11 諦める鍛治師(その2)
訓練三日目、午前十刻。
玄関を出てみたものの、身体の節々がばりばりに痛い。
筋肉痛というやつだ。
昨日はオルビーィスの後をついていったところオルビーィスが寄り道して遊んでしまったから、ラウルはほとんど走ったりしていない。
何故今筋肉痛になるのか、その原因がわからない。
「オルー。今日はお休みしようか」
ラウルは諦めた。
「今日は家でゆっくり」
「お前な……」
「ひぃっ、――レイノルド!」
何故ここに!
急にかけられた地を這う声にラウルは心臓をばくばくと早打たせながら背後を振り返った。
鍛冶小屋の前にレイノルドが立っている。今来たところのようだ。
腕を組み、眉を寄せ、目をすがめ、玄関前にしゃがんでいるラウルを呆れた様子で見下ろしている。
わ、レイノルド、また眉間に皺が寄ってるよ!
「何故ここに!」
わ、また眉間に皺が寄っちゃった。
「いちゃ悪いか?」
と、眉間に皺を寄せた男が言った。
「だって君、治領の手伝い」
またまた眉間に皺が寄った。
もー。
前も俺言ったよね? あんまり眉間に皺を寄せすぎると皺が消えなくなっちゃうって。
「グイド殿に声をかけられた」
「え、何でレイノルドに」
ずい、と一歩。
またまたまた眉間に皺が寄っている。
刻まれる。刻まれちゃう。
「お前が信用ならないからだ。今どうして? とか思ったな? どうしてか教えてやろう。大体お見通しだ。今日は鍛錬を開始して三日目だな? 一日目はどのくらい鍛錬して昨日はどのくらい鍛錬した何刻くらいだどうせ朝だんだん遅くなっているんだろうお前は最初だけはやる気があるがすぐに自分を甘やかすからな」
わああああ。
怒涛すぎて心のツッコミもできないよ!
「だらけた面しやがって」
だらけたツラ。
うう。
でも仰る通りです。
「俺、がんばったんだよ……。でも俺一人じゃちょっと」
体力が。
気力も。
「だから来たんだ」
「え?」
だから、来た?
何だろう嫌な予感がするな。
「まあ、レイノルドに直接来いと声を掛けた訳じゃあないが」
「その声は、グイドさん!」
レイノルドの後方にグイド、と――
「ラーウル!」
明るい、やや幼い、陽射しみたいな声。
それから、はにかんだ微笑みと柔らかい声。
「お、お久しぶりです……」
ラウルは振り返った先、鍛冶小屋の手前にいる三人に顔を輝かせた。
「リズ! ヴィリも!」
子うさぎのように跳ねてリズリーアが駆け寄る。
五月には顎の辺りまでだった黒い髪が少し伸びて、両側の髪だけ頭の後ろでくくっている。
「久しぶり! ラウル、元気だったみたい?」
「リズも、久しぶり! 元気そうで何よりだよ。ヴィルリーア、君は少し陽に焼けた?」
「あの、たまに外に出て、術式の実践をしているので……」
「ヴィリとあたし、腕があがったんだよ。任せて!」
得意そうに瞳を輝かせて言う。
大人びた印象なのは、記憶の中のリズのやや幼い髪型からか。
任せて、というその声も溌剌としている。
「――え?」
任せて?
「ぼ、僕も、今度こそ頑張ります……!」
「え?」
今度こそ?
「今回は父さまと母さまにはちゃんと話してるからね」
「え?」
今回は?
話?
「がんばって一緒にオルーを元のシュッとしたオルーにしようね!」
とリズリーアは肩のあたりで両拳を握った。
「え?」
一緒に?
ラウルは可愛らしく小首を傾げた。
レイノルドが忌々しそうな目でラウルを睨む。
「今日、と言いたいところだがそれなりに準備がある。明日発つぞ」
そう言って肩にそれなりのものが入っているだろう鞄を背負い直す。
あの量、五日分くらいかな?
「準備しろ」
「いやいや準備って、何の話」
リズリーアとヴィルリーアはラウルの横を抜け、てん、と座っているオルビーィスに抱きついた。
「オルー! わぁーころっころ!」
「ふ、ふくふくしてる……硬いけど……」
ころっころ……
ふくふく……うん、鱗とか全体硬いんだけどね。
「まんまるで、これはこれで可愛いねぇ」
「そうだよね、そうだよね?!」
ぐりんと顔を向け二人とオルビーィスに駆け寄ろうとしたラウルは、後ろから襟首を掴まれた。
わあレイノルド。眉根が。
「明日から五日、オルビーィスの鍛錬に出る。準備をしろ」
グイドに縋る視線を向けたが、グイドは助けてくれなさそうだ。
と言うかそうか、首謀者か。
「いやあ、俺、そんないきなり言われても、ほら、オルビーィスの五日分の食糧とか、さすがに明日までに用意できないし」
「それはいらないだろ。目的を考えたら今すぐだって出られる」
「そ、そんな……」
四日目。
ラウルは旅に出た。