4 6と1と1とマイナス1(その2)
「俺、あの時不思議と何とかなるって、思ってたんだよね」
ラウルは拳を振り上げた。
お腹もいっぱいになり、程よく葡萄酒が回っている。
「あの時っていつ?」
「ほら、人面獣に囲まれて」
「何度も囲まれたがどの時ことだ?」
「リズが『障壁』を張ってくれた時です。あれが切れそうになった辺りで、俺たち絶体絶命だったじゃないですか。でも俺、あの時不思議と、何とかなるっていうか、妙に安心してたっていうか」
レイノルドが眉根に皺を刻む。
「お前のあれは、単に開き直ったって言うんだからな」
「え」
「みんな覚悟決めてたぞ」
「そうなの?」
「そうなの? だ……?」
レイノルドが右手を伸ばし、ラウルの頬を摘んで吊り上げる。
「いて、いて、いて、レイ」
「反省しろ。死ぬほど反省しろ。地の底まで反省しろ」
「レイノルド殿、反省する必要があるのはその前のラウルの行動ですよ。一人で突っ込んで行ってしまったところです」
「あ、あれはもう、あの場で反省したっていうか、みんな許してくれたっていうか」
「めり込んで反省しろ」
レイノルドがほっぺたをぐいぐい引っ張るから形が変わってしまいそうだ。
「分かった、分かったからレイ! 俺っ、反省踊りするから!」
「反省お、はぁ? 何を意味わからんっておい、立つな! 踊るな! 狭いっ!」
「レイ、ほら一緒に踊ろう。昔村祭りに行って踊ったよねー」
「やめろ、巻き込むな!」
レイノルドと肩を組み、ラウルは身体をふらふら揺らしつつ脚を交互に振り上げた。
『ご主人ー。俺も俺もー』
「いーぞヴァースー、レイ、ほら、一緒にヴァースの柄持ってー」
「あれは酔っ払ってんのか?」
グイドは葡萄酒を口元に運びつつ、呆れを隠さない目を向けた。
「そのようです」
とセレスティが微笑ましく見つめる。
「お前止めろ転けるっ」
ラウルが笑い声を上げ、可哀想なレイノルドを巻き込んで腹から倒れる。
二人して並列に床にびたんと倒れた格好だ。
「お――っ、前……っ」
怒りに震えつつ起き上がったレイノルドの横で、ラウルは腹這いになったままぴたりと動きを止めた。
室内に沈黙が落ちる。
視線は倒れているラウルへ集中した。
「……う」
「ラウル? おい、ラ」
レイノルドの手が肩に触れる前に、ラウルはぶるぶると肩を震わせ始めた。
「ううう」
呻き声も。
「ラ」
「うぅわぁぁぁぁあ!」
全てに濁点が付いた嗚咽を発し、ラウルはその場に更にめり込みそうに突っ伏した。
「オルゥゥゥ!」
ゥおぅるぅぅう、と聞こえた。
レイノルドが眉根に深い縦皺を刻む。
グイドやセレスティが酒を飲む手を止め、クリスタリアはさりげなく双子の側に寄り、壁に立て掛けている杖を確認した。
『あー、問題ないぞー。ご主人、言動はアレだが人畜無害だからー』
「あら良かった。飛ばす先をどこにしようかちょっと迷ったの」
「転位かよ」
「オルビィィスゥぅぅぅぅう」
オルビーィスの名を呼び、ラウルは床に突っ伏したままさめざめと泣き始めた。
「おい。ラウル、少し」
レイノルドが手をどこに持って行ったらいいのか、おろおろとラウルと手を見比べる。
「ぉオルゥゥぅぅゔぇぇぇえ”」
「ラウ」
「あ、あたしも寂しくなっちゃったっ」
リズリーアがじわりと目に涙を滲ませる。
確かに五日前、ここに居た存在がもう居ない。
元気でいると分かっていても。
「リズちゃん」
「っ……、ぅぁぁぁぁん」
リズリーアがラウルへ膝でにじり寄り、その両手を握る。
「オルビーィス……っ」
ラウルはその手を握り返した。ヴィルリーアがリズリーアの背をさする。
「リズちゃん、元気出して」
「オルビーィスぅ……」
「リズちゃん」
「元気でやれよぉぉぉオルーゥゥゥぅう」
「ラウルさん、オルビーィスはきっと元気で大きくなって、伝説の竜になりますよ」
「オルビーィスゥゥぅぅぅう」
「ラウル」
リズリーアが握る手に力を込める。
「オルーは、オルーは離れてもラウルのこと、いつも考えてるよ。だってオルー、ラウルのこと大好きだったもん」
「オルビーィスゥゥぅぅぅゔぇ、ゔぇぇっ」
ありがとう、ありがとう、とラウルはぼろぼろ泣きながら二人と固く抱き合った。
「やっぱ帰りゃ良かったな」
グイドが苦笑混じりの笑みを口元に浮かべ、微笑むセレスティへ葡萄酒の瓶を傾けた。