12 平穏な森と厳しい訓練(その1)
ラウルはよろける足で森を歩いていた。
前にはオルビーィスが、同じく何度となくよろめきながら、地面近く、ラウルの腰の高さ辺りを飛んでいる。
時折、オルビーィスはラウルを気にかけて振り返った。
案じるような青い瞳。
(オルー……)
二人は追われていた。
後ろから迫る足音。
どこまでもついてくる。
二人が脚と翼を止めることを許さず、ひとときの停滞すらなく。
頬を掠め、或いは足元に突き立つ矢は刃の如く鋭い。
止まれば命は――命は無い。
(オルー……)
腰に帯びたヴァースはずっと沈黙している。
まるでただの剣に戻ってしまったかのようだ。
あれほど絶え間なく語っていたのが嘘だったみたいに。
(ヴァース、せめて……一言だけでも、何か……)
何か言って欲しい。
いつものように軽口で励まして欲しい。
足元がよろける。膝が笑う。
オルビーィスもその都度、翼を不安定に動かした。
せめてオルビーィスを休ませてやりたい。
だが脚を止めようとすれば容赦なく、激しい怒声が背後から飛んだ。
その怒声を切り裂き、矢が――
足元がまたよろける。
「オルゥゥウ……」
「だらしない声を出すな」
「ああ、激しい怒声が」
背後から。
「都合のいい妄想を練り上げるな」
ラウルの後ろ、二間(約6m)ほどのところを、レイノルドがゆったりした歩調で歩いている。
その手が剣の柄へ動く。
ひぃっ。
「オルーの、オルーの命だけは……っ。あんなにオルー、よろめいて……っ」
「お前がトロいからオルビーィスが速度を合わせて、結果よろけてるだけだ」
「ピィピィ」
「ヴァースぅ……。せめて一言だけでも……、慰めて……」
『走れー』
「うう」
今、ラウル達は、くらがり森をラウルの鍛冶小屋から東へ半日ほど進んできていた。
時間的には。
「家を出てからぜんっぜん進んでないよー、ラウルってば本当に体力ないんだねぇ。ていうか前より落ちた?」
たった三か月前なのにねー、とリズリーアの声には感心の響きさえある。
うう。
このままでは十六歳――この七月が誕生日だと言っていたから今は十七歳の女の子に、体力のない奴だと思われてしまう。
誤解を解かなくては。
「違うよ。リズ。俺はね、三日前から鍛え始めたから、疲労が蓄積して身体が疲れてるんだよ。それに筋肉痛だし」
言い訳がましく聞こえないよう精一杯胸と声を張る。
「三日かぁ」
うう。
リズリーアの無邪気な声が若干、若干胸に突き刺さる。
「じゃあまだまだ行けるね!」
うう。
「特訓は始まったばかりだ。根を上げるには早い」
『頑張れーご主人ー』
「足を止めるな」
レイノルドの剣が柄からチラリと覗く。
「あ、あ、あの」
それまではらはらと首を巡らせていたヴィルリーアが、そっと手を上げた。
「あの、でも、そろそろ、休憩にしませんか……」
ヴィリー!
ヴィルリーアに熱い感謝の目を向け、ラウルは全力で片手を突き上げた。
「賛成! さんせーい!」
昨日、ラウルの鍛冶小屋に再び集まったのは、グイド、レイノルド、リズリーア、ヴィルリーアの4人。
「訓練の旅に出る」
とグイドは断言した。
「これ以外、お前とオルビーィスに運動させる方法はない」
待ってください、俺の三日間の努力、見ていただけていましたか。見てない。
ではお聞きください。
一日目はこれこれ、二日目はあれそれ、三日目はもにょもにょ。
抗……協議の結果、旅立つことが決まった。
ラウルの抗議も虚しく今、こうしてこの場所まで一生懸命に進んできたのだった。
家を出たのは朝の七刻。
「もう陽が暮れる……?」
ラウルは一縷の望みを託して空を見上げた。
リズリーアが一緒に空へ喉をそらす。
「うん、まだお昼前だよー」
「まだ? 嘘だぁ……」
リズリーアは首を戻すと開けた草の上に敷物を敷いて、お昼の準備をし始めた。
小さな煮炊き台と、その上に細い注ぎ口の薬缶。
まだ昼前なのは辛い事実だったが、火を焚いて温かいお茶でも飲めればひと息つける。
とにかく休みたいとにかく。
グイドがラウルの前に立った。
かかる言葉を聞く前に、それを察知してラウルは項垂れた。
その様子にグイドは面白そうに目を細め、予想通りの言葉をかけた。
「昼飯を狩りに行くぞ」