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1 迷える鍛治師(その2)

 


 ラウルもこれには頷く。


 そう、よく喋っていた。

 ヴァースの時ほどではないが、ヴァースとも喋りの質が違うと言うか。


「まあね。君のようにならないことだけを一心不乱に願いながら打ったよ」


 一言付け加えておく。


 何にしてもヴァースの言うとおり、今回は炉で溶かしてどろどろの液体になったあたりから、鍛えている間もずっとずっとずっとずっと喋っていた。


 片手剣が良い。取り回しが良さそうだ。

 いや、それとも両手剣で、破壊力を纏うか。

 待てよ、他と被るのはちょっとな。今この鍛冶場にない剣となると、半月刀などどうだろうか。

 はっ。

 一番取り回しのしやすいのは、短剣――?


 とか。

 喋っていた。


(『はっ』じゃないですよ『はっ』じゃ)


 喋っていたのは『鋼』だ。

 ラウルは生まれつき触れたものの声を聞くことができる力を持っていて、特に鋼の声はよく聞こえた。


「注文多かったなぁ」


 というか全く将来像が定まっていなかったな。将来像が定まっている鋼というのもどうかと思うが。


 もしかしたらラウル自身の影響もあるかもしれない。

 と言うのも、三か月前の五月に行ったきりふり山の冒険が、剣を打つ間、頭に何度も過っていたからだ。


 ノウム――今は冒険時の仲間だった戦士のセレスティと共に修行の旅に出ている剣は、地面を共に切り裂いてしまうほどの鋭い切れ味を持っていた。

 フルゴルの輝く剣身は、何度となく敵の視界を封じた。

 ヴァースは喋り、高く危険を告げ、そして自ら動いてラウルを操り襲いくる獣や魔獣を斬った。

 ゲネロースウルム……じゃなくてドロースガルムが軽々と扱った大剣、シュディアール。

 グイドの弓の技。

 リズリーアとヴィルリーアの法術、は置いておいて。


 あの経験があるからつい考えてしまうのだ。

 どんな剣を打てば、どんな場面で役に立つのか。

 襲いくる窮地を切り開き、持ち手と周りを守ることができるか、と。


『ところで、どんな剣になったんだー?』


 ヴァースに問われ、ラウルは改めて打ち上げた剣を眺めた。


 目の前に掲げてみた剣は、まだ柄もつけていない、磨いてもいない状態だが、自らの剣が誰かの窮地を救ってほしい、と願い打ったラウルの意思を、しっかり汲んでくれているように、見える。


(静かになって良かった。この姿が気に入ったのかな)


 気に入ってくれたのなら何よりだ。

 何よりヴァースは二本はいらない。


 ただでさえヴァースがずっと喋っているというのに、これが二重奏になったら目も当てられない。

 森の怪奇な小屋としてラウルの鍛治小屋が観光名所になってしまう。


 人目を集めるのは避けたかった。


『どんなものか、試しに振ってみろよー』

「うん、そうだね」


 見た目は真っ当。まだ磨く前だが凛とした美しさを纏っている。

 仮の柄を嵌め、小屋から出たところで両手で正面に剣を構える。ヴァースを指導役として小屋の壁に立てかけておくのも忘れない。


 左腕を離し、ラウルは右腕の延長のように、真っ直ぐに伸びる鋼の剣身を見つめた。

 前より俺、剣を構えるのも様になってきた気がする。ふふふ。


『よーし、右薙ぎー』


 ヴァースの声を受け右へ剣を薙ぐ。

 切先が空を切る鋭い音。

 良い感じだ。


『左足踏み込んでー剣左へ返しー左手添えー』


 踏み込んだ左足に体重を移動させ、柄に左手を添え剣を左へ薙ぐ。


「っととっ」


 身体が泳いだ。

 剣先が地面の土を叩く。


「ちょっと、重かっ……た……?」


 あれ?

 なんか重い。

 そして長い。

 刃渡り、違うような――?


 気のせい?


『両手握りー振りかぶってー振り下ろすー』

「ちょ、ちょっと待って」


 慌てて振りかぶり、その拍子に後ろによろめく。

 やはり重い。片手剣の重さではない。

 ヴァースと比べてもかなりの違いが


(いや、こんな、ものかな……っ)


 ヴァースが特殊なのだ。

 何しろ今、持ち手が自分だし。


「っふん!」


 垂直に振り下ろす。

 身体の正面中心で重量を受け止めようとした腕とぐっと締めた手の内が、()()()()()()()宙で跳ねた。


「へ?」


 ラウルは手の甲で瞼をこすり、剣を凝視した。


「――ん……?」


 気のせい――ではない。


 見間違い――でもない。


 剣の形が、変わっている。

 まっすぐの両刃剣だったはずが――


 半月刀に。


 ゆるく反りながら円を描く刃。

 空に浮かぶ三日月に似た剣身。


「ほ……」

『下からー喉元狙って突き上げろー』


 喉? 誰の?! 物騒!

 ――じゃない。


「え、ヴァース気がついてないの? この剣」

『ご主人、手を止めるなー』

「わわ」


 ラウルは動揺を隠し、とにかく架空敵に向かって、剣を斜め上に突き出した。

 突き、出し――



 短い。



 刃は鍔から、七寸(約21cm)あるかどうか。

 柄も片手でしか握れない。


「げ……?」


 短剣。

 どう見ても、短剣だ。


「ヴァヴァヴァ、ヴァースっ」

『おー?』

「あっ、こっ、いやっ、ええっ」


 落ち着こう。

 落ち着いて。

 深呼吸だ、深呼吸。

 ふうはあふう。


「――うん」


 希望はある。

 一つだけ。


「なあヴァース、いつの間にか、俺、剣を幾つか持ち替えてたりとか……?」


 記憶がところどころ飛んでいるだけだったりとか?


『あー? 何言ってんだー』

「いやいやだって、これ短剣……」

『あー?』


 ヴァースの返事に、ほんの少し間が挟まった。


『あー。へー。形変わってんなー』


 短剣になったな、と。


「形……?」


 変わっている……?


 ラウルは現実を受け入れるのに、たっぷり三呼吸かかった。



「ほげぇぇえー……」





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