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2 いのちに連なるもの

 


『それでは、そなたの名は、オルビィスウルムとしよう』


 白竜の声は慈しみに満ち、我が子の健やかな成長を願う、祈りのようだった。

 自分のつけた仮の名を認めて、本当の名前としてくれたことへの喜びが、間違いではなかったのだという想いが、ラウルの胸にじわりと浮かぶ。


「オルビィスウルム――」


 とても良い響きだ。

 オルビーィスも嬉しそうにくるくる回っている。


「――ウルム」


 あ。


 ラウルは「あの」とまた手を上げた。


「その、ウルムっていうのは、どのような意味でしょう」


 瞬きが一つ返る。


『我らの名に用いる。『ウルム』とはそなたらの概念で言うならば、『生命に連なるもの』を意味していよう』

「生命――」


 生命に連なるもの。


 オルビーィスを見つめる。

 空色の瞳。


『合わないかね?』

「ぜんぜん! 似合ってます! とっても! 高貴さが増した感じします!」


 ラウルは両手を上げ、首を縦に振った。


「ええと、その、ウルム……」


 もう一つ気になっていたのは、さきほどヴィルリーアの――ゲネロースウルムの詠唱で聞こえた、アイ――アイ、なんとか、ウルム。


 そもそも、ゲネロースウルムが、あの鉄色の竜が、そう名乗っていた。


『やけに気にするが』

「はい、いえ、実はついさっきまでいた女性が、ゲネロースウルムと名乗って」

「ぴい」


 オルビーィスは首を振った後、うんうん、と頷いている。


「そう、その人も実は竜で。鋼玉みたいな色の鱗の」

「ぴい!」


 ラウルは白竜を見上げ、口を噤んだ。

 白竜の青い瞳がラウルへと落ちている。


 ずぅっと、空気が重くなった、気がした。


『――誰だと……?』


 ひい。

 低い。

 声が低い。

 温度も低い。


 え? 問題あり……?


『もう一度――そなたは今、誰と言った』

「ゲッ、ゲネロースウルム、さん、です……銀髪の、女性……」


 だんだん口の中に消えて行く。

 白竜が纏った空気――圧力に、ラウルは真剣に、ここで死んじゃうのではないかと思った。


(こっ――)


 怖い。

 怖い怖い怖い。


 怖い。


 一瞬にして人が畏れる竜そのものになった。怖い。


(何か、今にも、竜の息吹きそうな感じ……!?)


 ややあって。

 辺りを凍らせる怒りは身を潜めた。


 息吹を吐く代わりに、白竜は苛立ちを吐き出すように言葉を吐いた。


高潔(ゲネロースウルム)と名乗っただと?』


 二つの響きが重なって聞こえた。


「え、ち、違うのですか……俺はそういうの知りませんけど……意味までは……」


 高潔って意味なんですね。


 高潔――


『面の皮の厚い。あれのどこが高潔なものか。あれは狡猾(ドロースガルム)だ』


 狡猾。

 ぴ


「ぴったりだな。名は体を表すか、体が名を導くか」


 グイドさん。

 そんなはっきり、と苦笑しつつ、ラウルはもう一つ首を傾げた。


「あの、ご存知ということは、あの女性とあなた方とのご関係は、あるんでしょうか……。行動はよくわからない人――竜でしたが、オルビーィスを助けに来てくれたのは確かです。たぶん」


