開会の儀 1ー2
アルトトは羽交い絞めにされた頭を必死にほどこうとするが、ガレスによってがっちと固定され身動きが取れない。
「で、ですが。今ここで言っておかないと、当分は助言できなくなるのですよ。ダレス様、鎧が当たって痛いです。離れてください!」
「おー、アルトト他人行儀だな。相変わらずお堅いやつめ。そんな奴にはこうしてやる」
そう言って、ダレスはもう片方の手でアルトトの髪の毛をグシグシと乱し始めた。
「だ、ダレス!やめなさい!」
何とか振りほどこうと身を捩るが、細身のアルトトがダレスに叶うわけもない。抵抗むなしく髪が乱れていく
そんな様子にメフィーアが「いいぞやったれー」とヤジを飛ばしていた。
この兄妹いかがなものか。
「いい加減にしなさいダレス……でないと」
「いい加減にしろ!」
「あいたっ!」
渋い顔をしていたヴァラルが耐え兼ね、的確な手刀をダレスの後頭部へ加えた。
「ふー……助かりました。ヴァラル様」
ダレスの手から離れたアルトトは距離をとり、早く身だしなみを整えた。
「お前たち兄弟は……」
ヴァラルの鋭い視線がアーレット家の兄妹に向けられた。
ダレスは先ほど叩かれた後頭部をさすりのんきに笑っており、その妹は後ろを見ながら下手糞な口笛を吹いていた。
そんな様子に父である神はなぜか申し訳ない気持ちになって、胃のあたりを抑えた。
「はーー、俺にまで小言を言わせてどうする……アルトト、よいではないか。お前の心配もわかる。だがこの二人は神の候補だ。自覚をもって臨むに相応しい様にお前が育て上げたのだろう。ならば、お前が快く送り出さなくてどうする」
「ヴァラル様」
「兄さま」
ヴァラルの言に二人が感銘を受けている姿を見て、ますます神の胃のあたりが痛みが走る。
早く終わんないかなこの儀と思う。そんな心情の神様。
「んっ、んん。そうですね。らしくなかった……いえ、らしいと言えばらしかったのでしょうが。ボアザテート神。ヴァラル様。脳筋様。申し訳ございませんでした。アルトト。メフィーア。お前達も、すまなかった」
全員の名を呼びアルトトが頭を下げた。
若干一名腑に落ちない者もいたが、誰もそれに触れることはない。
「過保護になっていたのは認めましょう。完璧を求めたがる私の悪い癖です。アルトト、メフィーア。私はお前達に多くを教えた。しかし、くどい様だがお前たちが向かう先は未曽有の事に溢れている。だから、そんな地で安心して過ごせるように私はやってきたつもりだったが」
アルトトはそこでいったん言葉を切った。
二人の教え子を見ると講義で見る二人とは違う顔立。
アルトトは思い返した。
長い時を先生としてあってきた。先生とは生徒に教えをと説くもの。アルトト自身はそう信じ、自身もそうやって学びを得た。
彼女たちが向かう先はきっと楽しいだけではない。
過酷なことだってある。
だからこそ、危険な事態から身を守るすべを多く与えてやりたかった。
そう考えると教えることに限がなかった。教鞭にも熱が入るというもの。嫌がる生徒もいたがアルトトにとってそれは使命と思っての事だ。
「ですが……そうですね。二人はまだ成長の過程。この儀によってまた大きく成長するのでしょう」
そしてアルトトは二人の教え子の頭に手を乗せた。
「いいですか二人とも。これが私の最後の教えです。多くの出会いや困難があると思います。けれど、何があっても決して自分を見失ってはいけません。それをどうか胸の内に秘めといていただければ、私としてはもう言う事はありません」
「おおげさだなー。先生それもう死ぬほど聞いてるんですけど。忘れたくても忘れられないって。というか最後の教えて、私達帰ってくるんだから先生はやめられないよ」
メフィーアが軽口で返した。
「はい。先生の教えを糧に精進します」
カリラが短い返事ながらも力強く返した。
「よろしい」
その様子に満足してアルトトは名残惜しそうに手を離した。
「――――ふむ。一見落着か。では行こうか」
神が空気を読みその場をとりなす。
「二人とも準備を済ませ。門の前へ」
呼ばれた二人はそれぞれ顔を見合わせると肩をすくめ苦笑しあった。