんだ。これでいいか?」

「事情、ねえ」

「お前はどこに行ってた…のですか?」


 なぜか敬語になるギギ。


「ちょっと荷物を探しに。結局見つからなかったけど」

「そもそも、なんでこんな所に…いや、昨日も聞いたか」

「そっ、私も気づいたらここに居たの」

 そんなことあるのか。ギギが疑問の眼差しを向けた。


 そんな視線に気づいてもメフィーアは意に介する様子はない。

 やはり嘘をついているようには見えない。


「あっそうだ。ここの近くに神殿とかある」

「神殿?そこまで土地勘があるわけじゃないが……」

「ほら、たしか『尾』に関係する感じの神殿。尾!」


 そういってメフィーアは馬のしっぽを指さす。

 『尾』に関連する神殿。

 突然話が変わったがそれはさておいて、それついてはギギは思い至るものが一つあった。


「帝国の首都近くにある最端の祠か。確か尾と関連があったと思うが。それがどうした?」

「それって近くにあるの?」

「いや遠いぞ」

「どれくらい」

「うーーーん。この馬を夜通し走らせても3日はかかるぞ」

 

 頭の中の簡素な地図でおおよその当たりを取る。

 祠はギギのいる位置から帝国を挟んで向こう側に位置していた。


「それは……遠いの?」

「遠いだろう」

「そっか」


 考える様にまたも腕組みをして、メヒィーアが目を瞑る。


「大丈夫か?」

「大丈夫……ってあなた。体調は大丈夫なの?」

「ああ。おかげさまで。助かった」


 またも突然の話題の変換に驚いたが、ギギは素直にお礼を言った。

 

 久しぶりの十分な睡眠。半日も寝たとあれば、万全とはいかないまでもここ最近の事を考えれば調子は良かった。

 問題があるとすれば空腹だが、それは言うまいとギギは腹の内に収めた。


「それより祠はいいのか」

「そうね……いろいろと疑問はあるけどいいってことにしとく」

「そうか…………お前これからどうするんだ」

 

 ギギとしては待つように言われた為こうしているが、一刻も早くこの場から離れというのが正直な気持ちだった。


 ギギは内に疑問が生じた。

 いや、待てじゃない。

 さっきは「置いていくき」そう言ったのだった。

 どんな意図があって。


「この先……ギギはどうするの?」

「俺?……とりあえずこの先の町。エルハへ向かうつもりだが」

「なるほど。ナラワタシモソコニイク」

「急にどうした?オナカデモスイタノカ?」

「なに?」

「な、なんでもないです」


 メフィーアに睨みにギギが体を小さくする。そっちから始めたのにと理不尽だ。

 ちょっとした冗談のつもりだったがギギはハハと乾いた笑いでごまかした。


「冗談はいいとして。私さここの土地勘が全くないの。だから、途中までに一緒について行ってもいい。かしら?」

 

 なぜか敬語らしき口調になるメヒィーナ。


「ついてくるのか?」

「そうさせてもらうと助かる。いやうれしい」


 語尾の言葉を変えたのかはさておきギギは思考した。

 今の己の置かれている現状。

 目の前の彼女について。

 食料や消耗品。

 村までの距離。

 考えてもきりはなく。決定打に欠けた。


 だが、ギギの答えは初めから決まっていたようなものだ。


「いいぞ」

「ほんとに」


 さして予想外の返事でもなかったのか、メフィーアは嬉しそうな笑顔をギギに向けた。  


「ただ、なるべく急ぎたい。できればもうここを発ちたい。そうなるとお前の荷物を探す事が出来ないが」

「いいよ。別に荷物ぐらい。そんなに大事なものはなかったし。たぶん」

「そうか」


 最後の一言は無視し、ならばとギギは愛馬バッシュの鐙に足を乗せた。


「乗馬の経験は?」

「あるけど乗っただけ。操作とかは無理」

「そうか。なら俺の後ろ……前に乗ってもらうか」


 ギギは一気に馬にのるとメフィーアへ腕を伸ばした。

 メフィーアは、その腕とギギの顔を何度か往復して見る。


「なに?」

「馬に乗っていくから手をかそうかと」

「え?2人乗り」

「そのつもりだが。鞍が小さいから2人乗りはきついかもしれんがそれぐらいは我慢してくれ」

「そもそも2人乗りが嫌なんだけど」

「なんで?」

 

 ギギは怪訝な顔で問うた。


「体を密着させたくない」


 メフィーアはキッパリと言った。


「……………」


 その瞬間ギギの表情が固まった。

 そんなにはっきりと言われてしまうと、そんなつもりはなくとも、この後何を言っても密着したいから取られてしまう。

 いや、女性を乗せての乗馬に憧れが無いと言えばうそになるが。

 今はそんな夢に思いをはせている余裕はない。

 とにかくギギは早くここを離れたいのだ。


「急ぎたいんだけど」

「そ、なら走って追いかける」

「無理だろ。こっち馬だぞ」

「私ならいける」


 メフィーアは自慢げに自らの脚部を叩いた。


「そういう話じゃ……そんなに嫌か。2人乗り」

「いや」


 またきっぱりというメフィーア。

 その答えにギギはただ傷ついただけだった。

 これ以上話をしてもその傷口が広がるだけだろう。

 昨日の話でも感じたが、メヒィーナは頑固なのだ。

 ここで無駄に時間をとる事こそ無駄の様に感じてギギが折れた。


「わかった。2人乗りはやめよう。俺が馬を引くからそれに乗ってくれ。それでいいだろう」

「えーいいよ。私は歩きたいから。ギギが乗っていいよ」

「……わかった。じゃあ2人とも歩こう。ただし、危険な状況になったら2人乗りしてもらうからな」


 譲歩はしたが、そこだけは譲れないとギギがメフィーアに告げた。

 首をかしげるメフィーアであったが、しぶしぶといった様子で分かったと了承した。


「じゃあ早速行こうか。村までは休憩を挟んでも3、4日程でつくだろう」


 ギギは馬から降りて手綱をもち前へ進み出ようとした。するとメフィーアが立ち止まってその様子を見ていた。


「なんだ」

「ギギさ。私のこと名前で呼んでなくない」

「そうか」


 言われ思い返し、ギギは確かに呼んでいなくもないかもと思った。


「やっぱり一緒に旅をする以上、初めのそういう関係って大事だとおもうの」

「じ、上下関係をか?」

「違う!なんか、こう……わかるでしょう?」


 わからん。

 それが素直な感想だったが、メフィーアの言わんとしていることは、ギギにはなんとなくだが察する事が出来た。


 だから、もったいぶるでもなく言った。


「行くぞ。メフィーア」

「うん」


 だから、仰々しくもなく、素直な返事でメフィーアがその跡を追った。


 こうして、一人の騎士と一人の少女の物語が動き出した。

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