 白竜は不機嫌そうに黙った。


「あっ、あのもちろん、無理にではないので、」


『この子の父だ』


 今度はラウルが束の間固まった。

 後ろのグイド達もだ。


「――はい?」


 首をガクンと傾ける。


「今なんと」


『この子の父だ。不本意ながらね』



 ――


 ――


 お兄様でしたか。


「姉様じゃなかったんだね」

「――そうなんだ」


 頬を緩めふわりと笑ったヴィルリーアを、リズリーアはぎゅっと抱きしめている。


『あの鉄砂竜めは、今頃になって現れて、好き放題気まぐればかりしおる』


 何というか、文句がいっぱいありそうだ。

 グイドと一晩語り明かせるかもしれない。おそらくグイドが聞き役に回るだろうが。


 とは言えあまりご家庭のことに嘴を突っ込むのはやめておいて、ラウルはもう一つ、はい、と手を挙げた。


「あの、アイ――アイなんとかウルムというのは、貴方のことですか」

「アイエーティウルムです、ラウルさん」


 ヴィルリーアが補足してくれる。


「あ、そうです。アイエーティウルム、さんは、貴方のお名前ですか?」


 白竜はまた驚いている。

 竜が驚くとか、そうそうないのではないか。


『――違う』


 と、ひと呼吸後、白竜はそう言った。

 返る眼差しは今度は興味深そうだ。


『それもあの狡猾め(ドロースガルム)から聞いたのかね』


「え、えっと、ゲネ……ドロ……、その、教えてもらった風の法術の、術式に組み込まれて、いました……」


 とヴィルリーアが口籠もりながらも答える。


『ふむ』


 白竜は一つ頷いた。

 長い首を持ち上げる。


 その先にはどこまでも丸く覆う天蓋。


『アイエーティウルムはそなたらで言うところの、風竜の名――かつて風を司る者であった。今は滅びた、我等が祖に連なる者の、ひとつだ』


「風竜って」


 リズリーアが口元を押さえる。


「あの、四竜の?」


 この国には四竜と呼ばれる強大な竜がいる。


 南の赤竜。

 北の黒竜。

 東の地竜。

 西の風竜。

 人が勝手に名付けたのだが。


 いる、というのも少し違う。

 今は赤竜と、地竜。

 黒竜と風竜は、『空位』だ。いわゆる。


『永く生きれば崩れるものだ』


 そう言った白竜の声の響きは、どこか憂いを帯びていた。


(崩れる――何のことだろう)


 見上げても瞳の色からは理由を伺えない。


『今はそこに座せるものは無いが、いずれその役割も継がれよう。この子はそれを目指すのかも知れないねぇ』

「ぴい!」


 ――なる!


 と、オルビーィスは元気いっぱいだ。

 いずれ本当に、なってしまうのかも知れない。

 伝説と呼ばれる竜に。


 ラウルは、改めて、オルビーィスと向き直った。

 ゆっくり一つ、深呼吸する。


 さあ。



 お別れだ。



 オルビーィスもラウルと向き合い、空色の丸い瞳をぱちりと瞬かせた。


「オルビーィス。よかったね、お母さんと会えた」


 澄んだ空の水色。

 やや翳ってきた夕焼けの空を背負った、藍色。

 夜の空と同じ、濃紺。


 くるくると変わる瞳の色が美しく、愛おしい。


「君は色々と驚かされることが多くて、実際君のお母さんも驚いてたし、そうそう一番驚いてたのは竜の息吹をもう吐けることよりも、君が卵ごと、きりふり山の斜面をずっと転がり落ちてきたことだったね。俺も言われてみればそれが一番驚異的かも。だって想像してご覧よ、君は卵の殻の中であっちこっち」


 何を言おうとしているのか、自分でもまとまりがなくなってきた。

 ええと、オルビーィスを母の元に戻すために、このきりふり山――


(今いるのは別の山か)


 を遥々登ってきた。


「この旅で俺たちを、すごくたくさん助けてくれたね。まだこんなに小さいのに」


 ここまで色々な苦労をして、周りに迷惑をかけて、助けてもらって、今、目的を果たして。

 今。


「――ありがとう」


 会えて良かった。

 心からそう思う。


 心から願う。


「今度こそお母さんと、幸せに暮らすんだよ」


 オルビーィスは翼を広げ、元気一杯に、


「ぴい!」


 と鳴いた。






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