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7 食事制限と運動だ

 


「ふくよかになり過ぎだと」


 涼しい声にラウルは頷いた。


「そう言われました」

「そうであろうか。まるまると、このくらいが愛らしいではないか」

「俺もそう思うんです」

「食べることが好きな子に、嬉しそうに食べているのを止めさせねばならぬと……?」


 憂いを帯びた声にラウルは多いに頷いた。


「俺もそれは悲しいです」

「飛べなくなるという狩人の見解は大袈裟であろう。孵化して一日も経たぬ内に自らの翼で飛んだ子だ」

「そうです、そうです!」

「この手に戻ってきたばかりだ。少しの間好きにさせて喜ぶ姿を見ていたい」

「俺も! 俺もそう思います!」


 がくがくと首を縦に振る。


『二人とも駄目すぎるなー』


 現実逃避が過ぎる。

 と、暴走を止める人間がここには一人もいないので剣であるヴァースから突っ込みが入る。


『オルーが太った原因がまあまあわかったぜー』


 卓を挟みラウルの前に座っているのは、絹糸の如き銀髪を柔らかに結い上げた、儚げな美しい女性だ。

 この雑然とした小屋からその存在だけが浮き上がっている。


 オルビーィスの母親。

 人の姿を取っているが、実態はスティーリアウルムと呼ばれる、白竜。

 きりふり山の主でもある。


 グイドが見抜いたとおり、オルビーィスほど頻繁にではないが、一月に一度ほど、ラウルの小屋へやってきた。オルビーィスを迎えに来ることと、もう一つはオルビーィスが食べた分の礼をラウルに与えるために。

 礼は道中で捉えた獣肉などだ。

 基本オルビーィスの為に加工して保存している。


 なお兎だとありがたいのだが対象が小さ過ぎて目に入らないためか、最初に鹿、次に熊、今回はちょっと良くわからない魔獣だった。


(ああいうの、どう捌けばいいのかな……)


 すごく表皮が硬いし、筋ばかりで取れる肉が少なく、結局ラウルの料理技能では歯が立たず、最後にはオルビーィスが丸のまま齧り付いていた。


(オルーは満足そうだったな)


 ならいい。

 好きなだけ食べてくれれば


『ご主人もオルーが欲しがれば際限なく食べさせようとするしなー。両方でたらふく食ってりゃそりゃ太るってー』

「うっ」


 ヴァースの言葉が刺さる。

 確かに。


 ラウルのところでいくらでもお代わりをして。

 母親の元でいくらでもお代わりをして。


「うぅ」


 思い返すオルビーィスの姿は、いつも何かしら食べている。


 満腹になり満足そうに微睡んでいるオルビーィスの何と可愛らしいことか


『ご主人ー』


 はっ。


『想像の方向が悪い方に行ってるぞー』


 何で分かるの?

 グイドさんと言い、みんな何かの能力者なの?


『オルー、だいぶ重くなっただろー?』


 ヴァースは今度はスティーリアウルムにそう言った。

 オルビーィスは母の膝の上で丸くなっている。

 この半刻ほどずっとその体勢だが、スティーリアウルムには重そうな様子もない。


「そうか? このくらい、良く食べて良く寝れば育つものであろう」

『うーん。膝に乗せるのご主人はすぐ音を上げてるんだけどなー』


 確かに。

 ラウルはここ最近、オルビーィスを四半刻と乗せ続けていられない。


 何か罰というか、あの、ギザギザの石版の上に正座して上に重しを乗っけられるやつみたいな、一種の刑罰を喰らっているかのようだ。


『とにかく二人とも自覚して、今ちゃんと摂取量制限させねーとこの先歯止めが効かなくなるぞー』


 と剣が一番まともなことを言った。

 今ここにいるのは竜、ラウル、ヴァース。


(ヴァースが一番常識人か)


 人は自分しかいないのに。


「ここでも、我が元でも食事量を減らしたら、あまりに酷いのではないか」


 スティーリアウルムがその青い双眸でひたと見つめ首を傾けると、儚げな様子が勝りラウルなどはつい「今の話は無かったことにしましょう」とか言いたくなる。

 そういえば、とラウルは改めてスティーリアウルムを見た。


(ゲネロースウルムさんと同じ姿なんだよな。雰囲気が違うから間違えないけど)


 単に竜はいずれも、人に変化する時は同じ姿を取るのか。

 それとも二人のどちらかが相手を写しているのか。

 ゲネロースウルムと目の前の存在との関係を考えるに、後者で、かつゲネロースウルムが姿を写しているのだと思うが。


 理由を聞いてみたいが、スティーリアウルムは彼をドロースガルム(狡猾)と罵っていた。オルビーィスの父というだけではない浅からぬ因縁がありそうでとても聞きにくい。


『とにかく』


 コンコン、と立て掛けているヴァースの剣先が床を鳴らす。

 どうやっているのだろう。

 あれができるのならばラウルの代わりに崖を登ったり、そもそも一人で戦ったりできるのでは?


『供給源が二つあるんだから両方で協力してかねーとなー。片方だけ食事量少なくしたって効果ねーしー』

「……この子がお腹を空かせてしまうではないか。減らすならラウルが減らせば良い」


 スティーリアウルムはまた儚く眉を寄せた。

 そのままラウルを見る。


「そっ、おっ、俺だって……っ、オルーにお腹いっぱい食べてもらいた……っ」

『供給源が二つあるんだから両方で協力してかねーとなー。片方だけ食事量少なくしたって効果ねーしー』

「子をひもじがらせるなど竜たるものの名折れ」

『コロコロはいいのかコロコロはー』


「そっ、おっ、俺だって……っ、ここに来て痩せたとか……っ、そんなこと……っ、そんなことしたらオルー、来なくなっちゃうかも……っ」

『食料だけの関係かー?』

「そんなんじゃない!」


 違うし!

 ご飯がなくたってオルビーィスは俺のところに来てくれるけどここでご飯食べるのも好きなだけだし!

 俺がいっぱいあげるから食いしん坊に見えるだけだし!

 俺はオルーが喜ぶし可愛らしいからついついあげちゃうだけだし!


 ん?!

 あれ?!

 やっぱ俺のせい?!


「私はオルビーィスがこのまま元気に成長してくれるのであれば、それで満足だ」


 ずるいー!

 スティーリアウルムさんずるいー!


『今の食欲と吸収力のまま成長したらこの辺りの生物消え失せるってのー』

「――」


 あっ、今、構わないって目をしませんでしたか?!


 食い尽くし系ちゃんのオルビーィスがこのまま成長したら、ラウルの出す食事では当然足りなくなり、いずれは森の生物を食べ尽くし、更に外へと進出し、長い寿命の中でこの国全てを――


 ラウルは己の想像に打ち震えた。


「で、伝説に……」


 そういうこと


『違うぞー』

「あ、違う?」


 ほっとした。


 でも確かに、ヴァースの言うことは心配しすぎだと笑うことはしてはいけない。

 特にラウルは。


「――わかったよ、ヴァース。何をすればいい?」


『食事制限と運動だー』


 間髪入れず、ヴァースの顔は見えないが、至極しかつめらしく言った。

 続けて、


『母君、しばらくオルビーィスをラウルのところに預けろー』





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